やり過ぎ上等、グレイトリリンのお仕事

須方三城

やり過ぎ上等、グレイトリリンのお仕事

 深夜のあぜ道を、その男は必死に走っていた。


 追われているのだ。


「ば、かな……! 何で俺達『組織』の犯行が……!」


 男の手には、パンパンに膨らんだセカンドバッグ。
 そこには、『組織』のアシストを受け手に入れた大量の戦利品が詰まっている。


「く、クソ……!」


 後方から、チリンチリンという鈴の様な音とライトが迫る。
 どうやら、追っ手がどこかから自転車を入手したらしい。


 あぜ道を平気で走行するという事はマウンテンバイクか、走行アシスト付きの電動自転車か。
 いや、今はそんな事どうでもいい。
 男は無線機を取り出す。


「っ……『シーク1』だ! やべぇ! 今追われてる! サツじゃねぇ! とにかく変なのにだ」
「おーいおいおい。組織ぐるみで『下着ドロ』してる様な連中が、俺を『変なの』呼ばわりたぁどぉいう了見だ」


 後方から聞こえた、やる気0っぽい若い男性の声。
 奴が追っ手だ。


 その姿が、男の視界に入る。


 男の予想通りマウンテンバイクに跨った、赤髪の青年。
 全身黒ずくめのコーディネートに、派手なピアスをしている。
 片手で中型犬くらいが入りそうな大きなバスケットを持っているため、片手運転だ。


「へいへーい。追いついたぜ変態野郎共の下っ端くーん。止まれー。止まらんと轢き殺すぞー」
「誰が止まるか!」
「えー……空気読めよ」


 青年は片手運転のためか、余り速度は出ていない。
 それもそうだ。いくらマウンテンバイクでも、砂利だらけのあぜ道を片手高速運転なんぞしたら、横の田んぼに頭から飛び込む未来が待っている。
 まぁそれでも男よりは速い訳だ。
 もう捕まる。


 そんな時。


 男達の頭上から、巨大な影が田んぼへと舞い降りた。


 作物を踏み敷くその巨体は、実に7メートル近い。
 全身の装甲は白く塗られており、首の無い3等身のフォルム。
 作物を踏んでいるのは脚では無く、脚部の役割を担う4本の太いロボットアーム。
 あのロボットアーム式の脚部により、不安定な地形でも安定して移動できるのだという。
 元は山岳地帯が多い国で開発された物だから、実に理にかなったデザインだろう。


「『ノマリー』、ねぇ……あーあー……ったく、下着ドロまで『GAグレイトアーマー』持ち出してくるなんて、世も末だねぇ」


 しかも、あのロボットの背部にはアタッチメント式の飛行機構フライトユニットが取り付けられている。
 下着ドロなんぞで生計を立てる組織のどこにそんな資金があるのか、と青年は盛大に溜息。


「……どっかの変態貴族でもパトロンにしてやがるな、こりゃあ」
「いつまでも余裕こいてんじゃねぇぞ赤髪!」


 叫ぶ下着ドロ男。


「いやぁ、悪いけど、俺は焦るのは趣味じゃないんだわ。つぅかこの程度で焦るかっつぅの」
「の野郎……! シーク2! この自転車野郎だ! とっととぶっ殺せ!」


 男が無線機に発した声に応じ、ノマリーと呼ばれるロボットが動く。
 人間の目を模した2つのカメラレンズが青年を捉え、そして、その手に内蔵された機関銃を構える。


「『竜鱗リリン』、起きろ、お前の出番だ」


 青年がその手のバスケットを揺らしたのと、ノマリーが発砲を開始したのはほぼ同時だった。


 しかし、ばら蒔かれた弾丸が青年の肉を抉る事は無い。
 何故なら、青年とノマリーの間に、薄いオレンジ色の膜が出現し、弾丸を全て防いでしまったからだ。


「!?」


 膜に触れた弾丸は、溶解し、田んぼの中へ落ちていく。


「……アシャド、私まだ眠い……」
「しゃあねぇだろ。仕事なんだから」


 バスケットの蓋が、ゆっくりと開く。
 そこから現れたのは、


「に、人形……!?」


 そう、人形、っぽい。
 10歳くらいの少女を模した、全長50センチ程の人形。
 人形で無ければ、縮尺がおかしい。


 それだけじゃない「人形でなければおかしい」と思える点は他にもある。


 オレンジ色のその頭髪、その隙間から生えている、2本の角。
 背中から生えている翼、それに尻尾。
 何より、その手足。肘から下と膝から下が、まるで爬虫類の様な鱗で覆われているのだ。


 なのに、その人形は、いかにも生物であるかの様に滑らかに挙動し、欠伸を噛み殺した後涙目まで浮かべている。


「人形じゃねぇよ。ほれ、リリン。やるぞ」
「……うん……」


 オレンジ色の膜が消えると同時、リリンと呼ばれた奇妙な少女が、発光し始める。


「な、なんだ!?」
「ほーれ、ヒーローの変身シーンだ。空気読んで黙って見てろ」


 ま、撃ってきてもこの光が弾くけどな、と光の奥から青年の声が聞こえる。


 少女が放った光はオレンジ色に輝く繭となり、そして、


『さぁ、一丁大暴れしようか』


 スピーカーを通した様な青年の声。


 繭が、内側から裂ける。


「っ……!?」


 現れたのは、ノマリーとほぼ同程度の体躯を誇る、紅蓮の巨人。


 ドラゴンを模した頭部の装飾、雄々しい剛角。
 全体的に細身なシルエットだが、その装甲は決してヤワとは思えない重厚な輝きを放つ。
 機械的な翼と尻尾まで生えている。


 竜人、そういう表現がしっくりと来る、7メートル級のロボット。


紅蓮威徒竜鱗グレイトリリン、速やかに敵機を焼き払うぜ』


 天高くまで登る火柱。


 男は、この光景を一生忘れはしないだろう。








『残り半年……ついに新星歴が始まって3000年の節目を迎える訳ですが、各地ではもう祭典の準備が……』


 テレビが、何やら祭りの準備中っぽい村の中継を映す。


 新星歴。
 3000年くらい前に、『地球人』が『今の地球』に移住してから始まった暦、だそうだ。


 まぁ正直、歴史の話とか興味は無い。
 今、俺の興味が向けられているのは、俺の目の前にいるお姉さんのお説教が、あと29秒で最長記録更新という事だ。


「アシャドさん!? 聞いてるんですか!?」
「どっちかっつぅと、聞いてねぇな」
「んもぉぉう!」


 昼間っから俺を役所に呼びつけ、一向にお茶の一杯も出さずに説教を続ける若い女性。
 この田舎町で安全管理を務める機関の管理職らしいのだが、若いのにまぁ苦労していらっしゃる。


 しかしまぁ、いつもながら長いお説教だ。
 よく飽きないな、と俺は欠伸を噛み殺す。俺の持つバスケットの中でリリンも退屈そうだ。


「いい加減『特別選抜仕置人』としての自覚を持ってください!」
「知らん。そっちが勝手に選んだんだろ」
「ねぇアシャド、まだ続くの?」
「みたいだなー……記録更新10秒前だ」
「記録とかどうでもいいですから! 今回で何個目だと思ってるんですか! リリンちゃんが全焼させた畑!」
「今月入って4個目だな。確かに先月よりペースアップしてら。あと今回は畑じゃなくて水田だぜ管理ちゃん」
「把握してる分タチが悪いですよ! あと私の名前は管理ちゃんじゃなくてセイナです!」
「でも別にいいだろ。クレームの類は来てないって聞いてるし」


 この辺じゃどいつもこいつもアホみたいな数や広さの田んぼや畑を持ってる。
 1個2個焼き払った所で、国から賠償金さえ降りりゃ文句は無いだろう。


「クレームさえ来なきゃいいってモンじゃないんですよう! 上に賠償金要請するの誰だと思ってるんですか!?」
「管理ちゃん」
「本当に把握してる分タチが悪いこの人!」
「今の生活が嫌なら、とっとと俺の行動を制限できるくらい偉くなるこった」
「ぐぬ……」


 俺はこの管理ちゃんよりもずっとずっと『上』の奴から「人さえ殺さなきゃ好きにしていい」と言われてる。
 そんな俺の行動を制限したいなら、そいつより偉くなる事だ。


 俺は、いわゆる元死刑囚。
 囚人管理番号GR-150100、アシャド・コロナ。


 しかし、『リリンがいる限り、誰も俺を殺す事はできない』。
 死刑を執行されようと、俺が死ぬ事は無い。
 俺がその気になれば、刑務所を正面から脱獄する事だってできた。


 そんな俺の手綱を取るために、『上』の連中は俺を『特別なんちゃら』なんて妙なモンに抜擢した訳だ。


 悪い奴を殺さずに捕まえる、正当防衛が認められる状況下以外で人を殺さない。その他、『最低限』の法律は守る。
 その3つの条件さえ満たせば、金も住む場所も提供してくれると言うのだ。
 悪い話じゃなかった。


 そして俺は、今の所その3つの条件に何も違反していない。


 文句を言われる筋合いは、無い。


 まぁそれでも、管理ちゃんの日頃の心労に同情し、出頭命令だけは律儀に聞いてあげている。


「で、話は以上?」
「うぅ……お願いですから、今後は気をつけてくださいよう……」
「善処って便利な言葉だよなー。善処しまーす」
「……絶対善処する気ないですよこの人……」


 お説教最長記録を36秒更新し、俺は解放された。








 新星歴2999年6月。
 まぁいわゆる梅雨だ。


 雨は余り好きじゃないが、嫌い嫌い言ってちゃ乾燥地帯の人に申し訳無い。
 でも、傘とか持ってない日に限って降るから、好きになれないモンは好きになれない。


「アシャド……お菓子食べたい。駄菓子屋いこう。ゲンさんとこ……あそこの特製水飴、好き」
「雨が止んだらなー」


 リリン入りのバスケットを傍らに置き、俺は役所の近くの屋根付きバス停のベンチに腰掛けていた。


 車道と言ってはいるが舗装なんぞされちゃいない、ただ広いだけのあぜ道に水溜りが出来ている。
 その水溜りに絶え間なく刻まれる波紋を見る限り、中々勢いのある雨の様だ。


「アシャド、暇」


 不満そうに、リリンは口から小さな火を吹く。


「奇遇だなー。俺もだよ」


 空を覆う雲はとても分厚そうに見える。
 雨は、しばらく止みそうに無い。


「しりとりしよう」
「お前いつも途中で飽きて辞めるじゃねぇか」
「じゃあ連想ゲーム」
「終わりが見えねぇ遊びはノーセンキューだ」
「じゃんけん」
「最初はグー」
「じゃんけん」
「「ぽん」」
「…………」
「…………」
「アシャド、暇」
「……どっかから傘降って来ねぇかねぇ……」


 少し濡れるのを我慢して役所に戻ろうか。
 そうすりゃテレビと茶と茶菓子はある。


 そんな事を考えていた時だった。


 バス停の前に、一大の黒いバンが止まる。


 その窓が降り、出てきたのは、




 こちらに銃口を向けた、ライフル銃。




「あ?」


 直後、バァンッ……という渇いた銃声の後、俺の視界が暗転した。


 多分、俺の鼻から上が、吹き飛んだ。










「ふん、パンピーが調子に乗るからこうなるのよ」


 ゆっくりと走り出したワゴンの車内。


 緑色の尻尾を生やした中年女性が、銃口から登る硝煙を吹き消しながらつぶやいた。
 その尻尾は、女が『ある人種』である事を示している。


「さっくり終わりましたね」


 運転手の男が汚い笑顔で、尻尾の生えた女性に話しかける。


「へいハンドルマン。ちゃんと前見て運転してよ」
「了解でございますよ。しかし、やっぱりウチの組織は恐いですねぇ」
「いつの時代も変態ってのは恐いのよ。おたくの組織のボスの下着収集しゅみを邪魔したってだけでしょ、あの赤髪。殺っといて難だけど、ちょっと不憫だわ」


 尻尾の生えた中年、彼女は、いわゆる『殺し屋』という物をやっている。
 今回はとある組織のボスに雇われた。


 何でも、その組織のボスは莫大な私財の実に70%を注ぎ込み、組織的に全世界の10代後半から20代前半の女性の下着を盗難させ、収集しているとの事だ。
 女の敵め、と彼女は思う訳だが、金払いさえ良ければ依頼人は選ばない主義だ。


 そして、その組織の下着ドロ活動の一端を邪魔したのが、先程彼女が眉間にライフル弾をブチ込んでやった赤髪の青年。
 何でも昨日、あの青年のせいで組織の末端構成員が逮捕されてしまったそうだ。


 組織は警察に手を回しているため、構成員はもうすぐに釈放されるだろう。
 しかしまぁ、ボスはご立腹な訳である。
 構成員がどうなるか、よりも、その青年のせいで手に入らなかった下着がある、という事に憤怒しているのだ。


 ってな訳で、殺し屋である彼女が雇われた。


「にしても、面会の時のあの怯え様はなんだったのかしらねぇ」


 彼女は、殺しの対象の情報を得るため、現在拘留中の構成員と面会し、話を聞いた。


 その際、構成員はやたら怯えた様子で、「赤髪が……」とか「ドラゴンが……」とかつぶやくだけで、話にならなかった。
 それでも、どうにか「赤髪でバスケットを持ち歩いている」という情報は得られた。


 で、この辺の住人に聞き込んだ所、「そんなんあいつしかいねぇ」とあの青年に行き付いた訳だ。


「ま、あの青年がどんな化物だったか知らないけど、とにかくお仕事完了。スマホ圏内まで飛ばして頂戴。さっさとボスさんに報告してウチに帰りたいわ」


 ふと、彼女が視線を窓の外にやると、


「……え……?」


 幻覚か?
 そう彼女は全力で目をこすった。
 ゆっくり目を開ける。
 まだその光景は広がっていた。


 窓の外、あの赤髪の青年が、並走している。
 いや、並走、では無い。
 よく見ると、何か角やら羽やら尻尾やら生えた縮尺のおかしい空飛ぶ少女に引っ張られて、ワゴンのすぐ傍を飛んでいる。


「なっ……!?」


 青年の顔には、傷1つ付いていない。
 その衣服は血飛沫でしっかりと汚れているのに。


 馬鹿な、確かに眉間を撃ち抜いたはずだ、と女性が驚愕する中。
 青年の蹴りが、ワゴン車の横腹を抉った。


「きゃあ!?」
「むおぉう!?」


 女性と運転手の悲鳴。
 ワゴン車がまるでボールの様にごろんごろんと転がり、横の水田に落下した。


 大きな水飛沫が上がる。


 何が起きているのか全くわからない。
 だが、とにかく不味い事だけはわかる。


 女性はドアをこじ開け、さっさとワゴンから脱出した。
 中々勢いのある雨が、すぐに全身を濡らし始める。


「おうおう、こりゃまた良い感じの大人なお姉さんだねぇおい」


 そんな事を言いながら、青年は広いあぜ道に着地。
 空飛ぶ少女は、羽を畳んでその青年の肩にしがみつく。


「しかも『魔人』か。こりゃ厄介なのに狙われたねぇ」


 青年は女性の尻尾を見て、女性が『魔人』である事を確認する。


「っ……なんなのよ、あんた……私は確かに……」
「俺の眉間を、バーン、っと撃ち抜いた、ってかぁ?」


 ククク、と青年は静かに笑い、自分の眉間をトントンと叩く。


「良い腕してるぜ全く。俺じゃなかったら、死んでたぞ」
「ねぇアシャド、早く済ませようよ……雨、寒い」
「それもそぉだな」
「この……!」


 女性はライフルを構え、そして、引き金を引いた。


 その弾丸は、見事、青年の眉間に着弾し、その鼻から上の肉を丸ごと吹き飛ばす。


 飛び散る鮮血、肉片、脳漿。
 肩の少女はそれを避けるため、瞬間的に青年から飛び、距離を取った。


 顔面の上半分が吹き飛んで、生きていられる人間などいない。


 しかし、青年の笑みは崩れない。


「残念」
「……!?」


 青年の口が、喉が、言葉を発する。
 顔面が半分吹き飛んでいるのに、だ。


「俺は、リリンがいる限り、絶対に死なない」


 傷口から、紅蓮の炎が吹き出し、青年の顔を形成する。
 そして、炎はやがて肉へと代わり、皮膚を作る。


 青年の顔が、元通りに再生した。


「な、何……!?」
「何? 説明が欲しい? ……仕方ねぇなぁ。ここは大人らしい余裕を見せて、一丁説明しよう!」


 軽いノリで、青年は自分の殺意を向ける相手に対し、『説明』を始める。


「『魔能サイ』って奴だよ。『魔人』なら、馴染み深いだろ?」


 魔人。
 それは、尻尾を持つ人種。
 3000年前、この星に地球人の末裔が来る前から暮らしていた、いわばこの星の原住民族。
 亜人種だ。


 地球人との差は、尻尾の有無だけでは無い。
 魔人には『魔能サイ』と呼ばれる一種の『超能力』がある。
 武装型、特殊武装型、自然干渉型、治療型、精神干渉型、擬似生命型、と様々なタイプがあるが、どれも科学の限界を突き破った超然的現象を引き起こす事は変わらない。


「俺の『魔能サイ』は『超特殊擬似生命型』。この、リリンだ」


 そう言って、青年は自分の肩に舞い戻ってきた少女を指差す。


「こいつはいわば、俺の『バックアップ』。そして俺はこいつの『バックアップ』。どちらかが生きてる限り、どちらかが死ぬ事は絶対に無い」
「そんな馬鹿な……!?」
「仕方ねぇじゃん、事実なんだからさ」


 そんな魔能サイ、いくらなんでも有り得ない。
 それに、


「あんた、尻尾が無いじゃない……! 何で魔能サイが使えるのよ!?」
「ん? ああ、尻尾ね。昔虐待されてた時に、その一貫で切り落とされたんだよ」


 割と俺も苦労してんのよ? と青年は笑う。


「で、まぁ俺の説明は以上。今度はそっちの番だぜ。俺を狙った目的とか、色々教えてくれるかな」
「……答える義務は無いわ!」


 女性の言葉と共に、その背後、水田の水が躍り出す。


「おお」
「要するに、そっちのちっさいのとあんた……同時に殺せばイイんでしょ!?」


 女性の背後で完成される、水の巨人。10メートル近くはある。
 泥が混じり、全体的に薄ら茶色く濁っている。


「へぇ、自然干渉型の魔能サイか」
「さぁ、圧死か溺死か! 好きな方を選びなさい!」


 水の巨人が、その拳を振るった。










「ツレないねぇ」


 リリンの能力の1つである、炎のシールドを貼りながら、俺は溜息を吐いた。


 別にあんな水のパンチ、喰らってやっても構わない。
 どうせ死なないし。
 でも一応痛いから、防げる分は防いでおく。


 オレンジ色の膜に衝突した水の拳は、どんどん蒸気と化し、大気へと帰っていく。


「……ま、予想はつくけどさ」


 今まで、結構な数の『悪い奴』お仕事としてを警察に回してきた。
 どうせその中の誰かか、その関係者からの逆恨みだろう。


「くっ……」


 女性は水の巨人に拳を引かせる。


 次はどうくるか。
 待ってやる義理は無い。


「リリン」
「はーい」


 俺のバックアップであり、炎を生み出す。
 そんなリリンの、もう1つの能力を見せてやろう。


 リリンの体が発光し、その光が俺を包む。
 俺の目の前で、リリンが光の粒となり、霧散。


 俺を囲む様に、その光の粒が『別のリリン』を再構成し始める。
 オレンジ一色だったそれは、形を持つと同時、黒や灰、鋼色と、変色。


 眼前に現れるモニターや計器、レバーやボタンの数々。
 一般的なGAグレイトアーマーに乗った事は無いが、多分そのコックピットと構造は近いだろう。


 操縦桿を握り、俺はリリンが変形した『機体』を動かす。
 その紅蓮の装甲に包まれた両腕で、機体を包んでいたオレンジ色の繭を、引き裂く。


「いくぜ、『グレイトリリン』」
『うん』


 コックピット全体に、リリンの声が響く。


 モニターに、外の光景が映る。


「おーおー、驚いてる驚いてる」


 まぁ、驚くだろう。
 いきなり光の繭が現れたと思ったら、その中から7メートル級のロボットが現れたのだから。


 全身を紅蓮の装甲で覆い、その頭部には雄々しい剛角や牙の様な装飾。
 全体的に細身だが、見る者を威圧する重厚な輝き。
 機械的な翼と尻尾も生えている。


 まぁ要するに、リリンをごっつくして、ロボットぽくして、巨大化させた状態だ。


 これがリリンの最大の能力。
 グレイトリリン形態モードである。


「このっ……化物め!」


 女性はヤケクソにでもなったか、とにかく水の巨人を動かした。


 水の拳が、グレイトリリンに迫る。


「さて、さっさと焼き払って、尋問タイムだ」
『わかった』


 リリンの応答の後、小型ディスプレイに『HY TouchPlease』と表示される。
 これにタッチすると、リリンが自動で武装を選択してくれる親切設計だ。
 迷わず俺はディスプレイをタッチする。


炎竜神の鱗グレイトドラゴン・スケイル、起動』


 リリンの音声ガイド。


 グレイトリリンの肩がガパッと開き、そこから7枚のプレートが射出される。


 六角形で、紅蓮のプレート。特にワイヤーやチューブは繋がっていない。
 しかし、それらは重力に逆らい、グレイトリリンの周囲に浮遊する。


 そのプレート1つ1つが薄いオレンジ色の膜、炎のシールドを展開。
 7枚のそれが全て繋がり、1枚の大きなシールドと化す。


 水の拳は先程と同じく、そのシールドを越える事はできない。


「う……」
「さぁ、ここら一帯の水分、全部蒸発させんぞ!」
『わかった』


 そうでもしないとあの水の巨人は攻撃するだけ無駄だろう。


「いくぞオラァ!」


 グレイトリリンの両手から、炎が吹き出す。それはそのまま掌に留まり、球状に変化。
 2つの炎の塊を重ね合わせ、小型の太陽にも見える超高熱の炎球を作る。


「ひっ……」
「安心しろ姉ちゃん! こいつは『人間は燃やさねぇ』様に設定してあるからなぁ!」


 それ以外の物は焼き尽くす。
 まーた管理ちゃんに呼び出し食らうだろうが、仕方無い。
 だってこれ、何か知らんけど『燃やさない物』を設定すればする程、疲れる。


 もうイイじゃん、水田の1個や2個。
 今更じゃん?


「つぅ訳で安心して喰らえ! 『炎竜神のグレイトドラゴン豪炎砲弾・バーストボール』!」


 水田へと着弾した炎球。


 その拡散に伴い誕生した火柱は、上空高くの鉛雲までも吹き飛ばした。












「アァァァァァシャアァァァァアァドォォォォォさぁぁぁぁぁんっっっ!!」
「何なんだよー管理ちゃん。1日に2度も呼び出すとか。何? 俺の事好きなの?」
「アシャド、モテ期?」
「お、いいねぇ」
「違いますよ! 身に覚えあるでしょ!? ねぇ!?」
「あるけど?」
「んもぉぉぉぉぉおおおおおおおおうっ!!」


 1日に2度も役所に呼び出されるとは、飛んだ災難だ。
 身から出た錆? 知らんな。


「本当……もう、お願いしますよ……賠償金要請の書類送るたび、上の方からイヤミったらしい業務連絡が来るんですよう……?」


 相当ストレスが溜まる内容の電話なのだろう。
 管理ちゃんは本当に辟易としている様だ。


 ま、そんな事で悔い改める様なら俺は死刑囚になんぞなっちゃいない。
 それに最近、管理ちゃんが困っているのを見るのが楽しい。
 こう、何だろう、いじめてオーラが見えるというか。S心をくすぐられるというか。


「もう少し穏便に事を運ぶ気にはなれないんですか……?」
「派手なの好きなんだよ、俺ら。なぁリリン」
「うん。スカッとする」
「…………」


 呆れて物も言えない、と言いたげに閉口する管理ちゃん。
 うん、不貞腐れてる顔も中々。


「そんなんだから皆に『田園バスター』とかダサいアダ名つけられるんですよ……」
「え、何それ初耳なんだけど」


 そんなアダ名で呼ばれてんのか、俺。
 ……ま、いいか。正面から呼ばれたら殴るけど。


「で、今回の女性、どうも雇われの殺し屋だったみたいです」
「ふぅん、どこの?」
「昨日あなたが捕まえた下着ドロさん達の、です」
「昨日の今日で? ひゅー、仕事熱心」
「……で、あなたに『上』から指令がきました」
「……こっちも昨日の今日で、仕事熱心だなぁ……」


 管理ちゃんが取り出したのは、A4サイズの厚い茶封筒。
 それを受け取り、中身を確認する。


「お、この企業知ってる」


 記載されていたのは、最近何かと人気の大手衣類メーカーの情報。


「その企業の社長が、随分とハレンチな組織を運営しているそうで……私も被害者です」
「ふぅん……あー、昨日の指令で捕まえた下着ドロの……で、この組織を潰してこい、と?」
「はい。どうやら警察を抱き込んでいる様ですので、我々『平和機関ピースメイカー』が裁きます」
「りょーかい」


 平和機関ピースメイカー
 1000年か2000年前は『戦争を止めるため』に動いていたという組織が、今では下着ドロの帝王みたいなのを相手にしている。


 笑えてくる。
 それくらい今の世界は平和だ、という事だろう。


「んじゃ、一丁行こうぜリリン。久々の都会だぞ」
「おいしいもの食べたい」
「おう、経費でじゃんじゃん食おうぜ」
「アシャドさん!? 一応加減はしてくださいよ!?」
「善処しまーす」
「ちょっとぉ!?」


 さぁ、この平和な世界をそれとなく脅かすくっだらない上にしょーもない犯罪者共を蹴散らそう。


 それが、俺達のお仕事だ。





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