異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

29話

 ヨホホホホ。
 1人になってしまいましたので、とりあえずどうするか選択しましょう。
 最善の策は副委員長を追いかけてカクさんと合流することでしょう。何しろ自分の防護魔法を打ち破る魔族がいるのです。副委員長にはこっそり強化の魔法をかけておきましたが、それでも回復役たる自分がいなければもしもの事態に対応できません。
 最悪の場合、蘇生魔法を使用しますけど。実験済みですし。


 ただし、その選択をするには少し問題となる事柄があります。
 この城塞都市に、何かがやってきました。
 ソラメク王国側でも、自分たちが侵入した側でもない、自分が墜落した険しい崖の方角からです。
 地図によればあの方角の先にも村が存在していたはずですが、おそらくそこを攻撃していた方が帰ってきたのでしょう。


 ですが、その帰還してきた方の纏う気配が尋常ならざるものです。
 おそらく、全力のサラトガ氏をもゆうに上回る存在ですね。これは、流石に手にあまるといいますか…対峙したらまともに生きて帰れる見込みないくらいの強さですよ。ヨホホホホ。


「ですが…」


 それではみなさんの安全が確保できませんし、カクさんと副委員長がどうなるかわかりません。
 幸いというべきか、その方はまっすぐこちらへ向かってきています。
 まずは近場からということなのでしょう。
 ヨホホホホ。その選択は誤りというものですよ、魔族の方。
 自分、確かに戦闘能力に欠ける職種ですけど、自身も回復できる上に魔力が無限というしぶとさに関しては右に出る者なしの勇者(?)ですから。ヨホホホホ。


 強化魔法をかけます。
 治癒魔法をかけます。
 蘇生魔法を発動できるよう仕込みます。
 これで一度死んでも即復活が可能ですね。
 そして御手杵を構え、飛んでくるその方を待ち構えました。


 はてさて鬼が出るか蛇が出るか。
 待ち構えた自分の前に現れたのは、執事服をきっちりと決め、ピカピカの革靴と白い手袋をはめ、頭に被りもの…いえ、頭がヤギになっている首から下はツッコミの必要がないのに頭だけおかしな状態をした、ヤギの魔族でした。


 鬼でも蛇でもなく、ヤギが出てくるとは…これはこれで予想外です。
 執事ならば、流れ的に羊が務めるのが相場だと思うのですが。羊の執事…ヨホホホホ。
 まあ、我ながら悲惨なほど寒くなる冗談はさておきまして、問題はここに現れたこのヤギの魔族でしょう。
 明らかに自分の進路を妨害しているようにも見受けられます。
 海藤氏がやられた際、そして先ほど副委員長を回復させた際に見られていたとするならば、なるほど回復役である自分を足止めする選択はなかなか良い手段です。
 ただ、目の前のヤギ執事の魔族さんから漂う気配を見てみると、戦闘能力が常時パーティー最下位の自分を足止めするには過剰と言わざる得ない戦力だと思います。
 だって、気配で分かりますよ。
 サラトガ氏と比べてもなお、このヤギ執事の魔族さんのほうが圧倒的に強いというのが。
 あちらさんを見たのは一瞬でしたが、海藤氏を襲撃してきた空飛ぶ魔族さんと互角くらいの力はあると思います。
 はっきり言って、化け物ですよ。ヨホホホホ。
 これは、貧乏くじかもしれません。


「ヨホホホホ。藪を突く前に、ヤギさんが出てきましたね。私見ですが、サラトガ氏よりもお強いでしょう」


「あやつを片手間で片付けた勇者殿にとっては、大差ないのではないかな?」


 おや?
 意外にもヤギ執事の魔族さんは、サラトガ氏とは打って変わって自分のことを軽蔑するそぶりもなくそんなことを言いました。
 魔族は人族を見下している者が多いと聞いた割には、拍子抜けしそうな方ですね。
 何でしょうか、この武人格あれと言わんばかりのダンディな雰囲気をまとうこのヤギの魔族さんは。
 目の前に現れたヤギの執事の魔族さんは、どう見ても彼らが畜生と同列にみなす人族と見た目だけは変わらない異世界の勇者である自分を見ても睥睨も侮蔑もせず、むしろ一種の敬意を示すような目と言葉を向けてきました。
 その対応にサラトガ氏との差がありすぎるので、少々困惑しています。


『?』マークを浮かべている自分に、ヤギの魔族さんは不敵な笑いをこぼしました。
 なんといいますか、ヤギでもイケメンに見えてしまいます。これが世に言う心がイケメンというやつでしょうか。渋いイケメンの纏う雰囲気、こう…カリスマ性を感じます。


「フッ…サラトガと会ったのであれば無理もないか。異界より来る勇者の力を見誤るようでは奴もまだまだよ」


 サラトガ氏のことをやつとかいいましたよ、このヤギさん。
 絶対に強いですよね。サラトガ氏でも負傷と油断、傲慢ありきで自分は勝ったのですから、実力的にそのサラトガ氏を上回るこのヤギの執事の魔族さんは逆立ちでもしないと自分、勝てる気がしませんよ。


 自分の考えを読んでか読まずか、ヤギの魔族さんは自分に向き直ると言葉を紡ぎます。


「我もまた、確かに人族を蔑む魔族の1人だ。だが、勇者と女性には敬意を払うことを信条としている身でな。偉大なる大地と創生の神『クロノス』が認めし勇者ならば、相応の敬意を払う必要があるだろう。敵であるならば尚のことだ」


 何でしょうか。
 この魔族さん、すごい出来た方ですよ。
 ヨホホホホ。自分なんかが相手するような方ではない気がしますけど、まあ会ってしまった以上は相手しますから。


「ヨホホホホ。城塞都市(…本格的に名前忘れましたね)に来ている勇者の中では自分、戦力としては1番の雑魚ですから。持ち上げていただいて恐縮ですが、満足いただけるかは分かりません」


「謙遜せずとも良い。サラトガを再起不能にするなど魔族の中でも精鋭軍の将でもなければ出来ぬこと。それだけで異世界の勇者の力の一端が垣間見えるというものだ」


「…過分な評価、痛み入ります」


 サラトガ氏、まだ立ち上がる程度の力は残っていたと思うのですが…。発勁を受けるのに慣れていないのがたたったのでしょうか?
 なんか別の原因がある気もしますけど。まあ、今回はどうでもいいでしょう。


 しかしこの魔族の方、こちらが恐縮したくなるくらいに高い評価をしてくださいますね。
 クロノス神が入国…いえ、この場合は入界と言えばいいのでしょうか? とにかく、大地と創生の神様が認めた存在には敬意を払うのが当たり前という認識のようです。創造主といいますか、主神は種族を問わずに敬われているようですね。


 ヤギの執事の魔族さんが右手を上げて何かを唱えます。
 直後、音もなくその手に突然紫水色の刃を煌めかせる豪奢な剣が現れました。


「魔族皇国軍79元帥が1人、偉大なるアンタレス公が軍団、副将6鬼師軍司令、シュラタン。人族が呼びし異界の勇者よ、いざ尋常に勝負されたし」


 シュラタン殿は威風堂々という言葉が似合う姿で、そう名乗りを上げました。


 ヨホホホホ。名乗られたからには名乗り返すのが礼儀というものでしょう。
 それに、勝てそうな気はしませんがカクさんと副委員長が帰ってきていません。鬼崎さんたちも安全とは言い難いです。
 ここでシュラタン殿を抑えられるのが自分だけならば、その責任を果たすのがパーティーの生命線を担う治癒師たる自分の責務というものでしょう。
 ヨホホホホ。偶然の成り行きですけど、勝てる気がしませんけど、やれという状況に追い込まれた以上はやり遂げます。
 ヨホホホホ。女神様に授かった力、存分に発揮して逆にシュラタン殿を足止めいたしましょう。


 おなじみといいますか、仰々しく腕を回しながら片足を引き、深く頭を下げて礼をしながら、回した腕を腰と胸に持ってきます。


「初めまして、魔族の師軍司令シュラタン様。私、名前を湯垣 暮直と申します。顔に関しての無礼はご容赦いただきたく。私の仲間たちであるクラスメイトからはマヌケ、または変態仮面奇術師とも呼ばれている身です。名前よりも、面をかぶった頭のネジをなくした道化といった認識のもとによるあだ名で呼んでいただいた方が、自分としましてもありがたい事です。以後、お見知り置きを。そして–––––」


 一度言葉を切り、首だけを持ち上げてシュラタン殿の方を見上げます。
 その体制で、最後の一句を付け加えます。


「その勝負、私ごときでよろしければお受けいたします」


 それが、会戦の火蓋となります。
 申し出て、受けた。このやりとりを終えた以上、これ以上の言葉は全て不要です。月並みな表現ですが、言うなれば『ただ武で語れ』でしょうね。


 剣と槍が交錯します。
 勇者補正による超人的な身体能力に加えて強化魔法で底上げしたというのに、御手杵を受け止めた剣を支えるシュラタン殿の腕は岩のように重く、押し切ることができません。


「面白い…なかなかの力だな。しかしそなたでも職種により膂力は比較的下の部類であろう。これを上回る者たちがひしめく勇者たちとは、飽きぬであろうな」


 しかも、こちらは全力なのに対してシュラタン殿はまるで楽しむような余裕がある様子です。
 というか、まるで全力を出していませんよね?
 ヨホホホホ。これは厳しい戦いになりそうです。


「さあ、耐えて見せよ!」


「ウイ!?」


 シュラタン殿の力が一気に上がりました。
 無理無理無理! 無理です、この力! どこぞの怪力–––––いや失礼。自分では対抗できる膂力ではありません。
 見事に押し切られて、槍ごと突き飛ばされました。


 背中に強い衝撃が走ります。
 どうも城塞都市を囲う城壁に背中から激突したようですね。
 背骨や内臓が激しく損傷しますけど、治癒魔法を用いて即座に治します。
 槍を杖代わりに体勢を立て直しますが、そこにシュラタン殿の剣が振り下ろされてきました。


「おっとっと!? ふい〜危ないです…」


 間一髪で御手杵を用いて防ぎました。
 いや〜、本当に危なかったです。保険として蘇生魔法の発動ができるように仕込んでいますけど、いきなりその切り札を使うことになりそうでした。


「ほう…やりおるな。戦い慣れていると見える」


 自分の方はしのぎを削る戦いだというのに対して、シュラタン殿は余裕の笑みを浮かべました。戦いを楽しんでいる節もありますね。ヨホホホホ。
 笑い事ではないだろ!と? まあ、確かにそうなんですけど。やはり、こういうことも含めて楽しんでこそ面白愉快なことだと思う…いえ、すみません。格下は自分ですよね、真面目に戦いますとも。


 製薬魔法を用いてドーピングを行います。ばれないように面の下でこそこそと。
 ヨホホホホ。これで強化魔法の効果マシマシプラス、副作用で筋繊維と骨がズタボロになるドーピングモードとなります。
 治癒魔法あるので、自分には大した副作用ではありませんけど。
 …痛いですけどね。強いて言うならこれが副作用でしょうか。


 さて、パワーアップした自分の力、とくとご覧にいれましょう! シュラタン殿に。
 力一杯槍を押し込んでいきます。


「ヨホホホホ。これでどうでしょうか?」


「ふむ、無茶をやらかす者だ。しかし全力を向ける姿勢は、勇者の称号にふさわしい!」


 シュラタン殿の意表をつくことはできましたが、3歩で押し込めなくなりました。
 シュラタン殿が踏ん張りを強くしたようです。
 全力からは程遠いというのはわかっていましたが、ここまでしても簡単に押し負けるに至るとはすごいですね。
 しかも、まだパワーに余裕がある表情です。


 ヨホホホホ。強い、強すぎます。
 こちらが汚い手段で力をごまかして上げているのに対して、シュラタン殿はまだ純粋な筋力だけで対抗しています。
 対抗といいますか、力試しに興じているという感じでしょうか。
 遊ばれているのに悔しくないのか!と? いえいえ、戦いの中でも楽しみというのは必要でしょう。遊びも混ぜつつ命のやり取りをするというのも興が乗りますし、いいではありませんか。
 必要でしょう。余興の余裕とか。ヨホホホホ。


 自分はあくまでも正面から殴り合うのがスタイルではありません。
 絡め手無しでは奇術師失格ですし、動くとしましょうか。


「異世界の勇者よ。そなたの力、その程度ではあるまい」


「ヨホホホホ。今は仲間たちの命がかかっておりますので。申し訳ありませんが、自分も自分の戦いで挑むといたしましょう」


 シュラタン殿はある種自分との戦いを楽しんでいる節もあるので、もしかしたら面白くないかもしれませんが。
 仕方ないですよね。自分、力比べ向きの職種ではないので。
 というわけで、ドーピングを一旦解除して張り合っている力を一気に傾けます。
 一気に押し込まれる形となりますが、突然均衡が崩れたことにシュラタン殿の方は体制が崩れる中、自分は御手杵を使い軸を移動させてその押し込まれる力を逃しつつさらにシュラタン殿の体制を狂わせます。


「…む!?」


「ヨホホホホ。では、失礼します」


 体制を立て直す隙を与えず、右手を槍から手放して、シュラタン殿に掌打を叩き込みます。
 魔族はサラトガ氏の反応から『発勁』に対して無知の様子なので、これは効くと思いますが。
 全身の筋肉を動かし、相手の体内に衝撃を暴れさせ、感覚や肉体の機能を大きく狂わせる一撃は、シュラタン殿の脇腹に直撃しました。


「グオォッ!?」


 余裕の笑みを崩さなかったシュラタン殿の表情が一気に傾きました。
 そこに御手杵の大ぶりの一撃を向けます。


「ヨホホホホ。これならば、如何でしょうか?」


「ヌゥッ!?」


 しかしサラトガ氏と違い、シュラタン殿は間一髪で剣を使い御手杵を防ぎました。
 踏ん張りは効かなかったようで、吹き飛ばされます。
 いや、距離を取るためにわざと大ぶりの一撃を利用したのでしょう。
 初めて発勁を受けながら、その対応は文字通りシュラタン殿が強いというのと、戦い慣れているという事なのでしょう。戦闘に関するセンスがかなり違います。
 もう少し小ぶりで隙のない攻撃ならば通ったかもしれませんが、それでは直撃したとしても大して効きはしないでしょうからあまり意味をなさないですよね。
 ヨホホホホ。渾身の一撃だったのですが、届きませんでしたか。


 間合いを取ったシュラタン殿は、腹を抑えながら息を荒くしています。
 その額には汗が滲んでおり、ヤギの毛並みをしぼめているほどでした。


「ハァハァ…ウゥ…なんという…さすがは勇者、とんでもない隠し玉を持っておる。腹の中身を掻き回されるようだ。力任せの一撃とは重みが違うな」


 そして、笑みを浮かべています。
 うわ…あの目はまだやるつもりですね。できればこの一撃で退いて欲しかったのですが、武人の血が滾ると言わんばかりの表情をシュラタン殿は浮かべています。


「今の一撃で意識を持って行きたかったのですが…さすがは魔族の将帥ですね。発勁を初めて受けて意識を失わないとか、自分には理解しかねます。ヨホホホホ」


「発勁というのか…面白い。無論、勇者たるそなたとの戦、中途で終わらせるなど無粋なことはせぬ!」


 闘志に満ちた目です。
 根っからの武人ということでしょうね。シュラタン殿は戦場に生きるタイプの戦士なのでしょう。
 ヨホホホホ。こういう暑苦しいのも自分は嫌いではありません。
 シュラタン殿が勇者である自分たちに敬意を払うと同じように、自分たちも敵とはいえ天晴れと言いますか、はるか格上をいく強者たるシュラタン殿には敬意をもって応じる義務があるでしょう。
 搦め手ありきで戦わせてもらいますけど、諦めの悪いシュラタン殿との戦いをこちらとしても半端なところで終わらせてはいられませんね。


 御手杵を手元で回して構え直し、シュラタン殿に対峙します。


「ヒョッヒョッヒョッ。熱気ある展開もまた良い戦の花と言えましょう。自分としても負けられない戦いですし、一騎討ちの白黒はつけましょうとも。自分の戦い方は搦め手ありきなのでそこだけは承諾していただきたいのですが」


「フッ…それでこそ勇者よ! 己が用いる手札を使うことに恥じ入ることなどあるまい! 最後まで付き合ってもらうぞ!」


 シュラタン殿が剣を構え直します。
 しかし、シュラタン殿は本当にかっこいい言葉を口にしますね。カリスマが溢れ出るダンディーな将軍の纏う雰囲気でしょうか。
 いろいろとまっすぐな面をお持ちの方ですね。人柄的には、自分とは天地の差があるほどできた方だと思います。
 ヨホホホホ。自分ですか? もちろん変態仮面奇術師、頭のネジがへし折れたマヌケ、はた迷惑喧嘩煽り魔、性根の腐った能面野郎…まあ、挙げればきりがないほどにふざけた輩ですよ。ヨホホホホ。自分はそんなことを恥じてはいませんけど。だって面白いですから!


「行くぞ!」


 シュラタン殿が先に動きました。
 発勁を食らっておきながらよくそんなに動けますよね!? と言いたくなるような速さで飛び出して、瞬く間に距離を詰めてきます。
 早過ぎますね。あの距離がなかったら、首チョンパされてましたよ。
 なんとか御手杵で首に振るわれた刃を防ぎますが、すぐに剣は退かれて別の方向から刃を翻してきました。
 狙いはまた首ですか。


「ヒョイ。およ!? ヒョエ!?」


 容赦なく首を狙ってくる斬撃を、むやみに押し返さずに短い移動で御手杵を使い凌ぎます。
 1撃でも当たれば絶対に首が落ちますけど、振るわれる一閃毎を防ぐのが手一杯です。
 ウヒョ!? あ、危ない…。


 目で追ってはすぐにでも首が落ちますね。
 勘とシュラタン殿の目の動きから次の狙いを定めて凌ぎの選択肢を絞り当てて対応します。


「フッ! やりおるな!」


「余裕のある方は羨ましいですな」


 烏天狗の面の口元に麻酔を作り、息を吹いてそれをシュラタン殿の顔に飛ばします。


「黒き雷よ!」


 しかし、それに対してシュラタン殿は迷いなく雷の魔法を発動させて、飛散する麻酔を一瞬で蒸発させました。
 剣を握る手と体を動かす足は全く動きを緩めずに攻め続けます。
 足止めにすらなりませんね。ヨホホホホ。
 というか、シュラタン殿って思考回路2つあるんですか? 平然と麻酔の対応、剣の攻撃と同時にこなしているのですが。


「ヒョエ!?」


 あっぶな!
 い、いけません…。自分は格下なのですから、油断なんかしている暇ないです。
 集中を欠かして仕舞えば、即座に首が落ちてしまいますからね。ヨホホホホ。


 ところがどっこい。
 麻酔なんて使った罰なのでしょうか。
 自然と受けに回る自分が後退を続け、攻めてくるシュラタン殿に押し込まれ続けるという状況が続いていたのですが、かかとが瓦礫の欠片に躓いてしまいました。


「ヨヨ!?」


 これは致命的な隙です。
 当然、シュラタン殿がこの好機を見逃すはずがありません。


「貰った!」


 首を切り落とされては蘇生魔法も意味がありません。
 ヤバい、本格的にヤバいと確信しました。
 命の危険が迫ると時間の感覚が遅くなるといいますが、まさにそんな光景が浮かびました。
 躓き、倒れそうになる自分。
 それに止めを刺そうと剣を突き出してくるシュラタン殿。
 ゆっくりと、さりとて何もできずに、まるで自分の死にゆく時を見せつけられるような感覚でしょうか。
 あの剣が自分の心臓をとらえた時、終わりになりますね。
 ヨホホホホ。皆さん、申し訳ありません。
 お先に…


 グサッ!


「–––––ッ!」


 自分の防護魔法を貫き、心臓をシュラタン殿の剣が貫きます。
 激痛を通り越した熱した鉄を押し付けられたような灼熱が自分の胸を走り抜けていきます。
 声が出ません。
 血が喉元にせり上がってきます。
 まさに即死の一撃ですね。
 死因は心臓を一突きという吸血鬼のような最期を…


 ん?
 心臓? 一突き?


 首がつながっていることがわかった瞬間に、蘇生魔法が発動されました。
 同時に、スローモーションだった時間が元の早さで時を刻み始めます。
 胸に溜まった熱が爆発したような感覚が走り、体に力がみなぎりました。


「甘楽甘楽。ヨホホホホ。デュルシシシシ。イシシシシ。絶好調でエエエェェェッス!」


「討ち取ったり–––––イィ!?」


 漲る力を感じるように、大声を張り上げます。
 ヨホホホホ。最高の感覚ですな、生き返るとは!
 治癒魔法に加えて強化魔法を発動させて剣の立った心臓を剣が立ったまま修復、出血を止めて筋肉を修復するとともに強化魔法でポンプとしての能力を損なうことなく復活させます。
 なんか剣が刺さったままというのが絵面的にバカみたいですけど、それはそれ。
 今やるべきことはただ1つでしょう。


「ファイト〜イッパアアアァァァァッツ!」


「ドゴオ!?」


 倒したと思った自分が完全復活を果たしたことに大混乱しているシュラタン殿に、渾身の右ストレートをぶち込みました。
 漫画みたいに吹っ飛んだシュラタン殿は、すでに崩れた家屋に頭から突っ込んで気を失いました。
 ヨホホホホ。これぞ、大勝利というやつですな。


 …最後首切られなくてよかったです。

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