異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

16話

 








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 人の生首を積み上げて形成された小高い丘。
 その正体を見た時、アレクセイたちはその丘の上に座る天族に対し、恐怖心を抱いた。
 それは、天族の力が怖いのではない。
 これだけの殺戮を何とも思っていないどころか、むしろ誇る素振りさえ見える態度にである。
 過去にはもっと凄惨な所業をやった魔族や天族もいる。人族は3種族の成り立ちから、常に迫害と狩猟の対象だった。
 だから、メルセフにとっては敵をこれだけ駆逐した証であるから、むしろ感謝し尊敬してしかるべきだと考えている。
 積み上げられた生首は三千を超える。
 一見黒い丘に見えるそれは、文字通り人の首を積み上げた山だ。
 天族にとって畜生風情の人族は絶滅させようとも何ら罪悪感を抱かない種族である。
 意思の疎通ができること程度で、彼らが人族を同格とみなすことは決してない。
 天族にとって人族は畜生だ。反抗する畜生を殺して、その首で山を作る。それは殺し合いというより、駆除や狩りの感覚に近い。


 だが、人族にとってその光景は違う。
 敵国の兵士とはいえ、同じ種族である。
 国が違えど、同じ人族である。
 それが大量の生首で山を形成するのを見せつけられて、ショックを受けないはずがない。
 蛮行を働くヨブトリカの兵士に同情する気はないが、まるで戦士の散りざまを踏みにじるようなこの山には、天族が作り上げたあまりにも残虐な光景に怒りを通り越して恐怖を感じる。
 確かに、ヨブトリカ軍の蛮行は目に余るものだ。
 だが、さすがの彼らでもこんなことはしない。
 たとえ残虐な暴君であろうとも、こんなものは作れない。
 人族だから。敵だから。
 そんなことを理由にこれほど残虐な行いができる天族に、アレクセイは言葉を失った。


 だが、呆気に取られるアレクセイの反応に、メルセフは彼が神国軍の圧倒した勝利の姿に驚き慄いているのだろうと受け取った。
 実際はこれだけの所業をなせる残虐性に驚いてのことである。
 狩る側と狩られる側。それは立場が違えば意識も違う。天族にとってのそれは駆除だが、人族にとってのそれは殺戮だ。天族にとっては仕事のようなものであり、誇ることはあれど嫌悪することはない。だが、人族にとっては蹂躙であり、嫌悪するどころではなく恐怖する。


 アレクセイだけは何とかメルセフの言葉に耳を傾けようとするが、他の連邦の人族たちはそのあまりにもおぞましい光景に天族の言葉など耳に入らなかった。
 しかし、メルセフは構うどころか気づくこともなく、転がされたポートランドの首を示して、メルセフとしてはこれからは教えを請うことになる存在の人族に礼を尽くしているつもりの態度で言う。


「こいつが率いた人族の軍勢と戦って、私なりに天族の足りないものを知ってね。何故、人族などという矮小な種族が魔族皇国にも神国にも立ち向かえているのか? こいつの率いる軍勢相手に、こちらは数倍の犠牲を出して勝利を得ている。まあ、その被害に関して君らは後悔の念を抱く必要はない」


 思わず、アレクセイはとっくに抱いていると言いたくなった。
 その後悔は天族の犠牲ではない。
 人族同士の戦争に、転属を介入させたことで生まれたこの光景に対しての後悔である。
 もともとジカートリヒッツ社会主義共和国連邦は同盟諸国が総出でかかってきても、たった一国でさえも何とか勝てる見込みはあるほどの強国である。
 お互い人族ならば、こんな凄惨な殲滅戦が起こる前に講和が結べたはずだ。
 侵略思想に染まり暴走したヨブトリカの陸軍を排斥するだけでよかったはずだ。
 だが、神国を介入させてしまった。
 冬季大攻勢の反撃に、神国軍の本隊はすでにヨブトリカ領を侵攻しているという。
 これほどの残虐性を持つ者たちが無力で無関係で何の罪もない臣民に手を出せば、一体どれだけの地獄絵図が生まれるのだろう。
 敵国だからなんて関係ない。
 我々は、取り返しのつかないことをしてしまったのでは?と思う。
 だが、手遅れだ。神国の侵略の魔の手は、すでに同盟に放たれた。
 中央大陸の人族を殺すのは、天族ではない。奴らにとってこれは駆除だ。
 では、誰が殺すのか?
 決まっている。連邦の人族たち、すなわち我々であると。
 救いがあるとすれば、被害が増えれば撤退してくれる可能性があるということだろう。
 神国は戦術というものを知らない。戦えば、人族は負けようとも幾度も神国軍に大きな被害を与えてきた。グノウがそうであり、おそらくこのオブラニアクもそうであるように。
 だが、メルセフはそんなアレクセイのかすかな希望を消し去り特大の罪悪感にねじ込むように、オブラニアクの勝利の対価として、それを要求してきたのである。


「代わりと言っては何だが、その敵将の首とこの戦の勝利の対価として、我々に戦術を教えてもらえないだろうか? ちょうど、君らが戦争している人族の国がある。君ら人族が持つ最大の武器がどれほど優れているかを証明するとともに、この戦争における君らの国の犠牲がこれ以上出ることがなくなる。君らにも、我らにもメリットのある取引だろう?」


「–––––ッ!?」


 メルセフの要求。
 それは、力と残虐性を持つ強者が、唯一弱者が優れている知恵を得ようとしているものだった。


 この先の戦争は神国に任せて、連邦の兵士が血を流す必要はない。
 それは、確かに魅力的な提案だ。
 だが、この光景を見てしまった以上、それは悪魔の囁きにしか聞こえない。
 絶対に渡してはいけないと、アレクセイの本能が警鐘を鳴らす。
 兵士にも家族があり、生活があり、権利がある。
 この国が掲げる赤旗の理想は、誰かが下の犠牲になり成り立つ社会ではなく、平等な立場の友人と手を取り合う国である。
 人族同士の戦争などというあまりにも無益なものの犠牲をなくせるならば、それは理想的なものだ。
 だが、それでも、天族たちにそれを教えることは絶対にダメだと、アレクセイは思った。
 我々のために、こんな光景をいくつも作り続けられるようなものを天族に与えるべきではない。
 本来アレクセイの立場で勝手に返答できるような取引ではないのだが、アレクセイは項垂れて首を横に振った。


「…申し訳ありません。神国の皆様よりも、我らが戦うことが筋です。他に欲しいものがあるならば何でも用意します。ですから、天族の皆様に教えるものなど、人族は持ち合わせてはおりません」


 拒否の返答をする。
 それだけで、この先の同盟との戦にこれからも連邦の兵士を死なせることになる。焦土戦術煮立ちの生活を奪わせることになる。
 防げた犠牲を、いたずらに出してしまうことになる。
 それでも…たとえ殺戮者と呼ばれることになったとしても、アレクセイは頷くことができなかった。
 何がメルセフに戦術に対する興味を抱かせたのか、アレクセイにはわからない。
 だが、天族がそれを得ることがあれば最後、人族は今度こそ完全に滅ぼされることになるという予感だけは強く感じた。
 だから、拒否の返答をした。
 プライド高い天族であればそれに怒るだろう。
 だが、不思議なことにメルセフはため息をこぼすとあっさりと引いたのである。


「…そっか、なら仕方ない。今回は諦めよう。教える者が嫌々では、吸収できるものは乏しくなるからね」


「……………」


 ほっとするアレクセイ。
 話のわかる天族で助かったと強く感じる。
 こんな凄惨な人頭の山を作るのだから苛烈な性格をしているのかと思えば、態度も比較的穏便であり話し合いが通じる相手なのかもしれない。
 とはいえ、さすがにメルセフとしても犠牲を払って勝ち取った勝利の対価を得ないわけにもいかない。
 そこで、メルセフは代案を提示する。


「まあ、戦術に関しては諦めるとも。君らにも戦争に出てもらうが、当事者だし当たり前だろう。でも、こちらは半数の配下を失ったんだ。代わりの要求はさせてもらおう」


「何でしょうか?」


 安堵の息を内心で漏らしているアレクセイは、やはり女だろうかと推測する。
 天族は人族の若者を好む。中には特殊な性癖の持ち主や同性を好む者もいる。娼婦や男娼をかき集めれば、彼らの気も済むかもしれない。
 そう考えたアレクセイに対して、メルセフは要求を言った。
 メルセフとしては戦術を得られなかったとはいえ、まだ機会はあると考えている。最終的に同盟領の占有を破棄して、その代わりに戦術を得て、それから侵略しても遅くはないと考えてのことである。
 それに、メルセフも例に漏れず人族の若い娘が大好物であり、彼の好みにぴったりの存在が連邦軍の中にいた。
 彼女を見た瞬間、メルセフは要求変更の譲歩を受け付けることにしていた。
 安堵をしていたアレクセイに対して、メルセフは要求を提示した。


「女をもらえるかな? その黒髪の娘、気に入った。それ1人を引き渡せば、この勝利と城はお前たちに渡そう」


 1人の代償で戦勝の借りを無しとできる。
 それはまさに破格と言っていい条件である。
 だが、メルセフが示した相手は、何でも受けようと返答したアレクセイに頷くことを躊躇わせる彼らの恩人だった。


「…ん? 私なのか?」


 メルセフが示したのは、雪城だった。
 突然指名を受けたことで、雪城はキョトンとした表情となる。
 この変人には、どうやら目の前の人の頭でできた山さえも目に入らないようである。


「そ、それは–––––」


 モスカル要塞において全滅寸前だった連邦軍を救援し、グノウにおいて神国軍から攻撃を受けた人族たちを救い、プラフタにおける勝利を呼び込んでくれた人族の希望。
 メルセフはそれを渡せと要求してきた。
 アレクセイも恩義には厚い男である。娼婦の群れを用意しろというなら全財産を放り出してでも飲んだだろうが、勇者を差し出せと言われては頷くわけにはいかなかった。


「お、お待ち下さい! どうか、彼女だけは! 娼婦が入用でしたら選りすぐりの者を連邦からかき集めます。気に入らなければ私の首を落としその山に加えても構いません! なので、どうか!彼女だけは!」


 何とか彼女の引き渡しだけは止めようと頭をさげる。
 それは己の死さえも考慮するまさに命がけの懇願である。
 だが、メルセフにとっては逆効果だった。


「ほう…よほど大切な人みたいじゃないか。そういう事情なら仕方ない」


「聞き入れて、下さるのですか…!?」


 メルセフの言葉に、アレクセイは再交渉を受けてくれるものだと感じ、地面に這いつくばるように頭をさげる。
 だが、安堵しそうになったアレクセイに、メルセフはその頭を見下して言った。


「いや。なら尚の事そそるねえ。やっぱりその娘を差し出したまえよ。他の要求は戦術の提示を含め一切認めない」


「なっ…!?」


 残忍な通告に、アレクセイが絶句する。
 かすかに見えた希望を打ち砕かれる無力な人族の表情は、メルセフの気分を高揚させる奮発材だ。
 やはり堪らないと、舌なめずりをする。


「如何する? 拒否するなら君らを殺して力で奪いとるから。差し出せばそれなりの待遇を保証するけど、反抗するならその分は彼女に払ってもらうことになる。よく考えて決断したまえ」


「…ッ!」


 メルセフの提示した条件は、あまりにも酷いものだった。
 ここにいるのはたったの10人。いくら雪城が勇者とはいえ、神国軍の大群に包囲されては勝ち目がない。
 それに、メルセフは主天使、つまりアイリスの盾を持っている。
 受ければ恩人を売り渡し生き延びた汚名を背負う。
 拒めば部下を皆殺しにされあの山にくわえさせるだけでなく、恩人である勇者に死んだほうがましと思えるような境遇を押し付けることになる。
 どちらにせよ、彼女をメルセフに引き渡すしかない。


「……ッ!」


 己の浅はかさと、悔しさのあまり、アレクセイは掌から血がにじみ出るほどに強く拳を握り、歯を噛み締めた。
 それで状況が変わるはずもない。
 勇者の少女の方を見ると、無邪気な瞳で見つめ返される。
 彼女が拒絶の意を示すならば、命に代えても彼女を逃したかった。
 だが、その目には拒めといわれるような圧力は全くない。
 ただ、黒い瞳が見ているだけである。


「…メルセフ様」


「却下だ。もう要求の変更は受け付けない」


 懇願を一蹴される。
 悔しさで潰されそうになる。
 だが、アレクセイは将軍である。兵士の身を守らなければならない。兵士の家族のために、彼らを将軍として、率いる者の責任として、生かして故郷に帰さなければならない。
 たとえ殺されても、文句は言うまい。
 アレクセイは、決断を下す。


「…勇者様、申し訳ありません」


 どうか、殺すならば私1人で済ませて欲しい。
 この身はどんな様になろうとも、受け入れよう。
 アレクセイが立ち上がる。
 護衛と参謀がまさかという目を向けるが、アレクセイは止まらない。
 部下に最低の将と罵られても、それを甘んじて受け入れよう。
 首を傾げてこちらを見上げる勇者の少女を見下ろす。
 こんな年端も行かない娘を差し出しす男に、故郷を、プラフタを守る資格などない。
 せめて恨みの矛先が己だけに向くようにと、自分でも驚くほどに冷血な表情で彼女を見下ろし、その身を拘束しようとした時だった。


「…ッ」


 黒い瞳と目があう。
 メルセフの言葉を彼女も聞いたはずだ。
 なのに、表情1つ変わらない。
 我が身可愛さに拘束して天族に差し出そうとしているアレクセイを見ても、その顔色は変わらない。
 責めるわけでも、哀れむわけでもなく。
 ただ、如何したの?と問いかけるような表情だけである。
 できない…。
 雪城の目を見て、アレクセイは自分に彼女を拘束することはたとえ無抵抗でもできないと、分かってしまった。
 捕まえようとした手が降りる。
 きっと部下も殺されるだろう。彼女にも、より悲惨な道を押し付けてしまった。
 そう、絶望した時だった。


「阻め、防護魔法!」


 突然、雪城の隣にいた仮面の藪医者がいきなり立ち上がり、同じ人族とは思えない速さでアレクセイを突き飛ばし、防護魔法を使用した。
 天族の兵士たちも対応できなかったそのとっさの行動。
 その直後、それまでアレクセイが立っていた場所に、防護魔法を展開して立ち塞がったマウントバッテン目掛けて飛来した巨大な岩塊が直撃した。
 それは防護魔法によって防がれたが、当たれば確実にアレクセイは死んでいた。


「て、敵襲!」


 権天使が慌てた様子で叫ぶ。
 直後、メルセフの座っていた山に岩塊が降り注ぎ、周囲の天族たちを引き潰そうとする。
 しかし、それもマウントバッテンの展開して防護魔法がことごとく阻み、1人の犠牲者も許さなかった。


「な、何が!?」


 メルセフのあわてている様子から、その襲撃は全くの別の存在が行ったものと推測できる。
 ヨブトリカ軍の生き残りが戦艦を保有していたのだろうか?
 アレクセイが岩塊の飛んできた方向を見ると、そこには華奢な体躯とそれに合わない巨大なクマの腕を持つ女が1人立っていた。
 熊の耳らしきものが頭から生えているのが見えるが、それは明らかに獣の特徴を持つ人族であるビーストではない。


「プロキオンだと!? 何故ここに!?」


 メルセフが激しく動揺する。
 同時に、聞き覚えのある名前にアレクセイも言葉を失う。
 プロキオン。
 それは、魔族において最強を誇る魔族元帥の一角の名前だった。










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 間一髪で発動させた防護魔法により、何とか犠牲者は出さずに済みました。
 この戦場が神国軍の勝利で終わっていたことに疑問を抱いていましたが、如何やら熊さん元帥はヨブトリカ軍を見捨てて機会をうかがっていたようです。
 何故か自分でも雪城さんでもなく、アレクセイ将軍を狙ってきましたが。
 いや、まあその辺は戦いの最中か、終わってから聞くこともできますので後回しにしましょう。


「何故邪魔をしたね!?」


 キレている様子の熊さん元帥が、自分に大きな敵意を向けてきます。
 いや〜、それはどちらかというとこちらのセリフなのですがね。ヨホホホホ。
 いくら天族とはいえ、雪城さんを引き渡せの後アレクセイ将軍たちを解放しコノシロからは追い出すか雪城さんを連れて行ってから行為に及んだでしょう。
 そこに乱入して雪城さんと協力すれば、連邦軍に被害なく神国軍を制圧できると考えて、無関心かどうかさえ判別できない雪城さんを囮とした作戦を実行しようとしていたのですが、熊さん元帥の乱入でパアになりました。ヨホホホホ。
 まあ、雪城さんを囮に使うとは何事だ!?という天からのお達しなのでしょう。天族相手なだけに。ヨホホホホ。
 …ごめんなさい。反省しております。 
 前回の戦闘であらかた熊さん元帥の飛ばす魔法の威力は計ることができました。
 まあ、代わりに自分が3度ほど死にかけましたが。ヨホホホホ。
 そのままくたばってろよ、と?
 ヨホホホホ。確かに、自分がくたばっていれば世界も少し綺麗になっていたでしょう。
 残念賞ということで。ヨホホホホ。
 ムカつきますか? やはりムカつきますかね〜?
 ヨホホホホ。ムカつきますよね。
 もちろん熊さん魔族もムカついている様子です。


「何故、下衆どもを助けるかね? お前は人族が人族のために召喚した勇者ではないのかね!?」


 熊さん元帥の言葉に、周囲の視線が自分に集まります。
 それに対し、自分は背中に携えていたドジョウ先生を構えます。


「彼らの行いを外道と非難する、その理由を元帥殿は持っているでしょう。ですが、これは人族と天族の問題であり、それを敵と見なし殺す立場にある元帥殿が非難することは筋違いであると自分は考えます」


 自分の言葉に、熊さん元帥の表情が一層険しくなります。
 前回対峙した際には、感情的な面は見せないという印象を受けたのですが、さすがにこの人頭の山を作った上にあのような要求をするメルセフには激怒している様子です。
 何というか、こちらの世界で3つの知性を持つ種族の存在する世界を見て、彼らの意見を聞いてみて、かつての世界のことに関して考えさせられることがあります。
 人頭の山を見て思い浮かんだのは、ある写真でした。
 乱獲により絶滅寸前まで追い込まれたバイソン、その頭骨を山のように積み上げそれを誇るようにカメラ目線を向ける2人の男性が写った写真です。
 狩り尽くして、数が足りなくなったから保護に移るというのは、そしてまだ狩る側の者を非難しそれを主食とする肉食獣を駆逐にかかるというのは、被害者側の目線に立てば傲慢も傲慢、身勝手極まりないと感じてしまいます。
 狩られる側に同情するのはその方の持つ優しさからでしょう。それは貴重であり、無くしてはならないものではあると自分は思います。
 しかし、その優しさを捻じ曲げ、飢える人がいるのに肉を与えないような考えに至ったりするは流石に傲慢でしょう。
 たとえ権利はあれども、同種を愛せない方に他種を愛する資格は無く、他種を括る方に他種の愛護を唱える資格は無いと、傲慢という言葉を考えた末に自分が得た持論です。
 えーと、要するにいじめやパワハラをする方に犬猫を愛していると主張すること、犬猫は保護を唱えても虫は駆除しろと主張することは、権利はあってもそんな資格は無いだろ、傲慢だよということですね。
 お前にそんな批判する権利は無い、と? け、権利を剥奪するのですか!?
 まあ、剥奪されても文句言えない所業をする変態であるという自覚はあります。ヨホホホホ。


 まあ、自分のこの主張からみて、熊さん元帥がどうにも狼だって生きるために狩りをするのにウサギに一方的に味方して、腹が減ったらあんたがウサギを食べちゃうのにウサギにそれで恩を着せようとする、みたいな恩義の押し売りというか、傲慢な面が見えましたので邪魔しました。
 そして、下衆でも殺人狂でも、やはり手の届く範囲で命というかけがえの無いものを吹き消すような行為は容認できないといいますか、まあ要するに身勝手な理由で熊さん元帥の邪魔をしたというわけです。ヨホホホホ。
 恩義の押し売りセールスマン筆頭例が何言ってんだ、と? …ヨホホホホ。これはこれは、壮大なブーメランですな。自分が他人に対して恩義の押し売りを非難する資格はそれこそありませんね。ヨホホホホ。


「お前はその山を見て何も思わないのかね? そいつらは彼らを獲物どころか玩具程度にしか見ていない、外道なんだね! それを、なんでお前はかばうのかね!?」


「御指摘は御尤もですが、これは自分の勝手な信念です。外道だからなどという理由で命を見捨てる者に、この魔法を使用する資格も、仲間の無事を確保するとほざく資格もありません。ただ、それだけです」


「身勝手なのはお前だね!」


 熊さん魔族の非難が響きます。
 確かに、自分も身勝手極まりないのでしょう。
 殺し殺される関係のもの同士で助け合うなど、愚かと言われても仕方がありません。
 熊も、鰐も、鮫も、鷹も、襲ってくるかもしれないのに助けるなんて、意味が無いと言われるでしょう。愚か者のすることだと言われるでしょう。自殺行為だとも言われそうですね。
 自分の場合は「むしろ食われて欲しい!」とかでしょう。ヨホホホホ。
 けど、愚かでもそれはそれでいいではありませんか。
 理想を誰も語らないなら、理想を持つものが語ればいいでは無いですか。
 どうせ冷やかされるだけでタダなんです。
 ならば、あの慈愛に満ちた女神様を信奉する自分としましては、理想を語りそれを為すだけです。
 雪風のごとき活躍、大見得切ったのであれば届く範囲でも手を伸ばし続けるべきでしょう。
 …改めて見ると、身勝手ですね、自分。
 当たり前だろ煽り魔、と? ヨホホホホ。嬉しい評価をありがとうございます。


「迸れ、雷撃魔法!」


「阻め、防護魔法!」


 自分の防護魔法と熊さん元帥の雷撃魔法が激突します。
 その背中を見ていたメルセフが、先程までのアレクセイ将軍との落ち着いた応対と打って変わりヒステリックな悲鳴をあげました。


「ゆ、ゆゆゆ、勇者だとぉぉぉぉぉおおおおお!?」


 ルイス・マウントバッテンの皮は完全に剥がれ落ちましたね。
 悲劇の物語で同情をかっていたのは、能面の変態勇者でした。ヨホホホホ。
 最低だなお前!と? そりゃ、煽り魔の自分は常に最底辺の変態です。ヨホホホホ。自分より下の存在がいるとすれば、それはもう想像できないような何かなのでしょう。下手したら存在しませんから。ヨホホホホ。


「勇者を殺せぇぇぇぇぇえええええ!」


 メルセフの絶叫に、周囲の天族たちがまともな自我と判断能力がある権天使を除き、自分めがけて突撃を仕掛けてきました。
 おっと背中がお留守なので、蘇生魔法を利用して武器を取り上げましょうか。
 そう思っていたのですが、ここでまたも予想外の事態が起きます。


「させるか! ドクターに指一本たりとも触れさせるな!」


 なんと、アレクセイ将軍と人族の皆さんが銃を撃って自分を狙っていた天族たちを攻撃したのです。
 背中からの想定外の攻撃に、バッタバッタと天族たちが撃ち殺されます。
 いや、あの自分みたいなのを助けていただいて恐縮なのですが、皆さんで殺し合いをされては自分が偉そうに言っていたセリフがなんの意味も無くなるのですが…。
 そんな自分の内心は誰にも届くことが無く、参謀が連邦軍の元に護衛1人とともに駆け出し、あとはアレクセイ将軍が命令して神国軍と勝手に自分の背中でどんぱちを始めました。
 ヨホホホホ。凄まじい道化ぶりでしたな、自分。
 自分はこちらを抑えるのが精一杯ですが。


「おろかな奴らだね! 背中でお前が助けた連中は、お前を殺そうとする奴とそいつらを殺そうとするやつで殺し合いを始めたね。お前が外道どもまで助けたのは、なんの意味もなかったね!」


「ヨホホホホ。ぐうの音も出ませんね」


 化けの皮は剥がれましたので、浅利さんに見つかる可能性も承知の上で元の口調に戻ります。
 それから自分の誇る迷槍ドジョウ先生を構えます。
 その穂先を熊さん元帥に向けます。


「ドジョウ先生、お願いします」


「悔いよ、反転魔法!」


 赤い呪怨を発動させ、熊さん元帥の心臓を狙った初撃です。
 しかし、見事に邪法は反転魔法によってそっくりそのまま自分に跳ね返されました。


「グエ!?」


 カエルの断末魔みたいな声が溢れ、心臓を握りつぶされます。
 直後に蘇生魔法で復活しましたが。
 ヨホホホホ。天族の皆さんの攻撃対策のつもりが、こっちで発動してしまいました。


「自分のドジョウ先生を跳ね返すとは、やりますね…」


「今度はこちらから行くね! 地より出でて血を喰らわん!」


「痛ったいであります!」


 地より出た杭が血を喰らいにかかりました。要するに足から串刺しです。
 これも熊さん元帥の魔法でしょう。
 より出たらわん、なんちゃって–––––


「岩をも溶かす灼熱よ!」


「アチチチチチチチ!」


 ダジャレなんて考えていたら、杭から今度はマグマが吹いて自分を焼き始めました。
 ジューシーになってしまいます。
 治癒魔法と浄化魔法で難を逃れましたが、せめてゆっくりダジャレを考える時間が欲しかったですね。ヨホホホホ。


「厄介な奴だね…!」


「ヨホホホホ。自分は厄介というよりは鬱陶しさとしつこさが売りの存在ですから。った存在のお相手いかがですか、さん元帥殿?」


「バカにするのも大概にしろね! 消えろ、崩壊魔法!」


 煽ったところ、ブチ切れた熊さん元帥があの天族たちを挽肉どころかパウダー見たくしてしまった崩壊魔法を付与した鉞を取り出してきました。
 おっと、これはマズい事態ですね。


「勇者覚悟!」


「プロキオン覚悟!」


「鬱陶しいね!」


 自分が伏せた瞬間、頭上を通り過ぎた鉞がどこからとも無く殺到してきた神国軍の部隊を速攻で粉微塵に消しとばしてしまいました。
 ヨホホホホ。食らっていたらと思うと、ぞっとします。
 連邦軍と神国軍がオブラニアクの各地にて激突しており、終わったはずの戦場はまたも今度は本来味方同士の軍勢同士で激突するというカオスなものとなってきました。
 人族、天族、魔族、勇者と…揃えば皆さん喧嘩ばかりしますね〜。
 どんぱちの引き金の分際でそんなことを考えながら、自分は熊さん元帥プロキオンと対峙しました。


「風の刃よ!」


「ヨホォ!?」


 失礼、対峙というよりは一方的にボコられるような展開です。ヨホホホホ。

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