私とサーガくんの宇宙人攻略記録

須方三城

1,彼の恋心

 ……私、何をしてるんだろう。


「肉体の成長段階は?」


 ……誰?


「『プラスタ』の現成長段階は『Y2K』……5~7歳程度です」
「Y2K……?」
「『やっぱり幼女かわええ』です」
「研究資料で遊ぶな」
「主任、自分は遊びのつもりはありません。真理です。主任の娘さんも大好きです」
「2度とウチの娘に近寄るな」


 何の話をしてるんだろう……


「それと、学習装置ラーニングデバイスによる言語能力の付加なども完了しています」
「そうか」
「会話はまだ無理でしょうが、こちらの言ってる事は理解できるはずです」
「ふむ」


 このおじさん、何か偉そう……でも、優しそう。


「私の言葉がわかるかい、プラスタ。……君は『希望』だ。人々の助けとなるべくして生まれた、『優しい希望』」


 プラスタ…って、私の事、なのかな……


「もし上手く『感情』が芽生えたのなら……君は、自分の存在を卑下してしまう事があるかも知れない……所詮、『造り物』だなんて、考えてしまう事もあるかも知れない」


 難しい言葉は、わかんないや。
 でも……


「でも、君は、望まれて生まれて来た。それは、生物だろうが造り物だろうが、何も変わらない。それだけは、忘れないでくれ」


 この人の言葉は、すごく暖かい。


「まだ、眠いだろう。ぐっすりおやすみ」






「起きろプラスタ」


 その人は、あの人とは全く違っていた。


「お前に世界を見せてやるよ」


 その人の目は、濁っていた。


「……クヒ……かぁわいい試験品プロトタイプには旅をさせよ、ってなぁ」


 その日、私は、「落とされた」。


「さぁ、楽しい博打の始まりだ。回収するまで野垂れ死んでくれんなよ、俺の『希望』ちゃぁぁん」










「おはよう」
「ひっ」


 すっかり、「ひっ」が彼の口癖になりつつある。


 私が北海道に移住し、この堂散高校どさんこうこうに入学して、早2週間。


 あの時の悪魔っぽい彼…名前は佐ヶ野さがのサーガと言うらしい。


 何の縁か、サーガくんはこの高校の生徒だった。
 そして更に、私が編入したクラスの一員であり、私に割り振られた席の隣りの席だった。


 なので、着席する度、こうして挨拶を交わさざるを得ない訳だ。
 私としては一向に構わない。
 サーガくんのためなら時間や手間を割く事に抵抗は無い。
 だって、彼は私の大好物であるファンタジック人外系男子なのだから。


「……お、おはよう、笛地さん……」


 私に怯えつつも、しっかり返事を返してくれる辺り、良い子である。


「今日も良い角」
「わひゃあっ!?」


 そして良い感度である。
 角の外周を指先で軽くなぞっただけでこの反応だ。
 先日ペロペロした際にも、かなり良い声で喘ぎまくってくれた。
 非常に興奮したぁ……


「ふ、笛地さん! せめて何か前フリをしてから触ってよ! 事前報告は大事な事だよ!?」
「触った」
「事後報告じゃなくて!」


 ああもう、必死になっちゃって可愛いったらありゃしない。
 とりあえずカバンを置き、席に着く。


「!」


 机の中に、見覚えの無い白い封筒。
 ……ああ、また例の『親衛隊』か。


 開封してみると、中身は予想通り、というかいつも通りの物。


 便箋と、カミソリ。


 まぁ、いわゆるカミソリレターって代物。
 ただし、世間一般でいうカミソリレターとは若干異なる。
 便箋の方に書かれているメッセージの趣旨だ。


『いつもご苦労さまです。サーガきゅんの痴態、毎度ごちになります。でもあんまり調子に乗らないで、殺すぞ』


「サーガくんって、変な人に好かれるタイプでしょ」
「自覚があるなら改善して欲しいよう……」
「いや、私の事じゃなくて」


 全く、確かに私は周囲から日常的に変態呼ばわりされるが……ちょっと失礼じゃないかな今の。お仕置き代わりに尻尾をにぎにぎしよう。


「っきゃひゃ!? ちょ、あ、ふぇ、笛地さん…っ!? し、尻尾は本当にだ、めっ……」


 このカミソリレターは、『サーガきゅん親衛隊』なる一団から毎日の様に私の机に投函される物だ。
 その名の通り、サーガくんのファンクラブ的な集団。本人には秘密裏に活動しているらしいが。


 ……まぁ、この手紙の内容からもわかる通り、少々歪んだ瞳でサーガくんを見守っている様だ。


「あ、ちょ、激っ……っぅ~~~~~……」


 どうやらこの学校には、サーガくんの『隠れファン』が結構いるらしい。
 まぁ、仕方無いと思う。
 この2週間、サーガくんを見ててわかった事が1つある。


 この子、見た目悪魔のくせに、マジ天使。


「ふぇ、ふぇちしゃ、ん、も、らめぇ…ほ、ほんとに……あ、あぁっ……」


 こう、思わず尻尾をシゴく手が加速するくらい、リアクションがいちいち可愛い。
 やや子供っぽい所も非常にキュートで母性本能をくすぐる。…と同時に何故か加虐心にも火がついてしまう。
 そして普段からやたら気が利くし、とても優しい。


 可愛くて、人柄が良い。いじめ甲斐もある。これを天使と呼ばずして何と言う。
 更に人外チックな外見でファンタジックな魔法も使えると来たモンだ。
 もう私のスウィート、オアシス・オブ・オアシス。


「も、あ、あ、ひぁ……うぁ、あぁぁぁあぁぁぁぁ……」
「あ」


 しまった、やり過ぎた。
 サーガくんが机に突っ伏してすごいビクンビクンしている。


 あーあー……明日はカミソリレター1通や2通じゃ済まなそうだ。多分称賛と殺意の嵐になるだろう。
 でもまぁ、サーガくんも少しうっとり顔だし、私もちょっと満足したから良いや。
 それに、カミソリも父さんや兄ちゃんが使うだろうし、もらっといて損は無い。


「サーガくんごめんね。でもそのリアクション最高。何かエロい」
「……全然…謝られてる気がしない……」
「漫画のネタにさせてもらう」


 丁度、次回のネタはまだ考えて無かった所だ。
 尻尾フェチ処女×尻尾が敏感なインキュバス……うん、イケる。
 最初は淫魔らしくインキュバス優勢だけど、尻尾という弱点を発見され、最終的には処女の掌の上で弄ばれるインキュバス……うん、そそる。


「……漫画?」
「あれ、言ってなかった?」


 実は私は、妄想しゅみがこうじて中学生の頃から漫画を描いている。
 そしてちょっと才能があったらしく、現在、マイナーなオンライン誌ではある物の、一応連載とかさせてもらっちゃってるのだ。


 私に目をつけた担当さんが言うには「君の作品にはニコチン…いや、上物のコカインでさえも裸足で逃げる中毒性がある」との事。
 褒め言葉として受け取ってはいるが、その表現はどうなんだろう、と常々思ってる。


「一応、隔週誌の連載作家」
「こ、高校生なのに漫画家なの!? すごい!」


 さっきまで私に向けていた怯えた視線はどこへやら、サーガくんの目には羨望の色が宿っていた。


 本当、純粋と言うか単純な子だ。
 そんなんだから妙な親衛隊ができちゃうんだ。
 そいつらにカミソリレターを送りつけられるこっちの身にも……いや、まぁそれに関しては自業自得な面もあるか。
 仕方ないね。これは諦めざるを得ない。


「ねぇねぇ、笛地さんってどんな漫画描いてるの!?」
「どんな……」


 私のデビュー作「無知系ショタエルフに耳かきしてみた」は……ジャンル的に言うと、ほのぼのラブコメ、かな。
 2作目の読み切り「オークだって犯されたい」は……オークが複雑な性癖に悩みつつ、理想のお嫁さんを探すお話だったから…恋愛物で良いだろう。
 で、現連載の「フェチを選ぶドン!」は、オムニバス形式なので毎話内容が結構変わるが……基本は人外スキーが理想の嫁パーツだったりシチュだったりを探求する話なので、これも恋愛の分野のはず。


「恋愛物を主に」
「恋愛物! 流石は女子だね!」


 ……何か、少女漫画家と勘違いされてそうな雰囲気だ。
 一応、私が連載してるのは、ちょっとただれたお兄さんお姉さんを狙った青年誌である。
 まぁいっか、「主人公が純粋に自分の好きな物を追いかける」と言う点では少女漫画と大差無いだろうし。


「……恋愛……」


 ふと、サーガくんが何かを考え込み始めた。


「……やっぱり、そういう漫画描くって事は、笛地さんはそういう経験豊富なの?」
「……?」


 まぁ、作中の主人公が人外フェチなのは、モロクソ私の趣味を投影しているからだ。
 ある意味、私の領分っちゃ領分だろう。
 妄想内でだが、人外を愛でてきた経験は豊富な部類のはず。


「一応」
「……あの、笛地さん」
「何、改まって」
「笛地さんに、相談に乗って欲しい事があるんだ」
「日々のスキンシップは絶対にやめない。これはもう生き甲斐に等しい」
「そっちじゃないよ……いや、そっちもやめて欲しいけど」
「そっちじゃないならどっち? 絶対にやめない」


 相談……私、人の相談に乗れる様なタイプでは無いと思うのだけど……
 だって、昔っから散々、変態とか、異常者呼ばわりされてきたし……


「こんな事、女の子に相談するのはアレかも知れないけど……」
「ああ……大丈夫、私は男性の性事情にもそれなりに明るい」
「そっちでも無いよ……」
「?」


 じゃあ一体どっちなんだろうか。


「その……恋愛相談、なんだけど」






「……星野ほしの未宙みそら


 この高校の2年生……つまり私達の1つ上に、そんな名前の女生徒がいるそうだ。


 容姿端麗、成績優秀、優しい性格で、普段はふんわりした雰囲気の漂う、良い先輩。


 ……普段は、ね。
 つまり、私が今見ている彼女は、『普段の彼女』では無い訳か。


「今、今、宇宙人の話してたよね!?」
「み、未宙ちゃん……き、昨日のアンビリバボーの話だよ……?」
「何にせよ宇宙人に興味持ったって事だよね! 良いよね宇宙の神秘! 最高だと思ったんだよね!?」
「あ、あの……」
「思ったんだよね!? 宇宙の奇跡に触れたいよね!? そりゃあもう撫で回したいよね! 一緒にどう!? っていうかもうトゥギャザーするしかないよね!?」
「おぉい! 星野がまた暴走モードだ! よりにもよってまた気弱な我らの癒し系、清子きよしこちゃんが絡まれてるぞ!」
「生徒指導のゴリ松呼んで来い! スイッチ入った星野を羽交い絞めにできんのはあいつだけだ!」
「体育の剛力ごうりき女史も呼べ! おい運動部! 時間を稼げ! フォーメーション『命を賭して天使を守れソウルフォーエンジェル』!」
「「「うっす!」」」


「…………大捕物……?」
「相変わらずすごいや……」


 私とサーガくんがこっそり覗いているのは、2年B組の教室。


 そこには、坊主頭なガタイの良い集団を軽々と千切っては投げ捨てる1人の女生徒がいた。
 ……あの人が、星野未宙。


「私と清子ちゃんのミルキーウェイへ向かう旅を邪魔しないで!」
「やべぇぞ! このままだと俺らの癒しのエンジェルが空の彼方に拉致られる!」
「七夕しか会えなくなるなんて冗談じゃねぇ!」
「や、野球部、全滅しました!」
「ラグビー部、同じく……!」
「田中が白目剥いてます!」
「田中ぁぁぁぁぁぁぁぁ! 帰宅部のお前が、何故こんな無茶を……!」
「……清子……ちゃんの、ためなら……この生命……惜しむ事は無く……」
「田中…? おい、田中……田中ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「っ……防衛線……突破されます!」
「死守せよ! 田中の死を無駄にするな! 我らレスリング部の意地と矜持を見せつけるのだ! 全ては我らが癒しの天使ラファエルのために!」
「「「うぅっす!」」」
「レスリングに負けてらんねぇ! 柔道部も気張れやぁ! 田中の仇討ちだオラァ!」
「「「おぉっす!」」」
「すごい……普段はあんなに険悪なレスリング部と柔道部が、連携を……!」
「田中だ……田中が、奇跡を起こしてくれたんだ!」
「ふっ、やるわね……でも無駄、無駄無駄無駄無駄無駄ぁぁっ!」
「ぐあああああああああああああああ!!」
「ゴリ松…剛力先生…早く、早く来てくれぇ!」


「……容姿端麗、成績優秀。うんうん。…………優しい性格…? ふんわり……?」


 何か修羅の国行って帰って来た様な雰囲気で無双してるんですが。
 隣りのクラスからの助っ人まで乱入してきてるが、物の数ともしていない様に見える。
 っていうか、自分よりも一回り大きい男子を片手で投げてんだけど、あの人は本当に人間なんだろうか。
 いや、まぁ人間じゃなかったら私的には嬉しいけど。


「どうでもいいけど、あの清子って人の崇拝されっぷりがすごいね。サーガくんと同じ匂いがする」
「何で僕?」
「……知らぬが仏」


 サーガくんの性格だし、自分のファンクラブの存在を知っても困惑するだけだろう。
 しかもちょっと歪んだ愛情を抱いてる連中。
 黙っててあげるのも優しさか。


「……にしてもさ、サーガくん……マジ?」
「う、うん。あの……星野先輩が、その……僕の……」
「サーガくんが今、ベッドインしたい女ナンバー1」
「言い方ってモンがあるよね!?」


 あーあーこのくらいの冗談で顔真っ赤にしちゃって、本当に初心な子だ。


「……よく、アレに甘酸っぱい恋の予感とか感じるね……」


 死屍累々とした運動部達の山の上で高笑いしてるけど、あの人。
 あ、何かごっつい先生が2人来た。
 件のゴリ松と剛力先生とやらか。


「ふ、普段は本当に優しくて良い先輩なんだよ! たまにああなっちゃうけど……」


 ……あのレベルだと、たまに起きる発作的な物だとしても、許容できるモンじゃない気がするが。
 もしかして、好きになった弱みって奴だろうか。
 1度好きになっちゃうと、相手の致命的にダメな所まで良い所に見える様になると聞く。
 まぁ初恋もまだな私には理解し難い感覚だが。


「……で、この恋を支援して欲しい、と」
「うん! 笛地さん、得意なんでしょ?」
「……?」


 いや、何の話だろうか。
 得意どころか初恋もまだだし、この先、私は一生恋愛感情なんてモンを覚えられる気がしないんだけど。
 私としては恋愛は「得意苦手うんぬん以前の問題」ってカテゴリに含まれる事象である。


 だって、小中と今まで私は「変な子」だの何だのと、異性同性問わず避けられて来た経験があるんだぞ。
 酷い時はサイコパスみたいな扱いだった時期もある。


 このご時勢、変態やマイノリティ嗜好の人間に社会はやたら厳しい。
 恋愛沙汰なんか縁遠いにも程がある。


 うん、何やら重大な勘違いが起きてる気がする。


 ……でもまぁ、この状況、利用しない手はない。


「手を貸してあげてもいい」


 恋愛は素人だが、ギャルゲや乙女ゲーの類は得意だ。
 最近は人外とのメイクラブ物が多くてね。


 だから、協力くらいはできると思う。


「あ、ありがとう!」
「でも、これから毎日、放課後は15分間、私に色々ペロペロさせてもらう」
「っ!?」
「事前報酬」
「じ、事前って事は、成功報酬も……」


 無論、その都度いただく所存。


「う……うぅ……わ、わかった!」
「……おお……」
「な、何驚いてるの?」


 だって、あのサーガくんが、この条件とは言え私に体を差し出すなんて……
 そこまで本気の恋、と言う事か。


「……私も、わかった。できる限りの協力は、惜しまない」
「笛地さん……!」


 たまには、人外と人間の「純愛物」ってのも良いかも知れない。
 その取材だと思えば、悪く無い労働だ。


 ……まぁ、後日談でグフフさせるんですけどね。





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