異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

14話

 海の上を走って歩いて、海峡を進むこと丸3日。
 回復魔法を使用しながら一度として立ち止まることなく走って走って、ようやく南の大陸が見えてきました。
 どうやら、あれが南方大陸で間違えないようです。
 ということは、神聖ヒアント帝国が近づいてきたということですな。
 地図によると、神聖ヒアント帝国は南方大陸の北に位置する国家です。
 現在は鎖国状態となり、魔族皇国を除く神国と他の人族国家のすべてとの国交を断絶していると言います。
 しかし、世界各地にスパイを派遣し、あらゆる情報を集めている人族最大の諜報機関を有しているとのことです。
 鎖国のために技術の進歩が停滞しており、他の人族の国々に比べて一段劣っているとかいないとか言いますが、港の様子を見る限りはそのような様子はないですね。そもそも他国の情報をかき集めている国が時代遅れになる可能性はほとんどないのでしょう。立場的には人族の裏切り者国家ですし、自衛手段を持つためにも他国の最新兵器の情報は欠かせないようです。


 …さて、鎖国ということはそれだけ海岸の警備も厳重ということです。
 要するに、湾に近づいた自分は、巡視船と思われる神聖ヒアント帝国の艦艇に見つかり、増援を呼ばれて神聖ヒアント帝国の海軍から逃げ回る事態となったのであります。
 穏やかな密入国を目指したつもりが、盛大な歓待を受けてしまいました。
 出てきていただいた以上は無碍にもできませんし、時間も余裕もないですが相手を務めさせていただきます。ヨホホホホ。
 というわけで、防護魔法を展開しながら砲火の飛び交う海上を歩いて行きます。
 自分、治癒師という職種柄のために軍艦を沈めるような攻撃手段がありませんので。こうして防護魔法を展開して敵の攻撃を防御しながら接近して、時限起動式の催眠ガス弾を艦内に放り投げていくことしかできないのであります。
 自分はあくまでもこの国と戦うためにではなく、ネスティアント帝国の味方になってもらうために来ただけですので。手荒い歓迎だろうと、手厚い歓迎だろうと、彼らを害するつもりはありませんとも。ヨホホホホ。
 睡眠ガスを大量にばらまいている時点ですでに害している、と? いえいえ、後遺症が残るようなガスは使用しておりません。
 ではお前の存在そのものが害悪だ、と? 『では』とは感心しませんね〜。そこは『ガス以前に』と言っていただかなければ。自分が害悪など、前提条件ではありませんか。ヨホホホホ。
 ガス弾ですが、一隻につき100発以上を放り投げていますので、ガスが艦上から溢れ出しています。水には溶けないので、海の生き物には影響を与えないと思いますが。
 結果、霧みたいになって来ました。湾内の視界は悪化の一途をたどっています。
 ヨホホホホ。はた迷惑なのはいつものことです。
 乗組員がことごとく眠ってしまった艦が事故を起こしているようですが、それは仕方のないことといいますか、盛大な歓迎に対する自分からのささやかなお礼というかなとで納得していただきましょう。
 ふざけんな、と? …御尤もです。


 とはいえ、海上の防衛線は突破することができました。
 ようやく南方大陸に上陸できそうですね。
 派手な歓待を神聖ヒアント帝国の艦隊に受けましたので、既に密入国しようにも陸地の防衛線も築かれているので一筋縄では行かせてもらえないようですが。ヨホホホホ。
 歓待と艦隊、なんていかがでしょうか? …いっきに気温が低下しましたね。


 ヨホホホホ。銃撃や大砲が響きますが、自分の防護魔法を突破することはできません。
 そして自分は一方的に睡眠ガスで攻撃できます。殺傷性はありませんけど。
 次々に陸上部隊も眠気に襲われて倒れていく中、自分は急ぎつつも大陸上陸を目指して進みます。
 客観的に見てみると、海から侵略してくる能面を被った化け物に手も足も出ない中で、自分たちの国の国土を守るために懸命に立ち向かってくる神聖ヒアント帝国の戦士達に対して、容赦なくガス弾を撒き散らして戦闘不能に追い込み、平然と大陸に向かう様は、完全に自分が悪役の絵面ですね。いつものことなので特に気にしませんけど。ヨホホホホ。


 人族はこの世界の3つの種族の中では最弱の種族ですから、魔族や天族に比べてこうも容易いというのは仕方のないことでしょう。自分はあくまでも勇者補正の力によって強大な存在にも立ち向える力を貸し与えられているにすぎませんから。
 しかし、人族に助けてもらうために召喚された勇者である自分が人族の軍勢と激突することになってしまうとは。よろしい事態ではないですね。ヨホホホホ。
 笑い事じゃない、と? ヨホホホホ。確かにそうですね。


「クソ…」


「おのれ…」


「侵略者め…」


 上陸に成功しました。
 周囲に倒れる兵士達の中で、まだ意識があった者達が口々に恨めしい視線を向けて悔しげに呻いています。
 それもすぐに終わりを迎え、静かになりますが。
 寝ているだけで生きていますよ。ヨホホホホ。
 周囲は倒れた兵士に覆われ、自分は上陸を果たしました。
 …本当に自分が悪役ですね、これは。ヨホホホホ。


 ガスも晴れてきました。
 帝都に向かうとしましょう。そこでアルデバラン様が待っています。


「…ッ」


 しかし、この脇腹にある寄生魔法ですが、地味に効きますな。
 慣れてきたつもりではあるのですが、少しばかり前から一瞬大きく広がる現象が不定期にやってきています。その痛みはかなりのもので、治癒魔法の行使を維持する集中が途切れてしまい、結果として寄生魔法の拡大を許してしまいます。
 ヨホホホホ。地味に効きますね。


 気を取り直して、進むとしましょう。
 そう思って上陸を果たしてからの一歩目を踏み出そうとした時でした。
 前方から、誰かが近づいてきます。
 1人2人ではなく、それなりの数の集団のようですね。気配から察するに、全員が人族のようです。
 魔族と戦うためにここまで来ているのですが、未だにこの寄生魔法を与えた魔族さん以外の魔族に出会っておりません。くるのは人族ばかりですね。
 思ったのですが、仮に神聖ヒアント帝国が自ら魔族の傀儡を望んで選んだのであれば、自分はそれを無理やり捻じ曲げさせるために来た本物の侵略者ですね。ベフーグュリのこと言えないではありませんか。ヨホホホホ。
 …おっと、失礼しました。彼はこの世界では迷宮の主人ユェクピモを名乗っていたのでしたね。ヨホホホホ。
 まあ、そのあたりの意思を確かめる意味でも帝都に向かう必要はありますね。
 まずはこのやってくる人族の増援の皆さんをどうにかしてからとしましょう。ヨホホホホ。


「ドジョウ先生、お願いします」


 背中に取り付けていたドジョウ先生が自分の言葉に応じるようにひとりでに動き、自分の手に収まりました。
 ヨホホホホ。やはり素晴らしい機能ですな、ドジョウ先生。持ち主に似ないとはこのことです。ヨホホホホ。
 この迷槍に見劣りせぬよう、持ち手である自分も精進しなければなりますまいて。ヨホホホホ。


 増援の人族は、以前のツヴァイク島に向かう途中にて遭遇した神聖ヒアント帝国軍に似た正規軍然とした軍装に統一された集団と、装備も規律もばらけていますが集団の動きの練度はその不統一な装備に反して高い練度を見せる集団の、2つの集団でした。
 先頭はそれぞれ、統一された集団の方が女性の騎士、不統一な集団の方が大柄で武人然とした男性の戦士です。
 …戦士というより将軍って雰囲気まとっている方ですが。後ろの集団の練度が低ければ、盗賊の頭目にしか見えません。強面ですね。


「貴様かぁ!」


 自分の周囲に無数の兵士が倒れているのを見た途端、女性騎士の方が激昂した様子で手に持つ銃をこちらに向けてきました。
 自分が殺戮したと思った様子です。
 …いや、まあ、どこからどう見てもそうなんですけど。
 ヨホホホホ。ご安心を。全員命に別状はありませんので。


 ただし、ここで撃たれてはそれこそ彼らの命が危ういので、防護魔法で壁を築きます。
 直後、発砲した女性騎士の銃撃が防護魔法に突き刺さりました。
 しかし、ここで予想外の事態がありました。
 思った以上に銃撃に威力があったので、展開した急場凌ぎの防護魔法を突破することができた銃弾が自分の足元にいる兵士めがけて飛んできたのです。
 ヨホホホホ。勘違いで殺されては彼が可哀想ですので、咄嗟に自分の足を前に出してその銃撃から兵士を庇います。
 幸い、弾は自分の脛を貫通できずに兵士に当たることはありませんでした。
 要するに自分の脛の中に玉が残ったわけですが、そこは治癒師の利点というものです。銃弾程度、浄化魔法と治癒魔法で即座になかったことにできます。ヨホホホホ。


「ヨホホホホ。残念でした、と言わせて頂き–––––」


「下衆が! 総員撃て!撃ち殺せ!」


 自分のセリフは虚しくも遮られ、女性騎士の号令で自分めがけて無数の銃弾が放たれてきました。
 ヨホホホホ。死んだ仲間の仇を討ちたいという気持ちはわかりますが、彼らはちゃんと生きております。これで一斉射撃をされては、大きな被害が出てしまうでしょう。
 仲間に殺されては彼らも報われないでしょうから、防護魔法を展開してそれを阻みます。
 ヨホホホホ。今度は防護魔法の強さも調整してありますので、簡単には抜かせません。


 防護魔法の向こう側で女性騎士の方が「おのれ!」と喚いている様子が見えます。
 隣の大柄な男性が止めようとしているみたいですね。しかし両集団は聞く耳持たずといった感じで、銃撃は止むことを知りません。
 盗賊の頭目みたいな男性の口の動きを見る限り…ヨホホホホ。分かりませんね。
 とりあえず、先ほどのような不測の事態で自分の防護魔法を貫かれるという可能性もありますし、人族の装備では抜けない防護魔法相手にだらだらとした攻防を続けるようではいずれ魔族の襲来の可能性も高まりますので、寝ているというか眠らせてしまった神聖ヒアント帝国の皆さんの安全を確保するためにも彼らには眠ってもらうことにします。
 というわけで、ガス弾を彼らの頭上に大量に精製して投下しようと思います。


「…ッ!」


 しかし、寄生魔法が暴れて不発となってしまいました。
 いきなりの激痛に、思わず顔をしかめてしまいます。
 まあ、烏天狗の面がありますのでその表情が相手に見えることはありませんけど、それよりも防護魔法の展開が疎かになってしまい、大きくその存在が揺れてしまいました。


「今だ!」


 そして、相手の司令官らしき銃を持っている女性騎士はその隙を見逃しませんでした。
 即座に銃を構えて、自分の烏天狗の面の眉間を正確に狙って、魔法による銃撃をしてきました。
 光弾が自分の額に直撃します。
 思わず吹っ飛んでしまいました。
 ヨホホホホ。脳を貫通したようです。
 念のためにと仕込んでおいた蘇生魔法のおかげで即座に復帰ができましたが、その一点に加わる衝撃に首がイカれるかと思いました。


 って、それどころではないですよね。
 防護魔法が完全に解除されて眠っている皆さんが危険にさらされる中に、一斉に銃撃が襲いかかります。
 狙っているのは自分だけのはずですけど、向こうの方々は自分の周囲に寝ている皆さんが既に事切れたと思っているらしく、流れ弾が味方に当たることなど考慮していない銃撃となっております。
 ヨホホホホ。惨事になるのは避けなければ、治癒師失格です。そもそも自分は何度もくどいようですけど人族を助けるために、ネスティアント帝国の皆さんに召喚されたのです。その自分が人族を危険にさらす、まして人族の同士討ちなど許してはならないでしょう。
 ネスティアント帝国で待っている仲間、世界に散らばって召喚された仲間の名誉のためにもです。
 そして、何より日本という平和な国で道徳を培ってきた1人の日本人として、異なる世界であろうとも人命を重んじる観点からも、見捨てる選択肢などありません。
 ヨホホホホ。ここは防護魔法を展開し直すのではなく、この職種にて扱える治癒師というよりも盾役が似合いそうな魔法でしのぎます。
 銃撃が迫る中で、自分は発動速度が取り柄である魔法にて、その魔法を発動しました。


 無数の銃弾が、その標的を突如として本来向けるべき相手である自分めがけて飛んできました。
 それはまるで磁石に吸い寄せられる砂鉄…表現悪いですね、これ。
 とにかく、自分の周囲で眠る神聖ヒアント帝国の兵士の皆さんには1発として当たることなく、その銃撃は全て復活したばかりの自分に直撃しました。
 物体だろうが現象だろうがなんだろうが、その標的を強制的に自分の身に向けさせる、いわゆる一種のヘイト稼ぎの魔法ですね。
 転嫁魔法。この魔法は、そう呼ばれることになっているそうです。


 ともかく、それでみなさんは何とか無事で、自分は蜂の巣状態になりました。
 ヨホホホホ。治癒魔法を全身に展開してすぐに修復します。
 そしてなんとかその一波をしのいだ自分は、防護魔法を展開し直しました。
 ヨホホホホ。さすがに焦りましたね。治癒魔法があるとはいえ、自分の不徳で誰かが死ぬのはやはり良いことではありませんから。女神様に授かったこの治癒師の職種の名折れとなりますし。


「…ッ! ヨホホホホ。この無様はなんとも情けなく、せっかくの一騎討ちのお誘いをしてくださったアルデバラン様に申し訳がないです」


 額に細い穴のできてしまった烏天狗の面を摩りながら、魔族皇国の元帥の1人であられるアルデバラン様に一騎討ちを申し込まれながら無様な状態の自分を反省つつ、再度ガス弾の生成を試みます。
 今度はうまくいきました。
 大量のガスが降り注ぎ、次々に神聖ヒアント帝国の増援の皆さんが眠りこけて倒れていきます。
 それに比例して、銃撃もおとなしくなっていきます。


 これでなんとか終わらせられるかな?とか思いましたが、そう簡単にはいきませんでした。


「フン!」


 それまで大人しくしていたはずの大柄な男性が、初めて動きました。
 隣にいた女性騎士の近くにより、巨大な剣を振り回して自分の蒔いた睡眠ガスを切り払ってしまったのです。
 2人を除いて全員を戦闘不能に追い込むことはできましたが、自分としては2人残ってしまいましたという感じです。
 ヨホホホホ。簡単には片付きませんが、それだけ人族の中にも強い御仁がいるということなのでしょう。
 防護魔法は解除され、残った女性騎士と盗賊の頭目みたいな大柄な男性との間を阻むものはなくなりました。
 女性騎士は後ろに倒れる味方を見て、憤ります。


 女性騎士が銃を構えます。


「よくもやってくれたな…私の部下達を! 絶対に許さない!」


 完全に眠らせた皆さんが毒を吸って殺されたと考えているようです。
 ヨホホホホ。面白そうですし、聞く耳持ってくれないでしょうし、そして何より訂正するためにしゃべることも結構辛いところがありますので、何も言い返さないでおくとしましょう。


 大柄な男性が剣を構えます。


「…決別したつもりの娘と肩を並べることができたとしても、儂はお前の存在を認めることはできない。世界のため、ここで討たせてもらう」


 …これは、なるほど。
 自分は神聖ヒアント帝国において相当な悪とされているようですね。
 2人は似ていないようですが、なるほど親娘ですか。
 何かしらの事情があるようですが、親娘が肩を並べて強大な敵に立ち向かうというのは良き光景ではありませんか。自分はそう思います。
 事情は知りませんので偉そうなことは言えませんけど。ヨホホホホ。


「…ッ。相手になりましょう」


 正直なところきついのでできればスルーしたいというのもありますけど、訳ありで引き裂かれている親娘がこうして肩を並べて戦える状況なのです。その敵役として指名を受けたのであれば、それをスルーするのはよろしいこととはいえないでしょう。
 ということで、相手をすることにします。
 自己紹介は省きます。正直、キツイので。
 ヨホホホホ。歳ですかね、自分。
 ドジョウ先生を構え、自分は人族の親娘と対峙しました。

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