異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)
27話
崖の淵にようやく手が届きました。
ヨホホホホ。治癒師の回復魔法と治癒魔法、そして勇者補正の身体能力大幅パワーアップの恩恵がなければ、この崖を登ることさえできなかったでしょう。
デュラハンさんの体は、不幸にもチャリオットの下敷きになっています。
お前は何で生きているんだ、と? 確かに自分もズタボロになりましたけど、自分は治癒師です。治癒魔法で回復させました。当然、自分も回復できますよ。ヨホホホホ。
まあ、『生成』の面はもはや壊れてしまったので、今は『烏天狗』の面をかぶっています。
もうここまでくると単なる変質者ですよね。ヨホホホホ。
踏破しきって、ようやく城塞都市まで帰ってきました。
デュラハンさんの馬が作った穴を通り、城塞都市内に戻ります。
いつの間にかカクさんは城塞都市から出て行っているようですし、城塞都市の内部はだいぶ静かになっています。
まだ副委員長がいるのですが、暴れていないのでしょうか?
「ヨホホホホ。これは、よろしくない静けさというやつでしょうか?」
副委員長ならばサボるのは当然かもしれませんが、この静けさは明らかにおかしいです。
よろしくない気がします。
急いで副委員長の元に向かったほうがいいかもしれません。
御手杵を担ぎながら副委員長の元に向かいます。
しかし、その道を遮るようにあと100メートル足らずで動いていない副委員長に到着するというところで、道を遮るように建物をぶち壊しながら2体の魔族が姿を現して立ちふさがってきました。
巨体の魔族ですが、それ以上に姿が面妖と言いますか、自分が言うのも何ですけど面白いともいえる外見の魔族です。
「ヨホホホホ。これは中々…」
気配から察するに実力は本物ですね。デュラハンさんをも上回ります。
しかし、これは何といいますか…。
形は、サソリかサソリもどきに近いと思います。それをベースにしているのでしょう。
8本の太い足が支えている頭が尾より低い位置についた体なのですが、その足が人間…いえ、猿の足をしています。5つの指がついた猿の足。人間よりも見るからに器用に扱える足ですね。
脚も霊長類のように見えます。
四股を深くとった感じといいますか、とにかくあの形で支えるにはおかしな姿勢ともとれる虫を真似たような膝を高く突き上げた曲げ方で、霊長類の持つ足を8本揃えて支えています。
その脚には毛も生えていますね。体表は鱗や甲殻ではなく皮膚のように見えるもので覆われており、色は青緑色をしています。毛は真っ暗ですね。フサフサですけど、汚く見えてしまうのは皮膚の色と脚という部位だからかもしれません。
胴体ですが、何といいますか平坦ですね。背中が平坦です。あれですね、ウデムシ。ウデムシみたいな形の胴体といえばわかりやすいかもしれません。むしろサソリもどきよりも合う表現かもしれないです。
胴体は禿げですね。毛はないです。緑色の黒い斑点模様のついた皮膚がむき出しになっています。関節になっているように見える背中には、背骨に沿うようにジャガイモの芽みたいなぶつぶつの生えた突起物が伸びています。
体の構造が見るからに明らかに虫さんよりなので背骨という表現は語弊があるかもしれませんけど。といいますか、背骨じゃないかもしれません。そう見えているだけで。
そして尻尾ですが、ミミズですよね、あれは。巨大な緑色の、ナイス見たくジャガイモの芽みたいな突起物を所々に生やしたミミズ。口はイカの口見たく丸です。牙に覆われた丸です。あれには噛みつかれたくないです。ヨホホホホ。
いえいえ、自分だってあれを気色悪いと感じないことはできませんよ。
お前の方が気色悪い、と? ヨホホホホ。確かに言えてますね〜。
一番面白いのは、頭ですね。
マネキンみたいな表情が一切動かない彫の深い西洋人風のおじさんの顔をした顔面がウデムシの胴体に埋まっています。首が無いです。
顔、いかついですね。
何といいますか、合成獣にしてはギャグ要素の多そうな外見をしています。
端的に申し上げますと、面白いです。面白い生き物です。
「イシシシシ。これはなかなか、面白い外見ですね。デュラハンさんのインパクトが懐かしく思えます」
この顔は、頭じゃなさそうですね。
尻尾の口はしきりに開いたり閉じたりしてますけど、顔はむすっとしたおじさんフェイスが表情筋を時間停止させているように動きませんから。
体表は緑ですので、顔ももちろん毒飲んで果てたみたいな青緑色をしています。
口元に泡とかあれば、こんな死に顔した人がいそうだな的な絵になりそうですね。
ヨホホホホ。やっぱりこの顔おもしろいです。
お前よりはまだ生物として正常な絵面だよ、ですか? ヨホホホホ。お褒めに与り恐悦至極。自分の異常な絵面は彼ら魔族をも凌駕するという評価は、なかなかいいものですな。
それはともかく、どこを見ても面白い中で唯一普通感漂うのが両腕のハサミですな。
8本脚で体を支えているので、この魔族は手足が計10本あるということですな。
蛸。蛸さんと比べると蛸さんに失礼ですけど、蛸さんです。
ヨホホホホ。なんか落ちた際に頭のネジをさらに一本なくしたようです。言動がおかしくなりつつあります。
変わってねえよ悪化する余地残ってないんだから、と? ヨホホホホ。全くもってその通りですね。自分のおかしな思考回路にネジが残っていたらそれこそ故障の原因になってしまいます。
とっくにオシャカだろ、と? ヨホホホホ。もちろん自覚していますよ。
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
「ググググウゥゥゥョヨオオオオォォォ!」
一般人が聞いたら「やめろ!」と叫びたくなるような鳴き声をあげて(しかも揃っていません)、2体の魔族が巨体に似合わないものすごい速さで自分めがけ突撃してきました。
あの脚で走られると、笑いが出てきそうです。
「甘楽甘楽。面白い見世物とはまさにこのこと、ステージで走らせたら阿鼻叫喚が観衆から上がりそうですな。端的に言いまして、キモイです」
ケイさん辺りが聞いたら「オマエよりはマシだろ」とか言いそうなセリフを吐きつつ、ガサガササウンド鳴らしながら巨体に似合わないゴキブリスピードでかけてくる2体の魔族を観察します。
とりあえず、構造的に弱点になりそうな箇所は脚でしょうか。此方の世界の住人である魔族に自分たちの世界の生物学が通用するとは思えませんけど、さすがにあの構造の脚であの体勢を用いて体を支えつつすり足のような感覚でガサガササウンド、ゴキブリ行進音を巨大化させた足音を立てて移動しているとなると、負担がかなりのものになると思います。
既に潰れたカエルみたいな体型しているので、重量は案外少ないかもしれませんが。
無表情の厳ついおじさんフェイス、ゴキブリ並みの早い動きと身の毛のよだつ行進サウンド、気味の悪い声を上げるミミズの尻尾、そして安っぽいキメラみたいな面白い外見。
…なかなか、慣れない人には直視できない光景ですよね、あの魔族の動く姿。ほぼ確実に不快害虫にカテゴライズされますよ。
しかし、外見は面白いですけど、動きが素早いです。巨体に似合わない動きは、怪力の持ち主である、強化魔法に長けている、もしくは両方ありえるという仮説が成り立ちます。
千里眼・医療で見た限り五体満足ですので、弱点となるような箇所はある程度観察してみないと分かりかねますね。
まずは進路を妨害するために防護魔法を展開します。
分厚く作った今回の見えない壁は、デュラハンさんのチャリオットの突破も阻めそうなくらいに強固なものとしました。
そこに2体の魔族は激突します。
巨体が見えない壁に阻まれ、安っぽいキメラみたいな魔族のゴキブリみたいな行進が停止しました。
体当たりしてましたけど、いかついおじさんフェイスは全く表情を変えません。
ヨホホホホ。あの顔が一番のホラー要素な気がします。
お前の顔と比べればまだマシだ、と? ヨホホホホ。確かにそうですね〜。
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
「ググググウゥゥゥョヨオオオオォォォ!」
2体の魔族は忌々しいと言わんばかりに尻尾のミミズ口から声を荒立てて叫んでいます。
脚にふさふさ生えている毛が、生き物みたいにウネウネと蠢いています。
ジャガイモの芽みたいな突起物よりはマシかもしれませんが、これはこれでなかなかに嫌悪されがちな絵面となるでしょう。
あなた方の毛が逆立つたびに、こちらも鳥肌が立ちます。
ガンガンと、ハサミで防護魔法を叩いてくる2体の魔族ですが、そのような攻撃で体当たりをもしのいだ防護魔法は抜けませんとも。ヨホホホホ。
まずは小手調べとして仕掛けてみましょうか。
御手杵を手元で構え直し、防護魔法の展開を解除します。
いきなり遮っていた壁がなくなったことで、2体の魔族は勢い余って足元を崩しながらも、これ幸いと一斉に脚を揃えて突撃してきました。
ガサガサというサウンドも再開されます。
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
「ググググウゥゥゥョヨオオオオォォォ!」
御手杵を構えます。
体当たりの際に判明しましたが、あの下手くそなキメラみたいな魔族はかなり頑丈でしょう。あの巨体のあの疾走で体当たりをしておきながら、擦り傷1つ負っていません。甲殻ではなく皮膚で覆われているにもかかわらずです。
まあ、自分たちの世界の基準をあてはめようにも、あの安っぽいキメラでは難しいでしょうな。
頑丈というのはわかりましたが、傷つかないというならばどうでしょうか。
傷がつくならば、治癒師が誇る製薬魔法の裏技である毒を注ぎ込むやり方もありですね。
というわけで、まずは御手杵を振るい突進してきた2体の魔族にすれ違いざま、御手杵の刃を振るいます。
しかし、胴体の厳ついおじさんフェイスの方はまるで鉄の塊を殴ったように槍が弾かれました。あれはかすめた程度では傷1つつきそうにありません。
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
続いてもう一体。
こちらは脚に狙いを定めて振るいます。
しかし、黒い毛並みがヤマアラシのように逆立ったかと思いきや針に変わって、いきなり打ち出されてきました。
「おやおや…」
どこの対空兵器でしょうか。
狙いなんて構わずにただ針をものすごい速さで撃ち出すという感じですね。
その針の速さと数も尋常ではありません。
ましてや至近距離です。
今の帝国の方から借りた服装程度では歯が立つわけもなく、気休めにすらならない防具はやすやすと撃ち抜かれて、回避する間も無く体に針が多数突き立ちます。
ヨホホホホ。すごい太い分、滅茶苦茶痛いです。これ、地味に痛いです。
何とか治癒魔法をかけようとしますが、その前に針を打ち込んできた方の魔族のミミズ頭の尻尾が伸びてきて腹にかぶりついてきました。
鋭い牙は顎の力がある分、針との威力は段違いですね。
「これは…ヨホホホホ。なかなか力の強いことで」
体に牙が突き立ちます。
しかも、その腹の傷から血を吸い出していますね。ゴクゴクとミミズの尻尾が血を吸い出していきます。
勢いが違いますね。蚊やアブなんぞとはまるで違う勢いです。普通であれば数分で干からびてしまうでしょう。
…普通であれば、ですが。
「ヨホホホホ。治癒師の魔法は血液も補充できますとも」
回復魔法を使用して血液を抜かれる量だけ次々と補充していきます。
その分魔力が削れますが、勇者補正を授けてくださった女神様のおかげで魔力は無尽蔵に等しいです。この程度で削れるなどというやわな容量ではありません。
ヨホホホホ。女神様に約束しましたので。可能な限りみんなを生かして戻ると。
副委員長が心配です。治癒師というパーティーの生命線を預かった以上は、自分より先に戦死する仲間を生み出すわけにはいきませんから。ヨホホホホ。
強化魔法を使用して、腕力を底上げします。
「借りますよ。すぐに返しますけど」
肩に突き刺さっている針を引き抜き、治癒魔法で傷をふさぎます。
それから針をかぶりついているミミズの頭めがけて突き刺しました。
その前に、引っこ抜いた時点で何をするのか察したらしい魔族さんが針を毛に戻していましたが、なんのその。そんなことくらい自分にも予測できます。
何しろ人族を上回る知性を有するのが魔族というものでしょう。喋れないくらいで、狡猾な性質を持っていることくらい帝国の方に聞いていますとも。
というわけで、安心しきっている魔族さんの毛は強化魔法でガチガチの針に戻しておきました。
それ、ズブリと。
「はい、ありがとうございました〜。お返しします」
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
悲鳴をあげてミミズが口を開き、自分を振り落とします。
しかも、冷静さを欠いていましたね。
振り落とした先、自分の着陸地点は安っぽいキメラの姿した魔族さんの背中の上です。
「ヨホホホホ。背中がお留守ですよ」
製薬魔法で調合した麻酔薬(めちゃくちゃ強力で象でも昏倒する為分量間違えれば致死性の毒物にもなる)を分量適当にということでとりあえず大量に塗ったくった御手杵の穂先を向けます。
「ヨホホホホ。運だめしですね〜」
御手杵を魔族の背中に突き刺しました。
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
魔族が悲鳴をあげますが御構い無しです。
背中に通って直接体内に薬を入れました。回ればたちどころに意識を失う…はずでしょう。はずです。はずですよね…?
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
魔族が暴れています。
ミミズをあちこちに打ち付けてって…いいんですか? 一応、あれが頭ですよね?
しかしまあ、敵の心配なぞしている暇はありません。
御手杵を引き抜き、さらにダメ押しで麻酔を流し込みます。
まあ、これだけあれば十分でしょーよという雑なメモリです。虫みたいですし、相応の生命力もあるはずですよね。大丈夫ですよね?
「ギギイィィィャヤアアァ…」
魔族さんの声が勢いを衰えさせていきます。
ヨホホホホ。どうやら有効のようですね。
なんかミミズが泡を吹いてますけど、まあ大丈夫ですよね? 効いてますよね? …効いていると思いますか?
「ヨホホホホ。不安が募ってきましたな。魔族相手だからでしょうか?」
薬を受けたキモいキメラ型魔族はフラフラと歩みを狂わせていき、ばたりと倒れました。
頭というかミミズみたいな尻尾も落ちます。
どうやら効いたようですね。ヨホホホホ。
「ヨホホホホ。とりあえず、一体ですね」
死んだかどうかはわかりませんが、戦闘不能には追い込んだので良しとしますか。
そう思ったのもつかの間、体の中で何かが蠢いているような感覚に見舞われます。
はて、何でしょうか?
そう思い体を見下ろすと、刺さっていた下手くそキメラの毛がうねうねと蠢きながら血を吸っているではありませんか。
ヨホホホホ。これは、さながら針金虫ですかね?
ウネウネがすごい速いし、しかもでかいし、数も多いしで、あまり針金虫の面影が残されているように見えませんが。
これはこれで気色の悪い絵面ですが、この巨大針金虫たちは単に血を吸っているだけでなく蚊のように体液を逆に流し込んでいるようです。
いや、この大きさで何かを無理やり流し込まれていればわかりますよ。すごい量ですし、液体というより液体をまとったゼリーの粒みたいなものですけど。
…ヨホホホホ。これ、たぶんも何も卵ですよね?
奇天烈キメラは何といいますか…すごい卵の産み方をしますな。
いや、針金虫とキメラは別物かもしれませんけど。
とりあえず、治癒魔法を発動させます。
針金虫は突然急速に修復された自分の肉に押しつぶされて、次々と頭を落とされていきます。入った針金虫の一部は体内に飲み込まれます。
その前にと、何匹かの針金虫は切られる前に自分の体に潜っていきました。
よくこんな大きなのが入りますよね、と自分の体の容量の方に驚きが出ます。
何しろ、巨大針金虫さんはでかいですから。太さ10センチくらい、長さ70〜80センチくらいののうねうねがズブズブと潜り込んできたのですから。
中で動き回っていますね。モゾモゾします。モゾモゾといいますか、身体の中身引っ搔き回されているみたいです。実際引っ掻き回されているのでしょうがね、ヨホホホホ。
ヨホホホホ。思い出しましたけど、動画で見たドジョウ鍋の豆腐に逃げ込むドジョウのようですね。
やはりというべきか、ドジョウ先生が再び奇天烈なタイミングで戻ってきました。さすがはドジョウ先生ですな、ヨホホホホ。
それはともかくとして、体の中に居られるのはいつ孵化されたり食い破られるのかわかりませんので、体内に入り込んだものは一掃するとしましょう。
これぞ治癒師の戦い方。体内に敵を飲み込んで、浄化魔法で一網打尽です。
ということで、浄化魔法を発動させました。
「ヨホホホホ。なかなかスッキリしますな」
一気に中に入っていた異物が浄化され、消え去りました。
意外とスッキリするものですね。快感です。
もう一度体験したくなる快感ですね。体の中身を掻き回されて、巨大針金虫さんがうごめいている感覚もあれはあれでなかなか未知のぞわぞわするものですから癖になりそうですし。もう一体の魔族さんにも入り込んできてもらいましょう。
…もちろん、治癒師以外はやめたほうがいいですよ。自分の感性は頭のネジが折れているためにおかしいですから。ヨホホホホ。
というわけで、槍を構え直します。
「ググググウゥゥゥョヨオオオオォォォ!」
もう一体の魔族さんは、何をトチ狂ったのかいかついおじさんフェイスの頭の方を勢い余ってしまったらしく建物の壁をぶち抜いて顔面がはまっていました。
ヨホホホホ。やっぱりこの安っぽいキメラの魔族さん面白いです。姿かたちだけでなく、ギャグ要員としても活躍してくれるとは、コメディの塊ですな。ヨホホホホ。
「ヒョッヒョッヒョッ。これは面白い絵面ではないですか。魔族さんもお笑いの魂が宿っていると見受けます」
「ググググウゥゥゥョヨオオオオォォォ!」
怒ったように、ミミズの頭が自分に向かって吠えあげました。
ヨホホホホ。怒ってますか? しかし、面白いです。
自分は面白いものは大好きですよ。ヨホホホホ。
というわけで、毛むくじゃらの脚に近づきます。
狙いはもちろん、浄化魔法の快感のためです。ヨホホホホ。
自分の都合ばかりで進もうとしていましたが、ふと何のためにこの魔族と戦っていたのかを思い返します。
そういえば、副委員長はどうしたのでしょうか?
まだ生きていることは気配で分かりますが、全く動いていません。
「副委員長のことを忘れるところでした。今は急ぐ必要がありますね」
こうしてはまった以上、この安っぽいキメラを相手にしている必要などないでしょう。
帰る前にもう一度浄化魔法の快感を味わわせてもらうとしまして、この安っぽいキメラは放って副委員長の元に向かうとします。
「ググググウゥゥゥョヨオオオオォォォ!」
無視するな!と叫ぶように下手くそキメラが吠えますが、無視します。
副委員長が無事でいてくれれば良いのですが…。
ヨホホホホ。ネガティヴな思考はやめましょう。
副委員長は生きていますし、死んだとしても自分には蘇生魔法があります。1人で先立たせることはいたしません。
この治癒師という職種にかけまして、パーティーの生命線にかけまして、絶対にです。
瓦礫の山を抜けた先に、副委員長はいました。
–––––巨大な黒いクレーターの真ん中でボロボロの姿となって。
「副委員長!?」
自分はすぐに倒れている副委員長に駆け寄りました。
「副委員長! 息はありますね。これならば治癒魔法と回復魔法でどうにかなるでしょう」
抱え起こした副委員長にかすかに息が残っていることを確認し、すぐに治癒魔法を行使します。
スス汚れた副委員長は、見るの無残なボロボロの状態でした。
肌は焼け、肉はめくれ、眼球は沸騰しており、臓器がむき出しです。
むしろ、これで生きているのが信じられない状態でした。
「………ぁ」
かすれた喉から副委員長が何かを声にしようとしますが、弱々しいその声では聞き取れないので今は治療に専念します。
治癒魔法が浸透していき、副委員長の体が再生していきます。
服ボロボロなのでマッパですけど、副委員長の容体はそんなこと全く気にならないひどいものでした。
ヨホホホホ。治癒師の治癒魔法の即効性と効果、なめないでいただきたいものです。
わずか1分足らずで空襲の凄惨な跡を写した写真に載っていた被害者のようだった副委員長の身体は、何事もなかったかのように元に戻りました。
傷1つ残されていません。
次に回復魔法を行使して、失われた血液などを補充していきます。
さすがに服までは治せませんけど。
こればっかりは仕方がないので、自分が着用している上着を羽織らせます。
…制服ではなく、帝国に借りている装束の方ですよ。自分の場合は丈長の黒いコートで、幹部クラスの会社員が羽織る様な高級感のあるコートですね。
これで大事な箇所は隠せますし、寒さにやられる事もないでしょう。副委員長は自分よりも小柄なので、コートが膝下まで届いています。
…起こすとしましょうか。ワードとしては、やはりこれが効果的ですかね?
「ヨホホホホ。副委員長は鬼崎さんと違って情欲をそそるものが無–––––」
「…喝!」
「ドボォ!?」
副委員長の鉄拳制裁が、すでにミミズに食い散らかされた痕跡も修復した腹を直撃しました。
「ご、ご無事なようで何よりです…」
「…ウザい」
自分を押しのけて立ち上がった副委員長は、クレーターを見回してから急に表情を沈んだものに変えました。
…どうかしたのでしょうか?
「逃がした…か」
「ヨホホホホ。何かありましたか?」
「ウザい。関係ないし」
ヨホホホホ。相変わらずの副委員長ですね。
すっかり回復したようですし、大丈夫でしょう。
カクさんがこの都市から出ていることが気になります。自分はそちらを探しに行こうとして、副委員長がじっとこちらを見ていることに気づきました。
「…ヒョッヒョッヒョッ。烏天狗の面はお気に召しませんか?」
「…ガリ勉は?」
自分の冗談を完全スルーして、そう問い詰めてきました。
やけに真剣な様子です。怠癖ランキング万年トップを飾っている副委員長に何かあったのでしょうか?
そんな自分をよそに、副委員長は目を閉じて何かに集中し始めました。
…これは、話しかけないほうがよさそうですね。
副委員長が黙って約30秒後、突然何かを見つけたように副委員長は目を開きました。
「見つけた!」
そして、そう言うなりすぐにソラメク王国の方へ駆け出していきました。
…あ、あれ〜? 自分は置いてけぼりですか?
いや、まあ…そう言う扱いされるだけのことをしてきた自覚はありますけど。ヨホホホホ。
ざまあみろ、と? ヨホホホホ。確かにざまあですね。見事に普段のふざけたツケが回ってきているのかもしれません。
まあ、そんな程度で矯正しようなんて思いませんけどね。ヨホホホホ。
ヨホホホホ。治癒師の回復魔法と治癒魔法、そして勇者補正の身体能力大幅パワーアップの恩恵がなければ、この崖を登ることさえできなかったでしょう。
デュラハンさんの体は、不幸にもチャリオットの下敷きになっています。
お前は何で生きているんだ、と? 確かに自分もズタボロになりましたけど、自分は治癒師です。治癒魔法で回復させました。当然、自分も回復できますよ。ヨホホホホ。
まあ、『生成』の面はもはや壊れてしまったので、今は『烏天狗』の面をかぶっています。
もうここまでくると単なる変質者ですよね。ヨホホホホ。
踏破しきって、ようやく城塞都市まで帰ってきました。
デュラハンさんの馬が作った穴を通り、城塞都市内に戻ります。
いつの間にかカクさんは城塞都市から出て行っているようですし、城塞都市の内部はだいぶ静かになっています。
まだ副委員長がいるのですが、暴れていないのでしょうか?
「ヨホホホホ。これは、よろしくない静けさというやつでしょうか?」
副委員長ならばサボるのは当然かもしれませんが、この静けさは明らかにおかしいです。
よろしくない気がします。
急いで副委員長の元に向かったほうがいいかもしれません。
御手杵を担ぎながら副委員長の元に向かいます。
しかし、その道を遮るようにあと100メートル足らずで動いていない副委員長に到着するというところで、道を遮るように建物をぶち壊しながら2体の魔族が姿を現して立ちふさがってきました。
巨体の魔族ですが、それ以上に姿が面妖と言いますか、自分が言うのも何ですけど面白いともいえる外見の魔族です。
「ヨホホホホ。これは中々…」
気配から察するに実力は本物ですね。デュラハンさんをも上回ります。
しかし、これは何といいますか…。
形は、サソリかサソリもどきに近いと思います。それをベースにしているのでしょう。
8本の太い足が支えている頭が尾より低い位置についた体なのですが、その足が人間…いえ、猿の足をしています。5つの指がついた猿の足。人間よりも見るからに器用に扱える足ですね。
脚も霊長類のように見えます。
四股を深くとった感じといいますか、とにかくあの形で支えるにはおかしな姿勢ともとれる虫を真似たような膝を高く突き上げた曲げ方で、霊長類の持つ足を8本揃えて支えています。
その脚には毛も生えていますね。体表は鱗や甲殻ではなく皮膚のように見えるもので覆われており、色は青緑色をしています。毛は真っ暗ですね。フサフサですけど、汚く見えてしまうのは皮膚の色と脚という部位だからかもしれません。
胴体ですが、何といいますか平坦ですね。背中が平坦です。あれですね、ウデムシ。ウデムシみたいな形の胴体といえばわかりやすいかもしれません。むしろサソリもどきよりも合う表現かもしれないです。
胴体は禿げですね。毛はないです。緑色の黒い斑点模様のついた皮膚がむき出しになっています。関節になっているように見える背中には、背骨に沿うようにジャガイモの芽みたいなぶつぶつの生えた突起物が伸びています。
体の構造が見るからに明らかに虫さんよりなので背骨という表現は語弊があるかもしれませんけど。といいますか、背骨じゃないかもしれません。そう見えているだけで。
そして尻尾ですが、ミミズですよね、あれは。巨大な緑色の、ナイス見たくジャガイモの芽みたいな突起物を所々に生やしたミミズ。口はイカの口見たく丸です。牙に覆われた丸です。あれには噛みつかれたくないです。ヨホホホホ。
いえいえ、自分だってあれを気色悪いと感じないことはできませんよ。
お前の方が気色悪い、と? ヨホホホホ。確かに言えてますね〜。
一番面白いのは、頭ですね。
マネキンみたいな表情が一切動かない彫の深い西洋人風のおじさんの顔をした顔面がウデムシの胴体に埋まっています。首が無いです。
顔、いかついですね。
何といいますか、合成獣にしてはギャグ要素の多そうな外見をしています。
端的に申し上げますと、面白いです。面白い生き物です。
「イシシシシ。これはなかなか、面白い外見ですね。デュラハンさんのインパクトが懐かしく思えます」
この顔は、頭じゃなさそうですね。
尻尾の口はしきりに開いたり閉じたりしてますけど、顔はむすっとしたおじさんフェイスが表情筋を時間停止させているように動きませんから。
体表は緑ですので、顔ももちろん毒飲んで果てたみたいな青緑色をしています。
口元に泡とかあれば、こんな死に顔した人がいそうだな的な絵になりそうですね。
ヨホホホホ。やっぱりこの顔おもしろいです。
お前よりはまだ生物として正常な絵面だよ、ですか? ヨホホホホ。お褒めに与り恐悦至極。自分の異常な絵面は彼ら魔族をも凌駕するという評価は、なかなかいいものですな。
それはともかく、どこを見ても面白い中で唯一普通感漂うのが両腕のハサミですな。
8本脚で体を支えているので、この魔族は手足が計10本あるということですな。
蛸。蛸さんと比べると蛸さんに失礼ですけど、蛸さんです。
ヨホホホホ。なんか落ちた際に頭のネジをさらに一本なくしたようです。言動がおかしくなりつつあります。
変わってねえよ悪化する余地残ってないんだから、と? ヨホホホホ。全くもってその通りですね。自分のおかしな思考回路にネジが残っていたらそれこそ故障の原因になってしまいます。
とっくにオシャカだろ、と? ヨホホホホ。もちろん自覚していますよ。
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
「ググググウゥゥゥョヨオオオオォォォ!」
一般人が聞いたら「やめろ!」と叫びたくなるような鳴き声をあげて(しかも揃っていません)、2体の魔族が巨体に似合わないものすごい速さで自分めがけ突撃してきました。
あの脚で走られると、笑いが出てきそうです。
「甘楽甘楽。面白い見世物とはまさにこのこと、ステージで走らせたら阿鼻叫喚が観衆から上がりそうですな。端的に言いまして、キモイです」
ケイさん辺りが聞いたら「オマエよりはマシだろ」とか言いそうなセリフを吐きつつ、ガサガササウンド鳴らしながら巨体に似合わないゴキブリスピードでかけてくる2体の魔族を観察します。
とりあえず、構造的に弱点になりそうな箇所は脚でしょうか。此方の世界の住人である魔族に自分たちの世界の生物学が通用するとは思えませんけど、さすがにあの構造の脚であの体勢を用いて体を支えつつすり足のような感覚でガサガササウンド、ゴキブリ行進音を巨大化させた足音を立てて移動しているとなると、負担がかなりのものになると思います。
既に潰れたカエルみたいな体型しているので、重量は案外少ないかもしれませんが。
無表情の厳ついおじさんフェイス、ゴキブリ並みの早い動きと身の毛のよだつ行進サウンド、気味の悪い声を上げるミミズの尻尾、そして安っぽいキメラみたいな面白い外見。
…なかなか、慣れない人には直視できない光景ですよね、あの魔族の動く姿。ほぼ確実に不快害虫にカテゴライズされますよ。
しかし、外見は面白いですけど、動きが素早いです。巨体に似合わない動きは、怪力の持ち主である、強化魔法に長けている、もしくは両方ありえるという仮説が成り立ちます。
千里眼・医療で見た限り五体満足ですので、弱点となるような箇所はある程度観察してみないと分かりかねますね。
まずは進路を妨害するために防護魔法を展開します。
分厚く作った今回の見えない壁は、デュラハンさんのチャリオットの突破も阻めそうなくらいに強固なものとしました。
そこに2体の魔族は激突します。
巨体が見えない壁に阻まれ、安っぽいキメラみたいな魔族のゴキブリみたいな行進が停止しました。
体当たりしてましたけど、いかついおじさんフェイスは全く表情を変えません。
ヨホホホホ。あの顔が一番のホラー要素な気がします。
お前の顔と比べればまだマシだ、と? ヨホホホホ。確かにそうですね〜。
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
「ググググウゥゥゥョヨオオオオォォォ!」
2体の魔族は忌々しいと言わんばかりに尻尾のミミズ口から声を荒立てて叫んでいます。
脚にふさふさ生えている毛が、生き物みたいにウネウネと蠢いています。
ジャガイモの芽みたいな突起物よりはマシかもしれませんが、これはこれでなかなかに嫌悪されがちな絵面となるでしょう。
あなた方の毛が逆立つたびに、こちらも鳥肌が立ちます。
ガンガンと、ハサミで防護魔法を叩いてくる2体の魔族ですが、そのような攻撃で体当たりをもしのいだ防護魔法は抜けませんとも。ヨホホホホ。
まずは小手調べとして仕掛けてみましょうか。
御手杵を手元で構え直し、防護魔法の展開を解除します。
いきなり遮っていた壁がなくなったことで、2体の魔族は勢い余って足元を崩しながらも、これ幸いと一斉に脚を揃えて突撃してきました。
ガサガサというサウンドも再開されます。
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
「ググググウゥゥゥョヨオオオオォォォ!」
御手杵を構えます。
体当たりの際に判明しましたが、あの下手くそなキメラみたいな魔族はかなり頑丈でしょう。あの巨体のあの疾走で体当たりをしておきながら、擦り傷1つ負っていません。甲殻ではなく皮膚で覆われているにもかかわらずです。
まあ、自分たちの世界の基準をあてはめようにも、あの安っぽいキメラでは難しいでしょうな。
頑丈というのはわかりましたが、傷つかないというならばどうでしょうか。
傷がつくならば、治癒師が誇る製薬魔法の裏技である毒を注ぎ込むやり方もありですね。
というわけで、まずは御手杵を振るい突進してきた2体の魔族にすれ違いざま、御手杵の刃を振るいます。
しかし、胴体の厳ついおじさんフェイスの方はまるで鉄の塊を殴ったように槍が弾かれました。あれはかすめた程度では傷1つつきそうにありません。
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
続いてもう一体。
こちらは脚に狙いを定めて振るいます。
しかし、黒い毛並みがヤマアラシのように逆立ったかと思いきや針に変わって、いきなり打ち出されてきました。
「おやおや…」
どこの対空兵器でしょうか。
狙いなんて構わずにただ針をものすごい速さで撃ち出すという感じですね。
その針の速さと数も尋常ではありません。
ましてや至近距離です。
今の帝国の方から借りた服装程度では歯が立つわけもなく、気休めにすらならない防具はやすやすと撃ち抜かれて、回避する間も無く体に針が多数突き立ちます。
ヨホホホホ。すごい太い分、滅茶苦茶痛いです。これ、地味に痛いです。
何とか治癒魔法をかけようとしますが、その前に針を打ち込んできた方の魔族のミミズ頭の尻尾が伸びてきて腹にかぶりついてきました。
鋭い牙は顎の力がある分、針との威力は段違いですね。
「これは…ヨホホホホ。なかなか力の強いことで」
体に牙が突き立ちます。
しかも、その腹の傷から血を吸い出していますね。ゴクゴクとミミズの尻尾が血を吸い出していきます。
勢いが違いますね。蚊やアブなんぞとはまるで違う勢いです。普通であれば数分で干からびてしまうでしょう。
…普通であれば、ですが。
「ヨホホホホ。治癒師の魔法は血液も補充できますとも」
回復魔法を使用して血液を抜かれる量だけ次々と補充していきます。
その分魔力が削れますが、勇者補正を授けてくださった女神様のおかげで魔力は無尽蔵に等しいです。この程度で削れるなどというやわな容量ではありません。
ヨホホホホ。女神様に約束しましたので。可能な限りみんなを生かして戻ると。
副委員長が心配です。治癒師というパーティーの生命線を預かった以上は、自分より先に戦死する仲間を生み出すわけにはいきませんから。ヨホホホホ。
強化魔法を使用して、腕力を底上げします。
「借りますよ。すぐに返しますけど」
肩に突き刺さっている針を引き抜き、治癒魔法で傷をふさぎます。
それから針をかぶりついているミミズの頭めがけて突き刺しました。
その前に、引っこ抜いた時点で何をするのか察したらしい魔族さんが針を毛に戻していましたが、なんのその。そんなことくらい自分にも予測できます。
何しろ人族を上回る知性を有するのが魔族というものでしょう。喋れないくらいで、狡猾な性質を持っていることくらい帝国の方に聞いていますとも。
というわけで、安心しきっている魔族さんの毛は強化魔法でガチガチの針に戻しておきました。
それ、ズブリと。
「はい、ありがとうございました〜。お返しします」
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
悲鳴をあげてミミズが口を開き、自分を振り落とします。
しかも、冷静さを欠いていましたね。
振り落とした先、自分の着陸地点は安っぽいキメラの姿した魔族さんの背中の上です。
「ヨホホホホ。背中がお留守ですよ」
製薬魔法で調合した麻酔薬(めちゃくちゃ強力で象でも昏倒する為分量間違えれば致死性の毒物にもなる)を分量適当にということでとりあえず大量に塗ったくった御手杵の穂先を向けます。
「ヨホホホホ。運だめしですね〜」
御手杵を魔族の背中に突き刺しました。
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
魔族が悲鳴をあげますが御構い無しです。
背中に通って直接体内に薬を入れました。回ればたちどころに意識を失う…はずでしょう。はずです。はずですよね…?
「ギギギギイィィィャヤアアアアァァァ!」
魔族が暴れています。
ミミズをあちこちに打ち付けてって…いいんですか? 一応、あれが頭ですよね?
しかしまあ、敵の心配なぞしている暇はありません。
御手杵を引き抜き、さらにダメ押しで麻酔を流し込みます。
まあ、これだけあれば十分でしょーよという雑なメモリです。虫みたいですし、相応の生命力もあるはずですよね。大丈夫ですよね?
「ギギイィィィャヤアアァ…」
魔族さんの声が勢いを衰えさせていきます。
ヨホホホホ。どうやら有効のようですね。
なんかミミズが泡を吹いてますけど、まあ大丈夫ですよね? 効いてますよね? …効いていると思いますか?
「ヨホホホホ。不安が募ってきましたな。魔族相手だからでしょうか?」
薬を受けたキモいキメラ型魔族はフラフラと歩みを狂わせていき、ばたりと倒れました。
頭というかミミズみたいな尻尾も落ちます。
どうやら効いたようですね。ヨホホホホ。
「ヨホホホホ。とりあえず、一体ですね」
死んだかどうかはわかりませんが、戦闘不能には追い込んだので良しとしますか。
そう思ったのもつかの間、体の中で何かが蠢いているような感覚に見舞われます。
はて、何でしょうか?
そう思い体を見下ろすと、刺さっていた下手くそキメラの毛がうねうねと蠢きながら血を吸っているではありませんか。
ヨホホホホ。これは、さながら針金虫ですかね?
ウネウネがすごい速いし、しかもでかいし、数も多いしで、あまり針金虫の面影が残されているように見えませんが。
これはこれで気色の悪い絵面ですが、この巨大針金虫たちは単に血を吸っているだけでなく蚊のように体液を逆に流し込んでいるようです。
いや、この大きさで何かを無理やり流し込まれていればわかりますよ。すごい量ですし、液体というより液体をまとったゼリーの粒みたいなものですけど。
…ヨホホホホ。これ、たぶんも何も卵ですよね?
奇天烈キメラは何といいますか…すごい卵の産み方をしますな。
いや、針金虫とキメラは別物かもしれませんけど。
とりあえず、治癒魔法を発動させます。
針金虫は突然急速に修復された自分の肉に押しつぶされて、次々と頭を落とされていきます。入った針金虫の一部は体内に飲み込まれます。
その前にと、何匹かの針金虫は切られる前に自分の体に潜っていきました。
よくこんな大きなのが入りますよね、と自分の体の容量の方に驚きが出ます。
何しろ、巨大針金虫さんはでかいですから。太さ10センチくらい、長さ70〜80センチくらいののうねうねがズブズブと潜り込んできたのですから。
中で動き回っていますね。モゾモゾします。モゾモゾといいますか、身体の中身引っ搔き回されているみたいです。実際引っ掻き回されているのでしょうがね、ヨホホホホ。
ヨホホホホ。思い出しましたけど、動画で見たドジョウ鍋の豆腐に逃げ込むドジョウのようですね。
やはりというべきか、ドジョウ先生が再び奇天烈なタイミングで戻ってきました。さすがはドジョウ先生ですな、ヨホホホホ。
それはともかくとして、体の中に居られるのはいつ孵化されたり食い破られるのかわかりませんので、体内に入り込んだものは一掃するとしましょう。
これぞ治癒師の戦い方。体内に敵を飲み込んで、浄化魔法で一網打尽です。
ということで、浄化魔法を発動させました。
「ヨホホホホ。なかなかスッキリしますな」
一気に中に入っていた異物が浄化され、消え去りました。
意外とスッキリするものですね。快感です。
もう一度体験したくなる快感ですね。体の中身を掻き回されて、巨大針金虫さんがうごめいている感覚もあれはあれでなかなか未知のぞわぞわするものですから癖になりそうですし。もう一体の魔族さんにも入り込んできてもらいましょう。
…もちろん、治癒師以外はやめたほうがいいですよ。自分の感性は頭のネジが折れているためにおかしいですから。ヨホホホホ。
というわけで、槍を構え直します。
「ググググウゥゥゥョヨオオオオォォォ!」
もう一体の魔族さんは、何をトチ狂ったのかいかついおじさんフェイスの頭の方を勢い余ってしまったらしく建物の壁をぶち抜いて顔面がはまっていました。
ヨホホホホ。やっぱりこの安っぽいキメラの魔族さん面白いです。姿かたちだけでなく、ギャグ要員としても活躍してくれるとは、コメディの塊ですな。ヨホホホホ。
「ヒョッヒョッヒョッ。これは面白い絵面ではないですか。魔族さんもお笑いの魂が宿っていると見受けます」
「ググググウゥゥゥョヨオオオオォォォ!」
怒ったように、ミミズの頭が自分に向かって吠えあげました。
ヨホホホホ。怒ってますか? しかし、面白いです。
自分は面白いものは大好きですよ。ヨホホホホ。
というわけで、毛むくじゃらの脚に近づきます。
狙いはもちろん、浄化魔法の快感のためです。ヨホホホホ。
自分の都合ばかりで進もうとしていましたが、ふと何のためにこの魔族と戦っていたのかを思い返します。
そういえば、副委員長はどうしたのでしょうか?
まだ生きていることは気配で分かりますが、全く動いていません。
「副委員長のことを忘れるところでした。今は急ぐ必要がありますね」
こうしてはまった以上、この安っぽいキメラを相手にしている必要などないでしょう。
帰る前にもう一度浄化魔法の快感を味わわせてもらうとしまして、この安っぽいキメラは放って副委員長の元に向かうとします。
「ググググウゥゥゥョヨオオオオォォォ!」
無視するな!と叫ぶように下手くそキメラが吠えますが、無視します。
副委員長が無事でいてくれれば良いのですが…。
ヨホホホホ。ネガティヴな思考はやめましょう。
副委員長は生きていますし、死んだとしても自分には蘇生魔法があります。1人で先立たせることはいたしません。
この治癒師という職種にかけまして、パーティーの生命線にかけまして、絶対にです。
瓦礫の山を抜けた先に、副委員長はいました。
–––––巨大な黒いクレーターの真ん中でボロボロの姿となって。
「副委員長!?」
自分はすぐに倒れている副委員長に駆け寄りました。
「副委員長! 息はありますね。これならば治癒魔法と回復魔法でどうにかなるでしょう」
抱え起こした副委員長にかすかに息が残っていることを確認し、すぐに治癒魔法を行使します。
スス汚れた副委員長は、見るの無残なボロボロの状態でした。
肌は焼け、肉はめくれ、眼球は沸騰しており、臓器がむき出しです。
むしろ、これで生きているのが信じられない状態でした。
「………ぁ」
かすれた喉から副委員長が何かを声にしようとしますが、弱々しいその声では聞き取れないので今は治療に専念します。
治癒魔法が浸透していき、副委員長の体が再生していきます。
服ボロボロなのでマッパですけど、副委員長の容体はそんなこと全く気にならないひどいものでした。
ヨホホホホ。治癒師の治癒魔法の即効性と効果、なめないでいただきたいものです。
わずか1分足らずで空襲の凄惨な跡を写した写真に載っていた被害者のようだった副委員長の身体は、何事もなかったかのように元に戻りました。
傷1つ残されていません。
次に回復魔法を行使して、失われた血液などを補充していきます。
さすがに服までは治せませんけど。
こればっかりは仕方がないので、自分が着用している上着を羽織らせます。
…制服ではなく、帝国に借りている装束の方ですよ。自分の場合は丈長の黒いコートで、幹部クラスの会社員が羽織る様な高級感のあるコートですね。
これで大事な箇所は隠せますし、寒さにやられる事もないでしょう。副委員長は自分よりも小柄なので、コートが膝下まで届いています。
…起こすとしましょうか。ワードとしては、やはりこれが効果的ですかね?
「ヨホホホホ。副委員長は鬼崎さんと違って情欲をそそるものが無–––––」
「…喝!」
「ドボォ!?」
副委員長の鉄拳制裁が、すでにミミズに食い散らかされた痕跡も修復した腹を直撃しました。
「ご、ご無事なようで何よりです…」
「…ウザい」
自分を押しのけて立ち上がった副委員長は、クレーターを見回してから急に表情を沈んだものに変えました。
…どうかしたのでしょうか?
「逃がした…か」
「ヨホホホホ。何かありましたか?」
「ウザい。関係ないし」
ヨホホホホ。相変わらずの副委員長ですね。
すっかり回復したようですし、大丈夫でしょう。
カクさんがこの都市から出ていることが気になります。自分はそちらを探しに行こうとして、副委員長がじっとこちらを見ていることに気づきました。
「…ヒョッヒョッヒョッ。烏天狗の面はお気に召しませんか?」
「…ガリ勉は?」
自分の冗談を完全スルーして、そう問い詰めてきました。
やけに真剣な様子です。怠癖ランキング万年トップを飾っている副委員長に何かあったのでしょうか?
そんな自分をよそに、副委員長は目を閉じて何かに集中し始めました。
…これは、話しかけないほうがよさそうですね。
副委員長が黙って約30秒後、突然何かを見つけたように副委員長は目を開きました。
「見つけた!」
そして、そう言うなりすぐにソラメク王国の方へ駆け出していきました。
…あ、あれ〜? 自分は置いてけぼりですか?
いや、まあ…そう言う扱いされるだけのことをしてきた自覚はありますけど。ヨホホホホ。
ざまあみろ、と? ヨホホホホ。確かにざまあですね。見事に普段のふざけたツケが回ってきているのかもしれません。
まあ、そんな程度で矯正しようなんて思いませんけどね。ヨホホホホ。
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