魔王に連れられ異世界転移〜魔神になった俺の敵は神と元カノ〜
拾い物
夕食を終えた仁はサタンにダンジョンで自己鍛錬することを伝え一人降りる。
自分以外誰もいない空間で夕食時の光景を思い浮かべながら準備運動に入った。
「皆で食いたいって言ったそばから鍋出されるとは思わなかったな……」
騒ぐ碧と白亜、それを嗜めるサタンと燈。傍観して一人黙々と食べていた仁を、輪に入れようと話かける雷華。それらを思い返すだけで口元が緩む。
「あぁ、ちくしょう……。あんな風に食卓囲んだらしがみつきたくなるじゃねぇか……」
仁は頭を軽く搔きむしり、顔を覆う。大勢で食卓を囲む楽しさに溺れてしまいそうになる。この日々を、この繋がりを手放したくない。そんな願いを抱いて自分に喝を入れた。
準備運動もそこそこに自己鍛錬へと移る。
最初は燈との鍛錬時のように右手に日本刀を、左手に短刀を作った。
「手元への創造は楽に出来るな、なら今の課題は手元外での創造か……」
仁は足元に線を引いて自分の思う一メートル先の地面に鉄球を作り出す。次にメジャーを作り線と鉄球の間を測る。誤差が殆ど無いのを確認するとそれを二メートル、三メートルと繰り返していく。
「十メートルで誤差五十センチちょいか。これが目に見える範囲ならどこだろうと誤差五センチに収まるようにしたいものだな」
そう言うと仁はカラーコーンを三つ作り、線から十メートル間隔に置いていく。
「とりま、三十メートル圏内から始めるか」
────────
仁がダンジョンに入って数分経った頃、厨房で皿洗いをしていたサタンに一羽の小鳥が話しかける。正確には小鳥を通じて別の場所にいる悪魔が、だが。
『サタン様サタン様』
「豊、どうしましたダンジョンに侵入者でも?」
豊と言うのはサタンの部下の一人で結界魔法を得意とする悪魔。旅館とその周りに結界を張り、表向きは魔除けを装いながらサタン達が悪魔であることを隠蔽している。
それと同時にダンジョンの管理もしており侵入者をサタンに報告、指示を聞き使い魔を使って対処している。
『はい、男三女一人の四人パーティーです』
「そのパーティーの特徴は?」
『重装盾一、剣士一、魔法使い一。後は奴隷ですかね? 首輪がされてます』
奴隷の一言を聞きサタンの顔が一瞬険しくなる。
「今ダンジョンの魔王の間では仁様が修行しています。仁様と侵入者が出くわす前には片を着けなさい、いいですね?」
『了解致しました』
そう言うと小鳥は主人の元へと帰っていく。それを見送ったサタンは皿洗いを再開して呟いた。
「大丈夫とは思いますが、出くわせばただでは済まないでしょうね」
その言葉は仁を心配してのものか、はたまた……。
────────
「思うよかしんどいな……」
そう呟いて仁は座り込む。かれこれ一時間程、狙った場所への創造を練習するも成果は出ない。手元を離れての創造は距離を空けるほどに難度を増し、回数を重ねれば重ねるほどに集中力は乱れていく。
「なんか、こうコツみたいなのが掴めりゃぁな……」
手を空に伸ばして頭を悩ませる。自分に距離感が足りないのかと考え、手を伸ばしてその先に向かって創ってみたり、コーンの真上を狙ったりと工夫するも誤差は消えなかった。
「イメージの仕方が間違ってんのか? それともイメージ力が足りてないのか?」
イメージしたものは仕組みの理解に関わらず、つくることができるのが仁の創造魔法。呪文要らずでなんでも創造できるのは確かにメリットだが、これが意外と難しい。
「イメージするのは常に最強の自分、だっけか?」
元の世界にいた頃に見ていたアニメを思い出す。そのアニメでは、赤い外套を纏った弓兵がイメージした武器や盾を魔術で作って戦っていた。
「俺がやってんのって、あれと殆ど同じだよな……」
スッと立ち上がり左手に弓を作ると弦を引く。本来、素人では引くことの難しい弦だが悪魔になって筋力の上がっている仁は力任せにそれを引いた。
「投影開始、じゃまんまだな。創造!」
その掛け声と共に弦を引く右手から弓を握る左手に向かって真っすぐに矢が作られる。
「掛け声があったほうがイメージしやすいな」
せっかく構えたのだからと、試しに矢を放つ。すると、矢は壁に激突し、乾いた音を立てて床に落ちた。
「威力に欠けるか……。まあそれは後々改善するとして、今後は掛け声をつけるか」
────────
少年は祈る、死なないことを。
少年は願う、こんな生活から抜け出すことを。
少年は嘆く、勇気のない自分を。
少年は恨む、弱い自分を。
そして少年は諦める、自分にはなにもできないと……。
──こんなこと考えるのは何回目だっけ……──
ダンジョンに入る度考える。商品として買われた自分はずっとこのままなのだろうかと、いつかこの生活を抜け出して自由になりたいと。
いつか……いつか……。そう思いながらも行動できないまま数か月の時が過ぎた。
そして今回潜ったダンジョンは魔王が住むと言われているダンジョンの一つ《無欲の迷宮》。Aランク以上の冒険者のみ入ることを許されるダンジョンで、高ランクのアイテムや素材が手に入る。
──本当はAランクしか入れないのに、Bランクで入るとか死にに行くようなものじゃないか……──
「今日も道案内任せたよレーダー君、今回もオレ達に安全な道を教えてね」
「はい、頑張ります……」
少年には名前が無い。もしかしたらあったのかもしれないが物心ついた時から四九〇番と呼ばれ孤児院で育てられ、十二歳の誕生日に奴隷市場へと売られた。そしてそこで買われてから少年はレーダーと呼ばれ、ダンジョン内の魔物や悪魔のいない部屋やルートを魔力探知によって把握し指示する役割を担っている。
──ずっとこのままでいるくらいなら、いっそわざと高位の悪魔がいるところに案内して僕ごと殺してもらおうかな……──
そんなことを考えながら目を瞑って集中する。魔力を波紋のように放ちながらダンジョンの構造と魔物の位置を把握し、魔力量と大きさからおおまかな強さを測る。
ゾッ、と少年の背中を悪寒が走る。魔力探知の有効範囲は直径約二百メートル、その範囲には十三の部屋がありその全てに魔物が配置されていて、その全てが二メートル以上。更には見回りの下級悪魔が十五。
はっきり言って人間四人(うち一人は非戦闘員)でどうにかなるようなものではない。
「探知は終わったかしら?」
「はい……」
「ならさっさと道案内して頂戴」
少年は額に汗を浮かべながら恐る恐る忠告する。
「こ、今回は止めておいたほうがいいと、思います……」
「なんだ怖気づいたか? 軟弱者が」
「まあまあ、とりあえず理由を聞こうよ。で、レーダー君オレ達が納得するようなちゃんとした理由があるんだよね?」
「……数が多すぎます、それに個体も強いです。魔物達を避けきれない可能性もありますし、一回の戦闘でも致命傷を負うかもしれません。そうなれば二度目の戦闘で全滅です、今の僕達じゃ……!?」
少年は突然の痛みに顔を顰め、言葉を詰まらせる。パーティーのリーダーである剣士が少年の髪を掴み、顔を壁に叩きつけたのだ。
「僕達? 違うでしょ? このメンツで弱いのはきみだけ、足手まといはきみ一人だよ。魔物と出会うようなら、オレは迷わずきみを切り捨てる。それが嫌なら必死に安全なルートを探しなよ、いいね?」
「は、はい……」
「よし、じゃあ行こうか。ここで手に入るアイテムは高ランクのものばかりだからね、なんとしても手に入れなきゃ」
剣士は掴んでいた手を放すと少年の背中を押して先頭に立たせる。探知した魔物達を警戒しながら少年は渋々歩き出した。
────────
「ふぅ、一通り終わりましたね」
「お疲れ様ですサタン様、お茶をどうぞ」
「ありがとう、いただくわ」
雑務を終えたサタンと燈は食堂で休憩を取っている。
この旅館での主な役割は4つ。調理、狩猟、接客。そして洗濯他雑務。人数の少ないこの旅館では一人が二つの役割をこなしている。
燈は調理と雑務、碧は調理と接客、白亜は狩猟と雑務、雷華は接客と狩猟を担当している。
「長くここを任せてしまってごめんなさい、燈」
「なにを言うんですかサタン様。サタン様は魔神候補筆頭を探すという大事なお勤めのためにここを離れていたのですから謝ることはありません。それに悪魔にとって五年なんてたいした期間ではありませんから、それよりもこんな短期間で魔神候補を探しだしたサタン様は流石です」
「ただの偶然ですよ。向こうに行ってまだ十三歳の仁様を見かけた時には驚きましたね」
「そうなんですか?」
「はい。あの頃の仁様はとても……愛らしかったです……!」
「趣味で連れてきたわけじゃありませんよね?」
「流石にそれだけでは連れて来たりはしません。ちゃんと魔神としての素養を感じたからこそ、この世界に連れて来たんですよ」
ならいいんですが……。と少し冷たい態度で返事をして、燈は茶を啜る。自分たちの主人を信じていないわけではないが、サタンは仕事のできるポンコツ。変なところで趣味に走ったり、失態をやらかしたりするため、燈がフォローすることも少なくない。
二人が他愛のない話をしていると、パタパタパタ! と慌ただしい羽ばたきが聞こえてくる。サタンと燈が音のする方向を見ると、豊の使い魔である小鳥が急いだ様子で飛んできた。
『サタン様サタン様! 報告があります!』
「どうしたんですか豊、そんなに慌てて」
『魔王の間で修行していた仁様が先の冒険者と接触しました!!』
「っ!? なぜそのようなことになったのか、私が納得のいくよう説明しなさい!」
『端的に申し上げれば仁様が空間移動の魔法で部屋を抜け、その先に冒険者がいた形になります!』
「空間移動? 転移ではなく?」
『はい、あれは転移というよりも移動でした』
「サタン様、もしかして仁様は空間移動用のゲートを作ったのではないでしょうか? それなら転移魔法が使えずとも他の場所に移動できますし、豊が移動と言ったことにも納得できます」
「あり得ますね、仁様は自分の出来ること出来ないことを確認するために一人でダンジョンに降りたのでしょうから、その過程でゲートの創造に成功したのでしょう。それよりも、今仁様の存在が人間達に知られるのは避けたいです、直ちに仁様の元へ向かいますよ!」
そう言ってサタン達が立ち上がり食堂を出ようとしたその瞬間。
『あ、仁様一人で冒険者を片付けちゃったみたいです』
ズダーーーン!! 豊の一言にニ人共がこける。それは見事なこけっぷりで、サタンに至っては入口の柱に勢いよく頭をぶつけていた。
「なんですか、なんなんですかあの人は……規格外にも程がありますよ……」
「心中お察しします……」
────────
「そういや創造魔法で物体以外のものって作ったことないな」
ふとそんなことを思う。気になったならば即行動、右手にコップを作り、その中に水をイメージするとコップから溢れんばかりに水が作られる。
次に試すのは気体。手を開き振りあげ、指先から風の刃が飛びだすイメージをする。そして、創造! と叫びながら振り下ろす。すると先のイメージ通りに風の刃が指先から放たれた。
風の刃を飛ばした指先を見れば、どの指にも一つとして傷はない。それを確かめた仁は、火球や氷槍を掌から発射してみせる。
「なるほどなるほど、操れないものは一旦形を与えて創造直後に飛ばせば問題ないわけか。いいね楽しくなってきた。次は転移魔法を使えるようになりたいな……」
仁はサタンが使った転移魔法を思い出す。文字通り一瞬で別の場所に移動できるあの魔法は、使うことができれば戦闘時には必ず役に立つだろう。
だが仁には転移魔法が使えない、と言うより使い方が分からない。となれば今必要なのは転移魔法に代わる創造物だ、そこで思いついたのが空間と空間を繋ぐゲート。
ものは試しと空間移動用のゲートをイメージしてみると、目の前に人一人が通れそうなトンネルが作られる。
「本当にできたよ。入口ができたってことは出口もあるん、だよな……?」
そっと手を入れてみると、泥のような鈍い抵抗がある。肘まで入れてみれば感触があるのは肘のみでその先は何にも触れていない。
「ちゃんと繋がってるみたいだな、なら入ってみるか」
ゲートを潜ると、その先は魔王の間と同じようにレンガで舗装された通路が広がっていた。
辺りを見回してみるも誰もいない。が、耳をすませば足音が聞こえてくる。ゲートが消えていないことを確認して、仁はその足音の方向へ進んでいく。
音源は近く、通路を二度曲がったところで足音の主達と遭遇した。
メンバーは好青年風の剣士、女性の魔法使い。全身鎧の重装盾。そして首輪と手枷を着けられた少年。
「おや、このダンジョンに先客がいたのか」
「お前さん達、魔王を倒しにきたのか?」
「流石にそこまではまだ狙ってないかな、今回はダンジョンのアイテムだけ回収しようと思ってね。きみは?」
「まぁ、俺も似たようなもんだ」
チラリ、と首輪の少年を見る。長い黒髪と同色の瞳、中性的で幼い顔立ちは、一見すれば少女のようだった。
「それは……?」
「あぁ、これ? オレ達が買った奴隷」
「あ、そう……」
平静を装うものの、仁の拳に力が篭る。これが普通、これがこの世界での常識。そう言い聞かせ、深呼吸をして拳を緩める。
「初対面で悪いとは思うが、そいつを解放してやってはくんねぇか?」
「え? なんだって?」
本当に聞こえなかったのかはたまた振りなのか、どちらにせよそのとぼけた態度は仁の神経を逆撫でするだけだった。
「いいか? もう一度だけ言ってやる。そいつを解放しろ、さもなくば殺す」
「いきなり物騒だね、これを解放してほしいなら力ずくでやってみなよ。やれるもんならだけどね、オレ達は強いよ?」
奴隷以外の三人が、即座に前へ出て武器を構える。仁を敵と判断しての迅速な対応は流石冒険者と言ったところか。対する仁は武器を構えない、それどころか作りすらしない。
「どうした貴様、何故構えない」
「まさか素手で戦う気かい?」
「バカだねぇ、素手で私ら三人に勝てるわけないってのに」
「悪いな、俺にとってこれは戦闘じゃない実験だ。実験でいちいち武器を握るやつなんていないだろ?」
「実験だと? 貴様、ふざけて……」
重装盾の言葉は最後まで続かなかった、続けられなかった。
「ごぷ……!?」
「ほら、まず一人」
「ゴルトア!?」
ゴルトアの喉を杭が貫く、外側からではなく内側から。それを見て仁は実験成功と言わんばかりに笑みを浮かべる。
滝のように流れ出る鮮血。頸椎ごと貫かれたゴルトアは数度の掠れた呼吸音のあげると、絶命し倒れる。
「レイティナ、早く杭を抜いて治癒魔法を!」
「わ、分かった!」
「残念だがもう死んでんだよなぁ。まぁいいや、創造」
魔法使いに向かって指を鳴らす。すると小さな風切り音の後、一瞬でその体が内側から風の刃に切り刻まれて、肉片を散らす。転がる頭を見れば、その顔は呆気にとられた表情をしていた。
「な、ん……なんだよ、なんなんだよきみは!? オレの仲間になにしたんだ!?」
「クハッ! 俺がなにかって? この惨状を見りゃ分かるだろ、化け物だよ。お前みたいな屑を殺すことで、悦に浸る化け物さ。それよか、止まってていいのかよ、格好の的だぜ? 創造!」
恐怖で背筋に寒気を走らせながら、慌てて青年は後ろに飛ぶ。その瞬間、目の前に刃でできた十字架が作られた。あと少し飛ぶのが遅ければ、それは青年の体を貫いたことだろう。
「いいねそうこなくっちゃ。実験なんだ、もっと沢山データを取らせてくれよ!」
創造、創造、創造。唱えることに三度、最後の標的である青年を焼き殺さんとバスケットボールサイズの火球が三発放たれる。
それを全て躱した青年は、身を引くくして仁に向かって駆け出した。
仁との距離を一瞬で詰めると、その心臓目掛けて突きを放つ。仁はそれを見て、小さく溜息を吐き出した。
「つまんね」
そんな言葉を吐き捨てると、仁は剣の鍔を蹴り剣を弾くと、青年の頭を掴み壁に叩きつける。頭を叩きつけられた壁は、鈍い音を響かせながら罅が入る。
創造。相手が反撃に出るよりも早くそれを唱えると、青年の体を十字の形をした刃が内側から貫いた。
死体となったそれを放り捨てると、後方で怯えていた少年に近づいていく。ゴルトアが死んだ時点で腰が抜けたのか、仁が近づいても逃げることをせず座り込んでいる。
「おい」
「は、はい!」
完全に怯えきっている少年の声は上擦り、その顔からは滝のような汗が流れている。それを見て仁はまた溜息を吐く。
「怯えるなってのは無理な話だろうが安心しろ、俺はお前さんを殺す気は無い」
「……?」
「きょとんとすんのも分かるがとりあえず自己紹介と行こうぜ、俺は桜舞仁だ。お前さんは?」
「あ、えと……名前は、ないです……。施設では四九〇と呼ばれてましたし、このパーティーではレーダーと……」
「そうかい、なら今日からお前さんの名は時雨な。四九〇だから時雨。拒否権は無しだ、その様子じゃどうせ行くとこねぇだろ、なら俺のとこに来い。少なくとも今までよりはまともな生活ができるだろうぜ」
「え? え……?」
「これについても拒否権なしだ、いいな? 分かったら返事!」
「は、はい!」
「よし、それじゃああいつを呼ぶかな、どうせ見てんだろうし。サタン!!」
仁がその名を叫んだ瞬間、目の前にサタンが転移してきた。見ていたわけではないものの、豊から逐一報告を受けていたサタンは状況を把握している。だからだろうか、サタンは呆れた表情をしていた。
「状況は把握していますが一応聞いておきましょうか、仁様その少年は……?」
「ん? 拾い物」
自分以外誰もいない空間で夕食時の光景を思い浮かべながら準備運動に入った。
「皆で食いたいって言ったそばから鍋出されるとは思わなかったな……」
騒ぐ碧と白亜、それを嗜めるサタンと燈。傍観して一人黙々と食べていた仁を、輪に入れようと話かける雷華。それらを思い返すだけで口元が緩む。
「あぁ、ちくしょう……。あんな風に食卓囲んだらしがみつきたくなるじゃねぇか……」
仁は頭を軽く搔きむしり、顔を覆う。大勢で食卓を囲む楽しさに溺れてしまいそうになる。この日々を、この繋がりを手放したくない。そんな願いを抱いて自分に喝を入れた。
準備運動もそこそこに自己鍛錬へと移る。
最初は燈との鍛錬時のように右手に日本刀を、左手に短刀を作った。
「手元への創造は楽に出来るな、なら今の課題は手元外での創造か……」
仁は足元に線を引いて自分の思う一メートル先の地面に鉄球を作り出す。次にメジャーを作り線と鉄球の間を測る。誤差が殆ど無いのを確認するとそれを二メートル、三メートルと繰り返していく。
「十メートルで誤差五十センチちょいか。これが目に見える範囲ならどこだろうと誤差五センチに収まるようにしたいものだな」
そう言うと仁はカラーコーンを三つ作り、線から十メートル間隔に置いていく。
「とりま、三十メートル圏内から始めるか」
────────
仁がダンジョンに入って数分経った頃、厨房で皿洗いをしていたサタンに一羽の小鳥が話しかける。正確には小鳥を通じて別の場所にいる悪魔が、だが。
『サタン様サタン様』
「豊、どうしましたダンジョンに侵入者でも?」
豊と言うのはサタンの部下の一人で結界魔法を得意とする悪魔。旅館とその周りに結界を張り、表向きは魔除けを装いながらサタン達が悪魔であることを隠蔽している。
それと同時にダンジョンの管理もしており侵入者をサタンに報告、指示を聞き使い魔を使って対処している。
『はい、男三女一人の四人パーティーです』
「そのパーティーの特徴は?」
『重装盾一、剣士一、魔法使い一。後は奴隷ですかね? 首輪がされてます』
奴隷の一言を聞きサタンの顔が一瞬険しくなる。
「今ダンジョンの魔王の間では仁様が修行しています。仁様と侵入者が出くわす前には片を着けなさい、いいですね?」
『了解致しました』
そう言うと小鳥は主人の元へと帰っていく。それを見送ったサタンは皿洗いを再開して呟いた。
「大丈夫とは思いますが、出くわせばただでは済まないでしょうね」
その言葉は仁を心配してのものか、はたまた……。
────────
「思うよかしんどいな……」
そう呟いて仁は座り込む。かれこれ一時間程、狙った場所への創造を練習するも成果は出ない。手元を離れての創造は距離を空けるほどに難度を増し、回数を重ねれば重ねるほどに集中力は乱れていく。
「なんか、こうコツみたいなのが掴めりゃぁな……」
手を空に伸ばして頭を悩ませる。自分に距離感が足りないのかと考え、手を伸ばしてその先に向かって創ってみたり、コーンの真上を狙ったりと工夫するも誤差は消えなかった。
「イメージの仕方が間違ってんのか? それともイメージ力が足りてないのか?」
イメージしたものは仕組みの理解に関わらず、つくることができるのが仁の創造魔法。呪文要らずでなんでも創造できるのは確かにメリットだが、これが意外と難しい。
「イメージするのは常に最強の自分、だっけか?」
元の世界にいた頃に見ていたアニメを思い出す。そのアニメでは、赤い外套を纏った弓兵がイメージした武器や盾を魔術で作って戦っていた。
「俺がやってんのって、あれと殆ど同じだよな……」
スッと立ち上がり左手に弓を作ると弦を引く。本来、素人では引くことの難しい弦だが悪魔になって筋力の上がっている仁は力任せにそれを引いた。
「投影開始、じゃまんまだな。創造!」
その掛け声と共に弦を引く右手から弓を握る左手に向かって真っすぐに矢が作られる。
「掛け声があったほうがイメージしやすいな」
せっかく構えたのだからと、試しに矢を放つ。すると、矢は壁に激突し、乾いた音を立てて床に落ちた。
「威力に欠けるか……。まあそれは後々改善するとして、今後は掛け声をつけるか」
────────
少年は祈る、死なないことを。
少年は願う、こんな生活から抜け出すことを。
少年は嘆く、勇気のない自分を。
少年は恨む、弱い自分を。
そして少年は諦める、自分にはなにもできないと……。
──こんなこと考えるのは何回目だっけ……──
ダンジョンに入る度考える。商品として買われた自分はずっとこのままなのだろうかと、いつかこの生活を抜け出して自由になりたいと。
いつか……いつか……。そう思いながらも行動できないまま数か月の時が過ぎた。
そして今回潜ったダンジョンは魔王が住むと言われているダンジョンの一つ《無欲の迷宮》。Aランク以上の冒険者のみ入ることを許されるダンジョンで、高ランクのアイテムや素材が手に入る。
──本当はAランクしか入れないのに、Bランクで入るとか死にに行くようなものじゃないか……──
「今日も道案内任せたよレーダー君、今回もオレ達に安全な道を教えてね」
「はい、頑張ります……」
少年には名前が無い。もしかしたらあったのかもしれないが物心ついた時から四九〇番と呼ばれ孤児院で育てられ、十二歳の誕生日に奴隷市場へと売られた。そしてそこで買われてから少年はレーダーと呼ばれ、ダンジョン内の魔物や悪魔のいない部屋やルートを魔力探知によって把握し指示する役割を担っている。
──ずっとこのままでいるくらいなら、いっそわざと高位の悪魔がいるところに案内して僕ごと殺してもらおうかな……──
そんなことを考えながら目を瞑って集中する。魔力を波紋のように放ちながらダンジョンの構造と魔物の位置を把握し、魔力量と大きさからおおまかな強さを測る。
ゾッ、と少年の背中を悪寒が走る。魔力探知の有効範囲は直径約二百メートル、その範囲には十三の部屋がありその全てに魔物が配置されていて、その全てが二メートル以上。更には見回りの下級悪魔が十五。
はっきり言って人間四人(うち一人は非戦闘員)でどうにかなるようなものではない。
「探知は終わったかしら?」
「はい……」
「ならさっさと道案内して頂戴」
少年は額に汗を浮かべながら恐る恐る忠告する。
「こ、今回は止めておいたほうがいいと、思います……」
「なんだ怖気づいたか? 軟弱者が」
「まあまあ、とりあえず理由を聞こうよ。で、レーダー君オレ達が納得するようなちゃんとした理由があるんだよね?」
「……数が多すぎます、それに個体も強いです。魔物達を避けきれない可能性もありますし、一回の戦闘でも致命傷を負うかもしれません。そうなれば二度目の戦闘で全滅です、今の僕達じゃ……!?」
少年は突然の痛みに顔を顰め、言葉を詰まらせる。パーティーのリーダーである剣士が少年の髪を掴み、顔を壁に叩きつけたのだ。
「僕達? 違うでしょ? このメンツで弱いのはきみだけ、足手まといはきみ一人だよ。魔物と出会うようなら、オレは迷わずきみを切り捨てる。それが嫌なら必死に安全なルートを探しなよ、いいね?」
「は、はい……」
「よし、じゃあ行こうか。ここで手に入るアイテムは高ランクのものばかりだからね、なんとしても手に入れなきゃ」
剣士は掴んでいた手を放すと少年の背中を押して先頭に立たせる。探知した魔物達を警戒しながら少年は渋々歩き出した。
────────
「ふぅ、一通り終わりましたね」
「お疲れ様ですサタン様、お茶をどうぞ」
「ありがとう、いただくわ」
雑務を終えたサタンと燈は食堂で休憩を取っている。
この旅館での主な役割は4つ。調理、狩猟、接客。そして洗濯他雑務。人数の少ないこの旅館では一人が二つの役割をこなしている。
燈は調理と雑務、碧は調理と接客、白亜は狩猟と雑務、雷華は接客と狩猟を担当している。
「長くここを任せてしまってごめんなさい、燈」
「なにを言うんですかサタン様。サタン様は魔神候補筆頭を探すという大事なお勤めのためにここを離れていたのですから謝ることはありません。それに悪魔にとって五年なんてたいした期間ではありませんから、それよりもこんな短期間で魔神候補を探しだしたサタン様は流石です」
「ただの偶然ですよ。向こうに行ってまだ十三歳の仁様を見かけた時には驚きましたね」
「そうなんですか?」
「はい。あの頃の仁様はとても……愛らしかったです……!」
「趣味で連れてきたわけじゃありませんよね?」
「流石にそれだけでは連れて来たりはしません。ちゃんと魔神としての素養を感じたからこそ、この世界に連れて来たんですよ」
ならいいんですが……。と少し冷たい態度で返事をして、燈は茶を啜る。自分たちの主人を信じていないわけではないが、サタンは仕事のできるポンコツ。変なところで趣味に走ったり、失態をやらかしたりするため、燈がフォローすることも少なくない。
二人が他愛のない話をしていると、パタパタパタ! と慌ただしい羽ばたきが聞こえてくる。サタンと燈が音のする方向を見ると、豊の使い魔である小鳥が急いだ様子で飛んできた。
『サタン様サタン様! 報告があります!』
「どうしたんですか豊、そんなに慌てて」
『魔王の間で修行していた仁様が先の冒険者と接触しました!!』
「っ!? なぜそのようなことになったのか、私が納得のいくよう説明しなさい!」
『端的に申し上げれば仁様が空間移動の魔法で部屋を抜け、その先に冒険者がいた形になります!』
「空間移動? 転移ではなく?」
『はい、あれは転移というよりも移動でした』
「サタン様、もしかして仁様は空間移動用のゲートを作ったのではないでしょうか? それなら転移魔法が使えずとも他の場所に移動できますし、豊が移動と言ったことにも納得できます」
「あり得ますね、仁様は自分の出来ること出来ないことを確認するために一人でダンジョンに降りたのでしょうから、その過程でゲートの創造に成功したのでしょう。それよりも、今仁様の存在が人間達に知られるのは避けたいです、直ちに仁様の元へ向かいますよ!」
そう言ってサタン達が立ち上がり食堂を出ようとしたその瞬間。
『あ、仁様一人で冒険者を片付けちゃったみたいです』
ズダーーーン!! 豊の一言にニ人共がこける。それは見事なこけっぷりで、サタンに至っては入口の柱に勢いよく頭をぶつけていた。
「なんですか、なんなんですかあの人は……規格外にも程がありますよ……」
「心中お察しします……」
────────
「そういや創造魔法で物体以外のものって作ったことないな」
ふとそんなことを思う。気になったならば即行動、右手にコップを作り、その中に水をイメージするとコップから溢れんばかりに水が作られる。
次に試すのは気体。手を開き振りあげ、指先から風の刃が飛びだすイメージをする。そして、創造! と叫びながら振り下ろす。すると先のイメージ通りに風の刃が指先から放たれた。
風の刃を飛ばした指先を見れば、どの指にも一つとして傷はない。それを確かめた仁は、火球や氷槍を掌から発射してみせる。
「なるほどなるほど、操れないものは一旦形を与えて創造直後に飛ばせば問題ないわけか。いいね楽しくなってきた。次は転移魔法を使えるようになりたいな……」
仁はサタンが使った転移魔法を思い出す。文字通り一瞬で別の場所に移動できるあの魔法は、使うことができれば戦闘時には必ず役に立つだろう。
だが仁には転移魔法が使えない、と言うより使い方が分からない。となれば今必要なのは転移魔法に代わる創造物だ、そこで思いついたのが空間と空間を繋ぐゲート。
ものは試しと空間移動用のゲートをイメージしてみると、目の前に人一人が通れそうなトンネルが作られる。
「本当にできたよ。入口ができたってことは出口もあるん、だよな……?」
そっと手を入れてみると、泥のような鈍い抵抗がある。肘まで入れてみれば感触があるのは肘のみでその先は何にも触れていない。
「ちゃんと繋がってるみたいだな、なら入ってみるか」
ゲートを潜ると、その先は魔王の間と同じようにレンガで舗装された通路が広がっていた。
辺りを見回してみるも誰もいない。が、耳をすませば足音が聞こえてくる。ゲートが消えていないことを確認して、仁はその足音の方向へ進んでいく。
音源は近く、通路を二度曲がったところで足音の主達と遭遇した。
メンバーは好青年風の剣士、女性の魔法使い。全身鎧の重装盾。そして首輪と手枷を着けられた少年。
「おや、このダンジョンに先客がいたのか」
「お前さん達、魔王を倒しにきたのか?」
「流石にそこまではまだ狙ってないかな、今回はダンジョンのアイテムだけ回収しようと思ってね。きみは?」
「まぁ、俺も似たようなもんだ」
チラリ、と首輪の少年を見る。長い黒髪と同色の瞳、中性的で幼い顔立ちは、一見すれば少女のようだった。
「それは……?」
「あぁ、これ? オレ達が買った奴隷」
「あ、そう……」
平静を装うものの、仁の拳に力が篭る。これが普通、これがこの世界での常識。そう言い聞かせ、深呼吸をして拳を緩める。
「初対面で悪いとは思うが、そいつを解放してやってはくんねぇか?」
「え? なんだって?」
本当に聞こえなかったのかはたまた振りなのか、どちらにせよそのとぼけた態度は仁の神経を逆撫でするだけだった。
「いいか? もう一度だけ言ってやる。そいつを解放しろ、さもなくば殺す」
「いきなり物騒だね、これを解放してほしいなら力ずくでやってみなよ。やれるもんならだけどね、オレ達は強いよ?」
奴隷以外の三人が、即座に前へ出て武器を構える。仁を敵と判断しての迅速な対応は流石冒険者と言ったところか。対する仁は武器を構えない、それどころか作りすらしない。
「どうした貴様、何故構えない」
「まさか素手で戦う気かい?」
「バカだねぇ、素手で私ら三人に勝てるわけないってのに」
「悪いな、俺にとってこれは戦闘じゃない実験だ。実験でいちいち武器を握るやつなんていないだろ?」
「実験だと? 貴様、ふざけて……」
重装盾の言葉は最後まで続かなかった、続けられなかった。
「ごぷ……!?」
「ほら、まず一人」
「ゴルトア!?」
ゴルトアの喉を杭が貫く、外側からではなく内側から。それを見て仁は実験成功と言わんばかりに笑みを浮かべる。
滝のように流れ出る鮮血。頸椎ごと貫かれたゴルトアは数度の掠れた呼吸音のあげると、絶命し倒れる。
「レイティナ、早く杭を抜いて治癒魔法を!」
「わ、分かった!」
「残念だがもう死んでんだよなぁ。まぁいいや、創造」
魔法使いに向かって指を鳴らす。すると小さな風切り音の後、一瞬でその体が内側から風の刃に切り刻まれて、肉片を散らす。転がる頭を見れば、その顔は呆気にとられた表情をしていた。
「な、ん……なんだよ、なんなんだよきみは!? オレの仲間になにしたんだ!?」
「クハッ! 俺がなにかって? この惨状を見りゃ分かるだろ、化け物だよ。お前みたいな屑を殺すことで、悦に浸る化け物さ。それよか、止まってていいのかよ、格好の的だぜ? 創造!」
恐怖で背筋に寒気を走らせながら、慌てて青年は後ろに飛ぶ。その瞬間、目の前に刃でできた十字架が作られた。あと少し飛ぶのが遅ければ、それは青年の体を貫いたことだろう。
「いいねそうこなくっちゃ。実験なんだ、もっと沢山データを取らせてくれよ!」
創造、創造、創造。唱えることに三度、最後の標的である青年を焼き殺さんとバスケットボールサイズの火球が三発放たれる。
それを全て躱した青年は、身を引くくして仁に向かって駆け出した。
仁との距離を一瞬で詰めると、その心臓目掛けて突きを放つ。仁はそれを見て、小さく溜息を吐き出した。
「つまんね」
そんな言葉を吐き捨てると、仁は剣の鍔を蹴り剣を弾くと、青年の頭を掴み壁に叩きつける。頭を叩きつけられた壁は、鈍い音を響かせながら罅が入る。
創造。相手が反撃に出るよりも早くそれを唱えると、青年の体を十字の形をした刃が内側から貫いた。
死体となったそれを放り捨てると、後方で怯えていた少年に近づいていく。ゴルトアが死んだ時点で腰が抜けたのか、仁が近づいても逃げることをせず座り込んでいる。
「おい」
「は、はい!」
完全に怯えきっている少年の声は上擦り、その顔からは滝のような汗が流れている。それを見て仁はまた溜息を吐く。
「怯えるなってのは無理な話だろうが安心しろ、俺はお前さんを殺す気は無い」
「……?」
「きょとんとすんのも分かるがとりあえず自己紹介と行こうぜ、俺は桜舞仁だ。お前さんは?」
「あ、えと……名前は、ないです……。施設では四九〇と呼ばれてましたし、このパーティーではレーダーと……」
「そうかい、なら今日からお前さんの名は時雨な。四九〇だから時雨。拒否権は無しだ、その様子じゃどうせ行くとこねぇだろ、なら俺のとこに来い。少なくとも今までよりはまともな生活ができるだろうぜ」
「え? え……?」
「これについても拒否権なしだ、いいな? 分かったら返事!」
「は、はい!」
「よし、それじゃああいつを呼ぶかな、どうせ見てんだろうし。サタン!!」
仁がその名を叫んだ瞬間、目の前にサタンが転移してきた。見ていたわけではないものの、豊から逐一報告を受けていたサタンは状況を把握している。だからだろうか、サタンは呆れた表情をしていた。
「状況は把握していますが一応聞いておきましょうか、仁様その少年は……?」
「ん? 拾い物」
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