異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

22話

 ネスティアント帝国の西方国境、隣国のソラメク王国との国境に広がる山脈地帯に唯一存在する巨大な渓谷に蓋をするように配置されているこの要塞には、2つの役割がありますね。
 1つはソラメク王国の侵略軍から帝国を守る最初の盾となる役割。
 もう1つが、魔族が人族大陸に侵攻しネスティアント帝国が滅亡した際に、ソラメク王国を守る盾となる役割。
 自然が育んだ地にそびえる要塞都市は、人族にとっての防衛戦の要と言える地でした。


 そのため、ここにはネスティアント帝国の軍勢が常に待機しており、彼らを相手に商売をするものが集い、いつしか1つの都市として形成されていきました。


 改めて見ると、城塞都市(名前忘れてしまいました)の壁はそびえる城ですね。
 しかし、たいてい立派な戦艦とか兵器とか要塞とかは戦果をあげません。
 あれですか? マジノ線見たくなったりしませんかね?


 言ってしまってはフラグなので気にしても口にするつもりはありませんけど。ヨホホホホ。


 しかしながら、城塞都市に近づくに連れて感じてくる嫌な気配というのは、明確になってきました。はっきりとした形あるものに対する気配に変わっていきます。
 ただ、城塞都市に至る道には、無人の光景が延々と広がっています。
 本当に、それだけでも不気味にしか思えません。
 馬車なども放置されたままで、まるで動物という動物を消失させたような状況となっています。


 しかし、それよりも…やはりといいますか。
 城塞都市から無数の気配が漂ってきています。
 人ではない、獣でもない、関わること自体間違えだと主張するような、不気味な気配の群れが。
 自分としては、その方が緊張してきます。


 運転席では、ケイさんが険しい表情で高い城壁を見つめていました。
 ケイさんも職種の影響か、それとも元々の才能といいますか感性からか、何かよからぬものを感じ取っている様子です。
 獣扱いすんなとキレられるので、口にはしませんが。
 口にしないだけで、目では語ってますけどね。ヨホホホホ。


 すると拳銃が突きつけられました。


「おい、能面」


「はい、何でしょう?」


「今何を考えた?」


「………(目は雄弁です。ヨホホホホ。ケイさん、獣みたいですね。例えるならばそう、メスゴリラ)」


 ズドン(銃声)!
 防護魔法展開していなかったらまずかったです。


「…チッ」


 舌打ちされました。
 しかし、ケイさんエスパーみたいですね。
 確実に読み取られましたよ、一言一句。
 そうでなければ、メスゴリラのところでちょうどよく引き金ひかれませんから。
 いい加減懲りろよ、と? そんなこと恐れて懲りていたりしてもつまらないものです。面白ければ何でもいいと考えます。ヨホホホホ。


「アキちゃん…」


 海藤氏が呆れるように呟いています。
 ちなみにケイさんには聞こえていない様子ですね。


 後ろで説教中の鬼崎さんにも、防護魔法により遮音しているので聞こえていません。
 外の閑散ぶりがいい加減不気味に思えてきている段階だというのに、なかなかに鈍感な方々と思われます。
 ケイさんはすぐに気づきましたし、海藤氏も不安げな様子。こちらの2人と比べてかなりの温度差があるように思います。




 城塞都市まであと1kmといったところまで来た時でした。
 突如として、ケイさんが急ブレーキをかけました。


「–––––ッ!」


 かなり乱暴な急停車に、後ろの人たちが次々に慣性の法則に従い車内前方の方へ押し出されます。
 自分の防護魔法がクッションの役目を果たしましたが、顔面から防護魔法に突っ込み後続の餌食となった副委員長の表情は非常に不機嫌となっていました。


 それよりも、ケイさんがなぜ突然急ブレーキをかけたのか。
 その理由は、空から来ています。


「…何かくる」


 上を見上げたケイさんは、迷うことなく魔法を行使して、空から迫り来る謎の影へ向け三発の地対空ミサイルを召喚し問答無用で発射しました。
 猛烈な煙を伴い、3発のミサイルはその飛来する物体めがけて飛んでいきます。


 しかし、当たらないうちからケイさんはその飛来してくる1つの存在に並々ならぬ気配を感じ取ったらしく、自分に向けて叫んできました。


「クソッ! おい、能面!」


「ヨホホホホ。お任せください」


 ケイさんが何を求めているのか、自分には容易に想像がつきます。
 巨大な旅客機さえも1発で落としてしまう様なあのミサイルでも、仕留めることはできないどころか、足止めにすらならないでしょう。
 ケイさんの予想に自分も賛成しています。
 すかさず防護魔法を展開すると同時、3発のミサイルはその影に直撃し爆発しました。


 爆音に遅れ、爆風が装甲車と覆う防護魔法に飛来します。
 とはいえ、この程度で崩れるほど自分の防護魔法は無能ではありません。
 この程度であれば何千発の爆風にも耐えられることは間違えなしでしょう。


 黒い煙が広がります。
 防護魔法は透明ですが、ミサイルの発する黒煙は別ですね。完全に視界が失われました。


 ですが、確かに命中したはずなのですが、その影の発する気配には微塵の衰えも感じ取れませんでした。


「…い、一体、何が?」


 混乱している海藤氏はイマイチ状況を読み込めていない様子です。
 絶賛、説教を受けていたはずのカクさんと副会長は、鬼崎さんを押しのけて防護魔法に顔を押し付け、2人で場所をとろうといがみ合いながら、なんとか窓の外を覗こうとしている様子です。


 ですが、防護魔法を展開していたにもかかわらず、自分の背筋に冷たい感覚が走り抜けました。


 薄く晴れ始めた煙の中から、一瞬何かが飛び出します。
 それが気配の元であることはすぐに判別がつきました。
 ですが、対応する間もなく、大きな衝撃が装甲車を襲いました。


「…!?」


「ヒィ!?」


「ッ!?」


「なっ!?」


「ハイッ!?」


「チッ!」


 突如として車両を襲った衝撃。
 それは、いともたやすく自分の張った防護魔法を突破した気配の元が、減衰したとはいえ防護魔法を突破した際の勢いのままに装甲車を踏みつけたことによる衝撃でした。
 衝撃に、6人6色の反応が同時に発せられます。


 ケイさんは舌打ちしつつも、1人混乱することなくそいつを振り下ろすために装甲車を操作して急発進をさせようとします。
 しかし、その前に拳銃弾程度では貫けない強化製のはずである窓ガラスを、人間のようで人間でないように見える黒い甲殻で覆われたの腕が突き破って侵入してきました。
 迷いなく車の操作主であるケイさんに伸びます。


「–––––!?」


「アキちゃん!」


 まさに一瞬の出来事でした。
 ケイさんに伸びてきた腕に割り込むように、海藤氏が飛び込んできました。
 そして、ズブリと。
 ケイさんを間一髪で守った海藤氏の体を、その腕が貫きました。


 鮮血が飛沫をあげます。
 それは目の前の光景に思考がついていけなくなっているケイさんの顔に振りかかりました。


「…え?」


 困惑するケイさんの目の前で、海藤氏の体を貫いた腕が引き抜かれます。


「ゴポッ!」


 海藤氏は血の塊を吐き出して、ケイさんのところに重傷を負った体を落としました。


 しかし敵は待ったなしです。
 少しは空気を読んでいただきたいものですね。
 もう一度、その腕を目の前の光景についていけていないケイさんに狙いを定めて穿とうと伸ばされてきます。
 だが、海藤氏が身を呈してしのいでくれた一度目を無駄になどいたしません。


 今度は自分が腕に対して点で当たるように強く鋭く構成させた防護魔法の槍を展開して、その腕にぶつけました。
 バキリという音がなり、腕に生えていた長い4つの爪が剥がれ飛びます。


「イギッ!?」


 影は驚いたように奇声をあげて腕を引くと、すぐに装甲車から飛び退いて行きました。


「あいつめ、逃がすか!」


 それを追い、すぐさま装甲車から出たカクさんが刀を抜いて飛び出して行きました。


 それよりもと。
 すぐにケイさんに寄りかかっている海藤氏の方を向きます。


「何で…?」


 ケイさんは、呆然とした表情で、体に穴の開いた幼馴染を見下ろします。
 そのケイさんに、海藤氏は弱々しく笑みを浮かべて手を伸ばしました。


「アキちゃん…良かった…」


「…オイ…カズ!?」


 その弱々しい手にしがみつき、ケイさんが声を張り上げました。
 必死に呼吸が落ちていく海藤氏に呼びかけます。


「カズ…? カズ! オイ、オマエ何してんだよ! 何を…この…馬鹿野郎…!」


 ケイさんの目から涙が溢れます。
 –––––って、しんみりした空気を見ているわけにも行きますまい。


「海藤氏?」


 海藤氏の息はまだありますが、出血は止まりません。
 胴体の真ん中に穴を開けられたのです。血が止まらないのも無理はありません。
 普通なら致命傷ですが、そうは参りませんよ。


「勝手に死亡フラグ立てるのはやめてくださいよ」


 海藤氏の体に治癒魔法をかけます。
『治癒師』の職種。女神様が授けてくださったその効能、即効性、なめないでいただきたいものです。
 自分の掌が白く光り、それが海藤氏の体に開いた穴に吸い込まれていきます。


「湯垣…」


「ご安心を。自分はパーティの生命線です。自分よりも先に仲間を死なせることは決していたしません」


 ケイさんの子供のように目尻を腫らす顔に、安心させるように言葉をかけます。
 もちろん、海藤氏を死なせるつもりは毛頭ありません。
 治癒師の扱う治癒魔法は、即効性と高い効果に優れています。魔力を消費しますが、それはそれ。勇者補正のおかげで実質無限の魔力がありますので、自分の『治癒師』に死角なしというものです。


 光が当たった海藤氏の身体は、みるみるうちに大きな傷がふさがっていき、生死の境に足を踏み入れていた海藤氏を引っ張り戻し、その顔は生気を取り戻していきます。
 傷口が完全にふさがったところで、すかさず次に回復魔法をかけて失った血を補充させます。


「…アキ、ちゃん?」


 血の気を取り戻した海藤氏は、何とか意識を取り戻しました。


「カズ…カズゥ!」


 海藤氏の声を聞いた直後、ケイさんは泣きじゃくりながら海藤氏に飛びつきました。


「え?え?」


 海藤氏は混乱しているようですが、自分や鬼崎さんが見ているのも構わずにケイさんは涙を流し普段からは想像もつかないような泣き声を上げながら、抱きついています。


「…っとと、海藤氏はもう大丈夫みたいですね」


 海藤氏の生還が確認できたなら、自分の役割は次があります。
 カクさんに続いて副委員長までもあの影の主を追って出て行きましたし、自分も早く追いかけなければ。


「湯垣君、どこへ!?」


「ヨホホホホ。ではまた」


「答えになってないよね!?」


 海藤氏をおいて、自分もすぐに装甲車から出て、2人のかけていった方向へと向かいます。
 そびえ立つ城塞都市に、影は向かったようですね。
 2人も追いかけて城塞都市へといったのでしょう。


「湯垣くん、待って!」


 自分を追いかけようと装甲車から鬼崎さんが出てきましたが、即座に止めます。
 自分はともかくとして、回復したばかりの海藤氏と情緒不安定となっているケイさんを置いて残りで城塞都市に突撃は流石に危険極まりないでしょう。


「鬼崎さん、2人を頼みます! ヨホホホホ。自分は2人を追いますので」


「湯垣くん!?  湯垣くん!」


 防護魔法で装甲車を閉じ込め、力ずくで鬼崎さんを装甲車の方に残して、自分は急いで2人の後を追いかけました。


 勇者補正を受けた自分にとって、1km程度の距離は時間もかからずに走り抜けることができます。
 カクさんが開けたのでしょう。城塞都市の扉は大破していました。
 副委員長が開けたのでしょう。城塞都市の壁に穴が空いていました。
 同じルートで侵入すればいいものを、流石の破壊行為ですね。
 それはともかくとして、城塞都市の中からは閑散としていた村々とは打って変わりすごい数の感じたことのない何者たちかの気配を感じ取れます。
 数万は下らないですね。
 そして、ここからでも響いてくる爆発音など多数あります。


「これは…」


 家屋とか建物とか遠慮なしに壊してますね。
 間違えなくあの2人でしょう。
 方向は合っていたようです。
 そう思い足を踏み入れようとした時でした。


「ヨホホホホ。お出迎えですか?」


 カクさんが破壊したであろう綺麗な切り口で大破した扉の破片の散らかる常時開門状態となった城塞都市の大きな門の奥から、近づいてくる影がありました。


「…人族風情が、ここに何しに来やがった? 自殺志願ならば勝手に一人でしろよ」


 中から現れたのは、コウモリのような羽毛のない皮膚がむき出しとなっている巨大な黒い翼を二枚、背中に宿した赤い瞳の人間に見えるかもしれないがそこからはかけ離れた気配を放つ、1人の男でした。

「異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く