異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
20話
旗艦に接近してきた巨大な蛇の魔族、ヨルムンガンドの喉に発勁を叩き込み、旗艦から追い払います。
旗艦の甲板に降りた自分に、艦隊司令が駆け寄ってきました。
「旦那! ご無事ですか!?」
「ヨホホホホ。この程度であれば何とかなりますとも」
とはいえ、ヨルムンガンドを相手にして思い知ったのですが、アノマロカリスの巨体ともなれば地震を起こすくらいの発勁を叩き込まなければ反応すらしてもらえないと思います。
勇者補正ありきでも、自分にはそんな真似はできません。
まいりました。何をしても無駄という、自分の無力をここまで思い知らされるのは久しぶりです。少なくともこの異世界に来てからはありませんでした。
カクさんの日本刀ならば、アノマロカリスの甲殻を切り落とす事も、目を切り捨てる事もできたでしょう。それならば確実に止める事ができたと思います。
いえカクさんでなくとも、カクさんに借りていた御手杵があればあの強固な目も壊す事ができたかもしれません。
無くしてしまいましたが、ここにきてそれが響くとは思ってもみませんでした。
そこまで考えて、1つの仮説が浮かびます。
体全体が無理でも、あの目に対してくらいならば、発勁が響くのではないでしょうか?
アノマロカリスが攻撃を撃ち出すまでもう時間もあまり残されていません。
試せる事はすべて試すべきでしょう。
「艦隊司令殿、もう一度攻撃を仕掛けてきます」
「お気をつけて!」
艦隊司令の言葉を背景に、自分は再度アノマロカリスの背中に乗ります。
そのまま島のような巨体の背を駆けて、アノマロカリスの頭部まで走ります。
そこでは多数のアウシュビッツ群島列国と神聖ヒアント帝国の兵士が目を必死で攻撃していました。
まるで効いていませんが。
「くそ! 止まれ!」
銃を撃ち込んでいますが、まるで効果がない様子です。
超巨大アノマロカリスにとっては、目さえも急所とはいえないようですね。
いえ、当人にとっては急所かもしれませんが、我々無力なものたちにとっては急所などと呼んでほしくはないでしょうな。
とりあえず、自分の攻撃に参加します。
一か八かですが、目に発勁を打ち込めばもしやということもありますから。
…ここまで巨大なのに打ち込んだ試しがないのでなんとも言えませんけど。
「勇者殿!」
「ヨホホホホ。お待たせしました」
人族の皆さんが道を開けてくださいました。
そして空いたアノマロカリスの眼球に、発勁を叩き込みます。
ダメならカクさんたちが守れません。こんなものを食らっては、蘇生魔法など役に立たない死体となってしまいます。むしろ死体が残るか否かも不明瞭です。
女神様にクラスメイトの生還を約束しました。仲間には自分より先に死者は出さないと約束しました。
自分は、女神様にこの職種を与えられた以上、治癒師として、パーティーの生命線として、その約束を全うする義務があります。
出し惜しみなど致しません。全力の一撃を叩き込みます。
「行きますよ!」
踏み込み、両手で、掌打を、アノマロカリスの眼球に、全霊を持って、打ち込みました。
人丈をはるかに超える巨大なアノマロカリスの磨き抜かれた特大の宝石のような綺麗な面を無数に持つ眼球は、発勁を受けて、初めてそれにヒビを入れます。
そこから透明な液体が出てきました。
ヒビは広がり、超巨大アノマロカリスの眼球が初めて壊れた証を示します。
「ヨホホホホ。これで如何でしょうか?」
そう呟きを漏らし、アノマロカリスの顔を見下ろします。
しかし、その口元にある火球は、消え去る事などなく何の影響も受けぬままに溜めを継続していました。
「なっ!?」
愕然とする周囲の兵士たち。
目をやっても、まるで響いていないという事なのでしょうか?
そう思い、壊したはずの眼球を見て、思わず戦慄してしまいます。
「ヨホホホホ。チート、でしょうかね…? 人の事を言えませんけど、流石にここまでやられるとは予想外です」
そこには、せっかく破壊した眼球が逆再生をするようにものすごい速さでヒビを修復していく姿がありました。
砕ききれなかったのが、かなりの痛手です。
この程度では、超巨大アノマロカリスにとっては擦り傷にも値しないという事なのでしょう。
なるほど、攻撃用意の状態を全く解除する気配がないのもうなずけますね。
「そんな…」
眼球にヒビを走らせた事で希望が見えていた人族の皆さんも、その再生を目の当たりとして武器を取り落としてしまいます。
もはや何をやっても無駄という事が証明されたも同然ですからね。
攻撃では、このアノマロカリスの熱光線を止める事はできません。
それでも艦隊は何とかしようと攻撃していますが、次々に襲いくる魔族に飲み込まれ、被害が出ています。その火力は当初と比べると雲泥の差と言わざるおえないものとなっていました。
「チク、ショウ…!」
武器を取りこぼして膝をついた1人の人族の兵士が、アノマロカリスの体に拳を打ち付けて歯を噛み締めながら悔し泣き言葉を漏らしました。
その兵士は確か海上艦艇の艦長の一人で、ソラメク王国出身だと艦隊司令に聞きました。自分たちの元の世界、地球の人種の判断基準でいえばアラブ系とゲルマン系の混じり合うアウシュビッツ群島列国の皆さんの中で、彼は純粋な欧州系の顔立ちだったので印象が残っています。
家族と故郷の事を思えば、あの攻撃を是非にも止めたかったのでしょう。
もはや、アノマロカリスの攻撃まで、ほとんど時はありません。
再生が追いつかないくらいに発勁を打ち込んで消耗戦を仕掛ける事も、回復魔法と治癒魔法を駆使すれば自分には可能ですが、その前に確実に熱光線が放たれます。
高い攻撃力を持つ機雷も残弾がないようですし。まさに万事休すです。
笑えそうですね。勇者のくせに、自分はここまで無力で役に立たないとは。
ですが、周囲は諦めていますがまだ可能性くらいは残されています。
打つ手なし? それはアノマロカリスに攻撃を通して熱光線の発射を妨害する事に関して言えば打つ手がないという事です。
ヨホホホホ。女神様、あなたに頂いたこの職種は、敵と戦うのではなく仲間を、皆さんを救うためのものでしょう。 
発射を阻止する事はできずとも、大陸を守る事はできずとも、当てないようにする事という観点ならば、まだ自分にできる事がありますとも。ヨホホホホ。
自分はアノマロカリスの背中を叩くそのソラメク王国出身の艦長さんの肩に手を置きました。
「勇者、どの…?」
泣き顔で見上げる艦長さんが困惑した様子で尋ねます。
それに対して、自分は頷いて言いました。
「ヨホホホホ。自分は戦闘において無力ではありますが、それでも人族の皆さんの切り札であり希望としてこの世界に召喚された身です。止める事はできずとも、大陸にこの超巨大アノマロカリス型魔族さんの攻撃を届かせるつもりはありません」
「しかし、どうやって…?」
打つ手がないと、諦めた表情の艦長さんですが、自分はまだ諦めるつもりはありませんよ。
あちらにはカクさんもいます。
ヨホホホホ。自分は治癒師、パーティーの生命線です。
いつ、いかなる時であれ、最初に死ぬべきは自分であり、自分の前に仲間を死なせる事は決して致しません。
「不味い、撃たれるぞ!」
人族の兵士の1人が叫びました。
アノマロカリスの熱光線がその猛威を発射しようとしています。
それに対して、自分は無尽蔵の魔力を注ぎ込んで、超巨大アノマロカリスの下より防護魔法の壁を生成して、全力で強度を与えたそれを、アノマロカリスの攻撃を防ぐためではなく、標準を大陸からずらすために盛大なアッパーを超巨大アノマロカリスに打ち込みました。
「うおっ!?」
その衝撃はもちろん、顔に立つ自分たちに響きます。
多くの兵士が転げ落ちるのを防護魔法で受け止めつつ、超巨大アノマロカリスを押し上げます。
魔力だけは無尽蔵ですから、つぎ込めばつぎ込むほどにその押し上げる力は増していきますとも。女神様の与えてくださった勇者補正による無限魔力には、本当に何度も助けられております。
「––––––––––––––––––––––!!!!!」
超巨大アノマロカリスの咆哮が上がります。
傷つかないとはいえ、押し上げられるのは想定外だったのでしょう。
抵抗を試みますがすでに遅いです。
持ち上げられた島サイズ超巨大アノマロカリスの口から、空へ向けて極大の光線が放たれました。
灼熱の風が襲いくる中、自分は他の人族の皆さんと艦隊に即座に防護魔法を展開します。
自分は二の次ですよ。傷つけば、火傷すれば、灰になれば、その箇所を片っ端から治癒魔法で修復して存在を保たせます。
蘇生魔法をかけてませんので、死んだら終わりですからね。ヨホホホホ。
凌ぎを削る作業の末、ついに超巨大アノマロカリスの熱光線をそらせる事に成功しました。
「ヨホホホホ。これが、自分の戦い方ですよ。ヨホホホホ」
溶けて完全に消えてしまった空吹の面の代わりに、烏天狗の面をかぶります。皆さんが目を開ける前に行いましたので、誰にも面の下は見られていません。
訪れた静寂に自分がそう呟いたところ、呆然としていた人族の皆さんが歓喜の声をあげました。
「「「「「オオオオオオオォォォォォ!」」」」」
アノマロカリスの攻撃より大陸を何とか守り抜いた自分は、とりあえず艦隊に伝染していった歓声の中で自身に回復魔法をかけました。
精根尽き果てる戦いの末、超巨大アノマロカリスの熱光線より大陸を守る事に成功した自分たちの歓声に押されるように、魔族たちは海洋へと撤退の途について行きました。
総大将と思われる超巨大アノマロカリスさんが2発の熱光線で疲れてしまったようで、人族の抵抗が思いの外激しかった事もあり、撤退を決定したようです。
まあ、あのまま続けていれば超巨大アノマロカリスさんが参戦できなくなっていたとしても、残る魔族の軍勢はまだまだ何十万もいましたので。数に押されて最終的には艦隊が壊滅してしまっていたでしょうから、我々としても魔族が撤退してくれた事は僥倖でした。
追撃戦はとてもできそうにはありません。こちらとしても辛勝でしたので。
死者97名、負傷者5,000余名。アウシュビッツ群島列国と神聖ヒアント帝国の海軍が出した被害も決して小さいものではありませんでした。
死者については魔族に食われたとか、蘇生魔法ではどうしようもなかったものです。ほとんどの死傷者は、自分が回復魔法で動けるようになった後に治癒魔法と蘇生魔法と回復魔法を駆使して治療して回りました。
やはり自分の本業は癒しですな。精神的ではなく、物理的にですが。ヨホホホホ。
お前が癒しなわけねえだろ、と? 全くもってその通りです。ヨホホホホ。
とはいえ、やはり連合軍の被害は大きく、本国に撤退する事となりました。
つまり、死線を共にくぐった同志との別れというやつですな。
艦隊司令殿に一隻の小型艦を借りて、北の大陸のソラメク王国を目指す事を伝えます。
別に死別ではないのでしんみりした事はなし、で行きたいのですが、盛大にアウシュビッツ群島列国の野郎どもさんに号泣されての出発となってしまいました。
「勇者殿。俺たちにとって、人族にとって、あんたは本当に英雄だった。このご恩は決して忘れません。すべての人族を代表して、俺たちから礼を言わせてください」
固い握手を交わした艦隊司令殿もまた、涙を浮かべていました。
男泣きというやつですか? 暑苦しいのは嫌いではありませんので、これはこれで良いものだと自分は思います。
「ヨホホホホ。英雄などと、自分よりもその称号にはるかにふさわしい方々いる事を自分は知っていますよ。艦隊を率い、勇敢に魔族に立ち向かい、おそらくは元帥級の魔族の攻撃から身を挺してまでも他国を、人族の皆さんを守り抜いたのです。その強い意志と行動、そして誰にも誇れる素晴らしい偉業は貴方自身が引き寄せたものです。艦隊司令殿、人族の英雄としての称号は、勇者の力を与えられていた我々よりも、知恵と技術と、そして何よりその強固な意志でこの偉業を成し遂げて見せた皆さんこそ受けるべき称号でしょう」
自分は謙遜でも持ち上げでも何でもない、純粋な賛美として艦隊司令殿とアウシュビッツ群島列国、そして神聖ヒアント帝国の海軍のみなさんに贈ります。
それを聞いた艦隊司令殿は、涙腺が決壊したらしく、顔をみっともなく歪ませて泣き出しました。
「オオオオオオオ! 勇者殿、あなだは…本当に、我々の、勇者殿だあ゛!」
そして思いっきり抱きついてきました。
と同時に、我が先にと一斉に海軍の皆さんに取り囲まれます。
ヨホホホホ。笑っての門出も、泣かれての門出も、感謝されての出発であるならば、それはとても尊く美しいものですな。
ヨホホホホ。人からの感謝というのは、やはり万金に勝る自分の報酬です。ヨホホホホ。
旗艦の甲板に降りた自分に、艦隊司令が駆け寄ってきました。
「旦那! ご無事ですか!?」
「ヨホホホホ。この程度であれば何とかなりますとも」
とはいえ、ヨルムンガンドを相手にして思い知ったのですが、アノマロカリスの巨体ともなれば地震を起こすくらいの発勁を叩き込まなければ反応すらしてもらえないと思います。
勇者補正ありきでも、自分にはそんな真似はできません。
まいりました。何をしても無駄という、自分の無力をここまで思い知らされるのは久しぶりです。少なくともこの異世界に来てからはありませんでした。
カクさんの日本刀ならば、アノマロカリスの甲殻を切り落とす事も、目を切り捨てる事もできたでしょう。それならば確実に止める事ができたと思います。
いえカクさんでなくとも、カクさんに借りていた御手杵があればあの強固な目も壊す事ができたかもしれません。
無くしてしまいましたが、ここにきてそれが響くとは思ってもみませんでした。
そこまで考えて、1つの仮説が浮かびます。
体全体が無理でも、あの目に対してくらいならば、発勁が響くのではないでしょうか?
アノマロカリスが攻撃を撃ち出すまでもう時間もあまり残されていません。
試せる事はすべて試すべきでしょう。
「艦隊司令殿、もう一度攻撃を仕掛けてきます」
「お気をつけて!」
艦隊司令の言葉を背景に、自分は再度アノマロカリスの背中に乗ります。
そのまま島のような巨体の背を駆けて、アノマロカリスの頭部まで走ります。
そこでは多数のアウシュビッツ群島列国と神聖ヒアント帝国の兵士が目を必死で攻撃していました。
まるで効いていませんが。
「くそ! 止まれ!」
銃を撃ち込んでいますが、まるで効果がない様子です。
超巨大アノマロカリスにとっては、目さえも急所とはいえないようですね。
いえ、当人にとっては急所かもしれませんが、我々無力なものたちにとっては急所などと呼んでほしくはないでしょうな。
とりあえず、自分の攻撃に参加します。
一か八かですが、目に発勁を打ち込めばもしやということもありますから。
…ここまで巨大なのに打ち込んだ試しがないのでなんとも言えませんけど。
「勇者殿!」
「ヨホホホホ。お待たせしました」
人族の皆さんが道を開けてくださいました。
そして空いたアノマロカリスの眼球に、発勁を叩き込みます。
ダメならカクさんたちが守れません。こんなものを食らっては、蘇生魔法など役に立たない死体となってしまいます。むしろ死体が残るか否かも不明瞭です。
女神様にクラスメイトの生還を約束しました。仲間には自分より先に死者は出さないと約束しました。
自分は、女神様にこの職種を与えられた以上、治癒師として、パーティーの生命線として、その約束を全うする義務があります。
出し惜しみなど致しません。全力の一撃を叩き込みます。
「行きますよ!」
踏み込み、両手で、掌打を、アノマロカリスの眼球に、全霊を持って、打ち込みました。
人丈をはるかに超える巨大なアノマロカリスの磨き抜かれた特大の宝石のような綺麗な面を無数に持つ眼球は、発勁を受けて、初めてそれにヒビを入れます。
そこから透明な液体が出てきました。
ヒビは広がり、超巨大アノマロカリスの眼球が初めて壊れた証を示します。
「ヨホホホホ。これで如何でしょうか?」
そう呟きを漏らし、アノマロカリスの顔を見下ろします。
しかし、その口元にある火球は、消え去る事などなく何の影響も受けぬままに溜めを継続していました。
「なっ!?」
愕然とする周囲の兵士たち。
目をやっても、まるで響いていないという事なのでしょうか?
そう思い、壊したはずの眼球を見て、思わず戦慄してしまいます。
「ヨホホホホ。チート、でしょうかね…? 人の事を言えませんけど、流石にここまでやられるとは予想外です」
そこには、せっかく破壊した眼球が逆再生をするようにものすごい速さでヒビを修復していく姿がありました。
砕ききれなかったのが、かなりの痛手です。
この程度では、超巨大アノマロカリスにとっては擦り傷にも値しないという事なのでしょう。
なるほど、攻撃用意の状態を全く解除する気配がないのもうなずけますね。
「そんな…」
眼球にヒビを走らせた事で希望が見えていた人族の皆さんも、その再生を目の当たりとして武器を取り落としてしまいます。
もはや何をやっても無駄という事が証明されたも同然ですからね。
攻撃では、このアノマロカリスの熱光線を止める事はできません。
それでも艦隊は何とかしようと攻撃していますが、次々に襲いくる魔族に飲み込まれ、被害が出ています。その火力は当初と比べると雲泥の差と言わざるおえないものとなっていました。
「チク、ショウ…!」
武器を取りこぼして膝をついた1人の人族の兵士が、アノマロカリスの体に拳を打ち付けて歯を噛み締めながら悔し泣き言葉を漏らしました。
その兵士は確か海上艦艇の艦長の一人で、ソラメク王国出身だと艦隊司令に聞きました。自分たちの元の世界、地球の人種の判断基準でいえばアラブ系とゲルマン系の混じり合うアウシュビッツ群島列国の皆さんの中で、彼は純粋な欧州系の顔立ちだったので印象が残っています。
家族と故郷の事を思えば、あの攻撃を是非にも止めたかったのでしょう。
もはや、アノマロカリスの攻撃まで、ほとんど時はありません。
再生が追いつかないくらいに発勁を打ち込んで消耗戦を仕掛ける事も、回復魔法と治癒魔法を駆使すれば自分には可能ですが、その前に確実に熱光線が放たれます。
高い攻撃力を持つ機雷も残弾がないようですし。まさに万事休すです。
笑えそうですね。勇者のくせに、自分はここまで無力で役に立たないとは。
ですが、周囲は諦めていますがまだ可能性くらいは残されています。
打つ手なし? それはアノマロカリスに攻撃を通して熱光線の発射を妨害する事に関して言えば打つ手がないという事です。
ヨホホホホ。女神様、あなたに頂いたこの職種は、敵と戦うのではなく仲間を、皆さんを救うためのものでしょう。 
発射を阻止する事はできずとも、大陸を守る事はできずとも、当てないようにする事という観点ならば、まだ自分にできる事がありますとも。ヨホホホホ。
自分はアノマロカリスの背中を叩くそのソラメク王国出身の艦長さんの肩に手を置きました。
「勇者、どの…?」
泣き顔で見上げる艦長さんが困惑した様子で尋ねます。
それに対して、自分は頷いて言いました。
「ヨホホホホ。自分は戦闘において無力ではありますが、それでも人族の皆さんの切り札であり希望としてこの世界に召喚された身です。止める事はできずとも、大陸にこの超巨大アノマロカリス型魔族さんの攻撃を届かせるつもりはありません」
「しかし、どうやって…?」
打つ手がないと、諦めた表情の艦長さんですが、自分はまだ諦めるつもりはありませんよ。
あちらにはカクさんもいます。
ヨホホホホ。自分は治癒師、パーティーの生命線です。
いつ、いかなる時であれ、最初に死ぬべきは自分であり、自分の前に仲間を死なせる事は決して致しません。
「不味い、撃たれるぞ!」
人族の兵士の1人が叫びました。
アノマロカリスの熱光線がその猛威を発射しようとしています。
それに対して、自分は無尽蔵の魔力を注ぎ込んで、超巨大アノマロカリスの下より防護魔法の壁を生成して、全力で強度を与えたそれを、アノマロカリスの攻撃を防ぐためではなく、標準を大陸からずらすために盛大なアッパーを超巨大アノマロカリスに打ち込みました。
「うおっ!?」
その衝撃はもちろん、顔に立つ自分たちに響きます。
多くの兵士が転げ落ちるのを防護魔法で受け止めつつ、超巨大アノマロカリスを押し上げます。
魔力だけは無尽蔵ですから、つぎ込めばつぎ込むほどにその押し上げる力は増していきますとも。女神様の与えてくださった勇者補正による無限魔力には、本当に何度も助けられております。
「––––––––––––––––––––––!!!!!」
超巨大アノマロカリスの咆哮が上がります。
傷つかないとはいえ、押し上げられるのは想定外だったのでしょう。
抵抗を試みますがすでに遅いです。
持ち上げられた島サイズ超巨大アノマロカリスの口から、空へ向けて極大の光線が放たれました。
灼熱の風が襲いくる中、自分は他の人族の皆さんと艦隊に即座に防護魔法を展開します。
自分は二の次ですよ。傷つけば、火傷すれば、灰になれば、その箇所を片っ端から治癒魔法で修復して存在を保たせます。
蘇生魔法をかけてませんので、死んだら終わりですからね。ヨホホホホ。
凌ぎを削る作業の末、ついに超巨大アノマロカリスの熱光線をそらせる事に成功しました。
「ヨホホホホ。これが、自分の戦い方ですよ。ヨホホホホ」
溶けて完全に消えてしまった空吹の面の代わりに、烏天狗の面をかぶります。皆さんが目を開ける前に行いましたので、誰にも面の下は見られていません。
訪れた静寂に自分がそう呟いたところ、呆然としていた人族の皆さんが歓喜の声をあげました。
「「「「「オオオオオオオォォォォォ!」」」」」
アノマロカリスの攻撃より大陸を何とか守り抜いた自分は、とりあえず艦隊に伝染していった歓声の中で自身に回復魔法をかけました。
精根尽き果てる戦いの末、超巨大アノマロカリスの熱光線より大陸を守る事に成功した自分たちの歓声に押されるように、魔族たちは海洋へと撤退の途について行きました。
総大将と思われる超巨大アノマロカリスさんが2発の熱光線で疲れてしまったようで、人族の抵抗が思いの外激しかった事もあり、撤退を決定したようです。
まあ、あのまま続けていれば超巨大アノマロカリスさんが参戦できなくなっていたとしても、残る魔族の軍勢はまだまだ何十万もいましたので。数に押されて最終的には艦隊が壊滅してしまっていたでしょうから、我々としても魔族が撤退してくれた事は僥倖でした。
追撃戦はとてもできそうにはありません。こちらとしても辛勝でしたので。
死者97名、負傷者5,000余名。アウシュビッツ群島列国と神聖ヒアント帝国の海軍が出した被害も決して小さいものではありませんでした。
死者については魔族に食われたとか、蘇生魔法ではどうしようもなかったものです。ほとんどの死傷者は、自分が回復魔法で動けるようになった後に治癒魔法と蘇生魔法と回復魔法を駆使して治療して回りました。
やはり自分の本業は癒しですな。精神的ではなく、物理的にですが。ヨホホホホ。
お前が癒しなわけねえだろ、と? 全くもってその通りです。ヨホホホホ。
とはいえ、やはり連合軍の被害は大きく、本国に撤退する事となりました。
つまり、死線を共にくぐった同志との別れというやつですな。
艦隊司令殿に一隻の小型艦を借りて、北の大陸のソラメク王国を目指す事を伝えます。
別に死別ではないのでしんみりした事はなし、で行きたいのですが、盛大にアウシュビッツ群島列国の野郎どもさんに号泣されての出発となってしまいました。
「勇者殿。俺たちにとって、人族にとって、あんたは本当に英雄だった。このご恩は決して忘れません。すべての人族を代表して、俺たちから礼を言わせてください」
固い握手を交わした艦隊司令殿もまた、涙を浮かべていました。
男泣きというやつですか? 暑苦しいのは嫌いではありませんので、これはこれで良いものだと自分は思います。
「ヨホホホホ。英雄などと、自分よりもその称号にはるかにふさわしい方々いる事を自分は知っていますよ。艦隊を率い、勇敢に魔族に立ち向かい、おそらくは元帥級の魔族の攻撃から身を挺してまでも他国を、人族の皆さんを守り抜いたのです。その強い意志と行動、そして誰にも誇れる素晴らしい偉業は貴方自身が引き寄せたものです。艦隊司令殿、人族の英雄としての称号は、勇者の力を与えられていた我々よりも、知恵と技術と、そして何よりその強固な意志でこの偉業を成し遂げて見せた皆さんこそ受けるべき称号でしょう」
自分は謙遜でも持ち上げでも何でもない、純粋な賛美として艦隊司令殿とアウシュビッツ群島列国、そして神聖ヒアント帝国の海軍のみなさんに贈ります。
それを聞いた艦隊司令殿は、涙腺が決壊したらしく、顔をみっともなく歪ませて泣き出しました。
「オオオオオオオ! 勇者殿、あなだは…本当に、我々の、勇者殿だあ゛!」
そして思いっきり抱きついてきました。
と同時に、我が先にと一斉に海軍の皆さんに取り囲まれます。
ヨホホホホ。笑っての門出も、泣かれての門出も、感謝されての出発であるならば、それはとても尊く美しいものですな。
ヨホホホホ。人からの感謝というのは、やはり万金に勝る自分の報酬です。ヨホホホホ。
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