魔王に連れられ異世界転移〜魔神になった俺の敵は神と元カノ〜
贄の聖天使
娼館に響く金属音。それは化け物と狂人が互いの命を奪うため、殺すため振るい合う殺意の刃。
仁は背中の鎖刃(さじん)と両手の双剣を、恭兵は一本の大鎌を振るいそれぞれの命を奪いにかかる。
十対一。刃の数を見れば圧倒的に仁が有利でありながら、戦闘開始数分後の今も恭兵の殺害に至れない。
それは仁の一撃の軽さと、恭兵の立ち回りに要因があった。
仁は背中から生えた刃という、普通の人間ならば使うはずもないものを使っている。
その扱いにまだ慣れ切っていないがために一撃一撃が軽く、動きが単純なため読まれやすい。
対して恭兵は転生後、ずっと今使っている大鎌を振るい続けている。
そのうえ転生時に常人を上回る身体能力を与えられている。
それ故に攻めの一撃は重く、守りは無駄のない立ち回りで仁の繰り出す攻撃の数々を捌く。
「ほらほらどうしたのさ悪魔くん!? その武器達は飾りかい? それともなまくらなのかい!? 一度として僕に届かないじゃないか!」
上から下からと迫る鎖刃、そしてそれらの隙間を埋めるように振るい突かれる双剣。
恭兵はそれらを易々と躱しながら仁を煽る。そして細かく隙を突いて反撃を入れるも、それとほぼ同時に鎖刃が飛んでくるため決定打を入れられずにいた。
『笑わせる。余裕かます割にはお前さんの攻撃も当たってねぇ、ぞ!』
鎖刃を四本、恭兵に向かって放つ。彼はそれを大鎌で薙ぎ払い、返し手のために距離を詰めようと一歩踏み出した。
だが仁はそれと同時に足元に鎖刃を刺し、反撃を牽制する。
互いに致命傷を与えられないまま、時間ばかりが過ぎていく。
その過ぎていく時間の中、仁は思考を巡らせる。どう攻めて、どう詰める? 優先すべきはなにか、試行しておくことはなにかと。
一度状況を整理する。手を動かしながら、鎖刃を操りながら。
現状は一対一の戦闘、背中には館の娼婦達、出口は恭兵の後ろ。
ならば優先すべきは娼婦達を外に出すこと、すべきことは恭兵を外に連れ出すこと。
最後に試行すること。これは多数あり、鎖刃八手の操作に始まり与えられた知識にある魔法の試し打ち、対転生者の立ち回りや街を使った戦闘等だ。
鎖刃八手は仁の手のように自在に操れる。それは手が八本増えたことと同義で、慣れない今は便利さよりも不便さが目立つ。
代わりに増えた手の扱いに慣れたなら、その便利さは想像に難くない。故に使う、今後のことを見るのならここで練習し慣れておくべきだと仁は考える。
『やるべきことは纏まった、後は実行するだけか……』
二人の距離は約三メートル。詰めることも阻むことも容易い、そんな距離。
考えを纏め覚悟を決めた仁は動く。床を力一杯蹴り、真正面から恭兵に突撃する。
彼はそれを見て一瞬驚くものの、即座に大鎌を振り上げ迫る悪魔の脳天に振り下ろす。
仁は鎖刃四本を大鎌の刃部分に巻き付け、動きを止めてから恭兵の首目掛けて双剣を振るった。
だがその剣は虚しく空を切る。恭兵が一切の躊躇い無く武器を手放し、後方に飛んだ故に空振ったのだ。
武器を手放した理由を探るため、仁は無理に距離を詰めずに残りの鎖刃四本を放って攻撃する。
迫る切っ先、唸る鎖。それらに臆することも無く、恭兵はただ余裕とばかりに笑う。
戻れ、彼がそう言うと鎖刃に絡められた大鎌は消え、恭兵の手に戻る。そしてその戻ってきた大鎌を振るい、迫る四本の鎖刃を弾き返す。
便利なものだと胸中呟き、仁はまた距離を詰めた。扉までそう遠くはない、これならば多少強引な手でも外に連れ出せると考える。
『ここは少々狭い、悪いが外に連れ出させてもらうぜ』
自分との距離を詰めに来る仁の横腹を狙い、恭兵は左切り上げに鎌を振る。
鎖刃で止めても直ぐに手放す。それが分かっている仁は今度は大鎌の柄を狙う。
右の剣で刃を弾き、そのまま体を回転させ左肘で柄を押し退ける。
「ちっ!」
大鎌を弾かれ距離を詰められたことに舌打ちする。また距離をとればいい、そう思い後ろに飛ぼうとするとその足を鎖刃に絡めとられる。
焦る彼の腹に重い衝撃と痛みが走る、仁の前蹴りだ。蹴りを入れられた恭平は足に鎖刃を絡ませたまま、十字架のあった部屋を抜け、開いたままの扉から外へと放り出された。
恭平を外に出すことに成功した仁は、背後で寄り添い合う娼婦達に言う。
『さっきも言ったが、お前さん達はなるべく多くの娼婦を連れて外に出ろ。暫くすれば俺の連れが来るはずだ』
それだけを言い残し、返事を待たずに外に出る。外では野次馬達が建物の窓や屋根から何事かと見物に来ており、仁の姿を見た途端に叫びを上げて散っていった。
先に外に放り出された恭平は、扉から数メートル先で腕をだらりと下げて立っており、蹴りが効かなかったと見せつけるように平然としている。
「なんだよ、ちゃんと戦えるんじゃん。実力隠してた感じ? ちょっとだけムカついたわ」
最初一切攻撃が当たらなかった状況からいきなり攻撃を当てられた恭兵は、仁が手加減して戦っていたのだと思い込む。
実際は行動の優先事項を決めるために攻撃に集中出来ていなかっただけなのだが、そんなこと彼には関係ない。
攻撃を当てられたことよりも、加減されたことに腹を立てながらぶすくれた顔をする彼を見て仁は鼻で笑う。
『隠してたってならそれはお互い様だろ。お前さん、最初の氷の刃以外攻撃系の魔法使ってねぇじゃねえか。場所が狭くてまともに使えなかったってんなら、ここで思う存分ぶっ放し合おうぜ』
未だ鎖刃の一本を足に絡め、残った七本を周囲に揺蕩わせる。そして仁は体を左半身にして腰を下げ、左手を臍下に、右手を左肩辺りに置いて構える。
それを見ても恭兵は大鎌を左手に持って肩に背負うだけで、構えらしい構えを取らない。そしてふと思い出したように十字架のことを口にした。
「ねぇ、そういえばさ、きみ入口から入ったんだよね? 入ってすぐの部屋にでかい十字架があったでしょ、氷で固められたやつ。アレどこにやったの?」
その言葉、その瞳には今までには無かった圧があった。嘘を許さず、真実のみを答えさせようとするような、そんな圧が。
その様子を見て、仁はあの十字架が恭平にとっての地雷になると予想する。踏み抜けばただでは済まないことが察せられても、彼は迷いなく踏み抜いた。
『ああ、あのクソ悪趣味な十字架か? あれなら燃やしたよ、跡形も無くなる程にな』
こともなげに焼却処分したことを仁が告げる。すると恭平の顔が一瞬で絶望の表情に変り、右手で顔を抑え俯くと、次の瞬間彼は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
「ふざっけるなよてめえええええええ!? あれを作るのにどんだけ苦労したと思ってんだよ、なぁ!? あんだけのガキの死体こしらえてあの形に整えるのに、どんっだけの苦労があったか理解して燃やしたのかお前はああああ!!」
長い月日、大量の金、築いたコネを用いて赤子や出産間近の娼婦を集め、周囲から嫌悪と忌避と侮蔑の目を向けられながも作り上げた傑作品。
それを燃やされた彼の怒りは尋常ではない。大鎌を握る手に力が篭もり、その目には殺気が宿る。そして彼は強く強く歯噛みして、憤怒に塗れた声で告げる。
「お前を殺す」
『お前さんにゃあ出来ねぇよ』
死合再開と思われた空気の中、突然恭兵が大鎌を空に掲げて叫ぶ。悪魔殲滅の目的の為、己(おの)が契約した聖天使の名を。
「我が声に応え降臨せよ! 神に使えし七天使が一柱、贄の聖天使サクリエラ!!」
次の瞬間、彼の背後に巨大な光輪が現れて、そこから眩い光と共に一体の天使が降臨する。その後光輪はサイズを直径十センチ程に縮め、天使の頭上で浮遊する。
純白の梟の羽を広げる彼女は、同色のワンピースを身に纏っており、その上からは白に縁どられ、青の装飾が施された黄金色の鎧を装備していた。
顔は菱形の面で完全に隠れており、その面にも純白の梟の羽が装飾されている。
「お呼びとあらば即降臨! ハートにズッキュン、悪魔をバッキュン! 贄の聖天使サクリエラちゃん、DEATH!」
アイドルボイスとでも言うべき甲高い声、入念に練習したと思しき痛々しい振り付けをもってシリアスな場を静まり返らせる。
見た目と行動のギャップの大きさに、なんと声をかけるべきか迷いに迷い、絞り出すようにして重くつっこむ。
『なんの冗談だ……?』
「まぁそう言いたくなるよね。けどまぁこいつの頭は少々アレだけど、きみを消滅させる力はちゃんと備わってるよ」
味方であるはずの天使をこいつ呼びし、辛辣な言葉を吐く恭兵。
その言葉を不服に思ったのか、サクリエルは腰に手を当て彼を叱責する。
「こらこらダメだぞ恭兵君、歳上のお姉さんをこいつ呼ばわりしたり、頭がアレとか言っちゃ。天使なお姉さんでも傷ついちゃうんだゾ」
見た目の神聖さとは裏腹に、その言動は酷く痛々しい。時代に取り残されたことに気付かぬままハジけているかのような、目を背けたくなるような痛々しさがある。
それが意図したものかは仁には分からない。けれども緊張の糸を断ち切られた今、これが故意のものであるならば、なるほど恐ろしいものだと思う。
一度切れた緊張の糸を張り直すのは容易ではない。仮に張り直しても、そこには必ず綻びがあるものだ。
「さて仕切り直そうか。サクリエラ、【聖魂接続】!」
「かしこまり〜!」
『させるかよ! 創造!』
瞬間、五秒のカウントダウンが始まった。
仁が今創造したもの、それは時間。漫画やノベルに多く登場する時間停止能力、彼はそれを自分の魔法で再現したのだ。
その際彼は、時間を一秒が連続するパラパラ漫画のようなものと定義し、そこに自分だけが動くことを許された時間を創り挟み込むことで、これを可能にした。
ただしこれは世界に干渉する魔法のためか、魔力消費が激しい。
以前雷華との訓練でもこれを使用したが、その時の魔力量では一秒程度の時間しか創れなかったため、移動の先取るだけで限界だった。
だが今は違う、魔神の魂から大量の魔力を貰ったために、五秒もの時間を創造可能にしたのだ。
たった五秒、されど五秒。今の仁には、そのたった五秒でも目の前の転生者を殺すには充分な時間だった。
カウントダウン開始とともに鎖刃を放ち、恭兵とサクリエラの心臓と脳を貫く。けれども今は時間の隙間、血は刃と肉の間から微量に噴いて静止し、体は軽く後ろに傾いたまま止まる。
仁は勝ちを確信して鎖刃を抜く。心臓と脳を貫かれたならば、最低でも人間である恭兵は確実に死んでいるだろう。そう思いながら彼に背を向け、一度は言ってみたかったセリフを口にした。
『そして時は動き出す』
カウントがゼロになる。恭兵の胸と頭から血が噴き出し、その命を絶えさせた、はずだった……。
ザシュッ!
仁の背中を鋭い刃が切り裂いた。突然の攻撃、焼けるような痛みに驚きながら振り向くと、そこには殺したはずの恭兵が平然した姿で立っていた。
『なん……だと……!?』
痛みに膝をつく仁を、彼らは見下ろし嗤う。その体に、更には衣服や鎧にすら一切の傷が見当たらない。
「なにをしたか知らないけど、突然死んだ時には流石に驚いたよ」
「ストックは減っちゃいましたけど〜、まぁたった2回ですし気にならないDEATHね!」
その言葉と、贄の聖天使のワードで何が起きたかを察する。
仁は傷を治して立ち上がり、彼らの方に向き直る。そして理解した現実に歯噛みしながら、殺したはずの彼らが平気な顔で生存している理由を問い質す。
『……成程、贄の聖天使とはよく言ったものだ。お前さん、殺した命の数だけ蘇生する能力を持ってんな?』
「恩恵名【贄有りきの正義】。効果はきみが言うように殺した数だけ命を蘇生させるもの、僕がサクリエラと契約したときにもらったものさ」
恭兵は鎌を弄びながらヘラヘラとした笑いを浮かべる。なんの抵抗も出来ずに殺されたことは驚いたものの、殺されても百以上蘇生する恭兵にとっては、そんなこと些事でしかない。
「さぁ今度こそ聖魂接続だ、サクリエラ」
「はいは〜い! いっくよー!」
サクリエラが叫びを上げて、その体を光輝かせる。そしてそのまま恭兵に覆いかぶさるように重なり、彼の体を光で包む。
光が収まると、先程まで学生服だった恭兵の姿は、白の貫頭衣の上からサクリエラの鎧を身に着けるという天使のような姿に変わっていた。
純白の貫頭衣と上半身を覆う黄金色の鎧、仮面はサクリエラのときと違い、顔を全体ではなく上半分だけを覆うものとなっている。
そして背中からは白金の翼が生え、彼が天使と融合したことを指し示していた。
天使のようでいて、神のようでいて、それでいて神罰の執行者のような姿に変わった彼は、その白金の翼を広げ大鎌を突きつけながら仁に告げる。
「遊びは終わりだ。その命、捧げてもらうよ」
仁は背中の鎖刃(さじん)と両手の双剣を、恭兵は一本の大鎌を振るいそれぞれの命を奪いにかかる。
十対一。刃の数を見れば圧倒的に仁が有利でありながら、戦闘開始数分後の今も恭兵の殺害に至れない。
それは仁の一撃の軽さと、恭兵の立ち回りに要因があった。
仁は背中から生えた刃という、普通の人間ならば使うはずもないものを使っている。
その扱いにまだ慣れ切っていないがために一撃一撃が軽く、動きが単純なため読まれやすい。
対して恭兵は転生後、ずっと今使っている大鎌を振るい続けている。
そのうえ転生時に常人を上回る身体能力を与えられている。
それ故に攻めの一撃は重く、守りは無駄のない立ち回りで仁の繰り出す攻撃の数々を捌く。
「ほらほらどうしたのさ悪魔くん!? その武器達は飾りかい? それともなまくらなのかい!? 一度として僕に届かないじゃないか!」
上から下からと迫る鎖刃、そしてそれらの隙間を埋めるように振るい突かれる双剣。
恭兵はそれらを易々と躱しながら仁を煽る。そして細かく隙を突いて反撃を入れるも、それとほぼ同時に鎖刃が飛んでくるため決定打を入れられずにいた。
『笑わせる。余裕かます割にはお前さんの攻撃も当たってねぇ、ぞ!』
鎖刃を四本、恭兵に向かって放つ。彼はそれを大鎌で薙ぎ払い、返し手のために距離を詰めようと一歩踏み出した。
だが仁はそれと同時に足元に鎖刃を刺し、反撃を牽制する。
互いに致命傷を与えられないまま、時間ばかりが過ぎていく。
その過ぎていく時間の中、仁は思考を巡らせる。どう攻めて、どう詰める? 優先すべきはなにか、試行しておくことはなにかと。
一度状況を整理する。手を動かしながら、鎖刃を操りながら。
現状は一対一の戦闘、背中には館の娼婦達、出口は恭兵の後ろ。
ならば優先すべきは娼婦達を外に出すこと、すべきことは恭兵を外に連れ出すこと。
最後に試行すること。これは多数あり、鎖刃八手の操作に始まり与えられた知識にある魔法の試し打ち、対転生者の立ち回りや街を使った戦闘等だ。
鎖刃八手は仁の手のように自在に操れる。それは手が八本増えたことと同義で、慣れない今は便利さよりも不便さが目立つ。
代わりに増えた手の扱いに慣れたなら、その便利さは想像に難くない。故に使う、今後のことを見るのならここで練習し慣れておくべきだと仁は考える。
『やるべきことは纏まった、後は実行するだけか……』
二人の距離は約三メートル。詰めることも阻むことも容易い、そんな距離。
考えを纏め覚悟を決めた仁は動く。床を力一杯蹴り、真正面から恭兵に突撃する。
彼はそれを見て一瞬驚くものの、即座に大鎌を振り上げ迫る悪魔の脳天に振り下ろす。
仁は鎖刃四本を大鎌の刃部分に巻き付け、動きを止めてから恭兵の首目掛けて双剣を振るった。
だがその剣は虚しく空を切る。恭兵が一切の躊躇い無く武器を手放し、後方に飛んだ故に空振ったのだ。
武器を手放した理由を探るため、仁は無理に距離を詰めずに残りの鎖刃四本を放って攻撃する。
迫る切っ先、唸る鎖。それらに臆することも無く、恭兵はただ余裕とばかりに笑う。
戻れ、彼がそう言うと鎖刃に絡められた大鎌は消え、恭兵の手に戻る。そしてその戻ってきた大鎌を振るい、迫る四本の鎖刃を弾き返す。
便利なものだと胸中呟き、仁はまた距離を詰めた。扉までそう遠くはない、これならば多少強引な手でも外に連れ出せると考える。
『ここは少々狭い、悪いが外に連れ出させてもらうぜ』
自分との距離を詰めに来る仁の横腹を狙い、恭兵は左切り上げに鎌を振る。
鎖刃で止めても直ぐに手放す。それが分かっている仁は今度は大鎌の柄を狙う。
右の剣で刃を弾き、そのまま体を回転させ左肘で柄を押し退ける。
「ちっ!」
大鎌を弾かれ距離を詰められたことに舌打ちする。また距離をとればいい、そう思い後ろに飛ぼうとするとその足を鎖刃に絡めとられる。
焦る彼の腹に重い衝撃と痛みが走る、仁の前蹴りだ。蹴りを入れられた恭平は足に鎖刃を絡ませたまま、十字架のあった部屋を抜け、開いたままの扉から外へと放り出された。
恭平を外に出すことに成功した仁は、背後で寄り添い合う娼婦達に言う。
『さっきも言ったが、お前さん達はなるべく多くの娼婦を連れて外に出ろ。暫くすれば俺の連れが来るはずだ』
それだけを言い残し、返事を待たずに外に出る。外では野次馬達が建物の窓や屋根から何事かと見物に来ており、仁の姿を見た途端に叫びを上げて散っていった。
先に外に放り出された恭平は、扉から数メートル先で腕をだらりと下げて立っており、蹴りが効かなかったと見せつけるように平然としている。
「なんだよ、ちゃんと戦えるんじゃん。実力隠してた感じ? ちょっとだけムカついたわ」
最初一切攻撃が当たらなかった状況からいきなり攻撃を当てられた恭兵は、仁が手加減して戦っていたのだと思い込む。
実際は行動の優先事項を決めるために攻撃に集中出来ていなかっただけなのだが、そんなこと彼には関係ない。
攻撃を当てられたことよりも、加減されたことに腹を立てながらぶすくれた顔をする彼を見て仁は鼻で笑う。
『隠してたってならそれはお互い様だろ。お前さん、最初の氷の刃以外攻撃系の魔法使ってねぇじゃねえか。場所が狭くてまともに使えなかったってんなら、ここで思う存分ぶっ放し合おうぜ』
未だ鎖刃の一本を足に絡め、残った七本を周囲に揺蕩わせる。そして仁は体を左半身にして腰を下げ、左手を臍下に、右手を左肩辺りに置いて構える。
それを見ても恭兵は大鎌を左手に持って肩に背負うだけで、構えらしい構えを取らない。そしてふと思い出したように十字架のことを口にした。
「ねぇ、そういえばさ、きみ入口から入ったんだよね? 入ってすぐの部屋にでかい十字架があったでしょ、氷で固められたやつ。アレどこにやったの?」
その言葉、その瞳には今までには無かった圧があった。嘘を許さず、真実のみを答えさせようとするような、そんな圧が。
その様子を見て、仁はあの十字架が恭平にとっての地雷になると予想する。踏み抜けばただでは済まないことが察せられても、彼は迷いなく踏み抜いた。
『ああ、あのクソ悪趣味な十字架か? あれなら燃やしたよ、跡形も無くなる程にな』
こともなげに焼却処分したことを仁が告げる。すると恭平の顔が一瞬で絶望の表情に変り、右手で顔を抑え俯くと、次の瞬間彼は喉が張り裂けんばかりに叫んだ。
「ふざっけるなよてめえええええええ!? あれを作るのにどんだけ苦労したと思ってんだよ、なぁ!? あんだけのガキの死体こしらえてあの形に整えるのに、どんっだけの苦労があったか理解して燃やしたのかお前はああああ!!」
長い月日、大量の金、築いたコネを用いて赤子や出産間近の娼婦を集め、周囲から嫌悪と忌避と侮蔑の目を向けられながも作り上げた傑作品。
それを燃やされた彼の怒りは尋常ではない。大鎌を握る手に力が篭もり、その目には殺気が宿る。そして彼は強く強く歯噛みして、憤怒に塗れた声で告げる。
「お前を殺す」
『お前さんにゃあ出来ねぇよ』
死合再開と思われた空気の中、突然恭兵が大鎌を空に掲げて叫ぶ。悪魔殲滅の目的の為、己(おの)が契約した聖天使の名を。
「我が声に応え降臨せよ! 神に使えし七天使が一柱、贄の聖天使サクリエラ!!」
次の瞬間、彼の背後に巨大な光輪が現れて、そこから眩い光と共に一体の天使が降臨する。その後光輪はサイズを直径十センチ程に縮め、天使の頭上で浮遊する。
純白の梟の羽を広げる彼女は、同色のワンピースを身に纏っており、その上からは白に縁どられ、青の装飾が施された黄金色の鎧を装備していた。
顔は菱形の面で完全に隠れており、その面にも純白の梟の羽が装飾されている。
「お呼びとあらば即降臨! ハートにズッキュン、悪魔をバッキュン! 贄の聖天使サクリエラちゃん、DEATH!」
アイドルボイスとでも言うべき甲高い声、入念に練習したと思しき痛々しい振り付けをもってシリアスな場を静まり返らせる。
見た目と行動のギャップの大きさに、なんと声をかけるべきか迷いに迷い、絞り出すようにして重くつっこむ。
『なんの冗談だ……?』
「まぁそう言いたくなるよね。けどまぁこいつの頭は少々アレだけど、きみを消滅させる力はちゃんと備わってるよ」
味方であるはずの天使をこいつ呼びし、辛辣な言葉を吐く恭兵。
その言葉を不服に思ったのか、サクリエルは腰に手を当て彼を叱責する。
「こらこらダメだぞ恭兵君、歳上のお姉さんをこいつ呼ばわりしたり、頭がアレとか言っちゃ。天使なお姉さんでも傷ついちゃうんだゾ」
見た目の神聖さとは裏腹に、その言動は酷く痛々しい。時代に取り残されたことに気付かぬままハジけているかのような、目を背けたくなるような痛々しさがある。
それが意図したものかは仁には分からない。けれども緊張の糸を断ち切られた今、これが故意のものであるならば、なるほど恐ろしいものだと思う。
一度切れた緊張の糸を張り直すのは容易ではない。仮に張り直しても、そこには必ず綻びがあるものだ。
「さて仕切り直そうか。サクリエラ、【聖魂接続】!」
「かしこまり〜!」
『させるかよ! 創造!』
瞬間、五秒のカウントダウンが始まった。
仁が今創造したもの、それは時間。漫画やノベルに多く登場する時間停止能力、彼はそれを自分の魔法で再現したのだ。
その際彼は、時間を一秒が連続するパラパラ漫画のようなものと定義し、そこに自分だけが動くことを許された時間を創り挟み込むことで、これを可能にした。
ただしこれは世界に干渉する魔法のためか、魔力消費が激しい。
以前雷華との訓練でもこれを使用したが、その時の魔力量では一秒程度の時間しか創れなかったため、移動の先取るだけで限界だった。
だが今は違う、魔神の魂から大量の魔力を貰ったために、五秒もの時間を創造可能にしたのだ。
たった五秒、されど五秒。今の仁には、そのたった五秒でも目の前の転生者を殺すには充分な時間だった。
カウントダウン開始とともに鎖刃を放ち、恭兵とサクリエラの心臓と脳を貫く。けれども今は時間の隙間、血は刃と肉の間から微量に噴いて静止し、体は軽く後ろに傾いたまま止まる。
仁は勝ちを確信して鎖刃を抜く。心臓と脳を貫かれたならば、最低でも人間である恭兵は確実に死んでいるだろう。そう思いながら彼に背を向け、一度は言ってみたかったセリフを口にした。
『そして時は動き出す』
カウントがゼロになる。恭兵の胸と頭から血が噴き出し、その命を絶えさせた、はずだった……。
ザシュッ!
仁の背中を鋭い刃が切り裂いた。突然の攻撃、焼けるような痛みに驚きながら振り向くと、そこには殺したはずの恭兵が平然した姿で立っていた。
『なん……だと……!?』
痛みに膝をつく仁を、彼らは見下ろし嗤う。その体に、更には衣服や鎧にすら一切の傷が見当たらない。
「なにをしたか知らないけど、突然死んだ時には流石に驚いたよ」
「ストックは減っちゃいましたけど〜、まぁたった2回ですし気にならないDEATHね!」
その言葉と、贄の聖天使のワードで何が起きたかを察する。
仁は傷を治して立ち上がり、彼らの方に向き直る。そして理解した現実に歯噛みしながら、殺したはずの彼らが平気な顔で生存している理由を問い質す。
『……成程、贄の聖天使とはよく言ったものだ。お前さん、殺した命の数だけ蘇生する能力を持ってんな?』
「恩恵名【贄有りきの正義】。効果はきみが言うように殺した数だけ命を蘇生させるもの、僕がサクリエラと契約したときにもらったものさ」
恭兵は鎌を弄びながらヘラヘラとした笑いを浮かべる。なんの抵抗も出来ずに殺されたことは驚いたものの、殺されても百以上蘇生する恭兵にとっては、そんなこと些事でしかない。
「さぁ今度こそ聖魂接続だ、サクリエラ」
「はいは〜い! いっくよー!」
サクリエラが叫びを上げて、その体を光輝かせる。そしてそのまま恭兵に覆いかぶさるように重なり、彼の体を光で包む。
光が収まると、先程まで学生服だった恭兵の姿は、白の貫頭衣の上からサクリエラの鎧を身に着けるという天使のような姿に変わっていた。
純白の貫頭衣と上半身を覆う黄金色の鎧、仮面はサクリエラのときと違い、顔を全体ではなく上半分だけを覆うものとなっている。
そして背中からは白金の翼が生え、彼が天使と融合したことを指し示していた。
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「遊びは終わりだ。その命、捧げてもらうよ」
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