異世界から勇者を呼んだら、とんでもない迷惑集団が来た件(前編)

ドラゴンフライ山口(トンボじゃねえか!?)

16話

 海藤氏とともにアリアンさんからの依頼について相談する為に屋内に戻ると、突然上の階より巨大な爆発音が響きました。


「え!?」


「ヨホホホホ」


 のんきに笑う自分と、驚く海藤氏。
 その爆発に、皇宮の使用人達や近衛兵たちもかなり慌てている様子です。


「何をしているのですか、2人とも!!」


 その後に響いてきた鬼崎さんの怒鳴り声に、みなさん揃って何があったのかだいたいわかりましたけど。
 …またも皇宮に被害が出ていますね。
 この手の負担は大抵鬼崎さんに回っています。
 諌める役あれば煽る役あり。自分は鬼崎さんという最後の砦がなくならない限り、煽って煽って煽り続けますとも。ヨホホホホ。


 …しかし、鬼崎さんは「2人とも!」と言ってました。
 可能性としてはああ見えて我々の中では比較的まともな部類に入るケイさんがやらかす可能性は低いでしょう。という事は、確実にあちらの2人ですよね?
 いつものことですね。ヨホホホホ。本当に飽きない、そして飽きさせない方々です。


「戻りますか? 今、ケイさんは1人でしょうから」


「うん、そうだね」


 海藤氏の許可も得たことですし。
 今は扉と壁がぶっ壊れているケイさんたちの部屋へと、海藤氏とともに向かいました。




 部屋に着くと、予想通りケイさんが1人で椅子に座っていました。
 可愛らしいクマさんから既に衣装変更した後で、黒を基調とした欧州風の軍装に身を包み、膝の上には自分を追いかけ回した際に使用していたアサルトライフルを置いています。
 髪はやはり後ろで一括りにして背中に垂らすいつものスタイルでした。


「おい、何を見ている? 撃ち殺すぞ」


 アサルトライフルを向けられました。
 さすがケイさんです。手厳しいですね。


「ヨホホホホ。何もいきなり撃つ必要は–––––」


 ケイさんが躊躇いなく引き金を引きました。
 即時防護魔法を展開して、自分と海藤氏を守ります。
 銃弾は防護魔法を貫くこともできず、壁の向こうでは銃声が鳴り響きます。
 多分、この防護魔法を解除すると硝煙の香りがすごいことになりそうですね。


「いきなり何をしてくるかと思えば、いつもの挨拶みたいですね。怪我はありませんか、海藤氏?」


「う、うん…」


 海藤氏は自分の背中に隠れています。
 ヨホホホホ。声は聞こえませんけど、ケイさんの顔が怒ってますね。海藤氏にそっちの気が無いことは分かっているでしょうに、自分にまで嫉妬の炎を向けてきます。ケイさん、見た目にそぐわず海藤氏一筋ですし。
 確かに顔を見せたことはありませんけど、自分は中身が実は女の子です♪などという面白い裏設定とかありませんから。正真正銘、付いている方ですから。
 ヨホホホホ。下品な話題で申し訳ありません。
 要するに、海藤氏は単純に怯えているだけでケイさんが嫉妬を向けるような事態があるわけではないということです。
 ライバルならもうこちらの世界にできていますけど、ね。
 ヨホホホホ。しかし、ケイさん無駄だとわからないのでしょうか。
 マガジン2回は交換してますけど、まだ諦める様子がありません。


 そのマガジンも撃ち尽くしてまだ突破できないことを確認すると、今度は魔法で別の銃を召喚してきました。
 将軍と言いますし、やはり召喚できる内容は軍事力でしょうか?
 しかし、ケイさん。アサルトライフルで抜けないと見るや否や、今度は対戦車ライフルを持ち出してきました。しかもまた共産主義製品。


「ヨホホホホ。海藤氏、あの人どうにか説得できませんか? 自分だと聞く耳持ってくれないみたいですので」


 対戦車ライフルを撃ってくるケイさんを示しながら、海藤氏に説得を要請します。
 ケイさんの場合、自分に聞く耳持ってくれないだけで、他の人たちの話は大抵聞いてくれます。そして海藤氏の言葉なら絶対に聞いてくれます。


「ぼ、僕にできるかな?」


「少なくとも自分よりは聞いてくれますよ。ヨホホホホ。しかし、すごい衝撃ですね」


 次々に防護魔法に突き刺さる徹甲弾の与える衝撃力に、思わずそんな言葉が出ます。
 海藤氏が説得の文章を書いている間に、自分の方はもしもの為にということで、催眠ガスを用意しておきます。吸ったら猛り狂った虎でも1分で意識を失う強力なものですよ。人間なんか10秒と持たない、さりとて殺傷性はなく多少の記憶の混乱だけで済ませられる便利な制圧用催眠ガスです。
 まあ、あくまでも最終手段です。
 そんなことしなくても、海藤氏の説得だけで大人しくなるとは思いますけどね。


『大人しくしてくれないと絶交するよ』


 海藤氏がこう書いたプレートを掲げた直後、途端に銃声は鳴り止んだ。
 ほら、海藤氏の説得の方が効果があります。
 と言いますか…海藤氏、拗らせ気味なケイさんにとって、それは説得ではなく脅迫ですよ。
 銃を捨てて、すごい焦っている表情で走ってきて、防護魔法に激突し、ドンドンと叩いてケイさんが何かを叫んでいます。
 防音機能付きなので、全く聞こえません。
 あと、全然大人しくはなっていませんね。
  
 半狂乱となっているため、さすがにこれ以上ケイさんをいじめるのも気が引けます。
 海藤氏は海藤氏でそこまで効くとは思っていなかったらしく、ケイさんの慌てぶりにうろたえていると言いますか、若干引いてますし。
 とりあえず、防護魔法は解くとしましょう。


「カズゥゥゥゥゥ!」


「ギャフン!?」


「ちょっ、アキ–––––ストップ、ストップ! ウアアアアァァァァァァァ!?」


 解いた瞬間、ケイさんは猛ダッシュでまず自分を突き飛ばして壁に人型の穴を開けて、その勢い一切衰えぬままに海藤氏にも抱きつくという名のタックルをかましてまたも朝に開いたばかりの穴から仲良く2人で落下していきました。
 自分はといえば、まさか実際にこのセリフを言う時がこようとはという一言を上げて、壁を突き破り隣の部屋、鬼崎さんと副委員長が使用している部屋に吹き飛ばされました。
 床にぶっ倒れ、しばらく立てそうにありません。


 このまま気絶して忘れ去られるという展開も悪くはなかったと言いますか、そちらの方が良かったのですが、そうは問屋が卸さないというものです。
 器物破損の罪には必ず相応の報いというものがあります。


 ふと、背筋が凍るようなとてつもない、しかしよく覚えのある気配を感じ取り、顔を上げます。
 そこには、腰に手を当てて仁王立ちしながら自分を見下ろしている、表情では笑っているもののあのオーラをまとった鬼崎さんが立っていました。


「…湯垣君? 少し、話を聞いてもいいかな?」


「あ、あの…これは、ですね…」


 首根っこを掴まれました。
 ヨホホホホ…。毎回のことですが、自分には拒否権というものがありませんでした。


 しかし、皇宮をわずか2日で、それも壊すことを目的としないあれやこれやでここまで壊してみせるというのは、さすが世界の格が優れる宇宙より来た勇者というところでしょうか。
 嬉しくねえよ!と? …そうですよね。帝国の方からしてみたら、こんな壊しまくるくらいなら帰ってくれと言いたくなりますよね。ヨホホホホ。


 日が中天に差し掛かるころ、鬼崎さんの説教は終了しました。
 この宇宙の存在しない世界において昼夜という存在がどういうものなのかも気になりますが、今はそれどころではありません。
 あ、足がしびれて…立てません。
 先に説教を受けていたカクさんと副委員長は解放され、アリスさんの案内のもとで既に海藤氏らとともにご飯を食べに行っています。
 自分はその間、鬼崎さんにわざわざここに同じく留まってもらって、犬猿の仲のお二人の説教をようやく終えたというのにご飯も我慢していただいて、こうして説教を今まで受けてきました。
 …鬼崎さん、本当に申し訳ありません。


「…まったく、もういい加減にしてください。皇女様には返事を先延ばしにしていただいているのに泊まる場所も食べ物も提供してもらっているのですから。これ以上は迷惑かけられません。少しは自覚してもらいたいのだけど」


「御尤もですな。ヨホホホホ」


「笑い事じゃないんだけど」


「…申し訳ありません」


 確かにそうですね。
 異世界から召喚した勇者が国を守ることも約束していないというのに、こんな風に生活を援助していただいているのです。皇女様のご好意に甘えているわけにもいかないというのに、皇宮を何箇所も破壊していますし。


 しかしながら、そういうことならばアリアンさんの依頼は渡りに船ではないでしょうか?
 …適切ではありませんね、この使用は。


 アリアンさんの依頼は、生粋でないとはいえ帝国民の救出と言いますか、遺骨の回収。いや無念を晴らせばそれでいいのでしたよね?
 人族共通の敵対者である魔族の討伐ですし、帝国にとっても非常に有益なこととなっているはずです。
 尚且つ、こちらも明確な返答はしなくてもいい上に、いても数体程度の魔族を増援の心配なく戦える戦闘経験にももってこいの依頼です。日本人とはいえ、この世界で戦いを経験せずに生き残れるなどと楽観していいはずもないでしょうから。
 帝国と自分たち、双方にとって有益であり、それにより帝国に貢献して紐状態の後ろめたさも多少は晴らせることにもつながる、無駄に都合のいい依頼です。あるのは戦闘による生死のリスクですが、自分が付いていますから。蘇生魔法使えますし。毒塗り短剣で切腹しても蘇らせられるという実験も既に終えてますから。人間にも使えることは実証済みですとも。


 おそらく向こうの方は海藤氏が説明しているはずでしょうから、鬼崎さんに自分はアリアンさんからの依頼について話してみました。


「そう、なんだ…」


 話を一通り聞いた鬼崎さんは、悲しげな表情となっています。
 あれ? 良いことずくめの依頼だと思うのですが、どうかしたのでしょうか。


「やはり、リスクが大きいですかね。一応、自分は蘇生魔法も使えますけど」


「違います。ちょっと、ね…アンネローゼさんが助けられないのが、悔しくて…」


 …なるほど、そっちですか。
 しかし、自分たちが召喚されたのは昨日。アンネローゼさんが行方不明になったのは半年も前のことです。最初から自分たちにはアンネローゼさんを助けられないという事実は避け難いものだったはずですよ。会ってもない人に対してそこまで感情的になる必要はないと思いますが。
 むしろ、自分としては人質をとられた状態よりもはるかに安全に立ち回れるので、死んだことが確実であるという現状で依頼が来たのも僥倖だと思っていますけど。


「…どうします? 帝国を救う道を選んだとしても、この依頼を経てから戦争に臨む方が自分たちが生き残れる確率も上がると思いますけど?」


 別に、相手を容赦なく殺せるようになる、殺生に慣れさせるという意味だけではありません。
 仲間と敵が殺し合いをする世界に放り出されて、隣で仲間が殺されたり怪我をしたりした際に、如何に自分自身の身を守り仲間を1人でも多く助けられるかという立ち回りができるかどうかも、やはり実戦を経験してこそ培われるものだと思いますし。
 人族だ魔族だいって割り切って殺せとは申しませんよ。温情主義ならば、自身の生命に危険が及ばないように敵も無力化する方法だって、やはり実戦を経て学ぶものでしょう。中途半端な意識だけで挑めるほど、戦場は甘くないと思うので。
 そういうことも全部含めて、都合がいいと思っているのですが。


 そんな自分の考えに同意見を持っているのかどうかはわかりませんが、とにかく鬼崎さんは少し考え込んでから返事を出しました。


「私は、行きます。帝国の人が困っている時、少しでも力になりたいから」


 鬼崎さんは依頼を引き受ける方針をとったようです。
 参加者が出たというのであれば、どちらにせよ自分は行こうと思っていましたけど、生命線である自分が付いて行かないわけにもいきませんのでもちろん自分も引き受けますよ。


「ヨホホホホ。クラスメイトは可能な限り欠かさずに元の世界に戻るというのが『治癒師』の職種を与えられた自分の使命のようなものですから。この依頼持ち込んだのも自分ですので、もちろん参加させていただきます」


「湯垣くん…」


「自分以外は保証しかねますけどね」


 海藤氏とかは参加しそうな気がしますけど。
 なんだかんだ言って、あの人は自分よりも他人優先思考が強いですから。


 鬼崎さんには海藤氏もこの依頼について知っていることを伝えておきます。


「おそらく、他の人達には海藤氏の方から説明が行き渡っているものと思われます。皆さんが戻ってきたら確認をとりましょう」


「わかりました。…やっぱり、湯垣くんは頼りになるよ」


「ヨホホホホ。ありがたい評価です。その分をゼロに引き摺り下ろすだけの失態もしてみせるのが自分ですけどね。ヨホホホホ」


「ゼロまではいってないと私は思っているから、そんなに自分のことをけなさなくてもいいよ」


「ヨホホホホ。それは過分な評価ですね。有難いことです。…足がしびれて立てませんが」


「…プッ、アハハハハ! やっぱり面白い!」


 最後もしっかりと笑いにもってくると、鬼崎さんはとても明るい笑顔で笑いました。
 ヨホホホホ。やはり、鬼崎さんには笑顔が似合いますよ。
 …説教はもう勘弁してほしくはありますけどね。
 因みに、立てないのは本音です。ヨホホホホ。

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