その弾丸の行先

須方三城

第10話 予兆

 セタン大陸、エグニア本国中央軍事基地。


 その規模は基地というより一つの大都市。軍事関係者が不自由せず従事し続けられる様、膨大な敷地内には医療施設・商業施設は当然、果ては教育機関まで存在する。子がここで生まれ、その生涯この基地内から出る事無くまともな人生を送れるだけの施設が存在しているのだ。


 そんな軍事都市とも言えるこの中央基地の中には、大きな研究施設も存在する。軍事基地なのだから当然だ。


 人王軍中佐、ギリアム=マッドポッドは研究所内のある一画を目指していた。


 そこは、様々な研究の『実験素体』にあてがわれる『寮』。通称『ケース』。


 ギリアムは『ASHIDO』のプレートが貼り付けられた厚い扉を見つけ、開ける。


「んぉ?」


 間抜けな声で出迎えてくれたのは、赤髪の青年、アシドだ。


 絢爛豪華な室内に用意されたソファーに寝転がったアシドの首と両手首には機械のリング。あのリングは、それ一つでGM未使用の装甲車なら粉微塵に吹き飛ばせる様な爆弾だ。実験素体の暴走に備えて取り付けられている代物。


「こりゃまた随分久しぶりな面だなぁおい」
「そうだな、一ヶ月近いか。……ふむ、やはり国のトップが推す実験の『完成に最も近い素体』ともなると、ケースの待遇も破格だな」


 いちいち豪華な家具の類を見回しながら、ギリアムは半ば呆れた様な表情を見せる。


「まぁな。よこせっつったら次々持ってきやがる。富豪のガキになった気分だ」


 人王軍としては、貴重な完成に近い素体であるアシドを殺したくは無い。首と両手首の爆弾は、あくまで暴走などに備えた緊急時の物でしかない。なのにワガママをこじらせて反逆されて止む終えず爆殺なんて展開は望ましいハズもない。


 だから、妙な気を起こさせないよう、彼のオーダーには全力で応えるのだ。


「…つぅか、何であんたここにいんだ?マッドポッド中佐サマよぉ。まさか俺のケツでも追っかけて来たのか?」
「私は元々本国の軍人だ。トレフへは出向していたに過ぎない。ここに戻る際、『身辺整理が楽で体の丈夫な者を連れてこい』と言われたからお前に白羽の矢を立てたんだ」
「あっそぉ。丁度良かったな。俺が身内全員ぶっ殺しちまってる様な異常者で」


 アシドはギリアムが来るまで読んでいたであろうグラビア雑誌をもう一度手に取り熟読し始める。


「つぅかマジでここの待遇はいいぜ中佐サマ。まともに軍人やってた頃の数倍良い。さっきも言ったが、よこせって言やぁなんでも出てくる。デリヘルまで呼べたぜ?」
「そうか、まぁそこだけを聞くのなら羨ましい限りだが、私は御免だな」


 何せ、その待遇と引換に、アシドはその肉体を提供している。狂気の実験の、素体として。


「まぁ先週くらいまでは1日5,6回は血反吐吐いてたが、この前の『調整』でそれも無くなった。最近は戦闘データの採取ばっかだし、俺に取っちゃ天国過ぎて天国地獄だわ」
「相変わらずの戦闘狂の様だな」
「そりゃあ命なんてモンを使った贅沢な遊びだからな。むしろ何で他の連中がハマんねぇのかがわかんねぇ」
「だから、狂っていると言われるのだろう」
「違ぇねぇ。…つぅか、何でここに来たんだよ中佐サマ」
「現存する中で最も段階を重ねた『獣人ビースト』がどんなものか、見に来ただけだ」
「……見てくれは特に変わっちゃいねぇぞ。残念だったな」
「中身も大して変わっていない様だがな」


 本当に様子を見に来ただけらしく、ギリアムはもう帰ろうと扉に手をかけた。


「まぁ待てよ中佐サマ。ちょっと前々から気になってた事思い出したから、ちょっと答えてけよ」
「……何だ?」


 アシドは雑誌を放り、スっと自身の胸を指で示す。


「何で、こんなトチ狂った実験の発想が出てきやがったのか、だ」
「…………」
「そりゃそう思わねぇのが無理ってもんだろ?『あんなもん』人体にブチ込もうなんざ、まともじゃねぇにも程がある。…何か面白い背景があるんじゃねぇの?」
「……お前の期待に沿う様な物では無い。私が聞いた話では、根源は4年前のトレフ大陸だ」
「4年前?」
「魔国領から現れた一匹の化物。魔国の連中にやられたらしい傷が原因で人王軍が回収した時には既に死んでいたらしいが…その化物が、この計画の元になっている、という話だ」
「化物、ねぇ……成程、そいつが元になってるから『獣人ビースト』か」 
「そういう事だ。それ以上の話は聞いていない」
「充分だ。興味無くなった。まぁ、その化物とは一発闘ってみたかったがな」
「そうか。では、私はもう行く。もしまた会う機会があれば、何か奢ってやろう」
「おぉ、楽しみにしてるぜ、理想の上司サマ」


 ギリアムが去り、厚い扉が閉ざされる。


 アシドはフゥ、と溜息。


「……『獣人ビースト』がどんなもんか見に来た、ね」


 ギリアムはそんなものに興味を持つタマでは無い。


 あの男が見に来たのは、アシドの様子だろう。


「……教官時代からいちいち露骨なんだよ……親代わりのつもりだか、何だか知らねぇがな」








 ✽






 トレフ大陸、クロウラ。


「どうだ、美味いだろう」
「あぁ、こいつぁイケる」
「わふ!」


 ガツィアはハトマの超絶強面巨漢魔人であるイガルドと共に寂れた定食屋を訪れていた。子犬もセットで。


 今日ハイネはシフトに入っているのだが、ガツィアは休み。こういう日はガツィアは昼食はハイネが作り置きしておいた物を食べるか、適当な店で済ませる事になっている。


 本日は後者。


 ってな訳で子犬と街をブラブラしていたら偶然このイガルドと出会い、イガルドのおすすめの店とやらに来た。


 というのがここまでの簡単な経緯だ。


「繁盛しているとは言い難いが、ここの主人の腕は確かだからな」
「あの犬帽子の飯もかなりのモンだが、この親子丼も負けてねぇ。味だけじゃねぇ、腹にガツンと来やがる」
「食べ物の事は楽しそうに話せるんだな……」


 バイト中の暇な時間、ガツィアはどんな世間話を振られようと大抵一言目に「くっだらねぇ」、二言目か三言目で会話を終わらせに来る。


 人と関わりを持つ事に大して楽しみを見いだせないが故の事だろう。


「わふわふ!」
 こっちの特製そぼろも負けてないぜ!と子犬も上機嫌だ。


「サイドの生姜焼きも最高だな。面の割にゃ良い店知ってるじゃねぇか」
「…面は関係無いだろう」


 まぁ、とりあえず食物の話題なら乗ってくれるというのは同僚的には大きな収穫だ。


 イガルドは己の焼肉定食を食い進めながら、そっちの方面に話を広げてみる事にする。


「ハイネの料理も相当な物なのか。食った事が無いから知らなかった」
「あぁ、その辺の下手な店より充実の食生活を提供しやがる」


 ただしちょっとした事で余計な鉄拳制裁サイドメニューが付いてくるが。


「まぁ、伊達に26まで独身では無いという事だな。それに、幼少期から色々と苦労してきたと聞いた。相応の生活力は有って然るべきだろう」
「苦労?あのノーテンキな暴力万歳がか?」
「ああ、幼くして両親を亡くし、姉と生き別れる形になったとか……詳しくは聞いていないがな」
「……そぉか」


 両親がいない。
 それは、決して珍しい事では無い。


 表面上平和とは言え、テロや凶悪犯罪は日夜横行しているのだ。
 それに巻き込まれないのはあくまで運が良いのであって、決して巻き込まれなくて当然、なんて事は無い。


「……まぁ、苦労ならお前もお前で相当していそうだがな」


 ガツィアはコンビニ店員になれと告げられたあの日、イガルドは血まみれで死にかけているガツィアを見ている。


 更に粗暴な発想や口ぶりから、トトリ程正確では無いにしろ、ガツィアがどんな生き方をしてきたか、大体の察しがついているのだろう。


「あぁ?決めつけてんじゃねぇよ。俺ぁ最近まで大した苦労のねぇ生き方してたっつぅの」


 ハイネにド突かれる生活が始まるまで、ガツィアは自由気ままに生きてきた。


 院にいた頃はもちろん、院を出てからは少しだけ厳しい期間もあったが、それはすぐに解消された。割り切る、という形で。


 引き金を引ける様になってからは、ただ何も考えずに奪うだけの生活。キリトに出会い、その生活は更に高水準な物になった。


 面倒だと思う事はあっても苦労などほんのわずかにしか無かった。


 とても恵まれているとは思わないが、自分が不幸だと感じた事は無い。


「つぅか、あのニコチン店長といいテメェといい、何で俺の素性を大体察しときながらよくもまぁ普通に接して来やがるな」
「……まぁ、店長の目利きとは少し違うが、魔人の直感という奴か。お前には、良い意味で特に思う物を感じ無い」


 魔人の直感。殺意や悪意など自分へ向けられた感情を嗅ぎとるガツィアの嗅覚もそれにあたるのだろう。


「……くっだらねぇな」


 別に自分に対して嫌悪感を持って欲しい訳では無いが、何だろうか。受け入れられている事を、どこかで否定したい自分がいる。


(……またか……)


 事ある事に感じる違和感。


 このコンビニ店員としての現状をどうでもいいという感情と拒絶する感情が同時に混在する。


 まるで自分の中に二つの意思があり、それらが同時に意見を出し合っているがために思考が定まらず不安定にグラついてしまう様な、酩酊感にも似た奇妙な感覚。


 一体、この感覚は何なのだろうか。


 近い内に、この感覚の元を根源として何か大きな崩壊が起こりそうな、そんな嫌な予感もするのだ。


 何かに気付きかけている。
 でも、気付けない。


 崩壊の日は、もう間近だ。








 ✽






「あ、ガツィアさん」


 今日は、知っている顔を偶然によく見る日だと思う。


 家が近所でもない知人の顔を偶然に見るなど、小さな村などにお住まいで無ければそうそうある事では無い。


「わふふ!」


 子犬が嬉しそうに反応する。


 この桃毛の少女は、ガツィアとは逆で動物に無条件で好かれる質なのだろう。


「あー…よぉクソ桃毛。アピア=ウズラ、だっけか」
「違います!アピア=ウィズライf……!……アピア=ハイドアウトです」
「冗談だ。流石に覚えてるっつぅの」


 ついこの間この桃髪桃尾のドピンク魔人少女のおかげで猫スラッシュを浴びる羽目になったのだから、記憶に残っている。


「あ、そうなんですか?…すみません、冗談を言う様な人には見えなかったので…」
「…………まぁな」


 そういえば皮肉はよく言う方だが、他人をからかうための冗談は久々だ。


「何か、最初会った時と大分雰囲気も変わってますよね」


 最初っていつだろうか。未だに思い出せていないが、ここ最近自分に変化を感じた覚えは無い。


「こう、今ならあの時のおじさんをいきなり撃ったりは……すみません、しそうですね……うーん…でも、なんというか…」
「特に思い当たらねぇんなら妙な事言うんじゃねぇ」


 イガルドもそうだが、どいつもこいつも何故こうくだらないお喋りを展開したがるのか。


「……特に用件ねぇんならもぉ行くぞ」
「え、ちょっと待ってくださいよ。少しくらいお話を……」
「何で俺が付き合わなきゃいけないんだよ」
「……寂しいんです」
「はぁ?」


 少しうつむくアピア。


「……私、最近社会勉強という事でこの国に来て、まだ友達とかいないんです。まともな知り合いはあなただけで……」


 ガツィアを「まともな」と表現してよいものだろうか。


 一応この少女はガツィアの傍若無人な土下座要求威嚇射撃を目の当たりにしているはずなのだが。


「それに、またクロちゃんもいなくなっちゃって……私は今、孤独です」


 また逃げたのかよあの猫、とガツィアはアピアの孤独アピールよりそっちを拾ってしまう。


「わふふ」


 少しくらい年上の男らしい優しさブチかませよ、と子犬が鳴く。


 冗談では無い。面倒臭い。それにこの少女には何か関わらない方が良い気もする。


 とは言え、ここでアピアを見捨てて帰れば恒例の尻尾がぶりだろう。


 だからと言ってアピアの気が済むまで話相手になってやるなど、世間話の類が死ぬほど興味無いガツィアに取ってもうマジで非常に面倒臭い。


「仕方無ぇ……あんのクソ黒猫を探してやるよ」
「え、本当ですか!?…でも悪いですよ。何度も迷惑かけてしまって…」
「そのパターンはもぉいい。どぉせテメェが何言おうと探すって選択肢しかねぇんだ」


 尻尾の安全のため、ガツィアは子犬の意図を先読みする能力がついて来た。


 というか前回のデジャヴだ。


「あのクソ黒猫の匂いはまだ大体覚えてる。さっさと見つけんぞ」
「わふん!」


 同居人を持ち、その手料理に舌鼓を打ち、コンビニ店員の職務をそれなりにこなし、同僚と昼飯を食い行き、子犬の指図をすんなりと聞き入れ、知り合いの悩みを解決すべく奔走する。


 ガツィア=バッドライナーの本来の姿を知る者は、今の彼を見て、一体何を思うだろうか。







「その他」の人気作品

コメント

コメントを書く