その弾丸の行先
第5話 初出勤の日
死ぬほどやる気の無い顔のガツィア。
そんな顔で、ガツィアは黒地に紫の線でデザイン性が付加された開襟シャツに袖を通す。ボタンを止め、休憩室に1枚だけある全身鏡にその身を映してみる。
「あぁ、クソ似合わねぇ」
「わふぅ……」
足元の子犬も同意見らしく、目もあてらんねぇぜと言いた気だ。
本当にミスマッチだ。
もしガツィアに専属のスタイリストがいたら、この姿を見て卒倒してしまうだろう。
「……まぁ、その内慣れるよ。…………多分」
同じ制服を着た女、ハイネは苦笑気味にそう言って、トレードマークとも言える犬の帽子を被る。
「しっかし……驚いたねぇ」
デスクでタバコを蒸すトトリの表情は、驚愕というより、呆れているという感じだ。
「まさか、二日でここまで動ける様になるなんてねぇ」
「まだ全身くまなく痛ぇけどな」
この程度なら、動ける。そう判断し、ガツィアは今日、初出勤した。
トトリがオーナー兼店長である、このハートフルマート、通称ハトマに。
ガツィアは間違いなくろくでなしに分類される人種だ。まともな所が雇ってくれる訳も無いし、裏稼業を探すにしても、この体では自殺行為。
完治するまで、ガツィアが金を稼げるのはここしか無い。
「私の請求額は覚えてるかい?灰かぶり」
「……1000万Cだろ」
「聞くたびに高すぎると思うよ……」
「そうでもないよハイネ。その灰かぶりは、たった1000万ぽっちで命を拾えたんだからね」
「……あぁ、充分破格値だ」
1000万C。微差はあるが、日本円で約1000万円。
「ウチの時給は900C、1日7時間働いたとして日給は6300C。その半額を支払いに当てていくとして……」
「どぉでもいい。とりあえず1000万払いやそれでイィんだろ?」
「ま、それでよろしい。でも、アバウト9年分の日数かかるけど」
毎日出勤しても完済は9年後。
「アホか。いつまでもここで働く訳ねぇだろ」
「あら、バッくれる気?」
「んなくっだらねぇ真似はしねぇよ。きっちり1000万は払ってやる」
キリトの元にいた頃の様な高収入は無理でも、全快状態のガツィアの戦闘能力なら裏道を行けば引く手数多。
1000万くらい、1,2ヶ月で稼げるだろう。
ここでのバイトは、傷を癒す間だけの生活費稼ぎだ。
「じゃ、さっさとレジ引き継ぎしてきな」
「……なぁ、ニコチン店長。本当に良いのかよ」
「子犬は店の中に出さないなら別に構わないよ」
「違ぇ。尻尾だ。隠さなくて良いのかよ」
魔人の働く店。上辺だけの共生国家クロウラに置いて、それはマイナスイメージだろう。
「別に。現に魔人の店員は3人いるけど、ウチは順風満帆」
人種差別する様なケツの穴の小さい連中に媚びる必要など無い。共生派や尻尾とかどーでもいい層、魔人擁護派などで充分常連を掴んでいる、という事か。
「昔は魔人を毛嫌いする人達から色々あったけど、トトリさんが一人一人色んな手で潰していく内にそれも無くなったしね」
「ハイネ、適切に処理したと言いなさい」
凄腕の元軍医ともなると、どうやら怪しいコネがあり、出る杭を社会的に叩き潰す手段を複数有しているらしい。
「……そぉかよ」
「しっかし、あんた意外と気が回るのねぇ灰かぶり」
「ガツィアだニコチン店長」
「トトリよ灰かぶり」
「……もう一つ、根本的な質問だ。…どぉいう目的があんだよ、俺を雇ったのは」
「別に。あんたみたいなのには、思うところがあるだけさ。元軍医ってのは、ね」
「思うところ…?」
「ま、あんたが余裕出てきたら話してやるよ。さ、行った行った」
「そうだよ。もう引き継ぎの時間。行くよ、ガツィア」
「……あぁ」
初出勤である今日は、ハイネにこの店の勝手を教えてもらう事になっている。
(コンビニ店員……なぁ…)
未だに似合わない職種だと心底思う。しかし、選り好みはしない。生きるために最善を尽くす、どんなくだらない手段を使ってでも。そうやって生きてきた。
(やってやるよ……クソッタレ)
どれだけ似合わなくても、今はこれがベストなのだ。
「…………」
ガツィアとハイネの背を見送りながら、トトリは紫煙を吐き捨てる。
「……軍医ってのは、本当、嫌な仕事なんだよ。知ってたかい?」
そのつぶやきは、誰に向けられた物か。
✽
イガルド=ビッグガイ。
まさに巨漢と表現すべき、熊の様な大男。その尻部に生えるコゲ茶色の尻尾が、彼が魔人である証。
左胸に名札のついたハトマの制服を着て、店の入口側のレジに立っている。
イガルドはレジのディスプレイ上部に表示されるデジタル時計へ目をやる。
「そろそろ引き継ぎか……」
「そっすね」
イガルドの一人言の様なつぶやきに答えたのは、隣のレジに立つ優形の青年。人間だ。
エルジ=サブアクト。ハトマでバイト中の大学生だ。
「俺、今日19時まで何すよねー、交代しません?」
「何か予定があるのか?」
「すげぇ眠いっす」
「…………」
「冗談っすよ」
エルジは欠伸を噛み殺して軽く笑う。
客足が引いた上に担当の仕事も大体片付いた後のレジ程、暇な物は無い。ただ立っているだけ。軽い拷問だ。
「そういや、さっき例の新人見たんすけど、すげぇ恐い面してましたよ。つり目で牙だらけ。狼みたいな」
「ああ、そうだな」
イガルドはその男が血みどろ状態でここに運び込まれた時からその顔を知っている。
イガルドの持つ体細胞活動を活性化させる魔能、「メディカルランナー」が無ければ、トトリの腕を以てしても危ない程の重体だった男。
(二日で動ける様になるとはな……)
同じ魔人から見ても驚異的な回復力だ。
「ま、慣れてるだけで、イガルドさんも中々恐い面してるんですけどね」
「……ああ、そうだな」
引っ越してから近所の子供に泣かれなくなるまで一ヶ月の時間とアメ玉14袋を要した程だ。
ゴツくないだけガツィアの方がマシかも知れない。
「おはよー」
レジカウンターの後ろにある事務室兼休憩室のドアが開き、ハイネと、そして件の強面魔人ガツィアが現れる。
「おは…?もぉ夜だろ犬帽子」
「仕事始めは『おはよう』、終わりは『お疲れ』。時間関係ないの。接客業に関わらずどこもそんなもんだよ。あと、いい加減名前で呼んでくれない?」
この二日間、ガツィアとハイネは同居状態だった訳だが、その間ハイネの呼び名はずっと「犬帽子」だ。
「…………」
ガツィアはイガルドの尾を見る。
「テメェが、恩人その4か?」
その1は子犬、その2はハイネ、その3はトトリの事だ。
「イガルド=ビッグガイだ。…まぁ、恩人と言えばそうなるが、気にするな、ガツィア」
「何で俺の名前を……」
「ガツィア、名札」
「あぁ……」
そういえば、左胸に名札が付いているのだった。
「で、こっちのレジを引き継ぐのはどっちだ?」
「ガツィア。私は横で色々教えながらヘルプ」
「じゃあ、ガツィア、引き継ぎの仕方を教える」
「……おう」
少し、不服そうだ。コンビニで働く事に、まだ気が進まないのだろう。アウェイ感強すぎて、良い気分じゃないという感じか。
それでもガツィアが不満を口にしないのは、今出来る、やるべき事を把握し、本人なりに意思を固めている証だろう。
イガルドは彼の事情を知りはしないが、なんとなく雰囲気で悟る。
生きるためには、飯を食う。飯を食うには金が要る。金を稼ぐ事は、生きる上で必要な事。
だから、そのためにガツィアはくっだらねぇと思う事でもやる。似合わねぇやりたくねぇと言って死んでは元も子も無い。
意地のために死ぬ事ほど、この世でくだらない死に方は無い。
「で、さっきから引き継ぎってなんだよ」
「そのままの意味だ。レジを引き継ぐ」
イガルドは自らの担当するレジのディスプレイ上部を指差す。そこには『BIGGAY』の表示。
「この責任者クリアを押すと、俺の名前が消える」
イガルドがレジのボタンのひとつを押すと、言ったとおりBIGGAYの表示が消えた。
「名札の名前の下、小さいバーコードがあるだろう?」
「ん?おう」
「これを読み込ませる」
ピッという音が鳴り、「BADLINER』と表示される。
「うぉぉ…」
よくわからんが、何かすごい。
「では、後は任せた。お疲れ」
「お疲れさま」
「お疲れーっす」
「…………」
「ほら、ガツィアも」
「あぁん?」
「一緒に働く仲間なんだから、コミュニケーションは大事だよ」
コミュニケーション。ガツィアが今までないがしろにしてきた事。それでも良かった物。
「……お疲れサン」
「ああ」
どうせ、傷が完治すれば二度と関わる事も無いのに、仲良くする必要は無いだろう。
それでも従った理由は二つ。
一つは、少しの期間とはいえここでのやっていく以上、最低限ここに適応すべきだと考えたから。
もう一つは、二日前に刷り込まれたある恐怖。
(動ける様になったとは言え、まだ全身激痛祭りだ。またこの犬帽子に「つい」でど突かちゃ、溜まったもんじゃねぇ……)
普段はとぼけた調子だが、この女、意外と手を出すのが速い。暴力的な意味で。
ガツィアの現状、ハイネに反抗するのは余り得策では無い。
面倒だが、今は言われた通りにしておくのが無難だろう。
✽
エグニア帝国トレフ大陸領。
人王軍に所属していたアシド=リヴァルフレイム元准尉は好戦的過ぎる事で有名だった。
その赤髪は返り血で染めたのでは無いかと噂される程で、軍隊式戦闘術の達人というだけでなく、GA乗りとしても一流。
ついたあだ名は「赤鬼」。
しかし二ヶ月前、上官と揉め事を起こし、その上官を射殺。アシドを取り押さえようとした同隊の仲間7名も殺害、2名に重傷を負わせるという大問題を起こした。
現在、アシドは死刑囚として、独房で暮らしている。
「あー、つまんねぇー」
さっき仕留めたネズミの死体を、折り紙でも折る様な気軽さで折り畳み潰して行く赤髪の青年、アシド。
エグニアは犯罪者の更生など考えてはいない。この独房の設備は、前の地球のそれよりかなり低い水準にある。
文字通り、豚箱だ。ネズミもわんさか湧く。
「弱ぇんだよ、つまんねぇ」
アシドは、別に命を奪うことを渇望する様な快楽殺人者では無い。
彼はただ、戦いたい。
例え自分が死ぬ側に回るとしても、戦えればそれでいい。
こんなネズミでは、彼の戦闘願望は億分の一も満たされない。
とりあえず、グチャグチャの団子状になった肉塊を便器に流し、手についた血や肉片を粗末な蛇口で洗い流す。
「マジつまんねぇ。つまんねぇよこれマジで。あーあ……寝るか自慰以外する事ねぇなーここ。飽きて来た。とりあえず、一発抜いとくか……あー、よっこらせ」
「相変わらず品の無い独り言が多いな、元准尉」
「!」
独房のドアの鉄格子から、見知った男の顔が見えた。
「ありゃま、こりゃあマッドポッド中佐様じゃあございませんかクソッタレ何の用だテメェこら」
ギリアム=マッドポッド。
人王軍中佐であり、軍人学校でのアシドの恩師にあたる人物だ。
「元気そうだな」
「どこが。死にそうだよつまんな過ぎて。で、何?死刑執行日でも決まったか?」
「それなら、私がわざわざ来る必要は無い」
「そりゃあそぉだ。で、マジで何?あんま焦らすと、来世で何するかわかんねぇよ?」
「では、手短に」
格子の隙間から赤い便箋が投げ入れられる。
「あ?」
それは、辞令。
「アシド=リヴァルフレイム准尉。君に軍役復帰を命じる」
「……ふぅん。で、どんなえげつない裏事情?俺みたいな『仲間殺し』を再雇用するなんて。いくら何でも前代未聞なんじゃねぇの」
「……君には、あるプロジェクトへの参加が強制される」
「プロジェクトぉ?」
「何て事は無い。君はただ、その人間離れした強靭な肉体を提供し、戦えば良い」
ギリアムは告げる、その、今の世界をぶち壊すプロジェクトの名を。
「『ビーストフェイズ』……魔国へ攻め入るための、第一段階だ」
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