私とサーガくんの宇宙人攻略記録

須方三城

4,初めてのデート作戦



 月下、黒いマントが、風を受けて膨らむ。
 そのマントを纏っているのは、高校生くらいの少年。
 マントの下に纏っているシャツもズボンも、全て黒で統一されていた。


「フフフ………フハハハ、ハハハハハ」


 ビルの屋上から夜の街の雑踏を見下ろし、その少年は不敵に笑った。


「俺は、帰って来た!」


 堂々たる帰宅宣言と共に、意味もなくその両手を大きく広げる少年。


「どーでもいいけどさぁ、何か騒がしいとこだね」


 少年の傍で、同じく雑踏を見下ろす白髪の少女。
 外見から判断できる年齢は10代前半か、中盤くらい。少し幼い雰囲気が残っている。
 ただしその半開きの目と気だるそうな声は、子供らしく無い無気力感に満ち満ちていた。
 隣りの黒ずくめ少年とは対象的で、服装はフリル満点の純白ワンピース。


「ジル子、この程度で騒がしいと言っていたら、東京とか行った時に体もたねぇぞ」
「トーキオ?」
「この国の首都だ。眠らない街とか言われる地区まであるんだぜ」
「えー……眠らないとか超ナンセンス……」


 ジル子と呼ばれた少女は、呆れた様に溜息を吐き、終始ダルそうな感じで行き交う人々を観察していた。


「ねぇ、ところでこれからどうするの?」
「ロマンを探す」
「ロマンって……『この前』、あんたを血祭りにした人じゃないの? 何、マゾなの? 踏んであげようか? やぶさかじゃないよ?」
「俺はマゾじゃねぇよ! 探すのはロマンだが、あいつと顔を合わせる気は無ぇ」


 どういう訳かあの野郎、俺を見ると無言で殺しに来やがるからな。と少年も溜息。


「俺が狙ってんのは、あいつが連れてた魔人の赤ん坊と、あの赤ん坊になついてたミニ邪神だ」
「狙って、どうするの?」
「決まってる」


 フフフ、と少年がまたしても不敵な笑みを浮かべる。


「あいつら、ガキのくせに規格外だからな……俺の部下に加える!」
「ふぅん」
「そして俺に忠実になる様に教育し、いずれはお前と同じく『新生魔王ヤマモト軍』の有力な将として…」
「屋上に不審者発見!」
「げぇっ、警備員!? ヤバい! トンズラこくぞジル子! 早く『変身』するんだ!」
「え、逃げるの?」
「当然!  世界征服の前に住居不法侵入なんてしょっぱい罪でしょっぴかれるなんて、カッコつかん!」
「そうじゃなくて……世界征服を謳うなら、あんなん吹っ飛ばせばいいのに……」
「余計な暴力ダメ、絶対! 俺はできるだけ血を見ない方向で行くの!」
「……あんた、世界征服する気ないでしょ?」
「あるし! めっちゃあるし!」
「子供か」






「と言う訳で、今週末、サーガくんは星野先輩とデートに行ってもらいます」
「どういう訳!?」


 放課後の演劇部室。


 現在開催されているのは、私とサーガくんと幽霊先輩による『第2回星野先輩攻略会議』。
 私が星野先輩の触角をプニプニペロペロするため…の会議ではない。
 一応、現段階ではサーガくんと星野先輩の関係を発展させるための物だ。


「もう約束は取り付けてある。私達…サーガくんは当然、私と友冷先輩も込みの4人で、宇宙人捜索のいとぐちを探す……と言う名目で」


 そして私と幽霊先輩が「急用にて欠席」と言う事になれば、あら不思議、サーガくんと星野先輩のデートの出来上がりだ。


「にしても仕事が早ぇな、眼鏡っ子」
「報酬を受け取ってる分はきっちり働く」
「報酬?」
「と、友冷先輩、その辺はあんまり気にしないで……」


 私は、サーガくんの恋愛相談に乗り、協力を惜しまないと言う条件で、1日15分間サーガくんの角と尻尾を好きにしていいと言う報酬を頂いている。
 デートの約束をマネジメントするくらいはやる。


「でもデートは諸刃の剣。失敗すれば好感度はガタ落ち」


 まぁゲーム基準の知識だが、実際そんなモンなはずだ。
 デートが楽しく無い相手と付き合いたい、なんて人はかなり希な人種だろう。


「期日まで後3日。サーガくんにはデートのなんたるかを学んでもらう」
「……何これ」
「私が1番シナリオ面を評価している名作ギャルゲ『モン娘コロッセオでティーブレイク~七色の麦茶伝説~』。貸す。3日でシークレットキャラも込みで自力でクリアして来る事」
「僕、この手のゲームやった事無いんだけど……」
「だからこそ」
「あの……それに、ゲームと現実じゃ大分勝手が違うんじゃ……」
「当然。でも、指針があるかないかで大分変わる」


 ゲーム基準の知識だろうが、何も無いよりはマシって事だ。


「ちなみにラミア娘はツンデレに見せかけて序盤はマジでこっちのこと嫌ってる。ツンデレだと思ってその手のコマンドを選ぶと、デッドエンドもあるから気をつけて」
「デッドエンド!? 恋愛ゲームじゃないのこれ!?」
「まぁテニスゲームでノックアウト制とかあったりするし、今時どんなゲームに何があるかわかったモンじゃねぇさ」
「友冷先輩って意外とゲームとかやるタイプなんですか?」
「話題の奴は大体やるぜ」


 ライトユーザーって感じか。


「あれ、っていうかゲーム機、触れるんですか?」
「ああ、霊能力者が特殊な加工をしてくれたモンには触れる。陰陽術って奴らしい。その加工をした物は、逆に幽霊しか触れなくなる」
「陰陽……」


 本当、この人の周りは心躍る謎要素が多い。
 いつか時間がある時、絶対に根掘り葉掘り……フフフフ……


 とにかく、今は目の前の課題、サーガくんの恋愛成就のために尽力する。


「んで、肝心のデートコースってどうなってんだ?」
「そうだ。宇宙人探すって言う口実だと、あんまりデートっぽい所には行けなくない?」


 その辺は問題無い。


「宇宙人の目撃証言があったオシャレなオープンカフェ、過去にミステリーサークルが発生した……らしい畑の近くのささやかな遊園地、などなど」
「絶対に嘘だ!」


 うん、目撃証言だの、ミステリーサークルだの、全部でっち上げだ。
 普通に考えれば「胡散臭い」の一言に尽きる。


「でも、星野先輩、宇宙人ってワードを絡ませれば盲目化するから」


 このコースは事前に向こうにも説明してあるが、「素敵! 宇宙の匂いがプンプンする!」とちょっと暴走スイッチ入りかけるくらい喜んでた。
 あの人、宇宙要素さえ絡ませればチョロい。


「と言う訳でサーガくん、私にできるお膳立てはここまで」
「う、うん、頑張るよ! ……でも、恋愛ゲームはやっぱり何か違う気がするよ……星野先輩、モンスターじゃないし……」
「このゲームのシークレットキャラはエイリアン……つまり宇宙人」
「それなら少しは参考になりそうな気がする!」


 うん、サーガくんも相変わらず単純でチョロ可愛い。






「で、俺達は俺達できっちり尾行する訳だ」
「当然」


 週末。現在時刻は昼前。


 私は幽霊先輩と共に、バスターミナル前の植え込みに身を潜めていた。
 ここから様子が伺えるスタバの前で、サーガくんと星野先輩は待ち合わせしている。
 まだ2人とも来ていない様だ。


「しっかし、予想はしてたが…色気皆無だな」
「色気を求める相手は選ぶべき」


 私は基本的にオシャレなんてしない。
 別に着飾る事を否定や卑下はしないが、私個人に関しては無意味な事。必要性を感じ無い。可愛いとか言われてもキモいだけだし。
 だから、いつだって私服はジャージ1択。むしろ逆に、ジャージにはこだわりがある方だ。
 下着とかシャツ類の購入は母に任せているが、ジャージだけは自分で買いに行く。そして新しいジャージを買う時、妥協を許した事は1度も無い。


 ちなみに、今日は雪が降るかもとの天気予報だったので、厚めのをチョイスしてきた。
 5重構造になっており、そこそこの通気性とかなりの防寒防水性を兼ね備える逸品だ。


「……厚手の紺色ジャージで全身を固めて、その手にはコンビニのビニール傘を装備したすっぴん女子高生、ねぇ……」
「先輩、リアルな女子高生を見ているなら、淡い幻想は捨てるべき。基本は皆こんなもん」
「部屋着だったら理解できるけどな」
「ジャージは部屋着にも外出用にも寝巻きにもなる。無敵」
「無敵なのはジャージで繁華街を練り歩けるお前の精神力じゃねぇの……」


 何故この人はジャージを家の中に押し込めようとするのだろう。
 本来スポーツウェアだから、屋外で着る事に何の間違いも無いはずだ。


 ……まぁ、私の感性が人とズレてる、ってのは今に始まった事じゃない。
 別に、そういう事ならそれで良い。


「……そういや眼鏡っ子。俺、ちょっと気になってた事があんだけどさ」
「何ですか」
「お前、ヤケにあの純愛ボーイの恋に協力的だけど……本当にあいつがあの宇宙人っ子とくっついても良いのか?」
「?」


 質問の意図が今イチ理解できない。


「くっついてもらわないと困る」


 成功報酬として、とんでもないくらいの要求を叩きつけるつもりだから。
 まだ具体的には考えてないけど……さて、どんなプレイを要求しようかなぁ……


「いや、お前さ、あの純愛ボーイ、好きじゃねぇの?」
「大好きですけど」
「予想以上の即答だなおい」
「だって、サーガくんはもう……こう……たまらない」


 ファンタジックで気弱でシャイで快感に弱くてリアクション可愛い。
 私のツボを完璧に押さえすぎてて恐いくらいだ。


「だったらさ、他の女とくっついちまうってのは、嫌じゃねぇのかなーとか…思った訳だ」
「……あー……」


 そういう意味か。


「別に…極端な話、私はサーガくんの体目当てなので……サーガくんが誰と入籍してどんな家庭を築こうが、関係も関心も無い」


 サーガくんが他の誰かと結婚しようが何しようが、定期的にその角と尻尾をペロペロさせてくれるなら、私側としては何の問題も無い。
 サーガくんに愛されたいとか、別にそんな感情、微塵も覚えた記憶は無い。
 私は一方的に愛でるから、抵抗さえしないでいてくれればそれだけで良い。


「なんつぅか、良くも悪くも強固なスジが1本通ってるみたいだな……」


 確かに、私は自分の考えを曲げた事があまり無い。
 必要性を感じた場合はその限りでは無いが……今の所、自分を偽らなきゃいけない場面ってのには遭遇した記憶が無い。


「あ」


 そんな雑談をしている間に、サーガくんが現れ……た……


「……おい、何であの純愛ボーイは純白のタキシードに身を包んでるんだ」
「…………」
「頭抱えて無いで何か言えよ。何も言わないなら俺の勝手な予想を言わせてもらうぜ。あれ、お前が貸したゲームの悪影響だろ」
「…………」


 無言でうなづく事しかできない。


 白いタキシード……私が貸したゲームの宇宙人エンド、そのエピローグで主人公が着用する物だ。
 何故なのサーガくん……君はまだ宇宙人と恋人にすらなってないのに、何でエピローグ気分で服チョイスしてるの?


 っていうか本当にこの3日間でシークレットキャラまで攻略したのか……もう本当に生真面目可愛い。


「しかも、もう既に羞恥心の限界来てるっぽいぞ。泣きかけだ」


 そりゃそうだよ、あんな格好でここまで歩いて来たら注目の的だよ。ただでさえサーガくん目立つのに。
 あーあー現在進行系で写メられてるし……後でツイッターかフェイスブックにアップされちゃうんだろうなぁ……


「どうする? 今からでもタオルを投げ入れてやるか?」


 もうセコンドが駆けつけた所で、何かできるとは思えないんですけど……
 確かに服屋はすぐそこにある。でも、デートに適したコーディネートを、星野先輩が現れるであろう残り数分で選べるだろうか。
 無理だ。絶対無理だ。サーガくん絶対むっちゃ迷うもん。


「…………」
「無言で十字切ってないで何か作戦考えろよ!」


 はっ、いけない。
 あまりの絶望感に思考を放棄して神に祈ってしまっていた。
 ヤバい、こんなに動揺したのは何時ぶりかも思い出せないくらい久しぶりだ。


 考えろ、考えるんだ私……
 星野先輩の自宅はここからそう遠くない、待ち合わせ時間に遅刻する事はまずありえない。
 とすれば、残り時間は8分32秒弱。
 星野先輩が5分前行動主義者である場合3分30秒弱。


 くっ……ダメだ、残り3分程で、現実的な手段を用いてあの白タキシードを処理する方法が思い付かない……!
 私のジャージを貸す? ダメだ、サイズ的にギリ着れるだろうが、流石にパッツンパッツンのジャージで初デートは無い。
 幽霊先輩の服はそこそこカジュアルだが、陰陽術による霊的な処理とやらがされているだろうから、まず触れられない。つまり着れない。


 っ……時間だけが過ぎていく。
 お願い、止まって時計の針。
 このままでは星野先輩はサーガくんを見た瞬間ドン引きし、微妙な空気でデートが幕を開けてしまう。


 そんな空気で始まるデートが、成功するはずが無い。


 どうする……どうすんのこれ……!?





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