俺は君が

須方三城

いわゆる愛妻料理ってモンですか



 華城邸。
 下手な運動場ならすっぽり収まってしまいそうな敷地面積を誇る豪邸だ。
 そして、その一室。和室テイストな部屋。


「今日は、帰りが遅かった様だが」


 和服姿の中年が、ポツリとつぶやく。
 何がそんなに気に入らないのか、常に眉間にシワが寄っている。


「昨日言っていた『彼氏くん』とのデート、か?」
「は、はい……」


 就寝の準備中に呼び出されたらしく、パジャマ姿の少女。
 霊来だ。


「…………」
「…………」


 ゆっくりと茶を啜り、中年はふと、口を開く。


「……赤飯は、いつ炊けば良い? それとももう炊くべきか? 初デートで炊く所までヤっちゃったのか? 卒業セレモニー完了か?」
「えと……そ、それはまだまだ先で……」
「そうか……霊来……ワシは今、すごくワクワクしている」


 中年がスっと取り出した本のタイトルは、『ナウい命名辞典』。


「ぶっちゃけ言う。はよヤッちまえ。お前は昔から身持ちか硬すぎだ」
「あなたは本当に父親ですか……」


 父親って、娘の交際関連には否定派に付くのが一般的だろう。
 霊来の父は若干違う様である。


「たった1人の娘だ。後生大事に箱にしまい込んでいたら、孫が見れんではないか」
「……私より孫ですか……」
「まぁ、奥手なお前がついに選んだ男だ。信用はしている」


 男関係…というか、対人関係に慎重過ぎる娘がようやく見つけた恋人。
 充分な熟考の末の選択だと、父は判断しているらしい。


 だから、


「孫はよ」
「……父さん……」


 急かす様に畳をペシペシする中年。
 ダメだこの父親、と霊来は溜息。


「でも、父さんの言う通りよ」
「あ、母さん……の毛……」


 廊下の方から、にょろにょろと這い寄って来た黒い蛇。
 実はこれは、蛇では無く霊来の母の髪の毛が束になった物だ。


 毛先から五感知覚情報を得られるだけで無く、声すら届ける事もできる。
 霊来にはまだできない高等な技だが、毛倡妓の能力の1つだ。


「まーた髪だけで邸内を這い回っとるのか……横着しおって……」
「良いじゃない。今日はもう眠いのよ」


 母の毛先がぽふっと父の肩を叩く。何か「細かいこと気にすんなよ」と言いながら後輩の肩に手を置く先輩の姿を彷彿とさせる。
 夫婦間のヒエラルキーがにじみ出ている光景だ。


「ところで、お相手にはもう妖怪の事は?」
「あ、はい。伝えてあります」
「そう、良かったわね」
「……あの……で、父さんにそう力強く賛同するのには…理由が?」
「ええ。あなたも、…いえ、あなたの方がよぉーくわかるでしょ?」
「……うむ」


 後ろめたそうにうなづく父。


「ワシもかつては若い男だった……霊来、男はな、過ちを犯す生き物なのだよ」
「ま、要するに浮気したって事よ」
「……何してるんですか、父さん……」
「いや、ワシだけに限った事じゃないよ? ワシの友達だってみーんな浮気してたからね? 皆バレてワシも含めてボッコボッコのフルボッコだけどね」
「私、結構『怒ると恐い』って言われるのよねー」
「ああ、まさか浮気の果てに死を覚悟させられるとは思わなんだ」


 おそらく母は、毛倡妓にできる限りの力を駆使し、最上級の戒めを父に刻みこんだに違いない。


「……ところで、それと孫云々に、何の関係性が……」
「男ってのは、何だかんだ子供の元に帰ってくるモンよ」
「うむ」
「だから、さっさと相手の男への楔を打ち込んでおきなさい、という事」
「楔って……土門くんに関してそんな……」


 葉助は霊来が正直若干引くくらい霊来に好意を向けている。
 そんな人物が浮気なんて……


「この人もね、付き合いたての頃は『君は世界一可愛い』とか『君しか見えない』とか散々言ってたわよ。そして浮気よ?」
「うぅ……あの事は悪かったと……」
「謝れば済むとでも?」
「済みません、ごめんなさい」


 土下座モードへ移行する父に構わず、母は続ける。


「どんな誠実な男でもね、どこで何があるかわからないの。だから、思い知らせなければならないわ」
「お、思い知らせる……?」
「そう、『浮気したら殺される』ってね」


 そこまでするのか、と霊来は驚愕。
 でもこの母ならやりかねない、そしてやったんだろうな、と納得。


「良い? 男は皆そうなの。信じちゃ駄目。楔よ。楔を打ち込むの。明日にでも」
「あ、明日ですか……」
「そうね、いきなり押し倒せ……ってのは霊来には難易度高いわよね。まずは外堀から埋めましょう」
「外堀……」
「アグレッシブよ。アグレッシブに攻めるの。攻めて攻めて攻め倒すの。そして最後には押し倒して、後には退けない状況に追い込むのよ!」
「あ、あぐれっしぶ……」
「毛倡妓流の求愛の儀、今こそあれを使う時」
「あ、あれですか? でもあれは……」
「ああ、あれは正直……引くぞ」
「住めば都よ」


 とんでもない暴論を振りかざし、母が娘をけしかける。


(う、うぅ……土門さんは、浮気なんて、そんな……)


 とてもとても、真摯に自分と向き合ってくれている。
 それがよくわかるくらい、葉助は真っ直ぐな瞳で霊来を見て、そして愛を口にしてくれる。


 今日のデートだってそうだ。
 葉助本人はそれとないフリをしていた様だが、霊来はしっかりと感じていた。
 葉助が、霊来の性格や性質をよく理解して、プランを構築してくれたであろう事を。
 少しでも霊来に喜んでもらおうとしていた事を。


 でも、霊来の目から見てラブラブ夫婦と言うに相応しい両親ですら、浮気問題があったと言う。
 母も今まさに、『どんな誠実な男でも浮気はしてしまう』と言っていた。


 どんな男でも……つまり、葉助が、浮気する。
 初めて自分に好意を向けてくれた人が、自分に背を向ける。


 この人となら、悪くないかも知れない。
 そう、思えたのに。


「……っ……」


 そんなの、嫌だ。


「わ、私……やります!」
「よく言ったわ霊来!」
「よし、赤飯を炊いて吉報を待っている!」


 これが、いわゆる悲劇の始まりである。










「お、俺の家に?」
「は、……う、うん。ダメかな」


 俺の家に、行きたい。
 華城が、そんな事を言い出した。


 何だこの急展開。
 俺と華城は一昨日初デートしたばかりだぞ。


 なのに何故に1日ぶりに大学で会った途端こんな話になっているんだ。
 何でだ。わからん。でも嬉しい。
 だって目的は何にせよ、自宅デートとか普通のデートよりワクワクすっぞ。


 次の講義のため、教室間を移動しながら、俺は考える。
 YES・NOでは無い。んなもんYESに決まってんだろうが。
 俺が今考えているのは、どうやって華城をもてなすかだ。


「……準備時間はもらえるのか」
「じゅ、準備って、何を……あの……明日とかでも別に…」


 そこで華城は何かを思い出した様にハッと黙る。
 何か、「攻める……攻める……」とかブツブツつぶやいている。
 そして……


「あの……今日、講義終了後にでも、すぐに行きたい……」
「なん……だと……!?」


 馬鹿な、華城はそんなアグレッシブな子じゃなかったはずだ。
 そこまで俺の家に来たいのか。
 初デート成功の効果ありすぎだろ、どんだけ俺の事を気に入ってくれてんだこの子。


 くっ……だが準備時間をもらえないのは痛い……!
 俺は完全な形で華城をお迎えしたいのに……!


「あ、あの……それと、キッチンを、借りたいかな……なんて……」
「……は?」
「その……わ、私が、ご、ご飯を…作ったりとか…迷惑、かな?」




 拝啓、お父様、お母様。それとついでに愚兄殿。


 俺、幸せ過ぎて今日、死ぬかも知れません。
 先立つ不幸をお許しください。










「寮に……住んでたんだ」
「ああ」


 俺が住んでいるのは、俺の通う大学と提携している集合住宅。いわゆる学生寮だ。
 2K、3点ユニットバス。 


「独り暮らし、……凄い……」
「お、おう。ありがとう」
「……実家、遠いの?」
「いや、そうでもないんだが……色々な」
「?」


 俺が入寮を選んだのは、自分の成長のためだ。


 俺の両親は、何と言うかこう、子供に甘すぎる。
 頼んでも無いのに何から何まで世話焼きやがる。
 有難い事だが、流石にな……


 そんな訳で、あの家に住んでたら、俺は多分ダメな大人になりそうだと自己判断させてもらった。
 親離れ子離れってのは必要なモンだ。


「寮になんか入ったら、父さんも母さんもいないんだぞ!?」とか阿呆みたいな心配されたが……普通に行けばあんたら俺より先に死ぬんだぞ。その辺わかってんのかと。
 俺があんたらに依存し続けたら、そん時どうする気だ。
 ……まぁあのバカ2人なら、至って真面目な顔で「蘇る」とか言いそうだが。


 あのバカ2人に「俺は1人でも家事炊事くらいこなせるわ、無用な心配じゃボケ」と証明するための独り暮らしでもある。
 それに、いい加減あの2人は自分達の老後を楽しむべきだ。


「……でも、残念」
「何が?」
「こ、この際だから……親公認の仲になってしまえ……と(ウチの母が言ってて……)」
「っ!」


 もう何この子。
 え? 何? もう結婚前提で考えていいのかな?
 そっちのご両親に挨拶とか言ってもいいのかな?


 ……あーでも、面倒くさそうだな、結婚となると。
 何が面倒かって? ウチの両親が喚きそうだからだ。「どこの馬の骨ともわからん小娘に息子はやらねぇ」とか何とか。兄貴の結婚の時が大変だった。
 まぁいざそうなれば、そんな反対なんぞ物ともしないがな。
 ここまで育ててくれた両親には感謝するが、俺の愛は止まらない。
 俺は華城と幸せになるんだ。


「……? 何をにやけてるの?」
「あ、いや……ちょっと幸せな未来を……」


 まぁ、いつまでも立ち話は難だ。
 俺の部屋へ、ご招待しよう。








「……溢れる生活感……」
「素直に汚いと言ってくれ」


 気を使われると、逆にね。


 俺の部屋は、まぁゴミ屋敷って訳じゃないが、漫画とか脱いだ服とかが点々と散らばってる。
 乾いた洗濯物も「着る時にアイロンかけりゃいいや」ってスタンスで適当に山にしてるし、室内用スリッパも気まぐれに使ったり使わなかったりで、部屋の隅に転がってたりする。
 更にタイミングの悪い事に、シンクには昨晩から今朝にかけて使用した食器が積まれてるし、玄関には今日寝坊したがために捨て損ねたゴミ袋もある。


 だから準備する時間が欲しかったんだよチクショウ。
 ……まぁ、エロ系は常日頃から絶対秘匿を心がけているので問題は無いが。


「き、汚くないよ……せ、せいぜい小汚い、かな」


 何か、汚いより小汚いの方が傷つくのは気のせいだろうか。


「じゃ、じゃあ、早速キッチンを……」
「ん? でも夕飯時までまだ時間あるぞ?」
「あぅ……そ、そういえば……」


 その辺を完全に忘れていたらしい。
 俺のために料理してくれようと必死で頭いっぱいだったってか。
 もう本当、この子は俺を悶え死にさせる気満々だわ。


「な、何しよう……?」
「何って、まぁ適当に雑……」


 いや、雑談、ってのは華城にはハードル高いんじゃないだろうか。
 高校3年間を基本ぼっちで過ごしてた孤高の猛者だぞ。
 何のテーマも無い会話とか、好き嫌いの問題ではなく苦手では無いだろうか。
 昨日のデート中も、基本的に俺から話を振るか、華城が口にした疑問に俺が答える形での会話ばかりだった。


 だが、雑談以外に何ができる?
 ゲームは携帯ゲームしかないし、漫画も中々人を選ぶラインナップだ。トランプやUNOなんぞも無い。
 一昔前に買った「クイズ!ヘキサゴン」のボードゲームはあるが、かなり少人数向けでは無い。


 外出するって手も無くも無いが、何だかな。それならここに来る前に寄り道すれば良かった訳だ。これでは二度手間である。
 俺が気を回せなかったばっかりに、彼女に二度手間を取らせるのってどうなんだ。


 ……成程、わかった。
 この自宅デートは、俺のトークテクニックを試すための試練か。


 彼女が充分に応答でき、尚且愉快に感じてくれる話題の見極め。
 その話題の自然な振り方。
 そして話の中から広げるべき点を取捨選択する観察眼。
 それらが今、試されようとしている。


 そうだな、男たるものトークで女性を楽しませるのも必要技能だろう。
 尽きないネタと飽きない会話。万が一の倦怠期を回避するためには必要な要素だ。


 良いだろう、俺の機知ウイットの限界と、その先を見せてやる。
 俺のトークから無限の可能性を感じるが良い。


「さぁ華城、雑談の時間だ」
「ざ、雑談……にしては、何かすごい気合を感じるんだけど……この背景のゴゴゴゴゴは一体……?」
「覚悟しろ!」
「な、何を……!?」








 そんなこんなで、陽光がすっかり月光へ変わった頃合。


 ご覧ください。
 お分かりいただけただろうか。


 俺の部屋のキッチンに、女性が立っています。
 素晴らしいと思いませんか。
 色々良い匂いがしてきたよ、期待値マックスだよ。


「お楽しみ」との事で、何を作るかは聞いていない。
 わざわざ見にいく様な真似もしない。
 だって華城がサプライズしてくれるってんだ。
 嘘偽りない歓喜の驚きリアクションを見せてあげるためにも、事前情報は無い方が良い。


 ……にしても、華城の髪、さっきから慌ただしく動いてんな。
 妖怪としてのスペックフル活用って感じだ。髪で鍋とフライパンを同時に処理する中、手で具材を切ったりしているらしい。
 あんな感じで髪の毛とか混入したりしないんだろうか、とも心配に思うが……
 まぁ華城の毛なら1本や2本食らうさ。むしろ望む所だよ。


 ああ、もう本当に楽しみだわ。
 一体どんな料理が飛び出すのやら。
 きっと華城は料理上手だと思うんだ、勝手なイメージだけど。
 でもさ、自信が無けりゃわざわざ料理作りに来てくれるとも思えないし。嫌が応にも期待しちゃう訳だよ。
 ま、例えクソ不味くても個性って事で余裕のOKですけどね。
 俺の味覚がしょうもないってだけだと思うし。


 もうワクワクが止まんねぇ。
 ゴロリも工作セットも無いのにワクワクしっ放しだよ。


 ってな感じで俺が1人うふふ笑いを浮かべる事小一時間。


「あ、あの……お、お待たせ……簡単な物、だけど……」


 手間の問題じゃない。
 華城が作ってくれたという点に価値がある。


 まぁそれはとにかく、楽しみだ。
 さぁ、一体どんな素晴し…


「………………」


 オーソドックスな塩の卵焼き。
 キャベツ中心の豚肉入り野菜炒め。
 あさりの味噌汁。


 それと……イカ墨スパゲッティ、かな。


 うん。何か和風和風と来てスパゲッティはバランスが悪い気がしないでも無いけど、まぁ良いんでは無いでしょうか。
 うんうん。
 うんうんうんうん。


 …………いやいやいやいやいや、ちょっと待っとけ。
 スパゲッティにしては麺が細いってこれ。
 これ多分アレだって。多分ってかもう9割確信してるけど、おそらくアレだって。
 え、何? ドッキリ? ドッキリかな? プレートはどこだろう?


「あ、あの……その……やっぱり、そうなるよね……」
「そうなるよね……って、やっぱこれ……」
「う、うん……わ、私の髪の毛……」


 神様。
 俺は先程、確かに言いました。
 華城の毛なら食える。むしろ望む所だと。
 でも、それは1本か2本の話です。
 こんな下手なポニーテール作れそうな量は流石に無理。


「ってか何でこんな悪ふざけを……?」
「あ、う……わ、悪ふざけでは無くて……」
「え?」
「その……伝統的な、毛倡妓流の…求愛行動、というか……愛情表現で……」
「あ、愛情表現?」
「うん……」


 話によると、毛倡妓には慕う相手に自らの毛を食べさせる文化があるんだそうだ。
 ……すげぇなおい。


 ちなみに、毛倡妓は毛の『質』も操作できるらしく、食材として使用する際にはきちんと食感には気をつけているのだという。
 決して普通の毛を口に含んだ時の様な、キシキシとした不快感は感じない、そうだが……


「……そういう問題じゃなくね?」
「だ、だよね……父さんも、母さんにコレやられた時、流石に引いたって言ってた……」


 まぁそら引くだろう。
 綺麗な食器に好きな人の髪の毛を茹でた物が乗って出てくるんだから。
 びっくりって言うか、戦慄する。つぅか戦慄した。


「でも、食べてみたら病み付きだって……その……」
「…………」
「あ、あの……ご、ごめんね。やっぱ迷惑だよね……」
「…………いや」
「え?」


 まぁ、引く。
 だって、髪の毛だもの。
 ついさっきまで、華城の一部だった物だ。
 それを食べる事に何も覚えない、もしくは興奮する程、俺のレベルは高くない。
 これまでの人生で培った衛生観念も邪魔をする。


 でも、それでもだ。


「これが、毛倡妓流なんだろ?」
「あ、ぅ……うん」


 俺は、華城が妖怪だろうが何だろうが受け入れると決めた。
 だから、例え引いて二の足を踏んでしまおうとも、拒絶だけは絶対にしない。


 外国には食虫文化とかも普通にある。
 その国の嫁をもらっておいて、食虫文化を否定するなど笑止千万。
 それと同じだ。


 これが華城の愛の形だと言うのであれば、俺はただ受け入れよう。


「じゃあ、いただきます」
「え、だ、大丈夫なの? む、無理はしなくても……」


 無理、か。
 ああ、そうだな。
 ここで「無理? 何を馬鹿な。平気だよハニー」くらい言える器量が欲しかった物だ。
 残念ながら、俺は自分にも他人にも大仰な嘘は付けない。


 きっと、華城以外に同じ事をされたら、俺はそいつを半殺しにしている。
 死んでも食わない。殺されても食わない。殺してでも食わない。


 だが、


「華城、覚えとけ。男ってのは、好きな娘のためなら無理したい生き物なんだ」
「すっ…」


 改めて正面切って「好き」と言われると、まだ照れてしまうらしい華城。
 本当、可愛い。本当に、愛おしい。


 そんな彼女が、きっと悩みに悩んで実行したであろう毛倡妓流の愛情表現。
 引かれるかも知れない。拒絶されるかも知れない。
 それを覚悟の上で、それでも「もしかしたら」と一縷の望みを持って、俺に愛情を示してくれた。


 ならば、それに応えるのが、俺流の愛情表現だ。


「……南無三……!」


 華城に聞こえない様に小さくつぶやき、俺は晩飯という名の戦場に飛び込んだ。




 ……食感はアルデンテ、かつ塩味がいい具合に効いてて、普通に…というか、結構美味しかった。










 実行するかどうか、限界まで悩んだ毛倡妓流愛情表現こと髪の毛パスタ。


 彼は、正直言って嫌そうな顔をしていた。


 だんだんわかってきたが、あの人は純粋なんだ。
 基本的に嘘は吐かないし、吐けない質なのだろう。
 でも、相手のためにできる事を模索して、やる人だ。


 だから、嫌そうな顔で、決して私に気を使った発言もせずに、ただただ本音を述べてアレを食した。
 私の事が好きだから、私のためなら無理だってしたい、そう言ってくれた。


 何故、毛倡妓があんな愛情表現を編み出したのか、少しだけわかった気がした。
 この儀式で、見極めるためなんだ。
 本当に『妖怪を受け入れる覚悟のある人間』を。
 人間に取って、異端な文化を持つ存在。それが妖怪だ。
 その片鱗を文字通り味あわせて、相手を計る。


 彼は、完璧だ。
 私自身をよく見ていてくれて、愛してくれてる。
 そして、私が毛倡妓である事にも理解を示し、それを貫く覚悟だってある。
 今日の件で、本当によくわかった。


 あの人は、素晴らしい。
 聖人君子などでは無く、等身大の人間として、この世界と向き合っている。
 下手に格好付けず、ただ誠実に生きようとしている。


 その姿勢に、私はとても魅力を感じる。


 もう、私にはあの人しかいない。有り得ない。
 きっと、運命だったんだ。


 きっと、あんな素晴らしい人には2度と出会えない。


 あの人を、逃がしてはいけない。
 万が一にも、他の人に渡しては、ダメだ。





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