異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
8話
魔導車両に揺られてしばらく。日が中天に差し掛かった頃、軍港(早速名前を忘れました。いや、申し訳ありません)に到着した一行です。
艦名を教えられたという双子騎士の片割れの案内のもと移動したのですが、形がすでに特徴的でとんでもない巨大だったのですぐに見つかりました。
そしたらまあ…村上氏、とんでもない戦艦を用意してました。
ええ、戦艦ですよ戦艦。
メモ見て目を疑いましたが、実物を見てより目を疑いました。
「たしか、帝国海軍の長門型戦艦だよな、あのシルエット。このメモって、まさかそれかよ…。間違えない、長門型戦艦二番艦『陸奥』だ」
自分の前、皇女様とアンネローゼさんに挟まれる形で立っていたカクさんが、その艦を見て思わず呟きました。
設計思想がかなり異なる進化を遂げているネスティアント帝国の艦船と比べると、確かにその違いが目立ちます。
村上氏、よくこんな戦艦を召喚してきましたね。
その巨艦の外見は村上氏の自動化改装により幾らか違いが見られますが、シルエットは完全に大戦中の日本海軍の象徴であった長門型戦艦そのものです。
艦首に輝く菊の御紋が、日の光を受けてその大きな存在感を放っています。
「これが、あなた方の世界に存在したという戦艦ですか…」
「実物、と呼んで良いのかしらんが…間違えない」
皇女様の言葉に、カクさんが頷きます。
陸奥にはすでに多数の帝国軍人の姿があり、出航準備を進めていました。
ただし、その姿は近衛騎士のような甲冑ではなく、黒の海軍装に統一されています。
どうやらあれが対魔族戦における主力を担うネスティアント帝国の海軍のようです。
手を休めることなく作業を進める彼らでしたが、一行の先頭を進む皇女様の姿を確認すると一斉に手を止めてこちらに向き直り膝をついてきました。
その統一された無駄のない動きは、周囲の空気を一気に引き締める荘厳なものです。
ネスティアント帝国海軍の練度は近衛に負けず劣らずのものがありますね。作業の中でも無駄口1つ叩かずただひたすらに作業をしていましたし。
少なくとも連携のくそもなく喧嘩しながら敵と戦い、周囲に被害をばらまく集団である自分たちとは比べるもない規律ですね。
そして陸奥にて作業に勤しむ手を止めて一斉に膝をついてきた海軍の方々に背を向ける形で皇女様の前に全身甲冑姿の方が歩み出て、その場に膝をつき皇女様に頭を垂れました。
「リーゼロッテ第一皇女殿下。ネスティアント帝国海軍少将エレオノーラ・フォン・ルーデンドルフ並びに、帝国海軍4個大隊600名。以後、殿下の護衛として参列させて頂きます。我らの身命、殿下の手足となりて捧げます」
顔も見えない甲冑の中身の方は、まさかの女性でした。
声が、名前が、女性です、正に。
しかも海軍少将。大隊4つの司令官です。
驚いているのは自分だけ。カクさんは知っていたようですね。
気づいていなかった自分が悪かったかもしれませんが。
…しかし、海軍って正直男が集う場だと思ってました。今更ですけど。
2個中隊60名の近衛騎士に加えて、4個大隊の海軍が新たに加わりました。
旅路の賑やかさは一層大きなものとなるでしょう。
面白ければそれで良いので、自分は反対するつもりはないですよ。単純にびっくりしただけですから。
ヨホホホホ。驚かす立場ばかり演じてきた道化の身の上ですが、驚くことはまだまだありふれています。甘楽甘楽。
皇女様はルーデンドルフ少将と海軍の方々を見渡してから、その場で優雅に一礼した。
「皆の忠誠、確かに受けました」
それで挨拶は終わったようで、海軍の皆さんは立ち上がって一礼したのち、作業に戻りました。
そして同行することとなった海軍の大隊を束ねるルーデンドルフ少将は、今一度皇女殿下に頭を垂れてから立ち上がり、元の位置である皇女様の後ろの方へと戻りました。
自分としましては、この戦艦に乗ってみたいという気持ちも大いにあります。ヨホホホホ。
何しろ太平洋戦争の戦艦ですよ。帝国海軍の象徴として親しまれた戦艦です。
贋作とか関係ありません。乗ってみたいです。
本当に楽しい船旅になりそうです。ヨホホホホ。
というわけで、その日の夕暮れごろの事です。
空がほんのり茜色に染まる中、出航準備が整いました。
すでにボイラーには火が入り、陸奥は錨を上げればいつでも出航できる状態となっています。
丘にしばしの別れを告げて戦艦に乗り込んだ自分達は、あてがわれた部屋へと向かいました。
なのですが…ここで1つ問題が発生しています。
手違いか、それとも意図的なものか。発端がなんであったのか部外者のはずだった自分にはわかりかねますが、あてがわれた部屋がどういうわけか自分とカクさんの勇者2人のはずが、カクさんの同室相手がアンネローゼさんになっていたのです。
自分はといえば、アンネローゼさんと同室の予定であったエリザベートさんと同室という事になっていました、いつの間にか。
ヨホホホホ。由々しき事態です。
単なる手違いでしょうが、猛抗議する皇女様に対して、アンネローゼさんが頑なにこれが良いとだだをこねたのです。
…いや〜、カクさんは本当に面白い方ですな。ヨホホホホ。
というわけで、現在艦橋にて皇女様とアンネローゼさんがカクさんの腕を引っ張りあっています。最初はアンネローゼさんを説得して当初の予定通りにしようかという話で進んでいたのですが、アンネローゼさんが駄々をこねまくった結果、いつの間にか議題が移り変わっていました。
どう移り変わったのかというと、こうです。
「皇女様は皇族たる自覚をお持ちいただかなくては! 北郷様は私と一緒の部屋ですぅ!」
「いいえ! 私は構いません! むしろ国を救っていただいた英雄には最上の部屋をあてがうのは当然のことでしょう! よって、北郷様は私の船室でお休みいただきます!」
「………」
「皇女殿下が男性と寝室を同じくするなど、何かあっては取り返しがつきませんよ!」
「何を言いますか! 北郷様はそのようなことはいたしません、とても紳士な御方です。むしろ救国の英雄たる御方にふしだらな行いをしそうなのは貴女の方ではないですか、アンネローゼ!」
「なぁ!? そ、それは皇女殿下にも言えることではないですか!」
「はいぃ!? そ、それは…なんて破廉恥なことを言うのですか!」
「おい、誰か止めてくれ!」
仲がよろしいようで何よりです。
と、こんな感じに皇女様とアンネローゼさんでカクさんを自分と一緒の部屋にしようと喧嘩する事態に発展しています。
皇女殿下は次代の皇帝であらせられる御方ですので、最初は皆さんこの口論を止めようとしたのですが、今は仲睦まじい3人を微笑ましく見守り肴にしている状況です。
自分はそういう方向に野次馬を動かすよう多少先導しました。ヨホホホホ。
結果として、カクさんの助けを求める声はむなしく響くだけで終わります。
何故か誰も自分とエリザベートさんの同室を心配とか危惧する声が上がらないのですが、それは多分カクさんの三角関係の絵面が面白いからでしょう。こっちにまで興味を持つ方がいないということでしょうね。
それに、エリザベートさんは自分の倍近い年齢ですから。お互いの性格もあり、自分たちの状況よりも目の前の修羅場を楽しむ方に興味が釘付けとなっています。ヨホホホホ。
2人に引っ張られるカクさんは、女性相手に振りほどくわけにもいかず、困り果てた様子でなされるがままとなっています。
ガツンと言えば良いものを。カクさん、それはヘタレですよ。ヨホホホホ。
「おい、能面! 貴様、今よからぬことを考えていただろ!」
「おや、ばれましたか」
顎に自然と手が伸びてしまいます。
カクさんは自分の表情以外の動作や口調から思考を読み取ると言ってます。
表情が能面で隠されている分、仕草に出やすいのが自分ですからね。
「何を考えた?」
「カクさん、ヘタレですな」
「その能面、叩き割ってくれる!」
カクさんが吠えますが、なんのその。
皇女様とアンネローゼさんにとっ捕まっているために口でしか喚くことができません。
ヨホホホホ。残念ですね、カクさん。
「ヨホホホホ。カクさん、春が真っ盛りですね。両手に花とは正にこのことですな」
「何で貴様はそんな自由なんだ!」
「何それ、嫌味ですか? それとも当てつけですか? はたまた見せつけですか?」
「最近冷たくないか、貴様!?」
結局カクさんはその後しばらく騒動の真ん中で引っ搔き回されることとなり、周りは主君たる皇女殿下とその親友でもある恋のライバルの女性騎士さんの子供みたいな喧嘩を繰り広げる一面を和みながら見守りました。
そして、最終的にこうなりました。
3人仲良く揃って皇女殿下のために用意された部屋を利用します。
結局、何だったんだと言いたくなるような一幕でしたけど、結果オーライですね。
まあ、そうなれば自然と空いた部屋があるので自分はそこを使わせてもらいます。
皇女様とアンネローゼさんに両脇を固められながら部屋に向かっていったカクさんを見送った後、護衛のために部屋の前までついていった双子騎士を除いた面々は自然と解散となりました。
「では、各員は持ち場に戻れ。近衛の方々には船室で休んでいて構わない。出航用意!」
ルーデンドルフ少将の掛け声により、全員が出航に向けて最後の仕上げに移っていきます。
その中で、自分はカクさんとアンネローゼさんが皇女殿下の部屋に行ったことで空いた部屋を使わせてもらうべく部屋割りをまとめていた少将の副官さんに声をかけました。
「すみません。1つよろしいですか?」
「…はい、何でしょうか?」
自分の能面に怪訝そうな目を向けたものの、勇者を無下にはあしらえないため仕方なくといった感じでその副官さんは返事をしました。
まあ、慣れた反応です。ヨホホホホ。
「カクさんが使う予定だった部屋が空いてますよね? 自分、そちらに入れてもらえないでしょうか?」
「何を–––––いえ、そういうことでしたら。少将に確認を取りますので少しお待ちを」
副官さんは「何言い出すんだ、こいつ?」と言いたげな視線を浮かべましたが、エリザベートさんの姿に気づくと納得してくださったようで、ルーデンドルフ少将の方に確認を取りに向かってくれました。
多分、許可は出るでしょう。
副官さんがルーデンドルフ少将の方に向かったのと入れ替わるように、後ろからエリザベートさんがやってきました。
エリザベートさんは自分の隣に立つと、ルーデンドルフ少将の方に確認を取っている副官さんの様子を見ながら、自分に声をかけてきました。
「君も紳士なのだな。私は別に構わないぞ」
エリザベートさんの言うことが何を意味するのかは大方わかってはいます。
とはいえ、変態とか奇術師ならばともかく、紳士と言われるのはあまり快いものではありませんね。
いや〜、自分の感性って本当に頭のネジがへし折れてますよ。ヨホホホホ。
「ヨホホホホ。能面紳士とは、変態紳士と同じ評価を受けそうなカテゴリーですな。エリザベートさんは半分程度の人生しか刻んでいない変態小僧と同室でも問題ないと?」
「小僧なら変態でも構わないさ。近衛の中隊を預かる身、そのくらいの度量はあるとも」
ふざけたところ、見事に切り返されました。
やはり人生経験に差を感じますね。口では勝てる気がいたしません。
とはいえ、少しくらいはかじりつきます。これはこれで面白いですから。
「ヨホホホホ。部下に慕われる所以はその度量にあると見えます。引き込まれる魅力でしょうか? 自分も信を託したくなりそうですな」
「相変わらず世辞がうまいな。その仮面だと口説いている風はまるで感じないがな」
「ヨホホホホ。面とともにこの笑いも風情を壊すに一役買っていますよ」
「ならば仮面を外してその口を塞げば風情も出るということか?」
「ヒョッヒョッヒョッ。エリザベートさんのような色香漂う女性にしていただければ、なるほど自分の悪あがきは虚空の代物と化すでしょうな」
そこまで返したところで、ようやく一矢報いたようです。
エリザベートさんが残念そうな苦笑いを浮かべました。
「君との会話は楽しいものがあるが、年の割にからかい甲斐がないな」
「ヨホホホホ。赤面させてからかうのであればカクさんをお勧めしますよ」
のらりくらりと返す自分に、エリザベートさんは扱いの困る動物に向けるような何とも言えない表情を浮かべて溜息を零しました。
「私は君が年相応の反応をしてくれる方が面白いのだがな」
「ヨホホホホ。それはやめておいた方がいいですよ、鳥肌ものですから」
のらりくらりと返します。
ヨホホホホ。自分に対してその手の冗談を振っても、回るだけですよ。
カクさんは逆にこの手の話題を振られると赤面してあたふたとしますけどね。カクさんは受け流したりすることが苦手で、何事も真正面から受け取る性格です。実直で正義感が強いカクさんらしいですね。
「勇者殿、少将の許可がおりました。こちらが鍵です」
そこに副官さんがやってきました。
カギを手渡されました。確かに、カクさんとアンネローゼさんが本来利用するはずだった部屋であってますね。
ともあれ、副官さんが来た以上はこれにて終幕です。
今回は自分の勝ち逃げとなりました。
「ヨホホホホ。ではエリザベートさん、一足お先に失礼します」
「…今回はしてやられたな」
エリザベートさんと言葉を交わしてから、自分は部屋へと向かいました。
やはり一人部屋は気が楽なのでいいですな。
艦名を教えられたという双子騎士の片割れの案内のもと移動したのですが、形がすでに特徴的でとんでもない巨大だったのですぐに見つかりました。
そしたらまあ…村上氏、とんでもない戦艦を用意してました。
ええ、戦艦ですよ戦艦。
メモ見て目を疑いましたが、実物を見てより目を疑いました。
「たしか、帝国海軍の長門型戦艦だよな、あのシルエット。このメモって、まさかそれかよ…。間違えない、長門型戦艦二番艦『陸奥』だ」
自分の前、皇女様とアンネローゼさんに挟まれる形で立っていたカクさんが、その艦を見て思わず呟きました。
設計思想がかなり異なる進化を遂げているネスティアント帝国の艦船と比べると、確かにその違いが目立ちます。
村上氏、よくこんな戦艦を召喚してきましたね。
その巨艦の外見は村上氏の自動化改装により幾らか違いが見られますが、シルエットは完全に大戦中の日本海軍の象徴であった長門型戦艦そのものです。
艦首に輝く菊の御紋が、日の光を受けてその大きな存在感を放っています。
「これが、あなた方の世界に存在したという戦艦ですか…」
「実物、と呼んで良いのかしらんが…間違えない」
皇女様の言葉に、カクさんが頷きます。
陸奥にはすでに多数の帝国軍人の姿があり、出航準備を進めていました。
ただし、その姿は近衛騎士のような甲冑ではなく、黒の海軍装に統一されています。
どうやらあれが対魔族戦における主力を担うネスティアント帝国の海軍のようです。
手を休めることなく作業を進める彼らでしたが、一行の先頭を進む皇女様の姿を確認すると一斉に手を止めてこちらに向き直り膝をついてきました。
その統一された無駄のない動きは、周囲の空気を一気に引き締める荘厳なものです。
ネスティアント帝国海軍の練度は近衛に負けず劣らずのものがありますね。作業の中でも無駄口1つ叩かずただひたすらに作業をしていましたし。
少なくとも連携のくそもなく喧嘩しながら敵と戦い、周囲に被害をばらまく集団である自分たちとは比べるもない規律ですね。
そして陸奥にて作業に勤しむ手を止めて一斉に膝をついてきた海軍の方々に背を向ける形で皇女様の前に全身甲冑姿の方が歩み出て、その場に膝をつき皇女様に頭を垂れました。
「リーゼロッテ第一皇女殿下。ネスティアント帝国海軍少将エレオノーラ・フォン・ルーデンドルフ並びに、帝国海軍4個大隊600名。以後、殿下の護衛として参列させて頂きます。我らの身命、殿下の手足となりて捧げます」
顔も見えない甲冑の中身の方は、まさかの女性でした。
声が、名前が、女性です、正に。
しかも海軍少将。大隊4つの司令官です。
驚いているのは自分だけ。カクさんは知っていたようですね。
気づいていなかった自分が悪かったかもしれませんが。
…しかし、海軍って正直男が集う場だと思ってました。今更ですけど。
2個中隊60名の近衛騎士に加えて、4個大隊の海軍が新たに加わりました。
旅路の賑やかさは一層大きなものとなるでしょう。
面白ければそれで良いので、自分は反対するつもりはないですよ。単純にびっくりしただけですから。
ヨホホホホ。驚かす立場ばかり演じてきた道化の身の上ですが、驚くことはまだまだありふれています。甘楽甘楽。
皇女様はルーデンドルフ少将と海軍の方々を見渡してから、その場で優雅に一礼した。
「皆の忠誠、確かに受けました」
それで挨拶は終わったようで、海軍の皆さんは立ち上がって一礼したのち、作業に戻りました。
そして同行することとなった海軍の大隊を束ねるルーデンドルフ少将は、今一度皇女殿下に頭を垂れてから立ち上がり、元の位置である皇女様の後ろの方へと戻りました。
自分としましては、この戦艦に乗ってみたいという気持ちも大いにあります。ヨホホホホ。
何しろ太平洋戦争の戦艦ですよ。帝国海軍の象徴として親しまれた戦艦です。
贋作とか関係ありません。乗ってみたいです。
本当に楽しい船旅になりそうです。ヨホホホホ。
というわけで、その日の夕暮れごろの事です。
空がほんのり茜色に染まる中、出航準備が整いました。
すでにボイラーには火が入り、陸奥は錨を上げればいつでも出航できる状態となっています。
丘にしばしの別れを告げて戦艦に乗り込んだ自分達は、あてがわれた部屋へと向かいました。
なのですが…ここで1つ問題が発生しています。
手違いか、それとも意図的なものか。発端がなんであったのか部外者のはずだった自分にはわかりかねますが、あてがわれた部屋がどういうわけか自分とカクさんの勇者2人のはずが、カクさんの同室相手がアンネローゼさんになっていたのです。
自分はといえば、アンネローゼさんと同室の予定であったエリザベートさんと同室という事になっていました、いつの間にか。
ヨホホホホ。由々しき事態です。
単なる手違いでしょうが、猛抗議する皇女様に対して、アンネローゼさんが頑なにこれが良いとだだをこねたのです。
…いや〜、カクさんは本当に面白い方ですな。ヨホホホホ。
というわけで、現在艦橋にて皇女様とアンネローゼさんがカクさんの腕を引っ張りあっています。最初はアンネローゼさんを説得して当初の予定通りにしようかという話で進んでいたのですが、アンネローゼさんが駄々をこねまくった結果、いつの間にか議題が移り変わっていました。
どう移り変わったのかというと、こうです。
「皇女様は皇族たる自覚をお持ちいただかなくては! 北郷様は私と一緒の部屋ですぅ!」
「いいえ! 私は構いません! むしろ国を救っていただいた英雄には最上の部屋をあてがうのは当然のことでしょう! よって、北郷様は私の船室でお休みいただきます!」
「………」
「皇女殿下が男性と寝室を同じくするなど、何かあっては取り返しがつきませんよ!」
「何を言いますか! 北郷様はそのようなことはいたしません、とても紳士な御方です。むしろ救国の英雄たる御方にふしだらな行いをしそうなのは貴女の方ではないですか、アンネローゼ!」
「なぁ!? そ、それは皇女殿下にも言えることではないですか!」
「はいぃ!? そ、それは…なんて破廉恥なことを言うのですか!」
「おい、誰か止めてくれ!」
仲がよろしいようで何よりです。
と、こんな感じに皇女様とアンネローゼさんでカクさんを自分と一緒の部屋にしようと喧嘩する事態に発展しています。
皇女殿下は次代の皇帝であらせられる御方ですので、最初は皆さんこの口論を止めようとしたのですが、今は仲睦まじい3人を微笑ましく見守り肴にしている状況です。
自分はそういう方向に野次馬を動かすよう多少先導しました。ヨホホホホ。
結果として、カクさんの助けを求める声はむなしく響くだけで終わります。
何故か誰も自分とエリザベートさんの同室を心配とか危惧する声が上がらないのですが、それは多分カクさんの三角関係の絵面が面白いからでしょう。こっちにまで興味を持つ方がいないということでしょうね。
それに、エリザベートさんは自分の倍近い年齢ですから。お互いの性格もあり、自分たちの状況よりも目の前の修羅場を楽しむ方に興味が釘付けとなっています。ヨホホホホ。
2人に引っ張られるカクさんは、女性相手に振りほどくわけにもいかず、困り果てた様子でなされるがままとなっています。
ガツンと言えば良いものを。カクさん、それはヘタレですよ。ヨホホホホ。
「おい、能面! 貴様、今よからぬことを考えていただろ!」
「おや、ばれましたか」
顎に自然と手が伸びてしまいます。
カクさんは自分の表情以外の動作や口調から思考を読み取ると言ってます。
表情が能面で隠されている分、仕草に出やすいのが自分ですからね。
「何を考えた?」
「カクさん、ヘタレですな」
「その能面、叩き割ってくれる!」
カクさんが吠えますが、なんのその。
皇女様とアンネローゼさんにとっ捕まっているために口でしか喚くことができません。
ヨホホホホ。残念ですね、カクさん。
「ヨホホホホ。カクさん、春が真っ盛りですね。両手に花とは正にこのことですな」
「何で貴様はそんな自由なんだ!」
「何それ、嫌味ですか? それとも当てつけですか? はたまた見せつけですか?」
「最近冷たくないか、貴様!?」
結局カクさんはその後しばらく騒動の真ん中で引っ搔き回されることとなり、周りは主君たる皇女殿下とその親友でもある恋のライバルの女性騎士さんの子供みたいな喧嘩を繰り広げる一面を和みながら見守りました。
そして、最終的にこうなりました。
3人仲良く揃って皇女殿下のために用意された部屋を利用します。
結局、何だったんだと言いたくなるような一幕でしたけど、結果オーライですね。
まあ、そうなれば自然と空いた部屋があるので自分はそこを使わせてもらいます。
皇女様とアンネローゼさんに両脇を固められながら部屋に向かっていったカクさんを見送った後、護衛のために部屋の前までついていった双子騎士を除いた面々は自然と解散となりました。
「では、各員は持ち場に戻れ。近衛の方々には船室で休んでいて構わない。出航用意!」
ルーデンドルフ少将の掛け声により、全員が出航に向けて最後の仕上げに移っていきます。
その中で、自分はカクさんとアンネローゼさんが皇女殿下の部屋に行ったことで空いた部屋を使わせてもらうべく部屋割りをまとめていた少将の副官さんに声をかけました。
「すみません。1つよろしいですか?」
「…はい、何でしょうか?」
自分の能面に怪訝そうな目を向けたものの、勇者を無下にはあしらえないため仕方なくといった感じでその副官さんは返事をしました。
まあ、慣れた反応です。ヨホホホホ。
「カクさんが使う予定だった部屋が空いてますよね? 自分、そちらに入れてもらえないでしょうか?」
「何を–––––いえ、そういうことでしたら。少将に確認を取りますので少しお待ちを」
副官さんは「何言い出すんだ、こいつ?」と言いたげな視線を浮かべましたが、エリザベートさんの姿に気づくと納得してくださったようで、ルーデンドルフ少将の方に確認を取りに向かってくれました。
多分、許可は出るでしょう。
副官さんがルーデンドルフ少将の方に向かったのと入れ替わるように、後ろからエリザベートさんがやってきました。
エリザベートさんは自分の隣に立つと、ルーデンドルフ少将の方に確認を取っている副官さんの様子を見ながら、自分に声をかけてきました。
「君も紳士なのだな。私は別に構わないぞ」
エリザベートさんの言うことが何を意味するのかは大方わかってはいます。
とはいえ、変態とか奇術師ならばともかく、紳士と言われるのはあまり快いものではありませんね。
いや〜、自分の感性って本当に頭のネジがへし折れてますよ。ヨホホホホ。
「ヨホホホホ。能面紳士とは、変態紳士と同じ評価を受けそうなカテゴリーですな。エリザベートさんは半分程度の人生しか刻んでいない変態小僧と同室でも問題ないと?」
「小僧なら変態でも構わないさ。近衛の中隊を預かる身、そのくらいの度量はあるとも」
ふざけたところ、見事に切り返されました。
やはり人生経験に差を感じますね。口では勝てる気がいたしません。
とはいえ、少しくらいはかじりつきます。これはこれで面白いですから。
「ヨホホホホ。部下に慕われる所以はその度量にあると見えます。引き込まれる魅力でしょうか? 自分も信を託したくなりそうですな」
「相変わらず世辞がうまいな。その仮面だと口説いている風はまるで感じないがな」
「ヨホホホホ。面とともにこの笑いも風情を壊すに一役買っていますよ」
「ならば仮面を外してその口を塞げば風情も出るということか?」
「ヒョッヒョッヒョッ。エリザベートさんのような色香漂う女性にしていただければ、なるほど自分の悪あがきは虚空の代物と化すでしょうな」
そこまで返したところで、ようやく一矢報いたようです。
エリザベートさんが残念そうな苦笑いを浮かべました。
「君との会話は楽しいものがあるが、年の割にからかい甲斐がないな」
「ヨホホホホ。赤面させてからかうのであればカクさんをお勧めしますよ」
のらりくらりと返す自分に、エリザベートさんは扱いの困る動物に向けるような何とも言えない表情を浮かべて溜息を零しました。
「私は君が年相応の反応をしてくれる方が面白いのだがな」
「ヨホホホホ。それはやめておいた方がいいですよ、鳥肌ものですから」
のらりくらりと返します。
ヨホホホホ。自分に対してその手の冗談を振っても、回るだけですよ。
カクさんは逆にこの手の話題を振られると赤面してあたふたとしますけどね。カクさんは受け流したりすることが苦手で、何事も真正面から受け取る性格です。実直で正義感が強いカクさんらしいですね。
「勇者殿、少将の許可がおりました。こちらが鍵です」
そこに副官さんがやってきました。
カギを手渡されました。確かに、カクさんとアンネローゼさんが本来利用するはずだった部屋であってますね。
ともあれ、副官さんが来た以上はこれにて終幕です。
今回は自分の勝ち逃げとなりました。
「ヨホホホホ。ではエリザベートさん、一足お先に失礼します」
「…今回はしてやられたな」
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9,173
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2.3万
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