俺は君が
まぁ、要するに好きって事ですよ
覚という妖怪には、3つの能力があると言われている。
1つは「相手の心を読み取る」能力。
古くは、この能力を使い、相手を混乱させ、悪戯行為に勤しんでいたそうだ。
2つ目はいわゆる「神通力」。
これは多くの『大妖』と称される上級妖怪が持つ、一種の念動力だ。
3つ目は、「危機を察知する」超常的直感。
これは、1つ目の能力があるが故に発現したとも言える。
昔のサトリは、読心術に頼り切りだった。
そのため、不意の事態に弱かった側面がある。
現に、「山の中で野営する商人に対し、サトリがちょっかいを出そうとしたが、不意に跳ねて来た焚き火に驚いて大怪我をした」なんて伝承がある。
そういった事態を克服するために身に付いた能力だと、言われている。
「何か嫌な『直感』がしたから来てみれば……」
部屋の中の物が、不気味な軋みを上げていく。
まるで栄太の放つ何かに当てられている様だ。
「何僕の親友を泣かしてくれてんだ、この毛ダルマ女ぁ……!」
すげぇ、あんな鬼みたいな顔してる栄太初めて見た。
ってかお前、華城に何て事言うんだコラ!
「……ここまでされて、まだその毛倡妓をかばう気があるとはね……やっぱ葉助は葉助だ」
「っ……あなたも、妖怪だったんですね……」
「ああそぉだよ下級妖物が。僕は覚……まさか、勝てるとか思っちゃいないだろうな……」
室内の軋みが、一層大きくなる。
威圧感、という奴か。いや、どこのバトル漫画のボスキャラだよお前。
「っ…………!」
「おぉ、流石にそこまで思い上がってはいないみたいだね」
「……覚の読心術……それと、神通力……!」
「そうそう。ただただハゲへの当てつけでしかない毛倡妓ごときのハズレ能力じゃあ、敵う訳無いって、よーくわかってるじゃないか」
「っ……それでも……!」
華城の髪の先端が、栄太へと向けられる。
明確な、敵意を持って。
栄太の眉が、不快そうにピクリと跳ねる。
「……気は確かかな、下等種族」
「……私にだって……譲れない事情があるんです……!」
「ふぅん……そこまで葉助が好きなのか。……その辺は評価してあげるよ。良いセンスしてる」
でもね、と栄太は深く溜息。
「何にもわかっちゃいない」
「……何がですか……!」
「君のその態度が、どれだけ葉助を傷つけてると思ってるんだ」
「え……?」
「君に疑われる、それだけの事実で、葉助は血反吐吐きそうになるくらい精神的に痛めつけられているんだぞ」
っ、おい馬鹿!
その辺は黙ってろよ! 俺が悪いんであって、華城は……
「葉助もいい加減にしようか。自分ばかり責めてちゃ、何も変わらないんだよ」
ビシッと、切りつけるような言葉だった。
いつものキツイだけの暴言とは違う。重みのある言葉。
「そもそも、今回の件、葉助に全く落ち度は無い」
え?
「その女、さっき何を考えてたと思う?」
さっき?
「まぁ、僕は外でしばらく君ら2人の心を読んでた訳だが……」
ふぅ、と一層深い溜息。
何か、一気に栄太の表情から怒りが抜け落ち、呆れの色が現れる。
「その子はね、『葉助が信用できない』訳じゃないんだ」
……は?
「その子は、『男は信用できない』と吹き込まれてるだけ。そもそも、葉助を信じるか信じないかで行動してないんだよ」
……つまり、どういう事?
「要するに、『男は皆、浮気をするモンだ』って吹き込まれて、そう思い込んでただけ。葉助が何か『浮気の兆候』を見せたとか、そういう訳じゃない」
……なんじゃそりゃ。
「だ、だって、私の両親は……とっても良い夫婦です……そんな2人の仲でも、浮気があったって……」
「うるせぇな殺すぞ毛だるま」
おぉい!?
お前さっきから華城に対してすごい口悪くなってない!?
「……あのさ、お前の両親がどうとか、他の男がどうとか、ふざけてんのかって話なんだよ養毛家畜この野郎」
「よ、養毛……!?」
「お前の相手は、お前の親父でも、他の男でも無い。『葉助』だろうが」
「!」
「なのにお前は『父さんみたいな人でも』だの『どんな優しい男でも』だの、『どんな誠実な男でも』だの……葉助はそのどれでも無ぇ。葉助は葉助だスカタン」
スカタンってお前……蔑称のパターン尽きて適当になってないか?
「どうでも良い事に突っ込まない。……さて、僕が何を言いたいかと言うとだ」
「…………」
「男であるという情報を抜きにして、ただ『葉助』だけを見た時、君は葉助が浮気をする様な奴だと思うか?」
「それは……」
「今、よく考えろ。他の誰でも無い、君の意見を」
「私の、意見……」
「……それ見ろ。君は最初から、『葉助に限ってそんな事はありえない』と思っていたんじゃないか」
え、そうなの?
「そうだよ。それなのに、周りの意見に流されて、勝手に妄想して、勝手に暴走した。今回はそれだけの事なんだよ」
「あ……ぅ……」
「わかったら、いい加減に葉助を解放しようか。そろそろ本格的な酸欠に陥りかけてる」
「ふわぁっ!? ご、ごめんなさい!? そんなに強く締めてたつもりは……」
「うげふぅ……い、良いって事よ……」
ああ、久しぶりにまともな声を出せた気がする。
「あ、あの……土門くん……」
「華城……」
「わ、私……その……土門くんに……こんな……」
「ああ、良いって……結局、俺がそんな不安を吹っ飛ばせる様な器じゃなかったってのも悪いんだし」
男は皆浮気する。
巷じゃよく言われてる事だ。
俺は華城に「俺はそんな一般論に収まりゃしねぇ」とはっきり認識させられなかった。
やっぱり、そういう事だろう。
「……まーた自分の責任にしようとして……」
「それで良いんだよ」
好きな子を責めるくらいなら、自己嫌悪の海に沈む方が1000倍マシだ。
俺の意見に納得してくれたのか、ようやく、栄太の顔に笑みが戻った。
「……さて、今回の件……局への報告はどうしたものかな……」
「っ!」
「局って……?」
……あぁ、そういや、『妖怪がその能力で人間に危害を加えた場合』重罰に処されるとか何とか華城から聞いたっけ……
待てコラ、確かに俺は今酸欠寸前まで追い詰められたけど、危害加えられたなんて絶対に認めねぇぞ。
アレは……そうだ、一種のプレイだ。俺は今この瞬間からドMだ。それなら問題ねぇだろ。
「はいはい。葉助ならそう思うと思ったよ」
「当然だこの野郎」
「僕は一応、局の幹部だからね。目の前で起きた事件を看過はできない…でも、葉助に免じて、『脚色込み』の報告書をしたためるとするさ」
……要するに、嘘八百並べて誤魔化してくれるって事か。
「嘘も方便、ってね。覚はそもそも、相手を騙す妖怪だ」
「……その……ありがとう、ございます……」
「勘違いしないでね。僕は君ごときを助けたい訳じゃない」
にっこり笑顔で厳しいな本当に。
「それと、覚えておく事だ。葉助が大好きなのは君だけじゃない。今後、僕の親友を少しでも苦しめてみろ……そのゴキブリみてぇな薄汚ぇ髪の毛を1本残らず毟った上で、罰下隊の慰み物にしてやる」
「き、気をつけます……!」
完全に怯え切った華城の態度に満足したのか、栄太は「じゃ、また学校で」と言い残し、窓から去って行った。
「若様、良いのですか?」
夜道を歩く栄太の頭上から、声が響く。
声の主は、ふわりと栄太の隣に舞い降りた。
鉄製の仮面で額から鼻先までを隠した、風変わりな長身の女性だ。
彼女は鎌衣。
元々は栄太の父の秘書であり、現在は栄太のサポート役。
「何がだい?」
「聞かずとも、わかっておられるでしょう」
「……前にも言っただろ。僕は、会話が好きなんだ」
「あの毛倡妓の事をきっちり報告すれば……今の罰下隊なら再起不能にしてくれるでしょう」
「そうだね」
そうすれば、栄太にも『チャンス』があるだろう。
葉助に取って、親友よりも上へ行くチャンスが。
今、華城のいる場所に収まるチャンスが。
「……でもね、それじゃ意味が無いんだよ」
「意味、ですか?」
「月並みな言葉だけどね、葉助が幸せなら、それで良いんだ。そして、葉助が不幸そうな面してるのは、絶対にダメだ」
華城霊来は、最早葉助の幸せの中で欠かせない要の様な存在になっている。
わざわざそれを挿げ替える事は無い。挿げ替える際に、一時的にでも葉助が嘆く様な事態を招くとなれば、なおさら。
「僕は葉助の親友だ。それ以上にも、それ以下にもなるつもりは無いよ」
「……そうですか」
あなたがそう言うのなら、良いでしょう。と鎌衣も納得。
「……にしても、若様。一応、跡取り問題とかもあるので、余り同性愛主義をこじらせない様に……」
「安心してよ。僕はホモじゃない」
「…………」
「『今更何ほざいてんだこいつ』って……あのね、君は根本的に間違ってるよ」
「間違い、ですか?」
「僕はね、確かに葉助が好きだ。ライクではなく、ラブでね」
だが、栄太は決してそういう趣味ではない。
きっちり女体に性的興奮を覚える一般的なオスだ。
ちゃんとそういう用途の本も数冊所持している。
「でも、葉助が好きなんであって、男が好きって訳じゃない。その辺、履き違えるなよ」
男だから葉助が好き、じゃない。
葉助だから、男だろうと好き、なのだ。
「……要するに、ワンオフホモって事ですね」
「どうしても僕をホモ扱いしたいらしいな、この腐女子鎌鼬」
「友情からの愛情、素敵じゃないですか! 若様があの人間とのノロケ話する度、私がどれだけ滾ると思っているんですか!?」
何口走ってんだこの鉄仮面女。
「望まない『女性との結婚』とか、私的にはもう色々妄想が捗る展開だったと言うのに、そんな生半可なホモだったなんて……」
「ちょっと待てお前。今考えてた同人誌がどうのって何だコラ。そこまでやってんのかお前」
「はい。女性との結婚式を控えた前夜、若様があの人間と肉体言語(意味深)で熱く語り合う一作を鋭意製作中です。完成したら若様にも」
「R18版は要らない」
「ええ!? 力作の予感なのに!」
こいつ解雇していいかな、と割と本気で栄太は思う。
「……勇鳥さん……恐い……」
「ああ……完全にブチ切れてたな……」
それくらい、俺を大切な友人だと思ってくれてるという事なんだろうが……
華城を完全に脅しにかかってたからなぁ……嬉しく思えば良いのか、怒れば良いのか、リアクションに困ってしまう。
「あ、……ぅ……今日は、本当に、ごめんね……それに、今までの事も……」
「あ、いや。だから、俺も悪いんだから、そう申し訳なさそうな感じ出すのはやめてくれって。それに、嬉しかったし」
「う、嬉しかった……?」
「ああ。だって華城は俺の事、『絶対に離したくない』って思ってくれてるって、わかったんだからな」
「っ! そ、それは、その……あの、勢いで口走ってしまった事でその……」
「本当は、そう思ってないの?」
「そんな訳無いよ! ……って、お、おうふ……」
……ああ、つい数分前まで、散々な夜になるだろうと思ってたのに、随分と変わった物だ。
硬い友情と、相思相愛を再確認できた。
最高の夜だ。
「そうだ華城、改めて、言っとこうか」
「へ? 何を……?」
「俺は、君が大好きだ」
「!」
ぼふん、と華城の顔が一気に真っ赤になる。
「俺ごときの言葉を信じてもらえるかわかんねぇけど…信じてもらえる様に、努力するから」
「う、うん……」
「それと、ちゃんと責任取れる様になったら、俺の方から華城の事きっちり押し倒すから、それまで待っててくれ」
「!!!?? お、おしたお…………ぅ…その……ま、待ってます……」
時が来たら、男らしく、こっちから仕掛けないとな。
「そ、その……言われてばかりは……しゃ、癪だから……」
「ん?」
「その、ね……え、と……」
羞恥の極地に立った様な表情で、可愛い可愛い実に可愛い俺の好きな人は、こう言った。
「私も、あなたが―――――
この後、滅茶苦茶なでなでした。
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