僕の前世が魔物でしかも不死鳥だった件
不死鳥と変化
優希姫との出会いから、僕の周囲は一変した。
まず家族との会話が増えた。
まあ、挨拶や御礼がほとんどだけど、以前とは比べ物にならないほど父さんや母さんと接する機会は増えたと思う。
久し振りに夕飯の食卓に付いたときは心底驚かれたが、同時に両親の嬉しそうな顔がとても記憶に残った。
そして妹の峰月とも会話をするようになった。
最初はよそよそしく怯え気味に話しかけてきていた峰月も、しばらくすると僕にも笑顔を見せるようになり、勉強など分からないことがあったら積極的に僕に訊くようになってきている。
僕が部屋にこもってるときでも構わずに来るあたり、随分となつかれたものだ。以前なら僕が部屋にいるときは両親も妹も声を掛けるどころかノックもしてこなかったのに、今では大した用もないのにわざわざ部屋の中まで来ている。正直、家の電話の内線で良いだろ、と思う。僕の部屋にも電話くらいあるんだから。
それから学校だが、あれ以来優希姫が僕の近くにいるのが常となり、いつの間にかセットで見られるようになってしまった。なぜ?
どうしたらクラスで人気者の優希姫と孤立してる僕がコンビ扱いなるんだよ。
そう、孤立してる。孤立しているはずだったんだが。
優希姫がいつも僕の傍にいるせいか、他のクラスメイトの何人かも僕に話しかけてくるようになったのだ。彼ら曰く、ちゃんと話してみると案外普通で面白い奴、だそうだ。何だそれは。仮にも不死鳥なんですけど、僕。普通とはかけ離れてるんですけど。
相変わらず友達と言えるのは優希姫だけだが、こうも話し掛けられたらハッキリ言って本が読めない。という訳で授業中にしか時間がないので、そこで本を読んでしまうのは仕方ないよな。今までも読んでたけど。
クラスメイトから受ける印象は大分変わったようだが、教員からの評価は変わらず最底辺だ。内申が低いのはもう諦めてる。その分はテストで点取ってるんだから勘弁して頂きたい。
それと、僕の日常で変わったことがもう一つ。
「ねぇ夕月、バイオリン習おうよ!」
優希姫が言い出した唐突な提案によって、何故か僕たち二人はバイオリン教室に通うことになった。
ちなみに何でいきなりそんな話になったのかは訊くまでもなく僕には分かっていた。最近二人で行ったバイオリンコンサートに影響されたらしい。意外と単純なやつだ。
ちなみにコンサートのチケットは優希姫の両親からの貰い物。一度会ったことはあるが、裕福で気品のある印象を受ける方たちだった。日頃から疎まれてる僕の金髪金眼を見ても普通の態度で接してくれたし、かなり良い人そうな両親だ。若干、親バカが入っているようで、話していると優秀な一人娘である優希姫が彼らの自慢なのがよく分かる。
これは、彼女が夜な夜な無断外出してるのが知れたら泣くだろうな。そしてそれに付き合ってる僕もただじゃ済むまい。本当に知らぬが仏のままでいてもらおう。
そしてバイオリンだが、流石は優等生の優希姫。あっという間に上達して、一年も経つ頃にはコンクールに出られるレベルにまでなっていた。
僕に至っては完全な付き合いでやってるバイオリンなのでコンクールには興味がない。それを言ったら、優希姫も「じゃ、私もコンクールはいいや」と出るのを辞めてしまったので、出場を勧めてくれた先生には悪いことをしたな。
ちなみに、僕のバイオリンの腕は優希姫と似たようなもんだ。
バイオリン教室に通うにあたって、楽器の購入という両親への始めてのおねだりをしてしまったが、何故か喜んで買ってくれた。お金が掛かるだろうに嬉しそうとは、変な話だ。
一緒に買いに行った時に、そのうち弾いて聴かせてくれと言っていたので、それなりのレベルになってから家で演奏したら、家族にはかなり好評だった。上手いかどうかは置いといても、表情を見る限り凄く喜んでくれたのは間違いないだろう。
僕としても、音楽の楽しさを知れたのでこれはこれで良かったと思う。
夜間の外出は相変わらずだが、優希姫が同行することも多くなって、最近はあまり空の散歩をしなくなった。
少しだけ変わってるかもしれないが、本当に普通の毎日を過ごしていった。
それから二年。
僕たちは中学生になっていた。
中学二年の冬。
日本海側に位置するこの地域は、冬になると豪雪で辺りが真っ白に染まる。
車道は除雪車や融雪装置があるから良いが、歩道は毎年酷いもんだな。年が明けてからまた積もったのか、歩けば足が埋まってしまう。
これが一月下旬にはさらに積もり、道路はアイスバーンと化す。地元に住む人たちにとっては相当に憂鬱なところだ。車の事故も多発して、歩けば滑るためオチオチ外も歩けない。
大人にとってはたまったものじゃないだろうが、それでも子供たちには嬉しいようで、住宅街のそこかしこにある雪ダルマはご愛嬌だ。
「うー、寒っ! 夕月、寒くないの? ネックウォーマーもマフラーも無しで………」
夜の散歩、ではなく、バイオリン教室からの帰り道。日照時間の短い冬の太陽はもう沈み、暗い夜道に吹く冷たい風と共にいっそう寒さを引き立てる。並んで歩いていた優希姫は、そのあまりの寒さに身を縮めていた。
僕はといえば、例に倣ってコートは着ているが無くても別段寒いという訳もない。厳密には寒いことに苦を感じていないというべきか。
だからネックウォーマーやらマフラーやらは必要性を感じないのだ。というか、首がチクチクして付けているだけでジャマな気がする。
「寒さには強い方だからね」
流石に不死鳥だからというのは関係ないだろうが、取りあえず僕はそう答えておいた。
「なんかそのセリフ、夏にも聞いた気がするけど」
「暑さにも強いからね……」
「勉強や運動、バイオリンだけじゃなくて、そんなとこまで万能とか………本当に何でも超人じゃないの?」
「ほっとけ……」
僕と優希姫は中学になってからも変わらず友人としてやっている。
小学五年で同じクラスになって以降、彼女とはずっと一緒のままだ。休み時間は必ず彼女が僕の席まで来て喋ったりテスト勉強したりで過ごしているが、たぶんクラスが分かれててもそれは変わらなかっただろう。
僕の自惚れではなく、優希姫本人の言葉だ。
おかげで毎日が退屈せずに過ぎていく。
昔とは大違いに。
それと優希姫のおかげなのか、僕は中学ではそこまで悪目立ちはしていない。
この金髪も、最初は上級生や教職員に悪い印象を与えたようだが、常に横にいた優希姫が地毛であることやそのせいで受けるやっかみなどを説明してくれて、今では逆に不良っぽい連中に羨ましがられたり、先生には同情気味にイジメられたらいつでも相談してこいと言われたり、何か無駄に変な方向に話が進んだ気がするが疎まれることはなくなった。
内申も小学校時代に比べて良くなってるだろう。中学だと特にそういうところが進学とかに響いてくるからな。
「もう、来年には受験だね………」
そんなことを考えていたせいかは知らないが、優希姫がポツリとそう呟きを溢した。
「そうだな。まあ、あんまり気にすることでもないだろ………」
「あ、学年一位の成績の余裕かぁ? 受験生たちには嫌味だぞ?」
「そんなつもりはないけど。そもそも君だって学年二位だろ? 県内の高校なら何処でも行ける成績なんだし、そこまでセンチメンタルになる必要はない、って言いたかったんだよ」
「分かりにくい優しさだね」
「ふん、うるせー」
我ながら不器用なのは承知しているよ。
というか、人間が器用すぎるだけのような気がする。
「夕月はもう行く高校決めたの?」
「一応、駅前の県立高校の予定だけど……」
「あれ? 県で学力二番目のところじゃない。本当にそこで良いの?」
「ああ」
「何で?」
「高校の名前が学力一位のとこよりカッコいいから」
「…………………夕月、真面目に高校選ぶ気ある?」
失礼な奴だな。こう見えても大真面目だぞ。大事だろ、名前って。
訝しげに僕を見ていた優希姫だが、永遠と真顔で返していたら、やがて吹き出して大笑いを始めた。
「アハハ、でも、まあ、夕月らしいといえばらしいかな。相変わらず面白いよね」
「笑いを取りにいったつもりはないんだが………」
「素で面白いんだよ。だから一緒にいて楽しいし」
「そいつはどうも……」
あんまり誉められてる気はしないがな。
「じゃあ、私もそこの高校にしよっかな……」
「おいこら、君こそ真面目に選ぶ気あるのか?」
「いいじゃん、どうせ県内学力が一位も二位も大して変わんないよ」
こいつ言いやがったな。学校関係者からしたら割りと重要なことを目クソ鼻クソみたいに。
こんな雑把なやつの頭がどうして良いのやら、人間てのは本当に不思議な生き物だな。
ただ、
「それに、夕月と別の学校になるのは寂しいしね」
そう言ってくれたのは、素直に嬉しく思えた。
まず家族との会話が増えた。
まあ、挨拶や御礼がほとんどだけど、以前とは比べ物にならないほど父さんや母さんと接する機会は増えたと思う。
久し振りに夕飯の食卓に付いたときは心底驚かれたが、同時に両親の嬉しそうな顔がとても記憶に残った。
そして妹の峰月とも会話をするようになった。
最初はよそよそしく怯え気味に話しかけてきていた峰月も、しばらくすると僕にも笑顔を見せるようになり、勉強など分からないことがあったら積極的に僕に訊くようになってきている。
僕が部屋にこもってるときでも構わずに来るあたり、随分となつかれたものだ。以前なら僕が部屋にいるときは両親も妹も声を掛けるどころかノックもしてこなかったのに、今では大した用もないのにわざわざ部屋の中まで来ている。正直、家の電話の内線で良いだろ、と思う。僕の部屋にも電話くらいあるんだから。
それから学校だが、あれ以来優希姫が僕の近くにいるのが常となり、いつの間にかセットで見られるようになってしまった。なぜ?
どうしたらクラスで人気者の優希姫と孤立してる僕がコンビ扱いなるんだよ。
そう、孤立してる。孤立しているはずだったんだが。
優希姫がいつも僕の傍にいるせいか、他のクラスメイトの何人かも僕に話しかけてくるようになったのだ。彼ら曰く、ちゃんと話してみると案外普通で面白い奴、だそうだ。何だそれは。仮にも不死鳥なんですけど、僕。普通とはかけ離れてるんですけど。
相変わらず友達と言えるのは優希姫だけだが、こうも話し掛けられたらハッキリ言って本が読めない。という訳で授業中にしか時間がないので、そこで本を読んでしまうのは仕方ないよな。今までも読んでたけど。
クラスメイトから受ける印象は大分変わったようだが、教員からの評価は変わらず最底辺だ。内申が低いのはもう諦めてる。その分はテストで点取ってるんだから勘弁して頂きたい。
それと、僕の日常で変わったことがもう一つ。
「ねぇ夕月、バイオリン習おうよ!」
優希姫が言い出した唐突な提案によって、何故か僕たち二人はバイオリン教室に通うことになった。
ちなみに何でいきなりそんな話になったのかは訊くまでもなく僕には分かっていた。最近二人で行ったバイオリンコンサートに影響されたらしい。意外と単純なやつだ。
ちなみにコンサートのチケットは優希姫の両親からの貰い物。一度会ったことはあるが、裕福で気品のある印象を受ける方たちだった。日頃から疎まれてる僕の金髪金眼を見ても普通の態度で接してくれたし、かなり良い人そうな両親だ。若干、親バカが入っているようで、話していると優秀な一人娘である優希姫が彼らの自慢なのがよく分かる。
これは、彼女が夜な夜な無断外出してるのが知れたら泣くだろうな。そしてそれに付き合ってる僕もただじゃ済むまい。本当に知らぬが仏のままでいてもらおう。
そしてバイオリンだが、流石は優等生の優希姫。あっという間に上達して、一年も経つ頃にはコンクールに出られるレベルにまでなっていた。
僕に至っては完全な付き合いでやってるバイオリンなのでコンクールには興味がない。それを言ったら、優希姫も「じゃ、私もコンクールはいいや」と出るのを辞めてしまったので、出場を勧めてくれた先生には悪いことをしたな。
ちなみに、僕のバイオリンの腕は優希姫と似たようなもんだ。
バイオリン教室に通うにあたって、楽器の購入という両親への始めてのおねだりをしてしまったが、何故か喜んで買ってくれた。お金が掛かるだろうに嬉しそうとは、変な話だ。
一緒に買いに行った時に、そのうち弾いて聴かせてくれと言っていたので、それなりのレベルになってから家で演奏したら、家族にはかなり好評だった。上手いかどうかは置いといても、表情を見る限り凄く喜んでくれたのは間違いないだろう。
僕としても、音楽の楽しさを知れたのでこれはこれで良かったと思う。
夜間の外出は相変わらずだが、優希姫が同行することも多くなって、最近はあまり空の散歩をしなくなった。
少しだけ変わってるかもしれないが、本当に普通の毎日を過ごしていった。
それから二年。
僕たちは中学生になっていた。
中学二年の冬。
日本海側に位置するこの地域は、冬になると豪雪で辺りが真っ白に染まる。
車道は除雪車や融雪装置があるから良いが、歩道は毎年酷いもんだな。年が明けてからまた積もったのか、歩けば足が埋まってしまう。
これが一月下旬にはさらに積もり、道路はアイスバーンと化す。地元に住む人たちにとっては相当に憂鬱なところだ。車の事故も多発して、歩けば滑るためオチオチ外も歩けない。
大人にとってはたまったものじゃないだろうが、それでも子供たちには嬉しいようで、住宅街のそこかしこにある雪ダルマはご愛嬌だ。
「うー、寒っ! 夕月、寒くないの? ネックウォーマーもマフラーも無しで………」
夜の散歩、ではなく、バイオリン教室からの帰り道。日照時間の短い冬の太陽はもう沈み、暗い夜道に吹く冷たい風と共にいっそう寒さを引き立てる。並んで歩いていた優希姫は、そのあまりの寒さに身を縮めていた。
僕はといえば、例に倣ってコートは着ているが無くても別段寒いという訳もない。厳密には寒いことに苦を感じていないというべきか。
だからネックウォーマーやらマフラーやらは必要性を感じないのだ。というか、首がチクチクして付けているだけでジャマな気がする。
「寒さには強い方だからね」
流石に不死鳥だからというのは関係ないだろうが、取りあえず僕はそう答えておいた。
「なんかそのセリフ、夏にも聞いた気がするけど」
「暑さにも強いからね……」
「勉強や運動、バイオリンだけじゃなくて、そんなとこまで万能とか………本当に何でも超人じゃないの?」
「ほっとけ……」
僕と優希姫は中学になってからも変わらず友人としてやっている。
小学五年で同じクラスになって以降、彼女とはずっと一緒のままだ。休み時間は必ず彼女が僕の席まで来て喋ったりテスト勉強したりで過ごしているが、たぶんクラスが分かれててもそれは変わらなかっただろう。
僕の自惚れではなく、優希姫本人の言葉だ。
おかげで毎日が退屈せずに過ぎていく。
昔とは大違いに。
それと優希姫のおかげなのか、僕は中学ではそこまで悪目立ちはしていない。
この金髪も、最初は上級生や教職員に悪い印象を与えたようだが、常に横にいた優希姫が地毛であることやそのせいで受けるやっかみなどを説明してくれて、今では逆に不良っぽい連中に羨ましがられたり、先生には同情気味にイジメられたらいつでも相談してこいと言われたり、何か無駄に変な方向に話が進んだ気がするが疎まれることはなくなった。
内申も小学校時代に比べて良くなってるだろう。中学だと特にそういうところが進学とかに響いてくるからな。
「もう、来年には受験だね………」
そんなことを考えていたせいかは知らないが、優希姫がポツリとそう呟きを溢した。
「そうだな。まあ、あんまり気にすることでもないだろ………」
「あ、学年一位の成績の余裕かぁ? 受験生たちには嫌味だぞ?」
「そんなつもりはないけど。そもそも君だって学年二位だろ? 県内の高校なら何処でも行ける成績なんだし、そこまでセンチメンタルになる必要はない、って言いたかったんだよ」
「分かりにくい優しさだね」
「ふん、うるせー」
我ながら不器用なのは承知しているよ。
というか、人間が器用すぎるだけのような気がする。
「夕月はもう行く高校決めたの?」
「一応、駅前の県立高校の予定だけど……」
「あれ? 県で学力二番目のところじゃない。本当にそこで良いの?」
「ああ」
「何で?」
「高校の名前が学力一位のとこよりカッコいいから」
「…………………夕月、真面目に高校選ぶ気ある?」
失礼な奴だな。こう見えても大真面目だぞ。大事だろ、名前って。
訝しげに僕を見ていた優希姫だが、永遠と真顔で返していたら、やがて吹き出して大笑いを始めた。
「アハハ、でも、まあ、夕月らしいといえばらしいかな。相変わらず面白いよね」
「笑いを取りにいったつもりはないんだが………」
「素で面白いんだよ。だから一緒にいて楽しいし」
「そいつはどうも……」
あんまり誉められてる気はしないがな。
「じゃあ、私もそこの高校にしよっかな……」
「おいこら、君こそ真面目に選ぶ気あるのか?」
「いいじゃん、どうせ県内学力が一位も二位も大して変わんないよ」
こいつ言いやがったな。学校関係者からしたら割りと重要なことを目クソ鼻クソみたいに。
こんな雑把なやつの頭がどうして良いのやら、人間てのは本当に不思議な生き物だな。
ただ、
「それに、夕月と別の学校になるのは寂しいしね」
そう言ってくれたのは、素直に嬉しく思えた。
コメント