私とサーガくんの宇宙人攻略記録

須方三城

私と彼のプロローグ



 この世界にファンタジーを求めてはいけない。


 それが、笛地ふえち好実このみが若冠9歳にして悟った事。


 だからこそ、彼女は憧れた。
 淡い夢物語、荒々しい冒険譚、きらびやかなファンタジアワールド。


 その内、彼女はあるモノに目覚め始め、高校生になる頃には中毒者と呼ばれる域に達していた。


 それは…………








 11月初旬。雪が、しんしんと降り注ぐ。
 北海道の雪始めは早い。
 でも雪解けは遅い。


 まぁ、寒いのが嫌いでは無い私に取っては、特に都合が悪くも良くもない、要するに、どーでも良いことだった。
 ただ、寒気や乾燥から喉を守るためにマスクをしていると、自分の息で眼鏡がくもる。それだけは非常にウザったいと思う。


「……流石に、積雪にはならないか」


 雪は嫌いじゃない。むしろちょっと好きな部類だ。


 しかし、いくら北海道とはいえ、11月ではまだ降り積もるレベルではない様だ。
 防水耐寒仕様のシューズで薄い雪の膜を踏み散らしながら、「新しい高校」へと向かう。


 ……にしても、さっきから畑やらビニールハウスやらばっかだ。
 北海道でも田舎の方だとは聞いてたけど、結構なモノである。
 さっき見かけた看板によると、少し先の方に本格的な自然に触れられるキャンプ場もあるそうだ。


「あー…面倒臭い……」


 誰かに聞かせる訳でも無いのに、思わずつぶやいてしまう。
 それくらい、私は非常に面倒な状況に置かれている。


 別に、これからの田舎暮らしに対してのコメントでは無い。
 田舎暮らしには正直憧れてた。そこは良いんだ。


 今の私はいわゆる、転校生。
 つい最近まで東京に住んでた、バリバリの都会っ子。
 まぁ、都会が好きだった訳ではないけど。さっきも言ったが、田舎暮らしには憧れもあるし。


 私が今抱えている問題は、これから向かう学校には、私の知り合いなんて1人もいない、と言う事だ。
 まーた1から『必要最低限の対人関係』を築いていく必要がある……非常に面倒臭い。


 私は、人付き合いが好きな方じゃないんだ。むしろ嫌いだ。
 深入りし過ぎると、いつだって面倒な目を見る。
 ちなみに、対人コミュニケーションが苦手って訳では無い。人との会話で無意味に言葉に詰まったり挙動不審になったりはしない。
 必要とあれば、極上の営業スマイルで応対してあげたっていい。


 あくまで、人と関わるのが好きじゃない、嫌いなだけ。


 ……面倒臭いから。


 それに、人と付き合う時間があるなら、『趣味』か睡眠時間に回したい。
「寂しい子だねぇ」と兄ちゃんに馬鹿にされたけど、こういう思考が「寂しい子」と言うのなら、私は「寂しい子」である事に何の不都合も感じ無い。


「まぁ、あからさまにこう、『そういう系』の相手だったらいくらでも時間を割いてあげるけど……」


 現実に、『そういう系』がいるはずが無い。
 随分昔から、理解している事だ。
 だから、私は妄想の世界に閉じ篭る。
 妄想そこには、『そういう系』の相手がうじゃうじゃいるから。


「……ん?」


 妄想の世界にトリップしかけたその時、私はあるモノに気が付いた。
 前方に、何かいる。
 結構でっかい。なんていうか、大きめの柴犬、って感じ。
 その毛並みは濃い茶色。フォルムは、何か大きな瓜にそのまんま足と尻尾が生えてる感じ。


「…………」


 ん? アレって、アレかな?


「ぼぉご」
「……お、おはようございます」


 つい挨拶してしまったが、そんな場合じゃない。
 わかってる、わかってるけど、今、私は非常に慌てている。


 あれ、猪だ。
 それも、うり坊じゃない。成獣。


 ……これが田舎の洗礼って奴なのだろうか。


「…………」
「…………」


 どうしよう、お互いの視線が交差したまんま、膠着状態に陥ってしまった。


 成獣の猪と出会ってしまった時、どうすれば良いんだっけ。
 一応、引越し前に父が「熊とか猪とか、結構いるらしいから、予防しといた方がいいぞ」とか言っていた。
 何をとち狂ったのか、その時に父から渡されたのは動物園のカタログだったが。
 その後で私はちゃんとネット検索しておいた。カタログは兄ちゃんの部屋に捨て…置いといた。


 猪は非常に臆病な獣。
 なので、ぱったり人と出くわした時、まず、逃げようとするらしい。
 猪の逃げ道を阻害する様な事をしなければ、襲われる事は無い。
 つまり、私は猪が走り出した軌道上から、少し逸れるだけで良い訳だ。


 ……でも、あの猪は逃げる気配が無い。
 えーと、確か…人間を見ても逃げる素振りを見せない猪は、「人慣れ個体」と呼ばれていて……


 人が良い餌を持っていると言う事を知っており、「殺したりすれば良い餌それが手に入る」と学習しているパターン。


 そう言えば、少し先に行った所に、キャンプ場があるんだっけ。
 ああ、それだと、この周辺の猪さんが人の持つ食料の味を知っている可能性は、非常に高い。


 あ、これ終わったかも。


「ぼぉ」


 狙い撃つぜ、と、言いやがった気がした。
 そして、猪は真っ直ぐに、一切臆する事なく、私に向かって突進を開始した。


 ああ、猪突猛進と言う言葉も生まれる訳だ。
 絶対避けれないよこれ。


 軽い走馬灯が流れかけたその瞬間、


 私は、飛んだ。


「はえ?」


 胸に、人の腕の感触。


「へ、え?」


 私は、今、飛んでいる。
 眼下のあぜ道で猪が「あれ?」って感じで周囲をキョロキョロしているのが見える。


 猪にド突かれて昇天…している訳では無い様だ。


「大丈夫?」


 優しい、こう、ふんわりとした感じの声が、私の後頭部にかけられる。


「えっ……」


 私の背後には、人…がいた。
 少年だ。私と同年代くらいの少年。
 ただ、あきらかに普通じゃない。


 褐色の皮膚に、ブロンドの髪。
 まぁ、ここまでは人種の違い程度の話だろう。


 でも、その少年の両こめかみから、1本ずつ、雄々しい角が生えているのだ。


「怪我はしてないね。うん、良かった。……この道に猪が出るなんて……最近、フェンスの下を掘って人里に出てくる賢いのもいるらしいし…それかな?」
「……悪魔?」
「ええっ!? 一応僕、君を助けたはずだけど!?」


 いや、見た目の話。


「……どうも」


 確かに、私は彼に助けられた、らしい。
 少年の背中からは、半透明な小さな竜巻…風の翼、みたいなのが生えてる。
 この少年が私を抱えて上空へ離脱してくれたおかげで、私は猪の突進から逃れられた訳だ。


「よし、じゃあ、ちょっと大人しくしててね」
「?」


 何かする気、だろうか。


「気の毒だけど、他の誰かが襲われても不味いから……」


 少年の視線の先。
 私達の足元を彷徨いていた猪の体が、大きく跳ねた。


「……!?」


 まるで、見えない拳にぶん殴られた様な、そんな跳ね方だった。
 猪は、倒れて動かない。


「衝撃魔法で気絶させただけだよ。猟友会に連絡して、回収してもらおう」
「衝撃……魔法……?」
「って、あ! そ、その……」
「?」


 何か急に、角の生えた少年の頬が赤くなった。
 そして、すごくやり辛そうに視線を逸らしている。


「ご、ごめん! すぐ下ろすから! その、僕は、断じて痴漢とかじゃないから!」
「痴漢……?」


 ……あー、成程。
 どうやら、私の胸を思いっきりワシ掴みにする形で抱きかかえてる事に気付いて、狼狽しているらしい。


「別に気にしてないけど……」


 別にこんな程度で痴漢騒ぎする程、乙女では無い。
 そんな事より、私はもっと気になってる事というか、ね、もうね。ちょっとたまらない事がある。








「本当にごめんね、その、胸……」
「気にしてない」


 少し進んだ場所で、私と少年は着陸した。


 ……本当に、何者だろう、この少年。
 褐色系の肌で、金髪で、明らかに東洋系では無い顔立ち。中肉中背…近頃の男子高校生にしては小さい部類かも知れない。私よりは大きいが。


 そして何よりも、角だ。そして、黒く長い尻尾まで生えていた。
 服装は、どっかの制服の冬服らしいブレザー系。まぁ服装とかこの際どうでもいい。
 例えこの少年が全裸だったとしても、今はそんな事を気にしてる場合じゃない。


「そういえば君、見た事ない制服だね」
「これ、前の学校のだから」


 東京の学校の制服だ。
 この辺の子が見慣れているはずも無い。


「前のって……転校生?」
「まぁそうなるけど……そんな事より、少しいいかな」


 制服の話とか、今は非常にどうでもいい。
 本当にどうでもいい。


「ん? うん。何?」
「角を舐…いや、まず、あなたのそれ、角と尻尾、本物?」
「角と尻尾?」


 今そう言った。繰り返してないで早く答えていただきたい。
 その答えによっては私の出方も変わってくる。


「本物だよ? 何でかわかんないけど、初対面の人にはよく聞かれるなぁ……」
「何でかはわかるでしょ……」


 いや、そんなどうでもいい事に突っ込んでる場合じゃない。


 本物、確かに今そう言った。
 角の方は判別手段が無いが、あの尻尾のウネウネした生物的動きは機械とは思えない。
 それに、さっきの風の翼や、猪を気絶させた見えない何か……あきらかに超常現象だった。
 彼が悪魔とか、そういう類なら、魔法くらい使えるだろう。つぅかさっき、モロクソ「魔法」と口にしていた。
 それにむしろ、魔法くらい使えて欲しい。ファンタジックに振り切るなら、それくらいイッてもらわないと困る。


 色々な点から考えて、彼の言ってる事は真実である可能性が高い。
 ってか真実であれ。そしてもう私は辛抱たまらん。


「あ、あの、何か目が恐いよ? 息も若干荒いみたいだけど…マスクもしてるし、もしかして具合が悪いの?」
「体調は悪くない。むしろ今は最高にハイ」
「そ、そうなんだ。……って、何でマスクを取るの?」


 決まってる、マスクを付けてたら、口が使えないじゃないか。


 ああ、現実にこんな事って、あるんだろうか。
 いや、もうこの際、朝起きてからここまで夢だったとしても構わない。
 事が済むまで覚めさえしなければ、夢でも良い。だから覚めるな。


 とにかく、現実だろうが夢だろうが、最高の気分だ。


「ちょっと、その角と尻尾、舐めても良い?」
「……へ?」
「良いよね、だってそんな堂々とぶら下げてるんだもん」


 秘部と違って隠してないって事は、その扱いは腕とかと一緒(独自解釈)。
 つまり、ボディタッチOKなはず(独自解釈)。
 なら舌で触れたって別に問題無い(独自解釈)。


 だから舐めたい。そうしたい。そうする(確定)。


「え、ちょっと待って、なんか目がマジだよ? そんな目の人が舌なめずりしながらジリジリ近寄って来ると何かとっても怖いよ!?」
「大丈夫、優しくするから、何も怖くない、大丈夫、全然大丈夫、全く問題無い。全然問題ない。安心していい。安全安心確実丁寧。不安要素皆無。安心保証が充実」
「装飾過多って知ってる!? そこまで安心を押されると逆に不安だよう!」
「ちょっと、ちょっとだけ。先っちょだけでも良いから」
「ほ、本当に舐める気なの!? ヤだよ! 先っちょだけでもヤだよ! っていうかいきなり何言ってるの!?」
「私、こういうの超好き」
「へ?」
「角とか、尻尾とか、翼とか多眼とか多腕とか多脚とか…そういう、ファンタジックな人外要素を見ると、触りたくて、しゃぶりたくて……もう辛い」
「辛いほどに!?」
「うん、気分的には壊れるほど愛しても3分の1も伝わらないあの感じ」
「どうしよう、全然わからない!」
「考えないで感じて」


 私は、人外っていうか、ファンタジーな生き物が、大好きだ。大好物と言っても良い。
 まぁ、そんなものは現実にいるはずが無いと、わかってはいた。
 だから私は、毎日妄想してた。妄想の中なら、人外がいるから。


 ユニコーンの角をしゃぶって、アラクネの足をマッサージして、ミノタウロスの筋肉の匂いを嗅いで、ケンタウロスのブラッシングして、カッパときゅうりの酢味噌和え食べて、ラミアに締め上げられて、モノアイ幼女に2階から目薬さしてあげて、ジャックフロストとカマクラの中でおでんパーティして……


 妄想の中には、世界がある。
 私はその世界の中で、様々なモンスター達と、色んな事をしてきた。
 そしてこれからもしていきたい。


 そんな私の目の前に、悪魔みたいなナリした少年が現れた。
 もうこれは神様からの挑戦、もしくはプレゼントのどちらかだろう。


 そして、どちらにせよ舐めれば良いんでしょ?
 しゃぶり尽くせば何の問題も無いんでしょ?


 最高じゃない。


「と、とにかく、ヤだよ! 体の一部を舐められる…それも女の子にだなんて……恥ずかしいもん!」


 むう、直球でお願いしてもダメか。


 まぁ確かに、私だって初対面の奴に「指を舐めさせて」とか頼まれたら断る。ふざけんなと殴り倒す。
 ……ならば、


「私の胸、揉んだよね」
「っ!?」
「うん、私は胸を揉まれた」
「で、でもさっき、別に気にしてないって…」
「移ろいやすい乙女心。山の天気と同じ」
「何かとっても卑怯な気がするよう!」
「でも事実」
「うっ……」


 やっぱり。
 この子は、純粋だ。
 軽く胸を触ってしまった程度で狼狽していた辺りで、なんとなく想像は付いていた。


 確信した、この子はチョロい。


 このまま押せばヤれる。


「司法取引、って知ってる?」
「警察の人が、犯罪者の人とする取引の事?」
「そう、今、この状況はそれに近い」


 私の胸を揉んだ事を帳消しにしてあげるから、その角と尻尾を私の自由にさせて欲しい。
 彼に取っても、悪い話じゃないはずだ。


「どうする?」
「う、ぅう……」
「どうする?」
「で、でも……」
「どうする?」
「…………」
「どうする?」
「…………観念します」
「素直でよろしい」


 ヒャッハーッ! と叫びたい気分だが、生憎ガラでは無いので今度気が向いた時に叫ぶとしよう。


「あ、あの!」
「何?」


 まだ何か足掻く気?
 もう問答無用で押し倒してしまおうか。


「ここ、人通るかも知れないから、せめて物陰に……」


 ……ああ、何だろう、この気持ち。
 ショタに萌える、あの感覚に似ている。


 何かこの子、可愛い。
 恥ずかしがり方が超可愛い。
 抱きしめて頭を撫でてあげたくなるくらい可愛い。
 そんな怯える小動物みたいな顔で恥ずかし気にモジモジされたら、もうこちらとしても加減が効かない。


「うん、じゃあそこのビニールハウスの陰で」
「う、うん…あ、でも学校あるから、そんなに長くは……」
「……仕方無い、10分で勘弁してあげる」
「10分も舐めるの!?」
「当然。むしろ足りない。私の胸はそんなに安くない。本当は2日間はいただきたい所。この譲歩には感謝して欲しい」
「あ、ありがとうございます……」
「本当に素直でよろしい。興奮してきた」
「お、お手柔らかに……」


 ああ、さっきまでの憂鬱な気分が嘘の様だ。


 お父さん、お母さん。
 私、何だかんだこの新しい土地でもやっていけそうな気がします。





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