その弾丸の行先

須方三城

第9話 騎士の休日



 魔国、タルダルス。


「最近、色々と付き合わせて済まないな」
「いえいえ。割と暇なので」


 王城内に設けられた対人格闘用の演習場に、珍しく賑わいが生まれていた。


 麗人と言うに相応しい騎士長アムがここで稽古をする時だけ、見学者や共に稽古に励む者が集う。
 普段はかなり寂れているだけに、アムの人気が伺える。


 本日、アムの相手を努めるのはロイチだ。今日は剣道というスポーツに使われる奇妙な甲冑姿。


「……君は見るたびに仮装をしているな」
「共生国家にいた頃、欠尾種ロアーズの服文化については少々興味があったので。その延長ですかね」
「まぁ、人の趣味は否定しまい」


 互に木刀を構える。


「最近は職務と植物園の事ばかりだったから、体が鈍り切っている。だが、加減はいらんぞ」
「へぇ、加減無しで良いんですか?」
「……ほぅ、まるで加減しなければ私に勝てるとでも言いた気だな」
「どうでしょうね……」


 不敵に笑うロイチ。


 この男はたまにアムをバカにした様な態度というか、からかう様な素振りを見せる。


 それは、ロイチなりに心を開いているという証拠なのだが、アム的にはたまにイラっと来る。


「良いだろう、ならば君が本気で来れる様に、少し賭けをしようじゃないか」
「賭けですか?」
「君がこの手合いに勝ったら、私の権限で叶う範囲で君の望みを一つ聞いてやろう」
「僕が負けたら?」
「そうだな……この演習場の掃除をしてもらおうか」
「家政婦の服を用意する時間はもらえますか?」
「…………好きにしなさい」


 そんな訳で賭けは成立。


 互にただの手合いでは無くなった。


「では、行きます」


 観客達が見守る中、賭け勝負は始った。


 まず仕掛けたのはロイチ。極限まで身を屈め、地を這うように走り出した。


 一瞬でアムの懐へ。アムはそれを受けるべく木刀を下段受けに構えたが、次の瞬間、予想外の事態が発生する。


 ロイチの白い尾がアムの手首を巻き取り、受けの構えを崩した。


「なっ」
「もらいましたよ」


 アムの顎めがけて振り上げられる木刀の一閃。


「このっ…!」
「っうわっとぉ!?」


 アムは瞬時に巻き取られた腕を全力で引きながらバックステップし、ロイチの態勢を崩す事でそれを回避する。


 そしてそのまま木刀を持ち替え、横薙ぎにロイチを狙うが、ロイチは既に尻尾を離して離脱していた。


「……おいロイチ。私は剣戟の稽古を申し込んだはずだが?」


 尻尾を使うのは、どう考えても剣戟の範疇では無い。


「はい。ですが、剣戟『だけの』稽古とは聞いてません、っよ!」


 ロイチが再び仕掛ける。


 木刀同士が交差し、鍔迫り合いになる。


「屁理屈を……!」
「まぁ、剣戟だけでも負けるつもりはありませんが、賭け勝負である以上、僕の得意分野でやらせていただきます」
「……面白い、私があらゆる面で君を上回っている事を証明しよう!」


 この後、ギャラリーのブーイングなんぞなんのその。ロイチは足を掛けたりひたすら背後を取ったり逃げ回ってアムを疲弊させたりと汚い手を連発。


 結果、マジギレしたアムのパイルドライバーで床に頭をめり込まされる事になった。








 数日後。


 EA野外運用演習場。


「……君は今回、わざわざ立候補したそうだな」
『はい』


 通信機越しに響くロイチの声。アムは今、白兵戦メインのアタッチメント武装を装着した漆黒のEA、アトゥロに乗り込んでいる。


 先日の稽古に続き、今回はEA操縦の訓練だ。こちらも久々だ。


 アムには『アーテナ』という専用機があるのだが、それは今大幅なメンテナンス改修中なのでこちらを利用している。


 相対するのはこちらとほぼ同じ武装のアトゥロ。あれにはロイチが乗っている。


『先日のリベンジマッチです』
「ほぅ、ではまた賭け勝負か」
『当然』


 もう上司と部下というか近所の負けず嫌いのガキンチョ同士って感じの関係になりつつある。


 というかあの剣戟で何だかんだギャーギャー楽しそうに勝負する二人を見て以降、周りの評価が既にそんな感じである。


「では、今回はこの演習場の整地でもしてもらうとしよう」
『そう来ると思って体操着は既に装着済みです』
「君は勝つ気が無いのか!?」
『冗談ですよ…………用意はしていますが』
「……まぁいい」


 操縦桿を握り、戦闘準備に入る。


 アトゥロの手に持たせているアサルトライフルに装填されているのはペイント弾だし、刀剣武装の類はEAの装甲を欠損させるのは難しいレベルの代物を使用している。特に命に関わる事は無いまさに演習だ。


「ところで、だ。一つ聞いておきたいんだが、君が万が一勝った時、私に何を要求する?」


 取り決め上、アムの権限で可能な事を一つだけ実行する、という事になっている。


『うーん、そうですねぇ。下衆な事を頼むのは僕の趣味では無いですし、ここは…一生の黒歴史になりそうな「一発芸」でも披露してもらうとかどうでしょう』
「それは充分下衆な要求ではないか…?」


 まぁ良い。対人格闘とは違い、EAの操縦ならアムに一日の長がある。


 負ける事などほぼ有り得ない。


「では、行くぞ。前回の如く無様に散らせて……」


 ピーピー、とコックピット内にアラートが響く。


「え?」


 ディスプレイにerrorの表示。


 ガシャガシャと色々動かすが、アトゥロは反応しない。


「な、何だと……!?」


 どうやら機体の制御系等にエラーが発生したらしい。


『……チャンスの様ですね!』
「なっ!汚いぞ!?ちょっと待つんだ!お…」


 襲い来るロイチのアトゥロ。


 当然、アムに成す術は無かった。








 ✽






 ギャッリーゾ=アイアンローズ。
 銀色の長髪と黄色い尾が特徴的な、魔王軍一のイケメン(自称)騎士だ。


 彼は今、タルダルス王城地下に広がるEAの格納庫にいる。


 漆黒の鎧や武装を取り付けられた量産型EA、アトゥロがズラリと並ぶ。


 その中に、異彩を放つ機体がある。


 騎士用にカスタムチューンされたEA、特機達だ。


 現在、タルダルス・アビスクロックを合わせて38人いる騎士の中で、特機を与えられているのは9人だけ。


 その内の5人が、このタルダルスの騎士である。


「いつ見ても、素晴らしい……」


 ギャッリーゾはこの国に5機しかいない特別なEAの一つを見上げていた。


 その名も『アーテナ』。ギャッリーゾの姉、騎士長アム=アイアンローズの乗機だ。


 全高10mとEA・GAどちらから見ても常軌を逸した巨躯だけでも目立つのに、アムの美しい金髪に合わせた細部に至るまでの金色のカラーリングが更に目を惹かせる。。


 もっとも、今は雄々しい追加装甲が一旦全て取り外され、さながら黄金のマネキンだ。装甲が完璧な状態なら、その姿はまるで中世ヨーロッパの重騎士如く荘厳な外観となる。


装甲フレームが無い状態でもこの美しさ、この雄大さ……流石、姉さんの特機だ」
「そうか?私の趣味では無いのだがな」
「!」


 いつの間にかすぐ後ろにいたギャッリーゾの上司であり姉でもあるアムは、アーテナを見上げ、腕組みをしながら溜息をこぼした。


 今日は身支度が面倒な気分だったのだろう。長い金髪は三つ編みにはされず、ありのままに伸ばされていた。


「出向、ご苦労だった、ギャッリーゾ。おかえり」
「ただいま、姉さん。……にしても、僕は大好きなんだけどなぁ…この『鉄壁女神アーテナ』」
「お前は昔から派手好きだからな」


 親しい者にしか見せない柔らかな表情が、アムの顔に浮かぶ。その表情を向けられたギャッリーゾも口元がほころぶ。


「……あ、そういえば姉さん、僕がアビスクロックに出向してる間に、ちょっと妙な噂を聞いたんだけど」
「?」
「何か、あのロイチとかいう雑務係の事で」
「ああ、ロイチか。……確かに最近は植物園の手伝いやら剣術の稽古やらEAの演習相手やらと色々扱き使ってしまっているな。それがどうかしたのか?」
「……ヤケに親し気だった、って聞いたけど」


 ……ああ、そういう事か。


「下世話な話だな。私と彼はそういう関係では無い……むしろ、許されるのならぶん殴りたい」
「ぶん殴!?……い、いや、姉さんにその気は無くてもさ、向こうは下心ありきだって絶対」
「……お前は、好きな異性を農夫の格好でバカにし、手合わせで汚い戦術を使ってでも勝ちを取りに行き、相手の機体に不具合が生じたのをこれ幸いと強襲するのか」
「姉さん!?姉さんは一体僕がいない間に何をされてたの!?」


 ロイチはいつもへらへらとしているが、意外と情け容赦ない。
 なんというのだろう、優しそうな外道、というのがピッタリか。


 伊達に厳しい過去を背負っちゃいないのだ。


「……更にはあんな勝ち方をしておきながら、きっちり戦利品を要求するのか……」
「え?何どうしたの?姉さんが遠い目をしている!?姉さん?姉さん!?」
「……ああ、済まない。今度は負けない。次は奴を後悔の海に沈めてやる」
「本当に何があったの!?」
「それは聞かないでくれ……」


 まぁ、これ以上この話題に触れない方が良さそうだ。なんというか、姉のイメージが崩れてしまいそうで恐い。


「あれ、騎士長。それにギャッさんじゃないですか」


 ふとかけられた声。


 声の元には、珍しく騎士軍服姿のロイチがいた。細かな部品を積んだ荷車を押している。


「ロイチ=ロストリッパー!貴様何度言えばわかる?僕の名前を略すな!」
「長くないですか?ギャッリーゾって。名前は長いと呼ぶ時に不便だって僕の憧れの人が言ってました」
「ならばその憧れの人とやらに言っておけ、別に不便はしていない!」


 実はアム以外の者は地味にギャッリーゾの名前って呼ぶの面倒だよなーとは思っていたりする。アムもただ単に呼びなれているので苦では無いだけで、決して長く無いと思っている訳では無い。


「というかロイチ貴様、姉さんに何をした!?」
「っ」
「何、と申されますと?」
「ギャ、ギャッリーゾ!この件を詮索する事は禁じる!姉では無く上司としての命令だ!一級特命だ!」
「そこまでするのですか姉さん!?」
「ああ、もしかして先日の一発…」
「ロイチ!君は職務に戻りなさい!」


 息を荒げながらロイチを送り出すアム。こんなに取り乱したアムは滅多に見れない。


 余程キツイ事があったのだろう。それはそれは思い出しただけで布団の中で頭を抱えて心中絶叫してしまう様な事が。


 とりあえず、何か話題を振った方が良さそうだとギャッリーゾは判断する。
 だってロイチを送り出した姉の様子がヤバイのだ。


 何かを思い出してしまったのか、アーテナの脚に手を付いてどんよりとしている。


「そ、そういえば、アーテナはバージョンアップしたKナイトカスタムフレームを実装するって聞いたよ。それに、『アイギィス』もカスタムチューン、『鉄壁』の称号がますますふさわしくなるね」
「…………」


 落ち着いたのか、アムはゆっくりと顔を上げる。いつも通り、麗人の二文字が相応しい凛とした顔に戻っている。


 しかし、その表情はどこか曇っていた。さっきのとは違う。何か、もっと深刻そうな曇りだ。


「私は……兵装技術の進歩が気に入らない」
「……!……仕方ないよ。欠尾種ロアーズのせいだ。全部」
 欠尾種ロアーズの者が書いた書物に「戦争は歴史の花」という表現があるらしい。
 戦う事で技術水準が飛躍的に上がり、日々の営みが活性化してゆく様を皮肉った言葉だ。


 軍用衛星技術から生まれたGPS、殺戮兵器の開発の中で原理が確立された電子レンジ、ミサイルを飛ばすために進化してゆくコンピューター技術。


 現に、魔国でも同じような現象が起きている。


 欠尾種ロアーズと戦うためにGジャマーが研究され、その中で高エネルギー出力エンジンE-ドライブが生まれた。おかげで、魔国で度々問題になっていた電力不足などのエネルギー問題は無くなった。


 更にE-ドライブを動力源としてEAという兵器も生まれた。このEAは僅かな数ではあるが建築作業などにも転用されている。、


 その他にも、様々な魔石加工技術が確立し、生活水準が著しく向上している。


 魔人達が人間だった頃、地球がハロニアだった頃では想像も出来ない様な技術が、兵器面でも日用面でも誕生しているのだ。


 欠尾種ロアーズが持ち込んだ戦争という文化が、魔人達に目を見張る様な技術革新をもたらした。


「……これが、先人達の望んだ未来なのか?」


 心優しき、争いを嫌う祖霊達が、本当にこんな技術発展を望んだだろうか。


「違う、だろうね。だから、僕らがどうにかしなきゃいけない、この現在を」


 欠尾種ロアーズがいる限り、平和なハロニアには戻れない。だから、魔国は戦う。ハロニアを取り戻すために。


「Gジャマーさえ完成すれば、全部終わるよ。姉さん」
「Gジャマーだけで、終わらせられるのか……?」
「アロン様の言葉を気にしているの?」
「……ああ。それに、嫌な予感もする」


 アーテナを見上げるアムの目に、確かな未来など見えはしない。


 それでも一つだけわかっている事がある。


 アムはこの機体で、世界の大きな変革に加担する。


 そして、目にするのだろう。


 旋転の先にある、結末を。








 ✽






「ダメだわ。見つかんねぇよって話。あのバカ」


 夜とは思えない程に光に満ち、雑踏に溢れる繁華街。


 ジアは人ごみに混ざりながらキリトと電話越しに話していた。


「この辺を仕切ってるヤクザ者に情報を『提供させた』が、この辺で裏のシノギやってる奴に灰髪の魔人なんざいねぇって話だ」
『もしガツィアがそこで独自のパイプを築いているのならすぐ見つかると踏んだんだがな……こちらからもそれらしい情報は確認出来ない』
「……お前の情報網にも引っかからない、ねぇ…」


 裏の業界というものは噂の広まる速度が尋常では無い。


 情報戦を制する事が裏稼業に置いては大きなアドバンテージになる。小さな情報でも、それを得るのが一日早いかどうかで儲けが一桁変わる事だってあるのだ。


 故に、噂なんて不確定な情報でも、すぐさま世界中の裏側に広まってゆく。


 ガツィアがこちら側で何かしらの活動をしているのなら、発見は容易とまではいかなくともそう難しい事では無いはずなのだ。


 しかし、この界隈で有力な組織を叩いてここ最近の情報を洗いざらい提供させても、ガツィアらしき男の情報は一切存在しなかった。


「あのバカが活動してるなら、噂の一つも立たないなんて事は無いって話…だよな」
『ああ、バカだからな』


 本能が服を着て歩いている様なバカだ。


 傭兵をやっているのなら、その仕事っぷりに噂の一つくらい転がるはずだ。


 現に、キリトがどれだけガツィアの仕事跡の情報的後処理を行っても、敵対者には容赦などしない『死の弾丸』のやり過ぎっぷりは噂になっていた。


 護衛対象の幼い少女の目の前で殺害目標全員の頭を吹っ飛ばすという幼子にはトラウマ必至な事をやりやがったとか、テログループのリーダーを暗殺する仕事でグループ員に攻撃を受けたからその攻撃に参加した奴を全員殺したとか。


 まぁ殺しを楽しむ異常者では無いのだが、本当に考え無しに行動しやがるのだ、あのバカは。


「……あいつ、もう死んでんじゃねぇの?って話」
『…………』
「それか……まぁ有り得ないが、まっとうに働いてる、とか」
『まっとう?』


 ふと、ジアの視界にクロウラでは全国的な大手コンビニチェーン店が目に入る。


「……コンビニの店員、とか」
『ありえない』
「冗談だって話」


 もしコンビニとかで普通に働いているのなら、こっち側で噂など立つはずもない。キリトの情報網に引っかからないのも頷ける。


 だが、ガツィアを知る者からして、それは絶対にありえない。四月一日に「明日から氷河期になります」とか言われる方がまだ信じられる。


 だって、まずあの凶悪な面構えな時点で雇う者なんぞいないだろう。更に無戸籍と来たものだ。住所も無い。何よりあいつ自身そんな所で働こうなんて考えるはずが無い。


『そもそも、あいつは「そういう生き方が出来ない理由」がある』
「?」
『あいつは、「誰かさん」に似て「弱い」んだ』
「……よくわかんねぇって話」
『わからなくていい。とにかく、あいつ自身それに気付かない程バカでは無いはずだ』
「…まぁ、次の仕事はまたこの国なんだろって話。この国にいる間は、それとなく捜索してやるよって話だ」
『ああ、頼む』


 通話を切り、ジアは呆れた様に溜息。


「……らしくねぇって話だ、キリア」


 冷静に状況をまとめれば、ガツィアが生きている可能性はほぼ0だと猿でもわかる。


 いつものキリトなら、そんな可能性のためにジアを動かしたりはしない。


(やっぱ、ガキなんじゃねぇの?って話)


 少なくとも、赤の他人という線は無いという事は確定的だ。


 ……まぁ、死んでるなら死んでるで、その証拠を見つける必要がある。じゃないとキリトはいつまでもガツィアに縛られそうだ。


(……仮に、あいつが生きてるとすれば……)


 何者かに何らかの理由で監禁、もしくは保護されている。
 それか、本当にコンビニ店員でもやって、お天道様の下で生きているのか。


 前者はあまり現実的では無い。後者はかなり現実的では無い。


(…やっぱ、死体を探すつもりで行った方が良さそうだなって話)


 友と言えるキリトが冷静さを欠く程の事。


 出来れば、生きている方に賭けたい物だ。 



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