冒険者の日常

翠恋 暁

最悪の前兆

 幾何学きかがく模様の壁や床。
 地下に作られた、数多の階層フロアから、脱出を試みる1つのパーティー。
「何が起きているの?」
 焦る彼らはダンジョンの中を走り続ける。何が起きているのか、何が起ころうとしているのか。
 ダンジョンが、ダンジョンのモンスターがえている。地は揺れ、空気は震えている。普段そこに広がるはなんの変哲も無い壁、床、天井だった。そして今日もそれはいつも通りだと思っていた。そう思っていたかった。
 今やダンジョンは阿鼻叫喚あびきょうかんで埋め尽くされこの世を地獄へと変え続けている。

 ***

 始まりは突然だった。
 突然ダンジョンが震えた。普段は機械のようにぴったりとはまっていてずれないダンジョンの壁や床。それが悲鳴を上げて前後左右へと歪んでいく。
 さかのぼること数百年前、そもそもダンジョンは地上に生きる人間に対して居場所を失ったモンスターが作り上げたものだ。
 地下迷宮、だんだんと拡大していくそれは今どれくらい大きいのかの検討もつかない。それはモンスターが築いた、最高の財産で、最悪の失態だった。
 当然、そんなものができれば人間が黙っているはずもない。ダンジョンの存在に気づいた人間はすぐにダンジョンへの侵攻を開始した。
 その理由はいくつかあるが1番はレベルを上げるためだ。レベルを上げるためには経験値が必要になる。経験値をより多く効率よく手に入れるにはやはりモンスターと戦うのが手っ取り早いのだ。そして、ダンジョンはいわばモンスターの巣窟。そう、全てにおいて都合が良すぎたのだ。モンスターの家だったそこはモンスターと人間の戦場へと姿を変えた。
 そしてここは世界最古と言われている地下迷宮。他の迷宮とは比べ物にならないくらいの規模を誇っている。だからこそこの街には各地から冒険者が集まる。この地はこの世界において経済、文化、技術の最先端をいき、それらの中心である。
 建物なども木造のものはもう指折り数えるほどしかない。
 
  ダンジョン第15階層。
「おい、あそこの壁おかしく無いか」
 整った装備一目でわかる熟練のパーティーの大男が異変に気付いた。
「歪んでる? いや、動いている」
 近くまで寄って確認をした少女はそう告げた。
「……あそこだけじゃない。この壁全部が動いている。と、とりあえずギルドに報告しないと」
 パーティーは来た道を引き返す。
 ダンジョンの壁が動くなど前代未聞の事態であった。
 しかし、ギルドはこのことをあまり大きなこととして取り上げなかった。簡単な処置、その区間への立ち入りを禁止しかしなかった。詳しい調査を何もせずに……それが1番の失敗だった。
 その頃からだろうか、ダンジョン内で行方不明になる冒険者が急激に増えたのだ。時にはダンジョンに潜っていった半数近くの冒険者が行方不明になったこともあった。
「ダンジョンが、動いてる」
 そんな報告も急増した。
 流石に状況が状況になってきて、やっとのことでギルドが動いた。
 この街最強のパーティーに調査をさせようとした。
 でも、当然だが遅すぎた。
「ネロ、あなたのパーティーにダンジョンの捜索そうさくを依頼する。速やかに状況の確認をしてくれ」
 呼び出されギルド長室でいきなりそんなことを言われた。
『ギルド緊急クエスト』
 ギルドが直接個人ないしはパーティーに依頼する。どんなに理不尽なものでも冒険者が断ることは出来ない。仕方のないことなのだ。それが冒険者という職業なのだから。
 例えどんなに僕たちが強くても、この街最強と呼ばれても、ギルドに逆らっては生きていけない。
 最強とはギルドがあるから最強でいられるのだ。
 入ってきた時よりもはるかに重く感じる扉を押し開けた。
「……とのことだ、すぐに準備をするぞ」
 ギルド長室から出た僕はそう仲間に伝えた。
 モンスターの異常発生と思しき現状、上位種の出現の如き死者数の増加、ダンジョン内で一体何が起きているのだろう。

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