異世界転生した俺は最強の魔導騎士になる

ひとつめ帽子

第13話

 翌朝、起きて顔を洗面台で洗う。
水魔法で口をゆすぎ、家で唯一の鏡で自分を見る。
短髪黒髪の少年が映る。
それは元の世界の俺の子供の頃に少し似ていた。
しかし、目鼻立ちは多少違っている。
目は少し垂れ目で、優しそうな童顔だ。
日本の俺より、少しはマシな見た目だと思う。
でも、東洋風の顔付きではなく、出来ればこう、外人みたいな感じの方がこの世界には溶け込めた気もするなぁ。

 そして服を着替える。
俺の身体に合わせて買ってもらった淡い青のローブを羽織る。
皮のブーツを履き、しっかりと紐を結ぶ。
そして皮のバックパックに荷物を詰め込む。
このパックパックは手先の器用なリリアさんに作ってもらったものだ。
こういうのが欲しい、と汚い絵を描き、何となく概要を伝えると想像通りに作ってくれたのだ。
皮は勿論ミーシャさんからの支給品である。
形の良さと収納の多さ、利便性にミーシャさんも欲しいっ!と言っていた。

 一通りの荷物を詰め込んで、俺は家を見渡す。
雑然と散らばった本や瓶。
お世辞にも綺麗とは言い難いが、何処に何があるのか知り尽くしている。
竃の大きな焦げ目は俺が火の魔法を失敗した証だ。
天井まで少し焦げている。
木箱には幼少期にリリアさんからもらった人形が詰め込んである。
小さい時はこれで遊んだ事はリアナが来た時くらいだが、いい思い出だ。
 長い間、お世話になったこの家に俺は深々と頭を下げる。

「いってきます」

 俺はそう告げて、バックパックを背負って外に出て、里へと向かった。




 里の出入り口となる木で出来た門の前に、沢山の人が集まっていた。
皆は俺を見ると微笑んで手を振った。
そこにゆっくりと近づくと、皆声を掛けてくる。

「いよいよなんだな、シン」

「里も少し寂しくなるわ。
いつでも帰ってきなさいね」

「手紙をくれよ、シン。
外の世界ってのがらどんなのか、俺達にも教えてくれよ」

「シンくーん、こっち見てー!」

「シンくんがいないとか今夜は眠れない……」

「シンくん、身体には気をつけてね」

「里の小さな癒しの存在がぁぁ……っ!」

「ちゃんと外でも飯食べろよ、シン!」

 里のみんなから色んな言葉をもらう。
やや、変な人もいたけど、それは気にしない。

 俺は皆と握手と言葉を交わし、門の前まで来る。
そこにはリリアさんとミーシャさんが立っていた。

「ついにこの日が来たのね。
あなたは、昔から不思議な子だったけど、今にして思えばジノにそっくりだったわ。
やっぱり親子なのね」

 リリアさんは目に涙を溜めてそう言った。

「ホント、小さいジノが出来上がったって感じよ。
一応、私の弟子でもあるんだから外でくたばったりしないでよ。
そんな事になったら許さないんだから」

 フンっ!と鼻息を荒くして言うミーシャさん。
この人達も変わらないな。

「お二人には小さい頃から世話になりました。
ジノの分も含めて、お礼を言わせて下さい。
本当に、ありがとうございました」

 俺は深々と頭を下げる。
頭をゆっくり上げると、ブワッと泣き出すリリアさんが見えた。
ミーシャさんは引きつった顔をして俺を見て来る。

「なんか調子狂うわね。
あんたにそんな真面目な言葉とか似合わないから」

「そうですか?
それじゃ、姉御っ!いってくるぜ!」

「姉御って言うなっ!!」

 バシコンッ!と頭を叩かれた。

「ううぅ、元気でね、シンぐん……。
あんなに小さかったのに、こんなに、大きく……グスッ」

「泣かないで下さい、リリアさん。
機会があればまた立ち寄ります」

 俺は叩かれた頭をさすりながらリリアさんを宥める。

「当分は来なくても大丈夫よ」

 何故かミーシャさんが答えてくる。
とか言ってるミーシャさんはツンデレなんだろ?
知ってるかんな。

「いつでも里に顔を出してね。
リアナもきっと待ってるわ」

 あれ?そういえば……。

「リアナは、いないんですか?」

 俺は周りを見るが、リアナは見かけなかった。

「あの娘は朝からいないのよ。
多分、あなたとのお別れは個人的にしたいんじゃない?」

 リリアさんがそう言って門の先の並木道を指差す。
俺は頷いて、再度皆に頭を下げ、駆け出した。

「シンっ!
これ持ってきなさい!」

 ミーシャさんが首からいつも下げてるペンダントを投げ渡してきた。
俺は振り返り、それをキャッチする。
それは狼の刻印が刻まれた銀のペンダントだった。

「いいんですか!?」

「次に会った時に返しなさいっ!
それまで預けておくわっ!」

 ミーシャさんは笑ってそう言った。
つまり、またいつか、ここに帰って来い、と言いたいのだ。
俺は強く頷いて、また駆け出した。




「行ってしまったわね……グスッ」

 涙をハンカチで拭うリリア。

「いつまで泣いてんのよ。
別に二度と会えない訳でもないんだから」

 ミーシャはリリアの頭を撫でながらそう言った。

「そんな事言ってるミーシャだって、涙ぐんでるじゃない」

「ばっ!馬鹿言わないでよっ!
別に寂しくなんかないしっ!
くっつき虫からようやく解放されて気が楽になったくらいよ」

 そう言ってそっぽを向くミーシャ。
そんな姿を見てクスリと笑うリリア。

「でもミーシャ、あのペンダントはあなたのお父様の形見でしょう?
良かったの?」

 リリアは不安気に尋ねる。

「御守りみたいなもんだからね。
あれに助けられた事もあるから、シンに渡したのよ。
これから先、訪れるかもしれない苦難を乗り越えられるように」

 そう言って、並木道を真っ直ぐに見つめるミーシャ。

「頑張んなさいよ、シン」

 小さく、激励の言葉を囁くミーシャだった。






 並木道を走り抜けると、家の前に戻ってきた。
そこに立っているのは背の高い、ローブを纏ったエルフの男。
ジノである。

「里の皆との挨拶は済んだか?」

「一応ね。
リリアさんもミーシャさんも泣いてたよ」

「ミーシャもか?
想像つかんな、あいつが泣くところなど」

 そう言って笑うジノ。
ま、泣きそうになってたってのが正解だが。

「さて、最後の別れを告げに来た子がいる。
俺が見送ろうと思ったが、この子と話しをしてからにしよう」

 そう言って空高く飛び立つジノ。
えーっと、その子ってのは……。

「シン」

 ふいに声がかかる。
振り向くと、そこにはエルフの女の子がいた。
綺麗なプラチナブロンドの髪を細く青いリボンで結び、肩から下げている。
服装は淡い緑のワンピース。
俺をジッと見つめている。

「リアナ……」

 里ではなく、ここで待っていたのか。
俺はポリボリと頭を掻く。
相手は子供だ。
恥ずかしがる事は無い。
だけど、なんだこの雰囲気は?

「シン、本当に行くの?」

 リアナは目を潤ませて尋ねてくる。

「うん、行くよ。
その為に長い間鍛えてきたからね。
外の世界を見て回って、夢を叶えてくる」

「…………」

 俺の言葉にリアナは黙り込む。
そしてゆっくりと近付いてきた。
人族の俺より、エルフのリアナの方が少し背が高い。
そんなリアナが俺に抱き付いて肩に顔を埋める。

「行っちゃヤダよ。
ずっとここにいようよ」

 震えた声でそう言うリアナ。
俺は思わずアタフタしそうになる。
なんせ前世ですら女の人と親しくなった事のない男だ。
そんな俺はこんな風に泣きつかれてどうすれば良いかわからないのだ。
いや、でも相手は子供。
俺は大人。
落ち着いていこう。

 そっとリアナの肩を掴み、少し離してその顔を見る。
リアナは今にも泣きそうだ。

「僕の夢は王国の魔導騎士になる事なんだ。
ジノと同じように、色んな人達を守れる存在になりたい。
だから、僕は外の世界に行くよ。
でも、いつか必ずここに戻ってくる。
皆を守れるような、そんな人になってね。
この里の人達にはとてもお世話になった。
皆に感謝してる。
リアナ、君にもだ。
本当に感謝してる。ありがとう」

 俺がそう言うと、リアナはポロポロと涙を零す。
その涙を俺は手で拭う。

「泣かないで。
それじゃ、約束のおまじないをしよう」

 俺はそう言って笑顔になる。

「約束?」

「そう、約束。
大人になったら、必ず君に会いにくる。
その時までに、僕はもっと強くなる。
リアナより身長だって大きくなってやる。
そして、必ず君に会いに行く。
その約束だ」

 そう言って俺は小指を立てて突き出す。

「これなあに?」

 リアナが首を傾げる。

「約束のおまじない。
ほら、小指を同じように立てて」

 リアナの手をとって、小指を突き立ててもらう。
それに俺の小指を絡ませる。

「指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます、指切ったっ!」

 俺は歌ってその指の契りを交わす。

「これがおまじない、なの?」

「そう。おまじないの約束。
それを守らなかったら、針千本飲まなきゃいけない。
だから、守らないとね」

 そう説明するとリアナは目を見開いて、次いでクスクス笑う。

「なにそれ、とっても恐いわ」

「そうなんだよ、めっちゃ恐い。
だから、約束は守らないとね」
 
 すると、リアナは考え込む。

「針千本飲むのはしなくていいわ。
でも、もしも、大人になっても私を迎えに来なかったら……」

「来なかったら?」

 俺は聞き返す。
すると、リアナは続けて口を開く。

「私は誰かのモノになっちゃうからね!
それが嫌なら、ちゃんと迎えに来てね!」

 そう言ってリアナは腰に両手を当てて顔を近付ける。

「だ、誰かのモノって……。
別に、リアナは僕のモノでもないんじゃ?
それに、迎えに行くんじゃなくて、会いに行く約束で……」

「迎えに来てくれるって約束したっ!
だから、私はシンのモノ。
……私は、待ってるからね?」

 潤んだ瞳でそう言うリアナ。
どうやら脳内変換されたらしい。
それにしても、この子はまだ十歳だぞ。
子供も子供なのだ。
なのに、今ドキッとしたぞ!
俺はロリコンじゃない。
断じて違うっ!

「わ、わかった。
と、とにかく、大人になったらリアナに会いに行く。
そこは、約束するから!」

 むーっ、と唇を尖らせるリアナ。
しかし、渋々頷いた。

「約束、だからね?
指切った、だからね!」

「そうだね、指切りの約束だ」

 俺達はそれぞれ小指を立てて、それを見せ合う。
その約束が、必ず守られるようにと。
それを確認するように。

「それじゃ、僕は行くね」

 そう言って森の外への続く林道へと身体を向け、歩き出す。

「シンっ!約束だからね!
ちゃんと、会いに来てね!
私は待ってるから!
ずっとずっと、待ってるからっ!」

 リアナの声が背中に届く。
俺は片手を上げ、了解の意思を示す。
そして飛び上がり、飛翔する。





 空高く舞い上がると、そこにジノがいた。

「別れは済んだか?」

 ジノが優しく微笑んで尋ねてくる。

「茶化すなよ。
相手は子供だ。約束は守るけど、大人になればリアナも変わるさ」

 そう、いつまでも子供ではいられないのだ。
人は変わっていく。
身体も、心も。

「しかし、変わらないモノもある。
だから、またこの里に来い。
私も、待っている」

 ジノはそう言って微笑んだ。
俺も笑顔を返す。

「そうだな、少なくとも、ジノには変わって欲しくないかな」

 そう言って俺は手をジノに差し出す。

「別れの握手だ。
あまりに淡白な別れになりそうだから、握手くらいしろよ」

「上から目線だな、シン」

 溜息をついて呆れ顔のジノ。
しかし、その手をこちらに伸ばしてくれた。
しっかり握りしめ合うそれぞれの手。
この大きな手に、いつか俺も届くだろうか?
いや、届いてみせる。
ゆっくり手を放し、俺はジノに背を向けた。

「行ってくる」

 短く、俺は伝える。

「行ってこい」

 ジノもまた、短く告げる。
そして俺は空を駆ける。
育った里を巣立ち、いよいよ異世界の冒険が始まるのたった。

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