異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
30話
扉を用いて迷宮から脱出した自分は、そこで一足先にこちらの世界に戻っていた皆さんと合流を果たしました。
ユェクピモとの戦闘の際に別れた時より、さらにカクさんと江山さんと謎の女性を一行の面々に増やして、皆さんは戻ってきたことを実感していたようです。
「おや、皆さん。お早い帰還ですな」
茂みからひょっこり姿を現した自分に、皆さんは揃って驚きの表情を見せました。
エレオノーラ少将だけ驚いたというよりも、思い出したようです。
「あ、そういえば彼もいたのか」
「お久しぶりです、少将」
ヨホホホホ。忘れられていたようですな、自分。
エレオノーラ少将とのやりとりに、江山さんたちジカートヒリッツ社会主義共和国連邦から来た面々の皆さんが目を丸くして自分の方を見る。
「知り合いなのですか?」
「というか、だれっすか? この不気味なガッキーさん」
「君もこの世界に来ていたのか? 見るからに役立たずだが」
「六人部、分かって言っているだろ。というか、今までどこにいたんだよ!」
三者三様の反応に、加えて横からカクさんのツッコミが入ります。
自分はカクさんの周囲をいつの間にか皇女殿下もアンネローゼさんもいない女性たちで固められている光景にアルブレヒト氏に密告すれば面白くなりそうですな〜、という悪巧みを思い描きつつ、千里眼を通じてカクさんが怪我をしていることに気づきます。
江山さんとかカクさんの腕に抱きついていますし、ティルビッツ氏は面白そうに見ていますし。
というか、怪我人多いですね。
とりあえず、一定範囲にある対象に無条件で効能を与えるタイプの治癒魔法を発動させます。
「今回は自己紹介の前に治療だけさせていただきます。カクさん、立っているのもやっとではないのですか?」
「そ、そうなのか!?」
「佳久、怪我をしているのか!?」
自分の診断に、少将と江山さんが驚いた様子を見せます。
カクさん、背骨が壊れてますからね。それで体重を支えられているのが信じられません。さすがカクさんです。
治癒魔法を発動させたので、すでに修復済みですが。
「悪い、湯垣。助かった」
「ヨホホホホ。お気になさらずとも大丈夫です。それよりも隣の彼女さんを気にかけて下さい、心配していますよ」
心配をかけている江山さんの前に自分に声をかけるあたり、やっぱりカクさんなんだなと思います。こういうところは順番をわきまえないから、鈍いと言われるのです。ヨホホホホ。それがカクさんという人とも言えますけど。
自分の言葉に気づかされて、カクさんはハッとして江山さんたちに振り向きました。
「大丈夫だ。今、湯垣に治してもらったから、今は快調さ。命に別状もない。悪かった、心配かけて」
「い、いや…それならそれでいいんだ…」
江山さんが顔を赤くしてうつむきます。
先ほどのカクさんの顔を至近距離で見ては、乙女の反応をするのも無理はないでしょう。
この2人はこちらの世界に来る前から脈アリでお似合いだと思っていましたし、ようやく実ったという感じですね、周囲の人にとっては。
「この魔力…」
なぜか無傷だった江山さんはともかく、六人部さんの方は軽いけがをまたいくつか作っていました。女性なので、少しは気遣ったほうがいいとも思いますけど…って、それ以前に鬼崎さんの心労を減らせとか言われますよね。ヨホホホホ。
…いえ、本当に申し訳ないとは思っているのです。いるのですが、やめられないのです。なぜなら、面白いのですから!
最低だな、と? 当然でしょう。自分よりも底辺がいる世界はないと断言できます。これは譲れない確固たる信念! ヨホホホホ。
六人部さんの元に、ポルックス氏が近づいてきます。
「大丈夫デスカ?」
「あ、ポルルン…。ウチのこと心配してくれるんすか? 嬉しいっす」
ポルルンとは、六人部さんのあだ名は数が多いですね。
自分ですか? 自分は何故かガッキー呼ばわりです。
変態でも間抜けでも好きに呼んでいただいて結構なのですが、漢字はあまり使いたくないと六人部さんは自分のことをそう呼びます。
案外、これが一番上等な呼び名ですよね。他は基本的に罵倒ですから。ヨホホホホ。
「ポルルン…また、助けられたっすね。本当に、ありがとうっす」
「イエ、ワタシハ何モ。貴女自身ノ手デ、仲間トトモニコノ逆境ヲ乗リ越エタノデス。ソレハ、自ラヲ誇ルコトデアルト、ワタシハ考エマス」
「ポルルン…」
ヨホホホホ。六人部さんとポルックス氏も微笑ましいですな。
きっとソラメク王国に来る前にも何かあったと思いますが、今回の事件を通じて新たに強い絆が芽生えたと見えます。
やはり自分1人でユェクピモを担当して正解でした。
きっと、誰かが欠けていたら彼らなこんなハッピーエンドを迎えることはできなかったでしょうから。
江山さんたちとカクさん。六人部さんとポルックス氏。桃色空間が2つもできています。みなさん、事件の後なのに幸せそうな表情ですから何よりだと思います。ヨホホホホ。
微笑ましく眺めていると、ティルビッツ氏が近づいてきました。
「今回も我々は助けられてしまったようですね」
「ヨホホホホ。今回の功労者は自分よりも彼らですよ。みてください」
自分はこの世界の人間ではありません。
それでも、これを誰かに見て欲しいと強く思います。
自分が女神様から聞いた時、この世界は三つ巴の種族間における戦争が絶えませんでした。
時に魔族と人族が、時に人族と天族が、時にユェクピモのような侵食者がいました。
でも、そんなことを乗り越えてきて、目の前には小さくても大きな景色があります。
天族と、人族と、魔族と、そして住む世界も違う勇者が手を取り合って、戦って、立ち向かって、そして勝利をつかんで、敵であるはずの死神さえも助け出してきたのですから。
…死神? 謎の女性を見てとっさに思ったのですが、なんで死神? さすがにそれは失礼すぎますよね。ヨホホホホ。
…細かいことはいいですよね。良い光景ですから。その前に些事など関係ありません。ヨホホホホ。
「ヨホホホホ。住む世界が違う。種族が違う。それだけで話し合いの余地もなく戦争をしてきたのに、そんな彼らはふとしたきっかけで和解ができる。美しい光景だと、自分は思えます」
「…そうですね。私も、美しいと思えます」
うんうんとティルビッツ氏と頷きあいながら眺めていると、先ほどから何故か見知らぬし、東田さんの話にもなかったはずの謎の女性と目が合いました。
目があったと言っても、自分は面越しですけどね。ヨホホホホ。
女性は自分の手にある赤い槍に目を向けた瞬間、その方は顔を引き攣らせました。
「赤い呪怨…死者の汚れまでも…?」
彼女が声を発した直後、カクさんが驚いたようにポルックス氏の方に振り向きます。
「んん!? い、今、何か信じがたい声が聞こえた気がしたんだが…」
突然のカクさんの奇行に、江山さんとエレオノーラ少将が心配そうに顔を覗き込んでいます。
江山さんなんかカクさんの顔を両手で挟むと顔を赤くして、というか顔をおかしな色にして詰め寄ってます。
「佳久! 大丈夫か? 熱はないな、落ち着こう、何、私とキスすれば解決する」
「待て待て待て! お前が落ち着け、霖!」
「な、何をしているのだ、勇者殿!」
それにカクさんが別方向にびっくりして顔を赤くして混乱し、エレオノーラ少将が逆に江山さんに対して驚いて、すぐに止めに入りました。
「まず離れてもらいたい!」
「何故だ!?」
「勇者殿は皇女殿下だけのものだ!」
「助けてくれたのは嬉しいしそれを否定するつもりもないが、言い方考えろ!」
カクさんのところは賑やかでいいですな。
ヨホホホホ。何はともあれ、何だか謎の女性の視線が外れないのが怖いですが、一件落着ということで良いですよね?
とりあえず、東田さんのもとに向かうとしましょう。このことを報告して、駆けつけてもらう必要があります。
あと、アルブレヒト氏とアンネローゼさんも呼びましょう。絶対に面白いことになりますから。ヨホホホホ。主にカクさんが。
勝手にいなくなるのは自分の十八番ですので、さっさと消えてしまいます。
カクさんは一瞬気づくのが遅れてしまいた。
「湯垣? ティルビッツ! あのバカはどこに!?」
「湯垣殿ですか? 先ほど『カクさんが面白くなりそうなのでアルブレヒト氏とかも呼びに行ってきましょうか、ヨホホホホ』とつぶやきながら、ここを離れましたが?」
「ティルビーッツ!?」
…教えた後のカクさんの散々な目は、見ものでしたね。ヨホホホホ。
騒がしい日常に戻って何よりです。
ソラメク王国南部海岸地帯にて発生した事件が人知れずひと段落して、自分たちは陸奥に集まっていました。
江山さんと六人部さんも東田さんと感動の再会ができました。教えた後は目もくれずに東田さんたちはかけて行って、江山さんたちに泣きながら抱きついてましたね。仲間を失い続けた先で生還したことに対して、感無量だったのでしょう。
彼女たちの境遇を聞いた以上は放置もできません。ネスティアント帝国は同盟を結んだソラメク王国と共に占領されたジカートヒリッツ社会主義共和国連邦を奪還することに協力してくれるとのことになりました。リズ皇女殿下という大きな味方のおかげですね。助けてもらうために召喚した勇者によって起こされた事件の解決に手を借りることになり、申し訳ないと共に本当にありがたいことです。
協力を取り付けてもらい、江山さんたちは大変に喜んでおりました。以後、東田さんたちもネスティアント帝国の保護下になるそうです。
ポルックス氏とカストル氏とティアレナ氏に関しては、勇者たちとティルビッツ氏、それにジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の社会党元総裁であるウリヤノフ氏の嘆願もあり、リズ皇女とアルブレヒト氏の説得に成功しました。
そしてポルックス氏はここに来て江山さんたちと同行してきた目的に関して教えていただきました。
ポルックス氏によると、彼は人族との戦争のためではなく、ユェクピモのような異世界からの侵食者の存在を探るために人族大陸に来たと言います。
「事ノ発端ハ、皇国ニテ起キタ『ガヴタタリ』ノ襲来デス。奴ヲ撃退シタ際ニ、人族ノ大陸ニテ『ユェクピモ』ヲ含メタ複数ノ異世界ヨリノ侵食者ニ関スル存在ヲ聞キ、ソノ調査ニ来マシタ」
簡単に教えてくれましたが、曰く人族も無視できない案件だからとの事です。
確かにそうでした。
ポルックス氏の情報提供から、さらにジカートヒリッツ社会主義共和国連邦にもその存在を確認しています。ポルックス氏がザンドベルクにいたのはそれが理由との事です。
しかし、現状のジカートヒリッツ社会主義共和国連邦は占領前よりも調査ができない状況にあり、その打開案として江山さんたちに手を貸したのだと言います。
「我々ノ目的ノタメニ、ワタシハ皆サンヲ利用シヨウトシテイマス。取リ繕オウトシテモ、コノ事実ハ、変ワリマセン。皆サン、許サレル事デハアリマセンガ、謝罪ヲシマス」
この言葉でポルックス氏のできた人柄…いえ魔族柄? まあどちらにせよ、その性格を知る事ができました。もちろん、江山さんたちは恨んでなどいない、むしろ感謝しているくらいだとポルックス氏の事を一層信頼したようにも思えます。
当然、ポルックス氏の事に関してもネスティアント帝国は無視できない案件として取り扱い、座天使という高い地位にあった天族の方、名前をティアレナさんという天族の方とも協議した末に、クロノス神の敵対者である異世界の侵食者に対抗するために少ない範囲ではありますが3つの種族の共同戦線を展開していく事で合意しました。
ヨホホホホ。いがみ合ってきた種族がまとまった瞬間は、非常に良い景色でした。
唯一の汚点が見るな、と? 見るくらいは良いのでは? え、ダメですか?
謎の女性に関しては、あの迷宮に取り残されていた人だと六人部さんから説明されました。
あれから会っていませんけど、どうしてかあの方の赤い槍に向けていた目線が気になります。
赤い呪怨を知っていたという可能性もありますね。
カクさんたちがあの迷宮で戦った相手は知りませんが、おそらくはユェクピモに並ぶ強敵でしょう。あの迷宮に取り残してきたそうですが、確実に今も生きているはずだとカクさんと江山さんは断言しています。
ひとまず陸奥に戻った自分は、カクさんに新しい槍をお願いする必要もなくなったので、赤い呪怨を捻じ曲げて作った槍に『ドジョウ先生』と名付けました。
今は本来の旅の目的であるソラメク王国子爵領復興区に向けて出発する準備が整うまでの間をこの街で過ごす事となっています。
つかの間の平穏に感じるのは、不吉の予兆というものかもしれません。
陸奥の借りている船室に久しぶりに戻ろうとしたのですが、いつの間にか六人部さんとポルックス氏用に変更されていました。素でエレオノーラ少将に忘れられた結果ですな、ヨホホホホ。部屋を無くしたので残念ながら自分は甲板にて外の景色を眺めています。
月があり、照らされた夜の海面を眺めるだけですが。
「……………」
夜の海を眺めていると、あの超巨大アノマロカリスを相手取った海戦を思い出します。
アウシュビッツ群島列国の皆さんは元気にしているでしょうか?
神聖ヒアント帝国の艦隊はアウシュビッツ群島列国が捕虜の名目で保護しています。神聖ヒアント帝国は魔族の手の内にありますし、油断はできません。
そして、ティアレナさんとの接敵の際に知りましたが、天族にも洗脳する術があります。天族との戦端が開かれないというサブール王朝には他の勇者が召喚されていますし、心配ですね。
単純に人族を守りながら魔族と戦えば良いと思っていた勇者の役割ですが、この世界はそこまで単純な立ち位置を許さないようです。異世界より来る侵蝕者、浅利さんに占領されたジカートヒリッツ社会主義共和国連邦とそこに残るクラスメイトの雪城さん、魔族の傀儡国家となっている神聖ヒアント帝国、ソラメク王国からカクさんに対してのみ聞こえるという助けを求める謎の声、子爵領と城塞都市における未だに行方不明の皆さん、サブール王朝における勇者の安否状況…あげてみれば問題は山積みですね。
それでも、自分は仲間を守るために、1人でも生還させるためにできる事をやるだけです。
ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦の事件を聞いて、手の届く範囲でという区切りなどつけていられないという事は実感しました。
口先だけでも全員死なせないとか理想を語っていなければ、本当に実現などできないでしょう。
その為にやるべきは、まずなんとかして雪城さんの安否を確かめる事でしょうか。
どうにかして情報を集められないものかと考えています。
その時、ふと思いました。
「…転移魔法。あれ、使えないでしょうか?」
ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦に潜入する為に、転移魔法があります。
それを手っ取り早く可能とするには、村上氏にワープできる船を…操舵が分からないし目立ちますよね。
ならば協力者を募るべきでしょうか。
自分の知る限り、それを扱える方は…アルデバラン様が使えたはずです。
ポルックス氏を通じて頼んでみるべきかと思案していたところに、背後からカストル氏がやってきました。
そういえば、カストル氏も使えたと聞いています。
ちょうど良いところに来ていただきました。
「ヨホホホホ。今宵は冷えますな〜」
「…メッセージ有」
何気なく声をかけた自分に、それだけ告げると、1つの紙を渡して消えてしまいました。
ヨホホホホ…。残念ですね。
そう思いつつ、カストル氏が渡した紙を開きます。
「!?」
その内容を見た時、自分はおもわず驚きました。
ユェクピモとの戦闘の際に別れた時より、さらにカクさんと江山さんと謎の女性を一行の面々に増やして、皆さんは戻ってきたことを実感していたようです。
「おや、皆さん。お早い帰還ですな」
茂みからひょっこり姿を現した自分に、皆さんは揃って驚きの表情を見せました。
エレオノーラ少将だけ驚いたというよりも、思い出したようです。
「あ、そういえば彼もいたのか」
「お久しぶりです、少将」
ヨホホホホ。忘れられていたようですな、自分。
エレオノーラ少将とのやりとりに、江山さんたちジカートヒリッツ社会主義共和国連邦から来た面々の皆さんが目を丸くして自分の方を見る。
「知り合いなのですか?」
「というか、だれっすか? この不気味なガッキーさん」
「君もこの世界に来ていたのか? 見るからに役立たずだが」
「六人部、分かって言っているだろ。というか、今までどこにいたんだよ!」
三者三様の反応に、加えて横からカクさんのツッコミが入ります。
自分はカクさんの周囲をいつの間にか皇女殿下もアンネローゼさんもいない女性たちで固められている光景にアルブレヒト氏に密告すれば面白くなりそうですな〜、という悪巧みを思い描きつつ、千里眼を通じてカクさんが怪我をしていることに気づきます。
江山さんとかカクさんの腕に抱きついていますし、ティルビッツ氏は面白そうに見ていますし。
というか、怪我人多いですね。
とりあえず、一定範囲にある対象に無条件で効能を与えるタイプの治癒魔法を発動させます。
「今回は自己紹介の前に治療だけさせていただきます。カクさん、立っているのもやっとではないのですか?」
「そ、そうなのか!?」
「佳久、怪我をしているのか!?」
自分の診断に、少将と江山さんが驚いた様子を見せます。
カクさん、背骨が壊れてますからね。それで体重を支えられているのが信じられません。さすがカクさんです。
治癒魔法を発動させたので、すでに修復済みですが。
「悪い、湯垣。助かった」
「ヨホホホホ。お気になさらずとも大丈夫です。それよりも隣の彼女さんを気にかけて下さい、心配していますよ」
心配をかけている江山さんの前に自分に声をかけるあたり、やっぱりカクさんなんだなと思います。こういうところは順番をわきまえないから、鈍いと言われるのです。ヨホホホホ。それがカクさんという人とも言えますけど。
自分の言葉に気づかされて、カクさんはハッとして江山さんたちに振り向きました。
「大丈夫だ。今、湯垣に治してもらったから、今は快調さ。命に別状もない。悪かった、心配かけて」
「い、いや…それならそれでいいんだ…」
江山さんが顔を赤くしてうつむきます。
先ほどのカクさんの顔を至近距離で見ては、乙女の反応をするのも無理はないでしょう。
この2人はこちらの世界に来る前から脈アリでお似合いだと思っていましたし、ようやく実ったという感じですね、周囲の人にとっては。
「この魔力…」
なぜか無傷だった江山さんはともかく、六人部さんの方は軽いけがをまたいくつか作っていました。女性なので、少しは気遣ったほうがいいとも思いますけど…って、それ以前に鬼崎さんの心労を減らせとか言われますよね。ヨホホホホ。
…いえ、本当に申し訳ないとは思っているのです。いるのですが、やめられないのです。なぜなら、面白いのですから!
最低だな、と? 当然でしょう。自分よりも底辺がいる世界はないと断言できます。これは譲れない確固たる信念! ヨホホホホ。
六人部さんの元に、ポルックス氏が近づいてきます。
「大丈夫デスカ?」
「あ、ポルルン…。ウチのこと心配してくれるんすか? 嬉しいっす」
ポルルンとは、六人部さんのあだ名は数が多いですね。
自分ですか? 自分は何故かガッキー呼ばわりです。
変態でも間抜けでも好きに呼んでいただいて結構なのですが、漢字はあまり使いたくないと六人部さんは自分のことをそう呼びます。
案外、これが一番上等な呼び名ですよね。他は基本的に罵倒ですから。ヨホホホホ。
「ポルルン…また、助けられたっすね。本当に、ありがとうっす」
「イエ、ワタシハ何モ。貴女自身ノ手デ、仲間トトモニコノ逆境ヲ乗リ越エタノデス。ソレハ、自ラヲ誇ルコトデアルト、ワタシハ考エマス」
「ポルルン…」
ヨホホホホ。六人部さんとポルックス氏も微笑ましいですな。
きっとソラメク王国に来る前にも何かあったと思いますが、今回の事件を通じて新たに強い絆が芽生えたと見えます。
やはり自分1人でユェクピモを担当して正解でした。
きっと、誰かが欠けていたら彼らなこんなハッピーエンドを迎えることはできなかったでしょうから。
江山さんたちとカクさん。六人部さんとポルックス氏。桃色空間が2つもできています。みなさん、事件の後なのに幸せそうな表情ですから何よりだと思います。ヨホホホホ。
微笑ましく眺めていると、ティルビッツ氏が近づいてきました。
「今回も我々は助けられてしまったようですね」
「ヨホホホホ。今回の功労者は自分よりも彼らですよ。みてください」
自分はこの世界の人間ではありません。
それでも、これを誰かに見て欲しいと強く思います。
自分が女神様から聞いた時、この世界は三つ巴の種族間における戦争が絶えませんでした。
時に魔族と人族が、時に人族と天族が、時にユェクピモのような侵食者がいました。
でも、そんなことを乗り越えてきて、目の前には小さくても大きな景色があります。
天族と、人族と、魔族と、そして住む世界も違う勇者が手を取り合って、戦って、立ち向かって、そして勝利をつかんで、敵であるはずの死神さえも助け出してきたのですから。
…死神? 謎の女性を見てとっさに思ったのですが、なんで死神? さすがにそれは失礼すぎますよね。ヨホホホホ。
…細かいことはいいですよね。良い光景ですから。その前に些事など関係ありません。ヨホホホホ。
「ヨホホホホ。住む世界が違う。種族が違う。それだけで話し合いの余地もなく戦争をしてきたのに、そんな彼らはふとしたきっかけで和解ができる。美しい光景だと、自分は思えます」
「…そうですね。私も、美しいと思えます」
うんうんとティルビッツ氏と頷きあいながら眺めていると、先ほどから何故か見知らぬし、東田さんの話にもなかったはずの謎の女性と目が合いました。
目があったと言っても、自分は面越しですけどね。ヨホホホホ。
女性は自分の手にある赤い槍に目を向けた瞬間、その方は顔を引き攣らせました。
「赤い呪怨…死者の汚れまでも…?」
彼女が声を発した直後、カクさんが驚いたようにポルックス氏の方に振り向きます。
「んん!? い、今、何か信じがたい声が聞こえた気がしたんだが…」
突然のカクさんの奇行に、江山さんとエレオノーラ少将が心配そうに顔を覗き込んでいます。
江山さんなんかカクさんの顔を両手で挟むと顔を赤くして、というか顔をおかしな色にして詰め寄ってます。
「佳久! 大丈夫か? 熱はないな、落ち着こう、何、私とキスすれば解決する」
「待て待て待て! お前が落ち着け、霖!」
「な、何をしているのだ、勇者殿!」
それにカクさんが別方向にびっくりして顔を赤くして混乱し、エレオノーラ少将が逆に江山さんに対して驚いて、すぐに止めに入りました。
「まず離れてもらいたい!」
「何故だ!?」
「勇者殿は皇女殿下だけのものだ!」
「助けてくれたのは嬉しいしそれを否定するつもりもないが、言い方考えろ!」
カクさんのところは賑やかでいいですな。
ヨホホホホ。何はともあれ、何だか謎の女性の視線が外れないのが怖いですが、一件落着ということで良いですよね?
とりあえず、東田さんのもとに向かうとしましょう。このことを報告して、駆けつけてもらう必要があります。
あと、アルブレヒト氏とアンネローゼさんも呼びましょう。絶対に面白いことになりますから。ヨホホホホ。主にカクさんが。
勝手にいなくなるのは自分の十八番ですので、さっさと消えてしまいます。
カクさんは一瞬気づくのが遅れてしまいた。
「湯垣? ティルビッツ! あのバカはどこに!?」
「湯垣殿ですか? 先ほど『カクさんが面白くなりそうなのでアルブレヒト氏とかも呼びに行ってきましょうか、ヨホホホホ』とつぶやきながら、ここを離れましたが?」
「ティルビーッツ!?」
…教えた後のカクさんの散々な目は、見ものでしたね。ヨホホホホ。
騒がしい日常に戻って何よりです。
ソラメク王国南部海岸地帯にて発生した事件が人知れずひと段落して、自分たちは陸奥に集まっていました。
江山さんと六人部さんも東田さんと感動の再会ができました。教えた後は目もくれずに東田さんたちはかけて行って、江山さんたちに泣きながら抱きついてましたね。仲間を失い続けた先で生還したことに対して、感無量だったのでしょう。
彼女たちの境遇を聞いた以上は放置もできません。ネスティアント帝国は同盟を結んだソラメク王国と共に占領されたジカートヒリッツ社会主義共和国連邦を奪還することに協力してくれるとのことになりました。リズ皇女殿下という大きな味方のおかげですね。助けてもらうために召喚した勇者によって起こされた事件の解決に手を借りることになり、申し訳ないと共に本当にありがたいことです。
協力を取り付けてもらい、江山さんたちは大変に喜んでおりました。以後、東田さんたちもネスティアント帝国の保護下になるそうです。
ポルックス氏とカストル氏とティアレナ氏に関しては、勇者たちとティルビッツ氏、それにジカートリヒッツ社会主義共和国連邦の社会党元総裁であるウリヤノフ氏の嘆願もあり、リズ皇女とアルブレヒト氏の説得に成功しました。
そしてポルックス氏はここに来て江山さんたちと同行してきた目的に関して教えていただきました。
ポルックス氏によると、彼は人族との戦争のためではなく、ユェクピモのような異世界からの侵食者の存在を探るために人族大陸に来たと言います。
「事ノ発端ハ、皇国ニテ起キタ『ガヴタタリ』ノ襲来デス。奴ヲ撃退シタ際ニ、人族ノ大陸ニテ『ユェクピモ』ヲ含メタ複数ノ異世界ヨリノ侵食者ニ関スル存在ヲ聞キ、ソノ調査ニ来マシタ」
簡単に教えてくれましたが、曰く人族も無視できない案件だからとの事です。
確かにそうでした。
ポルックス氏の情報提供から、さらにジカートヒリッツ社会主義共和国連邦にもその存在を確認しています。ポルックス氏がザンドベルクにいたのはそれが理由との事です。
しかし、現状のジカートヒリッツ社会主義共和国連邦は占領前よりも調査ができない状況にあり、その打開案として江山さんたちに手を貸したのだと言います。
「我々ノ目的ノタメニ、ワタシハ皆サンヲ利用シヨウトシテイマス。取リ繕オウトシテモ、コノ事実ハ、変ワリマセン。皆サン、許サレル事デハアリマセンガ、謝罪ヲシマス」
この言葉でポルックス氏のできた人柄…いえ魔族柄? まあどちらにせよ、その性格を知る事ができました。もちろん、江山さんたちは恨んでなどいない、むしろ感謝しているくらいだとポルックス氏の事を一層信頼したようにも思えます。
当然、ポルックス氏の事に関してもネスティアント帝国は無視できない案件として取り扱い、座天使という高い地位にあった天族の方、名前をティアレナさんという天族の方とも協議した末に、クロノス神の敵対者である異世界の侵食者に対抗するために少ない範囲ではありますが3つの種族の共同戦線を展開していく事で合意しました。
ヨホホホホ。いがみ合ってきた種族がまとまった瞬間は、非常に良い景色でした。
唯一の汚点が見るな、と? 見るくらいは良いのでは? え、ダメですか?
謎の女性に関しては、あの迷宮に取り残されていた人だと六人部さんから説明されました。
あれから会っていませんけど、どうしてかあの方の赤い槍に向けていた目線が気になります。
赤い呪怨を知っていたという可能性もありますね。
カクさんたちがあの迷宮で戦った相手は知りませんが、おそらくはユェクピモに並ぶ強敵でしょう。あの迷宮に取り残してきたそうですが、確実に今も生きているはずだとカクさんと江山さんは断言しています。
ひとまず陸奥に戻った自分は、カクさんに新しい槍をお願いする必要もなくなったので、赤い呪怨を捻じ曲げて作った槍に『ドジョウ先生』と名付けました。
今は本来の旅の目的であるソラメク王国子爵領復興区に向けて出発する準備が整うまでの間をこの街で過ごす事となっています。
つかの間の平穏に感じるのは、不吉の予兆というものかもしれません。
陸奥の借りている船室に久しぶりに戻ろうとしたのですが、いつの間にか六人部さんとポルックス氏用に変更されていました。素でエレオノーラ少将に忘れられた結果ですな、ヨホホホホ。部屋を無くしたので残念ながら自分は甲板にて外の景色を眺めています。
月があり、照らされた夜の海面を眺めるだけですが。
「……………」
夜の海を眺めていると、あの超巨大アノマロカリスを相手取った海戦を思い出します。
アウシュビッツ群島列国の皆さんは元気にしているでしょうか?
神聖ヒアント帝国の艦隊はアウシュビッツ群島列国が捕虜の名目で保護しています。神聖ヒアント帝国は魔族の手の内にありますし、油断はできません。
そして、ティアレナさんとの接敵の際に知りましたが、天族にも洗脳する術があります。天族との戦端が開かれないというサブール王朝には他の勇者が召喚されていますし、心配ですね。
単純に人族を守りながら魔族と戦えば良いと思っていた勇者の役割ですが、この世界はそこまで単純な立ち位置を許さないようです。異世界より来る侵蝕者、浅利さんに占領されたジカートヒリッツ社会主義共和国連邦とそこに残るクラスメイトの雪城さん、魔族の傀儡国家となっている神聖ヒアント帝国、ソラメク王国からカクさんに対してのみ聞こえるという助けを求める謎の声、子爵領と城塞都市における未だに行方不明の皆さん、サブール王朝における勇者の安否状況…あげてみれば問題は山積みですね。
それでも、自分は仲間を守るために、1人でも生還させるためにできる事をやるだけです。
ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦の事件を聞いて、手の届く範囲でという区切りなどつけていられないという事は実感しました。
口先だけでも全員死なせないとか理想を語っていなければ、本当に実現などできないでしょう。
その為にやるべきは、まずなんとかして雪城さんの安否を確かめる事でしょうか。
どうにかして情報を集められないものかと考えています。
その時、ふと思いました。
「…転移魔法。あれ、使えないでしょうか?」
ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦に潜入する為に、転移魔法があります。
それを手っ取り早く可能とするには、村上氏にワープできる船を…操舵が分からないし目立ちますよね。
ならば協力者を募るべきでしょうか。
自分の知る限り、それを扱える方は…アルデバラン様が使えたはずです。
ポルックス氏を通じて頼んでみるべきかと思案していたところに、背後からカストル氏がやってきました。
そういえば、カストル氏も使えたと聞いています。
ちょうど良いところに来ていただきました。
「ヨホホホホ。今宵は冷えますな〜」
「…メッセージ有」
何気なく声をかけた自分に、それだけ告げると、1つの紙を渡して消えてしまいました。
ヨホホホホ…。残念ですね。
そう思いつつ、カストル氏が渡した紙を開きます。
「!?」
その内容を見た時、自分はおもわず驚きました。
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