魔王に連れられ異世界転移〜魔神になった俺の敵は神と元カノ〜

龍鬼

買い出しと調査 前編

「なぁ、サタン。俺が今日殺すのはどんな奴なんだ?」


 詰まらなさそうな表情で物騒なことを質問しながら、旅館地下のダンジョンを独房に向かってサタンと共に歩く。


 魔神として成長するための、ほぼ毎夜繰り返される殺人。その対象は、仁が気負うことも躊躇うことも無いようにと、死んで誰かが助かるような悪人ばかりが選ばれる。今回の殺害対象もその内の一人だ。


「そうですね、今回殺すのは奴隷の買い手です。自身の領地に鉱山を持つ人でして、男の奴隷を買ってはその鉱山で働かせ、女の奴隷を買ってはそこの慰安婦や給仕にしてる人物です」
「あ~……、こう言っちゃなんだが、凄く当たり前な奴隷の使い方してるな……。この世界に来るまで二次元的な知識しか無かったから、奴隷は基本女ばっかで、どいつもこいつも性目的で買ってるもんだと思ってたわ……」


 日本にいた頃は本物の奴隷を見る機会など、当たり前だがあるわけが無い。その為、奴隷に対する知識は漫画やノベルといった二次元的なものが主になる。だが勿論、全部が全部二次元のままという風には思っていない。


 その知識の上では、先も述べたように女奴隷が多く、性行為を主目的として買われる、という風に思っていた。そしてその考えは、盗賊達の拠点を見てより一層強まった。


 それ故に、彼女らを解放した際には帰還か従属かを選ばせた。仁は彼女らを性目的で置く気は毛頭なかった上、全員を一気に働き手として雇うには、彼女らに出来ること、が少ないように思えたからだ。


 だが今回の相手は奴隷を元から働き手として買い、性差を考えての役割分担を考えていることから、一概に処分すべき悪にカテゴライズするのは、少し勿体無いのではないか、と仁は思う。


「ふむ……。サタン、悪いが今回はそいつを殺さないかもしれないが、構わないか?」
「あら意外ですね、どういった心境の変化ですか? 今までの仁様でしたらサクッと殺して終わりだったではないですか」


 人をサイコパスや殺人鬼みたいに言いやがって……。と内心ボヤくものの、今までの自分の行動を思い返せばその評価も仕方ないもの、と文句を飲み込んだ。


 そして仁はふむ……、と小さく唸ってから、一つづつ今後自分がしたいことと、それに必要なことを話していく。


 まず第一に、仁がこの世界で個人として目指すのは、より多くのクズの殺害。次いで奴隷達の解放及び、奴隷達を住まわせる街、可能ならば国の作成であると語る。
 この目標に対する理由は、どちらも仁の個人的な『嫌い』から来ていた。


 一つ目は以前から語るように、クズな父母を見てきたがために、それと重なる悪全般に対し殺意が湧いてくるというもの。
 二つ目、これは仁が奴隷というものを嫌っているところからくる。より正確に言うのなら、仁は奴隷という制度とその売り手買い手を、心底嫌う。


 ただ虐げられ、使い潰されるだけの道具として生かされる奴隷達を見る度に、どうしても過去の自分と重ねてしまうため、胸の内に抑え難い怒りが湧いてしまうのだ。


 それ故に、囚われて使われる奴隷達を解放し、故郷に返すか自分達に従属するかを選ばせる。帰るべき居場所があるのならそれもよし、帰ることが出来ないのなら自分達の下で保護し、人として与えられるべき当たり前の暮らしを送らせたいと思っている。


 これらを伝わりやすいよう言葉を選び、伝えていく。そして語り切った後に、もの凄く自分の考えが幼稚なものなんだと、自覚してしまう。


「とまぁ、うん……。長々しく語ったが、要はそこらの糞ガキみたいにただただ自分が嫌いなものを排除したい、それだけなんだよ。所謂いわゆる我儘ってやつだな」


 そうは言うものの、仁は自分の考え、思想が間違ったものなどとは一度として思ったことがない。そして一度も、正しいものと思ったこともない。
 仁は自分の考えに対し善悪は持ち込んでも、正誤は持ち込まない。善だから正しく、悪だから間違っている。それが当たり前で正しいことのはずなのに、仁にはそんな当たり前が、酷く誤ったものに思えたのだ。


 だからと言って善行は誤りで、悪行こそが正しいと言うでもない。結局のところ、仁にとっては正誤などどうでもいい話。そんなものは視点一つで変わるものだと知っている。


 だからこそ、仁はその胸に揺るがぬ悪を掲げ、それに従って動く。それが、世界にとっての悪行になり得ようとも……。


「いいじゃないですか、我儘でも。仁様はまだ子供なんですから、子供らしく我儘を言ってもいいと思いますよ? それに、仁様のそんな我儘が誰かを救うこともあるんですから、我儘が必ずしも悪い、なんてことはないと私は思います」


 笑顔で仁の我儘を肯定するサタン。稚拙な考えと言っておきながらも、誰かに自分の考えを肯定されるというのは存外恥ずかしくも嬉しいもので、仁は笑みが零れそうになるのを堪えつつ、サタンから顔を逸らした。


 そうやって二人で長話をしているうちに、目的の独房に着く。そしてその独房前まで来た時、仁はサタンの方に向き直り、ふとした疑問を口にする。


「なぁサタン、少し気になったんだが、何でわざわざ歩いて来てるんだ? お前さんなら転移で直ぐにこれるだろうに」
「あら、分かりませんか? こうやって道中、仁様とお話するのが楽しいからに決まっているじゃないですか」
「お前さんはまた、そういうことを言う……」


 呆れ半分照れ半分。サタンの返答は、これから人を殺すかもしれないという状況にある、仁の気分を緩ませるには充分だった。


 仁は先日サタンと湯を共にして以来、サタンの言葉一つでの動揺が大きくなったのを感じる。
 先の言葉も、少し前の仁であれば、そうかよ、の一言で済ましたものを、今回は若干の照れ混じりに咎めた。それは些細だが、確かな変化。仁の中で、サタンの立ち位置が変わりつつあるのかもしれない。


「んんっ、無駄話はここまでだ。入るぞ」


 緩んでしまった気分を咳払いと共に切り替えて、鉄扉を開き独房の中へと入っていった。
 入ってすぐに、サタンが扉付近の魔石に魔力を流す。すると天井に埋め込まれた魔石が反応し、白く光って独房の中を明るく照らす。


 魔石の光を浴び、眩しそうに顔を顰めるのは三十後半から四十前半の初老の男性。彼は独房の奥、壁から伸びる足枷に繋がれていた。
 囚われてある程度日が経っているからか、彼の服も顔を薄く汚れており、ボサボサの髪と無精髭が目立つ。


「初めましてこんばんは、あんたがここの主人てことでいいのかな?」


 先に口を開いたのは初老の男性からだった。その態度は、囚われの身にも関わらず飄々としており、恐怖している様子は見られない。


「あぁどうも、こんばんは。悪いがここの主は俺じゃなくて、こっちの美人さんだ。一応、立場としては俺のが上ではあるけどな」
「へぇ、随分と若いのに大したもんだ。いくつなんだい、ボウヤ? ちなみにおじさんはもう四十二でね、ここの石床に毎日体が悲鳴をあげてるよ」


 変な人、というのが仁の第一印象だった。それと同時に、面倒な相手だとも感じている。仁にとってこういった飄々とした態度の、嘘よりも誤魔化しやはぐらかしが上手そうな人物との対話はあまり得意ではない。
 よって、仁は相手の誤魔化しやはぐらかしを許さないよう直接的な言葉の身を使い、話題の転換をさせないことを旨に聴取や交渉を進めることにする。


「俺はまだ十八の若造でな、周りに迷惑をかけてばかりだよ。さて、早速だが本第に入らせてもらう」
「おいおい待ってくれよ、互いの自己紹介もなしに本題もなにもないんじゃないかい? ほら、お互いに名も立場も明確にした方が欲しい情報の取引が出来るってもんだろ?」
「そんなもんは追々でいい。俺の質問にあんたが正直に答える、こんなことに互いの名も立場も知る必要はない」
「そんなことはない、仮に名前を知る必要がないとしても、立場は違う。おじさんとしてはここを生きて出たいからね、あんたがたが欲しがってる情報を率先してだして好感度を上げておきたいんだよね」
「態々(わざわざ)そんなことせずとも、俺が自分から欲しい情報を聞いてやるさ。繰り返し言おう、あんたは俺の質問に正直に答える、それだけでいい。情報如何ではちゃんと解放してやる」
「あんたさん、思ったより面倒だね。若造なら若造らしく、おじさんの言葉に左右されてくれた方が可愛げがあったんだけどねぇ」
「悪いな、俺はそこらのガキとずれててな、可愛げとは無縁に生きてんだわ。諦めたんなら素直に俺がする質問に答えろ、いいな?」


 初老の男性は仁の後ろに立つサタンをチラリと見て、これ以上下手に流れを自分の方に持ってこようとしても無駄であると判断する。仁だけであればまだなんとかなったかもしれないが、サタンの冷たい目、さっさと殺してしまえばいいのに、と言外に伝えようとするような目を見てしまえば、男性は諦める他無かった。


 彼は降参の意を込めて両手を上げると、仁に何が聞きたいんだい? と話を振る。


「そうさな、先ずはお前さんがどこで、誰から奴隷を買っているかを聞こうか。複数人から買ってるなら、そいつら全員の名と所属国、もしくはギルドを教えてもらおうか」
「……へぇ、そういうのが聞きたいのかい。んじゃ今から言っていくから、メモしてくれるかい?」


 仁がサタンに視線を送り、メモを取らせる。男性の口からは、リーゼルム、ヘルガ、ダリアスという商人の名と、前者二人がフルイド、後者一人がクトゥリアという国の者だと告げられる。この二国は、王が奴隷商を黙認しているが為に商品の補填がしやすく、他国よりも多くの娼館でも奴隷が使われているという。


「さて、他にはなにかあるかい?」
「そうさな……。先の二国で商業区が大きく、娼館の類が多いのはどっちだ?」
「個人的にはクトゥリアの方かねぇ、あそこは人に活気があって毎日お祭り騒ぎかってくらい賑わってる。娼館も種類が多くてね、スタンダードなのをお望みならセリエム区の九番街、マニアックなのをお望みならガクシュネイ区十二番街に行くといい。けどあんまり奥に行くのはお勧めしないぜ? 正直最奥付近の娼館は、娼館と呼べない程えげつないのが揃ってる。おじさんも自分から近付きたいとは思わないね、あそこは」


 近づいた時のことを思い出したのか、饒舌な口が衰える。顔が薄く青ざめてることから、相当に酷いものなのだろう。仁はガクシュネイ区十二番街を強く記憶し、そこに出向くことを決める。


「さて、聞きたいことはもうお終いかい? ならここから解放してほしいんだけどね」
「悪いが、俺はまだお前さんをここから出す気は無いし、かと言って殺す気も無い。今はまだ使える人間として生かしといてやる、ここから出たきゃ俺にとって使える人間であり、信頼できる人間であることを証明するんだな。あぁそれと、一応は情報を貰ったんだ。ちょっとした報酬はくれてやるよ」


 そう言うと仁は、創造バースと唱えて簀の子二枚と畳二畳、布団一セットを作り出す。アメとムチと言うわけではないが、提供した情報に対してなにかしらの報酬がある方が、話す側の口も緩みやすいだろうという考えだ。


 そしてその考えはあながち間違っていないのだろう、男性は目に見えてテンションが上げ、仁が目の前で物を作ったことよりも、その作った物の方に興味を強く示す。


「お、それたたみってやつかい? あとふとんと、そっちの木でできたのはなんだい? てかボウズ、それ知ってるってことはもしかして月華げっかの出身かい?」


 仁は月華という国を知らないが、畳や布団があることから元いた世界での日本に当たる国と予想する。
 仮にこの男性に、仁がこことは別の世界から来たこと伝えても信じることはないだろうし、それを伝える必要はない。そのため、仁は彼の話に合わせることにした。


「ま、そんなとこだ。ここの石床が辛いならこれで少しはマシになるだろ? 今後も俺らに役立つ情報を出してくれたなら最終的には解放してやるよ」
「はは、なら今はその言葉に縋らせてもらおうかな。あ、できればお湯とタオルを持ってきてもらえると助かるんだけどねぇ。ここに監禁されてからずっと風呂に入ってないから、どうも臭いが気になってね」
「後で持ってこさせよう」


 仁はそう言うと、サタンと共に独房を後にする。そして旅館へと戻る途中、仁はサタンにマリアと碧を連れてクトゥリアへ向かうことを告げる。


「先ほどあの男から聞き出した娼館を潰しに行くのですか?」
「まぁな、でもそれだけじゃない。いくつかの調べ事と、買い出しに行きたくてな」

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