異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

1話

 










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 ヨブトリカ王国。
 人族の国々の中でも最古の歴史を持つこの王国は、魔法先進国として名高い国であり、王家の歴史もその積み上げてきた歴史に比例し高い位を持つ。
 しかし、それもはや過去の話。
 今のヨブトリカ王国は一部の権力者が富を貪り、国民は王国の消耗品として貧困に喘ぎ、国は停滞し、魔法技術においても隣国のジカートリヒッツ社会主義共和国連邦に大きく劣る衰退国家と化していた。
 そんな王国に、ついに王国のための盾となり鉾となるべき存在であるはずの軍が、国王を襲撃して殺害するという大事件が起きる。
 国の腐敗を招き民の暮らしを顧みなかった国王に対して募った不満が爆発した結果である。
 王国軍は騎士階級と違い民衆上がりの者が大半を占める構成だったため、民の暮らしを顧みないということはそのまま彼らの不満につながることになる。
 クーデターを起こしたのは、腐敗した王国からその元凶を排斥しようと立ち上がった者たちで、海軍の左翼派将校が中心となった者たちだった。このクーデターがその後のヨブトリカ王国の道に大きな変化を齎すことになる。
 この事件により国王リチャード5世を始めとするヨブトリカ王国の腐敗の象徴の宦官たちの多くが殺害された。
 クーデターにより占領された王都を取り戻すために、辺境貴族であったチャールズがリチャード5世の実弟であるウィリアム9世を急遽新国王に任じて、王都奪還の戦を起こす。
 その結果、クーデターは崩壊。ヨブトリカ王国は辛うじて存続を保った。


 そうして国力が疲弊していく中、国内の軍部においては力にものを言わせて他国を侵略せんとする気運が高まる。
 クーデターに参加せず駆逐する側、すなわちチャールズの派閥についた陸軍を中心とする軍部は、多くが国と民の未来を本気で憂うものではなく、権力を手にし侵略思想に染まっている者たちが多い。
 チャールズは無駄に義憤の強い左翼派の海軍よりも軍国主義を目指す陸軍が操りやすいからと彼らを使ったが、それは軍部の権限を大きくし、王国を戦争に誘う危険な者たちである。
 結果、侵略の対象として隣国であるジカートリヒッツ社会主義共和国連邦にヨブトリカ王国は目標を定め、陸軍の暴走が始まる。国内では国王ウィリアム9世が国力差から連邦との開戦を容認しなかったものの、あろうことか東方国境の王国第二陸戦軍師団が独断でジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の領邦国家の1つであるプラフタ共和国に対して一方的な侵略戦争を開始した。
 奇襲によりプラフタの連邦軍は次々に敗走し、その戦果に欲の眩んだ宰相チャールズを筆頭とする王国中枢部がヨブトリカ王国に号令をかけ、正式にジカートリヒッツ社会主義共和国連邦に対して宣戦布告を行った。
 第二陸戦軍師団が東に進む中、第三陸戦軍師団はプラフタの南にあるダンペレク共和国にも侵攻。対応が後手に回るジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の軍をさらに打ち破り、これを宣戦布告と侵攻開始からわずか1週間で完全に征服してしまう。
 連邦軍もプラフタ守備軍とダンペレクから後退した軍勢に加え、ダンペレク東部にあるホラメット共和国と連邦本土からの援軍を加えた軍勢で迎撃を行うものの、士気旺盛なヨブトリカ王国に押され、その戦線は後退の一途を続けることとなった。










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 ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の領邦国家の1つ、プラフタ共和国領にあるとある村にて。
 普段は戦争とは無縁の平和な暮らしをしている村だが、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦軍の方針により放棄が決定されたこの村には、多数のヨブトリカ王国軍が侵攻してきた。
 連邦に見捨てられた村人たちは脱出を図ろうとしたものの、それをヨブトリカ王国軍が見逃すはずもなく、先に逃がそうとした子供はそのほとんどが捕まってしまう。
 そしてヨブトリカ王国軍は捕らえた子供達を村人たちが立てこもる村の中心の建物の前に立たせると、降伏しなければ子供を殺すと脅してきた。
 それに村人たちが観念して降伏したのだが、ヨブトリカ王国の軍を率いていた将は冷酷な命令を出す。


「いまだ、村人どもを捕縛しろ! 老人と男は殺し、女は捕まえろ!」


 村人たちを騙し、若い女性を除いた大半の村人を殺害する。
 さらには泣きわめく子供さえも容赦なく殺すよう命じて、捕まえた女性たちには暴行を加えた。


 それは、ヨブトリカ王国の侵攻においてありふれた光景の1つ。
 見捨てられた村の末路であった。










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 連邦王国戦争、または連邦同盟戦争と呼ばれることになる、当時の人族国家間においては最大規模の犠牲者を生んだ宣戦布告をなさずに開戦となったこの戦争。
 勇者召喚の後、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦は召喚された勇者の1人である浅利の手により連邦は乗っ取られたことで、ネスティアント帝国を始めとする国家との国交は断絶されており、強大な軍事力を持つとはいえ一国でヨブトリカ王国と社会主義の拡大を危惧する人族の勢力を相手に戦争を行うこととなる。だが、勇者である浅利に加え、対魔族を想定して増大させてきたその莫大な軍事力と広い国土を用いた戦術、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦をほぼ一年中覆う極寒の冬の季節、さらには裏から接触してきた神国の支援と大量の援軍を受けることで、人族の同盟軍を相手にジカートリヒッツ社会主義共和国連邦は互角の戦争を展開していく。
 それに対し、ただでさえ強大な軍事力を持つ新興国であり、なおかつ専制政治と君主制を認めない社会主義国家であったジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の国力の増強を恐れたエマンティア大公国を始めとする中央大陸の古い国々は、ヨブトリカ王国の支援を表明。ヨブトリカ王国一国で対峙していたのであればジカートリヒッツ社会主義共和国連邦に対してその戦力比は圧倒的であったが、これらの支援を受けたことによりその差を埋めることができた。ヨブトリカ王国は軍部の暴走に歯止めがきかない状況であり、さらには初戦の成功に勢いが乗ってしまい、戦線は拡大。早い撤退によりほとんど被害を受けていないジカートリヒッツ社会主義共和国連邦軍に誘い込まれるようにその国土の深くへ侵攻をしていくこととなる。


 ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦軍は最前線の領邦国家の国境を見捨てると、本隊は撤退途上の村々を焼き払いながら、焦土戦術を駆使し自国の民の生活を踏み潰して後退を続ける。
 ダンペレク共和国に関しては、援軍として駆けつけた連邦の本隊は交戦を一度もせずに撤退してきたダンペレク共和国の軍勢を集めると、ダンペレク首都を放棄してホラメット共和国まで撤退した。
 結果、少ない兵力しか残らなかったダンペレク共和国は瞬く間に占領されてしまう。


 これによりプラフタ共和国は反包囲の形を受けてしまう。
 しかし、プラフタ共和国の連邦軍の抵抗はダンペレク侵攻時とは違い、非常に頑強でありプラフタの侵攻は大幅な停滞を余儀なくされていた。
 侵攻の停滞するプラフタに対して、ヨブトリカ王国はその憂さを晴らすように占領した村々に対する蛮行を重ねていく。
 初期のダンペレク侵攻の際の犠牲者は、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦側が軍民合わせて約400人だったのに対して、プラフタ侵攻においては民間人だけで死者が約3,000人に登った。
 その多くは撤退を行ったダンペレク共和国に比べ、抵抗を続けたプラフタの村や国においてはほとんどの民間人が残ってしまったことが大きかった。
 民間人には義勇兵となって参加する者もいる。
 彼らを根絶やしにすることもヨブトリカ王国は目的の1つにして、さらに民間人への被害を拡大させた。


 ヨブトリカ王国軍は頑強な抵抗を続けるプラフタを完全包囲するべく、ダンペレクからホラメット共和国へ侵攻する。
 連戦連勝を続けたヨブトリカ王国軍は士気高揚であったものの、ホラメット共和国においてジカートリヒッツ社会主義共和国連邦軍はダンペレクとは打って変わり軍勢をぶつけてきた。
 ホラメットに雪が降り始めた日、総数約30,000に上るヨブトリカ王国を筆頭とする同盟軍に対し、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦は連邦軍准将であるクズネツォフを司令官とする連邦軍と秘密裏に送られた神国の援軍を合わせた約18,000の軍勢でホラメットのカブランカ大河にて激突した。


 この大規模な戦闘は3日にわたって行われ、大河を突破して敵陣を切り崩そうとする軍勢を迎撃するというやりとりが両軍において幾度となく行われ、大河の水が赤く染まるほどの多大な犠牲を出すものになった。
 冬の大河を突破することの困難に立ち向かう両軍だったが、戦闘開始から3日目の夕刻に大河が氾濫を起こし、両軍の最前線を飲み込むという事態が起こった。
 これにより継戦能力を失った同盟軍は撤退。
 ヨブトリカ王国軍が撤退したことでジカートリヒッツ社会主義共和国連邦側にとっては初の勝利となったものの、その損害は莫大なものとなり、総大将のクズネツォフ准将以下カブランカ大河の戦いに参加した司令階級のほとんどが本隊と共に大河の氾濫に飲み込まれてしまい、戦死者行方不明者あわせて13,000を超える未帰還者を出してホラメット共和国の首都に撤退することとなった。
 また、ヨブトリカ王国軍の損害は氾濫時に王国軍が渡河を試みていたこともあり、こちらは連邦軍を上回る20,000を超える未帰還者を出した。
 ヨブトリカ王国軍はホラメット共和国領のグッテンブロードまで後退。そこで戦線の再構築を目指し、不足物資の補給を行うために周辺の村々に対する略奪行為を行う。
 だが、そこで偽装して村に入っていたジカートリヒッツ社会主義共和国連邦軍が一斉に反撃を開始する。
 クズネツォフ准将率いる軍とは別行動を取り、ヨブトリカ王国軍の前線を迂回して村に偽装し潜入していた連邦軍は、連戦の疲れに加えて大きな敗戦で士気の低下していたヨブトリカ王国軍に対し地の利を生かした反撃を行う。
 ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の冬に慣れていないヨブトリカ王国軍は、略奪に向かった村で連邦軍の攻撃を受け次々に潰走。
 残った戦力をグッテンブロードに集結させるも、それを予期していた連邦軍はグッテンブロードを包囲。猛攻撃を加えて、当時の第三陸戦軍師団長であったジェリコー中将をグッテンブロードにて討ち取り、ヨブトリカ王国軍をホラメット共和国から駆逐することに成功する。
 ホラメット共和国の侵攻に失敗したヨブトリカ王国軍は、反包囲の形をとるプラフタに対する攻勢を強めるも、頑強な抵抗を続けるプラフタの侵攻は遅々として進まなかった。
 ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦もまた、カブランカ大河の決戦で大規模な損害を出していたこともあり、プラフタに対する援軍派遣は行ったものの、ダンペレク奪還に軍を進めることはできなかった。
 結果、連邦王国戦争は膠着状態に陥り、前線の兵士の精神をすり減らす冬の寒さに耐え、敵に対する警戒を続ける戦場へと移行していく。










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 ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦首都、ザンドベルク。
 勇者の1人としてジカートリヒッツ社会主義共和国連邦に召喚されたはずが、そのジカートリヒッツ社会主義共和国連邦を乗っ取った復讐者である浅利 有佳子は、ルビンスキーを始めとする隷属魔法で強制的に従えたジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の首脳部の面々とともに、現在勃発しているヨブトリカ王国との戦争の状況に関する報告を聞いていた。
 ヨブトリカ王国の地方軍の暴走による一方的な侵攻から始まったこの戦争は、仕組まれたものである。
 浅利にとっての次の標的である南の大国、ネスティアント帝国がソラメク王国と同盟を結んだという情報を得たジカートリヒッツ社会主義共和国連邦は、当時王族と国家の首脳部による腐敗に次ぐ腐敗で王家に対する信用が失墜していたヨブトリカ王国に目をつけ、それを併合しネスティアント帝国を滅ぼす算段をつけるためにヨブトリカ王国との開戦を画策した。
 まず、勇者の存在を聞きつけた神国に対して秘密裏に接触を図り、人族大陸の統一を果たすこと、そしてその暁にはジカートリヒッツ社会主義共和国連邦が神国に対する臣従をすることを条件に、神国との同盟を結ぶ。
国交を断絶した連邦は孤立無援に見える。それをヨブトリカの暴走する陸軍に目をつけさせ、攻撃させることで侵略戦争を引き起こさせる。
 クーデターが鎮圧されたのち、及び腰となり軍部の反乱を恐れて強く声を立てられなくなった王家を信用せず、軍事力とそれを生かした侵略によって国力の増強を図ろうとしている軍国主義者の王国陸軍を影から扇動して、暴走させることで、ヨブトリカ王国に撃たせる戦争を勃発させる。
 神国にはヨブトリカ王国が占領されるまではソラメク王国とネスティアント帝国の介入をさせないために、南のアウシュビッツ群島列国に対してソラメク王国と開戦させるように動いてもらう。
 残念ながらソラメク王国とアウシュビッツ群島列国の開戦は魔族や勇者の介入で阻止されてしまうが、これによりネスティアント帝国は南の対応に追われ北に介入できなくなった。
 あとは、ヨブトリカ王国を暴発させて、戦争の火ぶたを切るだけだった。


 だが、当初単独で暴発して刃を向けると思われていたヨブトリカ王国だったが、そこに社会主義の波及を恐れた中央大陸の国々が介入してきた。それにより中央大陸の国々の援軍を得たヨブトリカ王国軍は、想定よりも侵攻が早く、ジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の前線は対応が遅れてしまった。
 プラフタの防衛戦線を主力としてダンペレクより挟撃を行うはずが、ヨブトリカ王国軍はダンペレク侵攻に主力を投入してきた。
 それによりダンペレクの戦線は即座に後退を決定。ダンペレクはわずか一週間で陥落し、防衛の要となるプラフタ共和国が反包囲を受けてしまうこととなる。
 だが、プラフタの戦線は本国の想定を上回る頑強な抵抗を見せたおかげで、本隊の立て直しを図ることができた。
 カブランカ大河の決戦にてジカートリヒッツ社会主義共和国連邦側は多大な損害を被ったものの、プラフタの奮戦によりなんとか戦線の立て直しができている状況である。
 そして雪を載せた寒波の到来により、前線は膠着状態となっていた。
 プラフタで小競り合いが続いているが、雪が阻むために両軍ともに満足な支援を前線に届けられない状況が続いている。


 それが現在の連邦王国戦争の前線の様子である。
 王国戦線の総司令官であるコバロティス中将はダンペレク侵攻に際して早々に焦土戦術への移行を決定したものの、それによる寒波の悪影響が連邦側にも出てきてしまっている。
 カブランカ大河の決戦から、王国軍はダンペレク方面に引きこもり、ホラメットには侵攻してきていない。
 主戦場はプラフタに移り、両軍の主力はホラメットとダンペレクの国境にてにらみ合いを続けるだけとなっている。
 浅利は、その戦況にも特に動じる様子はなかった。


「…コバロティスに任せる」


 そう言うと、ザンドベルクに訪れている神国軍の将軍である智天使のウーリエの方を向いて、神国に対して要請をした。


「神国より援軍を出してください、ウーリエ将軍」


「増援を出すのは構わんが、逃亡した勇者どもはどうするつもりだ?」


 援軍要請に応じたものの、ウーリエが懸念事項を上げてきた。
 アウシュビッツ群島列国が魔族による支配を受けたことによりネスティアント帝国とソラメク王国の目は南に傾いてしまっている。
 だが、ザンドベルクを脱出した江山ら生き残りの勇者たちは、ザンドベルクに現れた魔族とともにソラメク王国に逃亡しそこでネスティアント帝国の勇者と合流したという報告が入っている。
 魔族に対抗するために召喚された勇者が、魔族と手を結んでいる。
 江山たちがネスティアント帝国に戻れば、確実にジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の現状が知れ渡ることとなり、ネスティアント帝国を中心とした包囲網を連邦が受けてしまうこととなるだろう。
 しかも、アウシュビッツ群島列国を支配しているのもまた魔族。江山たちが魔族と手を組んだいま、彼らが合流して仕舞えば南に傾いている戦力を全軍北に展開させられるようになる。
 魔族皇国も介入している可能性が高い現状、いくら神国の支援を受けているとはいえ連邦側は一気に窮地に立たされるかもしれない状況となっていた。


「それについては、こちらで動く」


 ウーリエの上げた懸念事項に対して回答を示したのは、グローツェンである。
 ポルックスという強大な魔力を持つ魔族が共に行動しているならば、その足取りをたどるのは難しくない。
 グローツェンはジカートリヒッツ社会主義共和国連邦にて用意した刺客を率いて、江山たちへの襲撃を計画しているという。


「すでに準備は整っている。こちらはすぐにでも動ける手はずです」


「…相変わらず卑しい戦いしかできないのだな、人族というのは」


 暗殺という手段を見下しているウーリエはグローツェンをあざ笑う。
 普段であれば殴りかかるところだが、浅利の隷属魔法を受けるグローツェンは黙ったままだった。


「…つまらないやつだ」


 事情を理解しているウーリエは、そう吐き捨てた。
 無反応な輩に嘲笑を浴びせるほど無意味なことはない。ウーリエはグローツェンに対する興味を早々に無くし、浅利に向き直る。


「とりあえず、80,000ほどあればいいか? 弱小な人族風情ならば、我らに勝てる可能性は万一にもない」


 神国と人族の国家において、その大きな差は軍勢の数にある。
 まるで小隊を出すような口調でウーリエが提示したのは、80,000という人族の国家では一国で出せる勢力など殆どない莫大な数だった。
 もしも隷属魔法を受けていない状態で彼らが聞けば度肝を抜かれるような数字である。


 しかし、浅利は首を横に振る。


「100,000。最低でもこれくらいは出して貰います」


「…ふん」


 平然とさらに一桁上乗せした軍勢を出すよう要求する。
 だが、ウーリエはそれに対しても平然と返した。


「我らが神国をなめるな。お前たちの提示に乗るつもりなどない。80,000が不満ならば、100,000だと? ならば、倍だ。200,000出してやる。これならば文句はなかろう」


 浅利は、無表情のまま頷いた。










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 プラフタにある農耕都市グノウにて。
 抵抗を続けるプラフタの連邦軍に対して、王国軍は連日のように大小さまざまな町や村に対して攻撃を仕掛けている。
 冬により下がる士気を上げるため、占領というよりは略奪目的の襲撃であった。
 そしてこの日、王国軍はこの軍事的にはさほどの有用な価値がないが物資の貯蓄が豊富であるこの都市に対して3,000からなるの軍を送り込んだ。
 対してこの町の駐屯軍は400程度。元より農耕都市ということもあり人口が少なく、義勇軍である市民兵を加えてようやく1,000程度であり、数において劣っていた。
 しかも、大半が普通の民間人である。武器を持たせただけの民兵ではろくに戦えないだろう。


 農耕都市というだけあり、グノウには食料などの物資が他の拠点に比べて多くある。
 それを狙って侵攻してきたヨブトリカ王国軍に囲まれることとなったグノウは、立てこもって徹底抗戦の構えを見せた。
 だが、戦闘用に作られた都市ではないため、王国軍の攻撃に初日で指揮官の大佐が戦死。連邦側の被害は膨れ上がる一方であった。
 狙撃兵としてグノウの守備軍に参加していた若い女性兵士であるリュドミラは、攻撃から2日目の夜に守備軍の指揮官代理より援軍をグノウより南東にある連邦軍拠点モスカル要塞に請うための伝令を任じられ、単身夜の闇に紛れてグノウから脱出した。


 都市の民間人には女性も多くいる。陥落してしまえば、どのような蛮行にさらされてしまうか、想像もつかない。
 愛用のライフルを肩にかけ、リュドミラは冬の寒さが身に突き刺さる地下水路を泳いでグノウ近くの山まで泳いで向かい、服を着てから夜の山を走り始めた。
 森林は視界が効かない。どこに王国軍がいるか想像もつかない。
 冬の寒さも突き刺さる。
 歩くだけでも苦痛の旅路であったが、リュドミラは助けを求めて夜の森を走り続けた。

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