魔王に連れられ異世界転移〜魔神になった俺の敵は神と元カノ〜

龍鬼

裸の付き合い

「拾い物とはその、女の子……ですか? その子をどうするおつもりで?」

 床にへたり込む時雨を見ながら、サタンは訝しんだ顔で仁に問いかける。サタンとしては、仁が魔神であることが外部に漏れることは極力避けたいことではある。そのため、仁の返答如何によっては、時雨を即座に殺害する気でいた。

「行くとこも無いだろうし、上の旅館に住まわせたいと思ってる。ちなみに、こいつはおと……」
「許可します!」

 仁が言い切るよりも先に、やや食い気味に許可を出す。いや、出してしまう……。そして許可を出してしまった直後、後悔と焦りが彼女を襲う。

「こだ……って早いな……。せめて最後まで聞けよ」

 思ってもみないサタンの反応に若干の呆れを抱きながらも、時雨が住むことを許可してくれたことに内心感謝する。

 安堵に少しだけ口元を綻ばせる仁とは対照的に、サタンの方は眉を八の字に下げ、背中に冷や汗をかく。

──こ、これは困りました……。確実に燈から怒られます……──

 先に述べたように、サタンは仁が魔神であることを外部に漏らさないよう行動しようとしている。その旨は当然燈達にも伝えており、彼女らにもそれを心がけさせている。

 だがそれを伝えたサタン自身が今、それを破り、部外者を住まわせようとしているのだから、当然皆納得しないだろう。更にはそんな重要なことを、単独で決めてしまったのだから余計に質が悪い。

「さて、どう説得したものか……」

 許可した直後に、やはり都合が悪いので許可できませんでは仁が納得しないだろう。だからといって殺してしまえば、信頼関係の崩壊に繋がる。サタンとしては、それを是が非でも回避したい。
 さてどうしたものかと、魔王としての威厳も何も無くボヤき頭を悩ませていると、仁が時雨を担いでいるのに気づく。

「サタン、俺こいつと風呂入ってくるわ」

 なにげない仁のその一言に、サタンの悩みは直ぐ様放り捨てられ、憂鬱な気持ちが明るいものへと切り替わる。
 ニコニコとした笑みを浮かべて仁を呼び止めると、サタンは仁に『あるもの』が入った箱を握らせた。

「仁様、お風呂に入られるのでしたらどうか、これを持って行ってください」

 入浴剤か何かかと思い、渡されたそれを見る。それを見た仁は直後、不機嫌を全面的に顔に出し、それを床に叩きつける。

「サタン、これはなんの冗談だ……? 男二人で風呂に行こうって時に、なんでコンドームなんか渡す。てかなんで持ってんだよ」

 そう、仁がサタンに渡されたのは日本で当たり前のように売られていた避妊具、コンドームである。それを渡れたことも理解に苦しむが、常備しているであろうサタンにも疑念の目が向く。

「オトコの娘を風呂に連れいくのですから、当然ヤってしまうのですよね? 男同士であってもやはり、衛生面には気を使って装着しておくべきだと思うんです、私は」
「は?」

 サタンの言葉が仁の地雷に触れたのか、仁は珍しく鬼の形相でサタンを睨む。その形相はサタンの高揚した気分を冷静に戻すには十分で、引いていた冷や汗がまた流れる。

「サタン、今後の為に言っておく。以後俺の前で奴隷をそういう目で見て、扱うな。お前さんの趣味がそういう腐女子的な物であったとしても、俺はそれを否定も拒絶もしない。が、その妄想を押し付けるような真似はやめろ。いいな?」
「はい……承知しました……。申し訳ありませんでした、仁様……」

 頭を下げ謝罪するサタンに、仁は次から気を付けろとだけ言い、時雨を抱えてその場を後にする。
 仁が去ったの見届けた後、サタンは額の汗を拭って安堵の息を吐く。仁の境遇を知った上での先の発言に、彼女は静かに自省した。

 いくら気分が高揚したとはいえ、あの発言は軽率としか言いようがなく、仁が怒るのも無理からぬことだった。
 彼女が仁のことを調べる中で、彼が幼いころは中性的な容姿であったこと、それが災いして父親から性的な虐待を受けていたことを知った。そんな彼の目の前で、奴隷だった少年を性的に扱うような発言をしたのだから、少なからず過去のトラウマを抉ることになっただろう。

「この埋め合わせはいずれ必ずしなければなりませんね……。さて、それはそれとして、時雨君を迎えられるようどうにか皆を説得しませんと。特に碧は骨が折れそうですね……」

 重い溜息を吐いて、サタンは皆を説得する言葉を考えながら上へと戻っていった。

 ────────

 仁の肩に抱えられた時雨は、小さく揺られながら仁の顔を恐る恐るといった表情で見つめる。それに気づいたのか、仁は時雨を横目に見て、なんだ? と話しかける。
 話しかけられたことに驚き体を軽く震わせると、時雨は気まずそうに顔を逸らした。

「俺がお前さんを拾ったこと、不思議に思ってんだろ。なんで自分を、ってな感じに。まぁそんなの、風呂に行きゃ嫌でも分かるだろうよ」
「え……?」

 自分が考えていたことを当てられたことにも勿論驚いたが、それと同時に、風呂に行けば理由が分かると言われ、頭の中に新たな疑問が追加された。

 会話、と呼べるのかも怪しいそれが終わると、また二人の間に沈黙が訪れる。移動の途中、その沈黙に耐えかねた時雨が仁に、重くないかを訪ねると。

「寧ろ軽すぎるくらいだ、今後はちゃんと飯食え。絶対に今までよりは美味い物食えるからよ」

 仏頂面でそう言われたものの、時雨の中では警戒心が少しぐらついた。仁の目的も理由も全く分からないものの、自分の立場に本気で憤り手を伸ばしてくれたこと、自分の身を案じてくれること。
 それらは時雨が奴隷に落ちてから初めて経験するもので、その優しさがじんわりと心に染みてくる。目に涙が滲むけれど、まだ信用しきるには早いと思いぐっと零すのを堪えた。

 そこからまた暫く沈黙の時間を過ごし、旅館の温泉へと到着する。下ろしてもらうタイミングを逃した時雨は、梯子を上る時ですら仁の背に負われる形となった。そして温泉に着いて、ようやく下に下ろされる。

「ここが、お風呂なんですか……?」
「そうだ、さっさと入るぞ」

 入口に暖簾のある風呂は初めてなのか時雨は一瞬戸惑うも、仁の後を追って中へと入る。ちなみにその青い暖簾には、こちらの世界の文字で男湯と書いてある。勿論その字を仁は読めなかったので、案内されたときにサタンに教えてもらったのだ。

「着てるもの全部脱いで近くの籠に入れろ。んでそん中に体洗うためのタオルが入ってっから、それ持って浴場に入りな」

 それだけ言うと、仁は服を脱ぎ始める。時雨も指示に従って、纏うぼろ布を脱いで近くの籠に入れる。そして中に入っていたタオルを手に取ると、脱衣途中の仁を見る。
 そして仁の方を見た時雨は、自分以上に多くの傷を負っている仁の体に驚き目を剥いた。そのあまりの傷の多さに時雨は息を呑み、胸が締め付けられるのを感じた。
 時雨のその視線に、仁が気づく。そして自嘲気味にニヤリと笑い、こう言う。

「俺がお前さんを拾った理由、少しは分かったか?」

 仁の言葉にハッとした時雨は、気まずそに視線を逸らして静かに頷いた。仁の体中の傷を見て、彼が自分と似た境遇であることを察する。そして、同情心から手を差し伸べてくれたのだとも……。

「この傷を見りゃ分かるように、俺とお前さんは少しばかり似た境遇にある。違うのは、俺のこの傷は買い手に負わされたものじゃなくて、大半を実の親に負わされたってところぐらいだろうぜ」

 仁のその言葉に、時雨はまた驚かされる。実の親に負わされた、その言葉が信じられなかったからだ。その真偽を確かめる術を時雨は持たないが、仮にそれが真実とすれば、仁がいったいどれほどの地獄を生きて来たのか、時雨には想像することすら出来ない。

 不意に、時雨の目から涙が零れ落ちる。それに気づいて慌てて拭うと、仁がくつくつと笑う。

「おいおい、なんで時雨が泣くんだよ。別に哀れんでほしくてこの話をしたわけじゃないんだぜ?」
「ちがっ……そんなんじゃ……。っ……でも、だとしたら、あんまりじゃないですか……。そんなの……」

 物心ついてからの記憶は、施設での暮らしと奴隷としての生活のみ。そんな時雨は当然ながら、親の愛情というものを知らない。
 外で親子を見かける度に羨ましく思い、自分にも両親がいれば愛されたのだろうか……。甘えることを許されたのだろうか……。そんなことを思い、そんな日々を過ごす妄想を一人繰り返した。

 そんな時雨にとって、仁の言葉は衝撃的だった。信じた夢を、希望を壊されたような瞬間だった。親は子に愛情を注ぎ、子は親に甘える。それが当たり前で、それ故に親のいない自分は不幸なのだと思い込んでいた。そう、この瞬間までは……。

「えぐっ……うっ……。僕は、親がいないから……だから自分は不幸なんだと、思ってました……。決めつけて、諦めて、受け入れてました……。僕にも親がいたなら、きっとしあわせなっ……」

 大粒の涙を流しながらの、支離滅裂な独白。それを聞いた仁は、笑いながら時雨の頭を撫でる。だがその笑みに嘲りは含まれておらず、慈愛を含んだものだった。

「泣くな泣くな、綺麗な顔が台無しだぜ? 確かに親がいようがいまいが、変わらず不幸だと言うのなら救いなんてないだろう。だがな、そんな世界でも誰かが手を差し伸べれば、それが救いになることもある。お前さんが俺の手に救われたと思う日が来たなら、今度はお前さんが誰かの救いになってやれ。いいな?」

 嗚咽を漏らし泣く時雨は、仁の言葉にゆっくりと頷く。それを見た仁はよしと言って頷き、時雨の肩を叩いて浴場に入ることを促す。

――よくよく考えりゃ、男二人、素っ裸で何話し込んでんだって話だが……。うむ、気にしたら負けだな……。あれこれ考えるのはやよう……――

 冷静になった途端、さっきまでの状況が馬鹿らしく思えてきた仁は頭を掻いて小さな溜息を吐く。
 気を取り直して時雨と共に浴場に入れば、三月の肌寒い風が二人の肌を刺す。風の冷たさに一瞬体を震わせながら仁はシャワーの使い方を時雨に教え、並んで座り体を洗う。

 初めてこの温泉に入った時はシャワーがあることに驚いたが、考えたところで仕組みがわからない仁は、気にすることなく利用している。

 シャワーを流して体を洗う中、チラリと隣を見る。そこには勿論時雨がいるわけだが、視線は時雨の下半身へと向く。
 ボロ布をワンピースのように来ていた時雨だが、当然しっかりと下は隠れていた為に男女の判断はそこ以外となる。

 出会った瞬間ほぼ雰囲気で、なんとなくで時雨を男と判断した仁は、今更になって間違っていない確証を欲しがった。
 そして結果として、時雨にも小さいながら男の証が着いていることを確かめ、一人安堵する。

 こんなタイミングで実は女の子でした。なんてオチがつけば、気まずさに顔を見れなくなってしまう、仁が。
 そしてそのついで、という訳では無いが仁は時雨の体をまじまじと見つめる。

 年相応と言うには薄い筋肉と、暴行の後と思しき数々の小さな傷跡が、これまでの不遇な人生を語っていた。

「あの……そうまじまじと見られると、少し恥ずかしいです……」

 肩を抱き、足を閉じ、体を隠すように腰を捻りながら仁から少しだけ距離を取る時雨。その仕草は正に初心な少女のそれで、仁は内心戸惑う。
 そんな心の戸惑いを隠して、仁はすまん、と謝り顔を正面に戻す。

 その後会話も無いまま体を洗い終えた二人は、石縁の温泉に体を浸し、湯の心地良さに揃って息を吐く。

「はぁ、お風呂なんて数年ぶりに入りました……。買われてからは水浴びぐらいしかしてこなかったので、気持ちいいです」
「そうかい、でもまぁ今日からは毎日入れるんだ。ここで暮らすにあたっての楽しみが一個増えただろ」
「はい!」

 元気よく返事をする時雨に、仁は思わず笑みを零してこう思う。あぁ、傷心者の心を掴むのは、こんなに楽なのか、と。

 穏やかに笑う時雨を横目に、仁は内心黒い笑みを浮かべる。
 今回仁が時雨を助けたのには、いくつかの理由がある。そこに少なからず同情心があったのも事実。

 仁の今回の行動は、同情心二割、奴隷を買った者への嫌悪三割、救出した奴隷の人心掌握術を学びたいが五割。
 仁は奴隷制度が嫌いではあるが、それをどうこうできる力は無い。精々が見つけた奴隷の解放程度だろう、そしてそれを一人で行うにも限界はある。

 ならばどうするか、助けた奴隷に手伝わせればいい。サタン達悪魔では出来ないこと、入れない場所があった際には、人類種の手が必要になるだろう。

 そんなとき、時雨のように助けた奴隷達を利用できる状況を作りたい。ならばどうするか、救出という恩と優しい言葉、行動により忠誠心を植え付けておく。それにより、有事の際には駒として利用しやすいだろうというのが、仁の考えだ。

──まぁ、こいつらを利用する日がこないに越したことは無いんだけどな……──

 自身を悪と言いながら、弱者を利用することをよしとしない甘さにため息を吐く。

「こんな甘さ、この世界じゃきっと不要なんだろうな……」
「何か言いましたか、桜舞さん?」
「別に、なんでもねぇよ。それより、俺の事は名前で呼べばいい」
「えっと、それじゃあ……。じん、さん……」

 照れたように、緊張したようにどもりながら、上目遣いに名を呼ばれ、心臓が強く鼓動するのを感じた。
 自分にそんな趣味は無い、こんなのは気の迷いだと言い聞かせて、高まった鼓動を落ち着ける。

「ん、まぁ今はそれでいい。ちなみにこういう字で、仁って読むんだ」

 そう言って仁は時雨の手を取ると、掌に仁の字を書く。ついでとばかりに時雨と書いて、これがお前さんの名前だ、とも教えた。

「名前を貰って、住むところも貰って……僕は貰ってばかりですね……。こんなに貰っても、僕には返せるものなんてなにもありませんよ……?」

 膝を抱え、その上に頭を置いて下を向くとら時雨は申し訳なさそうに呟いた。
 暗い顔をする時雨の頬を緩く摘む。むいっ! などという間抜けな悲鳴を上げて、時雨は仁の方を向く。

「勘違いするな、これはお前さんへの先行投資だ。今何も返せないと言うなら、いつかちゃんと返せるように色んなことを身につけろ、いいな?」
「ふぁい……」
「よろしい。それじゃあそろそろ上がるか、これ以上入ってたら逆上せちまう」

 そう言って仁は湯船を出ると、時雨もそれ続く。時雨にとって、この夜は心身ともに温まる夜になった。
 肌寒い夜に浮かぶ美しい三日月、立ち止まりそれを見上げながら、時雨は心に誓う。

──今は確かに何も返せない。けどいつか、いつか絶対に、この人から受けた恩を返せるような男になってみせる。……なんてね──

「なにしてんだ時雨、さっさと行くぞ」
「は、はい! 今行きます」

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