僕の前世が魔物でしかも不死鳥だった件

低系

不死鳥と戦い

 結局、僕は今日の学校には行かなかった。たぶん、優希姫や姫刹も来ていないと思ったからだ。
 今のこの状況では、平凡な日常の中で二人に会うことは出来ないだろうしな。
 けど諦めた訳じゃない。
 もう一度、二人とあの日々に戻りたい。
 知らなかった頃には戻れないんだとしても、もう一度二人とくだらないことで笑いあいたい。
 そのために、僕は行く。
 優希姫と会えるとしたら、あそこしかないだろう。




 夜の十一時を過ぎた頃。
 僕はそこへ続く坂道を登っていた。
 あのときと同じ、紫色のライトアップ。違うのは、身体に刺さるような冷たい風と、春を待ちわびる芽のなった桜の木。
 不安はある。無い訳がない。
 でももう、足踏みはしない。
 力強く地を蹴って、僕は城の本丸の前まで登りきった。その先に、

 僕は彼女を見つける。

 始めて彼女と言葉を交わした、あのときと同じように。
 あのときとはまるで違う、銀色の髪を靡かせて。

「こんばんは、夕月」

 底冷えするような声と共に、彼女は僕に視線を向ける。
 その銀の弓矢で、僕に狙いを定めながら。

「随分と物々しい歓迎だな、優希姫……」

 まさかいきなり矢を突きつけられるとは流石に予想外だ。
 だがその震える手を見ると、不思議と怖さはなくなる。

「どうして来たの?」

 遠回しな拒絶の言葉。
 まさか優希姫にそんなことを言われる日がくるとは。たった一言の疑問を受けて、心にトゲが刺さったような気がした。

「君に会うためだ」

 僕は間髪いれずに答える。

「殺されると分かってるのに?」

 優希姫の視線が鋭さを増す。

「分かってはいる。けど分かり切ってはいない」

「分かり切ってるよ!!」

 僕の返しに、激情を叩き付けるような声が響いた。

「分かり切ってる。あなたは人間じゃなかったんだよ!?」

「そうだな………隠してたことは本当にすまないと思ってる」

「今さら、今さらそんなこと言わないでよ! どうしてなの!? どうして夕月なの!? 何で夕月が!! 隠すつもりがあったならずっと隠しててくれればよかったのに!! 何で、何で私たちに明かしたの!!」

 優希姫の心の吐露は、あまりにも悲痛な叫びによって響き渡った。こんな感情のままに声を荒げる彼女は見たことがない。

「何でよりによって、私に………私は………」

「天使だろ? もう、僕にも分かってるよ。その事実も、その意味もな………」

 そうだ。分かってるんだ。
 彼女にとって僕は殺すべき敵で。
 僕にとっても彼女は対立する敵で。
 決して相容れることの無い種族の壁があることを。
 たけど、

「優希姫………今の君にとって、僕は忌むべき敵か?」

 ビクッ、と優希姫の身体がいっきに強ばりを見せた。

「それとも、かけがえのない友か?」

 優希姫の震える唇。
 そして、それは僕も同じだった。
 どんな答えが返ってくるのか、その不安が心を締め付ける。
 口を閉ざしてしまった優希姫を見て、僕は大きく腕を広げ、矢を受け入れるような体勢をとった。

「夕月、何を………」

 優希姫が目を見開く。

「今の僕が―――羽川夕月という一人の人間がいるのは、君のおかげだ。君に出会うまでの僕は、自分が現世に生まれ変わった魔物であることを強く意識していた。親や教師、クラスメイトとも距離を取って、自分は他とは違うんだと、こんなつまらない日常にいる意味などないんだと、そう思いながら毎日を過ごしていた」

 それが普通だと、思ってしまっていた。

「そんな僕と話してくれた。そんな僕と友達になってくれた。優希姫―――君は僕に、日常の楽しさを、日常の大切さを、僕に人として生きることを教えてくれた」

 優希姫の表情が悲痛に歪む。でも僕は言葉を止めない。

「君がいたから、今の僕がここにいる」

 だからあの日常に戻れないんだとしても、自分が一番納得できる選択をしよう。

「君にここで射られるなら、僕はそれでも構わない!」

 それが今の、僕の本心だ。
 優希姫に伝えられる、今の僕の精一杯だ。

「分かんないよ………」

 ポツリ、と優希姫が震える声で呟きを溢す。

「なんで………そんなことが言えるの………」

 泣きそうな、いや、すでに彼女は泣いていた。

「私は天使で、夕月は魔物…………私はあなたを殺さないといけないの!! それが私なんだよ!!」

「優希姫、僕は……」

「うるさい!!」

 声が、届かない。

「うあぁぁぁぁ!!」

 嘆くような叫びと共に、優希姫は張りつめた弦を鳴らし、銀の矢を放った。

「ッ!!」

 いや、だが、これは……軌道がズレてる。
 ギリギリだが僕には当たらない。
 そう思った瞬間のことだ。

 後方から飛来した雷が銀の矢にぶつかり、弾け飛んだ。

 これは、まさか…………、

 僕は慌てて雷が放たれた先を見ると、予想に違わず。

 吸血鬼・星河姫刹がそこに立っていた。

「赤城先輩………まさか、羽川先輩のことまで殺そうとするとは思いませんでしたよ」

 明らかな殺気をその身に抱いて。

「姫刹……」

「すみません、羽川先輩………隠れて付いてきてました。本当は横槍を入れるつもりはありませんでしたが、殺し合いになるなら話しは別です」

「おい姫刹、待て……」

「私たち魔物が平穏に暮らすには、どうやら彼女に死んでもらうしかないようなので」

 僕の制止も聞くことなく、姫刹は優希姫に向かって駆け出した。

「まさかあなたも自分から死ににくるなんてね………」

 突然の乱入者にも構わず、優希姫はすぐに迎撃体勢に入っている。
 このままじゃ、昨夜の二の舞だ。クソッ!!
 僕は動き出す、ただ見てるのは昨日だけで十分だ。この場を乗り切るためなら、例え人を捨ててでも戦うしかない。

 暗い闇に、

 蒼白い雷が走り、

 銀色の閃光が走り、

 そして、黄金の炎が走る。

 三つのエネルギーの激突と共に、運命は残酷な殺し合いを開戦させた。

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