異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

12話

 










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 農耕都市グノウを包囲するヨブトリカ軍国第六陸戦師団。
 三千からなる軍勢を率いるヨブトリカ軍を率いる将であるポートランドは、神国軍の攻撃が援軍に駆けつけた連邦軍にまで波及していることに、攻めを続けるべきか撤退するべきかを迷っていた。
 何しろ、現れた連邦の援軍は航空戦艦を撃沈してしまう化け物のような存在がいるのである。その上、モスカル要塞を襲撃していたはずのヨブトリカ軍はボロボロになりながら撤退してきたのに対して、援軍に駆けつけた連邦軍は数こそ少ないものの、まるで出陣したての無傷の部隊であるかのような高い士気を誇り、全力で戦える正規軍の登場がヨブトリカ軍に大きな被害を生んでいた。
 確証があるわけではないが、ポートランドにはその援軍に噂で聞くジカートリヒッツ社会主義共和国連邦が対魔族戦を想定し召喚したという異世界からの勇者がいるのではないか?そう見ていた。
 せめてあの増援が来るまでにプラフタを占領できれば勝機はあったかも知れない。
 しかし、援軍として到来した連邦軍の部隊の登場が、神国が無差別攻撃を行い三つ巴の様相を見せたグノウの戦場のパワーバランスを大きく動かし始めている。
 これ以上攻撃を繰り返しても、グノウを攻め落とすことは難しいだろう。
 ポートランドの将としての目が、グノウの攻略が不可能に近づいていることを感じ取っていた。


「…おのれ」


 本陣でさえ、神国軍の度重なる攻撃を捌くことに疲労が蓄積しており、士気は低迷の一途を辿っている。
 元々別の師団同士のものや新兵をかき集めた軍勢で編成された急造の師団である。将として非凡である自身が指揮をとったとしても、できることに限界がある。
 むしろ、ここまで保たせたおのれの将としての采配を称えるべきだろう。
 手がらこそ立てられなかったものの、ここにおける自身の討死はヨブトリカ陸軍の替え難い損失になると、ポートランドは考えた。
 プラフタ各地に散った部隊をかき集め、一度再起を図った方が賢明かも知れない。
 ポートランドは、撤退を決意した。 


「…ふん。ここまでだな」


 ポートランドの言葉に、彼と同じ元第三師団出身の兵士たちは、それが撤退の合図であるとすぐに察知する。
 ポートランドの撤退戦術は単純明白。前線で戦っている部隊を捨て石に、本隊が撤収するというものだ。
 そのため、撤退命令を出すことなどしない。
 それを知らずに前線で戦う元第二師団や新兵で構成される部隊を見捨て、ヨブトリカの軍の一部が撤退を開始する。
 ヨブトリカ軍のうち、2千ほどの軍勢が撤収していく。
 味方に背中を見せて必死で戦う前線の部隊を完全に見捨て、撤退していく本隊。
 指揮系統の上部を失ったヨブトリカ軍の混乱は伝染を始め、それまでポートランドの巧みな指揮で互角に渡り歩いていたヨブトリカ軍は瓦解を始め、神国軍の攻撃に飲み込まれていく。
 天族の蹂躙に晒された外のヨブトリカ軍が捨て石になったことで、グノウの外縁で戦っていた連邦軍につかの間の安息が訪れた。
 その間に、連邦の援軍が彼らと合流し、態勢を立て直していく。
 グノウの内部では三つ巴の戦いがいまだに続くが、外部の戦闘の趨勢は決した。
 ヨブトリカ軍の崩壊は止まることを知らず、三つ巴の戦況が動き始める。


 グノウの戦場から撤退したポートランドは、2千の軍勢とともに各地に散る第六師団の軍勢をかき集めるように指示を出しながら後退を続け、オブラニアクというプラフタにかつて存在した城塞都市に後退した。
 既に廃城となっているが、森と川に囲まれており、城壁も多く残っているため、急造の防衛拠点としてはもってこいの場所である。
 ここでポートランドは味方部隊の集結を待ちながら、冬季大攻勢の情報を集めるよう指示を出す。
 しばらくきて、六千ほどの軍勢が集まってきた。
 しかし、冬季大攻勢に関する情報はハプストリアを占領したというのを最後に、そのあとの情報が届いていない。
 ザンドベルクを占領したという情報もあるが、それは誤報だろうとポートランドは見抜いている。
 プラフタに止まっていても、出来ることなど高が知れている。六千の軍勢は人族においてかなりの大軍とはいえ、連邦についている神国軍の数は万を優にそろえてくるだろう。
 だが、冬季攻勢にて大敗を喫したヨブトリカ軍は既にウーリエ率いる連邦の本軍の攻撃により、ヨブトリカ領も多くが占領されている。
 あと数日、早く撤退していればまだ本国に戻れた。
 だが、この時のプラフタは周囲を完全に連邦側の手に落とされており、第六師団は完全包囲の形に晒されていたのである。










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 どこぞのイカれた能面がぶっ飛ばされて離脱していた頃、司令部突入直前で謎の攻撃により横転させられた車両に乗っていた雪城は、変形したドアを防護魔法でこじ開けて、セルゲイとリュドミラを抱えてなんとか脱出を果たした。
 周囲では、自分たちの旗頭である雪城と隊長のセルゲイを見捨てることなどできなかったのだろう。同行していた4台の魔導車両も停止し、連邦軍が銃撃で対峙していた神国軍を牽制してくれている。


「わざわざ自ら殺されに出てくるとはな! 下等種族を殲滅しろ!」


 それに対し、神国軍は見るからに偉そうに振る舞っている奴の指揮の元、雪城たちに対しても攻撃を仕掛けてきた。


「あいつが敵の司令官のようですね…」


 雪城の隣にいるリュドミラが呟く。
 額に切り傷を負っており、彼女の頭からは血が首筋に向かって流れていた。
 傷は浅いようだけど、女性を兵士に駆り立てて怪我を負わせる戦場という空気に触れ、雪城は…常人には理解できない考えに及んでいる。


「近藤、君はたけのこ派か?」


「意味がわからないこと聞かないで下さい!」


 この通り、戦場において先ほど自分が乗る車を攻撃され、横転したというのに恐怖のかけらも感じることなく、おのれのペースを歩き続ける。
 雪城 栞菜という人物は、どこか不思議で、どこか大器を感じさせるようなさせないような、しかし会話の成立しない変人なのである。
 そして、それは不思議と周囲の連邦軍の緊張と恐怖からくる力みをほぐし、なおかつ異世界の勇者という旗頭の堂々たる姿に大きな勇気を与える効果があった。


 いくら勇者でも、彼女は年端もいかない少女。
 そんな彼女が怖気付くこともなく、ともに戦っていてくれる。
 ならば、たとえ弱小と蔑まれることがあっても、正規軍が、この国に仕え武器をとった兵士である自分たちが、赤旗を前にしてくじけることなどあってたまるか。
 そんな気持ちが、連邦軍の士気を跳ね上げた。


「くじけるな! 我らは支配を受け入れず、国民の手で国を作る! 革命の嵐は、決して止むことはない!」


「「「「「オオオオオォォォォォ!!」」」」」


 セルゲイの号令が響き、連邦軍はさらに奮起した。
 たった30名で、五千からなる神国の本隊に立ち向かう。


「くそ! 家畜なんかに–––––グア!?」


「術式構築、雷撃術式!」


「「「ギャイいいいい!?」」」


 雪城が防護魔法を展開し、それに守られる連邦軍が術式を構築して神国軍を向かって撃ち続ける。
 魔法も劣り、力も劣り、聖術も劣り、数も劣り、土地の豊かさでも、寿命でも、何もかも劣っていた人族が、それでも滅びることに抗い、戦うことを選んで磨き上げたたった1つの力。
 人族が短い歴史で常に強者である2つの敵の姿を見て、積み重ねた研鑽が生み出した技術の結晶。
 銃。それは、人族の生み出した、強者の蹂躙に抗う技術の結晶であり、家畜に収まることを良しとせず争う選択をとった反骨の意思の象徴と言える兵器である。
 それが、出鱈目な突撃を仕掛ける天族にむけ、その猛威を振るう。


「「「術式重複、連射術式!」」」


 複数の魔法陣が重なり合い、そこから間断ない術式の魔法の銃弾が撃ち出される。
 まるで機銃掃射で歩兵を蹂躙するがごとく、その銃撃は加護や聖術も貫いて天族の軍勢に牙をむいた。


「「「ギャァアァアアア!?」」」


 近寄る間もなく、次々に倒れ伏して行く神国軍。












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「な、なんなのだ…!?」


 その攻撃を見て、スルーシは罵声を飛ばすこともできなくなった。
 人族は天族に劣る畜生だ。理性もない獣と大差ない、国をつくり天族や魔族と肩を並べようとすることも本来許してはならないクロノス神の生み出した最悪の失敗作の種族のはず。
 だが、目の前の光景は何だ?
 蹂躙されるべき種族の攻撃に、攻撃を指示した神国軍が逆に蹂躙された。
 それも、神国の知らない手法で。
 あんなのは知らない。これは、現実ではない!


「な、何なのダァ!?」


 術式の連射が鳴り止んだ時、地面におびただしい数の躯を晒した神国軍と、それを文字通り一方的に蹂躙してこの死骸の山を量産した1人として倒れていない連邦軍を見て、スルーシはヒステリックな叫び声をあげた。


「認めん、認めんぞ! 畜生でしかない…狩られるだけの下等種族が、ふざけるなぁ!」


 人族の召喚した勇者。
 あれも別世界のものとはいえ、所詮人族。天族の刃にかかれば、狩られるだけの虫けらでしかないはずだ。
 容姿は人族にしては可愛らしかったので、あの勇者だけは捕虜にして性奴隷にしてやろうなどと考えていたスルーシだが、現実として見せつけられた天族が圧倒された戦場を見て、何らかのタガが外れた。
 こんなこと、あってはならない。クロノス神に作られた思考の種族である天族が、畜生と同列の下等種族である人族に蹂躙されるなど、あってはならない。


「そう、これは現実ではない。こんなことは、ありえないのだ…」


 おかしな乾いた笑いを出しながら、聖術を行使しようとするスルーシ。
 これは夢だ。現実に戻らなければ。
 勇者を縛り上げ、陵辱し、目障りな人族どもは首を落として晒す。
 目が覚めれば、本来あるべきその現実が広がっているのだ。
 だが、夢の中とはいえ、力天使たるおのれが負けることなどあって良いものではない。
 この聖術は、悪夢を払う一撃だ。


「魔導と信仰の–––––」


 それが、スルーシの遺言となった。
 最後まで紡ぐ前に、人族の勇者の隣の女が銃を撃ってきたのである。
 それは、クロノス神に認められた加護たるアイリスの盾を貫き、スルーシの額を正確に撃ち抜いた。
 狂ったような笑みを浮かべながら、スルーシは現実を認識出来ることなく、グノウの戦場に斃れた。










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 熊さん魔族元帥が鉞を振り回すたびに、まるで木っ端が払われるように天族の軍勢が蹴散らされていきます。
 ヨホホホホ。さすが魔族の元帥、とてつもない強さですな。
 片手で振り回していますが、全力なんて全く出していないでしょう。


「鬱陶しいね。奴らのことだけ言えないけど、神国軍は数だけだね」


 魔族もどっこいどっこいな気がしますが、確かに同意したくなります。
 この戦場だけで、神国軍は数万が集結していますからね。ヨホホホホ。


「贄となれ畜生–––––グア!?」


 誰が贄なんかになりますかね? ヨホホホホ。
 自分を生贄にしても、多分バットステータスがつきますよ。
 そんなことを思いながら、天族の振り下ろした剣を真剣白刃取りし、ガラ空きの体を蹴っ飛ばします。
 その際、天族の持っていた剣をさりげなく分捕りました。
 ヨホホホホ。やはり、ただ倒しては面白みも何もないので、こういう嫌がらせをやってナンボというものでしょう。
 そうして手にした剣を前に立つ天族めがけて投げつけます。


「くっ! …あ、あれ?」


 しかし、身構えた天族に当たることなく、剣はブーメランよろしく弧を描いて投げ飛ばされた一めがけて飛んで行きます。
 その隙に、自分は背中を斬りつけようとした別の天族の剣を交わして、何事もなかったことに困惑している天族のと間合いを詰めます。
 その天族に発勁…ではなく、製薬魔法で生み出した胡椒弾を吹き付けました。


「は、はっく–––––ング!?」


 その鼻をつまむと、くしゃみを妨害された天族は耳から空気が吹いたらしく、耳を押さえて膝をつきました。
 …この手は有効ということでしょうか?
 ちなみに、ブーメランは自分の背中を狙った天族の脳天に直撃して、一名倒しています。


「死ねえ!」


 また、つぎの天族の兵士が切り掛かってきました。
 それに対し、防護魔法で壁を築きます。


「ギャッ!?」


 天使も走れば壁に当たる…ふむ、この表現はよろしくないですね。
 まあ、いいでしょう。
 すると、大量の天族の破片が血とともに飛んできました。


「消えろ、崩壊魔法!」


 物騒な響きの魔法を使いながら、それを付与した鉞を片手で振り回しています。
 魔族の元帥がそれを振り回すたびに、当たるものから振るわれた軌道にいたもの、さらには多少の距離を開けていたようなものたちでさえ、片っ端からガラスのように砕かれ、欠片と血に変わり辺りに撒き散らされます。
 その光景はなかなかに凄惨でグロテスクですが、効果は絶大です。
 空を覆うように舞っていた天族たちが、次々にその数を削り取られていきます。
 魔族の元帥の力を改めて見せつけられますね。ヨホホホホ。
 自分が1人殴り倒す間に、魔族の元帥は数百の天族たちを薙ぎ払いますから。あれぞまさに一騎当千、無双というやつでしょう。
 勇者補正有りでも、あれほどの存在と殺し合いがしたいとは、思いませんね。ヨホホホホ。


 すると、魔族の元帥が鉞を大きく振り上げました。
 何か、とても大きな一撃が振るわれる予感がします。
 自分は慌てて伏せると同時、魔族元帥が巨大な鉞を振り払いました。


 轟音が響き渡ります。
 そこに天族の悲鳴はかき消され、聞こえませんでした。
 しかし、落ち着いてみると、そこには建物も神国軍も、等しくこの一角を更地と灰燼に変えた光景が広がっていました。
 今の一撃で、周囲の天族は完全に薙ぎ払われたようです。
 連邦軍やヨブトリカ軍も巻き込まれた可能性がありますが、その痕跡もろとも更地に変えられましたのでわかりません。
 瞬く間に神国軍を消しとばした熊さん魔族元帥は、地面に伏せていたことで無事だった自分の方に向き直ると、黒ずんだ鉞を地面に突き立てて、無粋な邪魔がいなくなった続きを再開しようと対峙しました。


「さて、無粋な天族どもはあらかた駆逐できたようだね。そういうことだから、再開するとしようかね」


「…退いては、くれませんか?」


 先ほどは神国軍という共通の邪魔者を駆逐するために一時的に背中を合わせただけであり、元より目の前の魔族の元帥は敵でした。
 天族が消えたのならば、これは自明の理ということでしょう。
 自分の言葉に、魔族の元帥は首を横に振ります。


「君とは戦う理由こそあれど、退く理由がないからね。君の方にも戦う理由があるはずだね」


「………確かに、その通りです」


 目の前の魔族の元帥は、自分が異世界の勇者であることをわかっているようです。
 誤魔化しが効かないのであれば、もとより敵同士の自分とは、戦う理由こそあれども矛を収める理由はないということでしょう。
 自分もまた、拳を握り対峙します。
 魔族の元帥にも有効な手といえば、発勁くらいしか自分には持ち合わせがありません。当たったとしても大した威力にならないドジョウ先生は、ここでは手に持っているだけでも発勁を当てるためには邪魔になるということになるでしょう。
 よって、今回は徒手空拳にて対峙します。
 魔族の元帥もまた、なんらかの理由があるのか鉞を手に持たずに対峙しています。
 持つように勧めるべきかもしれませんが、そんな余裕で対峙していい相手ではないことは百も承知しております。
 様子見などしていられません。初手から先制攻撃で打ち込んでいきます。
 大技を繰り出した直後の魔族の元帥めがけて、自分は一息に間合いを詰めに行きました。


 …しかし、自分風情が対峙していい相手ではないということはよくあることです。
 最初の発勁をかわされ、間髪入れずに魔族の元帥に首を掴まれると、踏ん張りをしていた軸足を挙げられてしまい…。
 気付いたら、地面に叩きつけられていました。


「–––––!?」


 悲鳴をあげられる間もありませんでした。
 首の骨をへし折られたことに気づいたときには、蘇生魔法が発動します。


「………!?」


 経緯はともかく、この魔族の元帥がヨブトリカにつき、連邦に敵対していることは明白です。
 …ヨブトリカ軍も巻き込んでましたけど。
 それでも、自分を潰した後、この魔族の元帥がつぎの標的にする相手は明白です。
 さすがに、それを看過するわけにはいきません。
 手応えを感じたことで倒したと思い込んだ様子の魔族の元帥にしがみつき、その表面に防護魔法を展開させました。
 鎧や服をイメージした便利な防護魔法の応用で、動かないように阻害する防護魔法です。


「う、動けないね…君の魔法かね?」


 力の入りにくい体勢で動きを封じられたことが大きかったらしく、魔族の元帥は力ずくで突破することができない様子です。
 首を魔族元帥の腕から引き抜いて立ち上がった自分は、その質問には答えず製薬魔法で睡眠ガスを生成します。
 これで眠らせて、無力化しましょう。


「勝負ありましたね」


「そんなことはないと思うよね?」


 睡眠ガスで眠らせるだけだったのですが、しかし一応した降伏勧告に対して魔族の元帥は余裕の表情でそうかえしました。
 この状態で何をするというのでしょうか。
 しかし、警戒するに越したことはないでしょう。
 何かを仕掛けられる前にでなく済ませようと、睡眠ガスを魔族の元帥に向けて吹き出そうとした時、魔族の元帥に掴まれていた首元から何かが出ました。


「何ですと!?」


 それが魔法陣を構築した直後、爆発を起こしました。
 顔面は能面が防いでくれましたが、首と胸元に大やけどを負い、地面を転がります。


「こんなもので縛られると、思わないことだね!」


 治癒魔法で即座に回復して立ち上がった自分の目の前で、魔族の元帥が動きを封じていた防護魔法を力ずくで破壊して立ち上がりました。
 油断を誘うため、抜けられる拘束をあえて受けていたということでしょうか?


「消し炭すら残さぬ灼熱の熱光よ!」


「阻め、防護魔法!」


 2人が立ち上がった瞬間、同時にその魔法を発動しました。
 壁を築いた自分に対し、魔族の元帥は背中の鼓から多数の熱光線の魔法を放ってきました。
 2つの魔法が激突します。
 しかし、それは一瞬で勝負がつきました。


「–––––ッ!?」


 負けるという直感に、反射的に蘇生魔法を仕掛けた直後、自分の腹部を防護魔法を一瞬で突破してきた魔族元帥の魔法が貫き、自分の体を真っ二つに焼き切りました。
 視界が落ちる中、蘇生魔法が自分を延命してくれた隙に、焼き切れた胴体に治癒魔法を行使してつなぎます。
 なんとか倒れずに踏みとどまりましたが、その一瞬の隙に魔族の元帥は間合いを詰めてきていました。
 その腕は、最初に見た熊のそれに変わっています。肘下ですが。


「!?」


 再生したての腹を、熊の手が貫き軽々と自分を持ち上げます。


「勝負あったね」


 突き上げられた自分を見上げながら、魔族の元帥が言います。
 それに対し、自分は喉元に込み上げた血を飲み込み、笑いをこぼしました。


「…それは、どうでしょうか?」


「強がりかね?」


 問いを発する魔族の元帥に対し、自分は治癒魔法を行使します。
 それは腹に開けられた傷を瞬く間に塞ぎ、腹に突き刺さっている魔族元帥の腕も巻き込んでしまいます。


「何ね!?」


「っ!」


 驚く魔族の元帥に、自分は絶対に当てられる間合いを確保し、その絶好の機会に逃さずに発勁を打ち込みました。


「ガハッ!?」


 まともに発勁を受けた魔族元帥の表情に、初めて苦悶の色を浮かばせます。
 しかし、この好機に一発で済ますことはいたしませんとも。
 というわけで、もう一発発勁を打ち込みます。




「ぐあ!?」


 おそらく、この魔族の元帥にとっては未知の衝撃に、くま耳の顔がさらに歪みます。
 足がふらつき、姿勢を維持できず、自分にもたれかかってきました。
 ヨホホホホ。役得役得、ケモミミ娘さんの方からもたれかかられるとは、いい経験ですな〜。ヨホホホホ。
 などという邪な考えを巡らせていたところ、魔族元帥が歯を食いしばり、もう片方の腕も熊の手にして自分の腹に突っ込んできました。


「いったいでござる!?」


 自業自得だ変態、と? ヨホホホホ。確かに、さっさと眠らせるか意識を刈り取っておけばよかったですね。しかし、こうなることこそ自分の煽り魔の本質というものですので、この手のことはあって当たり前です。ヨホホホホ。
 腹をえぐられ、腕を引き抜かれた自分は、腹を抱えて転がり落ちます。


「て…転移魔法!」


 その隙に、魔族元帥の方も急いで転移魔法で去って行きました。
 …撃退こそできましたが、今回も自分の負けですよね?
 治癒魔法でえぐられた腹を修復しながら、自分はそんなどうでもいいことを考えていました。

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