その弾丸の行先
第14話 旋転の始まり
7月。夏の暑さが顔を出し始めたハッジタウン。
冷房の効いたグレイホープ邸で、ガツィアは快適な日々を送っていた。
ジアから受け取ったスマホのおかげでキリトの元に戻れたガツィアだが、ひとまずグレイホープ邸に留まる事にした。
適当に闘技場で暴れ、キリトからの仕事もこなす。そんな生活スタイル。
悪くない。ここは、『バッドライナー』に取ってお似合いの場所だから。
それに何より、夏を涼しく乗り切れるというのは大きい。
「くっだらね」
「わふ」
無駄に大きな薄型テレビを前に、溜息をこぼすガツィア。
チャンネルを転々と彷徨うが、どれも面白くない。子犬ですら退屈そうだ。
闘技場はローテーション上、明日までは確実に出番が無い。
キリトの方も、ガツィアが失踪したあの一件から目に見えて仕事を回す頻度が減った。
(…んだよ……あの仕事、一応オーダーには応えたはずだろぉに…)
依頼通りテロリスト共は掃討した。外部組織に関しては「出来るだけ」という話だったし、あの件は「失敗した」とは言わないはずだ。
仕事を回さなくなったのには、何か理由があるのだろうか。
「何にしてもだ…暇だクソッタレ」
ふと、チャンネルを弄る指が止まる。
「…………」
画面に映っていたのは、ハートフルマート、ハトマのCM。
「わふぅ」
「……んだよ」
ハイネの元を離れ、4ヶ月近くが経過した。未だ、未練は絶えない。
「……それなりに感情ってモンがあんだよ。…『俺』にだってな。くだらねぇが」
くだらなくとも、生きるために失ってはいけない物だとも思う。
CMが終わっても、しばらくリモコンを弄れずにいたガツィア。
ふと、テレビ画面がさし変わる。
緊急ニュースだ。
「あん?」
キャスターの慌てっぷりが異常だ。スタジオ全体がざわついている様な音も聞こえる。
「……なっ……!?」
そのニュースは、世界中を震撼させる大事件の幕開けを伝えていた。
✽
時は少し遡り、トレフ大陸エグニア領と魔国タルダルスの国境付近。
人王軍タルダルス国境前線基地。魔国と睨み合うその広大な基地に、甲高いアラートが鳴り響いた。
そのアラートの意味は、敵襲。
魔国側から、何かが国境線を越え、センサーにかかった。
この基地の設置から700年、今までこのアラートが鳴ったのは、たったの2回。
その2回は全てこの10年内の事で、EAの戦力テストと思われる小規模かつ短時間のゲリラ攻撃だった。
1回目は700年の油断とEAの存在を知らなかったがためにこの基地は甚大な被害を被った。
しかし、2回目は違う。侵入してきた6機を物の数分で全て撃退してみせた。
「ふん、一度目の成功を忘れられんかったか、猿共め」
基地の全件を担う老人が嘲笑する。
2回目の襲撃時、指揮を執りEAを撃退したのはこの老人だ。
また、無様に追い返してやろう。
何せ、こちらにはあの時よりも更に質を向上させたGAが、あの時を越える量で配備されている。
今回は撃退と言わず、撃墜・鹵獲すら可能だろう。
「さて」
管制室からの通信。敵数の報告だろう。
「こちらフールラット准将。敵性反応の数は?」
まぁ多くて10程度だろう。…いや、前回あれだけ大敗を喫したのだ。20くらいは出して来るだろうか。
『……多数、です』
「……何?」
『…5つの中隊が編成されている様です…数、出ました。センサーを越えた機体反応数は54…55、56…まだ、続々と……』
「ご、50…?」
思い切った物だ。
というより、そんなにEAが製造されているとは。人王軍が考えていた程、魔国の技術は低くは無かったらしい。
(確かに前回とは桁が違うが……)
慌てる事は無い。EAの性能は充分知っている。
確かにこちらの量産機3,4機分に値する化物だが、腐ってもここは国境防衛の最前線を想定して作られた基地。GA配備数は800を越え、基地自体も多くの武装を施された要塞だ。
「ふん、予約無しの団体様はノーセンキューだと教えてやれ。手始めにプランAの2-C。魔国側から中隊規模の複数戦力が出てきた場合の迎撃プランだ」
図に乗った猿共には反省という言葉を教えてやるべきだ。
老人の執務室にまで届く大きな発射音。このプランではまず、敵へ50発のミサイルによる先制攻撃を浴びせる。
「さて、何機残るかな…」
本格的な戦闘指揮のため、老人は管制室へと向かうべく立ち上がる。
その直後、異変が起きた。
天井の蛍光灯の明かりが、消えた。
「……何?」
デスク上のPCも暗転する。
「……停電?」
馬鹿な。
この基地内の発電施設は民営のそれとは比べ物にならない規模と質を誇る。
発電性GMも民間人でも入手出来るような安物などでは無く、高品質な超量発電性のGMが使われている。
確かに30年前後のスパンで総入れ替えが必要になるが、その入れ替えは2年前に行ったばかり。
「配電システムに異常……?」
いや、それこそ毎日点検されている所だ。
一体、何が起きた?
停電から10秒程で、蛍光灯に光が戻る。
復旧したか、それとも非常用に備えられた旧時代のバッテリーに切り替えられたか。
『じゅ、准将殿!』
「一体何が起こったのだ?」
管制からの報告は、衝撃的な物だった。
『発電施設を始め、基地内のGMが全く機能していません…全てです!GMを組み込んだ機器も、全て…!』
「!?」
『ミサイルも全て不発、…今、GA隊からもGAが動かないと報告が…!』
老人は、その報告を理解できなかった。
何故、そんな事が起きるのか、意味がわからない。
GMは、至高の科学技術。それが、一斉に、何故……
いや、もうこの際そんな事はどうでもいい。この怪現象の理由を探るより、もっと重大な事がある。
「そんな状態で……どう戦えと言うのだ…!?」
✽
(……始まってしまう……)
黄金の巨大騎士、EA『アーテナ』。
そのコックピットで、騎士長アムは操縦桿を強く握りしめた。
カスタムされた装甲を纏ったアーテナは、アトゥロの集団の先頭に立ち、タルダルスとエグニアの国境を、今まさに越えた。
欠尾種への報復戦争。
それが、始まった。
(いくら何でも…早すぎる…!)
Gジャマーだけで戦う事になる。
それは覚悟していた。
しかし、たった3台のGジャマーで戦争を始めるなんて、無謀だ。
しかも、アロン派の騎士達の内7名もアビスクロックに残り、その部下達もこの戦争には不参加の意を示した。
この戦いは、ほとんどタルダルスの戦力のみで行われる事になる。
「……!熱源反応!」
国境を越え、もう2kmは進んだのだ。当然、ミサイルが飛んできてもおかしい事は無い。
『全アラーニェ、Gジャマーを展開せよ』
全機に伝わる通信。
その声は、総司令グレインの物。
アムが率いる中隊の中央、そこには、3機の特殊EAが配置されている。
楕円の機器を背負った六本足のアトゥロ、Gジャマー搭載機『アラーニェ』。
その3機のGジャマーが連結される事で、得られる魔石磁場は実に半径34km。
グレインの指示を受けてすぐに、アラーニェの背負った楕円の機器、Gジャマーの上半分が六等分に展開する。まるで蕾が開花する様に。
そして、起動する。魔国の命運を握る兵器、Gジャマーが。
『GMジャミングフィールドの展開を確認した。飛んでくるミサイルからも熱源反応が急速に消えている。最早あれは慣性のままに飛んでいるだけの鉄塊だ。対空射撃隊、撃ち払え。先頭隊は10秒後にブースト加速を使用、欠尾種共の基地を強襲せよ』
「了解、しました…!」
アムは一瞬だけ目を閉じ、そして見据える。目の前の、破壊対象を。平和への障壁を。
深く息を吸い、決める。
多くの命を踏み砕き、その屍の上に立つ覚悟を。
欠尾種から、平和な世界を取り戻すために、彼女は叫ぶ。
「アイアンローズ隊各員へ!ブーストスラスターを展開!目標…欠尾種の軍事拠点!突貫せよ!」
アーテナの太腿と背中の装甲が開き、そこに収まっていたブーストスラスターが点火。
地表スレスレを滑空する形で、全高10mを越える黄金の巨大騎士が駆け抜ける。
その背に続き、アムの隊に属する10を越えるアトゥロ達も続く。
「『アイギィス』、起動…!」
アーテナの右腕の手甲、そこに埋め込まれた武装、『アイギィス』。それは盾であり、武器。
アーテナ右手甲を中心に、黄金色のビームの膜が吹き出す。その膜はアーテナの巨体を陰に隠し切ってしまう程の巨壁と化す。
巨大なビームシールドでその機体を隠しながら、アーテナは基地の壁へと突進した。
黄金の盾と基地の外壁。その2つが激突する。
衝撃を拡散させるGMで加工されているであろう基地の外壁。Gジャマーの支配下では、ただの壁同然。
700年、基地を守って来た壁が、あっさりと砕け散る。
巻き上がる粉塵。
その粉塵を引き裂き、黄金の騎士を筆頭とした漆黒の巨人達が基地内へと雪崩込む。
「……行くぞ……」
アイギィスを収め、アーテナは腰に収納していた剣装を抜く。
「この星を……取り戻す!」
新星歴1059年7月28日。
戦争が、始まった。
 
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