私とサーガくんの宇宙人攻略記録

須方三城

9,突然の触角



「栄養補給、完了しました」


 その声色は、少女の物。
 しかし、その口調は『少女』の物としてはそぐわない印象を受ける。
 平坦、そう表現すべき、感情の全く無い口調だ。
 まるで機械音声の様な喋り方。


「おぉう、じゃあ『降りる』か。カプセルに入れ」


 紫煙を吐き散らし、その中年男性は笑った。
 待ちに待ったビッグイベントがやってきた、そんな感じの、実に楽しそうな笑顔だ。


「命令検知。第1条への違反性を確認。無しと判断。第2条参照、命令を受理します」
「ちゃあんと例のプログラムも正常みたいだな。結構結構。偉いぞ」
「称賛の言葉を確認。表面上だけ照れる素振りを見せます。どうでしょうか、『萌え』とやらを感じますか?」
「……あんのアホが作ったプログラムがどっかで混入したか……」


 まぁいいわ、と中年はつぶやき、携帯灰皿にタバコを押し付け消火。


「クソみたいなプログラムのデバッグは、『プラスタ』を回収した後だ」
「カプセルに入りました。命令実行完了。待機状態へ移行」
「じゃあ、シートに座ってベルトを締めろ」
「命令検知。第1条への違反性を確認。無しと判断。第2条参照、命令を受理します」
「……いちいちそれを言わなきゃやれねぇのか」
「口頭確認の重要性についての解説をお求めですか?」
「違ぇ。もういいからさっさとやれ」
「了解しました。実行を急ぎます」


 ちょっと不安要素が垣間見えた気がして、中年は小さな溜息を吐く。


「……ま、『装置』もあるし……どうにかなんだろ」
「命令実行完了」
「うし、じゃあ行くか、『ニュープラスタ』」








 放課後の演劇部室に集った私とサーガくんと幽霊先輩。
 すっかりお馴染みの光景。


 強いて変化した事を挙げるならば、12月に突入してから窓の外が雪景色な日が増えてきた事か。


 まぁ、何だ。
 それくらいしか、変化が無い訳だ。
 ……そろそろ、私は言いたい事がある。


「……サーガくん。私は、1つ問いたい事があります」
「何?」
「星野先輩に、何か自分からアプローチはかけてる?」
「うっ……」


 やっぱりね。ほらやっぱりね。


「草食系……!」
「う、で、でも、3日に1回くらいすごくどうでも良いラインメッセージのやり取りするし、星野先輩のタイムラインに『いいね』スタンプ押したり……」
「まぁ良いじゃねぇか草食系。女の子は花だって言うだろ?」
「詭弁です」
「ば、ばっさり切り捨てるな後輩……」
「あ、でも星野先輩のお父さんお母さんとは仲良くなったよ!」
「高校生が外堀から埋める恋愛ってどうなの……」
「な、なんかね、星野先輩のお父さんからよくお母さんへの愚痴の電話が来るよ。お母さんからはお父さんへの愚痴。何か僕は聞き上手だって褒めてもらったり……」
「あのねサーガくん、私達の目的は星野家のご両親のどちらかを寝取る事じゃないでしょ?」


 結婚を視野に入れるのであれば、ご両親の評価をあげる事は確かに大事だ。
 でも、まだ君はそのステージじゃない。
 だってまだ星野先輩と君はお友達期間中なんだから。
 結婚なんて、視野に入れたくても入らない。


 ご両親を篭絡するのは、星野先輩自体を落とした後だ。
 城門を突破する術も無く天守閣を堕とす算段をしていても、取らぬ狸の何とやらである。


「……またこちらでデートをセッティングする必要性がありそう」
「何だかんだ、前回は上手くイったみてぇだしな」


 それに、前回の失敗から多くを学んだ。


「今回は、ファッションアドバイザーを付ける」
「え、本当!?」
「おい、まさかお前が……」
「安心して欲しい。身の程は弁えてる」


 私には、ジャージ以外の衣類の審美眼なんて無い。


「担当は友冷先輩」
「俺かよ」
「先輩なら最高では無くともベターなコーデへ導けるはず」
「まぁ自信は無くは無ぇが」
「お、お願いします、友冷先輩!」
「おう、任せろ後輩」
「ヤマモト対策もこちらでしておく」


 先日ヤマモトの着ていたバーガーショップの制服。
 この近辺の支店なら、バイトしている学生に心当たりがある。
 そっちからシフト情報を得よう。ヤマモトとドラゴンさんが動けない日程にデートをブチ込む。


「今回は好感度上げだけに留まらず、最終的には手を繋ぐ……『お触り』を目的とします」
「何でいやらしい方向に言い直したんだよ……」
「僕、頑張るよ!」
「うん、本当に、最後はサーガくんの頑張り次第だから、マジでよろしく」


 私達にできるのはあくまでお膳立てなんだ。
 踏み出すのは、サーガくん自身だ。






 と言う訳で、デート当日。


 前回と同じくバスターミナル傍のスタバでサーガくん達は待ち合わせ。
 私も前回の如く友冷先輩とバスターミナルの茂みの中から見守る…はずだった。


「ぐぬぬ……ごふっ、げふふふんっ……」


 ガッデム、と力いっぱい叫びたい所だが、そんな気力も無い。
 何故なら今、私は風邪を引いているのだから。


 茂みでは無く、自宅のベッドの上で転がっている。


 体温計のピピピ、と言う電子音。
 検温が終わったと言う通知だ。


 ……40.9度……だと……
 インフルも真っ青だよ……たまにはやるじゃない、風邪め。


「ぐぅ……うぅぅぅぅ……」


 くっ……何か素敵な人外イベントが待っているのなら、この状態でも体を動かす気力も湧くんだが……
 ごめん、サーガくん。現金な私を許して欲しい。


 でも、きっと大丈夫、一応幽霊先輩は予定通りサーガくんを見守ってくれているはず。


 任せた、幽霊先輩。
 頑張れ、サーガくん。


 私はジャックフロストの寒奈かんなちゃんに看病される妄想をしながら応援している……!






「き、今日も雪が降りそうですね!」
「うん、そうだね。折り畳みの傘、用心で持ってきて正解だったかも」
「あ、ぼ、僕も折り畳み持ってきたんですよ!」


 星野先輩と合流し、僕達は最初の目的地へ移動を開始した。


 ああ、寒さ対策を意識したモコモコファッションの星野先輩……!


 っと…落ち着け、落ち着くんだ僕。
 平常心、平常心。
 うん、オッケー。


 友冷先輩がどっかの衣料品店のマネキンをそのまんまコピった様な無難なコーディネートをしてくれたし、精神状態もフラットとは言い難いけど激しく挙動不審に陥ってはいない……現状は問題は無いはずだ。
 喜びの余り尻尾が勝手にブンブン揺れてるけど、もうこれの制御は諦めた。うん、問題無い。


 あーでもどうしよう。
 2回目なのに、もう本当心臓がヤバい。肋骨が軋むくらいバクバクしてるのがわかる。ガチめにヤバいかも知れない。


 だって、星野先輩と2人っきりで街を散策中だよ?
 まさにデートだよ?


「前々から気になってたけど、佐ヶ野くんって基本赤面してるね」
「は、はい、もう癖みたいな感じで!」


 星野先輩のせいなんですけどね。


「で、最初はどこだっけ」
「あ、えーと、最初はこの先にある…」
「っ」


 その時だった。
 不意に、星野先輩の呼吸が、一瞬だけ止まった気がした。


「……星野先輩?」


 先輩の顔を見ると、何かとても驚いている様な、信じられないと言いた気な、そんな感じの表情を浮かべていた。


 一体、先輩の視線の先に何が……


「え……?」


 少しだけ、前方。
 まばらに人々が行き交う路上に、1人の女の子が立ち止まっていた。


 年齢は、僕より少し歳下っぽい…15歳になるかならないか、くらいだろうか。
 振袖の様に大きな袖をした、変わったデザインのワンピーススタイル。その襟元は谷間が見えるくらい深く切り込まれている。
 この時期にそんなワンピース1枚で寒く無いの? とも思うが、それ以上に気になる点がその少女にはいくつも存在していた。


 まず、肌の色。
 その女の子の肌は、余りにも白かった。
 白い肌、と形容される様な美しい肌、って訳じゃない。
 たしかにモチモチしてそうな肌ではあるが、色味がおかしい。
 本当に、『白』だ。白人系とかじゃなくて、頭から白ペンキを被った様な、そんな肌をしている。血が通っているか怪しい、そんな白さなのだ。
 雪が降ったら同化して見失ってしまいそうだ。


 奇妙なのは肌だけじゃない。
 その大きな両眼は黒目と白目が反転していて、腰の辺りまで伸びた髪は肌と同じく真っ白。
 そして、その頭部には、


「……触角……!?」


 柔らかそうな、2本の白い触角。


 あれって……星野先輩のと、同じ……!?


「星野先輩、あの人って……!」
「嘘……」


 女の子は、僕らの視線に気付くと、くるりと身を翻し、パタパタと駆けて行ってしまった。


「ちょ、待って!」
「あ、星野先輩!」


 うん、まぁ追うしか無いか。
 僕も気になるし、何より、星野先輩の悲願が叶うかも知れない。
 デートうんぬん言ってる場合じゃない。






「はぁ、はぁっ……これ以上は、危ないですよ!」
「でも……さっきの子、確かにここに……!」


 あの触角の女の子を追って、僕らがやって来たのは街外れの山。
 この山は人馴れ個体の猪が出る。本来なら、対獣装備無しで立ち入るべきじゃない場所だ。
 いざとなったら僕の魔法があるから大丈夫だろうけど……それでも、大事を取るなら入るべきじゃない。


 っていうか本当、宇宙人絡みの星野先輩の身体能力はすごいな……
 キロ単位で走ったはずだけど、全然息が上がってないよこの人……


「んー、ウェルカァームッ。久しぶりだなぁ」


 不意に響いた、男性の声。
 その声の後、木の陰から、黒い作業着の様な物に身を包んだ中年が現れた。


 サングラスを着用しており、顔は余りわからないが……僕の知り合いでは無い。
 でも、向こうは明らかにこちらの事を知っている風、って事は……


「星野先輩、知り合いですか?」
「……ううん。私も知らない」
「はぁ?」


 星野先輩の発言に、男は怪訝そうな声を上げた。


「知らなぁい? んな訳ねぇだろ?」


 そう言って、男は腕時計を確認する。


「チップの反応有り……テメェが『プラスタ』で間違いねぇはずだ。だろ、『ニュープラスタ』」
「はい、女性個体の方から、索敵対象の周波数を検知できます」
「!」


 男性が隠れていた木の上から、さっきの触角の女の子が舞い降りた。


「あなた達は、一体……!?」
「あぁん……おいおい、何の冗談のつもりだよ。『テメェら』は1度記録した人相記憶は忘れねぇだろうが」
「あの個体からは、何かを偽るシグナルは確認できません」
「……あ、もしかして、地表への落下時に何かダメージでも受けて、回路に不具合でも出たか?」
「地表への落下…って」


 この人達は、星野先輩が空から降って来た事を、知ってる……!?


「あなた達も、私と同じ星の人なの……?」
「ホシノヒトォ? なぁに言ってんだお前? マジで回路が故障してんのか?」
「だって、ほら!」


 星野先輩の頭部から、ピロンッ、と2本の触角が飛び出した。


「そっちの子も、同じ触角が生えてる……! あなたも、隠してるだけなんじゃないの?」
「…………」


 急に、男は顎に手をやり、沈黙。
 何かを考えている…推理している様な雰囲気だ。


「……ああ、成程。大体の予想は着いたわ。やっぱ回路に不具合が出てんだな。自分が何者か、すっかり忘れちまってる訳か」
「……え……」
「で、色んな事を自分なりに考えて、『私は宇宙人なんだ』とか真顔で言っちゃう痛々しい電波女に仕上がっちまったって所かぁ?」


 まるで「星野先輩は宇宙人では無い」と言う様な、男の言い回し。


「アホくせぇ。宇宙人なんざ、いる訳ねぇだろぉが。少なくとも、この太陽系とその周辺の星系にゃ地球人類以外の文明は『存在しねぇ』よ、ドアホ」
「なっ……」
「銀河系よりも外に出りゃ、そら可能性だけなら有るだろうが……あと5世紀くらい先までは夢物語扱いだろぉな。現状、火星に有人探査機を送り込むだけでも四苦八苦してんだぞ、地球人類の科学ってのは」


 隣りの星も満足に行き来できない分際で、銀河の外の話をするなんざ片腹痛い。
 そう言って、男は笑った。


「確認できない物は存在しねぇ。観測・認識されて初めて『存在が確定』する。それがこの宇宙の原則だ。現状、『地球人類オレたちの宇宙概念』に置いて、地球人類以外の宇宙人なんてモンは『存在しない』。覚えとけ」
「っ……じゃあ、私は宇宙人以外の何かで、あなたはそれを知ってるの!?」
「その通りだ。つぅか、さっきのセリフでそんくらい悟れ。マジでアホってんのか」


 呆れた様に溜息を吐き、男は胸ポケットからタバコの箱を取り出した。
 その内の1本を咥え、慣れた手つきで火を点ける。


「テメェは『プラスタ』。『ヌメロイドシリーズ』の『完全自律型』、初の成功検体」
「ぬめ……?」
「NUMEカンパニー、って会社は知ってるか」


 そりゃあ、知ってる。
 日常の中で嫌でも耳に入る様な大企業だ。
 宇宙開発、介護事業、他にも色んな分野の事業でかなりのシェアを誇る、モンスターカンパニー。
 そんな風にテレビで取り上げられていた。


「俺はそのNUMEカンパニーの研究員で、テメェがいた頃から『ヌメロイド』の研究・開発チームにも所属している」
「だから、ヌメロイドって一体……」
「俺たちが『宇宙探査』と『介護事業への技術転用』を目的として研究・開発を続ける、『人造人間』。それが『ヌメロイド』だ」
「人造、人間……?」


 それって……


「ま、要するに、『アンドロイド』って奴だよ、テメェはなぁ」








「……む……?」


 何か、奇妙な感覚がした。
 まるで、私の知らない所で何かとっても大事な話が進行している様な……


「むむむ……」


 気になる、気になるけど……ダルい。
 この風邪には勝てる気がしない。


 そんな時、私のスマホが震えた。


「……ん? 幽霊先輩……?」


 幽霊先輩から、ラインのメッセージ。


『すまん、何かウチの家主が陰陽師同士の抗争に巻き込まれちまって…今日は俺も行けそうにない』


 ……さらっとすごい事に巻き込まれてる気がするのは、気のせいだろうか。
 とか何とか思ってたら、またしてもメッセージが。


『まぁ、前回もあいつ1人でどうにかなったんだし、大丈夫だろ』


 うーん……まぁ、確かにそれもそうだが……
 前回、問題は無かった様だが、進展も大して無かったんだよなぁ……


 でもまぁ、私はこのザマだし、幽霊先輩はなんか壮大な事になってるし……


 ……頑張れ、サーガくん。
 ま、ただのデートだ。落ち着いて、男らしくしてれば大丈夫なはず。





コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品