黒翼戦機ムルシェ・ラーゴ

須方三城

8,絶望の断片①

 ヤマト国、ウツノミヤ地区ブロック


 その山間地帯。
 曇天の下、鬼狩り機士団ハウンドナイツのエンブレムの入ったジャケットを来た一団が、戦闘準備を始めていた。


「さて、普段は機士乗りに任せっぱなしだからな。こういう時に活躍しねぇと、『特殊討伐隊ソルジャーズ』の名が泣いちまうわな」


 筋骨隆々とした巨漢が、小型戦車の上で笑う。


 彼らは、機士団の特殊部隊。
 F級とE級の鬼を、機士に頼らずに狩る者達。


 その装備は鬼の残骸から造られた超常兵器の数々。
 大体一部隊が15~20人で構成される。


 たった6機しかいない機士の負担を軽減する、縁の下の力持ちだ。
 まぁ最近2機増えたらしいが、そんなモンじゃローテーションのヘビーっぷりは変わらない。


 何せ今も別の場所でB級の鬼の覚醒が近づき、機士が出撃しているという。


「さぁ野郎共! あのF級がお目覚めと同時に、たらふく砲撃をご馳走してやって、さっさと帰るとしようぜ!」
「「「おおおおおおお!」」」


 彼らの目の前には、2トントラックがギリギリ収まるかどうか程度の比較的小さめな鋼の繭。
 もう覚醒予測時刻の2分前だ。


 総員が戦闘準備を完了させ、隊長らしき筋肉男も戦車の中へ。
 狭っ苦しい車内でそれぞれの役割を担う4人の男達。


 その男達が見つめる中、ディスプレイに映される鋼の繭に、亀裂が走った。


「来るぞ!」


 歩兵達もレールキャノンや少しだけ小型化されたビームキャノンの砲身を繭の方へと向ける。


 隊員達が見守る中、繭が、内から弾けた。


「撃……っえ?」


 合図の声を上げようとした隊長の口が、止まる。
 隊長だけでは無い。
 その場にいた全員が、一瞬だけ、動きを止めてしまった。


 驚くのも無理は無い。
 繭から現れたのは、どこからどう見ても、人間だったのだ。


 青い長髪に地黒の肌が特徴的な、素っ裸の青年だ。
 2メートル近い長身は、全体的にとてもとても細く、肋骨が浮き出てしまっている。
 よく見ると、そのこめかみの辺りから、角らしき突起が生えているのがわかる。


「に、人間……? まさか、噂のムルシェとかいうのと同じ……」


 次の瞬間、その青年の手から、青い何かが放たれた。


「!?」


 戦車も、歩兵も、木も土も。
 何もかもを薙ぎ払う、青い衝撃波。


 一瞬にして、特殊討伐隊ソルジャーズの敷いていた陣形が崩壊する。


「く、クソ、何だあいつは……!」


 衝撃波でひっくり返された戦車の中。
 隊長が最後に見たのは、こちらへ突進してくる青髪の化物だった。








 血の池、残骸、更地。
 そこに立つ、青髪の青年。


「……情報収集、完了」


 青年はそうつぶやくと、手に持っていた物体をぞんざいに放る。
 それは、さっきまで『隊長だった物』の、首から上。
 その脳から、自分が寝ている間に変化したであろう、この世界のあらゆる情報を引き出せる限り引き出した。
 もうあんな肉塊に用は無い。


 血に濡れた指先を舐めて綺麗にし、青年はストレッチついでに全身の骨を鳴らし始める。


「……50年か。眠り過ぎた。全部ディオウスが悪い」


 淡々とつぶやきながら、体のあちこちが正常に動くかどうかの確認を進めていく。
 ついでに、今さっき得た情報も脳内で整理を付ける。


「にしても、『鬼狩り機士団ハウンドナイツ』、ねぇ。あのクソガキ、妙なモンを組織しやがったな。『人間と鬼は協力し合えるぅ』とかほざいてた癖によぉ」


 まぁいいわ協力する気とかさらさらねぇし、と溜息混じりにつぶやき、確認作業を完了。
 とりあえず、そこら辺に転がっている死体から、比較的綺麗な衣類を剥ぎ取る。


「さぁて、んじゃ、懐かしい顔でも見に行きがてら……『バイラヴァの餌共』の『中核』でも潰すとしますか」
「う、…あ……」
「ああぁん?」


 青年の視線の先。
 もぞもぞと地を這う何か。


「あーららぁ……お前らニンゲンってのぁ体の下か上、どっちか半分でも吹っ飛ばしゃ死ぬんじゃねぇの? ここ50年でちったぁ進化したってか?」
「ぁ……ぅく、ひ……お、お前……な、んなんだよぉ……!…?」


 奇跡的にかろうじて生きながらえている。そんな状態の隊員の問いかけに、青年は笑う。


「ああ。まぁ別に名乗るのぁやぶさかじゃあねぇぜ。俺ぁディセス。ディセス・ヴェラシオン」
「で、せす……」
「あ、もしかして『何だ』って、名前じゃなくて存在そのものの事か? 強いて言えば、『救世主』だよ。『お前ら』以外、のな」


 それだけ伝えて、青年は軽い動作で青い衝撃波を放つ。
 それに飲まれ、隊員は一声も上げる事すらできず、粉微塵に散った。


「……さ、今度こそ、行こぉか」


 血まみれの衣服を纏い、青年はある場所を目指す。
 そこは、さっき収集した情報にあった場所。


 鬼狩り機士団ハウンドナイツの、本部だ。










「おかき! おかき! すごいよサイファー! 手が止まらない! おかき、食べずにはいられないよっ!」
「塩分過多……いやまぁ人間の常識に当てはめても無駄か……」


 俺の部屋。
 ベッドの上でおかき揚げを貪り食らうムルシェは、何だかとても幸せそうである。


 先日、サヤカが言っていた揚げ煎餅ことおかき揚げ。
 コンビニコーナーでお買い求めになった所、残念な事に取り扱いが無かった。
 なので、店員さんに注文してもらった。それが本日届き、現在に至る訳だ。


「ぷひー……お茶との相性も最高だよ」


 何だろう、すごい年寄りくせぇなこいつ。


「煎餅を油で揚げるなんて大胆な発想だよね!」
「ああ、そうだな……」
「サイファーも食べる?」
「ああ、じゃあ1個もらおうかな」


 こんがりキツネ色なおかきを1欠け受け取り、俺はそれを軽く口に放り込む。
 ……うん、確かにこれは良い。
 スナック菓子だが、米が原料だけあって充分『飯』としても通用しそうだ。


「おいし?」
「おう」


 ニコニコと上機嫌そうに笑うムルシェ。
 変身できる事と多少特殊な外見を除けば、本当に普通の女の子だ。


「…………」
「どうしたの、サイファー?」
「い、いや、別に……」


 学校とか、通わせてあげた方が良いのだろうか。
 でも流石にそれは難しいか?


「もう1個食べる?」
「いや、もういいよ」


 一緒に暮らし、美味しいモノや楽しい事を共有する。
 それは、家族というモノに限り無く近いだろう。


「…………」


 家族、か。
 血の繋がった家族は全員、界獣に殺された。
 俺らの世界じゃ珍しいケースじゃない。


 両親と兄貴が死んだ時、俺は、その悲しみから立ち直れる気がしなかった。
 でも、今は普通に生きている。家族の事は、こうしてたまに思い出して悲しむ程度になっている。
 時の流れが、記憶を曖昧にしてくれた。
 まぁ、直後に界獣関係でバタついて悲しみに浸る暇なんぞ無かったせいもあるかも知れないが。


「……? どうしたの?」
「なんでもねぇよ」


 ……俺とムルシェは、家族なんだろうか。


 とか色々考えていた時だった。


「!」


 ビーッ! という甲高い音。
 俺のポケットからだ。


 クラコに持たされていたスマホ型の通信機器……というかぶっちゃけスマホとほとんど変わらないが、とにかくそれが鳴ったのだ。
 もちろん、この不安を駆り立てる様な趣味の悪い警報音は、俺が設定した着メロという訳ではない。


 これは、緊急連絡の合図。
 発信者は、クラコ。


「おう。サイファー・ライラックです」
『サイファーさん! 緊急出撃、行けますか!?』
「サヤカ達の所で何かあったのか?」


 今は、確かサヤカとリウラさん、そして俺がまだ会った事の無い人物が、B級の鬼の討伐に向かっているはずだ。


『そっちじゃありません、至急サイタマ地区ブロックに向かってください!』
「サイタマ?」


 今発生してる鬼って、サヤカが向かっているシヴェリヤとかいう外国と、この国内のウツノミヤ地区、その2箇所では無かったっけか。


『ウツノミヤ地区で発生した鬼が、討伐隊を壊滅させて……進路上の物を破壊しながら、本部ここへ向かっているんです!』
「なっ……」
『僕が行こう』


 不意に、通信に男性の声が割り込む。
 ……あれ? この声つい最近聞いたような……


『総司令!? いつの間に私の執務室に!?』
「総司令?」


 未だ俺がお目にかかった事の無い総司令様が、この通信の先にいるらしい。


『「エスパドス」の発進準備を。サイファー君。君とムルシェは先日出撃したばかりだろう。ゆっくり休んでいてくれ』
「は、はぁ……」


 クラコの話じゃ、総司令は単機でA級以上の相手が出来る機士のパイロット。
 故に、その出撃は滅多な事が無い限り控えられていると聞く。


 そらそうだろう。
 C級相手に総司令が出撃して、その後の機体メンテ中にA級以上が出てきたらシャレにならない。
 ……つまり、今サイタマ地区で暴れているのは、それを加味した上で総司令が出るに値する鬼だと言うのか。










 曇天から小雨が落ち出した頃。


「けっ……おぉいおぉぉい。50年、テメェらも一緒にオネンネしてた訳じゃねぇんだろぉ?」


 防衛線をなんなく破壊し、市街地を蹂躙していく青髪の青年。


「こぉんなノロクサした技術発展速度で『バイラヴァ』に抵抗できるとかほざいてたんならぁ……トんだお笑い草だぞ、クソガキィィィィァッ!」


 青年が勢い良く腕を振るう。
 その腕の延長戦上にある物全てが、青い衝撃波に飲み込まれ、粉砕されていく。


 先程まで子供達の笑い声が溢れていたであろう公園に、倒壊したビルが覆いかぶさる。
 雑踏の消えた繁華街に、炎が燻ぶる。
 瓦礫の隙間から、赤い何かが広がる。


 日常が、砕かれていく。


 たった1人の青年によって。


「ぎゃはっ」


 青年が、笑う。
 感じ取ったからだ。


 因縁の相手が、ここに現れるのを。


 何も存在しないはずの虚空。
 その風景を切り裂き、それは現れた。


 白銀色に輝く装甲を纏った巨人。
 その装甲には細部にまで刻まれた美しい装飾。
 何より特筆すべきは、そのサイズ。50メートルを優に越えている。


 青年は、この巨人を知っている。
 正確に言えば、この巨人の元となった者を知っている。


「機士ってのになって、結構見た目変わったなぁ……エスパドスゥ!」


 現存する6体の機士の中で、確実に最強と呼べる機体。
 エスパドス・サンタリュオー。


『……やはり、君か。ディセス。気配からして、そうじゃないかと思ったよ』
「よぉ……随分懐かしい声じゃあねぇか、クソガキよぉ。面くらい見せろや」
『…………』


 エスパドスのコックピットハッチが開く。


「……あぁあん? ……テメェ、どぉいう事だ……?」
「まぁ、君の言いたい事はわかるよ」


 コックピット内から出てきたのは、白銀の長髪が特徴的な、若い男。
 正確には、この男は若くは無い。


 外見こそ20代でもおかしくは無いが、その実年齢は70を超えている。


 鬼狩り機士団ハウンドナイツ総司令にして、その創設者。
 ソウド・センドウ。


「テメェはもう老いぼれのはずじゃねぇのかよ? 50年前とあんま変わってねぇよぉに見えんだけどぉ?」
「……君が寝ている間に、色々あった。それだけだよ」
「そぉかよぉっ!」


 青い衝撃波が、ソウドへ向け放たれる。
 しかし、衝撃波はソウドに届く事なく、見えない壁に衝突した様に四散してしまった。


「チッ、エスパドスの『盾』か」
「……顔を出せ、と言っておいて攻撃してくるとは、相変わらず礼儀という物がなっていないね」
「うるせぇんだよ……つぅかテメェ、随分面白い事してんなぁ」
「面白い事?」
鬼狩り機士団ハウンドナイツ……50年前、俺達とニンゲンの共闘を訴えてた奴の所業たぁ思えねぇなぁっ!」
「……そうだね」


 悲しそうに目を細め、ソウドは笑った。
 自嘲しか感じられない、虚しい笑顔で。


「僕も大人になって、『諦め』が付いたのさ」
「諦めだぁ?」
「僕はもう、『バイラヴァ』と戦おうなんて考えちゃいないのさ」
「……なぁら、何で俺達に抵抗し続けやがる……テメェは、『知ってる』だろうが……!」
「…………ディセス。どんな大義があったとしても、大人しく死を受け入れる生物なんて、いないよ」


 ソウドはコックピット内に戻り、そのハッチを閉じる。


『僕はもう、迷わない。鬼を駆逐し、この界層を「隔離」し、……この界層の人々だけでも救ってみせる』
「……隔離だと……!?」


 界層を隔離する。
 その言葉の意味を、ディセスは知っている。


「『界層完全隔離ワールド・アイソレーションシステム』を……自分達の界層に使う気か……!?」










 50年も、前の話だ。
 この世界に、『鬼』が現れたのは。


「何故、君達にはコックピットがあると思う?」


 僕は、彼女に語りかけた。


 薄ら光すら帯びている様に感じる美しい金髪の女性。
 その額には、角の様な小さな突起がある。


「きっと人間を乗せて共に闘うため、だと僕は思うんだ」
「面白い考えです、ソウド」


 フフ、と彼女は静かに笑った。
 彼女の名は、ディオウス。
 鬼達の中でも数少ない「人間と同じ姿を持つ鬼」。
 それは『鋼機鬼王スティルロード』と呼ばれる鬼の上位種。
 現在、人間の味方をしてくれている7体の鬼の1体でもある。


「確かに、ニンゲンが乗っているか否かで、私達のスペックは格段に変化します。本当に、あなたの言う通りなのかも知れない」
「でしょ!? だから、僕達は一緒に……」
「でも、ディセスの言う通りでもあります」
「!」
「私達全員にニンゲンが乗り込んだとしても、『バイラヴァ』に立ち向かうには到底、力が足りません」
「そんな……」
「……私は、あなたがとても気に入りました」


 そう言うと、ディオウスは優しく僕を抱きしめてくれた。


「私だけではありません。エスパドスも、アギラも、マリアも……皆、あなたの意思に共感しています」
「……ありがとう」
「私達は、ささやかですが、あなたにチャンスを与える事ができます」
「チャンス?」
「私達の同志を、眠らせます。ですが、眠りとは永遠ではありません。持って40年か50年程です」
「その間に……皆を納得させる力を付ければ良いんだね……?」
「……そうです。ですが、そう簡単な話ではありません」


 わかっているつもりだ。
 話でしか『バイラヴァ』という存在の事は聞いていないが、それがどれだけ強大な『敵』なのか。


「……もし、あなたが『諦める』という選択をした時のため、『保険』は残しておきます」
「そんな選択、しないよ」
「知的生命体は、『絶望』を抱く事があります。どれだけ強い意思ですらも砕いてしまう、恐ろしい感情です」


 あなたが絶望に飲まれぬ事を祈ります。
 そう言って、最後に彼女は笑った。






 そして、それから5年程過ぎた頃だ。


 鬼達を封じ、そして生命を落とした7体の鬼。
 その中から『保険』として現状を維持しなければならないディオウスを除いた6体の遺体を改修し、僕達は超鋼機士スティル・ナイトを作り出した。
 バイラヴァと闘うために、だ。


「さて……」


 そして、その1機1機に僕が乗り込み、挙動のチェックをしていた。


「さぁ、エスパドス。最後は君だ」


 鬼の中でも一際巨体を誇る鬼、エスパドス。
 その改修機、エスパドス・サンタリュオーに乗り、僕はその操縦桿を握る。


 エスパドスの主な武器は刀剣。
 そしてその特性は、『次元干渉』。


 小規模の境界混乱パニフィクションを発生させ、同じ界層内なら擬似的なテレポートが行える。
 流石に界層間を行き来する程の大規模な境界混乱パニフィクションは引き起こせない……はずだった。


「!?」


 エスパドスの様子が、おかしい。
 出力が、勝手に跳ね上がった。


「な、にが……」


 そして、『次元干渉』が、暴走した。






「ここは……どこだ……?」


 僕は何故か、草原に立っていた。
 エスパドスの中にいたはずなのに、何故?


 そんな疑問の中、爽やかな風に煽られる。
 何となく振り返る。


「!」


 そこには、不思議な光景が広がっていた。
 遠近感が狂いそうだ、そう感じた。


 そこには、上下左右すべて視界に収まり切らない程に規格外な巨木が生えていた。
 巨木の根元に生えている普通の木々のサイズからして、数十キロは離れているだろう。
 それなのに、視界に収まり切らない。


「何だ、ここは……!?」
『ここは『世界樹の根元ユグドラシル・ベース』」
「!?」


 不意に聞こえた、聞き覚えの無い少年の声。


『ここは世界の原点』
最下界層ワールド・ボトム
『あなたの言語概念で言えば、源界げんかいとも呼ぶ』


 老人の声、成人男性の声、若い女性の声。


『あらゆる質問に、我々は答える。答えられる。何故なら』
『この界層は、黙示録の原典アカシックレコードを内包する』
『全ての知識が集約されている』
「アカシック、レコード……?」
『それは観測記録』
『世界の歴史』
『無限の界層で発生する事象の全てが刻まれる』
『森羅万象の全てが、情報として此処に在る』
『私達は知っている』
『あなたの知らない事を』
『我々は知っている』
『貴様が知りたい事を』
『俺達は知っている』
『お前が知らなければならない事を』
『僕達は知っている』
『君が、選択するであろう未来を』
「さっきから……何の話だ!?」


 この声の群れは何だ。
 一体、何が起きているんだ。


『あなたが一番知りたい事。それはバイラヴァの倒し方』
『あなたが知らない事、そんな物は存在しないという事』
「え……?」
『「人間では」、バイラヴァは倒せない』
『あなたは知らない』
『バイラヴァが、何なのかを』
『バイラヴァとは生物』
『バイラヴァとは理』
『バイラヴァとは神の如き存在』
『バイラヴァとは天災』
『バイラヴァとは現象』
『そう、あなた達、「人間と同じ」』
「……人間と、同じ……?」


 バイラヴァが、人間と同じとは、どういう意味だ。


『そのままの意味』
『人間は、あらゆる生物に取ってそういう存在』
『人間とは生物』
『人間とは理』
『人間とは神の如き存在』
『人間とは天災』
『人間とは現象』
「っ……」


 人は、虫や、動物を殺す。
 生きるために殺す。食すか、身を守るためか、不快だからか。とにかく、殺す。殺される側の意思など考えず、殺す。
 まるで、バイラヴァがあらゆる生命体を殺す様に、一方的に、理不尽に。
 神の様に圧倒的で、天災の様に理不尽な現象。
 それが、あらゆる生命体に取ってのバイラヴァ。
 そして、虫などから見れば、人間もまた同じ様な存在。


『あなた達に脅かされる小さな生命達では、あなた達を駆逐する事などできない』
「それと……同じだと言うのか……!?」
『そう、そして』
『バイラヴァは人間よりも遥かに強大』
『バイラヴァは人間よりも遥かに膨大』
『バイラヴァは人間よりも遥かに不尽』
「さっきから、何を……!」
『バイラヴァとは、全ての生命の、絶望』
『見て、知れば良い』
「何……? う、お…うああああああああっ!?」






 バイラヴァ。
 それを、僕はディオウスから言葉だけで教えてもらった事がある。
 それは、界層を渡り行く殺戮の神。
 生命を破壊する事を目的とする生命体。
 そして、食料とするか否かに関わらず、有機も無機も関係なく目の前の生命体は全て殺す。
 そういう習性を持った生物。


 バイラヴァは、生命体を殺戮し、その中でも有機生命体のみの『魂』を糧として吸収する事で生きながらえる。そして『進化し続ける』。
 更に質が悪いのは、その増殖力。
 バイラヴァは、子を生む。そしてそのバイラヴァの子も、幾千の界層を渡り歩き、有機生命体を殺戮し尽くして、少しずつ進化していく。


 バイラヴァを止める。
 その目的を持って、数多の界層に住む戦士達が立ち上がった。
 鬼達も、その勢力の1つだ。
 しかし、敵いはしなかった。
 バイラヴァにも、バイラヴァの子にも、到底及ばなかった。
 その個体個体が有する圧倒的な戦闘能力。
 そして、その数の力に、手も足も出なかった。


 だから、対バイラヴァ勢力達は考えたのだ。
 あらゆる界層から、有機生命体を駆除してしまおう、と。


 そうすれば、バイラヴァは食料を失う。
 バイラヴァを淘汰できる。
 このままバイラヴァが進化を重ね続ければ、全ての界層がいずれバイラヴァに滅ぼされる。
 有機生命体が存在する界層の犠牲だけで、他の界層が救える。
 それが最善の手だ。そう考えた。


 それが、鬼が人間を襲う理由。
 バイラヴァの餌を駆逐する事でバイラヴァを倒そうとした。


 だから、僕は共にバイラヴァと闘おうと提案した。
 きっと、諦めなければ勝てると。
 絶対勝てると、僕は思っていた。


 あの日、アカシックレコードが見せたバイラヴァの強大さ。


 あれを見るまでは、本気で勝てると、思っていたんだ。








 気が付けば、僕はエスパドスのコックピット内にいた。
 全身に嫌な汗をかいて、息を荒げて座っていた。
 悪夢を見ていた。そんな気分だ。


「エスパドス……僕の意識だけ、飛ばしたんだな……?」


 エスパドスは、答えない。


 きっと、夢物語に胸躍らせ続ける僕を見かねたのだろう。
 だから、バイラヴァという『絶望』を、僕に体験させたんだ。


「…………」


 全身が、震えている。
 ……あんなものに、敵うはずがない。


「……『保険』を、使う」


 僕は、そう決意した。
 いや、そう、諦めた。





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