異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

2話

 ヨブトリカ王国という指定はしましたが、細かい場所に関する情報はなかったため、とりあえずジカートリヒッツ社会主義共和国連邦に近く、そして適当な場所でお願いしますとアルデバラン様に注文した結果、自分は転移魔法で森の中に送られました。
 見渡してみると、森です。木々です。獣道さえない鬱蒼とした森林地帯です。


「…ヨホホホホ。とりあえず、歩いてみましょう」


 道無き道とはまさにこのことですが、立ち止まっていても雪城さんは見つかりません。
 取り敢えず、動いて捜索してみることにしました。




 アウシュビッツ群島列国と神聖ヒアント帝国での魔族との戦いの後、最終的にリリクシーラにて出てきた異世界の侵食者であるガヴタタリの討伐に成功した自分は、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦に残るクラスメイトであり勇者である雪城さんを探すために、アルデバラン様にお願いして目撃情報のあったヨブトリカ王国にやって参りました。
 転移魔法というのは本当に便利ですな。ヨホホホホ。
 リリクシーラでの戦闘で、自分は戦死したことにしてもらっています。異世界の侵食者の脅威を再認識した魔族の皆さんは人族との戦争よりもそちらを優先する意向を固め、皇主を説得してみせるとアルデバラン様は約束してくれました。
 神聖ヒアント帝国は未だに魔族の支配が続いていますが、それでも敵対することがなくなったというだけでも収穫だったでしょう。自分の目的は人族を救うことであり、余計な戦争を作って魔族を滅ぼすことではありませんから、こうして平和的に解決するならばそれで良しとします。
 カクさんの動向なども気になるところではありますが、それ以上に雪城さんの身が危険にさらされていると思われる状況が続いていますので、自分はこちらを優先して動きます。
 ソラメク王国の事が片付いたら、おそらくカクさんたちもジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の浅利さんの件に首を突っ込んでくるでしょうから、なんとかそれが始まる前に解決を目指したいと思います。
 雪城さんと合流してからは、浅利さんを止めに行きたいと思います。
 浅利さんは地球にいた頃にいじめを受けており、それが原因で異世界に来てからクラスメイトたちに復讐をしており、その結果すでに5人のクラスメイトが殺されてしまっているといいます。
 これ以上、浅利さんにクラスメイトを殺されるわけにはいきません。
 隷属魔法でジカートリヒッツ社会主義共和国連邦を乗っ取った浅利さんは、今度はネスティアント帝国を狙い、すでにヨブトリカ王国との戦争を始めているといいます。
 勇者同士の問題で人族の国々が戦争をしているなど、目も当てられない悲惨な状況です。この上、自分たち異世界人を優遇して下さっているネスティアント帝国にまでその復讐の牙が向いて仕舞えば、勇者同士、人族同士の悲惨な戦争に発展します。
 それを阻止するためにも、自由に動き回れる身分が欲しかったのですから、神聖ヒアント帝国でアルデバラン様に殺されたという情報は自分にとって好都合でした。
 ガヴタタリを討ち取ったのはアルデバラン様ということにしまして、自分は南方大陸からこうして東方大陸に戻ってきたわけであります。
 ここでも主な目的としては、行方不明となっているクラスメイトの雪城さんを探す事、そしてジカートリヒッツ社会主義共和国連邦を乗っ取っている浅利さんの復讐を止めること。この2つでしょう。
 神聖ヒアント帝国によると、連邦側には天族の軍勢が確認できるとのことです。
 今回も何やらきな臭い動きが見えますね。一筋縄では解決できないかもしれません。
 しかし、カクさんが江山さんたちを連れてネスティアント帝国に帰りジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の現状を知らせるまでに片付けなければ、連邦と王国間の戦争が東方大陸全土を巻き込む大戦に発展しかねません。それだけは何としても阻止します。
 よって、ヨブトリカ王国とジカートリヒッツ社会主義共和国連邦を裏から扇動しているかもしれない存在も突き止め、これも排除する必要があります。
 ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦に関しては天族が裏にいるという可能性が濃厚ですね。神聖ヒアント帝国の情報網は信用に値しますので。ヨホホホホ。


 問題は、王国側の黒幕でしょう。
 いないかもしれませんが、いるとすれば魔族の可能性が示唆されます。
 神聖ヒアント帝国の件を見れば、彼らが小細工を知らない脳筋だという印象は壊れますから。ヨホホホホ。
 そうなれば、連邦王国戦争は代理戦争の形をとることになります。
 両本国が介入することになれば、大陸が火の海と化すでしょう。これを避けるためにも、早期解決を目指します。


 アウシュビッツ群島列国の際といい、神国の動きが活発になっているように感じます。
 そうなると、神国との最前線にいるサブール王朝の勇者の状況がとても気になります。無事だといいのですが。
 この件を片付けたら、北西大陸に向かってみるとしましょうか。


 とはいえ、今は目の前の事案に集中することにします。
 異世界の侵食者なる存在も多数いると聞きますし、この戦争に紛れ込んでいる可能性もあるでしょう。
 余計な介入で戦火が広がる前に解決するとしましょう。ヨホホホホ。


 最初の目的は雪城さんの捜索ですが、その前にまともな村か道でも見つけなければならないですね。ヨホホホホ。


 少なくとも、この森に人の気配はしません。
 動物の気配はありますけど、イノシシに近づくようなことはしませんよ。
 何故ならば、猪さんに迷惑ですから。ヨホホホホ。主に面が。


 現在自分が装備しているのは、ガヴタタリとの戦闘後に手に入れた黒式尉の能面と、お馴染みドジョウ先生。戦闘よりも長距離の旅路に適している軽くて丈夫で頑丈さでは鎧に劣るものの動きやすいリリクシーラにて譲ってもらった装束に、日除けの黒マント、そして長靴ながらも動きやすく戦闘向きである軍靴に薄手の皮手袋となっています。
 …フード被っている能面の男。これはもう、職質にあわなければむしろおかしいレベルの不審者ですね。ヨホホホホ。
 自分で言うな、と? ヨホホホホ。自覚くらいはありますよ、自分。非常識というよりは変態なのが自分ですから。ヨホホホホ。
 そういえば、捜索対象である雪城さんもかなりの変人でしたね。自分が言える立場ではないのですが、こんな変態から見てもなお、変人ですなと思える不思議な方でしたので。
 なんといいますか、とにかく会話が成立しない方なのです。自分はそんな雪城さんとの会話は面白いので、ツッコミがない限りひたすら成立しない会話をぐるぐると繰り返すのですが。
 東田様や江山さんなんかは会話が成立しないので非常に付き合いに苦労すると言ってましたし、あの六人部さんですらツッコミに回らせてしまうという中々に凄い方なのです。
 会話が成立しないというのが最大の特徴ですが、何も喋らなければ普通に可愛らしい方ですよ。会話が成立しないだけで、行動や所作は良識ある方ですから。
 要するに、喋ると台無しになる典型例のような方なのです。ヨホホホホ。
 お前も似たようなもんだろ、と? ヨホホホホ。何をおっしゃるのですか? 自分は喋らなくても能面の時点で救いようのない変態ですよ。ヨホホホホ。
 自分に頭のネジなんぞ1つも残っていませんので。むしろ、あったかどうかすら怪しいですので。


「ヨホホホホ。そんなことを思案している場合ではないですね」


 今回は時間制限が設けられております。
 無駄な時間をかけている場合ではありませんでした。ヨホホホホ。
 絶対そんなこと思っていないよな!と? ヨホホホホ。さすがに急ぐくらいの気は持ち合わせております。何かあるとよそ見をして煽るだけですので。
 それをやめろ!と? ヨホホホホ。それはもう、自分の本能ですので、煽りを止めることはできませんね〜。ヨホホホホ。


 自他共に認める迷惑極まりない存在の自分ですが、今回は異世界の勇者を封印いたしまして、雪城さん捜索に集中するべく自由に動き回るために別人となることにします。
 帝都にいた頃に調べたのですが、ヨブトリカ王国においてはウィリアムとかフランクリンとかネルソンとか、アングロサクソン系の名前が多いらしいので、適当に考えた名前を使用した別人として動くことにします。
 設定は、治癒魔法を扱えることから、大陸各地を歩き赴く先々で医療事業をして生計を立てる外見と素顔が不明の藪医者、旅人ということにしましょう。
 そうですね〜。年齢は三十路に突入した男性、国籍はヨブトリカ王国、名前はイギリスの偉人から賞賛と批判の最も混在する海軍元帥といわれるルイス・マウントバッテンをお借りすることにしまして、雪城さんを探す動機に関しては単なる異世界勇者(JK女子高生)のファンということにしましょう。
 …能面で素顔隠したJKのファンって、絶対怪しいですよね。ヨホホホホ。


 設定に関してもまとまったところで、行動に移るとしましょう。
 ヨブトリカ王国ならば、自分のことを知る方もいないでしょう。声を変えれば雪城さんにも自分であることは分からないはずです。ヨホホホホ。


 道無き道、森の中を道を探して歩きます。
 体力は勇者補正のお陰でいくらでも保ちますし、靴は頑丈なので、悪路でも比較的楽に進むことが出来ます。
 道中で何度か猪さんに遭遇しましたが、突進攻撃を受けて飛ばされたら、転がった自分を無視して逃げるように去って行きました。
 単に自分と鉢合わせになったのに驚いただけのようです。ヨホホホホ。


 誰とも遭遇することなく一時間程度歩きまわった頃でした。
 方向は完全に見失い、しかし獣道の1つも発見できず、もしかしなくても迷子になったと思える頃だったときのことです。
 葉の擦れる音とかしか聞こえていなかった中に、突如として銃声が響き渡りました。
 ここからさして遠くないようすです。
 銃声を出せるものなど、この世界には人族と魔族と天族の3種族以外にいるとは思えません。そして魔族と天族は銃を使いませんから、必然的に人族の発したものということになりますね。ヨホホホホ。
 物騒な音ですが、人がいるとわかるものですのでひとまずは接近する価値があると思います。道も見えない森の中でそのようなことをしているのは、この手の異世界だと大抵賊徒か裏方家業の方ですので、接触そのものが危険な可能性も十分ありますが。
 それでも森の中を延々とさまようよりはいいでしょう。音をたどれば簡単にこの森を抜けて道に出られるなんてこともあると思いますので。
 距離はさほど離れてはいないようです。
 接触は危険を伴いますので、ひとまずは接近としましょうか。
 人質がいる中で威嚇発砲している、みたいな事情の可能性も十分考えられます。
 拙速は巧遅に勝るといいますが、後先考えずに突撃して状況を最悪の方向に転がしてしまう場合も考えられます。
 今回は、拙速よりも巧遅をとろうと思います。ヨホホホホ。
 接近して状況を確認したのち、場合によっては接触を図りましょう。
 物取りや殺人の終わった状況であったのならば、加害者側が去るのを待ってから蘇生魔法を施して復活させるというのも1つの手かもしれません。
 何はともあれ、状況の把握を最優先で行うことが肝要である、と立案します。ヨホホホホ。
 そのためには物音に接近しなければなりません。
 銃声が聞こえてきた方に足を向け、森の中をできるだけ気配を立てずに移動していきます。


 もう1発、銃声が響きました。
 近づいたためか、今度は怒声がはっきり聞こえてきました。


「こいつ! やりやがったな!」


「取り押さえろ! 銃を奪え!」


「は、離せ!」


 声の様子から察するに、数人の男と1人の女性が争っているようです。
 会話の内容を聞く限り、先の銃声は女性が1人撃ち殺したもののようですね。その直後に捕まってしまったようですが。
 さて、耳での情報も大きいですが、やはり見てみなければ詳しい状況は分からないでしょう。
 茂みに隠れつつ、喧騒の中心部を覗いてみます。


 そこは、木々がやけに綺麗に晴れた、森が円形脱毛したような感じに空いた場所でした。
 なんとも面白い場所ですが、そこで繰り広げられていたのは決して穏やかなものではありません。
 数人の甲冑で完全武装した男たちが、顔や手はスス汚れて、乱暴に剥がされた衣類がかすかに残る半裸の女性を取り押さえています。
 しかも、蹴るわ殴るわの暴行を加えている上に、猿轡まで噛ませていますね。
 そのため女性の声はくぐもったものになっていました。


「んー!」


「暴れんな!」


「ッ!?」


 甲冑男の1人が乱暴に女性の頭を蹴りつけます。
 鎧に覆われた足で蹴られたことにより女性の側頭部が出血を起こしました。
 ヨホホホホ。まずいですね、あれは。頭蓋骨に損傷が発生しています。このままでは、あの女性が死んでしまいます。
 しかし、男たちはそんなこと知るかと言わんばかりに意識が混濁して抵抗ができなくなった女性のわずかに残る服を引き裂いて、その下にあった下着まで剥いてしまいました。
 これで女性は靴と猿轡だけの全裸となってしまいます。
 …うわ〜。自分は変態の自覚ありますけど、これはさすがに引いてしまいます。
 ヨホホホホ。自分をドン引きさせるとは、この男たちはなかなかの逸材ですな。
 変態具合でお前にはかなわねえよ、と? ヨホホホホ。それもそうですね。


 さて、あのまま放置すれば獣の腹に収まるか、寒さで死ぬか、損傷で死ぬか、とにかく死ぬことに変わりはない危険な状態となりました。
 まさか全裸で森に放置して殺すのでしょうか? 仲間を殺されたのならば憎む気持ちはわかりますが、容赦がかけらもないですね。ネスティアント帝国の規律重視の正規軍とはえらい違いの蛮行ぶりです。
 お前が蛮行を語るな、と? ヨホホホホ。自分、変態の自覚はありますので、むしろ語れる立場だと思うのですが。
 あんなことをしたことはないですけど。ヨホホホホ。
 自分の場合はアルデバラン様にむしろされたい気質ですね。
 本当に変態だな、と? ヨホホホホ。自分、筋金入りの変態ですので。


 騎士たちがこのまま去ってくれれば、あの女性を治療しにかかりたいところです。
 あの騎士たちの甲冑は見るからに金がかかっていますから、盗賊でないことは明らかです。
 鎧に刻まれている国章から、彼らの所属はヨブトリカ王国であることが見て取れます。
 ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦にいる浅利さんを止めるためにここに来たというのに、よその、それも隣国の正規軍らしい相手を敵に回したくはありません。
 なので、女性には申し訳ないのですがもうしばらく様子見を決め込みます。


 そう考えて隠れていたら、ヨブトリカ王国の騎士たちは立ち去ることをせず、突然自分たちの着込んでいる鎧を脱ぎ出し始めました。
 ?? あれ? 立ち去らないのですか? しかもとどめを刺すにしては、取り出したのは腰に下げる直剣ではなく聖剣えくすかりばーのほうです。
 隠語で申し訳ありません。しかし、このシリアスな空気の中に下ネタを打ち込むのはさすがに自分でもどうかと思いまして。
 聖剣えくすかりばーの方がはるかに卑猥な表現だ、と? ご尤もです。


 えーと、さすがにここまでくればこの後の展開は自分でもわかります。
 本当に情けのかけらもないですね、騎士の皆さんは。ゲヘヘと下卑な笑みを浮かべながら、抵抗できない瀕死の女性にのしかかろうとしています。
 お前の方が下卑な笑みだろうが、と?
 ヒョッヒョッヒョッ。
 …この光景を見ながらこの笑いをしたら、確かに自分がはるかにゲスですよね。ヨホホホホ


 とにかく、さすがにこれ以上は看過できません。
 あの騎士たちには申し訳ありませんが、処女の再生ならばともかく、レ○プされた記憶消去までは自分の治癒魔法ではできないので、止めさせていただきます。
 いつもの恩義の押し売りとして女性を助けるべく、茂みから出撃しようと身構えたときでした。


 突如横の茂みから別の人が出てきたのです。


「ラーリアット〜!」


 そんな雄叫びと共に、茂みを突っ切って突然その人は現れました。
 颯爽登場と駆けつけたその人は、人族とは思えないとんでもない速さで飛び出すと、女性にのしかかろうとしていた騎士めがけて強烈なラリアットを食らわせました。
 ブチュリという果実をひきつぶすような音がなったと思ったら、次の瞬間には女性にのしかかろうとしていた騎士の頭が潰れて引きちぎられていました。
 悪党とはいえ何のためらいもなく騎士を1人殺したその人物は、他の騎士が何が起きたのかさえ認識する前に魔法を起動します。


「敵意を遮る大地の壁よ!」


 それは騎士たちの足元から突然現れた土の壁です。
 それにえくすかりばーを直撃させられた騎士たちは悶絶しながら壁に放り上げられ、そのまま数メートル落下しました。
 甲冑を着込んでいたことも災いしたのでしょう。
 それだけで、騎士たちは全員死亡してしまいました。


 ヨブトリカ王国の騎士を殺害してしまったことも重要ですが、それ以上に重要なことが自分の眼の前にあります。


「立てる?」


 瀕死の女性のピンチを間一髪で防いだ、まさにヒーローのような登場をした方は、自分の見覚えのある方です。
 というよりも、今まさに自分が探している人です。


 女性に手を差し伸べたのは、行方不明となっていた勇者である、雪城ゆきしろ 環菜かんなさんでした。

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