Ghost crown ~普通、死霊の僕に子供を預けますか?~

鉄筋農家

第零話 幼天使の戯れ

ここは天界――――


翼を持つ種族が暮らす楽園、雲上に存在し闇に覆われる夜の時間は存在しない。光と秩序を司る神が統治する三つに隔てた世界の一つ。土や水が無くても虹色に咲く天界の花は、風と駆ける幼き天使と共にその華麗な花弁を散らし宙に舞う。


『なぁ、聞いてくれ! 面白いものを手に入れた!』
『ん? なんだ? 父上のコレクションかぁ?』
『その剣は違いますね。ガオルエル、まさかそれ姉上の…………』


ガオルエルと幼き天使が持つ剣に見に覚えがあった。


『おっ? 居たのか、ツゥバサエル。そう姉上の部屋で見つけた剣だ! 何本もあったから借りてきた』
『どうせ姉上には黙ってですよね?』


漆黒の髪色をした幼い天使は、ここにいる四つ子の兄弟の人数分剣を持ち、一人一つ配っていく。
一人は空に剣を振りかざし、一人はおずおずと受とり、最後の一人は受け取ったものの、今だ手にもつ下界の書物に目を通したままだ。


『で? この剣でどう遊ぶんだぁ? ガオルエル』
『そうだな、斬り合うのは日頃から兄様に強制で指導されるし、そうだ! このだだっ広い天界でこの剣を投げて誰が一番飛ぶか勝負しよう。勿論、何かを賭けてだ』
『よし、なら3時のおやつを一年分独り占めはどうだぁ?』


天使には珍しい肥えた体を持つアキラエルは自信があるのだろうか、自らの食料を提示するなんで珍しい。


『そ、それは酷すぎるよアキラエル。せめて半年は?』
『しょうがねぇ、半年だツゥバサエル。ダイチォエルもやるだろ?』
『はぁ…… やらないと言っても、いつまでも読書を邪魔するのでしょう? やりますよ』


花畑に寝そべる銀髪の幼天使は静かに本を閉じると、立ちあがりそのまま思いっきり剣を宙へと放った。


『………見えなくなったな……』
『これ、どうするよぉ?』
『ふん、大丈夫ですよ。あの剣に装備者追跡のスキル付加がされていましたので。無くしても装備者には分かるスキルですよ、それを踏まえてこの遊びを提案したんですよね、ガオルエル?』
『はっは、そ、そうだった、わっ忘れてた。次は俺だな! それ!』


ガオルエルが投げ、次にアキラエル、そして最後に急かされるようにツゥバサエルが投げた。


『で、取りに行くの面倒臭くね?』


とはいっても皆、流石にこのままではいけないと言うことは分かる。装備者追跡付きの姉上の私物だ、ちゃんと返さないと何言われるか分かったもんじゃない。投げた方向へと四人の幼天使はやむを得ず装備者追跡を辿ることにした。


四人で歩き始めて数分後、始めにツゥバサエルが投げた剣を見つける。つまり最短、最下位だ。


『ツゥバサエル、もっと筋トレして筋肉つけた方が良いぜぇ?』
『アキラエル、私たち天使にはlevelという概念はありませんなら無意味です』


眼鏡を知的に掛けたダイツォエルはアキラエルの間違いを正した。


『ふーん、流石は博勉学の天使は違うな。 あっ! あれ見えてるの剣じゃね?』
『あれは私のですね。あとガオルエル、私は智慧の天使です』


智慧の天使ダイチォエルが駆け寄り、突き刺さった剣を抜き取る。だとしたら後は二人、アキラエルとガオルエルの剣だ。たが、もう一本もダイツォエルの剣の近くに刺さっていた。


『俺のもここにあるな、そしたらガオルエルが優勝かぁ?』
『皆、近場にありましたね。まぁ私たちは天使の四つ子、さほど力の数値も変わらないでしょうからね』


『いいや、そうとは限らないかも………』
『『『?』』』


ガオルエルの発言に三人は、少し離れた所で一人ガオルエルが立ち尽くす場所へ歩み寄る。ガオルエルが見つめる先には天界には珍しいちょうど直径15㎝程の小さな穴が開いていた。


『ガオルエル、まさか………』
『遠くに飛ばそうと俺のスキル使ってしまった。そのまさか、装備者追跡の反応は丁度この下だ………』
『いけません、下界に天界の物を落としたとすれば人間は父の神託などと間違えてしまう! 取り戻しに行かないと!』


そう言ってダイチォエルは穴へと手をかけ、思いっきり広げ始めた。それを見た三人はその場に剣を捨て一緒に穴を広げる。どうにか丁度自分達が入れる大きさに広がると一目散にその穴へと飛び込んだ。


『ガオルエル、天使のスキルは奇跡に近い能力なのです。それを無闇に使うと、こうなるのですよ! あぁ、早くしないと父に何と言われるか想像もつきません』
『遠くに飛ばせという賭け、ガオルエルの圧勝だなぁ、おやつは悔しいがしょうがねぇ』
『賭け事で負けるわけない。何せ俺は――――』
『勝負事もおやつも父に見つかる事に比べれば些細なことです!それより見えました下界です』


ガオルエルの発言を遮り、急降下を止めるため四人は二枚の翼を広げると下界へと降り立つ。そこは天界とはまるで違う、土と緑で覆われた木、光さえ失われた闇の中だった。


『辺り真っ暗じゃね?』
『これは下界の夜です。ガオルエル、反応はどちらですか?』
『んーあったが…… これは』


指差す先、そこにはガオルエルが投げた剣に頭を貫かれた人が無惨に倒れていた。人の周りは生々しく真っ赤に染まっている。四人はその光景に言葉を失い、その場にただ立ち尽くすだけしか出来なかった。


やっと口を開いたのは事件の張本人ガオルエル。


『これ、生きて…… 無いよな?』
『天使でも傷をつける姉様の剣ですよ、人族なら即死です』
『こりゃ不味いんじゃねぇのかぁ? この事がバレたらガオルエルだけじゃなくて俺たち四人に罰を下されるぞぉ?』
『罰ってまさか、地獄行きとか?』


四人はごくりと生唾を飲んだ。悪さをして地獄に送られた兄を皆知っている。記憶に新しくそして、父がかなり激怒したからだ。
あの姿は忘れる事が出来ず、恐怖だけが今も残っている。


『ダイチォエル、どうにかならないか?』
『………前日、下界の書物で『不死王』と呼ばれる魔王の物語を見ました。その中に、父様がその不死王に与えたと言われる《死霊魔法》。それを使えばこの人間は死なずに生き残れるでしょう』


三人は考える。それ、別の物に変わってないか? と。


『まぁ、いいんじゃないか? ダイツォエルはその《死霊魔法》使えるのか?』
『私は智叡の天使ですよ。私が司る知識はこれまでの歴史、過去に使用された魔法ならば再現することは容易です』
『つまり使えるんだな? ダイツォエル頼む、死霊魔法でこの人間を甦らせてくれ』


小さく首を縦に振ると、数十分に及ぶダイチォエルの詠唱は静かに森に響き、ゆっくりとした時間が流れた。死体から抜き出された掌サイズの青白い炎は蠢くと大きさを変えていく。死体と同じ大きさ同じ外見に型どると、宙をふわふわと浮いてまだ意識は覚醒しないようだった。


『これは……… どうなったんだ? ダイチォエル』
『成功、ですね。ステータスでも種族ゴーストを確認しました。人間では無くなりましたが、これで今後の人生も歩めるでしょう』
『なら、これでもう?』
『『『『父上にバレない』』』』
『早く戻りましょう、長居は不要です』
『ありがとうダイチォエル、おやつ半年分はお前に譲るよ』


四人の幼天使は翼を広げると天界へと空を舞う。


死体に突き刺さったままの剣すら忘れ、安心と安堵で胸が一杯のまだ未熟で幼い天使たちは、このゴーストが今後下界でどのような事を成すのか頭のすみには全く無く、ただ世界を巻き込む歯車はこうして動き出したのである。

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