その弾丸の行先
第6話 店員の業務、騎士の雑務
ガツィアのバイト生活が始まって、今日で二日目。
「……おう、合計で390Cだ」
「おい君、客にその口の聞き方は……」
「あぁん?」
ガツィアに睨まれた30代くらいのおっさんは一瞬で縮み上がってしまう。
「……あの、…その…」
「…んだよ。何か文句あんのかよ」
「大有りだよ!」
「ぐぁっはぁぁっ!?」
ガツィアの脇腹にハイネの足刀が突き刺さる。ヒーローショーの役者もびっくりのキレっキレの一撃。ただ殺陣と違って相手に直撃しているが。
「あ、またつい本気の一撃が……」
目の前で普通のコンビニ店員が恐いコンビニ店員を蹴り倒した。もう見ているおっさんは気が気で無い。
「い……犬帽子…、テメェ、クソしに行ってたんじゃ……ぐはぁ…」
「クソ言わない!ちょっとトイレ行ってただけ!」
「クソじゃねぇか……」
「小さい方ですー!」
どっちでもいいから助けてください、おっさんはそう言いた気におろおろしている。
「……二人共、ちょっとどいてろ。お客様、ポイントカードはお持ちですか?」
二人を押しのけ、一番見た目がいかついイガルドが丁寧に会計を行う。
「あ、ありがとうございます……顔は滅茶苦茶怖いけど、まともな人がいて助かった……」
「……………………1000Cお預かりします」
イガルドはちょっとしょんぼりしながら会計を済ませ、おっさんを送り出す。
体の内側はまだまだズタボロなガツィアは未だに脇腹を抱えて膝を付いている。
「…一応言っておくが、さっきのはお前が悪いぞ、ガツィア」
「くっ…そぉだとしてもだ……いきなり足刀ってテメェ……重傷人をサンドバックにするのはそんなに痛快か、このクソッタレ……」
昨日も散々殴る蹴るされたし、今日もこれで2回目の暴行である。
「わ、私だって好きでやってる訳じゃ…つい手や足が出てしまうというか……」
「ハイネはもう26歳だ。未だに彼氏一人出来ない焦りを、お前への暴力で発散して……」
「ないから!変な事言ってると二人とも殴るよ!?」
「「…………」」
「あ……」
この女は優しいのか理不尽なのかどちらかにして貰えないだろうか。
(ってかこの犬帽子、26なのかよ……)
意外というか、外見的にも精神的にもそうは見えない。
「おーおー、灰かぶりの様子を見るに、またやったね。暴力乙女は行き遅れるよ」
客と入れ違いで入店したのは、このコンビニのボス、トトリ。
「あれ、トトリさん、今日は出かけるって……っていうかさっきの発言は何!?」
「そーよ。そしてまんま言葉通りよ」
飾り気の無い私服姿のトトリの手には、大手ケータイショップの袋。
「ま、私の主義は『思い立ったら吉時』ってね。ほい」
その手の袋を、ガツィアへと軽く放り投げる。その中に入っていたのは、犬のストラップの付いたガツィアのスマホ。しかし、歪みや破損が無くなっている。
「な、直ったのか!?」
こいつさえ使えれば、1000万を速攻で支払い、当面の生活資金も確保でき、何よりキリトと連絡がつく。
しかし、お財布モードの残高は0。アドレス帳にはトトリとハイネの二件のみ。
「……んだよ、これ……」
「特別契約のお財布スマホってのは会員制よ。契約時に使った個人情報を提示しないと前の口座には繋げてもらえない。前にも言ったでしょうに」
前のスマホはキリトが契約し、送りつけて来た物。契約時に使われたのはおそらく適当な架空情報。
例えガツィアの個人情報を偽造しても無駄。
「前の個人情報の違法吸い出しをやってみようかと思ったけど、メモリーチップは粉々。到底無理だったわ。前のスマホとは外観以外別物よ」
連絡が取れた方が便利だから、一応ガツィアに持たせておくつもりらしい。
ぬか喜びもいい所だ。チップごと変わっているという事はガツィアのアドレスも変わっている。キリト側から連絡が来るという展開も望めない。
「つぅか、何で犬帽子のアドレスまで入ってんだ?ほぼ四六時中一緒じゃねぇか、こいつ」
ハイネは大体家にいる。ガツィアも大体家で安静(睡眠)。バイトのシフトもしばらくはコンビ状態だ。
「灰かぶり、あんたもその子の尻叩いてやりなよ。家でウダウダしてないで、いい加減に婚活に全力出さないと一生独身コンビニ店員だぞって」
「うっ……ト、トトリさんだって独身じゃん……!」
「今は、ね。バツイチと処女腐りの差はすさまじい物があるわよっての。さぁ、反論があるなら聞きましょうか?」
「むぬぅ……」
ハイネが「つい」の暴力も無く押し黙る。流石は店長と行った所か。
「んじゃ、私は裏で一服…」
トトリが事務室へ向かおうとした時、異様な一団が入店した。
一人の少女を中心に、その周りを三人の黒服の大男が囲むという陣形を組んだ一団。その黒服の一人は魔人だ。
少女の身なりは、バカでも高価な物だとわかるレベルのドレス。屈強な三人のSPを従えた、どこぞのお嬢様。
どう考えてもコンビニで想定される客では無い。この少女が塩おにぎり一つだけ買って帰ろうものなら都市伝説が生まれそうな勢いだ。
トトリは少し口角を上げ、少女の前へ。
「いらっしゃいませ、当店オーナーのトトリ=グッドマインです。『ハートフルサービス』をご利用ですか?」
「ええ。お話は聞いていますわ」
「では、こちらへ」
普段は雑さが声にまでにじみ出しているトトリの面影は無い。どこまでも礼を尽くせそうな、そんな雰囲気を放っている。
そんなトトリは少女とSPを連れ、事務室へと消えていった。
「……んだよ、今のぁ」
「あれ、説明してなかった?ハートフルサービス」
「ニコチン店長もそれ言ってたな。何だそれ」
「その名の通り、ハートフルなサービスだ。まぁ、主にトトリ店長が個人的にやってる副業みたいな物だがな」
ハトマの誇るコンビニ業界内では独自、というかズレたセールスポイント。
それがハートフルサービス。「真に便利なコンビニを体現してみよう」との試みで、トトリがこの一号店のみで試験的に導入した「どんな悩みでも解決してさしあげるサービス」。
「要は何でも屋だね」
「料金は依頼人と店長が話し合い、仕事内容で決まる。まぁ、普通は家事代行やら定期デリバリー販売やら子守やらだが、希に『ああいう客』が来る」
ああいう客、つまり一般とは掛け離れた客。そのお悩み事も、おそらく一般とはかけ離れているのだろう。
トトリには凄まじいコネがある様だし、そのツテだろう。
「家事代行とか探し物とかなら私達、何というかハードなのはトトリさんが解決、っていうのが通例だよ」
「俺たちが動く場合、ちゃんと追加給金が出るぞ。そう悪い物でも無い」
「家事代行ねぇ……」
ガツィアは傭兵だった頃、傭兵という職は何でも屋と考えていが、全ての依頼が万篇なく物騒な傭兵とは大分勝手が違うらしい。
(しかし、ボーナスか…)
金を稼ぐには丁度良さそうだ。
✽
「ロイチ…私は一つ、君に聞きたい事がある」
「何ですか?」
タルダルス王城、騎士長であるアムに特別に与えられた敷地。
そこは彼女の意向で広大な植物園になっている。
騎士長アムとその部下の騎士であるロイチは今、そこにいる。
「君、意外と雑務を楽しんでいるのか」
「えぇ。まぁ」
アムがそう思った理由は、ロイチの服装。米農家で作業してても違和感が無い姿だ。
初見で「どこの農夫だ貴様は」と心中突っ込みを入れてしまった程だ。
「基本何事も楽しんでみる性分なので。好き嫌いはしない、と言いますか」
ガツィアと同じだ。何事も選り好みはしない。どれだけくだらないと思っても。
彼との違いは、そのくだらない事へのモチベーションを保つために色々創意工夫する所か。
現在、ロイチは一兵卒数名と共に新しい植物の搬入作業を手伝っている。
「……私は暇な者は手伝ってくれ、と呼びかけたんだがな」
「まぁ、する事が無かったといえばその通りなので」
「…………なら良いのだが…っと、待ってくれ、それは向こうの個別プランターだ」
「そうなんですか」
「ああ、ハーブ系は生命力が強い。他の種類と同じ土壌に植えると、栄養を独り占めして他の物が枯れてしまう事があるんだ」
「へぇ、詳しいんですね」
「この地を植物園にすると決めた時、少し学んでみただけだ。大した事は無い」
「そうですか…ちなみに、これ何て植物なんですか?」
「む、それは……」
…………。
「すまない、見た目だけでは大体の種類しか…勉強不足、か」
「アーティミシア・ワームウッドだそうです。この容器に書いてますよ」
「……なら何故聞いた」
「いえ、まぁイタズラ心といいますか。それと答えられたらまた別の物でやろうかなーとか考えていました」
「……君はそこそこ度胸があるな」
ロイチもガツィアと同じく直感力は高い。この人なら少しくらいイタズラかけても大丈夫そうだなーというのはきちんと分別している。
「しかし、それがアーティミシア・ワームウッドか」
「一応名前は知ってるんですか?」
「ああ。…君は花言葉という物は知っているか?」
「ええ、そういう文化があるという事は」
「花言葉の辞典で名前だけは知っていた。……その花言葉は、『平和』だ」
「……平和、ですか」
だからこそ、アムの記憶にも残っていたのだろう、この植物の名前が。
それは、アムが強く望む物だから。
(望む物、か)
アムの瞳に少しだけ、悲し気な色が混ざる。
もうすぐ、平和を取り戻すための、大きな戦争が始まるかも知れない。
世界は、そんな状況にある。
そうなれば、人命と共に花や草木も燃え散る事になるだろう。
平和を象徴しているこの植物も、戦火の前では無力だ。
「……望まずとも、取り戻さずとも、元々有ったはずの物なのにな」
「…?何か言いました?」
「独り言だ。気にしないでくれ」
さぁ、作業に戻ろう。
世界の事ばかり考えていては、気が滅入ってしまう。
植物に囲まれていると、少しだけ心が安らぐ。
今は、今だけは、暗い世界の事を忘れ、心を清めてくれる植物達と向かい合っていたい。
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