桜の下で出会うのは

雪莉

序章

―――もしもあの時、真っ白な雪に包まれたかのような鬼にであわなければ。

たられば俺がこの世界に存在しなかったら。




そんな今更考えたってどうにもならない事をふと考えてしまう。



それは今起こっている現実逃避で、誰にだって俺と同じ立場になれば考えてしまう事だと思う。


まぁ、同じ立場にはそうそうならないと思うが。





しかし、いつまででも目を背け続ける事で、また沢山の死と残酷さ、絶望と悲しさが積み重なっていく。



いや、俺はそんな正義感溢れた純粋で綺麗な考えをした人間ではない。





だって俺がその元になり、俺がそれを作ってきたのだ。



そんな綺麗事、言える資格なんてない。






綺麗事と言っても事情を知っている奴には、どうしても嫌味にしか聞こえないと思う。




そしてそいつは吐き捨てるように、こう罵倒するのかもしれない。




お前はそうやって人を蔑み、なんの関係のない人たちを犠牲にしていくだな、と。







皮肉なことに俺がそいつらの立場だったら、もっと強い罵声を浴びせるがな。








そんな俺は、いつでも嘘偽りだらけの言葉で大切なものは何も見えていない、愚かな人間なのだ。



自覚は痛いほどしている。






だけど「妹」という存在が、俺を、俺の心を動かしている。




妹は唯一生きている、たった一人の肉親だ。






しかし、それだけではない「何か」の感情が妹にはある。




その感情が何なのかは俺にはわからない。


嫌悪、劣等感、軽蔑、殺意、恨み、罪悪感、嫉妬、恐怖。


その何かかもしれないが他の何かかもしれない。



…なぜか嫌な感情ばかり思いつくな。


いや、プラスな思考ができないからかもしれない。




自分の事なのに、「かも」や「しれない」と分からないことばかりだと気付く。



案外、自分の考えていることなんて自分自身、自覚はしていないということは結構あるんだな。








そんな俺にとって特別な妹が、18歳まで生きられないと宣言されているのだ。



あの鬼の言う通りにするしかないし、他に何をすればいいのかわからないので動かずにはいられないだろう。




だが、ふと思う。





またいつものように俺は、兄として、人間としての当たり前な行動さえも「偽物」なのだろうか。


それでいつものように、偽物を本物だと偽って妹に、自分に嘘をついているだけではないか、と。








結局は、なにも変わっていないのだ。



そうだよ。



そんな簡単に人間が、況してやこの数年間人斬りに浸っていた人間が変われるはずがない。





だからこんなに苦労したんだ。




それを一日二日で変えられたら、八つ当たりで世界滅ぼすぞ。





そんな事、出来るはずかないけどな。


体が幾つあっても足りない。









俺はいつまで経っても、どうしようもなく愚かで惨めな兄で、たった一人の女の子すらも守れない子供だ。





本当に何も変わっていない。



あの子供だった頃のまま。



変わったのは、建前と偽善を覚えたことだけ。










しかしこれは単純に妹を守りたいだけだと信じたい。





やっぱり俺は皆と変わらないただの人間だと、ただの17歳の高校生だと。

そんな当たり前の事を証明するために。









―――――否。





そんなことは今の俺には分からない。







だからこそ不器用ながらも動いて、少なからず鬼の役に立っているだと。


それでいいじゃないか。



何の役にも立たなく、どの世界からも、どの人間からも必要とされない不用品だった俺が立派になったもんだ。



鬼に必要とされても、人間にはもっと哀れむ目で見られるかもしれない。



だけど、誰かひとりでも必要とされたら俺はそれで満足だ。


たとえ全てを失っても、全てを壊されても後悔は残らない。



今なら、そう胸を張って言える。



もしかしたら、そう思っているだけで本当はもっとたくさんの人に認めてもらいたいのかもしれない。





分からないからこそ、それを知るために動く。


いつか行動に移して正解だったと、一つの思い出として語れるように今は全力で尽くそうじゃないか。





それだって立派な理由だ。







俺はそう思って大きな深呼吸をした。



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