異世界転生した俺は最強の魔導騎士になる

ひとつめ帽子

第7話

 マリーダ村には夕方に着いた。
葡萄畑が広がる豊かな村のようだ。
そこそこ大きな牧場もあり、羊や馬も目に付いた事から、村とはいえなかなか栄えているように思える。
空から舞い降りた俺達に村人は少なからず驚いていた。
しかし呼び付けた村長は驚く事も無く俺達に駆け寄ってジノと握手を合わす。

「いやいや、助かりました。
やはりジノ殿に頼むとすぐに来てくださりますな。
マナポーションが不足し出して、住人の生活も少々不自由しておりましてな」

「わかります。
私は他の人に比べてより魔法に頼った生活をしていますので、より共感出来ます。
とりあえず、今あるのはマナポーション三〇本ですが、足りますか?」

「十分です。こちらが約束の代金になります」

 村長は硬貨の入った布袋をジノに渡す。ジャラッと音がしたあたり、割と入ってるようだ。
俺はマナポーションを日に二、三本飲んでるけど、割と高価な物なのかもしれない。

「それにしても、ジノ殿。この子は?
ジノ殿と同じように飛んで来られたようですが……」

 村長が俺を眺めながら不思議そうな顔をしている。
 
「この子は私の息子のシンです」

「む、息子!?
し、しかしこの子は人族では?」

 村長は流石に息子発言には驚いている。

「血は繋がっておりません。
ラムリカ村に立ち寄った際、この子だけが生き残ったので、私が引き取り育てたのです。
しかし、血以上の繋がりはあると私は思っております」

 そう断言するジノに俺は思わず恥ずかしくなる。
よく真顔でそんなこと言えるなぁ。

「そ、そうですか。
いえ、深く追求するつもりはありません。
しかし、驚きました。
空を飛べる魔法使いはジノ殿以外見た事がありませんから。
ましてやまだこれほど小さい子供など……」

 村長はマジマジと俺を見る。
そりゃ普通の五歳児は俺ほど魔法は使えないわな。

「小さい頃からジノに魔法について教わりましたから。
優秀な人に教わり続けた結果かと思います」

 俺がそう答えると、その受け答えにも村長は驚き、次いで笑う。

「確かに、ジノ殿の右に出る魔法使いなど見た事はありませんからな」

 村長は簡単に納得してしまう。
ジノ、どんだけ凄いんだ?

「お二人とも、もう日も沈んできましたし、今晩は村に泊まっていって下さい。
すぐ宿屋に部屋を用意させます」

 こちらです、と村長は案内する。
ジノ相手に随分と下手に出る村長だな。
それとも、それだけジノが凄い魔法使いだからだろうか?

 案内された宿屋に着くと、受付の若い村の女性が俺達の部屋へと案内してくれた。
その女性は俺を見るとニコッと微笑んだので、俺も微笑み返す。
愛想は大事である。

 案内されたの部屋は10畳程のそこそこ広い部屋だった。
ベッドもダブルベッドくらいの広さで、俺とジノなら十分だろう。
家具は木のテーブルと椅子、小さな棚があるくらいで、質素と言えるが、寝泊まりするだけなら十分と言える。

「ダリス村長が是非あとで一緒に食事をしたいと申し出ておりました。
如何なさいますか?」

 受付嬢がジノに尋ねる。

「せっかくのお誘いであれば、断る理由はありません。
是非、ご一緒させて頂きます」

 ジノがそう答えると、受付嬢は一礼すると部屋から出て行った。
残された俺達二人。

「ジノって結構凄い人なのか?」

 俺はジノに問いかけるが、ジノは首を振る。

「王国の魔導騎士だった頃、この近辺に出たキマイラの討伐依頼を受けてな。
私一人で討伐し、それ以降村長からは随分と慕われているのだ」

 キマイラ。
それは複数の魔物が一つに魔物として合成された怪物だ。
以前魔物図鑑で見た情報通りなら、地球でのイメージ通りのライオンの頭にヤギの胴体、尻尾が毒蛇というモノらしい。
Aランクに指定されている高位の魔物だ。

「こんなところにキマイラが出たのか?
あれって、魔境であるガジリスタでしか出没しないんじゃないっけ?」

「本来はな。
だが、その当時魔族が集団でこのアグリア領を襲って来たのだ。
奴等が使役している魔物の中にキマイラも混じっていたのだろう。
魔族が襲ってくる際には魔物も動きが活発化する上、奴等が引き上げた後も使役していた魔物が野に放たれる事もある。
それが原因で多くの凶暴な魔物がこの近辺を荒らし回っていたのだ。
魔導騎士団から身を引いた直後もその魔物討伐の為に私は駆け回り、結果として里の襲撃も知る事が遅れてしまったのだ」

 悔しそうにジノは語る。
魔族。
それは魔境とも呼ばれるガジリスタの地に住む魔の種族である。
魔境は高い濃度の魔素がある場所で、その影響か魔物も高位の魔物が多く生息している。
そして、魔族を率いている者の頂点に君臨してる者を“魔王”と人々は呼ぶ。
その魔王と呼ばれる存在は魔境以外にも魔物を撒き散らし、世界を混沌へと誘う破滅と絶望の王。
そして、今の話のように度々魔物を引き連れ世界各地で暴れまわる。
そういう厄介な存在が魔族である。

「ともかく、そのキマイラ退治をして村長から気に入られた、と。
それのお陰で美味しい料理にありつけるなら有難いもんだ。
それじゃ飯食べに行こう。
流石に腹減ったわ」

 マナ変換すれば空腹は満たされるが、やはり食事は大事なのだ。
腹を満たすだけが食事では無く、美味しいご飯を食べる事こそ、良い食事の在り方というものだ。
よって、村長のもてなしは結構期待している。

 エルフの人達は割とベジタリアンが多い。
ミーシャさんはエルフの中でも珍しくお肉も好きなので、自分で狩りに出かけているが、同じように肉を食べるのは極少数だ。
幸いジノもお肉は食べるのだが、やはり基本は野菜。
というより野草や山菜、木の実、そしてパンがメイン。
だから俺は肉に飢えている。
こう、糖と脂質に溢れたご馳走を食べたいのだ。
健康には悪いが。




「やぁやぁ、ようこそ。
さぁお上がり下さい」

 俺達が一際大きな屋敷を訪れると玄関のドアを開けて村長が迎え入れる。
中に入るとメイドさんが一礼した。
木造の屋敷の中はそれほど豪華では無かったが、動物の剥製や油絵の風景画が飾られ、それなりの見た目になっている。
この村はワインが名物らしく、そこそこ稼ぎもあるのだろう。
そこの長ともなれば、村長と言えどある程度良い暮らしが出来るのかもしれない。

 通されたのは長いテーブルのある食卓だった。
白い食器が並び、ナイフとフォークが綺麗に揃えられている。
俺はジノが座った席の隣に座る。
対面に村長、そしてその隣に恐らく御夫人と思わしき女性が座り、その隣に若い女の子が座った。
女の子の年は十歳程だろうか?
小学生くらいの見た目だが、育ちの良さは見た目にも表れている。
セミロングの茶髪はキチンと手入れしてあるようで、淡い青色のフリフリドレスを身に纏っている。
俺の事を物珍しそうに見つめていた。

 メイドが給仕を始め、それぞれの目の前に食事を並べていく。
まずは前菜からのようだ。
皆には赤ワインを鉄のコップに注いでいた。
お酒か。ビールとか飲みたいなぁ。

「坊やはアルコールの無い果実酒でよろしいですか?」

 メイドさんが聞いてくる。
そりゃお酒はすすめないよね。

「大丈夫です」

 俺が答えるとニコリとメイドは微笑んで果実酒をコップに注いでくれた。

「ありがとうございます」

 俺がお礼を言うと、村長が関心したように頷く。

「良い教育がなされてるようですな。
出会った時の受け答えといい、大人に囲まれているこの場での佇まい。
流石ジノ殿のご子息ですな。
感服致します」

「私の教育でこの子の人となりが良い訳ではありません。
それはこの子が従来持っているモノです。
私はそれを後押ししているだけに過ぎません」

 ジノは目を瞑って淡々と告げ、前菜のサラダを口に運ぶ。

「謙遜なさりますな、ジノ殿。
しかし、その謙虚さもジノ殿の美徳と言えるでしょうな。
貴方のキマイラの討伐の一件も、本来は貴方だけの手柄だったはず。
しかし、王国からの話では魔導騎士団の手柄に変わっていた。
既にあなたは辞めていたのにも関わらず。
王国に助けを求めて、それに答えてくれたのは貴方ただ一人だったのに、手柄だけ横取りし、全体のものにする。
なんとも浅ましいものです」

 嘆くように言う村長。
メイドさんが次のスープを運んで来る。
コーンポタージュのようなスープだった。
一口飲んでみると、地球のそれと味はほぼ一緒だった。
美味い。

「過去の話です。
それに、手柄など興味はありません。
人々の安全と平穏、それを守る為に私は魔導騎士になったのですから。
そして、それは魔導騎士団でなくとも行える。
それで救われた人が一人でもいたのなら、私は満足です」

 ジノは当然の事をしたまで、と言わんばかりの口ぶりだった。

「そんな私も今ではただの平民。
気ままに生きるこの生活も、それはそれで悪くはない」

 そう言ってボンと俺の頭に手を置くジノ。

「シンにも出会える事も出来ました。
今は、この子を一人前にする事が私の使命だと思っております」

 それを聞いて夫人が微笑む。

「本当に大切にされてるのですね。
坊やも良い父を持って幸せでしょう?」

「ええ、自慢の父ですから」

 自分で言って恥ずかしくなる。
なんてったって中身はもうおっさんと言っていい歳の男だ。
おっさんがおっさんを褒める図。
側から見ればさぞ滑稽な事だろう。

 次に運ばれてきたのは川魚の蒸し焼きだった。
魚をナイフとフォークで食べるのは本当に面倒だと思う。
箸を持ってきて欲しいものだ。
でも味は美味しかった。

 その次に運ばれてきたのがお待ちかねのお肉。
それは鶏のローストチキンだった。
俺の目が輝く。
香ばしい良い香りが鼻をくすぐる。
思わず涎を垂らしそうになってしまった。
すると、ジノがガタッと席を勢いよく立ち上がる。
俺も含め、皆がジノに注目するが、当のジノは窓の外を凝視している。

「村長。
どうやら招かれざる客が数多くいるようです。
まだ距離はありますが、かなりの数かと」

 険しい顔つきでジノが告げる。
村長の顔も驚きから恐怖へと変わり、青ざめていく。

「そ、それはつまり……盗賊や山賊の類ですか?」

「いいえ、魔物の群れです。
気配から察するにオークかと。
中にはハイオークの気配も確認出来ます。
今すぐ警備団を集めて下さい。
冒険者や傭兵はこの村に訪れていますか?」

 ジノはローブの袖を捲り上げ、長い髪を紐で結びながら村長に尋ねる。

「生憎、今夜は冒険者や傭兵は出払っています。
村には警備団が十名程でして。
この辺りはそれほど魔物も出没しませんから……」

 村長の顔色は悪い。
僅かに震えているようだった。

「構いません。
村の門を閉鎖して、弓を扱える者がいれば櫓で待機させて下さい。
村人は教会に集めて、残りの自衛団の者達で守りを固めて下さい。
私が先手を打って出ます」

 ジノが淀みなく指示をすると、村長は頷き、足早に外へと駆け出した。

「御夫人。村の女性や子供をすぐに教会へ集めて下さい。
あそこが一番頑丈な建物です」

 ジノが優しくそう伝えると、夫人は怯えた顔をしながら頷く。
娘は今にも泣きそうな顔をしている。

「お姉さん。心配いらないよ。
ジノと僕が悪い奴らをとっちめてあげるからさ」

 俺は席を立って、女の子に微笑んでそう言った。
自分よりも年下の幼児に励まされて、少しばかり女の子の顔が緩む。
夫人と女の子は屋敷を出て、直ぐに村人達に声をかけ始めた。

 俺はジノを見上げる。
見下ろすジノはフッと笑う。

「生意気な事を言う。
だが、確かにお前の手も借りたい。
村に残って村人達を守って欲しい。
どうやら……敵は魔物だけでは無さそうだ」

 ジノはより顔を一層険しくさせて俺に言う。

「魔族がいる。
恐らく其奴がこの群れを率いているのだ。
ここで仕留めなければ、他の村も犠牲になるだろう。
お前の故郷のように……」

 俺の故郷?
あぁ、って事はオレの生まれ故郷を滅ぼしたのも其奴らか?
だったら仇討ちにもなる訳か。
ジノに拾われる前の記憶は無いから、別段恨みも無い。
だが、産まれた場所がもう地図にも無いってのはなかなか悲しいものだ。

「野放しには出来ない訳だ。
ジノ一人で大丈夫なのか?
俺も一緒に行こうか?」

「いや、私の周りには誰もいない方が良い。
私の魔法で巻き込みかねんからな。
それに、相手はなかなかの手練れかもしれん。
其奴を倒して戻るまで、お前には村で持ち堪えてもらいたい」

 真っ直ぐ俺を見つめて言うジノ。
その目からは強い信頼が見て取れた。

「了解したよ。ただ……」

「ただ?」

 ジノが聞き返す。
俺はニヤッと笑う。

「持ち堪えるまでもなく、殲滅しても構わないんだろ?」

 それを聞いて目を見開くジノ。
そしてフッと笑う。

「構わん。好きにしろ。
ただし、無理はするな。深追いも禁止だ。
村の安全と、お前の身の安全を一番に考えてくれ」

 俺も腕まくりをする。

「了解。
そんじゃあ初の魔物討伐と洒落込みますか」

 俺はブンブン腕を振る。
魔物との戦闘。
それは未経験だ。
しかし、不思議と恐怖はあまり感じない。
村を守るという使命感もある。
しかし、それ以上に、俺は魔法を全開で使える事に胸が高鳴る。
俺は文字通り、“産まれてからずっと”魔導の道を歩み続けた。
その力がどれ程この世界で通じるのか。
試させてもらう。
それに、覚えてないとは言え俺の生まれ故郷の仇だ。

「俺の故郷の仇打ち、させてもらう」

 俺は小さく呟き、ジノともに外へと飛び出した。

 

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