黒翼戦機ムルシェ・ラーゴ

須方三城

9,絶望の断片②

「自分達だけ、のうのうと生き延びる、ってかぁ」


 巨大な青い鬼。
 20メートル程の巨体全身を分厚い装甲が覆う鈍重そうな外見。
 しかしその移動速度は、青い残像が見える程の超スピード。
 頭部には数えるのも容易では無い無数の角。


 ディセス・ヴェラシオンが持つ、鬼としての姿だ。


『そうだ。それが、僕の選択だ』


 白銀の機士、エスパドスを駆り、ソウドはディセスと対峙する。


「……まぁ一応聞いとくがよぉ……わかってんのか、テメェはぁ?」


 青い残像を残し、ディセスが巨体を走らせる。
 一瞬でエスパドスの背後へと回り込み、その手首に収納されていたナイフを開放。
 自身の倍近い体躯を持つエスパドスへと斬りかかる。


 しかし、エスパドスは一瞬にして消失。
 ディセスから遠く離れた地点へと転移した。
 そこで、背負っていた刀剣型の武装を抜く。
 その刀身だけでもディセスの体躯を軽く上回る大剣だ。


「ワールド・アイソレーション……確かにアレを使えば、バイラヴァの脅威から逃れる事もできるだろぉさ……」


 ワールド・アイソレーション。
 それは、一部の鋼機鬼王スティルロードが持つ、超特殊システム。起動には途方も無いエネルギーを要する。
 簡単に言えば、『特定の界層を世界から抜き取る』システムだ。
 例えるなら、積木くずしの様な物。世界という積木の塔から、特定の積木だけを弾き飛ばす。
 するとどうなるか。
 その弾かれた積木は、孤立し、他からの干渉を一切受けなくなる。


 抜き取られた界層は、他の界層に干渉する事はできないし、干渉される事も無い。
 鉄壁の要塞であり、完全無欠の檻と化すのだ。
 当然、バイラヴァや、他の界層の住人も侵入できなくなる。


「だが、それだけじゃ済まねぇ」


 このシステムは、バイラヴァのいる界層に対して使用するのが前提のシステムだ。
 バイラヴァを隔離するためのシステム。
 その用途でしか使われない。
 ソウドが使おうとしている様に、特定の界層をシェルター化するという発想では使われる事は、絶対にない。
 何故か。


「この界層を抜き取る衝撃で、この界層に近い界層が崩壊する……」


 積木くずしに例えたが、界層の抜き取りはあれほど綺麗に決まらない。
 1つの界層を抜き取ろうとすれば、隣接する界層が崩壊する。
 その界層に暮らすであろう何も知らない生物達に、唐突な死が訪れる事になる。


「わかってんのか? テメェは自分らの世界守るために、他の世界ぶっ壊そうとしてんだぜ?」
『わかっているよ』
「……とことん落ちぶれたみてぇだなぁ、クソガキ」
『ああ。そして、君らとしては、それを見過ごす訳にはいかないだろう』
「そりゃあなぁ!」


 この自分達が住む人界に隣接する界層。
 その中に、鬼と同じ無機生命体の暮らす界層があるかも知れない。


 鬼達が狙うのはバイラヴァの餌となる有機生命体。
 無機生命体に迫る理不尽な死を、見過ごすはずが無い。
 そして鬼達は、決して「悪」では無い。
 そもそも、鬼達は同族に等しい無機生命体を守るために立ち上がった者達だ。


 人間と同じだ。
 猫に弄ばれ、殺される虫ケラを助ける事は無いし、その死を悼む事も無い。
 だが、理不尽な暴力を受ける猫や犬を守ろうとするし、その死を悼む。
 価値感の問題だ。
 鬼に取って、有機生命体は虫ケラ以下。無機生命体は守るべきモノ。


 ディオウスは、ソウドに対し『見ず知らずの無機生命体』以上の存在価値を見出した。
 だから『保険』として、ソウドの生きる世界を守る術に『ワールド・アイソレーション』を用意した。


「語る事ぁ世間知らずのガキそのものだったが……まぁだ昔のテメェの方がマシだったぞ、クソッタレ!」


 ディセスの掌の装甲が、開く。
 露出される藍色の水晶体。そこに、青い光が溢れ、球状にまとまる。


『……そうだね。僕も、そう思う』


 光を抱え、ディセスが突進する。
 エスパドスは転移し、ディセスの真上へ。
 そして、大剣を振り下ろす。


「芸が無ぇ!」
『!』


 まるでそれを読んでいた様に、ディセスはそれを回避。
 カウンターの要領で、エスパドスのがら空きの脇腹へと青い光球をねじ込む。
 が、見えない壁が、それを阻む。
 エスパドスの次元干渉。それをフル活用する、『次元の歪み』の盾。


「シャラくせぇぞ!」


 力尽くで見えない壁を突破し、青い光が、白銀の装甲を抉る。


『ぐぅっ!?』


 エスパドスの巨体が、吹っ飛ばされる。
 その途中でソウドは機体を転移させ、瞬時に態勢を立て直す。


「転移して相手の死角を取る。エスパドスの常套戦法……俺が引っかかる訳がねぇだろぉよ」
『……にしても相変わらず常識が通じない……次元の歪みを力尽くで突破するなんて、聞いた事が無い』
「この俺に、壊せないモノなんざ何もねぇっ!」


 ディセスの背中、両腕、両膝、腹の装甲が、開く。
 そこにあるのは、掌のモノと同じ藍色の水晶体。
 その全ての水晶体から、青い光が放たれる。
 光はディセスを包み、甲冑を思わせる形態を取る。


『そんな装備があったのか……』
「あぁ。50年前は使わなかったからなぁ」
『あれでも、手を抜いていてくれてた、と……』
「……さぁ……今から闘んのぁ、50年前のお遊びたぁ訳が違うぞ、クソッタレ」


 まるで稲妻の様な光を纏う青鬼。
 実に機械的な口角を裂き上げ、ディセスが笑う。


「もぉぉお前はぁ……『狩りの獲物』じゃねぇ……バイラヴァと同じ、『無機生命体おれたちの敵』だぁぁぁぁっ!!」


 雄叫びと同時。青い光が、天高くまで弾けた。










「何が起きてんだよ……」


 戦闘が起こっている地域は、この本部からそれなりに距離があるはずだ。
 にも関わらず、その青い光は本部のブリーフィングルームの窓からも視認する事ができた。


「今のすごかったね……」


 新たなおかきの袋を抱えながら、ムルシェも驚いた様な表情を見せる。


「クラコちゃん、何でモニタリングしないのさ?」
「総司令がモニタリングの必要は無いって、エスパドスからカメラを外しちゃいまして……」


 コタロウの問いかけに、クラコは溜息混じりに返す。


「ウツノミヤに出たのって、F級じゃなかったのかよ……?」


 少なくとも俺はそう聞いた。


「討伐隊の最終通信から予測するに……おそらくムルシェちゃんと同じ、人型形態を持つ鬼です」
「なっ……」
「つまり、元がF級でもその戦闘能力は未知数って訳か」


 だから念のために、俺とコタロウが出撃待機指示を受けたのか。


「場合によっては私も出ます」
「私って……え、お前も、機士のパイロットだったの?」
「はい。あれ? 言ってませんでしたっけ? あなたが来てからもちょいちょい出撃した事ありますよ」


 全く気付いていなかった。


「しかし、総司令はいつもながら何考えてるかわからないねぇ」
「そうですね。副司令である私にすら話してくれない事が多すぎる、と言いますか」
「何か気難しい人なんだね」
「っぽいな。会った事ねぇからわかんねぇけど」
「え、でも総司令はサイファーさんと話した事あるって言ってましたよ?」
「はぁ? いつの…」


 俺の疑問を遮る様に、クラコの通信機が甲高い音を立てた。


「界層管制塔……? あ、失礼します。……はい、どうかしたんですか?」
「サイファー。カイソーカンセートーって何?」
「俺に聞くなよ……コタロウは?」
「つい最近できた観測施設だよ。サイ達が転移する2ヶ月くらい前かね。主な役割は、境界混乱パニフィクション等々、界層関係の異常検知。ま、検知できた所で打てる手とか無いけどね現状」


 この施設のおかげで、転移直後の俺とリウラさんは機士団に保護される流れになった様だ。


「で、それから連絡が来たって事は……」
「またしても転移者……って可能性は低いかな。ただ単に境界混乱パニフィクションが起きたってだけの報告じゃ……」
「……違う……」
「ん? どうしたムルシェ?」
「…………」


 ムルシェの様子がおかしい。あんなに大事そうに抱えていたおかきの袋を落っことしてしまった。
 その瞳は、何かに怯えている様に見える。


「恐いのが……来る……」


 恐い? と俺が聞く暇は、無かった。


 直後、窓の外、本部のすぐ近くの風景が




 歪んだ。




「……え?」


 ある一点を中心に、景色が歪んでいく。
 ……俺は、あれを見た事がある。


 そう。
『界獣』が起こした境界混乱パニフィクションに飲まれた時に、見た光景だ。
 その歪みを、4本の巨腕が突き破る。


「は…………?」


 その腕の形状にも、俺は少しだけ見覚えがあった。
 でも、それを思い出す事を脳が拒んだ。


 頭痛がする。
 セリナの事を思い出そうとすると訪れる、あの頭痛だ。
 いつもの非じゃない程に、激しい。


 息が、詰まる。


「何だありゃあ……!?」


 コタロウが驚くのも、無理は無いだろう。


 虚空を裂いて現れたのは、化物だ。


 大袈裟な表現抜きで、ロボット状態のムルシェの軽く10倍以上の体躯。目測全長、およそ300メートル強。
 山の様な巨体。4本の豪腕、2本の太い脚。
 黒鉄色の毛並み、巨大な2つの眼球。その中には無数の瞳が蠢く。
 歯並びの悪い口内から溢れる、紫色の唾液。


「他界層の生物……にしても……お、大きすぎませんか……!?」


 通信を切ったクラコも、驚愕を隠せないでいる。


「……獣……」
「サイ? ムルシェちゃん? どうしたんだ! おい!」
「……界獣……っ!?」


 デカ過ぎるし、見た目の禍々しさも大分悪化している。
 だが、確かにアレは、俺の知っている界獣だ。


 俺の世界を絶望で包んだ、最悪の化物だ。








「ホハハハハ……どうやらこの界層……『殺戮神バイラヴァ』へのカウンターがいる様ですねぇ」


 巨大な化物が現れた地点から、少し離れたビルの上。
 赤と白のストライプ柄というド派手なハットとコートに身を包んだ男が、笑う。


「それも、『ディオウス』達の一派ですか……前の界層より先にこちらに出ていたら……と思うとゾッとしますねぇ」


 ゾッとする、と言うが、男の顔色に不安の色は無い。
 もう心配するレベルでは無いと、知っているから。


「私の自信作……まだまだ『本家』には遠く及びはしませんが、この界層を餌場・繁殖場とするには充分でしょう」


 ゆっくりとした動作で、男はハットを取る。
 その頭部には、3本の角。


「さぁ、踊りなさい『殺戮神バイラヴァの子』よ。そして、私を魅了したその高みへと近づきたまえ……」


 男の歪んだ瞳の中で、その化物が吠えた。








『ディセス! 君は感じないのか!』
「あぁ! バイラヴァだなぁ! だぁからどぉしたぁっ!」


 白銀の刃と青い光が衝突する。
 お互いにお互いを吹き飛ばす。


「んだよ、今更停戦して共闘しましょぉとか言うつもりかぁ!? それにこの気配…こりゃあまだ『幼生』の域を出ちゃいないが……例え俺やテメェらが手を組んだって倒せやしねぇよ!」
『だからって、僕らが今ここでこんな事している場合じゃないだろう!』
「あぁ、そぉだなぁ」
『! ディセス、わかって……』


 ディセスを包んでいた青い光が、量を増す。
 最早エスパドスとディセスの間にあった体格差は無きに等しい。


「さっさとテメェをぶっ殺して、『バイラヴァの餌共』を駆逐しなきゃなぁぁぁぁぁ!」
『ッ……クソッ……!』


 あのバイラヴァは倒せない。
 だから、せめて少しでも多くこの界層の有機生命体エサを減らす。
 そのためにもまずソウドを殺す。
 そういう考えらしい。


『…………そうか』


 ならば、仕方無い。ソウドにも考えがある。


『ディセス……今すぐそこを退いてもらう……!』
「ぎゃはははははははは! やってみろよぉ、クソッタレ!」








 重砲撃戦特化型の機士ナイト、トゥルトゥタス。
 上半身は他の機士同様人型だが、下半身はロボットアーム状の4本脚。
 全身が亀の甲羅の様な六角形のパネル装甲で覆われている。
 その六角パネルの下にはビーム用砲門が無数に内蔵されており、背や肩に搭載しているミサイルポッドや実弾武器と合わせて、おそろしい総合火力を持つ。
 メインとなる乗り手は、クラコ。


『一斉砲火』


 淡々としたクラコの声。
 その声を合図に、トゥルトゥタスの全砲門が開放。
 ミサイルと実弾、そしてビーム砲撃で構成された破壊の嵐が吹き荒れる。


 サイタマまで接近していた鬼のおかげで、周辺住民の避難は完了している。
 遠慮の無い爆風が周囲の建物のガラスを叩き割る程の火力だ。


 しかし、


『おいおい、冗談じゃないよ……』


 爆煙が晴れる中、コタロウのつぶやきに、俺は全面的に同意した。


 あれだけの砲撃を受けても、巨大界獣の毛並みには焦げ1つ付いていないのだ。


『サイファー、あいつ硬いよ!』
「ああ……俺らの世界にいた奴はあんなんじゃなかったのに……!」


 俺らの世界にいた界獣は、20メートル前後の体躯だったし、開発初期のビームライフルで充分撃ち殺せるレベルだった。


 今目の前にいるのは、300メートル越えの山の様な巨体に、ビームを屁とも感じない毛皮を纏った怪物。
 外見の特徴が多少似通っているだけで、俺の知る界獣とは別物だ。


 界獣がその豪腕を振るい、俺の乗るムルシェと、アギラヴァーラを叩き落としにかかる。
 幸い、動きは鈍い。躱すのは訳無い。


「っ……!」
『サイファー、大丈夫?』
「ああ……」


 頭痛が、止まらない。汗もだ。
 トラウマ、という奴なのか?


 界獣が現れた。
 この世界も、俺達の世界と同じ運命をたどるのか?


「……余計な事、考えてる場合じゃねぇ……!」


 とにかく、目の前のこいつを、倒すんだ。


「やるぞムルシェ!」
『うん!』


 ムルシェのマントを無数の刃へ変化させ、界獣へと放つ。
 しかし、当然の如く全て毛皮に弾かれてしまった。


『硬い……!』
「くそ……!」
『こっちも全力で行く!』


 アギラヴァーラの胸部装甲が、ガシャンと音を立てて開く。
 中から現れたのは、巨大な砲門。


『ヴァーラ・ヒガントゥス!』


 放たれる、規格外の太さを誇る高密度ビーム。
 それはあっさりと界獣の頭部に命中。
 そして、首から上、その半分を粉々に吹き飛ばした。


『仕留めた!』


 頭部を破壊されて平気な生物など……


「……え?」


 全員が、絶句した。
 仕留めた、そう思った2秒後には、




 界獣の頭は、再生を完了していた。




「再生……能力……!?」
『そんな……』
『シャレになってないねぇ、こいつは……!』
『……ですが、ヴァーラ・ヒガントゥスならあの毛皮を突破できる事がわかりました』


 流石は副司令と言った所か。
 クラコはすぐに作戦を考える。


『この世に死なない生物などいません。頭がダメなら、心臓を狙うまでです』
『っても、頭半分吹っ飛ばすのでやっとだよ? あの分厚そうな胸筋ブチ抜けるかねぇ……?』
『そうですね……では、こういうのはどうでしょう』


 界獣の蹴撃を躱しながら、クラコは何か妙案を思いついたらしい。


『……アギラヴァーラで胸周りの毛皮と肉を吹き飛ばし、ムルシェちゃんが突貫、体内へ侵入し心臓を破壊する……サイファーさん、ムルシェちゃん、かなり危険な作戦ですが……』
『上等だよ! ね、サイファー!』
「やるしかねぇんだろ!」


 このまま無意味に攻撃を浴びせ続けるよりはマシだ。


『じゃあ頼むよ、サイ! ムルシェちゃん!』
「おう!」
『任せて!』


 再度放たれる、超出力の極太ビーム。
 それと合わせて、俺はムルシェに指示を送る。


 貫通力と言えば、ドリルだろう。


 マントを広げ、その全身を覆わせた。
 そのままマントを超硬質化、そして、それを超速で回転させる。
 ムルシェの全身が、巨大なドリルそのものと化す。


「ブチ抜くぞ!」
『うん!』


 ビーム砲に抉られ、生肉が露出した界獣の胸へ。


『やぁぁぁぁあああああああああああ!!』


 雄叫びを上げ、ドリルムルシェが、界獣の肉を突き破る。


『突破ぁッ!』
「っし! ……って、うお……!?」


 赤い壁と天井に囲まれた薄暗い空間。中々広い。
 ここが、界獣の体内。


「……何か、広すぎないか……?」
『確かに……』


 確かに界獣の体は超が付くほど巨大だった。
 ……それにしてもだ。
 向こうの壁と、底が見えない様な体内空洞があるのは、流石におかしくないか。
 まるで界獣という入口からどこか異世界へ迷い込んでしまった様な気分だ。


「気味が悪ぃ……さっさと心臓を探そ…」
『さ、サイファー! 何、あれ……』
「ん?」


 ムルシェがアイカメラを赤外線仕様に切り替える。


「…………っ!?」


 何だ、これは。
 一体、何なんだ。


『……人が……いっぱい……!?』


 先程まで闇のせいで目視が難しかった俺達の足元。そこには、無数の人影が整列していた。
 ただの人では無い。全身が薄らと透き通っており、その足は……無い。


 何だ、あれは。
 よく見れば、人々の足元には犬猫などの小動物や草も確認できる。奥の方には大型の動物や樹木も見える。
 不気味な実寸大ジオラマ、という印象を受ける。
 一体、何なん……


「…………は……?」
『どうしたの、サイファー?』
「……ムルシェ、少し降下できるか?」
『う、うん……』


 かなり気味悪がっているらしく、ムルシェはおそるおそる降下。
 まぁ気味も悪いだろう。
 何か透けてる上に微動だにせず整列する人の群れ。不気味以外に何と言えるか。


 だが、そんな事より、俺は気になるモノを発見してしまったんだ。


「……やっぱりだ……」
『……どうしたの、サイファー?』
「…………ハリー……」
『え?』
「グンガ、ジョセフ、ライザー、マイケル、シュリンケル、軍曹、マッカ、……それに……」
『サイファー……?』
「………………」


 有り得ない、でも、ここにいるのは……!


「親父……!」


 ここにいるのは、俺のいた世界の人々。
 その世界で、界獣に殺された人々だ。


「っぐぅ……!?」


 頭痛が、酷さを増していく。
 手でかばいたくなるが、ムルシェのコントロールユニットに差し込んでいるので使えない。
 頭を垂れ、俺は頭痛が和らぐのを待つ。


『サイファー!? どうしたの!? ねぇ、サイファー!』
「だ、い……丈夫……だ……」


 意味がわからない。
 何だこの光景は……何故こんな光景が存在する?
 皆、皆、死んだはずだ。
 兄貴も、お袋も、シャリナも、スーティも、マルコも、ヨセフスも……
 なのに、何故ここにいる?


 まさか、ここには、界獣に殺された人……いや、生物の魂が集約されているとでも言うのか?
 そんな非科学的な……大体、何のために……?
 いや、用途は簡単に予測できる。
 おそらく、エネルギー源。
 界獣の規格外な肉体を動かす動力源。そして、この界獣が誇る再生力の源。


「っ…………」


 皆の透けている体が、虚ろな目が、まさに『幽霊』という感じを俺に与えてくる。


「惨すぎるだろ……!」


 突然化物に殺されて、死してなおその化物の食い物にされるのか。


「ふざけんなよ……っ!」
『サイファー、怒ってるの……?』


 ああ、そりゃあキレるだろうさ。
 こんなもの見て、キレない方がイカれてる。


 弱肉強食、なんて言葉は今まで腐る程聞いてきた。
 俺達人間は生命維持と娯楽のために生命を奪い、肉や野菜を食らう。
 界獣も、きっとそうなのだろう。生物を殺し、その魂を糧にする。


 だったら何だ。
 自然の掟だから、許すと、諦めるとでも思っているのか。
「仕方無いね」なんて、言うと思っているのか。


 理屈が、感情に勝てると思うな。


 頭痛を噛み潰す様に、俺は全力で歯を食いしばる。


「絶対にぶっ倒す……!」


 この界獣は、絶対俺達の手で倒してやる。
 もうこの空間に、これ以上犠牲者など増やさない。


「やるぞムルシェ、このふざけた化物を……」


 ふと、俺の目が、モニターに映る何かを発見した。


「…………え…………?」


 いや、有り得ない。
 それは、流石に見間違いだ。
 だって、ここは界獣に殺された者の魂が集まる場所だろ?
 その証拠に、俺が見つけた知っている顔は、皆、界獣に殺された者だけだ。


 ここに、『生きてる奴』がいるわけがない。


「……何で……」


 つまり、どういう事だ?


 ……いや、俺の思考は、もう既に答えに至っている。
 その答えを、俺自身が認めようとしないだけだ。


 頭痛が、激しさを増す。
 もう、痛みすら感じ無い。
 ただ意識が揺れている事はわかる。
 汗が滝の様に流れている事はわかる。
 全身が痙攣を起こした様に震えているのはわかる。


 でも、これだけはわかりたくない。
 わかりたく、ない。


「何で、お前がいるんだよ……!?」


 虚ろな目をした、1人の少女。
 何年も一緒につるんできた、掛け替えの無い存在。


 半透明になったその少女は、微動だにしない。
 他の人々同様、ただ虚空を見つめ、消費される時を待ち、整列している。


「……セリナ……!」


 セリナ・プロテア。


 その少女の姿を、俺が見間違えるはずもない。





コメント

コメントを書く

「その他」の人気作品

書籍化作品