私とサーガくんの宇宙人攻略記録
5,ドラゴンの性感帯
前回のあらすじ。
サーガくんが純白のタキシード可愛…じゃなくてヤバい。
「おいどうすんだよ眼鏡っ子」
「…………」
デッドラインまでの残り時間2分18秒……汗が、汗が止まらない。指先が震えてしまう。
頭が痛い……うん、そうだ、頭が痛い。
「先輩、私、頭痛が痛いので帰ります」
「諦めんなよ! もうちょい頑張ろうぜ! いや、相当頑張った末だろうってのはその汗の量を見ればわかるけどさ!」
「……私は無力です……そう、摘まれるのを待つ事しかできない哀れな花の様……あははは……」
「雑草に罪は無いから! むしるの止めてあげて! あーもう! 何かこっちはこっちで面倒くさい状態になりつつあるな!?」
たまには凹んだって良いじゃない、人間だもの……
そうよ、所詮私はただの人間……サーガくんの角と尻尾をしゃぶる以外に能のない哀れな凡人なの……
それにしても神様、あんまりだ。
私が貸したゲームがこんな結果を招いてしまうなんて……こんな運命、酷すぎる。
まぁ確かに、私はサーガくんの恋愛事情とか、ぶっちゃけ他人事感を持っちゃってた節はあるよ?
でもさ、邪魔したいとは本当に微塵も思ってなかったのよ?
まぁ上手くいくってんなら上手くいった方が誰も損しないし、そっちの方が良くない? とかも思ってたのよ?
だから、報酬に見合う分は働こうって柄にも無くちょっと頑張ったりしたのよ?
その努力が全て水泡に帰すどころか、むしろその努力のせいで星野先輩の中でのサーガくんの評価を落としちゃうとかさ、もう個人的にやってられない訳ですよ。だってそうでしょ? 私が余計な事しなけりゃ、少なくともマイナスにはならなかった訳だし。
「お、おい? 何かちょっと洒落にならないくらい凹んでないかお前……」
あー……きっと、このデートを立案しちゃった所から私の間違いは始まっていたんだ。
そうよ、そうだよ。人には何事にも自分のペースって物があるのに、私が勝手にデートとか組んじゃうからこんな事になったんだ。
本当、私が誰かのために何かしようとするとロクな事にならないなぁ……
神様も私の事が嫌いなら、正面切ってそう言ってくれれば良いのに。
あーあーもう疲れちゃったよ。柄にも無く誰かのために何かしようとしたからもう本当に疲れた。
やっぱり私はアレだよ、極力誰かと関わらない様に生きていくべきなの。
……ちょっと最近、サーガくんとか幽霊先輩とわいわい仲良くし過ぎてて忘れちゃってた。
私の感性は、特殊……ううん、異端なんだ。昔っから、散々言われてきた事じゃないか。
変態だの、異常者だの。……そんな奴が、普通の感性の人の事情にちょっかい出して、好転する訳が無かったんだ。
変態のくせに、異常者のくせに、普通の人の真似事をしようとするから、こうなるんだ。
普通の中に混ざろうとするから、孤立した時、自分が少数派だと思い知らされた時、余計に寂しいんだ。
そういう訳で、はい、お疲れー。雑草さんも疲れたでしょ。一緒に楽になりましょう。
「正気に戻れ眼鏡っ子! お前はもっと厚顔無恥な女だろ!? おい!」
「厚顔無恥……そう、そうよね……」
「おお、調子が戻って来たか!」
「おうちかえる」
「ダメだこいつ! アレか、鋼のメンタルだからこそ1度折れると再起不能なのか!?」
もう良いじゃん、これ悪夢だよ。ただの悪夢。
おうちに帰って眠ればきっと覚める、そんな気がするの。そうじゃなきゃ困る。
だからもう帰ろう。上を向いて帰ろう。何かがこぼれない様に。
「フフフフフ、フハハハハハハハ!」
唐突に、場違いと言うか何と言うか、演劇じみた男の高笑いが響いた。
何? 誰か私の事を笑ってるの。
良いよ、もう好きなだけ笑ってよ、所詮私は報酬分の働きもできない無能な変態なんだから。
こんな私が3日前は「報酬分の働きはする(キリッ」とか言ってたのよ。
はは、自分でも笑えてきたんだけど。あははははは……あー植え込みの土ってひんやりしてて気持ちー。
「おい! 地面に転がって自暴自棄に陥ってる場合じゃねぇぞ! 何か変なのが!」
変なの?
体を起こしてサーガくんの方を確認すると……
「……え……」
サーガくんの目の前に、黒ずくめのマント男が仁王立ちしていた。
年齢は……サーガくんより1歳か2歳年上、くらいに見える。
確かに、いくら冬の北海道とは言え、マント姿なんて珍妙な物だ。
だが、おかしい点はもっと他にある。
「ど、……ドラゴン……!?」
そのマント男の背後には、純白の鱗で全身を覆った1匹のドラゴン。
巨大化したトカゲの様なフォルムに、巨大な翼を背負っている。
大きさは、少し大きめの馬くらいって感じで、ドラゴンの一般的イメージで見ると比較的小さめかも知れない。
周囲の人々は、ドラゴンの余りの非現実感に写メるのも忘れて呆気に取られている。
「探したぞ、ロマンの連れ子!」
マント男が高らかに叫び、サーガくんをビシッと指差した。
「フフフ、随分と成長したなぁ、あんな赤ん坊が……まさか、俺が向こうの世界で過ごしていた2年間で、こっちでは14年もの月日が流れていたとは……!」
「と言うより、私達が転移の時にタイムスリップしちゃっただけだと思うけどね」
うわっ、あのドラゴン、喋った。
しかも女の子っぽい声と口調。
これは……喘ぎ声が期待できますなぁ……
「何だあいつら……純愛ボーイの知り合いなのか……って、おい? どこ行くんだ!?」
どこに行く? 決まってるじゃないですか、幽霊先輩。
ファンタジックな生き物を、舐めに行くんですよ。
「あ、あの、誰ですか?」
「フフ、やはり覚えていないか。だが、魔導占星術で裏は取れている! お前こそが、あの時ロマンに抱かれていたやたら強い赤ん坊だ!」
「た、確かに僕のお父さんの名前はロマンですけど……」
「覚えていない物は仕方無い、改めて名乗ろう。俺の名はヤマモト。新生魔王、ヤマモトであ、るっぷんぞんっ!?」
「ヤマモト!?」
邪魔だヤマモト。
とりあえずタックルでヤマモトと名乗ったマント男を吹っ飛ばし、私は純白のドラゴンの正面に立つ。
「え、えぇ!? 笛地さん!? どうしてここに……っていうかいきなり何してるの!? ヤマモトさんブッ飛んじゃったよ!?」
「サーガくん、ごめん、事情の説明は後」
「な、何なのよあんた、いきなりヤマモトに何を……って、何でそんな情熱的な目で私を見てる訳……?」
ドラゴンか……尻尾や羽ももちろんそそられるが……やはりドラゴン、竜と言えば、まずはあそこだろう。
「ドラゴンさん、ちょっと顎の下…ウワサの逆鱗、舐めても良いですか?」
「マジ顔でいきなり何言ってんのこの子!?」
「また笛地さんの悪い病気が!」
「そういう事かよ!」
「あ、友冷先輩!」
幽霊先輩もこっちに来たか。
まぁそんな事はどうでも良い。
さぁドラゴンさん、覚悟しなさい。
許可が降りようが降りるまいが、私はあなたの逆鱗を撫で回し、しゃぶり回す所存だから。
だって、だって……これこそ、私が待ち望んだ完璧なる人外!
サーガくん、幽霊先輩、星野先輩も、確かに良い線イってるけど、やっぱりベースは人型だから、少し物足りなさがあった。
その点、このドラゴンは360度どこからどう見ても完全なる爬虫類…死角無きファンタ人外……!
もう昂ぶって昂ぶって仕方無い。逆鱗と言わず今すぐ全身舐め回したい。鱗1枚1枚を「私の前に現れてくれてありがとう」と言う感謝の念を込めて入念にねぶり回したい。
「こ、恐い……この子の目が何かすごく恐い……!? 生命的な物とは違うけど、とても大事な何かの危機を感じる……!?」
「うふふ、うふふふふ……」
「くっ……これでも私は『魔導竜王』なんて名前で呼ばれる身! 一介の人間に気圧されると思わないで!」
ドラゴンさんが口の中で何かを精製し始めた。
炎の吐息か、はたまた毒の吐息か。
関係無い。人外が絡んだ時の私の行動力を甘く見ないで欲しい。
「なっ……!? 一瞬にして私の背中に乗ったぁ!?」
「おい、今あの眼鏡っ子、人間としてどうなんだって感じの動きしなかったか!?」
「ある意味今の笛地さんは星野先輩の暴走モードに近いから……身体能力がかなり上昇してるのかも」
「どうなってんだ最近の女子高生!?」
「うぅん、ひんやりして良い肌触りの鱗……」
「うわひゃあっ!?」
うぅん……やっぱり良い声で鳴くぅ……
人外の喘ぎ声ソムリエ的に、今のはサーガくんの喘ぎ声に匹敵する評価を与えざるを得ない。
フフ、軽く指で鱗の縁をなぞっただけでこれとは……このドラゴンさん、人外スキーを悶えさせる天性の才能を持っているご様子。
「ちょ、やめっ、背中の鱗は……にゃっ!? は、羽の付け根は本当に…ダメェッ!」
「おい眼鏡っ子! 公共の場でそれ以上はヤバい気がする!」
「っていうか公共の場じゃなくてもいきなり見ず知らずの人……人? まぁとにかく、見ず知らずの方の肌を撫で回すのはダメだよ!」
「もう抑えが効かない。ブレーキ不在。あっても踏む気無い」
「あ、やぁっ……逆鱗、爪でカリカリし…ちゃっ…だめぇ……っ……」
ああ、このドラゴンさん本当に可愛い。
ついに立っていられなくなったか、地面に伏してしまった。
本番はまだまだこれからなのに、もう腰砕けとは……楽しみですなぁ……
「くっ……おのれ変態め…! ジル子から離れろ!」
いつの間にか立ち上がっていたヤマモトが、私にその手をかざしていた。
その掌が、水色に輝き始める。
「!」
まさか、魔法……!?
あのヤマモトって人、サーガくんと同じで魔法が使えるの……!?
「喰らいさらせぇ! 『流水波』! 弱め!」
そして、水色の光の中から現れた大量の水が、私へ向けて発射された。
「フフファハハハハハハ! この水圧なら怪我はしないだろう! だがこの寒空の下ビショ濡れになるのだ! 風邪は必至だぞ!」
「危ない笛地さん!」
「サーガくん!?」
サーガくんが、私とヤマモトの間、つまり、放水魔法の目の前に割り込んだ。
そして、私を庇う形で、その水を全て浴びてしまった。
「ぬぅ! 邪魔をするか、ロマンの連れ子!」
「……確かに、先に手を出したのは笛地さんだよ……でも、いきなり女の子に攻撃魔法を浴びせるなんて行為を、僕は見過ごせない……!」
「サーガくん……」
「ちょっとぉ! こんな雰囲気でまだ触る気!? ふにゃ!? だから逆鱗は……やめてってばぁ!」
「きゃっ!」
「笛地さん!」
ドラゴンの急な動きに不意を突かれ、私はゴムボールか何かみたいにポーイと弾き飛ばされてしまった。
サーガくんはいつぞやの風の翼を作り出し、空中で私をキャッチ。
「あ、ありがとう、サーガくん」
「大丈夫?」
「一応」
異性にお姫様抱っこされたのは、何気に初めてだ。
サーガくんに初めて助けられた時と違って胸に圧迫感がないし、こっちの方が抱っこされる方としては楽だな。
そら女の子に人気な訳だ、お姫様抱っこ。
「……お願いだから、少しは見境いは付けてね」
「善処する……」
「うわぁぁぁんヤマモトォ! 犯されかけたぁ!」
「よーしよし、大丈夫だぞジル子! もう大丈夫だ!」
む、犯すとは失礼な。
私だって一応女の端くれ、貞操の大事さくらい知ってる。
私がやるのは何時だって前戯までだ。それ以上は要相談。
「今日の所は一旦退かせてもらう! だが次はこうは行かんぞロマンの連れ子!」
「あんたも覚えてなさいよ変態眼鏡!」
そう捨て台詞を残して、ヤマモトはドラゴンさんの背中に乗り、共に大空の彼方へと去って行った。
「何だったんだ、あのマント男とドラゴンは?」
「お父さんの知り合い……だったみたいだけど」
正体もその目的も謎。
魔法が使える男ヤマモトと、素敵なドラゴン、かぁ……
ヤマモトはいらないかな。魔法使えるってだけで普通の人間っぽいし。
「……あ……」
アホか私は。
そんな事、考えてる場合じゃない。
「……ごめん、サーガくん」
「え、急にどうしたの?」
「……ビショ濡れ」
「あ、あー。う、うん、大丈夫だよ。僕ちょっと丈夫だし、このくらいじゃ風邪引かないよ」
……そういう問題じゃ、ない。
ドラゴンに対する興奮の熱が引いてしまった今、私は冷静に現状を理解できる。
だから、思う。
また、やってしまった、と。
「げっ」
不意に響いたのは、幽霊先輩のあからさまに「不味い事になった」ってニュアンスの声。
「何で飛んでるの、佐ヶ野くんに笛地さん。っていうか、佐ヶ野くんビショ濡れじゃない!」
「星野先輩……」
星野先輩、ご到着だ。
流石と言った所か、私服も可愛いな、星野先輩は。
「えーと、ちょっとひと悶着ありまして……」
「何があったのか知らないけど、これはちょっと不味いわね」
今日の気温と空模様からして、そう判断を下すのは当然だろう。
ビショ濡れで屋外にいるのは危険だ。風邪どころか、肺炎、生命に関わる可能性がある。
「ウチ近いし、一旦皆で行こうか。ウチの父さん小柄だから、服貸せると思うし」
「え、ほ、星野先輩の家!?」
「お、おぉ! そうだな! それが良いわ! あ、でも俺と眼鏡っ子はちょっと急な用事ができたから失礼するわ! な!」
「あ……うん…友冷先輩の言う通り」
流石だ、友冷先輩。
不意に姿を見せた「自宅デート」と言う一大イベントのチャンスを見逃さずに処理してみせた。
……にしても、星野先輩、全然サーガくんの白タキシードに対して反応しないな。
星野先輩が寛容過ぎるのか、それとも、……やっぱり、私の感性は……
「え、急用って2人共?」
「……うん、だから下ろして」
「わ、わかったけど……笛地さん、何か急に元気無くなったけど、大丈夫」
「……私はいつも、こんなもん」
「そうだっけ……? 僕の中ではいつだってこうアッパーテンションなイメージが……」
「…とにかく、下ろして」
早く下ろして欲しい。
本当に。
もう、この場からすぐにでも立ち去りたいんだ、私は。
「……頑張ってね、サーガくん」
「え、あ、うん。ありがとう」
応援する。
もう、私には、手伝える事は無いと思うから。
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