俺は君が

須方三城

いわゆる初デートって奴ですな

 5分前行動。
 待ち合わせの基本、社会人の常識だ。


 だが、俺は今日、30分前行動を取った。
 何故か。


 デートだからだ。
 それもただのデートじゃない、初デートだ。


 はやる気持ちを抑えられない。
 浮き足立ってるっていうか気分的に言えばもう飛んでいる。
 宇宙まで…は言いすぎかも知れんが、少なくとも成層圏に届くくらいには舞い上がってる。


 だってそうだろう。
「友達から始める」のを目的とした告白が、何の間違いか無事成功してしまったんだ。
 飛ぶなという方が無理である。もう本当に地球の重力ごとき振り切れそうな気分だ。
 まぁ宇宙行っちゃったら待ち合わせ場所に行けないから、絶対に振り切らないけどな。


 ちなみに、待ち合わせは10時半だが、俺は本日6時に起床した。
 デート中に起こりかねないあらゆる現象に身軽に対応できる様、体をあっためる時間を作るためだ。
 それに会話中に声が上ずったりかすれたりしては格好が付かない。発声と滑舌練習を入念に行うべきだと判断した。万が一の肉離れを避けるための柔軟運動ストレッチもだ。
 そしてそれらのアップ運動の汗を流す風呂の時間、髪型を整える時間も必要だった。
 衣類は昨晩の内で悩みに悩み抜いて決定を出したし、デートコースプランも暗記済。プランは彼女の要望に合わせていくつかのパターンを用意している。
 財布の中には充分な資金を突っ込んだつもりだが、念のためクレジットカードも入れてある。


 今の俺に死角は無い。
 俺は今、デートの鬼だ。
 このデートで華城を喜ばせ、俺も充分に楽しむ。
 デートにおいて男側が全霊を賭けるなんてのは大前提だ。
 俺は当然その上を行く覚悟がある。


 ハッタリじゃない。そのためなら全財産どころか生命だって失っていい覚悟がある。
 そして恐怖や痛みに耐える精神力もある…つもりだ。


 そんな訳でややスキップ気味に、俺は待ち合わせ場所であるポチ公前へとやって来た。


「……え……」


 しかし、そこには既に、見知った顔が。


華城けじょう!?」


 美しく長い黒髪を風になびかせる小柄な少女。
 あの地味であり無難な服装(と言っても普段よりは若干シャレっ気を出しているが)、どことなく暗めの雰囲気、間違いない。
 華城だ。


「……あ、お、おはようございます……」


 そんな馬鹿な。
 待ち合わせは10時半、今は9時56分だぞ?


「何でこんなに早く……」
「あ、あの……その……こういうのは初めてでその……時間まで、家でじっとしてられなかったと言いますか……」


 つまり、俺と同じ理由か。
 もう最高だこの子。
 今すぐ抱きしめていいだろうか。
 あーでも華城って結構シャイっぽいし、街中で抱きしめたら怒りそうだ。


 ……恥ずかしがりながらプンプン怒る華城も見てみたい気はするが。


「んじゃ、まぁ予定よりは早いけど……行きますか」
「あ、は、はい。今日はその…よろしくお願いします」
「おう」
「……その、こういうのよくわからないんで……行く先とか、お任せしても……」
「もうマジ任せて。何が起きても絶対完璧なエスコートしてみせるから」
「は、はぁ……た、頼りにしてます」
「おう。例え地獄の果てまでだってエスコートしてみせる!」
「すみません、任せるとは言いましたけど…地獄の果てには行きたくないです……」


 そんな訳で、楽しい1日(断定)が、始まった。








「……楽しいです……」


 ああ、もう死んでも良い。
 喜びの余り俺に死を覚悟させる様な言葉が、華城の口から飛び出した。


 現在時刻は12時ちょい過ぎ。
 俺達は今、昼食を取るために街中を移動中だ。


 華城はあんまり人ごみが好きでは無さそうなので、俺は繁華街を避け、ちょっと人気少なめな道を選んで移動している。


 ちなみにさっきまでは、穴場的な本屋で本を物色していた。


 高校3年間、伊達に華城を観察していた訳では無い。
 華城が無類の読書好きなのは熟知している。
 その中でも、特に好みな作家や作風もだ。


 今の時代、好みの作家や作風さえはっきりしているなら、ネットクチコミから『その手の作品をよく取り揃えてる古書店』なんていくらでも探し出せる。
 古本屋ってなんでもかんでも無差別に買取して並べてるってイメージだが、個人経営の古書店だとその限りでは無いそうだ。


「あの…ごめんなさい……大分時間を食ってしまって……」
「ん? 全然良いって。むしろもう昼時だって事に俺も驚いてる」


 本当は、午前中で他にも回ろうかと思っていた場所はあった。
 だが、華城が余りにも楽しそうだったので、彼女の気が済むまで本の物色に付き合った。


 正直、漫画と新聞以外あんま読まない俺には居心地の良い場所では無かった。
 まぁ、華城の笑顔がそんな思考を吹っ飛ばしてくれたので、苦では無かったどころか、俺も一緒に時間を忘れてしまっていた。


「良いお店を教えてもらいました……」
「ああ、まぁネットのクチコミで見つけた店だけど…喜んでもらえたなら何よりだ」
「クチコミ……ですか。あんまり、ああいうのアテにしてなかったんですが……中々侮れない様ですね」


 よっぽど好みの本が多かったらしい。
 まぁデートの初っ端で荷物を作る訳にも行かず、購入は控えた様だが……
 物色中、「こんな所で出会えるとは……!」と言うつぶやきを20回は聞いた。
 それについて尋ねると、絶版だとか初版だとか、この落丁があるのは第何版までだとか、著名な作家が出版社を介さずに自費で出したレア物だとか、色々活き活き語っていた。
 おそらく、帰りにあれ全部買う気だろう。


「もう本当……興奮の余り髪がザワめきそうです」
「……っていうか、既に毛先がちょっと蠢いてんだけど」
「っ」


 華城は慌てて髪を抑える。


 少しだけ聞いた話だが、『自身が妖怪である』という事は、『基本的に』人間に知られてはいけないらしい。
 人間と妖怪の共存を影から支える『人妖共定局じんようきょうていきょく』なる組織があるらしく、そこが定めたルールなのだそうだ。
 そのルールを破ると、共定局の『罰下隊ばっかたい』という者達が来て、厳しく罰せられてしまうらしい。


 ただ、「妖怪である事を人間に知られてはいけない」というルールは、あくまで基本的な事。
 例外が存在するのだ。


 そして、その例外に俺は該当した。
 例外とされるのは、以下の3通り。


・配偶者、及び戸籍上の繋がりができた者。
・既に妖怪の存在を知っており、許容する姿勢を見せている者。
・目の前で「妖怪の存在を許容する」と宣誓した者。


 俺は告白の際、華城が「どんな秘密を抱えていようと受け入れる」と宣言した。
 それは、拡大解釈すれば3例目に該当する、という訳だ。


 ちなみに、俺が華城が妖怪である事を他言しても、華城は罰せられてしまうらしい。
 華城はそんなリスクを承知して、俺の宣言を信じ、正体を明かしてくれた訳だ。


 もう嬉し過ぎて死ぬ。
 だって普通に「人に信頼される」ってだけでも嬉しい事なんだ。
 華城に信頼されて、俺がタダで済む訳が無い。
 絶対死ぬ。その内。


「うぅ……油断してました……」
「気を付けねぇとな」
「はい……」


 ああ、しょんぼりしてる華城も良いなぁもう。
 何してても俺を癒すよこいつ。完全無欠の回復要員だよ。スーパー僧侶だよ。ゆるキャラ以上の破壊力だよ。


 そんな感じで俺は幸せを噛み締めつつ、華城と歩く。
 昼飯は、超絶美味いのにお手頃価格なざるそばを提供しているという蕎麦屋へ向かう。
 華城が高校時代、週に最低2回は弁当に持ってくる程にざるそばを愛好していたのは知っている。


 件のざるそばで、そのしょんぼり感を吹っ飛ばして笑っていただこう。


 どんな表情でも可愛らしい華城だが、笑っている顔が、一番素敵だから。








 結論から言おう。
 胸を張って言わせてもらおう。


 今日のデートは、大成功であったと。


 俺達を祝福する様な満点の星空の元、俺は華城を家まで送り届けた。
 俺の手には、帰りに寄った古書店の紙袋。
 中身は全て華城の物だが、量が量だ。男として、持つしか無いだろう。


「……ここです……」
「……でけぇ」
「は、はい……ですよね」


 華城の自宅は、まさしく「豪邸」と呼ぶに相応しい物だった。


 何だよこのデッカイ門は。
 時代劇か漫画でしか見た事ねぇぞこんなん。


「あの、じゃあ……今日はありがとうございました……すっごく楽しかったです…!」


 心底喜んでもらえた様だ。
 本望である。


 だが……


「え、あぅ……ど、どうしたんですか? 何か、消化不良気味な顔してますよ…?」
「あぁ、顔に出てたか。ごめんな……実は、そのさ……」


 彼女の意思は尊重したいのだが……俺には1つ、どうしても「彼女にやめて欲しい事」があった。
 今日1日一緒に過ごして、本当に思った。


「……敬語、やめてくれねぇかな。その……俺達、付き合ってる訳だし」
「あ……ご、ごめんなさい……」


 どうやら、俺の心情に理解を示してくれた様だ。


「その……えー…はい、じゃなくて……」


 少々恥ずかしげに、彼女は口を開く。


「……うん、わかった……敬語は、やめるね」


 すごい破壊力だった。
 そらもうすごい破壊力だった。


 だってさ、あの華城がだよ? 頬を赤らめながら、俺を真っ直ぐに見て、ちょっと笑顔で「やめるね」って……
 もう何その言い方、超可愛いんですけど。


「あ、あのう……」
「はっ」


 余りに可愛過ぎて、いつの間にか俺は華城を抱きしめていた。


「そ、その……これは流石に恥ずかし……」


 俺の胸板に押し付けられた口をもそもそと動かし、何か言ってる。


 ああ、無意識の俺グッジョブ。
 でも理性を取り戻したからには、離した方が良いのだろうか。
 何か華城、羞恥心がすごすぎて居心地悪そうだし。ちょっと嬉しそうにも見えるが、それは俺の勝手な願望の可能性もある。


 惜しみつつ、俺は華城を解放する。


「あー、いきなりごめん。可愛過ぎた」
「か、かわっ……」


 告白の時もそうだが、華城はあまり「可愛い」と言われる事に耐性が無いらしい。
 こんなに可愛いのに。


「じゃあ、最後に最高の癒し成分もいただいたし、帰るわ」
「あ、う……じゃあ、その……またね、土門くん……おやすみ」
「おう。またな。おやすみ、華城」


 まだ初デートに過ぎないが、上手くやっていけそうな気がする。
 最高の未来に胸躍らせながら、俺は帰路についた。


「……そうだ、この興奮を栄太あいつに伝えておこう」


 俺はスマホを取り出し、ラインアプリを起動する。


「……あいつ、まだ既読ついてねぇし」


 俺が栄太のラインに送った、告白成功を知らせる旨のメッセージ。
 まだ既読が付いていない。


「また長期欠席期間かねぇ……空気読めよこの野郎……」


 あいつとは長い付き合いだが、たまにこういう事がある。
 突然、1週間か2週間くらい、どっか行くのだ。
 しかも、その間は一切の連絡が取れない。
「家の都合」と言っているので、深く詮索はできないが。


「ったく……早く聞かせてやりたいってのに」


 あいつが望んでいた、楽しい話。
 まぁ、俺が楽しいだけの話だが。








「いい加減にしろよ、って感じだよね」


 暗い室内で、青年は溜息混じりに悪態を吐く。


「誰がですか? 私ですか? 私、若様に何か粗相を……!?」
「違うよ。まぁ君も大概ウザイけどさ……罰下隊ばっかたいの連中だよ。あいつらは、人間と妖怪の共存を保つ事よりも、自分達の戦闘欲を重視している節がある」
「先日の罰下隊の『超過罰則やりすぎ』ですか」
「うん。あの罪状で、あの罰は重すぎる……それ以前にも、超過罰則やりすぎは何度も問題になってる」
「しかし、局の上の方は対処する気は無いですねぇ」
「今期の上層部は、『人間派』ばかりだからね」
「これだから、人間に局の管理を任せるのは反対なのです」
「……ま、人間も十人十色、だけどね」
「ああ、例の若様の『お気に入り』の小僧の話ですか」
「うん。あーあー。早く『会議』終わらないかなぁ。ここ電波届かないからいっつもヤんなっちゃうんだよねー。うー、気になるー……」


 青年はポケットからスマホを取り出し、画面を点灯させる。
 画面の右端は、見事なまでに圏外表示。
 アンテナからやる気を感じない。


「あいつみたいな人間ばっかりになれば、きっと局その物が要らない世界になってるだろうに……」
「本当、あの人間が大層お気に入りなのですね、若様は」
「うん、だって最高だからね、あいつは」


 青年はスマホの画像フォルダを開き、とある人物の画像を画面いっぱいに表示する。


「僕の……親友」


 青年のつぶやきは、どこか寂し気だった。







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