異世界転生した俺は最強の魔導騎士になる
第19話
この世界には魔の眷属という者達がいる。
その存在は様々な言い伝えがある。
曰く、魔王が作り上げた僕である。
曰く、怨念の魂が集まり作り出された怨霊である。
曰く、魔物を倒し続け、その血を浴び過ぎた成れの果てである。
それらのどれが本当なのかはわからない。
しかし、その話には共通するモノがある。
曰く、その存在は滅びと恐怖を振りまく闇の使者。
決して対峙する事なかれ。
奴等は人の血肉を、魂を、その命を常に欲している。
それが世界に散らばる魔の眷属。
そして、俺の目の前にいるコイツもまた、魔の眷属の一人。
その力は魔物などとは比べ物にならない。
出会ったら死を覚悟するしかないと言われているコイツ等だが、決して不死身な訳ではない。
ただ手強い相手なのは事実。
おまけに今回は俺だけじゃない。
テントを見れば何事かとガウェンとサリアがテントから出てくる。
「一体何が……っ!?
ありゃ……なんだ!?」
ガウェンがシザースナイトを見て顔を強張らせる。
サリアもそれを見ると、直ぐに身構え警戒する。
「あれは……魔の眷属ですか?」
サリアはシザースナイトを睨みつけてそう問いかける。
それに答えるかのように、シザースナイトが地を駆け抜ける。
縮地によって瞬間的に急加速したシザースナイトは一気にサリアの目前へと迫る。
サリアも、そして周りの皆もその速度に反応すら出来ない。
シンだけを除いて。
シザースナイトの両腕の剣が大きく開かれ、そのまま交差するように振られ、サリアの胴体は両断されるかに見えた。
サリア自身、咄嗟に避けることも出来ず、覚悟を決めて目を閉じていた。
響き渡る金属音。
サリアを両断せんとするその剣は、シンの両手によって防がれる。
シンの開かれた両腕の手が、その剣を受け止め、そのまま握り締める。
ただの手の平で自分の刃が受け止められた事にシザースナイトは少なからず驚いた。
それを目撃した周りのリゼット達も同じである。
「う、そだろ……素手で止めやがった」
その言葉はサリアのすぐ脇にいたガウェンのもの。
ガウェンは目を見開いてその光景を見つめている。
当然、ただの素手で剣は止められない。
身体硬質の更に上、“身体金剛”。
それはもはや身体が鋼鉄をも凌駕する硬さを持ち、魔法にも物理にも絶対的な防御を誇る力である。
ただ、リゼットは剣を受け止めた事以上に驚いた事があった。
それはその移動速度だ。
気付いた時にはシザースナイトはサリアの目の前まで移動していた。
シンはそれに反応しただけでなく、地面スレスレを低空飛行し、サリアの下へと即座にシンは移動した。
そしてその両手を広げてシザースナイトの攻撃を防いだのである。
その判断力と行動力の速さがあまりにも異常過ぎたのだ。
俺が振り返ると、サリアがゆっくり閉じた瞳を開いていくところだった。
そして俺を見てサリアは驚く。
「え……っ!?
どうして、この子がここに……」
そう言って混乱しているサリアに俺は微笑みかける。
「すみませんね、ちょっと前を失礼します。
テントの近くに皆さんといてくださいね。
僕らはすぐに離れますので」
俺はそう言って地面を強く蹴り、力強く握り締めたシザースナイトの両腕の剣を引っ張り込む。
そのまま顔面に膝蹴りを放ち、次いで仰け反ったシザースナイトに片手をかざし、魔法陣を展開させる。
放たれるのはファイアボム・カノンの強化版、デッドリー・キャノン。
貫通力を高め、バレットショットに近い形に仕上げたのだ。
砲弾がシザースナイトに着弾すると、迸る爆炎が辺りを照らし、爆音と爆風が巻き起こる。
俺はすぐに両手をグルリと目の前で大きく回転させ、爆風すら強靭な風魔法で押さえ込み、強烈な衝撃波として逆に撃ち放つ。
その衝撃でシザースナイトは見えなくなるまで遠くに吹き飛ばされた。
「君は……一体?」
サリアが後ろから小さく問いかけてくる。
「僕ですか?
今はただの旅人の魔法使いですよ」
そう答えてニコリと笑う。
そしてすぐに真顔に戻り、片手を掲げる。
「させないよ」
掲げた手の平から光星魔法によって構築された光の閃光が一筋地面を走る。
それはリゼットさんの真横を走り抜けた。
シザースナイトが突っ込んできた時に闇に紛れたナイトメアハウンドの居場所を正確に見抜ぬき、破滅の光線イノセント・レイによってその身体を消滅させる。
リゼットさんはナイトメアハウンドが消滅してようやく近付かれていた事に気付く。
さて、残りはシザースナイトだけ。
アイツはまだ生きているだろう。
あれくらいで魔の眷属はくたばったりしない。
“身体昇華”。
身体から力が漲ってくる。
もはやそれは強化ではなく、進化とも言えるほどに身体能力が引き上がる。
身体強化の上位版。
それはただ身体能力を強化するだけに止まら無い。
つまり、新たなスキルが発現する。
その一つ。
魔導の包含。
この感覚は何度やってま慣れやしない。
身体が溶け出すような、形を保てなくなるような、消えてしまうような感覚。
腕や足を見れば俺の身体から雷撃が迸るのが見える。
シザースナイトの現在位置を確認。
座標を指定。
身体の魔素分解、変換、再構築。
それらの術式を同時に行う。
脳が焼き切れそうだ。
頭が痛ぇ。
身体を雷を纏うのではなく、身体そのものが雷に変貌していく。
そして、紫電だけが残ってシンの姿は搔き消える。
残されたリゼット達は言葉も出てこなかった。
再構築される身体。
雷速で移動した先はシザースナイトの目の前。
雷と一体化した俺は雷速で動けるようになり、そのままシザースナイトを蹴り上げたが、寸前で躱される。
逆に俺の蹴り上げた隙を見て、飛び起きたシザースナイトに足が切り裂かれたが、雷と一体化した俺をそう傷付けることも出来ない。
そして、宙をクルクル回転して着地したシザースナイトはまた鎧をガタガタ震わせ始めた。
それだけじゃない。
「ギ……ギギ……っ!
ギギッ!ギヒッ、ギヒヒッ!
ギギギギヒヒヒギギギギヒヒッ!」
もはや笑い声とは思えないその甲高く不快な、笑い方で体を震わせるシザースナイト。
直後、その上半身の鎧がガラガラと地面に落ちる。
鉄仮面も一緒に地面に落ちた。
褐色肌のその男の目は大きく窪み、穴が空いていた。
瞳の代わりに紫の炎が形を変えながら揺らめいている。
その口元は笑っていた。
そして、突如その口が大きく開かれる。
突如襲い掛かる心の騒めき。
湧き上がる恐怖。
噴き上がる怒り。
燃え上がる殺意。
なるほど、これが狂乱のうたけは精神異常の“狂気”か。
身体金剛によって精神異常に対する耐性も上がっているが、それでも心乱されるものがある。
俺は一人納得するが、すぐにリゼットさんらの方向を振り向く。
この影響はどの範囲までだ?
わからないが、彼等も影響を受けてるとみた方がいいな。
即座に俺は目を閉じて片膝をついて地面に手を置く。
少し距離はあるが、彼等のいるテントを中心とし、魔法を構築する。
テントを中心として魔法陣が地面に浮かび上がる。
そしてまるで太陽のような眩しい光が魔法陣の中を照し出す。
聖域、サンクチュアリ。
魔法やスキルによる干渉を遮断し、物理攻撃も魔法攻撃も消し去る聖域の結界である。
シザースナイトを見ると、片腕を自分の剣で跳ね飛ばした。
流石にその行為には俺も驚く。
シザースナイトはそれでも笑みは崩さない。
むしろ大口を開けて悲鳴のような笑い声を上げている。
そしてその足元には魔法陣が出来上がる。
こいつ、あえて自分で血を流してまで使うのか。
奴が扱うのは血塊魔法。
それは自分や他者の血液を媒体とし、構築する魔法。
腕からドバドバと溢れ出る血は形を成していき、新しい腕が出来上がる。
それは巨大な爪を持つ腕だった。
さらに足元の魔法陣の色が変化し、シザースナイトの身体から赤黒いオーラが立ち上る。
代わりに、シザースナイトの痩せ細ったその身体が崩壊し始める。
皮が剥がれ出し、腐敗が進み始める。
完全に狂っている。
奴が使ったのは闇魔法の禁呪文。
サクリファイス・アニマ。
本来は誰かを生贄に捧げ、自身の力を強化させる禁呪である。
しかし、アイツは自分を生贄にして自分を強化してやがる。
つまり、その身体はもう長くはない。
恐らく俺を殺すためだけの、特攻である。
迷惑な奴だ。
もうその姿は最初に見た騎士の姿とはまるで別物になっている。
腐り始めたその身体は魔法の無理な強化により筋肉が皮を破って膨張し、新しい血の腕は巨大化が進む。
その新しい腕は大鎌のようになっていた。
突如走り出すシザースナイト。
ひと蹴りで地面が割れ、空高く飛び上がる。
そして虚空移動によって空を縦横無尽に駆け回り、空から血の刃がいくつも作り出す。
そしてそのまま刃と共にシザースナイトはこちらへ真っ直ぐ向かってくる。
振り上げられる巨大な腕と、そこから伸びる大鎌。
四方から迫る血の刃。
目にも留まらぬ速さで轟音と共に大鎌が振るわれるが、呆気なく空を切る。
血の刃も魔力感知で全ての位置を把握しているため、雷速で動く俺を掠める事も出来やしない。
俺はそのままシザースナイトの背後を取り、そのボロボロの背中に手を置く。
「もういいだろ。
眠っとけ」
俺はそう言ってトドメの魔法を構築する。
二重の魔法陣が展開し、掲げた俺の腕は輝きを増し、その光は竜の顎門へと形を変える。
シザースナイトは振り返り様に残った腕の剣を振るうが、先にこちらの魔法が発動する。
“烈風迅雷の魔巧”、風雷竜の咆哮、ライトニング・ブラスト。
竜の顎門から放射される稲妻を帯びた竜巻はシザースナイトと共に地面も抉り、巻き込んでその身体を消滅させる。
これで、敵の気配は無くなった。
また身体から力が湧き立つのを感じる。
掲げた片手を下ろし、空を見れば薄っすらと明るくなり始めていた。
もうすぐ夜明けである。
テントの前に戻ると、リゼットさん御一行は全員目を覚ましていた。
そりゃ真近であんなド派手に魔法を放てば起こしてしまうよね。
申し訳ない事をしまったな。
でも全員無傷のご様子。
それが何よりである。
「無事に討伐完了しました」
とりあえず俺は敬礼してリゼットに報告した。
あれ?そういやザドがおらんな。
……あいつまさか……。
まだ寝てるのか!?
信じられねぇ。
 
「この坊や、魔の眷属をたった一人で片付けちまったよ。
お前達、私は夢でも見てんのかね?」
「夢じゃないでしょう。
ただ、この子の力はあまりにも現実離れさていますけど。
この子はただの護衛の器ではないですね」
そう言ってローラはリゼットに答える。
「確かに、魔の眷属を倒せる魔法使いとか、まるで魔導騎士団くらいのもんだよ。
なぁ?」
ガウェンは興奮気味に周りに同意を求める。
サリアはそれを無視して俺の前まで歩いて、しゃがみ込む。
「君に命を救われたわ。
ありがとう」
そう言って微笑むサリア。
キツイ人かと思っめたけど、そんな事もないかも。
「うぅ、僕は見逃してしまいましたぁ……」
嘆いているのはラント。
テントから出てくるのは遅かったもんな。
怖い思いしなくて済んだからいいと思うけどね。
「私も出遅れました。
キミは怪我はしてない?」
心配そうにセリーヌが尋ねてくる。
「問題ないです。
皆さんも怪我してませんか?」
「坊やのお陰で皆無傷だよ。
途中、心が乱されたけれど、坊やが結界まで施したんだろう?
戦闘しながらこちらの守りまで同時にこなすなんて。
そんな何でも出来る魔法使いは見た事ないね」
そう言って笑うリゼットさん。
「やはり、ここまでアイツのスキルは影響していたのですね。
それにしても、皆さん錯乱せずに済んだのは幸いです」
俺は安堵したように言う。
やはり念の為の結界だったが、張っておいて正解か。
「セリーヌがガウェンの異変に気付いて魔法壁、リフレクションの結界を張ってくれたからね。
それがなければあんたの結界が張られるまで仲間割れが起きてたかもしれないわ」
なるほど。
優秀な人達が揃ってて俺も助かった。
「ちなみにザドさん見かけました?」
俺が尋ねると皆さん顔を見合わせる。
次いでこめかみに青筋を浮かべるリゼットさん。
あぁ、やっぱ寝てんのか。
その後、リゼットさんの鉄拳がザドの頭に炸裂し、穏やかな朝焼けの空に悲鳴が響く。
ホント、なんでザドは行商人やってて生き残れていたのやら。
その存在は様々な言い伝えがある。
曰く、魔王が作り上げた僕である。
曰く、怨念の魂が集まり作り出された怨霊である。
曰く、魔物を倒し続け、その血を浴び過ぎた成れの果てである。
それらのどれが本当なのかはわからない。
しかし、その話には共通するモノがある。
曰く、その存在は滅びと恐怖を振りまく闇の使者。
決して対峙する事なかれ。
奴等は人の血肉を、魂を、その命を常に欲している。
それが世界に散らばる魔の眷属。
そして、俺の目の前にいるコイツもまた、魔の眷属の一人。
その力は魔物などとは比べ物にならない。
出会ったら死を覚悟するしかないと言われているコイツ等だが、決して不死身な訳ではない。
ただ手強い相手なのは事実。
おまけに今回は俺だけじゃない。
テントを見れば何事かとガウェンとサリアがテントから出てくる。
「一体何が……っ!?
ありゃ……なんだ!?」
ガウェンがシザースナイトを見て顔を強張らせる。
サリアもそれを見ると、直ぐに身構え警戒する。
「あれは……魔の眷属ですか?」
サリアはシザースナイトを睨みつけてそう問いかける。
それに答えるかのように、シザースナイトが地を駆け抜ける。
縮地によって瞬間的に急加速したシザースナイトは一気にサリアの目前へと迫る。
サリアも、そして周りの皆もその速度に反応すら出来ない。
シンだけを除いて。
シザースナイトの両腕の剣が大きく開かれ、そのまま交差するように振られ、サリアの胴体は両断されるかに見えた。
サリア自身、咄嗟に避けることも出来ず、覚悟を決めて目を閉じていた。
響き渡る金属音。
サリアを両断せんとするその剣は、シンの両手によって防がれる。
シンの開かれた両腕の手が、その剣を受け止め、そのまま握り締める。
ただの手の平で自分の刃が受け止められた事にシザースナイトは少なからず驚いた。
それを目撃した周りのリゼット達も同じである。
「う、そだろ……素手で止めやがった」
その言葉はサリアのすぐ脇にいたガウェンのもの。
ガウェンは目を見開いてその光景を見つめている。
当然、ただの素手で剣は止められない。
身体硬質の更に上、“身体金剛”。
それはもはや身体が鋼鉄をも凌駕する硬さを持ち、魔法にも物理にも絶対的な防御を誇る力である。
ただ、リゼットは剣を受け止めた事以上に驚いた事があった。
それはその移動速度だ。
気付いた時にはシザースナイトはサリアの目の前まで移動していた。
シンはそれに反応しただけでなく、地面スレスレを低空飛行し、サリアの下へと即座にシンは移動した。
そしてその両手を広げてシザースナイトの攻撃を防いだのである。
その判断力と行動力の速さがあまりにも異常過ぎたのだ。
俺が振り返ると、サリアがゆっくり閉じた瞳を開いていくところだった。
そして俺を見てサリアは驚く。
「え……っ!?
どうして、この子がここに……」
そう言って混乱しているサリアに俺は微笑みかける。
「すみませんね、ちょっと前を失礼します。
テントの近くに皆さんといてくださいね。
僕らはすぐに離れますので」
俺はそう言って地面を強く蹴り、力強く握り締めたシザースナイトの両腕の剣を引っ張り込む。
そのまま顔面に膝蹴りを放ち、次いで仰け反ったシザースナイトに片手をかざし、魔法陣を展開させる。
放たれるのはファイアボム・カノンの強化版、デッドリー・キャノン。
貫通力を高め、バレットショットに近い形に仕上げたのだ。
砲弾がシザースナイトに着弾すると、迸る爆炎が辺りを照らし、爆音と爆風が巻き起こる。
俺はすぐに両手をグルリと目の前で大きく回転させ、爆風すら強靭な風魔法で押さえ込み、強烈な衝撃波として逆に撃ち放つ。
その衝撃でシザースナイトは見えなくなるまで遠くに吹き飛ばされた。
「君は……一体?」
サリアが後ろから小さく問いかけてくる。
「僕ですか?
今はただの旅人の魔法使いですよ」
そう答えてニコリと笑う。
そしてすぐに真顔に戻り、片手を掲げる。
「させないよ」
掲げた手の平から光星魔法によって構築された光の閃光が一筋地面を走る。
それはリゼットさんの真横を走り抜けた。
シザースナイトが突っ込んできた時に闇に紛れたナイトメアハウンドの居場所を正確に見抜ぬき、破滅の光線イノセント・レイによってその身体を消滅させる。
リゼットさんはナイトメアハウンドが消滅してようやく近付かれていた事に気付く。
さて、残りはシザースナイトだけ。
アイツはまだ生きているだろう。
あれくらいで魔の眷属はくたばったりしない。
“身体昇華”。
身体から力が漲ってくる。
もはやそれは強化ではなく、進化とも言えるほどに身体能力が引き上がる。
身体強化の上位版。
それはただ身体能力を強化するだけに止まら無い。
つまり、新たなスキルが発現する。
その一つ。
魔導の包含。
この感覚は何度やってま慣れやしない。
身体が溶け出すような、形を保てなくなるような、消えてしまうような感覚。
腕や足を見れば俺の身体から雷撃が迸るのが見える。
シザースナイトの現在位置を確認。
座標を指定。
身体の魔素分解、変換、再構築。
それらの術式を同時に行う。
脳が焼き切れそうだ。
頭が痛ぇ。
身体を雷を纏うのではなく、身体そのものが雷に変貌していく。
そして、紫電だけが残ってシンの姿は搔き消える。
残されたリゼット達は言葉も出てこなかった。
再構築される身体。
雷速で移動した先はシザースナイトの目の前。
雷と一体化した俺は雷速で動けるようになり、そのままシザースナイトを蹴り上げたが、寸前で躱される。
逆に俺の蹴り上げた隙を見て、飛び起きたシザースナイトに足が切り裂かれたが、雷と一体化した俺をそう傷付けることも出来ない。
そして、宙をクルクル回転して着地したシザースナイトはまた鎧をガタガタ震わせ始めた。
それだけじゃない。
「ギ……ギギ……っ!
ギギッ!ギヒッ、ギヒヒッ!
ギギギギヒヒヒギギギギヒヒッ!」
もはや笑い声とは思えないその甲高く不快な、笑い方で体を震わせるシザースナイト。
直後、その上半身の鎧がガラガラと地面に落ちる。
鉄仮面も一緒に地面に落ちた。
褐色肌のその男の目は大きく窪み、穴が空いていた。
瞳の代わりに紫の炎が形を変えながら揺らめいている。
その口元は笑っていた。
そして、突如その口が大きく開かれる。
突如襲い掛かる心の騒めき。
湧き上がる恐怖。
噴き上がる怒り。
燃え上がる殺意。
なるほど、これが狂乱のうたけは精神異常の“狂気”か。
身体金剛によって精神異常に対する耐性も上がっているが、それでも心乱されるものがある。
俺は一人納得するが、すぐにリゼットさんらの方向を振り向く。
この影響はどの範囲までだ?
わからないが、彼等も影響を受けてるとみた方がいいな。
即座に俺は目を閉じて片膝をついて地面に手を置く。
少し距離はあるが、彼等のいるテントを中心とし、魔法を構築する。
テントを中心として魔法陣が地面に浮かび上がる。
そしてまるで太陽のような眩しい光が魔法陣の中を照し出す。
聖域、サンクチュアリ。
魔法やスキルによる干渉を遮断し、物理攻撃も魔法攻撃も消し去る聖域の結界である。
シザースナイトを見ると、片腕を自分の剣で跳ね飛ばした。
流石にその行為には俺も驚く。
シザースナイトはそれでも笑みは崩さない。
むしろ大口を開けて悲鳴のような笑い声を上げている。
そしてその足元には魔法陣が出来上がる。
こいつ、あえて自分で血を流してまで使うのか。
奴が扱うのは血塊魔法。
それは自分や他者の血液を媒体とし、構築する魔法。
腕からドバドバと溢れ出る血は形を成していき、新しい腕が出来上がる。
それは巨大な爪を持つ腕だった。
さらに足元の魔法陣の色が変化し、シザースナイトの身体から赤黒いオーラが立ち上る。
代わりに、シザースナイトの痩せ細ったその身体が崩壊し始める。
皮が剥がれ出し、腐敗が進み始める。
完全に狂っている。
奴が使ったのは闇魔法の禁呪文。
サクリファイス・アニマ。
本来は誰かを生贄に捧げ、自身の力を強化させる禁呪である。
しかし、アイツは自分を生贄にして自分を強化してやがる。
つまり、その身体はもう長くはない。
恐らく俺を殺すためだけの、特攻である。
迷惑な奴だ。
もうその姿は最初に見た騎士の姿とはまるで別物になっている。
腐り始めたその身体は魔法の無理な強化により筋肉が皮を破って膨張し、新しい血の腕は巨大化が進む。
その新しい腕は大鎌のようになっていた。
突如走り出すシザースナイト。
ひと蹴りで地面が割れ、空高く飛び上がる。
そして虚空移動によって空を縦横無尽に駆け回り、空から血の刃がいくつも作り出す。
そしてそのまま刃と共にシザースナイトはこちらへ真っ直ぐ向かってくる。
振り上げられる巨大な腕と、そこから伸びる大鎌。
四方から迫る血の刃。
目にも留まらぬ速さで轟音と共に大鎌が振るわれるが、呆気なく空を切る。
血の刃も魔力感知で全ての位置を把握しているため、雷速で動く俺を掠める事も出来やしない。
俺はそのままシザースナイトの背後を取り、そのボロボロの背中に手を置く。
「もういいだろ。
眠っとけ」
俺はそう言ってトドメの魔法を構築する。
二重の魔法陣が展開し、掲げた俺の腕は輝きを増し、その光は竜の顎門へと形を変える。
シザースナイトは振り返り様に残った腕の剣を振るうが、先にこちらの魔法が発動する。
“烈風迅雷の魔巧”、風雷竜の咆哮、ライトニング・ブラスト。
竜の顎門から放射される稲妻を帯びた竜巻はシザースナイトと共に地面も抉り、巻き込んでその身体を消滅させる。
これで、敵の気配は無くなった。
また身体から力が湧き立つのを感じる。
掲げた片手を下ろし、空を見れば薄っすらと明るくなり始めていた。
もうすぐ夜明けである。
テントの前に戻ると、リゼットさん御一行は全員目を覚ましていた。
そりゃ真近であんなド派手に魔法を放てば起こしてしまうよね。
申し訳ない事をしまったな。
でも全員無傷のご様子。
それが何よりである。
「無事に討伐完了しました」
とりあえず俺は敬礼してリゼットに報告した。
あれ?そういやザドがおらんな。
……あいつまさか……。
まだ寝てるのか!?
信じられねぇ。
 
「この坊や、魔の眷属をたった一人で片付けちまったよ。
お前達、私は夢でも見てんのかね?」
「夢じゃないでしょう。
ただ、この子の力はあまりにも現実離れさていますけど。
この子はただの護衛の器ではないですね」
そう言ってローラはリゼットに答える。
「確かに、魔の眷属を倒せる魔法使いとか、まるで魔導騎士団くらいのもんだよ。
なぁ?」
ガウェンは興奮気味に周りに同意を求める。
サリアはそれを無視して俺の前まで歩いて、しゃがみ込む。
「君に命を救われたわ。
ありがとう」
そう言って微笑むサリア。
キツイ人かと思っめたけど、そんな事もないかも。
「うぅ、僕は見逃してしまいましたぁ……」
嘆いているのはラント。
テントから出てくるのは遅かったもんな。
怖い思いしなくて済んだからいいと思うけどね。
「私も出遅れました。
キミは怪我はしてない?」
心配そうにセリーヌが尋ねてくる。
「問題ないです。
皆さんも怪我してませんか?」
「坊やのお陰で皆無傷だよ。
途中、心が乱されたけれど、坊やが結界まで施したんだろう?
戦闘しながらこちらの守りまで同時にこなすなんて。
そんな何でも出来る魔法使いは見た事ないね」
そう言って笑うリゼットさん。
「やはり、ここまでアイツのスキルは影響していたのですね。
それにしても、皆さん錯乱せずに済んだのは幸いです」
俺は安堵したように言う。
やはり念の為の結界だったが、張っておいて正解か。
「セリーヌがガウェンの異変に気付いて魔法壁、リフレクションの結界を張ってくれたからね。
それがなければあんたの結界が張られるまで仲間割れが起きてたかもしれないわ」
なるほど。
優秀な人達が揃ってて俺も助かった。
「ちなみにザドさん見かけました?」
俺が尋ねると皆さん顔を見合わせる。
次いでこめかみに青筋を浮かべるリゼットさん。
あぁ、やっぱ寝てんのか。
その後、リゼットさんの鉄拳がザドの頭に炸裂し、穏やかな朝焼けの空に悲鳴が響く。
ホント、なんでザドは行商人やってて生き残れていたのやら。
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