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魔王に連れられ異世界転移〜魔神になった俺の敵は神と元カノ〜

龍鬼

湯治と昔話 前編

「はぁ、いい湯だな……」


 疲れたサラリーマンのようなことを呟きながら、仁は宿の湯に身を浸す。
 時間は夜の十一時、空に浮かぶ星々を眺めながら、仁は更に深く湯に身を沈め、縁にもたれかかる。


 サタの湯の大浴場。石張りの床に桶と椅子、竹の囲いに、石縁いしぶちの湯船、かけ湯所。日本の旅館でよく見るような露天風呂が、ここサタの湯の唯一の浴場だ。


 その露天風呂に、仁は修行終わりや早朝等、人のいない時間を見計らって利用しに来ている。


 今日もこの時間ならば、誰に気兼ねすることなくゆっくり出来るだろう。そう思っていたのだが、カラカラカラッと引き戸の開いた音がした。


 こんな時間に珍しい……。だがまぁ、こんな日もあるわな。


 そう思いながら仁は顔を隠す為の手拭いを創造して、端に寄りながらその手拭いで目を隠す。


 その入ってきた誰かは、入口近くにあるかけ湯所で湯を被ると、ゆっくりとした足取りで仁の方へと向かってきた。


 自分に向かう足音に、時雨が入ってきたのだろうと予想する仁。だがその予想は、大きく外れるものとなる。


「隣、失礼しますね」


 明らかな女性の声。それと同時に、聞き慣れつつあるその声で、誰が入ってきたのかを瞬時に理解した。


「っ……!? あ……っ、なんで入ってきてんだよサタン!!」


 仁の心臓が跳ね、顔が熱くなる。急ぎ湯の中にタオルを創造し、腰に巻く。
 湯に身を浸からせたサタンは、仁の慌てふためく様を見ながら、楽しそうに笑う。


「知りませんでした? ここは混浴なのですよ?」
「入口は男女に別れていただろうが!」
「混浴でも脱衣場は別なものですよ?」
「男女で湯を分けてるから竹の囲……」


 仁が言い終わるサタンが腕を振り、風の魔法を放つ。竹で作った囲いは壊され、湯に破片が落ちる水音が連続する。幸い女湯には誰もいなかったのか、一つの悲鳴も聞こえなかった。


 ここまでするのかと呆れながら、深いため息を吐く。そして観念したように両手を上げて、サタンの要件を聞く。


「要件はなんだ……。わざわざこんなことしなくたって、部屋で話せばいいだろうに……」
「ふふ、裸の付き合いというものをしてみたかったんですよ。魔王の我儘と思って、諦めて湯を共にしてください仁様」


 仁は再度深い溜息を吐くと、好きにしろ……、と力無く呟く。
 サタンもそれにありがとうございますと返して、肩が触れる程に近づいた。


「サタン……、ちょっとばかし近くないか……?」
「あら、そんなことありません。これぐらい普通ですよ」


 そう言われたものの、仁にとっては気が気じゃない。女性と風呂を共にする、それすら初めての経験だというのに、その相手が年上の美女ともなれば緊張して当然というもの。


 サタンに聞こえてるんじゃないかと思う程に、仁の心臓はうるさく鼓動し、逆上のぼせたと思う程に顔が熱い。
 このままでは気まずいからと少し距離を取ると、サタンもそれに合わせて詰めてくる。


「私の側は嫌ですか?」
「あ、いや……。そういうんじゃねぇ……、けど、あれだ、少し苦手だ、こういうのは……」


 からかうようなその言葉に対する仁の反応は、サタンにとって満足のいくものだった。
 顔を赤くし目を背ける仁、その身体に目をやれば、切り傷、擦り傷、火傷、刺傷他多数。傷の無い箇所を探す方が難しい程に、その身体は無数の傷で埋まっている。


 サタンがそっと、その身体に触れる。傷と筋肉で凹凸だらけのその肉体は、決して綺麗なものではない。されど、なぜそんな体になったのかを知るサタンにとっては、とても美しいものに思えた。


「傷だらけですね」
「……汚ぇ体だろ。傷だらけで醜いと、自分でも思う」
「まさか、この傷の数々は仁様の生きた証。それが汚いはずありません」


 それがサタンの、偽りない本音だった。だがそれでも、仁はこの身体が嫌いでならなかった。
 これらの傷ができた経緯を全部覚えている訳では無い、だが覚えているものはどれも嫌な記憶ばかり。そんな記憶が傷を見る度頭にチラつくが故に、仁はこの身体が嫌いなのだ。


 傷の話をしたせいか、昔の嫌な記憶が仁の頭にぎる。思い出したくない記憶ほど嫌に鮮明で、知らず、身体がこわばる。


「仁様、大丈夫ですよ」


 不安を払拭するような、優しい声音。サタンは仁の手をそっと握りながら、そんな声音で囁いた。
 手拭いで目を隠していても、サタンが笑みを浮かべているのがなんとなく分かる。その表情と声音に、仁の体から余分な力が抜けていく。ザワつきかけた心が休まる。


 仁は小さく、ありがとな……、とだけ呟いた。
 それが聞こえていたのかいないのか、サタンは握るその手に力を込める。


 湯に浸かること約十分。仁の心が緩んだ頃を見計らい、サタンは今回の本題を切り出した。


「仁様、昔話を聞かせてはくれませんか?」
「なんだ、日本の昔話に興味があるのか?」
「ご冗談を、私が聞きたいのは仁様自身の昔話です。以前お話したように、私は日本にいる頃の仁様を一年分しか知りません。ですのでそれ以前の、昔の仁様を知りたいなと思ったんです」


 仁はサタンから顔を背け、口を固く引き結ぶ。悩んではいるのかもしれないが、このままではまず話してくれないだろう。
 簡単に仁の過去が聞けるとはサタンも思っていない、だからこそ、多少なりとも強引な手段に出る。


「ダメですか……?」


 弱った声音を出し、自身の胸を仁の腕に押し付ける。突然与えられた柔らかな心地良さに、仁は肩を震わせて驚き、困惑と動揺で口元を戦慄かせる。
 その反応を見て、もう少し押せば……、そう考えて更に強く胸を押し付けた。色仕掛けが苦手な仁であれば、降参して渋々ながら話すだろうという予想からのこの行動。


 だが仁から帰ってきた反応は、サタンの予想を大きく上回るものだった。
 仁は目元を覆う手拭を取ると、下がった目尻、薄く潤む瞳でサタンを見つめながら、こう言う。


「サタン……、頼むからこういうのはやめてくれ……。どうしたらいいのか、分からなくなる……」


 想像以上に初心うぶな反応。見ている側が照れてしまうようなそんな反応に、思わずサタンは赤面し、仁から顔を逸らす。
 初めて見る、仁の本気の困り顔。そんなレアな表情に、心臓の鼓動を加速させながら、押し付けていた胸を引き、仁から少し距離を取る。


「す、すみません仁様……。少々悪ふざけが過ぎました、今のはその……、お忘れください……」


 二人の間に嫌な沈黙が訪れる。数秒して、その沈黙を破るように仁は口を開く。その口調には、さっきの弱々しさは微塵も見られなかった。


「……お前さんが何故そこまで俺の過去を知りたいのかは知らねぇが、またさっきみたいなことされたら堪らねぇ。仕方ねぇから、掻い摘んで話してやる。先に言っておくが、あんまり面白い話じゃねぇからな?」


 サタンは一瞬だけ驚くと、すぐさま嬉しそうな笑顔を浮かべる。


「構いません。仁様の昔話が聞けるなら、それだけで私は嬉しいですから」


 その心底嬉しそうな顔に仁は呆れつつ、重い溜め息を吐いてその過去をポツリポツリと語り始める。


「さて、じゃあ幼少期から語るか……。さっきも触れたがこの体の傷、三割四割は親から受けた虐待の傷だ。残りは喧嘩と殺し合い。後は、まぁ……、少し自傷が入ってる」
「最初から重いですね」


 切り捨てるように言うサタンに、仁はじっとりとした視線を送りながら、だから言ったろと吐き捨てる。
 話の腰を折られ、続きを話すか迷っていると、サタンが上目遣いで続きをせがむ。


「はぁ……。真面目な話してんだ、あんまり茶々いれてくれるな……。んじゃまぁ続けるぞ、俺の親はどっちも屑な奴らだったよ。父親は売春斡旋と窃盗、恐喝。母親は美人局つつもたせと窃盗だ。後不倫の常習犯。似た者同士がくっついて、互いに利用し利用されな夫婦だったよ」
「そんな家庭に生まれて、よくその歳まで生きてこられましたね」
「俺に利用価値があると踏んで、育ててたんだろ。ガキがいりゃ学校に行く理由が作りやすいからな。後はお察しの通り、サンドバッグとして使われたよ。父親がヘビースモーカーだったから、偶に灰皿としても使われた」


 仁の口から語られた過去は、聞いていて気分の悪くなるような内容ばかりだった。にわかには信じられないような、その凄絶な過去。それらが今の仁の生き方、悪を嫌悪するその姿勢を作り上げたのは想像に容易い。


「この体にあいつらの血が流れてると思うと、心底嫌になる。この体格も、非常さも、あいつらから受け継いだものと思うと反吐が出る……」


 吐き捨てるように言う仁のその目は暗く、まるで自身の生すら呪うようだった。
 そんな仁の横顔を見たサタンは、指を伸ばして仁の口角を上げる。


「……なんのつもりだ」


 呆れ半分、怒り半分の仁の言葉に怯むことなく、サタンは仁の頬を撫でてこう言った。


「笑ってください、仁様。貴方の過去はとても辛く、苦しいものだったでしょう。それこそ、その血筋を憎むほどに。でもこれから先の未来はきっと明るくなります、私達がそうしてみせます。だから、安心して笑ってください」


 サタンの真っ直ぐな言葉と、柔らかな手に触れられ、仁はその胸に擽ったさを感じた。同時に、不思議な懐かしさも……。
 仁は不機嫌そうに口をへの字に曲げながらも、その手を払うことはしない。寧ろもっと触れられたい、撫でられたいとすら思ってしまう。
 だが仁自身その感情に気づけるわけもなく、無自覚にサタンのその手に頬を擦り付ける。


「ふふっ、なんですか仁様。甘えたいんですか?」


 その言葉にハッとした仁は、サタンの手を優しく振り払う。
 自分が何をしたのか自覚した仁は顔を赤くし、恥ずかしさから口元を手で隠す。


「お前さんといると、調子が狂う……」
「だからって逃げないでくださいね? もっとも、仁様が過去を全て話すまで逃がしませんけど」
「まだ聞く気かよ……」


 当然、と言わんばかりの笑顔を向けられ、仁は諦めた様子で昔話を続ける。


「はぁ……、じゃあまぁ、少し飛ばして次は中学生のときの話をしてやる。中学一年生、このときは俺にとって人生の転機だったな。父親と母親が両方一辺に死んでくれた、飲酒運転による事故死だと。他に犠牲者が出なかったのは、幸いだった。でだ、その知らせを警察から聞いたんだろうな、親戚……、だったか? 俺の保護者になってくれるって人が現れた」


 仁はこのときの事を、何故か朧気にしか覚えていなかった。
 誰かが自分の保護者となり、そのおかげで施設に行くことなく生きられたのは覚えている。だがその保護者が誰だったのかが、思い出せないのだ。


「その人と顔を合わせたことが殆ど無かったのか、どんな人だったのか全く覚えてねぇ。それこそ、性別すらも思い出せない程だ。でもまぁ、感謝はしてる。その人が保護者になってくれたから、俺は施設に行かずに済んだんだからな」
「それはまた、随分とお優しい方に巡り会えたんですね」
「まぁな、けどまぁその人は名だけの保護者だったから、手続きだけ終わらせて後は一人暮らしだったよ」


 仁は両親が死んだ後、その保険金を使い一人暮らし用のマンションに引っ越した。それは単に、両親と過ごした家に住みたくなかったからに他ならない。


 最初の頃こそ惣菜や弁当だらけの食生活だったが、心配したその保護者が時折夕食を作ったり、簡単な料理本を送ることで徐々に食生活は正されていった。
 だが当の仁は、その事を微塵も覚えていない。


「んでその頃からだな、俺が体を鍛えたり、今みたいにクズを見つけては私刑執行したりしだしたのは。そして、慈悲も容赦もない過剰な私刑に周りはドン引き、即座に俺の悪名は広まっていったよ」


 その頃の仁、まるで親から受けた悪意を発散するかのように暴れ回っていた。
 カツアゲしていた不良の手首を砕き、ホームレス狩りの学生を歩けなくし、強姦魔の睾丸を潰したり……。
 そんな、誰が見てもやり過ぎと思うほどの私刑は被害者、傍観者にすら恐怖を与えた。


「そんな俺に当然友達がいるはずもなく、ずっと独りだったよ。あの時まではな……」


 仁は、その時のことを思い出して頬を綻ばせるも、直ぐにその瞳に憂いを帯びさせる。
 その表情を見て、話に興味を持ったサタンが、やや食い気味に先を促す。


「あの時とは?」
「高校上がって直ぐぐらいだったかな、一人の女子が付き纏ってきた。……あぁ、いや、今のじゃ言い方が悪いな。懐いてきたと言うか、慕ってきてたと言うか……。まぁ、仲良くなりたいと接触してきたわけだ」


 どことなく歯切れが悪い。だがそれは気まずさからくるというよりは、恥ずかしさからくるような、そんな照れ混じりの歯切れの悪さだった。


「そいつの名前、梅木優香って言ってな。俺の人生、最初で最後の恋人だよ……」

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