異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

21話

 








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 消耗のしすぎにより形態を維持できなくなったフォーマルハウトは、今は人族に近い魔力消費の少なくてすむ形態に変更し、ヨルムンガンドの上で魔族皇国までの帰路を進んでいた。
 神聖ヒアント帝国に入り込み、彼の国を動かして漸くこじつけた今回の侵攻作戦であったが、出陣した隙をついて天族により神聖ヒアント帝国を奪い取られ、今回投入した侵攻軍によりその天族を追いかけて大陸もろとも消してしまおうと考えていた計画も、見事にご破算となってしまった。
 結果、侵攻軍は食い止められ、神聖ヒアント帝国も件の天族を下した勇者が間接的とはいえ解放して見せて、あの国の一部を取り返され、乗っ取っていたという事態を露見させてしまった。これ以降は、神聖ヒアント帝国に対して介入が起きるだろう。
 最大の誤算は智天使階級の天族の介入であったが、それと並ぶ誤算はやはりあの勇者の存在であった。
 ソラメク王国におけるアンタレスの用いた転移魔法による補給線や経路を無視した戦力投入と拡大政策を阻止された事により、魔族においてはネスティアント帝国に召喚された勇者の脅威認定が大きく更新された。
 その勇者が南の海峡に来ているという情報から、アンタレスの配下であるシュラタンを通して同じ魔族皇国の元帥の地位を占めるアルデバランに奇襲攻撃を要請したのだが、これは勇者の1人の妨害により頓挫。そもそも一騎討ちが大好きな脳筋のアルデバランに頼んだのが間違えかもしれなかったものの、自由に動けてなおかつ転移魔法を使える条件に該当する元帥はアルデバランしかいなかったのである。
 それでも彼女は元帥の一角。勇者の1人くらいは討ち取ってくれるのではと思いきや、どちらの勇者にも逃げられてしまうという結果となった。
 それでも手負いだろうと踏んで、アンタレスの計画が頓挫した事を知らない状態でソラメク王国ごと潰そうと考えていたらしい智天使の天族を当て馬として勇者との共倒れを狙ったのだが、それも失敗した様子。
 最終手段としてフォーマルハウト自らが攻めたはいいものの、こうして大きく消耗して情けない撤退を選択させられてしまった。


「散々だったキュイ。あの勇者の力を完全に見誤っていたキュイ」


 アルデバランの言うには、あれでも戦闘能力においては一番の雑魚を名乗っていたというのだから、他の勇者がどれほどのものかを想像すると戦略を大きく見直す必要がある。
 語尾に変なクセがついているフォーマルハウトだが、そのふざけているとみられても仕方のない態度と外見に反して、これでも火力で言うならば魔族皇国最強の存在である。
 最盛期はすべて埋まっていた79元帥級の座も、今となってはようやく21が揃った程度。それもシリウス、アンタレス、ベガの3名を除いた全てが現皇主と同世代の若い存在である。かつての魔族の元帥の多くは、大戦期に戦死してしまった。
 魔族の戦力は、最盛期と比べてはるかに劣っている。
 フォーマルハウトはその中でも最も若い元帥である。実力こそあれ、実戦というものをまるで経験してなかったからこそ、こうした不測の事態の対応がどうしても後手に回りなおかつ稚拙なものとなってしまったのである。


 フォーマルハウトは若い個体と言うだけあり、人族の技術力を目の当たりにして、今まで通りの戦いでは魔族が勝てない事を察していた。
 だからこそ、こうした奇抜な戦術を取り入れたのだが、結局それでも届かなかった事を思い知らされる結果となった。
 フォーマルハウト自身はさして人族を見下してはおらず、むしろ魔族にとって天族以上の脅威に成長する可能性を秘めた種族だと考えている。
 そのため、人族と戦い敗北を経験した事を想定外だとか偶然だとか部下の無能だとはせず、しっかりと己の敗北として受け入れて糧とする事を厭わない、魔族の中でも特別な考えの持ち主であった。


「とりあえず、アンタレス公に今回の事を報告しなきゃならないキュイ。人族が国を分けている今だからこそ、勇者のいない国から地道に裏工作で侵略したほうが効果的だキュイ」


 疲労から、フォーマルハウトは目を閉ざす。
 その中で、対峙したあの勇者の事を思い浮かべていた。


〔仮面で素顔を隠した勇者キュイ…。異世界から呼ばれる人族というのは、あそこまでの存在なのかキュイ? 能力というよりも、戦闘になろうとも冷静に最適解を導くあの思考が脅威に感じるキュイ〕


 そして何と言っても素顔を隠しているのが、フォーマルハウトには不気味に思えた。


〔人族だけでもかなりの手強い敵だキュイ。なのにあんな勇者を呼ばれては…魔族単体では勝てないかもしれないキュイ。ベガ公とカノープス公は絶対に反対するだろうし、他の元帥にも多分受け入れてもらえ無いけど、天族との講和を模索する必要があるかもしれないキュイ〕


 フォーマルハウトは、戦略の見直しを眠りながらも開始していた。










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 ソラメク王国南部海岸地帯。
 陸奥の停泊するその港町で、外務次官からの同盟締結と慰霊碑参列の許可に関する可否の報告を待つ北郷達の一行。
 そんな彼らの元に、予想外の客が訪れたのは、ソラメク王国南部海岸地帯の到達の翌日だった。


 2つの近衛中隊がネスティアント帝国海軍の人員もかなり借りて滞在に関していろいろと準備を進めている最中、ソラメク王国の港町を『ヴァリアント』の近衛中隊を率いるティルビッツ、帝国財務大臣アルブレヒト、そして全身甲冑の目立つ海軍少将エレオノーラとともに、北郷は歩いていた。
 どうしてこうなったのかというと、出航から到着した当日である昨日まで、エレオノーラはほぼ不休で働き続けていたらしい。全身甲冑姿で、皇族であるリズの前ですらほとんどその姿を解かないことから、北郷は兜の下の素顔さえも未だに知らない。
 それはともかく、エレオノーラ少将は不休でありながら兜の下に素顔を隠していたため疲れがまるで見えていなかった。それが昨日の停泊作業中にふらついてしまうということがあったという。
 そのため、自分たちの上官である彼女を今日くらいは休ませて欲しいと海軍に懇願された北郷が、ティルビッツとアルブレヒトとともに男だけで交わした飲みの約束(もちろん堅物の北郷は酒を飲むつもりは毛頭ない)に急遽こうしてエレオノーラが加わったという訳である。
 倒れてからでは遅いと、部下たちに再三説得されて応じたエレオノーラは、渋々といった様子でこのメンツに参加する事となった。
 しかし、兜は相変わらず外す様子がない。
 北郷とティルビッツでさえも帯剣程度で他の戦闘用の装備は置いてきたいうのに、エレオノーラだけは最初に出会ってからつけている甲冑姿での同行だった。
 今日の気温は比較的高く、半袖でも十分である。甲冑姿のエレオノーラの体調が心配に思えてしまう。
 予約しているという店まで歩いて移動しているが、疲れと気温からかエレオノーラの歩みは他の3人に比べて遅れがちであった。


「暑くないか?」


 アルブレヒトが既に北郷とティルビッツで2度も言った言葉をエレオノーラに向ける。
 しかし、エレオノーラは首を横に振った。


「その質問は3度目だが。心配ご無用、私に気にせず」


 〔気にするなと言われてもだな…〕


 北郷はエレオノーラの返答に思わず内心でため息をこぼす。
 気にするなと当人はいうが、そもそもこうなったのはエレオノーラを休ませるためである。彼女の体調を気にするなというのは、むしろ無茶な注文であった。
 だいたい、エレオノーラの足取りは重くなってきている。明らかに大丈夫とはいえないだろう。
 エレオノーラの事を頼んできた海軍の将兵たちが言っていた事を思い出し、北郷はエレオノーラの背後に近づくと、了承も得ずにヒョイっと抱え上げた。


「なっ!?」


 エレオノーラが慌てた声を出すが、無視する。
 北郷は他人の事は言えないものの体調管理くらいは周りにも頼ることがある。湯垣に対しては互いに迷惑を掛け合う間柄でもあるので気兼ねなく相談もしている。
 結局、意地を張りたくなる気持ちも堅物の北郷だからこそ理解できるものの、同時に倒れられてしまっては周りにどれだけの迷惑をかけてしまうのかということも知っていた。
 こういう意地をはる相手には、実力行使が一番なのである。


「大胆ですね…」


「エレオノーラ少将、甲冑着ているはずなのですが…」


 後ろの2人の言葉も、あえて無視する。
 それ以上に、腕の中にいる甲冑姿の将軍のほうが騒がしかった。


「ゆ、勇者殿!? お待ちを、下ろしてくれ! じ、自分で歩ける故!」


「自己申告は信用できない」


 ばっさりと切り捨てた北郷は、そのままエレオノーラを木陰のベンチまで運んでいった。
 寄り道することにはなったが、まあ仕方ないだろうと、ティルビッツとアルブレヒトも付いてくる。
 エレオノーラは相当疲れていたのだろう。本人は暴れたつもりだったかもしれないが、易々と北郷はベンチまで運んでそこに寝かせた。


「わ、私は…大丈夫だ」


 寝かされたエレオノーラはそれでも頑なに主張してすぐに起き上がろうとする。
 だが、力が入らなかったのか起き上がろうとした手は体を支えることができずにずり落ちた。


「な、何だ…?」


 その腕を持ち上げる体力もないらしい。
 相当眠気もたまっているのだろう。
 言葉の間隔も開いていく。意識も遠のいているのかもしれない。


「全く、それを見ても大丈夫と診断するものは素人でもいないぞ。大人しく休んでおけ」


「いや、しかし…」


「貴様の部下もかなり容体を心配していた。部下に心労をかけるな」


「う…」


 反論しづらい事を指摘され、思わずエレオノーラが言葉をつまらせる。
 兜で見えないが、その下の表情はかなり渋いものとなっているだろう。
 有無を言わせぬ北郷の口調に、エレオノーラは折れたらしく、静かになった。


「……………」


「全く、意地を張るのは構わないが、その場面くらいは弁えておくことだ」


 ため息まじりに、北郷は横にしたエレオノーラの兜を外そうとする。
 しかし、外し方がよくわからなかったので、ティルビッツに視線で助けを求めた。


「…ああ。手伝えばよろしいのですね?」


 ティルビッツは一瞬首を傾げたものの、すぐに意図を察して北郷のもとに向かいエレオノーラの兜を外す。
 兜の下は、群青色の髪と熱がこもったことで赤みを帯びたネスティアント帝国ではさして珍しくないゲルマン系の白い肌と整った顔立ちが特徴の、すでに眠ってしまったエレオノーラの顔があった。


 起こさないようにして頭を下ろす。
 とはいえ、ベンチの上に頭をおくことがためらわれたため、北郷はティルビッツに膝枕でもしてあげるよう伝えたのだが、拒否された。


「エレオノーラ少将の事を託されたのは北郷様でしょう。それに、私は既婚者ですので、妻ではない女性にそのようなことはできません」


「そ、それなら俺も…」


「北郷様は未婚ではありませんか?」


「疚しい事をするつもりはないのでしょう?」


 北郷はリズとのことを言おうとして、しかし秘密だからということで思わず口を閉ざす。
 それに対して、ティルビッツとアルブレヒトはリズとの関係を知りつつも北郷に対してこの役目を押し付けにかかった。
 言い争いの最中、エレオノーラの頭を抱えている訳にもいかず、結局2人に押し切られ最終的に北郷が折れることとなり、北郷もベンチに座ってエレオノーラに膝枕をすることとなった。


 こういう時こそ、1人だけ誰ともくっついていないし可能性の片鱗もない湯垣にこの手の役目を押し付けるべきはずなのだがと北郷は考えていたのだが、その湯垣は現在行方不明である。
 そうなるとどこかでこうなることを見越して、今の自分の現状を笑っているに違いないと、日頃の言動から北郷は推測した。
 確かにここにいれば湯垣は間違えなく笑っていただろう。
 だが、現状の湯垣はこの時アウシュビッツ群島列国と神聖ヒアント帝国の連合海軍と共に魔族の大軍勢、そしてフォーマルハウトと必死で戦っており、その末に何とか大陸を守る事に成功して疲労困憊状態、という端から見ればふざけてなどいられない状況で戦っていたので、笑ってはいなかった。










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 ソラメク王国を歩く一行がいた。
 数は7人。4人は女性で、黒髪黒目という東方大陸ではめったに見かけない外見をしており、その顔立ちからわかるように全員がまだ年端もいかぬ少女である。
 1人は東方大陸の北にある大国ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦に多い、地球で言えば北欧系の外見をした40代前半の金髪長身の男性である。
 そして、残る2人は揃ってこの東方大陸では決して見かけないはずの種族、機械的な無機質の外見が特徴の魔族であった。


 少女4人は、異世界からジカートヒリッツ社会主義共和国連邦という国に召喚された勇者である。
 かの大国には合計で12人の勇者が召喚されたのだが、とある悲惨な出来事からその数を大きく減らしてしまっていた。


 男性はウリヤノフ。ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦の社会党総裁であり、周辺諸国からは赤旗国家とも言われるジカートヒリッツ社会主義共和国連邦の議会、立法機関のトップにあたる人物である。
 そんな彼がなぜこのようなところにいるのかは、勇者である4人の少女の身に降りかかった凄惨な悲劇からによるものだった。


 そして、2人の魔族。
 ポルックスとカストルという名前のこの魔族は、ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦の首都ザンドベルクにて少女たちの身に起きた凄惨な悲劇の場に居合わせており、その際に彼女たちを助けたのである。


 勇者と人族と魔族。
 本来仲良く歩くようなことは決してしないはずのこの奇妙な一行が出来上がったのは、ソラメク王国とネスティアント帝国の北に位置する大国、ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦の首都ザンドベルクにて起きた事件から逃れたものたちだからである。


 勇者の1人であり、彼女たちの班のリーダーでもある江山は、ソラメク王国に至る経緯を思い出していた。


 ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦にて起きた悲劇。
 ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦に召喚された勇者の1人であり、彼らのリーダー格でもあった学級委員長を務めていた好青年である加賀見かがみ 総馬そうま。そして彼にいじめを受けていたもう1人のクラスメイトである浅利あさり 有佳子ゆかこ。2人が同じ国に召喚された時、悲劇は始まっていた。
 浅利は異世界召喚に際して、いじめをしてきた加賀見たちに復讐するべく、加賀見の復讐に加担したり浅利がいじめを受けるきっかけとなったりしたクラスメイトたち、仲間であるはずの勇者たちを次々に殺害した。
 浅利の復讐はエスカレートし、無関係であるクラスメイトにも復讐対象の1人が好意を寄せていた相手だからという身勝手な理由により殺されてしまう事態まで招く。
 加賀見を始めとする勇者たちは浅利の犯行だということに気づかずに、見えない刺客に怯える日々を過ごす。
 加賀見がその犯人を捕まえようと囮作戦を発動した時、浅利はその本性を見せ、ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦の人たちを隷属魔法で操り人形として、残る勇者たちを襲撃した。
 浅利の襲撃を受けた江山たちだが、交戦の最中加賀見は殺されてしまう。
 加賀見が命をかけて浅利を引きつけたすきに、江山たちは突然首都ザンドベルクに現れたポルックス率いる魔族により助けられ、転移魔法によりジカートヒリッツ社会主義共和国連邦の国境まで逃れることに成功した。ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦のほとんどの主要な人が浅利の支配下にされる中、ウリヤノフもまた江山たちと魔族のカストルによって助けられた。
 ポルックスに助けられた東田と、カストルによって助けられた江山たちは、一度ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦の国境に逃れる。こうして出来上がったこの一行はそこから南ではなく南西へと逃れ、ソラメク王国へと逃亡していた。
 向かうべきは同じ勇者を召喚したネスティアント帝国なのだが、社会党総裁であるウリヤノフの言葉によりそのことを知っている浅利が確実に手を打っているだろうとのことから、中立地帯となるソラメク王国を経由してネスティアント帝国に逃亡する道を選んだ結果である。
 ソラメク王国は南部海岸地帯に巨大な港があり、軍事力ならば人族国家の最強の一角を占めると言われる大国であるネスティアント帝国との陸の交易の玄関でもあることから、かなり人の往来が激しいので、多様な人種によって形成されている国家だという。
 ネスティアント帝国は優れた技術力の集積している国とも言われており、そこから編み出される経済効果は人族の国家を支える大きな存在であった。


 サブール王朝の存在する北西大陸には東洋人の外見に近い漢民族系、大和民族系の特徴を持つ人が多いという。そこからも人が来るのがソラメク王国だとのことから、隠れるには都合の良い国だった。


 そして、ジカートヒリッツ社会主義共和国連邦を脱出した一行は、一度ソラメク王国に入国し、ネスティアント帝国に逃れるために南下を続けた。




 浅利によりジカートヒリッツ社会主義共和国連邦は完全に乗っ取られてしまった。
 その上、『聖剣士』の職種を授かる加賀見を始めとする多くの仲間を殺されてしまった。
 いっとき自失状態に陥っていた六人部はカストルの説得もあり戻ってきてくれたものの、加賀見の班は復讐者として仲間である彼らに牙を向いた浅利により、リーダーの加賀見を筆頭に5人が殺されており、江山の班も気付けば4人となっていた。
 江山の班で脱出できたのは、リーダーの江山えやま りん、江山の親友でもある東田ひがしだ 愛華あいか六人部むとべ 箕梨みのり本間ほんま 飛鳥あすかの4人。これに江山たちがなんとか救出できた社会党総裁ウリヤノフと、目的は不明だが首都ザンドベルクに侵入しており彼女たちを助けてくれた魔族、ポルックスとカストルを合わせた7人が、ネスティアント帝国を目指してソラメク王国を南下している一行である。


 江山の班の残る2人のうち、香椎かしい 彩子あやこは浅利によって殺されており、またもう1人の雪城ゆきしろ 環菜かんなは浅利の襲撃時に首都ザンドベルクにはおらず、行方が知れない。加賀見班の方は浅利を残して全滅している。
 江山は歯がゆい思いをしながらも、必ずジカートヒリッツ社会主義共和国連邦を取り返し浅利を止めることを決意して、ネスティアント帝国の勇者の力を借りる為に、浅利の目を逃れるべくソラメク王国を進んでいた。


 南下を続けた一行は、ポルックスたちの発見を恐れ街道を避けた結果、ネスティアント帝国の国境である渓谷に気づかぬまま旅を続けてしまい、やがて陸奥が到着した翌日にソラメク王国の南部海岸地帯へと到着した。


「予定よりも、南に来すぎてしまったようです」


 地図を見ながら、ウリヤノフが申し訳なさそうに言う。
 だが、これは彼だけの責任ではない。江山は首を横に振った。


「総裁が謝る事ではありません。ポルックスたちを見つからないように街道を避けた私の判断が誤っていたのです」


 江山の言葉に、ウリヤノフは久しぶりに笑顔を見せた。


「ハハ…江山様。私はもう総裁ではありません。一時でも国を捨てた者に、その役を名乗る資格はありませんよ。今は私はただのウリヤノフという1人の無力な男です」


 ウリヤノフの言葉に、思わず江山は表情を曇らせてしまった。


「申し訳ありませんでした、ウリヤノフ。国を守る為に召喚したはず勇者に、あなたたちは国を奪われてしまった…私たちの責任です」


 ウリヤノフは当然そのことを恨んでなどいない。
 誰が悪いかなどはないだろう。元凶である浅利にも、そして彼女を復讐者とした加賀見にも、責められるいわれと擁護できる点がある。
 そもそも、彼らを一方的にこの世界に召喚したのはウリヤノフたちである。そのせいで彼らに国を滅ぼされても文句は言えないという覚悟はとっくに決めていた。
 そこに誰が悪いかなどはない。強いて言うならば、幸運が重なり奇跡が織りなすように、不幸な積み重ねが今回の悲劇を生み出したのである。
 だが、ウリヤノフが何といっても江山の罪悪感は無くならないだろう。
 それをわかっているからこそウリヤノフは何も言えなかったが、ここでポルックスが口を挟んできた。


「江山サン。悔イル気持チハ魔族デモ分カル方ハ多イデスガ、ワタシハ分カリマセン。ソレデモ、死シタ者達ニ悔イルヨリモ、今ハ生キテイル仲間ノ為ニ涙ヲ堪エテヤルベキ事ヲ行ウベキデアルト、ワタシハ考案シマス。喪ウ仲間ハ、1人デモ少ナクスル。ソレガ、死シタ仲間ニモ、生キテイル仲間ニモ、求メラレル事デハナイデショウカ?」


「ポルックス…」


 機械的な彼の言葉には、およそ抑揚というものがない電子音の為に、感情がこもっていない。
 だが、江山にはそこにポルックルの無意識ながらも慰めてくれているという温かみを感じていた。


「ありがとう…」


 江山は顔を上げる。


「そうだ。こんなところで立ち止まってはいられない」


 江山が立ち直り、一行はソラメク王国の南部海岸地帯の街中へと向かう事とした。
 とはいえ、ポルックス達は街にはとてもではないが入れない。
 そこで、江山と六人部、そしてウリヤノフの3名が街に入る事にした。


「さて、行くか」







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