異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
7話
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ヨブトリカ軍国並びに同盟の連合軍。
艦艇千百余、魔導車両三千余、自律兵器三十万余、兵員約十万。
人族同士の戦争においては、前例のない大規模な軍勢が集結した。
ヨブトリカ王国改め、ヨブトリカ軍国。
アンドリュー・カンニガムを初代国家元帥としたこの国家は、ホラントス帝国を盟主とする中央大陸他人族の同盟国の援軍も含めたこの大軍勢を持って、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦領に対する大規模冬季攻勢作戦を発令した。
冬将軍の猛威に自ら足を踏み入れるこの無謀ともいえる作戦を展開したのは、軍勢の規模もさることながら同盟に対する関係がある。
現在のヨブトリカは同盟の使節を人質として、同盟諸国に対しての支援の継続を無理やり押し通している状態にある。このいつ破れるかもわからない同盟との関係が解消されて敵に回ってしまう前に、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦を占領してしまおうという魂胆にある。
もう1つは、この大規模攻勢作戦における軍の構成を成すものたちにある。
総大将はヨブトリカ陸戦軍第一師団長、チャットフィールド大将。そしてこの戦に参加しているヨブトリカ軍は、第一師団と第五師団。軒並み陸軍である。
第三陸戦師団がカブランカ大河で大敗を喫し大規模な損害を受け、第二陸戦師団はヨブトリカ王国最後の王であったウィリアム9世を殺害して起こしたクーデターにより海軍に駆逐され、陸軍はヨブトリカにおいてその力と権勢を大きく削ぎ落とされている。
この戦で挽回を果たさんとしている陸軍だが、冬季攻勢を発令したカンニガム自身確実に冬季攻勢は失敗すると考えているので、海軍はここで陸軍の最大戦力である第一師団を壊滅させようとしていた。
この大軍、陸軍の他は同盟の軍勢で構成されているため、勝とうが負けようが海軍には何ら響かない。それどころか、勝敗がどう転がろうと国内外において敵対関係にある勢力の軍事力をまとめて削ぐことのできる機会だったからでもある。
同時に、カンニガムはこの冬季攻勢を隠れ蓑として、新たな大規模作戦の準備を着々と進めていた。
大規模冬季攻勢の作戦内容は、プラフタのグノウ侵攻戦から開始される予定だった。
農耕都市グノウとその周辺の要塞や各砦などを第二師団と第三師団の生き残り、そして新兵を含めた新規師団である第六師団を中心とした侵攻軍で攻撃し、連邦の目をプラフタの防衛に割く。
その後、十万の大軍勢がホラメット共和国の防衛戦を力ずくで強行突破。空と陸から進撃し、略奪などで物資を供給しながら連邦領に侵攻。一気に首都まで登るというものである。
最終目標はザンドベルクの占領にある。
大規模冬季攻勢の総大将である陸戦軍第一師団長チャットフィールドは、集結した大軍勢を見下ろしながら、優越感に浸ってきた。
「グハハハハ! 壮観なぁぁり!」
この異世界において、冬季攻勢が愚かであるという認識はさほど定着していない。
冬の寒波が猛威を振るおうと、魔導機構の兵器たちは凍結ということを知らないのである。
それらに移動を支えられ進軍することができる魔法の存在する世界だからこそ、物資の欠乏に至るような大軍でもなければ冬に足を取られることはない。
チャットフィールドは決して無能というわけではないが、寒波がもたらす脅威と焦土戦術が組み合わさった時に発揮される冬の戦場という猛威の恐ろしさを全く知らないからこそこの冬季攻勢が失敗するなどとは考えていなかった。
巻き舌はともかくとして、チャットフィールドの想定では小勢を広い国土にバラして防衛戦を展開しなければならない連邦軍に、この空前絶後の大軍勢が負ける姿は想像できない。
プラフタのグノウ陥落が、冬季攻勢開始の合図となる。
だが、これだけの軍勢があればたとえ連邦の主力がホラメットの戦線に集まるとしてもそれを力で踏み潰せると踏んだチャットフィールドは、その合図を待たずして進軍を命令した。
「グハハハハ! むしろ主力も潰すこの空前絶後の大軍に、連邦の臣民どもは恐れ、平伏し、恭順を誓うことだぁぁろう! 見ているがいい、カンニガムゥゥウ!」
ヨブトリカ軍国を統べるのは陸軍でなければならない。
力による侵略と国土拡大こそ、ヨブトリカの威光を人族に知らしめるに相応しい、この国が歩む道であると、チャットフィールドは考えている。
そして、ヨブトリカの実権は陸軍が、すなわち陸軍大将という陸軍最高の地位にある自分だけが握るべきであると考えている。
「出陣だぁ! ホラメット並びにハプストリアを一息に攻め滅ぼし、ザンドベルクの社会主義者どもを駆逐し、ヨブトリカの力を人族国家全土に知らしめるのだぁ!」
「「「「「オオオオオォォォォォ!!!」」」」」
大地が震えるような鬨の声が響き渡る。
チャットフィールドの号令のもと、ヨブトリカ並びに同盟諸侯軍十万の大軍は、ホラメット共和国国境に進軍を開始した。
季節はすでに冬を迎え、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦には新たな雪が積もり始めている。
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ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の領邦国家の1つであるホラメット共和国。
かつて大河が血に染まった激戦のあったカブランカ大河の連邦側にて、ヨブトリカ戦線の総司令官である連邦軍中将のコバロティスは、静かにヨブトリカが大軍をホラメット共和国に侵攻させてきたという報告を受けていた。
「…来たか」
社会主義を掲げるジカートリヒッツ社会主義共和国連邦を、魔族皇国との戦争時でもなければ同盟諸侯は拒絶している。
しかし軍国主義に移行した挙句、人族間の戦争を拡大させようとしている今のヨブトリカを放置などできない。
人質をとって支援を継続させているヨブトリカ軍国に対する反感は高まり、同盟の実質的な盟主であるホラントス帝国が秘密裏に接触してきていた。
ウリヤノフの失脚後、社会党総裁になったイサコフがホラントス帝国との接触を担当しており、そこから得た情報により今回の冬季攻勢の情報は連邦側に漏れていた。
とはいえ、さすがに動員兵力十万超という空前絶後の軍勢まではホラントス帝国も知らなかったこともあり、国土の深くまで侵攻させる焦土作戦を展開しようとしていたコバロティスに冬季攻勢の開始の報告が届いた時、手鼻をくじかれたことをコバロティスは感じていた。
多くても三万と予測していたコバロティスは、すでにカブランカ大河より西のホラメット領は完全に見捨てている。最前線の軍勢には焦土作戦は告げず攻めてくる敵を迎撃しろとだけ伝えてある。
もとより最前線は捨て石にするつもりだったが、これほどの大軍となれば時間稼ぎさえできそうにない。
国境どころか、カブランカ大河を超えたホラメット共和国全土を見捨てる必要がある。
「だが…」
それはあるいは逆転の一手となるだろう。
早く退けば、それだけヨブトリカの戦線は伸びていく。
焦土戦術はあらゆるものを見捨てる戦い方であり、撤退する戦線を増やせばそれだけ犠牲になる民衆も増すというもの。
だが、その憎しみの矛先を今のヨブトリカの陸軍は受けるにふさわしい蛮行を繰り返している。
カンニガムにも思惑はあるだろうが、連邦には神国の後ろ盾がある。
二十万の天族からなる神国の援軍は、同盟の総力を結集したであろうこの冬季攻勢を覆る最大の一手となる。
国境の戦は戦にすらならない蹂躙となるだろう。
カブランカ大河の西のホラメット領は地獄と化し、連邦内の憎しみは膨れ上がる。
あくまでも魔族皇国に対抗する人族の盾となる国家を目指していた連邦が突然方針を変えた事情をコバロティスは知らないが、攻め寄せる軍勢には人族も天族も魔族も関係ない。
「…雪の中に屍の山を晒すがいい」
カブランカ大河の守備軍五千を残し、コバロティスはホラメットの北東に存在する領邦国家であるハプストリアに後退した。
プラフタでは農耕都市グノウを中心に、この冬季攻勢に比べればはるかに小さな戦闘が各地で繰り返されている。
そこを差し置いて始まった同盟による冬季攻勢。
コバロティスは、この冬季攻勢に投入される同盟側の戦力を見て、それを潰せば戦局を大いに覆せると確信している。
だが、彼にはまだ見えていなかった。
この大規模冬季攻勢を布石とし、十万の味方を平然と捨て石にして、更に先を見据えているカンニガムの思惑が。
そして、それは連邦の本土も同じだった。
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ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦、首都ザンドベルク。
ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦からの脱出に成功した江山たちを追撃するために、すでに社会党幹事長であるグローツェンが動いている。
その席が空白になった中、浅利の支配下となった連邦に接触し支援を行っている神国の将軍である智天使ウーリエのもとに、神国本土からの援軍二十万が到着した。
すでに到着した天族は、先遣六万がプラフタの援軍に向かっている。
「残る十四万の戦力はウーリエ将軍に率いていただき、ザンドベルク南部の領邦国家、ハプストリア共和国にてコバロティスと合流してください。そこで現地の連邦軍を神国の下に付け、ウーリエ将軍の下でヨブトリカを追撃してもらいます」
コバロティスは焦土戦術を効果的に使い大軍を雪の中で瓦解させる名手である。
神国軍がハプストリアに到着する頃には、すでに戦局は追撃戦に移行しているだろうと、連邦の面々は予測していた。
ルビンスキーから概要を聞いたウーリエは、追撃戦という言葉に露骨に嫌な顔をする。
連邦のトップは、浅利の操り人形とかしたとはいえルビンスキーである。一国のトップに対してあまりにも無礼な応対ではあるが、天族とはこういう種族である。
特にプライド高いウーリエは、姑息な手など使わず、数と力で押しつぶす戦法しか知らない典型的な天族の脳筋思考の将軍だった。
そのため、追撃戦という背中から射かける姑息な戦いは下賎な人族の好む手口と見下している。
「我らが剣を、逃げ惑う人族の背中に向けろというつもりか?」
それに対して、浅利が口を挟んだ。
「神国軍には逃げるヨブトリカを追撃して、あの国の本土まで攻めてもらいます。その時点でヨブトリカに戦える戦力は残ってないでしょうから、どうぞ好きなだけ蹂躙していただいて構いません。私たちの目的は、あくまでヨブトリカを潰して同盟を黙らせること。人族大陸の統一には、まだ南の大国が残っていますから。ヨブトリカの蹂躙は神国に一任します」
「ほう…」
浅利の言葉に、ウーリエの表情が変わる。
つまり、連邦から叩き出した後の蹂躙は神国で存分にどうぞ、連邦は一切手を出すことはしません。ということである。
これもまた、無力な人族の蹂躙が何よりも好きな天族の典型に当てはまるウーリエにとっては、かなり美味しい話であった。
大規模冬季攻勢が終われば、ヨブトリカに抵抗する力はない。つまり、存分に蹂躙ができるということにある。
その役をまるまる譲るとは、人族にしては殊勝な心がけである。
機嫌をよくしたウーリエは、その目を獰猛な獣のそれへと変更した。
「ふん、下賤な種族にしては分をわきまえた物言いだな。良いだろう」
慢心というか、目の前に下げられた餌にかぶりついたウーリエは浅利たちの目に気づいていない。
はやる気持ちを抑えきれず、すっかり上機嫌となって出陣していく。
「人族風情が神国に逆らえばどうなるか、貴様らもよく目に刻んでおけ。貴様らがこうべを垂れた相手がいかに正しかったのか、教えてやる」
最後まで不遜な態度を崩さないまま、ウーリエは出陣していった。
ウーリエが去った部屋では、全員が期待などしていないという目をしている。
コバロティスには大規模冬季攻勢の軍の規模を見て考えが及ばなかったが、浅利には海軍元帥が国家元帥に就任したというのに陸軍主導で動いた今回の冬季攻勢に引っかかりを覚えていた。
カンニガムは何かを企んでいる。冬季攻勢の敗北の先に、大きな逆転の一手を用意しているという気がしてならなかった。
ウーリエ率いる神国軍に、追撃戦を任せてヨブトリカに侵攻するよう嗾けたのには、その手を探る思惑もあった。
神国の軍勢を動員するので、連邦軍に被害には響かない。
仮に何もなかったとしても、ヨブトリカという敵が潰れるのみである。
浅利の敵は同盟でも魔族でもなく、復讐対象である勇者たち。すなわちそれを匿うネスティアント帝国である。
この戦争は、あくまでも序章に過ぎない。
浅利としては、ネスティアント帝国との戦争の前に同盟との戦いで手駒である連邦の戦力を悪戯に削ることは避けたかった。
魔導機構と錬金術が確立し大いに発展した人族の国家において、今や人的資源に勝る価値ある資源は存在しない。
それだけ、人族の兵士たちの替えは効かない。
魔導機構の兵器は作り直せば済むが、兵士は違う。
焦土戦術の副作用として途方もない犠牲者が生まれるのは致し方ないことではあるが、敵の罠をあぶり出すためにまで連邦の軍を使い潰すのは避けたかった。
それはヨブトリカの方も承知している。
ゆえに、カンニガムはこの冬季攻勢に陸軍と同盟の諸侯の連合軍を用いてきたのだろう。
この冬季攻勢に陸軍が失敗し、追撃してきた連邦軍にさらなる逆転の一手を打ち込めばどうなるか。
陸軍は崩壊。連邦の追撃軍を打ち破った海軍の支配は確立し、冬季大攻勢の敗北は同盟にも損害が響いてその力は落ちるだろう。国内外においてヨブトリカの支配者となった海軍に逆らえるものがいなくなる。
それはヨブトリカ海軍を率いるカンニガムにとって、理想の展開に見えてきた。
そして、局地戦で破れようともその大局を見据えて勝利を得てきた英雄は、召喚前における浅利たちの地球の歴史にも存在する。
浅利はそれを警戒している。
確証はないが、カンニガムがこの大攻勢の裏で何かを画策しているという強い予感はあった。
「トロツキーを呼んで」
ヴォンシェルドに命令し、陸軍中将であるトロツキーを招集させる。
それから総裁就任前には軍人であったイサコフに、質問した。
「この冬季攻勢、何か罠があるように思えてならない。何があり得る?」
あるとすれば、十万の兵を捨て駒にするほどのものだ。それを覆せるだけの戦果を上げる罠だとすれば、嵌った時の被害は計り知れないものとなるだろう。
イサコフは地図を見下ろすと、ダンペレクからヨブトリカに侵攻した際のルートを指でなぞり、ある一点で手を止めた。
「エンジバラ。私が仮にヨブトリカの将をした場合、迎撃の戦線はここを拠点に築きます。ですが…」
そこで一旦手を離す。
イサコフが示した場所は、プラフタを攻撃しているヨブトリカ軍と挟撃ができる地点に当たる。
スパイからの情報提供で、そこにはヨブトリカ海軍が保有する海岸都市を防衛するための要塞が建造されていると聞く。
それは確かにあり得るだろうが、それでは十万の兵を捨て石にするには得られる戦果が小さい気がしてならない。
イサコフはそれに引っかかりを覚えたらしい。
「勿体振るな」
浅利が苛立ちを覚えて急かすと、イサコフは「はっ」という短い返事と共に別の予測を示した。
「ドバノン。海戦を主体とする軍勢ならば、ここがヨブトリカにとっての楔を打てる場所であると私は考えます」
イサコフが示した場所は、ドバノンというヨブトリカ北部にある海岸に近い都市であった。
エジンバラの北に位置するこの都市は、周囲を天然の要害に、そして周囲をエジンバラをはじめとする複数の要塞と軍港に囲われた人口の要害に囲まれた攻に難く守に容易い立地である。
だが、見た所それだけだ。確かに、要塞都市として十全な機能は果たすだろうが、十万を優に超える神国軍の迎撃には適さない。
ドバノンから見ればさながら出丸のように築かれているエジンバラを落とせば、その拠点もかなり攻めやすくなるだろう。
単純に、カンニガムが連邦軍による反撃を見ているという可能性もある。
だが、それだけでは済まない。
「イサコフ、もっとはっきり言え」
浅利が指示すると、隷属魔法に縛られているイサコフは短く返事をし、その考えを口にした。
「防衛拠点としてならば、未熟。しかし、この立地を別の目的に使えば、大軍を一度に、それも一方的に葬ることが可能となるかと」
そしてイサコフがその考えを口にする。
イサコフの考えは、確かに的を射ている。それは誰もが考えつかないカンニガムの巨大な思惑をなぞる物となった。
だが、それはあくまで一部。
エジンバラ作戦とカンニガムが名付けているその全貌。
将としても天才と言えるイサコフでさえ見えていないその作戦。
冬季大攻勢が動く。
戦争の行く末に、大きな波紋を広げる戦いの推移は、彼らの考えも凌駕する。
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