異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

6話

 …島を目指すだけだというのに、なんでこうも色々な方の介入が立て続けに入ってくるのでしょうか?
 何かしらの思惑が巡っている気もしますが、魔族と繋がっていそうな現在絶賛向こうの海に浮かぶ艦隊の上で気絶中の神聖ヒアント帝国の海軍の皆さんと、明らかに神国の尖兵を名乗っているだろう現在戦闘している天族の軍勢の皆さんは、おそらく別口でしょう。
 魔族と天族の仲は最悪であると聞きますしね。ヨホホホホ。


 というわけで、ティアレナ氏の彼氏さんである天族の方に襲撃を受けた自分は、彼らの標的が自分の身であること。人族の皆さんは路傍の小石程度、巻き込んでも気にしないと考えていること。そういったことを感知して、ならばと防護魔法で足場を展開しながら、時折転属の兵士の方も足場に活用しながら、艦隊から距離をとって天族軍…いや神国軍と称するべきでしょうか。兎にも角にも彼らを誘導して艦隊から引き離し、近くにあった島に上陸してそこでの戦闘に移っていました。
 いや〜、考えてみたらこの上陸した島こそツヴァイク島に他ならなかったです。
 こんな近くまで来ていたんですね。徒歩で来たのですが。
 人間のくせに海上を歩く奴がいるか!と? 空飛んでる皆さんもいますし、海の上を歩くくらいなら不思議じゃないと思うのですが。ヨホホホホ。


 ツヴァイク島は深い森が存在する島です。
 海岸の岩場に上陸した自分は、とりあえず配下を置き去りにして先頭で突っ込んできた大将格らしきティアレナ氏の彼氏さんと目される天族の方を迎え撃ちます。


「錬鉄と造型の女神グレンダン…我が信仰を以って、その叡智の錬成を加護を賜らんことを…邪悪を払いし剣をここに! 召喚術式、ガラティン!」


 天族の方が、武器召喚の聖術を行使しました。
 その手に金色に輝く長剣が姿を現します。
 まさに名剣と呼ぶにふさわしい風格を持つ剣のようですね。
 こちらも自慢の逸品、迷槍ドジョウ先生を構えます。
 ヨホホホホ。名前はともかく(つけたの自分ですけど)、ユェクピモの扱う邪法赤い呪怨を槍に変えたこちらの世界を上回る世界に存在するはずだった好きなだけあり、性能は一級品ですとも。我ながら自信作というやつです。ヨホホホホ。


「ヨホホホホ。受けて立ちましょう」


「ティアレナを返せ、侵略者ぁ!」


 大きく振りかぶり、なおかつ空から降ってきたことによる強烈な名剣の一撃を、迷槍を用いて正面から受けます。
 大きな衝撃となり、周囲を吹き飛ばす暴風が吹き荒れます。
 ヨホホホホ。これは中々、凄まじい威力ですな。
 足場の岩が割れましたよ。ヨホホホホ。カクさんの攻撃みたいですね。
 とはいえ、勇者補正に強化魔法を加えた自分の力と、この迷槍ドジョウ先生の頑強さの前には、足場に亀裂を走らせるのが限界といったところでしょう。


「くっ…!」


 そして、力のこもった強烈な一撃を、足を地につけずに放つようならばその体制はひどく不安定となり、同時に大きな隙もできるというものです。
 ヨホホホホ。受け切れる自信があるならば、こうして正面から迎撃した方が即座に反撃行動に移れます。最悪、治癒魔法があるので受けきれずとも問題があるわけではありませんが。ヨホホホホ。
 そんなわけで、押しきれなかったティアレナ氏の彼氏さんと思われる天族の方の剣を、ドジョウ先生を使用していなして体勢をさらに崩して、そのがら空きとなった胴体に回し蹴りを叩き込んで海の方に蹴り飛ばしました。


「ぐあっ!?」


 天族の方は7回以上も水面に打ち付けられては、水切りの跳ねる石のようにポンポンと跳ねながら元気よく海の上を走って行きました。
 ヨホホホホ。面白い方ですね。


「ガヴリール様! おのれ!」


 ティアレナ氏の彼氏さんから大きく引き離されていた後続の天族軍の皆さんが受け止めて、海に落ちるには至らなかった様です。
 ティアレナ氏の彼氏さんはどうやら『ガヴリール』という名前のようです。
 ガヴリール氏は回し蹴りが大して効いていないらしく、受け止めて支えようとした天族の兵士達に八つ当たりして殴り飛ばし、また聖剣を手に突撃してきました。


「おのれ! ティアレナを…返せぇ!」


 ガヴリール氏が物凄い速さで自分に突撃して行ったため、後続で詠唱をしていた神国軍はガヴリール氏の背中に誤射することを恐れ、その詠唱を中断しました。
 何気なく指揮官が配下の攻撃を邪魔していますね。
 ガヴリール氏はティアレナ氏のことで冷静さを欠いているのでしょう。またも正面突撃一択という、脳筋思考の塊みたいな攻撃を仕掛けてきます。
 配下の神国軍も追いつこうとしますが、ガヴリール氏が速すぎるためにまたも距離を離されました。とはいえ、今度はガヴリール氏に続く形で突撃してくる程度の距離までは詰めています。
 防護魔法を展開して、ガヴリール氏の進路を妨害します。
 いつかのティアレナ氏の突撃同様に、防護魔法一枚でどうにかなるとは思っていません。
 この防護魔法の狙いは別です。


「そんなもので止められるか!」


 予想通り、ガヴリール氏はその防護魔法を剣で両断して難なく強行突破しました。
 しかし、強行突破したはいいものの、そこはすでに自分のドジョウ先生の間合いの目前でした。
 速度を緩めることなく突撃したガヴリール氏は、予想通り剣を振り下ろしてしまっており、またも隙だらけとなっています。
 その無防備となったガヴリール氏の顳顬こめかみに、ドジョウ先生の刃のある穂先ではなく石突きを使用し、打撃を加えて吹き飛ばしました。


「がっ!?」


 短い悲鳴をあげて、ガヴリール氏が飛ばされ、ぶつかった岩を次々に壊しながら森の仲へと消えて行きました。
 あれならばしばらくはまともに立てないと思います。
 その隙に、彼の配下との戦闘を済ませるとしましょう。


「ガヴリール様!」


 天族の兵士の多くの視線が吹き飛ばされたガヴリール氏の飛んで行った森の方角を向きます。
 気持ちはわかりますが、攻撃を邪魔していた上官がいなくなった好機に攻撃をしなければ、それは大きな隙となりますよ。ヨホホホホ。
 ドジョウ先生を投げます。
 投げやりの要領というよりは、ブーメランの要領ですね。直進して飛ばすのではなく、空飛ぶパンジャンドラムのように車輪のように回って飛んでいきます。


「ぐあっ!?」


「あガッ!?」


 パンジャンドラム版ドジョウ先生と名付けましょう。
 パンジャンドラム版ドジョウ先生は、進路に居座っていた天族の兵士達を次々に蹴散らし、なぎ払って進撃し、弧を描くようして進んだ後に自分の手元に帰ってきました。
 ドジョウ先生を道化師らしく無駄に格好つけてキャッチします。


「何だと…!?」


 いつの間にか杖を構えていた後衛が薙ぎ払われ、神国軍の陣形に大きな溝がえぐられていたことに、我に返った天族の兵士達が唖然とします。
 そんな彼らに対して、自分は指を上に向ける西洋風の手招きをしました。


「ヨホホホホ。天族というのはこの程度ですか? 待って差し上げますので、どこからでもかかってきてください」


 天族という種族はプライドが高く、畜生と同格であるはずと認識している人族に馬鹿にされることを何よりも忌み嫌うそうです。
 自分は異世界の勇者ですが、見た目はほとんど人族ですので、これは効果があるだろうという認識での挑発だったのですが、予想に反した反応をされました。


「ひい…!」


「む、無理だ…」


「あんなのに俺たちだけで勝てるはずが…」


 ガヴリール氏を易々と退けたことや、先ほどのパンジャンドラム攻撃で臆してしまったらしく、天族の兵士たちの戦意が萎びてしまったようです。
 予想外ですね。
 とはいえ、掛かって来てもらわなければこちらが困ります。海にいつ落ちるかもわからない会場の空中戦はしたくありません。
 なので、ティアレナ氏には申し訳ないのですが、この挑発をするとしましょう。


「イシシシシ…よろしいのですか? 自分をどうにかしなければ、ティアレナ氏の安全が脅かされますよ?」


 実際にはもうネスティアント帝国に預けてあるので、自分が今更どうこうできるわけでもないですし、その意思もないので単なる虚言ですが。
 しかし、効果は絶大だったようで、流石に同族を好き勝手されるのは我慢できなかったらしく、天族の皆さんの戦意が舞い戻ってきました。


「「「この…許すまじ!」」」


 剣や杖を構え、次々に天族の皆さんが突撃してきます。
 ヨホホホホ。僥倖ですね。


「そうこなくては」


 女性を拉致して、それを助けに来た皆さんを笑いながら迎え撃つとか、はたから見たら完全に自分が悪役の絵面です。
 まあ、道化の身の上ですので。自分にはこういう役回りの方が案外しっくりくるかもしれませんね。ヨホホホホ。




 30分ほどで天族軍は全員が戦闘不能に陥りました。
 ヨホホホホ。強化魔法、治癒魔法などは一切使用せずとも、この程度であれば勇者補正の恩恵により圧倒できましたね。
 神国軍の下級階層の力がこの程度であれば、正面からの戦闘でサブール王朝の皆さんがやられる可能性は低くなります。
 とはいえ、ますます洗脳などの計略の警戒感が増しますが。
 心配ですが、こちらを先に片付けるとしましょう。
 森の方から動けるようになったガヴリール氏が戻ってきました。
 そして、当初の連合海軍の方々が全員倒れている中で唯一立っている情景の繰り返し、全員が戦闘不能に追い込まれた状態の中で唯一立っている自分の姿を見た瞬間、顔色を…変えませんでした。


「おのれ…ティアレナを、返せ!」


 配下の心配はしなくていいのでしょうか?
 どうもガヴリール氏の頭の中にあるのは、彼女さんの心配ばかりのようです。
 ティアレナ氏が将来を誓い合うような中であれば、確かにそれが自然かもしれません。
 それが当然かもしれませんけど、さすがに、軍を率いる将ならば配下の兵士たちの心配もして差し上げましょうよ、なんて思います。
 まあ、恋は盲目と言いますし。自分も女神様にもしものことがあれば、あんな風になれる気がしますので人のことは言えません。
 …あれ? ここは人ではなく天使とか天族と称するべきでしょうか?


 戦闘中にこんな余計なことを考えられるのは、ガヴリール氏の攻撃が素早く重いものではあるものの、魔族の将帥たちに比べれば数段劣るものであるということ、そしてその攻撃自体が単調であることから対応がしやすいためです。
 剣を振りかぶって正面から突撃するしかしてきません。


「ティアレナを…返せ!」


 がむしゃらに振り回される剣戟を、ドジョウ先生を用いて往なし続けます。
 最初から自分の身には掠りもしませんが、ガヴリール氏は呼吸を整えることもせず、ひたすらに攻め立ててきます。
 単調で力任せな拙い攻撃ですが、その真剣な瞳は本気でティアレナ氏を取り戻したいという意思が、彼女のことを想っている感情が窺えます。
 その真剣な瞳に水を差すつもりではないのですが、ティアレナ氏のことを思い返すと、そこまでの感情を抱けるものでしょうか?という疑問が浮かびます。


 自分の記憶にあるティアレナ氏のことを思い返してみます。
 まず、アウシュビッツ群島列国の艦隊を魅了で操り襲来した時からですね。確か、初対面がそこでした。
 艦隊司令の魅了を解いた後に、空に出現したはずです。時刻は夜の帳の降りた海、今とほとんど差がない景色でした。


「あらあら、まさか勇者が出張るなんて。予想外はあなたの様ですわね」


 登場時は神秘的ともいえる不思議な雰囲気をまとっていた気がしたのですが、今思えば人族も勇者も見下していたことからわざわざ自ら姿をさらしてましたね。
 慢心は死亡フラグだという考え、アウシュビッツ群島列国の艦隊司令殿もそうですがこの世界に浸透していないのでしょうか?
 次は、言語を理解できることから中位階級の天族と推測した際に、自分たちの会話と関係なく言った台詞でしょうか。


「相変わらず無力で野蛮な下等生物ですこと」


 また慢心ですね。
 …この時点で、すでに残念な方だなという印象を抱いていました。
 その次はダッセエ–––––いえ、失礼しました。


 後は…


「ッ! 博愛と正義の–––––キャァッ!?」


「この、害獣風情が…よくも私に無様な声を上げさせて!」


「ゴミ屑風情のくせに、我らの許可なく天に駆け上がるな!」


「人族風情がぁ!」


「この…手グセの悪さだけは一級品のゴキブリがぁ!」


 …うん。もはや最初の傲慢ながらも落ち着いていた口調は音を立てて崩れていますね。
 というか、むしろこちらの方が素であると自分は思います。


「ふん、ゴミどもが! さっきと大差ない貴様らの攻撃が私に届くとでも思いまして!?」


「何をするかと思えば–––––んあ゛!?」


「ふえ〜! な、なんなのこれは!?」


「オエッ!? くっさ!」


「ホロホロ…ヒック! ウィ〜」


 ここまでくると、コメディ要素が強くなりすぎますね。
 杖をくすねる、催涙ガスを顔面に撃つ、硫黄臭をぶつける、スピリタスを喉に流し込む、などなど。やりたい放題の挑発行為をしましたので。
 命は無事ですが、プライドはかなり壊してしまいました。
 ヨホホホホ。…この残念な方にそこまで入れ込むとは、ガヴリール氏はとても一途な方なのでしょう。
 てめえの方がよほど残念だよ、と? いや〜、照れますな。自分がティアレナ氏を超える残念ぶりだというのですか。それはそれは、光栄極まりないです。ヨホホホホ。
 なんで喜ぶんだよ、と? 自分にとって、罵声と貶しは褒め言葉ですよ。ヨホホホホ。
 気持ち悪い、と? 変態仮面奇術師の異名は伊達ではありませんよ。気持ち悪いのは当たり前、むしろ気持ち悪くなかったら、その方の感性を疑いたくなります。ヨホホホホ。


「ティアレナ…すぐ、助けるからな!」


「助けるも何も…むしろお引き取り頂きたいと思う次第です」


「ふざけるな、貴様!」


 大ぶりの攻撃が来ました。
 しかし相変わらず単調な剣戟です。
 ドジョウ先生を用いて往なし、お返しにと発勁を叩き込みます。


「ヨホホホホ。隙だらけですよ」


「ぐぁぁあああ!?」


 腹に発勁の直撃を受け、ガヴリール氏の表情が一変んします。
 ガヴリール氏はたちまちそれまでの怒涛の攻めが嘘のように崩れ落ち、その場に膝をついてそのままうつ伏せの形で倒れこんでしまいました。
 ヨホホホホ。発勁は体の中身を引っ搔き回されるような衝撃が何度も繰り返し続く一撃です。慣れてなければ、受けた暁にはまともに立つこともできなくなるでしょう。
 ガヴリール氏も、また発勁を初めて受けたのでしょう。
 苦悶の表情を浮かべて倒れ、そのまま動けなくなってしまったようです。


「あ…あぐ…」


 目の焦点もろくに定まらないのでしょう。
 ティアレナ氏を助け出すという強い意志がなせることか、自分のことを睨みあげていますが、目が合いません。


「ティア…レナ…」


 焦点の定まらない目で、必死に彼女の名を口にします。
 それを見下ろす拉致した張本人の自分…は、完全に悪役の絵面ですね。
 何しろ能面被っているのです。犯罪臭を身に纏っています。
 ヨホホホホ。


 まあ、とりあえず天族の方はこれで実力行使ですが黙らせることには成功しました。
 血気盛んなのはいいことです。
 助けたい方のために必死になって戦う様も、また熱い展開なので自分は嫌いではありません。むしろ好印象を持っています。
 やめろ、と? そんなに自分に気に入られるのは嫌ですか? 嫌ですよね。分かりますとも、自覚のある変態ですから。ヨホホホホ。


 何が言いたいのかと言いますと、ガヴリール氏の奮闘に敬意を払いたいということです。
 ヨホホホホ。とりあえず、回復魔法をかけるとしましょう。
 自分で発勁を叩き込んでおきながら、それを治療して話を聞いてもらうとか、もはや詐欺師ですね、自分。ヨホホホホ。


 まあ、何はともあれ天族の皆さんがどうしてここにいるのかなど、話を聞いておきたいので。一番理解できるのはガヴリール氏でしょう。ティアレナ氏の無事を伝えれば話くらいは聞いてもらえる気がしますから。
 ガヴリール氏に回復魔法をかけようと近づきます。




 しかし、そこに横槍が入ってきました。


「ッ!」


 突如として、というかまるで狙い澄ませたかのように現れたその気配は、覚えのあるものでした。
 忘れようもありません。
 かつて、ソラメク王国とネスティアント帝国の国境の渓谷に築かれた城塞都市にて遭遇した、海藤氏に瀕死の重傷を負わせた魔族です。
 自分はすぐさまガヴリール氏を庇い、その前に防護魔法を展開して立ちふさがります。


「–––––脆い!」


 しかし、魔族の攻撃は自分の想定を上回り、たやすく防護魔法を貫き自分の体に投げつけた剣を突き刺しました。
 雷撃をまとった剣が突き刺さり、身体に対してその刺突攻撃と雷撃以外になんらかの魔法が発動して自分に流れ込んできます。


「な…」


 ガヴリール氏が自分を見て何かをつぶやいていますが、それに構う暇はありません。
 ガヴリール氏に回復魔法をかけ、剣を追って飛来してきた鎧姿の魔族にドジョウ先生の穂先を向けます。
 いえ、その前に剣を抜いてお返ししましょう。
 投げつけられた剣を、魔族は難なくつかみとると、そのまま切りつけてきました。


「死ね」


 予想外です。
 とはいえ、対応できないわけではありませんが。


「ヨホホホホ。先約がありますので、この命は譲れません。ご了承ください。ヨホホホホ」


 魔族の剣をドジョウ先生で受け止めつつ、アルデバラン様に申し込まれている一騎討ちを思いつつ、お断りをさせていただきます。
 そして治癒魔法を自分に発動させて、剣を抜いてもなお雷撃の走る傷口を修復していきます。
 しかし、傷は治せるのですが雷撃が止まりません。
 どうやら、なんらかの呪いの類でしょう。してやったりという笑みを魔族の剣士が浮かべましたので、正解のようです。
 ならばと浄化魔法を発動させようとした時でした。
 つばぜり合いになりながら、縦長の瞳孔が見える双眸を光らせた魔族の剣士が、唐突にこう言ってきました。


「その呪いを解いた場合、貴様がかつてフォーマルハウト元帥を退けた時に共闘したアウシュビッツ群島列国の海軍大将であるハルゼーがお前に接触するために送ろうとしていた若造を殺す」


「–––––それは、どういうことでしょうか?」


 ハルゼーという名は聞いたことがありませんが、無視していい案件でないことは即座にわかりました。
 この魔族の言うハルゼー大将が誰であるか、それはその前の魔族の剣士の言葉で合点がいったからです。
 アウシュビッツ群島列国の海軍大将と言えるような存在で自分が共闘した方は、1人しかいません。
 艦隊司令殿の遣い…それが人質に取られているということでしょうか?
 とにかく、自分は展開しようとしていた浄化魔法を中止しました。
 真偽がどうあれ、勇者である自分が人族の方の危機に際してその人命を危険にさらしかねないようなことはできません。


「…ふん。低俗な仲間意識を持つ貴様らは、虫唾が走る!」


「グハッ!」


 動揺してしまった自分の隙を魔族の剣士が見逃すはずもありませんでした。
 体を腕で貫かれ、力を失った自分はその場に倒れそうになります。
 治癒魔法を発動させでなんとか持ちこたえましたが、次の魔族の剣士の攻撃が迫っていました。


 絶体絶命のピンチですね。ヨホホホホ。
 …奥の手使いますか。蘇生魔法という奥の手を。


 肩口から深く袈裟状に切り裂かれ、殺されます。
 そして発動速度では引けを取りません、蘇生魔法の即時展開で自らを蘇らせます。


「ッ!?」


「ふっ!」


 攻撃直後に隙ができていた魔族の剣士に、発勁を打ち込みます。
 発勁を受けた魔族の剣士は大きく飛ばされて、地面に体を打ち付けました。


「おのれ…」


 忌々しいという目を最後に見せて、魔族の剣士はその場から転移魔法を駆使して立ち去りました。
 ビリビリと、雷撃が体を蝕んでいます。


『ハルゼーがお前に接触するために送ろうとした若造を殺す』


 魔族の剣士の言葉が脳裏に浮かびます。
 …撃退できたものの、呪いを受けてしまいしかも解除させてもらえなくなりました。
 罠にはまったようですね、自分。ヨホホホホ。

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