その弾丸の行先

須方三城

第2話 傭兵の終わり《後編》

 前の地球で、人間は様々な失敗をした。


 人間同士の大戦の前から、地球は環境破壊が深刻化していたらしい。


 故に、この地球には、世界中に「非開発地区」に指定されている森林地域が多く存在する。


 クロウラの内にも40を越える非開発地区がある。


(…テロリストってのぁ、森が好きなのが多いのかねぇ…)


 20m越えの木々が立ち並ぶ森の中、枝から枝へと飛び移りながらガツィアは考える。


 テログループのアジトは、結構な割合で非開発地区にある。


 まぁ、非開発地区自体元々は立ち入り制限区域で、滅多に人が近寄らない。猛獣が多いし。広い所は森域が四方100kmを越える所もあるので、捜査の手も入り辛い。正直、軍警察は潜在的テロリストのために人員を割いてこんな森を捜索する余裕は無い。


 猛獣に対処出来る術さえ有しているのなら、非開発地区は身を隠すには確かに好条件だろう。


 街中のアジトと違い周囲を気にせずにドンパチ出来る分、ガツィア的にも楽で良いが。


 メールからの情報によると、今回のターゲットは前回と同じく魔人のグループ。人数は4人と少数。おそらくは精鋭集団。
 前々から他のテログループとは何か違う妙な動きを見せており、今夜、外部組織から物的支援を受ける予定。何かヤバイ動きを見せる前に叩け、との事。


(相変わらず大した情報力だな)


 流石、本業は情報屋というだけはある。


 依頼人についてはいつも通りガツィアは教えてもらっていない。興味もないが、どうせこの国に暮らす「裏」に精通する金持ちの人間だろうと想像できる。


 表立った戦争が全て終結している現在、この一応の平和を脅かすのはテロか犯罪に限られる。つまり、依頼人はこの近辺に暮らし、自らの安全を確保したいと願う者。
 更にガツィアを動かすには、その辺のサラリーマンの目玉が飛び出す程の額を動かす必要がある。そうまでして、身近な危険を取っ払い、安全を買おうとする者。


 総合すると、この近辺に暮らし、テロリストの極秘情報を手に入れられる相応の地位と財力を持つ者。魔人差別の残るこの国で魔人が豪財を築く事はまず無い。だから依頼人は、この近辺に暮らす金持ちの人間だと想像できるのだ。


(ま、どぉでもいいが)


 ガツィアの仕事はまずテロリスト4人の掃討。その後、テロリスト達に協力する外部組織も今夜叩けるだけ叩く。


(外部組織…どうせ『魔人擁護派テイルガード』の過激派辺りだろ)


 ガツィアは枝から枝へ跳ね回りながら目印の無い森を駆ける。目印は必要ない。ガツィアには、特別な物がある。


人工物つくりもんの匂い…もう少しだな)


 その優れた嗅覚でガツィアは森の中に有り得ない匂いを嗅ぎとる。そして、見つけた。


 ガツィアが立ち止まった枝から、大体50m程先。そこに建つ、小さなプレハブ。小さな、と言っても周りの木々に比べて、だ。高さは大体8~10m程。入口は二つあり、普通のドアとシャッタータイプの大きな入口。明らかにGAの格納を視野に入れたプレハブだ。


 情報によれば、このグループはノマリーを一機保有している。いくら少数組織とは言え一機で何か出来るはずもない。今夜の支援とやらは、おそらくGAの追加だ。


(…GAだろぉが生身だろぉが…狙い撃つ事にゃ変わりねぇ……たぁ言うがよ)


 GAを相手取るのは手間がかかる。可能ならGA搭乗前に仕留めたい。


 しかし、プレハブに窓は無い。


(中がどぉいう状況かもわかんねぇのに、狙撃なんざ出来ねぇ。同じ理由でプレハブに乗り込むってのもアホくせぇ)


 相手は4人。つまり、烏合の衆である可能性は低い。GAに頼らなくても魔能サイだけで充分立ち回れる化物が4人、なんて事もあり得るのだ。


「…………あのプレハブ、どぉやらGM製じゃあ無ぇみてぇだな」


 少し考え、ガツィアは手を広げる。その手から吹き出す青白い光。ファングバレットをライフル型にしてその手に召喚する。GM製じゃないなら、撃つ手はある。


(まずぁ、そこから出て来てもらう)


 下手に刺激すればGAを持ち出される。なら、滅茶苦茶に刺激してパニクらせてやる。


 ガツィアが銃口を向けたのは、プレハブを囲む巨大な木々。スコープは覗かない。完全な狙撃の必要は無い。ガツィアは撃つ。何度も、間を開けずに引き金を引き続ける。ガツィアに取って、50m先の木々の根元を撃つなど、狙撃姿勢を組む必要も無くこなせる作業だ。


 青白い光の弾丸は太い幹をあっさりと突き抜けて行く。銃口の向きを変えながら、いくつもの木々の根本を風穴だらけにしてゆく。


 そして、崩壊が始まる。


 スカスカの根本では、20mを越える木々は自重を支えきれない。


 木々が次々にへし折れ、プレハブへと倒れ掛かる。襲い掛かると表現してもいい勢いだ。


 GM製なら話は別だが、安価な鉄製プレハブに耐えられる物では無い。


 プレハブがアルミ缶の様にグシャグシャに潰されてゆく。


「……ラッキー」


 思ってた以上の潰れ方だ。あの潰れ方じゃあ、GAはプレハブの瓦礫に埋もれてしまっているだろう。


 例えテロリストたちがガツィアの予想を裏切って冷静に行動してもGAは出せない。


 そして嬉しいことに、ガツィアの予定に狂いは無かった。


 歪んだドアを蹴破り、血相を変えた4人の魔人が我先にと飛び出してきた。プレハブという砦の中から、ガツィアの掌の上へ。


「いらっしゃいませー、ってな」


 ライフルの尻を肩に押し当てて、銃身を固定。スコープを覗き込む。呼吸を止め、心臓の鼓動すら抑える。


 ブレなど有り得させない。そんな狙撃姿勢で、ガツィアは狙う。


 4人全員のこめかみや眉間を打ち抜き終えるのに、一分とかからなかった。


「……さっくり終わったな」


 人の命を奪った事に、愉悦も不快も特に見せない。人殺しに特別思う事は無い。所詮ビジネスだ。チキンを食うには鳥を殺す必要が有る。ガツィアの場合、それにターゲットの命が追加されるだけ。


 命は平等でしかない。そんなもんだ。


「……帰るか」


 そうつぶやいた時、


「……っ!」


 鼻を突く、鋭い匂い。これは物理的な匂いでは無い。


 直感的な悪感、ガツィアの本能は、それをわかりやすく嗅覚で処理した。
 知っている、これは、殺意の匂いだ。


「ぐっ…」


 ガツィアは即座に跳ね退いた。


 さっきまで彼が立っていた太い枝が、一瞬で微塵に刻まれる。


 それをやったのは、両手に一本ずつ刀を持った優形の男。白い尾が生えている。魔人だ。


(まだいやがったのか……!?)


 いや、今までキリトの情報が間違っていた事など無い。すぐさま考えつく。


(外部の協力者か!)


 てっきり魔人擁護派テイルガードの人間かと思っていたが、どうやら他の魔人グループと協力関係にあったらしい。


 舌打ちする間も惜しむ様に、ガツィアは着地と同時にライフルを構える。そのスコープ越しに見た物は、目前の白刃。


「っのぁぁ!?」


 反射的に仰け反りながら後方へと全力で跳ね、不格好に受身を取る。頬に一文字の傷が走り、両断されたライフルは元の青い光と化して虚空へ失せる。


「…おや?」


 声、双剣を持つ魔人からだ。


「……ガツィアさん?」


 殺意の匂いが、消えた。


「…あぁん?」


 男は、ガツィアの名を呼んだ。しかも、さん付けで。


 ガツィアはその顔を自分の記憶に照合。すると、少しだけ引っかかった。引っかかった記憶を引っ張り出す。それは、キリトの下に付く前の記憶。幼い頃の…


「テメェ……ロイチか…!」


 幼い頃、ガツィアと共にいた、部下の様であり弟子の様であり相棒の様な存在。
 ロイチ=ロストリッパーがそこにいた。
 その手に持った双剣以外、街中を歩いていても違和感の無い黒髪白尾の青年。


 ロイチ=ロストリッパー、『斬り消し魔ロストリッパー』という異名を持ち、かつてガツィアと共に行動していた男。


「お久しぶりですね。こんな所で再会するとは……というか、いくら10年近く経っているとはいえ、思い出すのに時間掛かり過ぎじゃないですか?かつての相棒を…」
「相棒?金魚のフンの間違いだろぉが。行き倒れ優男」
「ひどい!」


 ビビらせやがってクソッタレ、とガツィアは少しだけ緊張を緩める。しかし、油断はしない。
 かつての関係はどうあれ、そしてロイチに今交戦意志が無くても、状況的に考えてガツィアとロイチは敵対関係にあると考えるのが妥当。


 実際、ロイチはガツィアだと気付くまで本気で殺しに来ていた。


「ところで、ガツィアさんは何でここに?」
「仕事だ。相も変わらずキリトの使いっぱしりだよ」
「へぇ、結局、お互い未だ物騒な世界にいるみたいですね……まぁ、抜けられるはずもありませんが」
「だろぉな」


 ガツィアもロイチも色々と有って無国籍人ゴーストだ。この世界を抜けても、まともな世界で生きていく場所は無い。


「しっかし、『ジア』の野郎にどんな斡旋されたんだテメェは…まさかテロリストやってるたぁな」
「テロリスト?」


 ロイチは少し首をかしげ、「ああ」、と察する。


「成程、勘違いですよ、ガツィアさん」


 あぁん?とガツィアが口にしようとした瞬間、再び現れた。鼻の奥に突き刺さる様な、鋭い殺意の匂いが。


 常人にはまず反応できない速度で、二本の白刃が風を切り裂き、そしてガツィアへ。


 ロイチの持つ双剣は、彼自身の魔能サイ、「プラスクロス」。発動中はロイチの身体能力を跳ね上げる付加効果を持った武装型の魔能サイだ。


 元々魔人の中でも高いポテンシャルを持つロイチがその恩恵を受ける事で、その刃の速力はまさしく疾風。


 しかし、ガツィアの方が速かった。


 ロイチが動く前、殺意を嗅ぎ取った瞬間、すでに動いていた。


 その両手に一丁ずつ拳銃型のファングバレットを出現させ、自らに迫る二つの白刃を正確に迎え撃った。


 刃を撃たれた反動を無理に耐えようとはせず、ロイチは数歩後退。
 ガツィアもロイチから距離を取る。


「っととと……やっぱ不意打ちも効きませんか」
「テメェ……」
「怒らないでくださいよ。あなたと生身でまともに闘りあったら、僕に勝ち目が無いですもん」


 ロイチはフゥ、と溜息をつき、刀を構える。


「……ま、出来れば、あなたとは戦いたくない。僕が今ここにいるのはあなたのおかげなんですから。でも、『魔王軍の人間』として、ここは…ね」
「魔王軍……だぁ?」


 魔王軍、二つの魔人国家の同盟、魔国同盟の有する軍隊だ。


 ガツィアの中で、すべてが繋がる。


「…成程、俺がさっき潰した四人組、テロリストじゃなくて、魔国の連中か」
「はい」


 テロリストを語った魔国同盟の先兵工作員。それが、ガツィアが潰した四人組の正体。


 そして、外部協力者とは、魔王軍。


「せっかくの物資プレゼントが、無駄になっちゃいましたよ」
「荷物運びか…テメェも俺と同じでパシリかよ」
「一応、これでも『騎士』として認められ候位も与えられてますよ、僕。知っての通り、ロクな血筋では無いので一軍人から成り上がりですけど」
「騎士サマかよ…出世街道まっしぐら…ってワケでも無さそうだな」
「ええ、現に、物資運搬の護衛なんてパシリやらされてる訳ですし。成り上がりへの風当たりは余りよろしく無いんです」
「はっ、結局お互いパシリし合って闘り合うってか。笑えねぇ」
「ですね」


 会話を切り、ロイチは回れ右。ガツィアに背を向けて走り出した。その手の双剣で近場の巨木の根幹をパスパと抉り抜きながら。豆腐か何かの様に、気軽に。


「テメェ待…うぉお!?」


 ロイチを追おうとしたガツィアだったが、その行く手に次々と巨木が倒れ降り注ぐ。森という地形を生かした追跡妨害。


「っの…森は大切にしやがれ!」


 とか何とか言うガツィアもついさっき何本かへし折ったばかりである。


 ガツィアは巨木を飛び越えて追うが、ロイチの背中は遠くの闇にフェードアウト寸前だった。


 ロイチは己の魔能サイの恩恵で恐ろしく速く動ける。元々足の速さ的にガツィアは追いつき様が無い。巨木を切り倒したのは一応の足止めより、狙撃妨害の壁役がメインだったのだろう。


「つぅか逃げんなよ!殺し合い再開したのぁテメェだろぉが!つぅか騎士なんだろ!」


 魔王軍の騎士候位は、階級というより称号の意味合いが強い。貴族の証、もしくは、騎士長と魔王が認める程に強い者の証。魔人に貴族という概念が生まれてからそもそも1000年も経っていないが、騎士の比率は前者の方が多い。


 しかし、ロイチは貴族でも何でもない。その力を認められた騎士。


「いやぁ、さっきも言ったけど『生身』じゃあなたには敵いません、って」
 暗闇から響いたガシャッという音。まるでハッチが閉まる様な。


(……!…まさか…)


 ロイチの逃げた方向の暗闇で、緑色の双眼が光る。


 GA、では無い。


「……噂の、『EAイビルアーマー』って奴か…」


『はい』


 拡声器を通して放たれるロイチの声。


『本来は工作員へのプレゼントですが、もう渡す相手はいませんし』


 闇から現れたのは、闇より黒い、6m程の巨人。


「なっ」


 ガツィアは驚愕に目を剥く。噂には聞いていたが、お目にかかるのは初だったからだ。


 本当に、ただの巨人だ。
 スレンダーな八頭身の体躯には、機械的要素が見当たらない。のっぺりとした黒い膜の様な装甲。関節はあるが、ジョイント部分が見当たらない。生物の皮膚の様な、伸縮性を持った装甲がその全身を包んでいるのだ。


「マジか……」


 EAイビルアーマー、『アトゥロ』。『漆黒』の名に相応しい姿。


 GAはGMで作られ、GADで動く。それはGM工学に基づいた立派な科学。


 EAは元々この星にあった、超常現象を引き起こす鉱物、『ECイビルクリスタル』、別名『魔石』で作られたエンジン『E-ドライブ』で動く。


 EAとは、『科学的では無い機動兵器』。魔動兵器とも言われる。


 魔国がここ2世紀程の間研究開発しているロボットだ。


 量産はされているものの、その数は100も無く、今の所実戦投入の記録は2回のみ。


『全く、あなたが出張って来たという事は、この作戦は情報が漏洩していたという事ですね。テロに偽装した量産機アトゥロ用の新武装の運用実験』
「…………」
『あなたのそんな表情初めて見ましたよ。あなたでも、焦るんですね』


 一体、このアトゥロというEAは、どこをどう撃てば良いのだろうか。E-ドライブとやらがあるであろうブロックがどこなのか、見当もつかないし、わかったとしてもアトゥロの表面にはボルトどころかまともなジョイントすら無い。


 生身のガツィアに、EAと闘う術は無い。


『実はこのアトゥロ、あのプレハブに運んでから外装と武装を取り付ける予定だったので、「魔動兵装サイ・ブラスト」どころかロクな武装一つついていない状態なんですよね、今』


 魔眼、そう表現しても違和感無いアトゥロの緑眼が、ガツィアを捉える。
『趣味じゃありませんが、殴り殺すしか無いんですよ』


 本意では無い、それだけはわかる、ロイチの申し訳なさそうな声。しかし、立場上、敵対するしかない。


『すいません…ガツィアさん』
「っ…」


 ガツィアは両手の拳銃を消し、すぐ近くの木へと駆け登る。


 まともに闘う事すらまず不可能。逃げるしかない。


 しかし、逃げる事すら不可能だった。


 アトゥロも、跳んだ。その太腿部分の装甲を開放し、ブーストスラスターを点火、一瞬でガツィアに追いついた。


「っ!?」
『飛行は不可能ですが、これくらいなら出来ますよ』


 空中、アトゥロの漆黒の拳がガツィアへ降りかかる。


 ガツィアは全力で木を蹴り付け、それを回避。無事着地するが、息を付く暇は無い。


 巨人が、降ってくる。月光の薄明かりを遮る様に、ガツィアを影が包み込む。


「クソッタレが…!!」


 地面を転がる形で巨人の踏撃を回避する。巨人の着地点の土が大きく弾ける。


 ダメだ。さっきのブースト加速からは逃げれそうも無い。さらにあの機械とは思えない実に生物地味たなめらかな動き。かなりヤバイ。勝機が、見えない。


 しかし、逃げれない以上、選択肢は一つだ。


 ガツィアはその手に大きなガトリング砲を顕現させる。
 ファングバレットの中で最も口径が大きく、最も手数が多い。


 しかし、このガトリング砲もアトゥロから見れば豆鉄砲と大差無いだろう。


『あなたを嬲るのは、心が痛みます』
「……なら見逃せよ、元相棒サンよぉ……」
『そうしたいのは山々です。でも、部下の手前、ね』


 この先の闇の中に、運搬役の部下がいるのだろう。


 部下の前で、公私混同はしない。出来ない。


「クソッタレめ……!」


 まぁ、元々見逃してもらえるなんて期待しちゃいない。
 やるしかない。


 ガトリング砲を、乱射する。青白い光の雨が水平に降り注ぐ。


 予想通り、全て弾かれる。傷一つ付けられはしない。


 巨人が動く。ブーストスラスターによる加速無しでも充分速い。


「くっ」


 ガトリング砲を投げ捨て、ガツィアは回避に専念。


 ガツィアを捉えきれなかった漆黒の拳はいとも簡単に巨木へと突き刺さった。


 あんなパワーで殴られてはただでは済まない。


(どぉする…!?)


 答えは、浮かばない。何も、出来ない。


 敵うはずが無いのだ。あんな、超常の塊に。


 そんな事はおかまい無しに、巨人は追撃を続ける。


「クソが…ロボットが蹴りかまして来るなんて聞いた事ねぇぞ!?」


 少なくとも、GAに関しては脚部はあくまでバランス保持装置であり移動手段だ。しかし、アトゥロはどこの武芸の達人だと言いたくなる様な見事な回し蹴りを披露する。蹴りを受けた巨木が、簡単にへし折られる。


『ガツィアさん、大人しくして下さい。勝目が無い事は、わかるでしょう』
「…あぁ、嫌になるなぁ全く…!」


 その手にライフルを顕現させる。狙うは、顔面の緑眼。メインカメラ。しかし、その弾丸すら弾かれる。


『無駄です。このアトゥロに、魔能サイで破壊出来る部位は存在しません』


 それでも、ガツィアは抗う、隙を見て逃げる事も視野に入れながら、あの巨人をどうにかする方法を探す。絶対に、死ぬまでは死を認めない。


『死への抵抗、ですか。やはり、あなたは変わらない。僕の憧れた、昔のあなたのままだ』
「そぉかよ……死ぬ程どぉでもいい」
『…………では、行きます』


 漆黒の巨人の堅い拳が振り上げられ、再開される。
 まともな戦いになるはずもない、生身の傭兵と、非科学の巨塊の戦いが。




 ✽




「が……ふぅ……」
 クロウラの街中を、転々と血を落としながら、ガツィアがフラフラと歩く。


 降り積もる雪が、彼の僅かに残っていた体力を冷酷に削ぎ落としてゆく。


 何が起きたか、ガツィア自身はっきりと覚えていない。覚えていたとしても、今の千切れかけの意識レベルでは、まずまともに思い出せない。数秒前の記憶すら曖昧だ。


 彼自身は覚えてはいないが、あの後、ロイチの乗るEAに一発をもらい、そこから芋蔓式に何発も喰らい、追撃のアッパーで冗談の様な吹っ飛ばされ方をした。そのダメージは甚大だったが、おかげでアトゥロと距離が取れた。そこから、一心不乱に逃亡し、現在に至る。


 奇跡的な延命。しかし、それは風前の灯火。


(……マズイ、なぁ……ク…ソが……)


 一歩進むたび、全身が激しく軋む。


 超硬度の鉄塊で何発も殴られたのだから、体中の筋肉繊維がミンチ状になっていても何ら不思議では無い。


(気に食わねぇ……が…、仕方…ねぇ)


 キリトに助けを求めよう。奴のコネなら、この辺りにも奴の知り合いがいるはずだ。


 犬のストラップが付いたスマホを取り出し、ガツィアは力無く舌打ちした。


 ディスプレイが完全に粉砕され、少し形も歪んでいる。当然、ウンともスンとも言わない。


 そりゃあ、あんだけボコボコにさりゃこうなる。むしろこの程度の損壊だったのが奇跡だ。


(……終わったな、…こいつぁ…)


 もう役に立つはずも無いスマホをポケットに突っ込む。投げ捨てても良かったが、そんな余力は無い。


 行く宛も無く、ガツィアは弱々しく歩を進める。


 生き残る術は、思いつかない。


 だが、命尽きるまで、せめてもの抵抗として、ガツィアは歩く。


 ここで倒れれば、死しかない。それは嫌だ。


 ただそれだけ。意味は無い。ただの意地。


 まだ生きているんだ。死ぬために倒れたくない。
 しかし、長くは続かない。




 カクン、と膝から力が抜け、雪のカーペットが敷かれた路上に倒れてしまう。


(クソッタレ……)


 周囲を通り過ぎて行く人間達は、そんなガツィアに奇異の視線を送るだけ。


 そりゃそうだ、魔人云々以前に、街中に血まみれで倒れてる奴なんて、九割方ろくでなしだろう。


 平和に日和った連中が、進んで手を差し伸べるはずがない。


(あぁ……)


 雪のベッドは、痛い程に冷たく、危険な眠気を誘う。


 口から漏れる白い息が、小さくなってゆく。全身の感覚が、少しずつ断線してゆく。


(我ながら、……くっ…だらねぇ、…最後、だ…)


 覚悟はしていた。
 奪う者と奪われる者に、境界線は無い。


 ガツィアはいつも奪う側だったが、今回は奪われる側に回ってしまった。それだけの事。


(…………)


 ガツィアの傷ついた体を包み隠す様に、雪は降り続く。


 白く染まる視界。
 これは、雪の白さか、それとも……


「わふ!」
(…あぁ?)


 聞きなれた鳴き声。


(クソ犬…か…)


 どういう訳か、ガツィアの居所と危機を悟ったらしい。必死に吠えながら、前足でガツィアの頬を叩く。


(うぜぇよ、クソ犬……)


 最後を看取ってくれるのは犬一匹。
 いや、犬でも看取ってくれる奴がいるだけ、マシなのかも知れない。


(……あぁ……)


 白い世界から逃げる様に、ガツィアは目を閉じた。


(なぁ、…シスター…サーニャ……俺ぁ…主とか…言うのの所に、…行けっかな……?)


 問いかけるのは、遠い日の思い出。
 今でも、ただ一人、愛おしい人。




 これが、一人の傭兵の最後だった。





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