我が家のドリアード

須方三城

我が家のドリアード

 今年大学生デビューしたばかりの俺には、ろくでもない姉がいる。


「キーちゃーんうへへへへー」
「うおっ、酒臭っ…」


 玄関。
 それは本来通り道であり、決して寝床では無い場所。
 ここで寝ようなんて発想は普通湧かない。


 ……その玄関で堂々と寝転がる類人猿が、残念ながら俺の姉だ。


 その名は木梨乃きりの。27歳、独身。主な職は喫茶店のバイト店員、要はフリーター。


 まぁ時代は就職氷河期だ。フリーターなのは仕方無いとしよう。


 凄まじい大酒飲みの癖に酒癖超悪い。自他共に認めるいわゆる両刀。更に重度の子供好き(性的な意味で)。よくわからない事をよくわからないまま進める雑味溢れる性格。面倒事からは瞬時にエスケープ。


 ……少なくとも理想的な姉では無いはずだ。
 少なくとも、俺の理想はそんなに低くない。


 そんなろくでもない姉は、酔っ払って帰ってくる時、よくわからない物をお土産として買ってくる。


 よくわからない置物、よくわからない粉薬、よくわからない装置、よくわからない生物、等々。


 そして今日も、よくわからない土産を俺は覚悟していた。


「ほれ、水」
「うぃー…流石、気が利くぅ」


 両親共にこの馬鹿を相手しようとしないのだ。
 俺がこの姉の世話に慣れるのも当然だろう。


「ひっく、そんなキーちゃんにはぁ…じゃじゃーん!お楽しみのお土産れすよ~」
「楽しみにはしてねぇよ……」


 玄関に寝っ転がる姉がスっと持ち上げた袋を受け取る。


「……草?」


 中身は、小さな小さなプランターに収まった芽吹きたてっぽい双葉。


「なんかねー…こう、いかにも怪しい感じの露店のおじさんがねー……妖精さんだって言ってた」
「また本格的によくわからん物を……ちなみにいくらだよ?」
「100円」


 ……この小さな双葉では100円が高いか安いかイマイチわからない。


 リアクションの取りづらい不親切な値段設定だ。


「なんて言ってたかな~…ドリ……ドリ…ドリアン?だったかなぁ」
「ドリアン?」


 ドリアンって新芽はこんな感じなのだろうか。
 植物には大して詳しく無いからよくわからん。


「大事に育ててー、お姉ちゃんに食べさせてね~」
「まぁそれはいいけど…ビールのつまみにはするなよ」


 確かドリアンとビールはやってはいけない食べ合わせの1つだったはずだ。


 結構前にアンビリバボーか何かでやってた気がする。


「はぁ~い…んじゃ、今宵もよろしくね、弟タクシー」
「……へいへい」
「いえー!せーんろは続くーよー私のお部屋まで~」


 うるせぇ……






 ✽






「…………」
 よくわからない。


 とりあえず、状況を整理しよう。


 今日の講義は3限、つまり13時半から。


 現在時刻は9時48分。
 うん、あと一眠りは出来る。


 だが、余り眠気は残っていないのでこのまま起きて、何かしらに時間を活用するのも良いだろう。


 そういえば、大分前に買って、一応シナリオ全部クリアした後に放置していたRPGがある。


 あれをやり込むのも一興か、と思い、俺はベッドから身を起こした。


 ここまではわかる。結構いつも通りだ。
 ただ、ここからがよくわからない。


「…………」
「あう」
「…………」
「うー」


 何だろう。机の上に何かいる。


 ちょっと見覚えのある小さな安物プランターから、小人的な何かが生えている。


 下半身は土の中に収まっており、腹から上だけが露出している状態。
 見た感じ赤ん坊っぽい。


 その頭頂部には少し見覚えのある双葉。


「…………」


 アレだ。
 あれは確か、昨日姉がお土産として持ってきたドリアンだ。


 ドリアン……なはずだ。
 いや、自信は無い。


 あれをドリアンだと躊躇い無く断言できる奴なんていないはずだ。


「う!」


 う!じゃねーよ。


 どの植物も大抵新芽の成長速度はすごいと聞いたが、それ以前の問題だろう、これは。


「うー」


 何かを欲する様に手をバタつかせるドリアン(?)。その視線をある方向に向ける。


 そこにあったのは、水の入ったコップ。


 あれは昨夜、一応このドリアンに水をあげようと思って入れてきた物の残りだ。


「……水が欲しいのか?」


 俺の言葉の意味がわかったのかはよくわからないが、嬉しそうにうなずくドリアン(?)。


 とりあえずベッドから降り、ドリアン(?)の頭に水をかけてやる事にする。


「うっ!」
「はぁ?」


 一滴程度が頭に落ちた途端、ドリアン(?)は驚いた様な声を上げ、何か「ちゃうねん、それちゃうねん」と言いたげな表情を見せる。


 そして、何か指図する様にあーんと大きく口を開けた。


 ……飲ませろってか。


 植物の癖に妙な水分摂取方法しやがって。


 とにかくドリアン(?)の口に軽くコップをあてがい、ゆっくりと水を流し込む。


 水を飲み干した所で、コップを離してやると、ドリアン(?)は気分良さげに大きくゲップした。


 ちょっと可愛いとは思ったが、よく考えてみるとやっぱりよくわからない。


 とりあえずスマホでドリアンについて調べてみる。


「…………」


 ダメだ。どこにも人型に成長するなんて書いてない。
 知恵袋にも「何かドリアンが人型になったのですが」なんて質問は無い。


 とりあえず自分で知恵袋に質問しておこう。


 題に【緊急】を付けて、回答報酬のコイン500枚くらいにして。


『何か、ドリアンの苗がヤケに人型な上にうーうー鳴くんですが、これはどういう事でしょうか』






 ✽






『精神的ストレスから幻覚・幻聴等が起こる事があるらしいですよ』
「…………」


 講義と講義の合間の小休憩。


 俺はスマホを操作し、回答者が挙げる「オススメの精神科」のリストをスクロールする。


 いくつか回答は寄せられていたが、どれもこれも要約すると「妄想乙」という内容だった。


 精神科リストを作成してくれた回答をベストアンサーに選びながら、少し頭を整理する。


 回答を見る限り、やはりドリアンは人型にはならないのだろう。
 とにかく、これで可能性は絞られた。


 1、俺の心が病んでる。


 2、あのドリアン(?)がおかしい。


 3、俺以外の全てがおかしい。


 出来れば2か3であって欲しい。


 いや、待て。
 まだ慌てる様な時間じゃあない。


 案外、ただの白昼夢だったのかも知れない。


 何か初めてアレを発見してから俺が部屋を出るまでの数時間が経過してもなお、いってらっしゃいと言わんばかりに「あーうー」とか鳴いてたが。


 今日の講義を終え、家に帰ったら普通の苗に戻ってたりとか……






 ✽






「説明しなさい」


 家に帰った俺を出迎えたのは、母の冷めた一言。


「う?」


 う?じゃねぇよ。


 現在地は我が家、キッチンに面したリビング。


 母の隣には、バスタオルを体に巻いた、普通の小学校低学年くらいの体躯の少女。


 肌の色は緑で、髪は黄味の強い黄緑色。
 頭頂部には少し大きくなったが未だに双葉が生えている。


 ……ドリアン(?)は白昼夢では無かったどころか、俺が大学に行っている間にまた急成長を遂げ、ついには足を獲得した様だ。


 そんでその足で我が家を練り歩き、たまたま帰宅した母(キャリアウーマン)に見つかった様だ。


「何?このどっかの漫画の大魔王みたいな肌色の子は」
「俺が聞きたいんですけど……」
「とぼけないで。あなたの部屋の入口、うっすら土の足跡が残ってるわよ」
「…………」


 こんな厄介な状況を作成した上に人の部屋まで汚してるのかこのドリアン(?)は。


「しかも、こんな小さな女の子を裸でうろつかせるなんて……あなたまさか、警察のお世話になるような……」
「それは断じて無いから……あのさ、母さん」


 信じてくれるかは未知数だが、とりあえず順を追って説明してみる。


「……成程ね、よくわかったわ」


 おお、意外とあっさり理解して…
「精神的ストレスから来る錯乱状態ね」
 くれてない。


「…ごめんなさいね。私やお父さんが普段家にいないから、寂しかったのね。それとも、木梨乃の世話が心労に?」
「いや、何か俺がヤバイ精神状態みたいな方向で話固めないでくれる?」
「う?」


 だから、う?じゃねーよ……


「これからは、出来るだけ家族の時間を取れる様にする。だからこの子は元のお家に返してあげなさい。今ならきっと軽い刑で…」
「誘拐じゃないから!信じてマジで!俺意外と嘘つかいないから!」
「あう!」


 よくわかってもいない癖にそれっぽく鳴いてんじゃねーよ!


「……本当に?」
「当然!」


 何か信じてくれそうなノリになったのを俺は見逃さない。


「…………」


 あ、やっぱダメだ。あの目は信じてない人間がする目だ。
 少なくとも母が息子を見る目の温度では無い。


「……わかった。私が理解出来る範囲で勝手に整理するわ。この子は迷子、あなたはそれを保護した。以上。警察には私が迷子を保護しているという届けを出しておきます」


「…………」


 整理というか、そうであって欲しいという願望で処理されてる気がする。


「私は疲れたからもう寝る。夜にまた仕事で出かけるけど……お母さん、あなたの事、ちゃんと愛してるから。あなたは1人じゃないからね?おやすみ」


 ああ、母の中で俺は今、一体どういう評価を受けているのだろう。
 絶対家庭環境のせいで精神的にガタが来てると思われてる。


 大丈夫だから。確かにあんたら全然家にいないけど、その程度でガタが来る程ガキじゃないから。もう18歳だから。エロ本買える年齢だから。


「うー」


 トテトテと俺の足元まで歩いてきて、ズボンを引っ張るドリアン(?)。


「……んだよ、水か?」
「う!」


 元気にうなずきやがる。


 ……こいつのせいで色々誤解が生まれたが、やっぱり子供は可愛く思えてしまうもので、何というか憎めない訳で。


 つぅかマジで何なんだろう、この植物(?)は。


 水を飲ませてやりながら、片手でスマホを操作する。


 少し、検索の仕方を変えてみよう。
 そもそも、これをドリアンと断定したのが早計だった。
 あの泥酔しきったダメ姉の言葉が宛になるはずも無いのだ。


 人型植物で検索をかける。


「……結構いっぱい出てきたな」


 どれも空想上の妖精の類だが。


「ん?」
 1つ、気になる名を見つけた。


「『ドリアード』……」


 それは木の妖精的な物の名前。当然空想上の生き物。
 何か、ドリアンと結構文字が被っている。


 そういえば、姉も最初はドリ以降の文字が思い出せない様な口ぶりだった。


 もしかして、これか?


 水の切れたコップを流しに置きながら、ウィキペディアにあるドリアードのページを読み進める。


 ドリアードとは、緑色の髪をした女性として描かれる事が多いらしい。


「…………」


 このドリアン(?)の髪は黄緑だが、一応緑に含んで良いだろう。そんで、女の子だ。


 肌が緑というのも、何か木や植物の妖精っぽいっちゃそれっぽい。


「……お前、ドリアード、なのか?」
「う?……う!」


 よくわかんないけど…多分そうだよ!、という感じの返答。


「…………」


 木の妖精。


 にわかには信じ難い物だが……


「たっだいまー!珍しく素面のお姉様の帰宅だよキーちゃん!」


 酔っ払ってなくてもややウザいテンションの姉の声。


 どうやらバイトから帰ってきたらしい。


 リビングまでやって来ると、俺と、ドリアン(?)……じゃなくてドリアード(?)の存在に気がついた。


「キーちゃん?その子は?」
「あーえっと……」


 この姉は馬鹿だし、意外とありのままに信じてくれるかも知れない。


 なのでちゃんとここまでの経緯を説明する。


「……キーちゃん、お姉ちゃん、そんなに辛い思いさせちゃってたかな?」


 ええい、何故こんな時に限ってまともな思考をしやがるんだこの姉は。


「……あ、でも」


 己の愚行が弟の負担になっていたと勝手に思い込み反省し始めた姉だったが、何かに気付き、笑顔になる。


「その子が、私の買ってきたドリアンだとしたら…」
「だとしたら何だよ?」
「食べていいの?性的な意味で」
「却下だこのクソ姉」


 勘違いで反省し始めたかと思えば、突然何トチ狂った事を言い出してんだこのアホは。


「えー?いいけどって言ってたじゃん!覚えてるよ私。約束を破るのは良くない!さぁその子をこっちに!」
「う?」
「ふざけんな!目の前で巻き起こる性犯罪を見過ごせるかこのロリコンレズビアン!」
「違うもん!幼いなら女の子に限定しないもん!バイだもん!」


 そうだった。この姉は素面でもかなり厄介な性格(というか性癖)だった。


 無垢なドリアード(?)を守るべく、俺は姉の前に立ちはだかる。


「キーちゃん……お姉ちゃんはキーちゃんの言う事信じてあげる。だからその子をこっちに」
「何べんも言わせんなよこのクソ姉この野郎」


 身内から性犯罪者を出してたまるか。


 姉と弟が互いに敵意を持って対峙した、その時だった。


「うきゅっ」


 ドリアード(?)が、妙な鳴き声を上げた。


「……?どうしたんだよ?」


 何か、頭を抑えて、少し苦しんでいる様にも見える。


「き、キーちゃん?何か様子がおかしいよ?」


 流石にこの状況では姉も真面目になる。


「おい、大丈夫か?」
「う~……」


 少しヤバイかも知れない。


 頭を抑えたまま膝をついてしまった。


 救急車……でいいのか?多分だけどこいつは妖精だ。人間の医療技術でどうこう出来るのか?むしろ逆効果、なんて事に……




 しかし、全て杞憂に終わった。




 ムキュ、っと、間抜けな効果音を伴って、ドリアード(?)の頭部の双葉から、丸い何かが飛び出した。


 いや、飛び出したと思える様な勢いで、生えた。


 それは、細い蔓に支えられた、そこそこ大きな、黄色い果実。表面はトゲトゲがいっぱいだ。


「……これ、ドリアンか?」


 外観は限りなくドリアンっぽい。


「う!」


 何か色々吐き出してすっきりした感じの笑顔を見せるドリアード(?)。


 毛玉を吐き出した猫、って感じだ。


 ドリアード(?)は自身の頭から生える謎の果実をもぎ取ると、「う!」と俺に差し出してきた。


「……くれんの?」
「う!」


 笑顔でうなづくドリアード(?)。


 ドリアンは相当臭うという話だが、このドリアード(?)から生えたドリアン的な果実は甘く良い香りがする。


「良い匂いだねー……キーちゃん、ちょっとそれ食べてみようよ」
「あ、ああ……っていうか、今の怪現象はスルーでいいの?」
「んー?よく考えてみたら、肌が緑って時点で何か色々現実離れしてるし、キーちゃんの話通りとんでもない植物なら、果実くらい生えてもおかしくないんじゃない?」


 順応力が凄まじいな我が姉ながら。


 色々と釈然としないが、言われた通り、とりあえずその果実を切り分けると、果汁溢れる瑞々しい白い果肉が顔を出した。


 味も中々の物で、ドリアード(?)も喜んで食べていた。


 共食いというか、自分自身を食っている様な物では……とも思ったが、あんまりにも美味しそうに食べるので気にしない事にした。








 ✽






「……ただいま」
「おかえり!」


 元気な声で俺を出迎えてくれたのは、あのドリアード(?)。


 このドリアード(?)がウチに来てもう1ヶ月が経つが、その身体的成長は小学校低学年くらいで止まってしまった。


 もうすっかり家に馴染み、ドリアード(?)の中から取って「リア」という名前も付いた。


 日本語も結構話せる様になっていし、姉のお下がりだがちゃんとした服も着ているので、肌の色と頭頂部の双葉以外は普通の女の子と大差無い。


「今日ね、リアね、お母さんに褒められたよ!お片づけのお手伝いしたの!」
「母さん帰ってきてんだ」
「うん!それとね、今日も『リアの実』は美味しいって」


 今でもリアは日に2回あの謎果実を生む。あの果実、毎回味が変わるという謎機能付きで、しかも毎回美味しい。家族共通の楽しみとなりつつある。


 あの果実のおかげで両親に受け入れられるのも早かったのかも知れない。


「良かったな」
「うん!キーちゃんも食べてね!」
「おう」


 しっかしまぁ馴染んだ物だ。


 本当、当初はどうなる事かと思っていたが。


 妹が出来たみたいで、少し楽しい。


 ろくでもない姉にしては、中々良いお土産だった。


 ……ただ、あれから味を占めたのだろう。


 姉の買ってくるよくわからないお土産のよくわからなさ加減が増した事だけは、ちょっとした災難である。


 今の所リアの様なガチで不思議系は無いが、今度はろくでもない「よくわからないお土産」が来そうな悪寒がしてならない。




 まぁ、とにかく、だ。


 ドリアードがいる我が家は、今日も意外と楽しい日々が過ぎていく。






 後日。


「はい、リアちゃんにお土産~」
「キリノ、これ何?」
「子供用の簡易プール。リアちゃん水遊び好きでしょ?」
「うん!ありがとキリノ!」


 姉にしては、随分まともなお土産を……


「あと濡れると透けるスク水」
「リアに近づくなこの変質者!」 


 やっぱりろくでもねぇ。



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