異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

16話

 ドジョウ先生を利用して薙ぎ払いを仕掛けますが、アルキオネと名乗った魔族は斧でそれを弾き、反撃に鋭い回し蹴りを繰り出してきました。
 それを飛び退いて躱しつつ、距離をとります。
 すかさずアルキオネさんが魔法を発動させてセシリアたちを狙いますが、それを見逃す自分ではありません。


「させませんよ」


 防護魔法を展開して、人族の皆さんに手が出せないように壁を築きます。
 魔法は防護魔法に阻まれて、届くことはありませんでした。


「グフッ!」


 また血が出てきました。
 ヨホホホホ。魔法を行使するたびに、何やら血が喉にせり上がってきます。
 寄生魔法の影響ですかね?


「満身創痍、か。そんなざまで何ができんだ?」


 剣の切っ先を向けて、アルキオネさんが若干苛立ちを含んだ口調で尋ねます。
 ズタボロの分際で何ができるんだ、ということでしょうか? 敵である自分が弱っているならば、むしろ都合がいいという解釈もあるかもしれませんけど、アルキオネさんはアルデバラン様の一騎討ちを神聖なものとして認識している節がありますので、挑戦者は全快で挑み当たって砕けろという信条なのでしょう。そんなアルキオネさんにとってみれば、たとえ利することであれ、自分は確かに侮辱するような状態で一騎討ちに挑もうとしています。
 アルデバラン様に仕える将として、見逃せないというのでしょう。
 しかし、自分にも事情があります。黒甲冑の魔族さんに脅されていますので、この寄生魔法を解除することが出来ないのであります。
 アルキオネさんに言ってどうにかなるとは思えませんけど。ヨホホホホ。


「貴様は、ここでこのアルキオネさんが! アルデバラン様に代わり、叩き潰す!」


 アルキオネさんが斧を振り上げます。


「その人族どもも用済みだ! 勇者を血祭りにあげたら、今度は貴様らの番だ!」


 アルキオネさんの言葉は届いていないと思いますが、自分たちに殺気を向けて睨みながら叫んだことで、勇者の次に殺されるということは伝わったのかもしれません。
 防護魔法に守られている先にいるセシリアさんの顔色が恐怖に染まりました。
 それを落ち着かせようとセシリアさんの父親が彼女を抱き寄せますが、父親の方も死を覚悟している様子が見て取れます。
 確かに、状況を鑑みれば魔族、それも将軍であるアルキオネさんにとっては、連携に優れた優秀な彼ら親娘といえど、所詮人族でしかありません。アルキオネさんと比べればはるかに脆弱な存在であり、戦闘になった際の勝算などほとんど無いのです。
 今、無力な人族の皆さんをアルキオネさんから守っているのは、自分の展開している防護魔法のみです。
 つまり、勇者である自分が討たれた瞬間、アルキオネさんの刃が彼らにも届くようになってしまうということです。
 海の方が開いてますから逃げることはできるでしょうが、足がすくんだとかで動けないのかもしれません。2人は海の方向に逃げる様子が無いです。
 いえ、部下たちが目を覚ましていない中で逃げたら、隊長というか人としてどうかと思われる、みたいな理由からかもしれないですけど。ヨホホホホ。
 つまり、神聖ヒアント帝国のここにいる皆さんの命運は、自分に託されているというわけです。ヨホホホホ。これぞ勇者という感じですね〜。
 お前みたいなのに託す身にもなってみろ、と? ヨホホホホ。ご安心を。自分はこれでも治癒師です。こと戦闘に関しては雑魚ですが、治癒・支援・足止め・嫌がらせ・扇動と、多彩な機能が備わっている勇者ですから。
 並べてみて思ったのですが、つくづく自分というのは役に立ちませんね。最後の2つに関しては職種があまり関係無い、自分が元から持っていた素の性分です。
 何の役にも立たねえな、と? ヨホホホホ。何をおっしゃいますか。自分は役に立つどころか、必要な時に必要なことが出来ないくせに不要な時には大いに活躍して場を混乱させ、扇動することに関しては非常に役に立っております。
 メリットねえじゃねえか!と? 無論です。それが自分ですから。ヨホホホホ。


 さて、最初から意志を持って敵として立つ方ならばまだしも、騙されて敵対させられた側の人たちには大いに同情の余地があると思います。
 情状酌量の余地というのは、日本人として培った判断材料の付属品みたいなものですね。考慮する際に、いつのまにかついている感情ということです。ヨホホホホ。
 とりあえず、神聖ヒアント帝国の皆さんには危害を加えさせるつもりはありません。何故なら自分は、人族を救うために来た勇者ですから。ヨホホホホ。
 敵を倒すのではなく庇護すべき相手を救うのが目的なのですから、どれほど有利な戦況だろうと逃げる敵の背を追わないことはあれど、どれほど不利な戦況であろうとも人族を見捨てることはいたしません。
 騙された〜とか、攻撃された〜なんて、そんな細かい事柄に関しての追求など、後回しでいいのですよ。ヨホホホホ。
 追及はここを乗り切ればいつでもできますけど、救わなければそれさえ出来ませんから。
 いいからさっさとアルキオネを追い払い自刃しろ、と? ヨホホホホ。自殺命令付随とは、よほど自分が目障りのようですね。
 自分自身、そういうゲスだということは理解していますけど。ヨホホホホ。


 いいでしょう。
 では、第一目標のアルキオネさんを追い払うことから始めます。
 ドジョウ先生を構え、自分もアルキオネさんに負けじと主張します。


「ヨホホホホ。役不足はわかりきっていますが、生命とは使命や財産に勝る尊きものと自分は考えております。それを刈り尽くすと仰るアルキオネさんは、役不足は否めませんが自分がお相手いたしましょう」


「…ほざくな、雑魚が!」


 自分の殺戮妨害宣言に、アルキオネさんは侮辱と受け取ったらしく、激昂して斧を振り上げて突撃してきました。
 間合いを詰め、斧を振り下ろしてきます。
 その強力な一撃に、自分はドジョウ先生を斜に構えて受け流しました。
 力が強いとはいえ、技も駆け引きも無い一撃では、技量を持って受け流すことは可能です。


「チッ!」


 受け流されたアルキオネさんは、斧を振り下ろす手が止まらずに地面に大きな一撃を与えます。
 礫が飛びますが、アルキオネさんはもちろん、勇者補正を受けた自分に取っても脅威足りえませんので無視します。ヨホホホホ。


 重たいアルキオネさんの斧の攻撃に、受け流したドジョウ先生を通じて手に大きな衝撃が伝わってきますが、体勢を崩すことには成功しました。
 アルキオネさんは大きな隙ができています。
 その隙に、自分はドジョウ先生の石突きの方を振り上げて、アルキオネさんに対して槍を使ったアッパーを当てます。


「グッ!?」


 顎に一撃を受けたアルキオネさんが仰け反ります。
 足元がふらつき、言葉が出てこない点を見ると、脳震盪でも起こしたのでしょうか?
 ならば好機です。遠慮なく一撃を加えます。


「うがぁ!」


「!?」


 発勁を叩き込もうとしましたが、アルキオネさんは力ずくで体勢を立て直し、斧を振り回して暴れました。
 乱雑な攻撃ですが、自分は意表をつかれ、発勁を打ち込もうとした腕を斧でへし折られてしまいます。


 急いで距離をとりますが、偶然の神様に見放されたのか、アルキオネさんの振り回す斧が自分の体に引っかかりました。


「捕らえたぞ!」


 いえ、偶然ではなかったです。
 アルキオネさんの思惑通りということですか。
 しかし自分もただでやられるつもりはありません。


「消し炭になれ!」


「今度こそ打たせて頂きます!」


 アルキオネさんの魔法が発動する直前に、自分がつきだした掌がアルキオネさんを捕らえ、発勁を打ち込むことに成功しました。


「がはっ!?」


「!?」


 発勁の一撃に耐えられなかったようで、アルキオネさんが吹き飛ばされて地面を転がります。
 対して、アルキオネさんの発動させた魔法により、斧から発せられた無数の火柱が自分に襲いかかりました。


 炎というよりも、それは溶岩のようでした。
 瞬く間に体が蒸発していく中、急いで治癒魔法と浄化魔法を発動させて自分を飲み込もうとしてくるアルキオネさんの魔法に対抗します。
 電撃に比べれば、まだマシな気もします。やはり生物にとって電撃の火傷は本能的に嫌がるもののようです。


「い、痛い…なんだ、これは…!?」


 アルキオネさんの方も、発勁がかなり効いている様子です。
 綺麗に入りましたからね。人に向けて打っていれば意識を刈り取ったり、内臓に後遺症を残しかねないレベルの強力な一撃です。効果がなかったら打つ手がなくなりますので、アルキオネさんに効いているのは僥倖と言えるでしょう。
 体勢が保てないらしく、手をついて立ち上がろうとしますが立ち上がれない状況です。


 自分の方は早々に浄化魔法と治癒魔法でアルキオネさんの魔法を取り除いたので、なんとかなります。
 ドジョウ先生を構えて、アルキオネさんに向けて槍を投げ飛ばそうとします。
 槍の利点といえば、やはり投げることができるということでしょう。
 ヨホホホホ。これで今度こそ決着です。


「では、ドジョウ先生お願いし–––––」


「地殻よ!」


「痛ったいであります!」


 油断大敵とは今の自分にふさわしい言葉と言えるでしょう。
 いえ、どちらかといえば慢心大敵でしょうか?
 まあ、どちらもふさわしいポンコツが自分という結論で決着とします。


 何が起きたのかと言いますと、ドジョウ先生を投げようとした自分に対して、アルキオネさんが地殻魔法を発動させて地面から石の杭を突き出して自分の足を串刺しにしてきたのです。
 おかげで自分はドジョウ先生を取り落としました。
 足の裏とは、地味に効く急所を狙ってきましたね。


「油断、したな…!」


「痛い痛い痛い痛いデス。チ、治癒魔法…」


 立ち上がれない中でも必死に手を打ち、自分のトドメの一撃を妨害することに成功したアルキオネさんは、発勁のダメージで息を途切れ途切れにしながらもしてやったりという表情をしています。
 対して自分はといえば、真面目に戦う気があるのかと突っ込まれても文句が言えない状態です。具体的に言いますと、治癒魔法を発動させつつ、足つぼマットの上を歩いているみたいなヨタヨタ歩きとなっています。


 ドジョウ先生を拾いあげようとしたところ、アルキオネさんがすかさず魔法を発動させました。


「させるかぁ! 爆ぜろ、発破魔法!」


「ブヘァ!?」


 アルキオネさんが発動させた発破魔法により、後頭部付近にて爆発が発生しまして、思い切り飛ばされた自分は顔面から、正確には烏天狗の面から地面に頭を突き刺してしまいました。
 90年代のリアクション芸人みたいな古臭い悲鳴をあげたことに関しては、あまり突っ込まないでいただければ助かります。
 カビ臭い死ね、と? つ、突っ込まないでください。今のはさすがにひどいリアクションだと、自分自身思っていますので。


「こんな、ところで…!」


 発勁を受けた腹部を抑えながら、アルキオネさんがゆっくりと起き上がります。
 しかし、立っているのもやっとという様子で、満身創痍の姿は気力でどうにかしていることが見て取れます。
 他人事じゃねえだろお前も似たようなもんじゃねえか、と? ヨホホホホ。自分は寄生魔法に慣れくらいはしましたので、立って戦うくらいはできますよ。ヨホホホホ。
 相変わらずムカつくやつだな、と? 全くもってその通りですよ。ヨホホホホ。


 自分もドジョウ先生を手に持ち、立ち上がります。
 烏天狗の面の中に砂が入っています。血と混じって、正直なところ相当気持ち悪いです。
 ヨホホホホ。それでも面を取るつもりはありませんけど。


「ハア、ハア…ウオオオォォォ!」


 ふらつく体を、地を踏みしめて支えながら立ったアルキオネさんは、空に向けて大きく咆哮を上げました。
 自らに喝を入れているようですが、発勁のダメージは気合で乗り越えられるほど甘いものではありませんよ。ヨホホホホ。


 斧を構え直し、アルキオネさんが自分と対峙します。
 肩で息をして、体は揺れており、今にも倒れそうですが、その目の戦意はいささかも衰えてはおりません。


「この身は、アルデバラン様に仕えし将帥の一角! 我が主人の名誉を汚さんとする敵に、負けるわけにはいかないのだ!」


 アルキオネさんは、忠義の将のようですね。
 それに自分としては真面目に戦っているつもりですが、はたから見たらふざけた戦いをしている自分は、その名誉と忠義を踏みにじろうとする悪ですね。
 ヨホホホホ。魔族相手でも自分は悪ですか。それは僥倖というものです。
 悪役上等、と言いますか…自分が正義だったら正義のあり方を問いたいところです。


 自分もまた、ドジョウ先生を構えます。
 圧倒的に不利と思われた戦況も、なんとか立て直しが効いてきました。
 リリクシーラに急ぎたいので、これで決着とします。
 アルキオネさんも全力の攻撃をしてくると思いますので。


「貴様をアルデバラン様の元になど行かせぬ! 石塊よ!」


 アルキオネさんが動きます。
 手にもつ斧に、アルキオネさんの発動させようとする魔法の準備としてか、大きな魔力が満ちていきます。
 溜めということでしょうか。


 それに対して、自分もまた、ドジョウ先生に魔力を通していきます。
 ユェクピモの邪法である赤い呪怨を乗っ取ったことで改変しているドジョウ先生ですが、その用途は心臓を破壊することに変わりはありません。治癒師の影響か、条件が揃わないと今はそれを使用できないのですが。
 とはいえ、単純に強化魔法を循環させて放り投げるだけでも大きな威力を発します。
 先ほどは見事に失敗しましたので、今度こそドジョウ先生を投擲するとしましょう。


「くたばれ! 激震魔法!」


「ドジョウ先生、お願いします!」


 岩塊を纏った大斧と、強化魔法を込めた迷槍が、それぞれの持ち手の手から同時に発射されました。
 回転して自分に迫るアルキオネさんの大斧は、さながらパンジャン–––––いえ、さながら岩の処刑器具です。
 対して自分の投げた迷槍ドジョウ先生は、一点を貫く槍です。


 先に敵に到達したのは、ドジョウ先生の方でした。
 アルキオネさんの膝を貫き、かろうじて立っていたアルキオネさんは倒れこみます。


「あぐっ!?」


 対して、自分は迫る大斧を防護魔法で受け止める–––––ことはせず、斧の動きを見切ってその柄を掴み取り地面に叩きつけて込められている力の全てを大地に逃しました。
 斧を打ち付けたはずなのに、メキシコの爆弾ハンマー祭りみたいな爆発を起こし、自分は反動で大きく飛ばされました。


「アベシッ!?」


 斧は地面に突き立ち、飛ばされた自分はアルキオネさんの近くに落ちました。
 そしてすぐに立ち上がると、ドジョウ先生を引き抜こうとしていたアルキオネさんのところまで近づいて、まだアルキオネさんの膝に刺さっているドジョウ先生の柄をつかみました。


「王手です」


「…チク、ショウ…!」


 アルキオネさんは、抵抗を諦めてドジョウ先生から手を離しました。

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