異世界生活物語

花屋の息子

本焼き開始

 素焼きを行っていた午前組は午後の本焼き組みに作業を任せて、お馴染みになってきた炊き出しの昼食を取り始めた。そして俺は昼食も取らずに午後組みと共に作業に勤しむのであった。
「ここからはガンガン焚いていきます、と言ってもただ薪を放り込んだら中の焼き物が、割れてしまうので気をつけて下さい、かと言って遠すぎると火が入らないので丁度良い所にお願いします」
「当てない様にか、また難しい事を言ってくれるわい」
「遠すぎたり近すぎたりしなければ大丈夫ですから、お願いします」
 流石に薪入れで割ったなんてミスはいただけ無い、やっとここまで来たのだから最後の最後で、ここまでの苦労が水の泡なんて事になったら、泣くに泣けないではないか。 
 燃え盛る炎の中へと正確に薪を投げ込むのは、多少なりとも火に近づく必要が出るので、とんでもなく熱い。
 近頃は環境だ何だと言われて、その実片付けが面倒なだけと言う理由で、姿を消し始めているどんど焼きのそれを軽く超える熱さ、これに近づかねば薪の投入がうまく行かない、こう言ったところを見るだけでも、焼き物窯って有用なんだなと改めて感心させられる。
『炭焼き窯なら作った事あっても、焼き物窯はあんまり解からんぞ。』
 これ一回きりの話なら、もう焼き物を作るなんて事を考えないのだが、普段の生活を考えて欲しい、使っている食器は紙や木金属にガラスだけだろうか?、一般的には否だろう。それはホームセンターや100均などの、陶磁器売り場を見たらその答えがあるようなものだ。
 もっとも陶器に比べると今は磁器の方が売られている率は高いように感じるが、文明進化の観点から見たら陶器が先に来る事は間違いないだろう、そして未だに廃れずに進化と発展が行われている辺り、これからも窯業に関してはある程度考慮していかねばならない。
『岩場でもあれば軟化一発で問題解決なんだろうけどな』
 せいぜいあっても丼をいくつか作ったら、そこで石材と言うものは枯渇してしまう、それほどに大きい石を見た事が無い。
 俺の記憶の中にある使用可能なサイズの石は建材に使われたレンガサイズ程度で、それより大きなものは川原で数個の岩を見た程度、岩と言っても渓谷で見かけるようなサイズではない、最大サイズが子供の俺がかかえる事が出来るサイズでしかない。
 乾季でも枯れない川の中にはまだ見ぬ岩石が沈んでいるかもしれないが、水量も多いしこの中に入って岩なりを引き上げて来るのは、重機なりの登場を待たなくては無理だろう。
 まだ現実的なのは、テレビで見た知識を頼りにして、川原の土砂から磁器の原料として紹介されていた、白い石を探す事だろうけど、その程度の知識が役立つとは思えない。
 焼き物に関してはこれからも発展の余地は埋まっている所よりも多いくらいなのだ、神様俺に登り窯をお与え下さい。





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