異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
8話
モスカル要塞という連邦軍の拠点の救援に成功した自分たちは、門前で合流したリュドミラさんとともに要塞守備軍と接触しました。
とはいえ、怪我人ばかりの要塞を放置できません。
要塞に入るなり、自分は早々に要塞守備軍の司令官とのやり取りをリュドミラさんに任せて、目に付いた負傷している連邦軍の兵士たちに治癒魔法を施します。
自分が同席してもろくなことにならないでしょうし、顔を隠している相手を信用などしないでしょうし、急患に待ったはありませんから。
手近なところにいる兵士から、治癒魔法を施していきます。
「うっ…」
「もう、ダメなのか…!」
その兵士は身体中に銃撃を受け、さらには航空戦艦の爆撃でやられたらしく片足が膝上からなくなっていました。
顔面を巻く包帯はかなり衛生状況がよろしくなく、血と煤で汚れてしまっています。
「失礼、退いていただけますか?」
その兵士の友人なのか、軽傷の兵士が膝をついています。
その方をどかせて、重傷の兵士の無くした方の足に巻かれている包帯を解いていきます。
「な、なんだお前は!」
いきなり横から現れた能面まで黒の出で立ちでほとんど素肌をさらしていない怪しい人物に、軽傷の兵士が声をあげます。
普段ならば付き合いながら治癒魔法をかけるところですが、マウントバッテンとしては治療が最優先という方針でいきます。
兵士に手をかざし、治癒魔法を行使します。
「おい、なにし、や…が…は、はあ!?」
魔法を行使しようとした自分を急いで止めようとする軽傷の兵士ですが、治癒魔法によりみるみるうちに傷が消え足が元どおりに修復されていく様を見て、唖然としてから驚きで大きな声をあげました。
「あ、あれ…俺…」
重傷を先ほどまで負っていた兵士ですが、意識も回復したようです。
自分はそれを確認すると、迷うことも声をかけることもなく、次の重傷の兵士のところへ向かいました。
「う、うそだろ…」
脇腹がえぐれて肋が覗いていた兵士の怪我も、腕がなくなっていた兵士の怪我も、胸部に受けた銃弾で肺をやられ息も止まりかけていた兵士の怪我も、ゆっくりと息を引き取ったばかりだった兵士の怪我も、まるで何事もなかったかのように次々に回復魔法と治癒魔法、それから若干蘇生魔法さえも使用して復帰させていきます。
先ほどまでの野戦病院の絵は消えていき、あっという間にけが人はいなくなってしまいました。
「な…!?」
「うそ…」
「…いやいやいや」
兵士たちは治癒魔法を使えるしてもあまりにも常軌を逸する魔法を行使する自分に、逆に恐れを抱くような目を向け距離をとりました。
まあ、蘇生魔法まで遠慮なく行使しましたから。本当に手遅れで蘇生魔法でもなにもできなくなった兵士ならばともかく、死人を蘇らせるなど恩人だろうと恐怖を覚えるなという方が無理があります。
しかも、能面です。ホラー要素が付いています。
腰が抜けている兵士もいる始末です。
「お、おまえは…いったい何者だ!?」
1人の兵士が銃を突きつけてきました。
その銃口を無視して、自分はその兵士に対して逆に問いかけます。
「他にけが人はいますか?」
「…え?」
なんだか想定していたのと違う、という気の抜けたような困惑した返答がかえってきました。
しかし、自分の欲しい回答ではありません。
「他のけが人はどこにいますか?」
再度、今度は威圧するようならしくない口調で問いかけます。
有無を言わせぬ迫力を声に載せるのも、自分は得意です。声真似、口調真似はふざけるために磨いてきたこの上ない技術ですから。ヨホホホホ。
ふざけんなよ、と? ヨホホホホ。それは無理な相談ですね〜。自分という存在は、面白おかしくふざける道化の身の上ですから。ヨホホホホ。
帰れ、ピエロ!と? ヨホホホホ。自分の例えに出しては、落ちこぼれの道化師といえどさすがにかわいそうではありませんか。ちなみに、自分は救いようのない道化師です。
ピエロというのは、クラウン、つまり道化師の中の落ちこぼれ、芸に必ず失敗する愉快な役を指しています。要するに、ピエロというのは道化師の別名ではなく、道化師の中の落ちこぼれに該当するものということですね。
おっと、そんなことを考えている暇などありません。
恐喝するともとれる強い口調に押され、不気味な外見も相成り、兵士たちはなにも答えられずに後ずさります。
返答がなければ仕方ありません。自力で探しますとも。
千里眼・医療は透視もできますので、すぐにけが人が集結している場所が見えました。
そちらに向かおうとすると、突然背後から銃を突きつけられました。
「止まれ!」
銃を向けてきたのは、連邦軍のおそらく佐官クラスの服に身を包む士官でした。
兵士たちの困惑の飛び交う騒ぎを嗅ぎつけて駆けつけた様子です。
「その先はけが人の収容所だ。貴様のような怪しい奴を入れるわけにはいかん!」
職務に忠実といいますか、かなり頭の固い方のようです。
カクさんを思い出しますね。
…そういえば、カクさんは呼ばれているという声の正体を突き止めたのでしょうか?
ユェクピモの迷宮の件がありましたから、うやむやのまま自分は別れてしまいましたので、帰ったらなにを言われるのが容易に想像できます。
おそらく、怒鳴り散らされるでしょうな。ヨホホホホ。
突きつけられた銃口は、自分の後頭部をしっかりと捉えています。
さすがに脳に損傷を負って仕舞えば治癒魔法の行使にも影響しますので、防護魔法を展開しようとして撃たれるのも怖いですし、おとなしくホールドアップします。
命に関わる患者もいますので、なるべく早く説得したいです。
「自分は医者です。ただ、皆さんの怪我を治すのみ。他にはなにも望みません」
「信用なるか!」
石頭ですね〜。
周囲の兵士たちも自分を恐れているためか、瀕死の仲間もいるというのに軍医を向かわせるわけでもなく、何かを手伝うわけでもなく、無言の非難のこもった視線を向けています。
ヨホホホホ。やはり、名と声と態度を変えた程度では、積み上げてきた悪行の数々というのは無効にしてはもらえないのでしょう。ヨホホホホ。
ですが、その報いのために救える命が無為にされるというのは、納得がいかないでしょう。
一か八かの勝負。後頭部に防護魔法を展開しました。
「ッ!」
士官の構えた銃が魔法を発動させ、銃声が響きます。
その時には、自分は怪我人たちが待っている場所に向かって走っていました。
とどのつまり、魔法の行使が間に合ったというわけです。
死ねばよかったのに、と? ヨホホホホ。そう思われるだけの所業をなした身としましては反論できないところですが、今は救うべき命があります。
「待て、貴様! 撃ち殺されたいのか!」
と言いつつ、士官は背中の方で銃を立て続けに数発発砲しました。
自分に2発当たり、2発は外れました。
士官の銃撃から逃げた自分は、防護魔法を収容所の入口に展開して遮断してから、即座に範囲にわたる治癒魔法を発動させます。
追ってきた士官たちが防護魔法を叩き、銃を撃ちまくっていますが、聞こえません。
ヨホホホホ。ここで銃撃が跳ね回ろうものならば、怪我人が出てしまいます。
お前が余計なことしなければなんともなかったんだよ!と? ヨホホホホ。余計なこととは心外ですね。自分のなすことは、すべからく悪行と称してもらいます。ヨホホホホ。
地獄絵図のようだった野戦病院の怪我人収容所は、瞬く間に健常者に溢れる部屋に様変わりしてしまいました。むしろ、かすり傷のあと1つない状態になったので普通の方よりも健康かもしれませんが。ヨホホホホ。
突然出没した能面に治癒魔法を施されたけが人たちは、困惑しています。
中には怯えている方もいらっしゃいますね。
呆れられるのならばともかく、怯えられるということはほとんどないのですが…っと、防護魔法の前で大暴れしている時間に怯えているようです。ヨホホホホ。
まあ、表情がヒステリックというか、後ろの兵士たちは仲間を治療されて困惑している中で1人だけ暴れているのですから。ヨホホホホ。よほど自分の存在が癪にさわる様子です。
一応、読唇術もありますし、読み取ってみましょう。
『死ね! 貴様、これを解け! 縛り首にして蜂の巣になるまで銃撃を打ち込んでくれるわ! ええい、離さんか貴様ら! どっちの味方だ!』
あらら…さすがに危ないと判断されたのか、部下に取り押さえられて銃を没収されました。
それでもやけに騒いでおります。
『やめろ、離せ! 処刑だ! おのれェェェ…!』
連行されちゃいましたよ。
大丈夫でしょうか?
千里眼・医療で確認しましたが、洗脳とかはなかったので、単に自分のことが気に食わなかっただけの様子です。ヨホホホホ。
すると暴れる士官さんと入れ替わるように、連行されるその姿を白けた目で見送りながら、別の方が扉に近づいてきました。
その隣には、仲良くあれこれ言い合っている雪城さんとリュドミラさんがいます。
落ち着いた様子なので、入れ替わりできた士官がノックをしようとしたところで、防護魔法の展開を解除しました。
それから近づいて、扉を普通に開きます。
「君は、誰だ?」
「リュドミラだって、何回言えば…ああもう! しつこい! しつこ過ぎ!」
「あ、どうも」
「無視しないで! しつこいとは言ったけど、そこからいきなり無視まで持っていかないで!」
雪城さんは相変わらずと言いますか、リュドミラさんをスルーして扉を簡単に開いた自分を見て変哲も無い挨拶をしてきました。
それに対して大声で文句を言うリュドミラさんに、士官の方が呆れの混じった目を向けます。
「ッ!? し、失礼しました…」
気づいたリュドミラさんは、顔を赤くして申し訳なさそうに引き下がります。
その肩に、雪城さんが手をおきました。
「佐久間よ、恥じ入ることは何もない。叫びたくなる年齢なのだろう? うん、分かる」
「誰のせいだと思っているのか、あんたは!」
「自虐ネタか?」
「あんたのせいだよね!」
さりげなく喚く責任を本人に押し付けるとは、さすが雪城さんです。リュドミラさんは落ち着くことができません。
それに対して士官の方はため息を漏らし、疲れた顔を上げて自分の方に向き直りました。
「君が、2人の言う『ドクター』か?」
その問いには、肯定するべきでしょう。
返事をしようとしましたが、その前に扉の奥の様変わりした光景を見て士官の方は納得がいったようです。
「…いや、その負傷者たちの復帰を見れば敬意を向けるべき凄腕の医者であることは間違えないらしいな。礼を言わなければならない」
百聞は一見に如かず、というやつでしょう。
自分がドクターと呼ばれた所以をみて、士官の方は納得をして、自分に頭を下げてきました。
「君たちのおかげで、我が軍の犠牲者は大きく減らすことができた。この状況で軍票すら出せない有様だが、せめて心から礼を言わせて欲しい」
こちらの士官は話がわかる様子です。お二人と共にきた点から、おそらくリュドミラさんが接触を図った方なのでしょう。
自分たちのことも説明しているようで、ひとまずは物騒な挨拶はせずに済みそうです。
おっと、頭を下げられてはこちらも返すのが礼儀でしょう。ヨホホホホ。
礼儀を語るならまずはその不気味な能面を取れ、と? ヨホホホホ。それはできませんね〜。これが自分の顔であるならば、顔の皮を剥いで対峙するのはより失礼ではありませんか。自分の場合は存在がすでに礼を失くしていますが。ヨホホホホ。
普段通りのふざけた一礼からの自己紹介…ではなく、丁重な所作で頭を下げます。
「こちらこそ唐突の来訪に謝罪をします。それに治癒はそちらの制止を振り切り勝手に行ったことですので、礼を言われるほどのものではありません」
「…部下がご迷惑をおかけしました」
今度は申し訳なさそうに、士官の方が謝罪します。
内容は、おそらくあれでしょう。先ほどの士官の態度でしょう。
別に、戦時に気が経つのは仕方のないことですし、自分に理由もなくムカつくのもまた仕方のないことですので、特に気にしていません。
煽り魔なのが最大の理由だろうが、と? ヨホホホホ。確かに、煽り魔では態度を変えた程度ではその苛立つ気が撒き散らされてしまうということですね。ヨホホホホ。
お互い顔を上げると、差し出された手を握り握手を交わします。
連邦軍の軍服に身を包んだその士官は、戦闘直後の疲れた顔に人当たりの良さそうな笑みを浮かべて名乗りました。
「ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦プラフタ駐屯軍、モスカル要塞守備軍隊長、セルゲイだ。ドクター、とお呼びすれば宜しいかな?」
「治癒魔法を用いた流浪の医者をしています。ルイス・マウントバッテンと申します」
ヨブトリカ国籍に多い名前から察したのか、セルゲイ氏の顔に一瞬影が落ちます。
しかし、そのようなことは瑣末ごとであると言いたげにその表情はすぐに戻りました。
「ドクター・マウントバッテン。私の部下の命を救ってくれたことに、改めて礼を言おう。本当に、感謝する」
「いえ、医師として当然のことをしたまでです。救命は自分の使命ですから」
強く握った握手は、疲れたセルゲイ氏の顔とは裏腹に意思のこもったものでした。
若干強く握りすぎな気もしますが。
こうして、リュドミラさんのお陰で自分は比較的平和的な初邂逅を迎えることができました。
セルゲイ氏に連れられて、自分たち3名は窓の割られた守備軍長の部屋に来ました。
セルゲイ氏曰く、ここよりまともな部屋がないとのことです。
先ほど繰り広げられていた戦闘の苛烈さを物語るように、部屋の中は煤汚れ破片が散らかっていました。
雪城さんが自分とリュドミラさんに挟まれる形で横長の椅子に3人揃って座ります。その対面に、セルゲイ氏が座りました。
セルゲイ氏は、まずはリュドミラさんの方を見て尋ねます。
「さて、リュドミラ兵長。グノウの救援の件だったな」
「やはり、ダメなのですか…?」
すがるような表情でリュドミラさんが尋ね返します。
グノウが何であるか、自分はわかりません。
しかし、今のやり取りとリュドミラさんの助けた時の状況、王国と連邦が戦争をしているという点、リュドミラさんが旅の最中に見せた焦燥した表情などから、あらかたの見当はつけられます。
どうやら、リュドミラさんはグノウという連邦の拠点か、もしくは連邦軍の部隊に所属していたものの、王国軍の攻勢に耐えきれず援軍をこの要塞に求めるためにここまで来た様子です。
王国の騎士に襲われていたのは、援軍要請の伝令として出てきたのが見つかってしまった結果なのでしょう。危うくレイ○されるところでしたが。
思い返してみると、痛めつけられるのを見ていただけの自分って相当なクズですな。
当然の事実を今更再認識するな、と? …ヨホホホホ。
しかし、こうしてやっとの思いでたどり着いたというのに、断られてしまった様子です。
戦闘直後ですからね。この守備隊もかなりの損害を受けている様子です。
リュドミラさんはそれでも諦めきれず、机に手をつき身を乗り出して懇願します。
「お願いします! あのままじゃ、グノウは王国に蹂躙されてしまいます…あそこには、民間人もまだ多数残っています! どうか!」
必死に訴えるリュドミラさんですが、話から察するにセルゲイ氏は先ほども同じようなやり取りをしたのでしょう。疲れた顔に苦々しい思いを表情として浮かべ、首を横に振りました。
「残念だが、返答は同じだ。ドクターのおかげで多数の兵士が復帰したとはいえ、こちらは130名。魔導車両や自律兵器も100機と満たない。グノウの守備軍にも劣るこの戦力では、3,000からなる王国軍に挑んだとしても返り討ちにあうのみだ」
「…ッ!」
リュドミラさんの息をのむ声が聞こえました。
援軍を求めに来たというのに、無理ですと言われては仕方のないことでしょう。
リュドミラさんは唇を噛み締めながら、席に戻ってうつむいてしまいました。
セルゲイ氏は小さな声で「すまない…」とこぼすと、リュドミラさんのみに向けていた視線を上げて、自分たちの方に向けました。
そして、疲労の色濃く出ている表情で自分たちに言います。
「私は、恩人には報いたい。グノウを救うことはできないが、プラフタ領都グリヤートに撤退するつもりだ。ここで救ってもらった命をその道中の護衛に使おう。君たちを命にかえてでもそこまで無事に送り届けてみせる」
セルゲイ氏によると、現在の連邦王国戦争の戦況は膠着状態にあるといいます。
王国との国境である連邦西方には、北側にプラフタと南側にダンペレクという2つの領邦国家があるとのことで、このモスカル要塞はプラフタにある1つの要塞だそうです。
そして戦況は、ダンペレク共和国は王国軍に完全に占領されており、その先にあるホラメット共和国まで王国軍は戦線を広げているといいます。プラフタにて繰り返される小競り合いも王国軍が優勢で次々に拠点を落として戦線を押しているとのことで、プラフタは南と西からの攻撃に反包囲の形を受けているとのことです。
宣戦布告なき奇襲攻撃とはいえ、連邦は開戦当初から王国軍に押されており、その戦線は後退の一途をたどっているとのことです。
セルゲイ氏によると、現在プラフタ方面の連邦軍は司令官であるアレクセイ将軍の指揮のもと、反撃に移る戦力を集めるためにプラフタの領都であるグリヤートに戦力を集中させているといいます。
プラフタにおけるヨブトリカ王国並びに同盟軍と連邦のプラフタ駐屯軍では数において劣勢であれ、プラフタに散らばった王国の戦力は小さくハエのように連携を無視して自由に動き回っている状態です。
アレクセイ将軍はその隙をつき、王国軍のプラフタ侵攻軍の本拠地である王国第六陸戦師団の本営に攻撃を仕掛ける準備をしているそうです。
そのため、アレクセイ将軍が戦力を集めているというグリヤートはかなり防御が固められており、そこまで行けば自分たちは安全だと言います。
「我々はアレクセイ将軍の部隊と合流した後、将軍の指揮下に入り反撃に参加する。すまないがリュドミラ兵長、我らにできるのはアレクセイ将軍の指揮下にて仇を取ることのみだ。お前にとっては辛い選択だろうが、グノウは諦めてくれ」
「あき、らめる…?」
セルゲイ氏はリュドミラさんに援軍に向かうことはできないと答えるのがよほど悔しいのでしょう。頭を下げている中、膝に置いている拳が震えているのが見えます。
リュドミラさんはセルゲイ氏を見ておらず、まるで死人のような光を無くした目でうつむき、やがてその目から涙がにじんできました。
「こんなのって…」
一滴、二滴と、その目から雫が落ちていきます。
しかし、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦のイメージは大国で強国というものでしたが、ヨブトリカ王国との戦争はかなり苦しい戦況が続いている様子です。
浅利さんが復讐に走り連邦を乗っ取ったことで、突如受けた隣国の侵攻に対して後手後手に対応が遅れてしまっているのかもしれません。おそらく、本国は前線のことなど気にしていられないのでしょう。
これは浅利さんに占領された連邦を追い詰める好機かもしれません。それは浅利さんを止める上で都合のいいことでしょう。
しかし、だからと言ってこの人族を救うために召喚された勇者たちが、人族の国を追い詰め多くの人たちを戦火に巻き込んでいるこの現状を放置していいということにはならないでしょう。
グノウという都市には一般人もいるといいます。おそらく、リュドミラさんという存在から、連邦では女性の兵士も珍しくないのでしょう。
それが先日のヨブトリカの騎士たちのようなものたちの手で落ちてしまえば、自分の知る世界の歴史からも紐解けるように地獄絵図とかします。
リュドミラさんはいつ死んでもおかしくない危険な伝令として出発し、ヨブトリカの騎士に見つかりながらも命がけでここまで援軍を求めに来ました。
その結果が援軍は出せないからグノウは諦めて一緒に安全な後方に撤退しよう、というものでは涙も流すでしょう。
それは、あまりにも酷というものだと自分は思います。
…そもそも、こんな戦況となった原因が浅利さんに連邦を占領されたことであるとすれば、それを止められなかったどころか復讐を成功させクラスメイトを殺させてしまった自分にも責任があります。
人族国家同士の戦争。それは女神様からもあることだと知らされてはいました。
それでも、これを放置などできません。
連邦が力を残したまま、浅利さんが連邦を利用して自分を迎え撃つというならば、雪城さんを追い立てるというのであれば、それはそれです。まとめてお相手をして、浅利さんを止めれば済みます。
驕っているのかもしれません。
それでも、自分には勇者以前に同じ世界から来たものとして、浅利さんを止める義務があります。
グリヤートに向かう前に連邦からグノウの位置を聞き出して姿をくらまし、密かに単身でグノウという都市に向かおうかと思います。
そう、自分の中で方針を定めた時です。
「…嫌です」
そう、リュドミラさんが呟きました。
セルゲイ氏は聞き取れなかったのでしょう。見るからにわかりやすい「?」を顔に浮かべてリュドミラさんの方を見ました。
それに対して、リュドミラさんは突然立ち上がります。
「!?」
突然立ち上がったリュドミラさんに対して、一番驚いたのは雪城さんですね。
そんな中、今度は涙で目を腫らしながらリュドミラさんが大きな声で言いました。
「嫌です! なら、私は1人でもグノウに戻ります!」
「ッ!?」「なっ!?」
今度は自分とセルゲイ氏が驚きました。
その足で部屋を出て行こうとしたリュドミラさんに、慌ててセルゲイ氏が止めに入ります。
「無茶だ、待て! リュドミラ兵長!」
リュドミラさんは御構い無しに部屋を出ます。
セルゲイ氏が外の兵士に命令して、即座にリュドミラさんを取り押さえます。
「は、放して! グノウが、みんなが…! 行かせて! 行かせてよ…」
リュドミラさんは抵抗を試みましたが、屈強な兵士2人に取り押さえられては女性の身では力負けし、己の無力に嘆いているのか涙を流しました。
「連れて行け。ただし、丁重にな」
そんなリュドミラさんを助けられないことを悔しそうに歯を噛み締めながら、セルゲイ氏は拘束した兵士に命令して連行させました。
「助けを乞う女性1人救えないとは、なんと無力なことだ…」
連れて行かれるリュドミラさんの背中を見ながら、セルゲイ氏は小さな声でそう呟きました。
やるせない思いのまま、モスカル要塞守備隊は要塞を放棄し、グリヤートを目指して撤退することで方針は定まり、翌日に出発しました。
リュドミラさんの仲間たちが今も戦っているであろう、グノウを見捨てて。
–––––しかし、その出発直後、思いもよらない報がモスカル要塞守備隊の元に届きます。
とはいえ、怪我人ばかりの要塞を放置できません。
要塞に入るなり、自分は早々に要塞守備軍の司令官とのやり取りをリュドミラさんに任せて、目に付いた負傷している連邦軍の兵士たちに治癒魔法を施します。
自分が同席してもろくなことにならないでしょうし、顔を隠している相手を信用などしないでしょうし、急患に待ったはありませんから。
手近なところにいる兵士から、治癒魔法を施していきます。
「うっ…」
「もう、ダメなのか…!」
その兵士は身体中に銃撃を受け、さらには航空戦艦の爆撃でやられたらしく片足が膝上からなくなっていました。
顔面を巻く包帯はかなり衛生状況がよろしくなく、血と煤で汚れてしまっています。
「失礼、退いていただけますか?」
その兵士の友人なのか、軽傷の兵士が膝をついています。
その方をどかせて、重傷の兵士の無くした方の足に巻かれている包帯を解いていきます。
「な、なんだお前は!」
いきなり横から現れた能面まで黒の出で立ちでほとんど素肌をさらしていない怪しい人物に、軽傷の兵士が声をあげます。
普段ならば付き合いながら治癒魔法をかけるところですが、マウントバッテンとしては治療が最優先という方針でいきます。
兵士に手をかざし、治癒魔法を行使します。
「おい、なにし、や…が…は、はあ!?」
魔法を行使しようとした自分を急いで止めようとする軽傷の兵士ですが、治癒魔法によりみるみるうちに傷が消え足が元どおりに修復されていく様を見て、唖然としてから驚きで大きな声をあげました。
「あ、あれ…俺…」
重傷を先ほどまで負っていた兵士ですが、意識も回復したようです。
自分はそれを確認すると、迷うことも声をかけることもなく、次の重傷の兵士のところへ向かいました。
「う、うそだろ…」
脇腹がえぐれて肋が覗いていた兵士の怪我も、腕がなくなっていた兵士の怪我も、胸部に受けた銃弾で肺をやられ息も止まりかけていた兵士の怪我も、ゆっくりと息を引き取ったばかりだった兵士の怪我も、まるで何事もなかったかのように次々に回復魔法と治癒魔法、それから若干蘇生魔法さえも使用して復帰させていきます。
先ほどまでの野戦病院の絵は消えていき、あっという間にけが人はいなくなってしまいました。
「な…!?」
「うそ…」
「…いやいやいや」
兵士たちは治癒魔法を使えるしてもあまりにも常軌を逸する魔法を行使する自分に、逆に恐れを抱くような目を向け距離をとりました。
まあ、蘇生魔法まで遠慮なく行使しましたから。本当に手遅れで蘇生魔法でもなにもできなくなった兵士ならばともかく、死人を蘇らせるなど恩人だろうと恐怖を覚えるなという方が無理があります。
しかも、能面です。ホラー要素が付いています。
腰が抜けている兵士もいる始末です。
「お、おまえは…いったい何者だ!?」
1人の兵士が銃を突きつけてきました。
その銃口を無視して、自分はその兵士に対して逆に問いかけます。
「他にけが人はいますか?」
「…え?」
なんだか想定していたのと違う、という気の抜けたような困惑した返答がかえってきました。
しかし、自分の欲しい回答ではありません。
「他のけが人はどこにいますか?」
再度、今度は威圧するようならしくない口調で問いかけます。
有無を言わせぬ迫力を声に載せるのも、自分は得意です。声真似、口調真似はふざけるために磨いてきたこの上ない技術ですから。ヨホホホホ。
ふざけんなよ、と? ヨホホホホ。それは無理な相談ですね〜。自分という存在は、面白おかしくふざける道化の身の上ですから。ヨホホホホ。
帰れ、ピエロ!と? ヨホホホホ。自分の例えに出しては、落ちこぼれの道化師といえどさすがにかわいそうではありませんか。ちなみに、自分は救いようのない道化師です。
ピエロというのは、クラウン、つまり道化師の中の落ちこぼれ、芸に必ず失敗する愉快な役を指しています。要するに、ピエロというのは道化師の別名ではなく、道化師の中の落ちこぼれに該当するものということですね。
おっと、そんなことを考えている暇などありません。
恐喝するともとれる強い口調に押され、不気味な外見も相成り、兵士たちはなにも答えられずに後ずさります。
返答がなければ仕方ありません。自力で探しますとも。
千里眼・医療は透視もできますので、すぐにけが人が集結している場所が見えました。
そちらに向かおうとすると、突然背後から銃を突きつけられました。
「止まれ!」
銃を向けてきたのは、連邦軍のおそらく佐官クラスの服に身を包む士官でした。
兵士たちの困惑の飛び交う騒ぎを嗅ぎつけて駆けつけた様子です。
「その先はけが人の収容所だ。貴様のような怪しい奴を入れるわけにはいかん!」
職務に忠実といいますか、かなり頭の固い方のようです。
カクさんを思い出しますね。
…そういえば、カクさんは呼ばれているという声の正体を突き止めたのでしょうか?
ユェクピモの迷宮の件がありましたから、うやむやのまま自分は別れてしまいましたので、帰ったらなにを言われるのが容易に想像できます。
おそらく、怒鳴り散らされるでしょうな。ヨホホホホ。
突きつけられた銃口は、自分の後頭部をしっかりと捉えています。
さすがに脳に損傷を負って仕舞えば治癒魔法の行使にも影響しますので、防護魔法を展開しようとして撃たれるのも怖いですし、おとなしくホールドアップします。
命に関わる患者もいますので、なるべく早く説得したいです。
「自分は医者です。ただ、皆さんの怪我を治すのみ。他にはなにも望みません」
「信用なるか!」
石頭ですね〜。
周囲の兵士たちも自分を恐れているためか、瀕死の仲間もいるというのに軍医を向かわせるわけでもなく、何かを手伝うわけでもなく、無言の非難のこもった視線を向けています。
ヨホホホホ。やはり、名と声と態度を変えた程度では、積み上げてきた悪行の数々というのは無効にしてはもらえないのでしょう。ヨホホホホ。
ですが、その報いのために救える命が無為にされるというのは、納得がいかないでしょう。
一か八かの勝負。後頭部に防護魔法を展開しました。
「ッ!」
士官の構えた銃が魔法を発動させ、銃声が響きます。
その時には、自分は怪我人たちが待っている場所に向かって走っていました。
とどのつまり、魔法の行使が間に合ったというわけです。
死ねばよかったのに、と? ヨホホホホ。そう思われるだけの所業をなした身としましては反論できないところですが、今は救うべき命があります。
「待て、貴様! 撃ち殺されたいのか!」
と言いつつ、士官は背中の方で銃を立て続けに数発発砲しました。
自分に2発当たり、2発は外れました。
士官の銃撃から逃げた自分は、防護魔法を収容所の入口に展開して遮断してから、即座に範囲にわたる治癒魔法を発動させます。
追ってきた士官たちが防護魔法を叩き、銃を撃ちまくっていますが、聞こえません。
ヨホホホホ。ここで銃撃が跳ね回ろうものならば、怪我人が出てしまいます。
お前が余計なことしなければなんともなかったんだよ!と? ヨホホホホ。余計なこととは心外ですね。自分のなすことは、すべからく悪行と称してもらいます。ヨホホホホ。
地獄絵図のようだった野戦病院の怪我人収容所は、瞬く間に健常者に溢れる部屋に様変わりしてしまいました。むしろ、かすり傷のあと1つない状態になったので普通の方よりも健康かもしれませんが。ヨホホホホ。
突然出没した能面に治癒魔法を施されたけが人たちは、困惑しています。
中には怯えている方もいらっしゃいますね。
呆れられるのならばともかく、怯えられるということはほとんどないのですが…っと、防護魔法の前で大暴れしている時間に怯えているようです。ヨホホホホ。
まあ、表情がヒステリックというか、後ろの兵士たちは仲間を治療されて困惑している中で1人だけ暴れているのですから。ヨホホホホ。よほど自分の存在が癪にさわる様子です。
一応、読唇術もありますし、読み取ってみましょう。
『死ね! 貴様、これを解け! 縛り首にして蜂の巣になるまで銃撃を打ち込んでくれるわ! ええい、離さんか貴様ら! どっちの味方だ!』
あらら…さすがに危ないと判断されたのか、部下に取り押さえられて銃を没収されました。
それでもやけに騒いでおります。
『やめろ、離せ! 処刑だ! おのれェェェ…!』
連行されちゃいましたよ。
大丈夫でしょうか?
千里眼・医療で確認しましたが、洗脳とかはなかったので、単に自分のことが気に食わなかっただけの様子です。ヨホホホホ。
すると暴れる士官さんと入れ替わるように、連行されるその姿を白けた目で見送りながら、別の方が扉に近づいてきました。
その隣には、仲良くあれこれ言い合っている雪城さんとリュドミラさんがいます。
落ち着いた様子なので、入れ替わりできた士官がノックをしようとしたところで、防護魔法の展開を解除しました。
それから近づいて、扉を普通に開きます。
「君は、誰だ?」
「リュドミラだって、何回言えば…ああもう! しつこい! しつこ過ぎ!」
「あ、どうも」
「無視しないで! しつこいとは言ったけど、そこからいきなり無視まで持っていかないで!」
雪城さんは相変わらずと言いますか、リュドミラさんをスルーして扉を簡単に開いた自分を見て変哲も無い挨拶をしてきました。
それに対して大声で文句を言うリュドミラさんに、士官の方が呆れの混じった目を向けます。
「ッ!? し、失礼しました…」
気づいたリュドミラさんは、顔を赤くして申し訳なさそうに引き下がります。
その肩に、雪城さんが手をおきました。
「佐久間よ、恥じ入ることは何もない。叫びたくなる年齢なのだろう? うん、分かる」
「誰のせいだと思っているのか、あんたは!」
「自虐ネタか?」
「あんたのせいだよね!」
さりげなく喚く責任を本人に押し付けるとは、さすが雪城さんです。リュドミラさんは落ち着くことができません。
それに対して士官の方はため息を漏らし、疲れた顔を上げて自分の方に向き直りました。
「君が、2人の言う『ドクター』か?」
その問いには、肯定するべきでしょう。
返事をしようとしましたが、その前に扉の奥の様変わりした光景を見て士官の方は納得がいったようです。
「…いや、その負傷者たちの復帰を見れば敬意を向けるべき凄腕の医者であることは間違えないらしいな。礼を言わなければならない」
百聞は一見に如かず、というやつでしょう。
自分がドクターと呼ばれた所以をみて、士官の方は納得をして、自分に頭を下げてきました。
「君たちのおかげで、我が軍の犠牲者は大きく減らすことができた。この状況で軍票すら出せない有様だが、せめて心から礼を言わせて欲しい」
こちらの士官は話がわかる様子です。お二人と共にきた点から、おそらくリュドミラさんが接触を図った方なのでしょう。
自分たちのことも説明しているようで、ひとまずは物騒な挨拶はせずに済みそうです。
おっと、頭を下げられてはこちらも返すのが礼儀でしょう。ヨホホホホ。
礼儀を語るならまずはその不気味な能面を取れ、と? ヨホホホホ。それはできませんね〜。これが自分の顔であるならば、顔の皮を剥いで対峙するのはより失礼ではありませんか。自分の場合は存在がすでに礼を失くしていますが。ヨホホホホ。
普段通りのふざけた一礼からの自己紹介…ではなく、丁重な所作で頭を下げます。
「こちらこそ唐突の来訪に謝罪をします。それに治癒はそちらの制止を振り切り勝手に行ったことですので、礼を言われるほどのものではありません」
「…部下がご迷惑をおかけしました」
今度は申し訳なさそうに、士官の方が謝罪します。
内容は、おそらくあれでしょう。先ほどの士官の態度でしょう。
別に、戦時に気が経つのは仕方のないことですし、自分に理由もなくムカつくのもまた仕方のないことですので、特に気にしていません。
煽り魔なのが最大の理由だろうが、と? ヨホホホホ。確かに、煽り魔では態度を変えた程度ではその苛立つ気が撒き散らされてしまうということですね。ヨホホホホ。
お互い顔を上げると、差し出された手を握り握手を交わします。
連邦軍の軍服に身を包んだその士官は、戦闘直後の疲れた顔に人当たりの良さそうな笑みを浮かべて名乗りました。
「ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦プラフタ駐屯軍、モスカル要塞守備軍隊長、セルゲイだ。ドクター、とお呼びすれば宜しいかな?」
「治癒魔法を用いた流浪の医者をしています。ルイス・マウントバッテンと申します」
ヨブトリカ国籍に多い名前から察したのか、セルゲイ氏の顔に一瞬影が落ちます。
しかし、そのようなことは瑣末ごとであると言いたげにその表情はすぐに戻りました。
「ドクター・マウントバッテン。私の部下の命を救ってくれたことに、改めて礼を言おう。本当に、感謝する」
「いえ、医師として当然のことをしたまでです。救命は自分の使命ですから」
強く握った握手は、疲れたセルゲイ氏の顔とは裏腹に意思のこもったものでした。
若干強く握りすぎな気もしますが。
こうして、リュドミラさんのお陰で自分は比較的平和的な初邂逅を迎えることができました。
セルゲイ氏に連れられて、自分たち3名は窓の割られた守備軍長の部屋に来ました。
セルゲイ氏曰く、ここよりまともな部屋がないとのことです。
先ほど繰り広げられていた戦闘の苛烈さを物語るように、部屋の中は煤汚れ破片が散らかっていました。
雪城さんが自分とリュドミラさんに挟まれる形で横長の椅子に3人揃って座ります。その対面に、セルゲイ氏が座りました。
セルゲイ氏は、まずはリュドミラさんの方を見て尋ねます。
「さて、リュドミラ兵長。グノウの救援の件だったな」
「やはり、ダメなのですか…?」
すがるような表情でリュドミラさんが尋ね返します。
グノウが何であるか、自分はわかりません。
しかし、今のやり取りとリュドミラさんの助けた時の状況、王国と連邦が戦争をしているという点、リュドミラさんが旅の最中に見せた焦燥した表情などから、あらかたの見当はつけられます。
どうやら、リュドミラさんはグノウという連邦の拠点か、もしくは連邦軍の部隊に所属していたものの、王国軍の攻勢に耐えきれず援軍をこの要塞に求めるためにここまで来た様子です。
王国の騎士に襲われていたのは、援軍要請の伝令として出てきたのが見つかってしまった結果なのでしょう。危うくレイ○されるところでしたが。
思い返してみると、痛めつけられるのを見ていただけの自分って相当なクズですな。
当然の事実を今更再認識するな、と? …ヨホホホホ。
しかし、こうしてやっとの思いでたどり着いたというのに、断られてしまった様子です。
戦闘直後ですからね。この守備隊もかなりの損害を受けている様子です。
リュドミラさんはそれでも諦めきれず、机に手をつき身を乗り出して懇願します。
「お願いします! あのままじゃ、グノウは王国に蹂躙されてしまいます…あそこには、民間人もまだ多数残っています! どうか!」
必死に訴えるリュドミラさんですが、話から察するにセルゲイ氏は先ほども同じようなやり取りをしたのでしょう。疲れた顔に苦々しい思いを表情として浮かべ、首を横に振りました。
「残念だが、返答は同じだ。ドクターのおかげで多数の兵士が復帰したとはいえ、こちらは130名。魔導車両や自律兵器も100機と満たない。グノウの守備軍にも劣るこの戦力では、3,000からなる王国軍に挑んだとしても返り討ちにあうのみだ」
「…ッ!」
リュドミラさんの息をのむ声が聞こえました。
援軍を求めに来たというのに、無理ですと言われては仕方のないことでしょう。
リュドミラさんは唇を噛み締めながら、席に戻ってうつむいてしまいました。
セルゲイ氏は小さな声で「すまない…」とこぼすと、リュドミラさんのみに向けていた視線を上げて、自分たちの方に向けました。
そして、疲労の色濃く出ている表情で自分たちに言います。
「私は、恩人には報いたい。グノウを救うことはできないが、プラフタ領都グリヤートに撤退するつもりだ。ここで救ってもらった命をその道中の護衛に使おう。君たちを命にかえてでもそこまで無事に送り届けてみせる」
セルゲイ氏によると、現在の連邦王国戦争の戦況は膠着状態にあるといいます。
王国との国境である連邦西方には、北側にプラフタと南側にダンペレクという2つの領邦国家があるとのことで、このモスカル要塞はプラフタにある1つの要塞だそうです。
そして戦況は、ダンペレク共和国は王国軍に完全に占領されており、その先にあるホラメット共和国まで王国軍は戦線を広げているといいます。プラフタにて繰り返される小競り合いも王国軍が優勢で次々に拠点を落として戦線を押しているとのことで、プラフタは南と西からの攻撃に反包囲の形を受けているとのことです。
宣戦布告なき奇襲攻撃とはいえ、連邦は開戦当初から王国軍に押されており、その戦線は後退の一途をたどっているとのことです。
セルゲイ氏によると、現在プラフタ方面の連邦軍は司令官であるアレクセイ将軍の指揮のもと、反撃に移る戦力を集めるためにプラフタの領都であるグリヤートに戦力を集中させているといいます。
プラフタにおけるヨブトリカ王国並びに同盟軍と連邦のプラフタ駐屯軍では数において劣勢であれ、プラフタに散らばった王国の戦力は小さくハエのように連携を無視して自由に動き回っている状態です。
アレクセイ将軍はその隙をつき、王国軍のプラフタ侵攻軍の本拠地である王国第六陸戦師団の本営に攻撃を仕掛ける準備をしているそうです。
そのため、アレクセイ将軍が戦力を集めているというグリヤートはかなり防御が固められており、そこまで行けば自分たちは安全だと言います。
「我々はアレクセイ将軍の部隊と合流した後、将軍の指揮下に入り反撃に参加する。すまないがリュドミラ兵長、我らにできるのはアレクセイ将軍の指揮下にて仇を取ることのみだ。お前にとっては辛い選択だろうが、グノウは諦めてくれ」
「あき、らめる…?」
セルゲイ氏はリュドミラさんに援軍に向かうことはできないと答えるのがよほど悔しいのでしょう。頭を下げている中、膝に置いている拳が震えているのが見えます。
リュドミラさんはセルゲイ氏を見ておらず、まるで死人のような光を無くした目でうつむき、やがてその目から涙がにじんできました。
「こんなのって…」
一滴、二滴と、その目から雫が落ちていきます。
しかし、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦のイメージは大国で強国というものでしたが、ヨブトリカ王国との戦争はかなり苦しい戦況が続いている様子です。
浅利さんが復讐に走り連邦を乗っ取ったことで、突如受けた隣国の侵攻に対して後手後手に対応が遅れてしまっているのかもしれません。おそらく、本国は前線のことなど気にしていられないのでしょう。
これは浅利さんに占領された連邦を追い詰める好機かもしれません。それは浅利さんを止める上で都合のいいことでしょう。
しかし、だからと言ってこの人族を救うために召喚された勇者たちが、人族の国を追い詰め多くの人たちを戦火に巻き込んでいるこの現状を放置していいということにはならないでしょう。
グノウという都市には一般人もいるといいます。おそらく、リュドミラさんという存在から、連邦では女性の兵士も珍しくないのでしょう。
それが先日のヨブトリカの騎士たちのようなものたちの手で落ちてしまえば、自分の知る世界の歴史からも紐解けるように地獄絵図とかします。
リュドミラさんはいつ死んでもおかしくない危険な伝令として出発し、ヨブトリカの騎士に見つかりながらも命がけでここまで援軍を求めに来ました。
その結果が援軍は出せないからグノウは諦めて一緒に安全な後方に撤退しよう、というものでは涙も流すでしょう。
それは、あまりにも酷というものだと自分は思います。
…そもそも、こんな戦況となった原因が浅利さんに連邦を占領されたことであるとすれば、それを止められなかったどころか復讐を成功させクラスメイトを殺させてしまった自分にも責任があります。
人族国家同士の戦争。それは女神様からもあることだと知らされてはいました。
それでも、これを放置などできません。
連邦が力を残したまま、浅利さんが連邦を利用して自分を迎え撃つというならば、雪城さんを追い立てるというのであれば、それはそれです。まとめてお相手をして、浅利さんを止めれば済みます。
驕っているのかもしれません。
それでも、自分には勇者以前に同じ世界から来たものとして、浅利さんを止める義務があります。
グリヤートに向かう前に連邦からグノウの位置を聞き出して姿をくらまし、密かに単身でグノウという都市に向かおうかと思います。
そう、自分の中で方針を定めた時です。
「…嫌です」
そう、リュドミラさんが呟きました。
セルゲイ氏は聞き取れなかったのでしょう。見るからにわかりやすい「?」を顔に浮かべてリュドミラさんの方を見ました。
それに対して、リュドミラさんは突然立ち上がります。
「!?」
突然立ち上がったリュドミラさんに対して、一番驚いたのは雪城さんですね。
そんな中、今度は涙で目を腫らしながらリュドミラさんが大きな声で言いました。
「嫌です! なら、私は1人でもグノウに戻ります!」
「ッ!?」「なっ!?」
今度は自分とセルゲイ氏が驚きました。
その足で部屋を出て行こうとしたリュドミラさんに、慌ててセルゲイ氏が止めに入ります。
「無茶だ、待て! リュドミラ兵長!」
リュドミラさんは御構い無しに部屋を出ます。
セルゲイ氏が外の兵士に命令して、即座にリュドミラさんを取り押さえます。
「は、放して! グノウが、みんなが…! 行かせて! 行かせてよ…」
リュドミラさんは抵抗を試みましたが、屈強な兵士2人に取り押さえられては女性の身では力負けし、己の無力に嘆いているのか涙を流しました。
「連れて行け。ただし、丁重にな」
そんなリュドミラさんを助けられないことを悔しそうに歯を噛み締めながら、セルゲイ氏は拘束した兵士に命令して連行させました。
「助けを乞う女性1人救えないとは、なんと無力なことだ…」
連れて行かれるリュドミラさんの背中を見ながら、セルゲイ氏は小さな声でそう呟きました。
やるせない思いのまま、モスカル要塞守備隊は要塞を放棄し、グリヤートを目指して撤退することで方針は定まり、翌日に出発しました。
リュドミラさんの仲間たちが今も戦っているであろう、グノウを見捨てて。
–––––しかし、その出発直後、思いもよらない報がモスカル要塞守備隊の元に届きます。
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