私とサーガくんの宇宙人攻略記録

須方三城

2,演劇部の幽霊部員

「レッスン1、情報収集」
「はい先生!」
「私の事は将軍と呼ぶ」
「はい、将軍!」


 うん、サーガくんは今日も素直だ。
 こんなアホみたいかつ無意味な要求も、全く疑問を挟まず了承しちゃう。
 ああ素直可愛い。尻尾をしゃぶり倒したい。さっき存分にしゃぶり尽くしたばっかだけど。


 そんなこんなと言う訳で始まりました。
 わたくし、笛地好実がお送りする知ったか…げふんげふん。


 究極の戦略的恋愛会議。


 放課後の小教室……何やら「演劇部」とか書かれた古びた張り紙が貼ってあったけど……
 話によると部員みんな幽霊部員らしいので、勝手に使っても問題無いだろう。
 とにかく、そんな小教室の黒板に、私はササッと「情報収集」の文字を書く。


 あ、ヤバ、これ青のチョークだ。見辛い。
 でも書き直すの面倒だからもう良いや。


「情報収集は何事に置いても大事」
「わかる気がするよ!」
「と言う訳で、将軍、軽くリサーチしておきました」
「流石は将軍!」


 とりあえず、星野未宙について、集められるだけの情報は集めてみた。


「……っていうか将軍、どうやって集めたの?」
「聞き込み」


 漫画は取材が生命である。
 例え対人関係が非常に面倒であろうと、漫画しゅみの肥やしになると思えば苦では無い。
 それに、私の変態の側面を知らない人は、私を避ける様な事はしないし。


「ターゲットの名は星野未宙……堂散高校の2年B組に所属、出席番号は31番。身長は163センチ、体重は57キロ。BMI換算値は22弱、普通。スリーサイズは85、61、81」
「身体データ詳しすぎない!?」
「2年の男子にその手の情報通がいた。ちなみに星野未宙の総合評価はC+。『暴走』を査定に含まないならSS+」
「そ、相当あの暴走モードが嫌われてるんだね……」


 まぁ、アレは生で見た結果、相当な物だったし。
 残念美人、とはまさにこの事だろう。


 本当に悔やまれる、という旨のコメントをした者が2年男子全体の7割を占めていた。
 サーガくん的にはライバルが少ない分、都合が良いだろう。


「所属部活動は『宇宙人観測同好会』。宇宙人に特化した部名ではあるけど、一応オカルト全般を扱うという活動内容で創部申請が出されてる。創部以来、部員は星野未宙のみ」
「本当に宇宙好きだよね、星野先輩……」
「……宇宙と言うより、宇宙人にのみ特化しているらしい」


 まぁ、私も好きだ。宇宙人。
 タコ系の火星人に触手責めとかされてみたい。
 リトルグレイ系と「捕まった宇宙人ごっこ」も良いかも知れない。


「ちなみに体力測定に置ける身体能力は平均よりちょっと上。でも暴走モードだと巨漢を片手ひと振りで薙ぎ払う……言っといて難だけど、ちょっと訳がわからない」
「ふ、不思議系ってことで……」


 こんな物騒な不思議ちゃんは嫌だなぁ……


「あ、……ところでサーガくん」
「何?」
「ここらで1つ、馴れ初めを聞きたい」
「馴れ初めって、恋のきっかけ?」
「うん。まぁ興味本位だから教えてくれなくても良いけど、できれば聞きたい」


 参考資料として。


「え、えーと……その……誰にも、言わない?」
「うん、そのモジモジしながら上目使いで質問する様があまりにも可愛いから尻尾をしゃぶる。情熱的にしゃぶる」
「ちょ、ちょちょちょぉ!? さっき15分堪能したじゃん! 僕が尻尾はダメだって、やめて許してって叫んでも舐め続けたじゃん! 今日のはもうおしまい!」
「ちっ……1時間にしておくべきだった……でも約束した以上仕方無い……このリビドーは明日にキャリーオーバー」
「あ、明日が恐い……」


 まぁ明日は明日の楽しみとしてだ。


「私、口は硬い、と言うか、余計な事はあんまり喋らない主義」


 面倒臭いもの。
 そもそも、喋る相手もいないし。


「じゃ、じゃあ、話すよ。僕が、先輩を好きになったきっかけ」
「うん。聞く」
「そ、そのメモ帳は……?」
「漫画のネタ帳」
「まさかの僕の馴れ初め全国公開!?」
「漫画はプライバシーを侵すのはタブー。サーガくんの事が特定される様な事態はありえない。安心していい」
「う、うーん……なら良いけど……その手帳、管理しっかりしてね?」
「愚問。ネタ帳を雑に扱う作家なんていない」
「あ、それもそうだね」
「さっさと話す」
「う、うん。あれは、僕がまだ中学生の時で……この堂散高校に学校見学に来たんだけど、迷子になっちゃったんだ」


 ……迷子て。
 まぁ確かに東京の学校に比べるとやたら校域が広い感はあるけど……


「スマホも電池切れちゃって、誰とも連絡取れなくて、1人ですごく寂しくなっちゃって……もう、泣き出しちゃいそうだった時、先輩に会ったんだ」
「…………」
「大丈夫? って、僕の頭撫でてくれて……」


 その対応、小学生の迷子を相手にしてる感があるのは気のせいか。


「先輩は僕の手を引いて、見学生達が集まってる所まで連れてってくれたんだ」


 ああ、ダメだ。その絵面から察するに、完全に子供扱いをされていたっぽい。
 まぁ可愛いから仕方無いね。


「先輩の手、暖かくて…笑顔も素敵で……僕が不安にならない様に、一緒にいる間、ずっと話かけてくれてて……」


 その時の感覚を思い出しているのか、サーガくんは自分の掌を見つめていた。


「それからずっと、高校に入ってからも、ずっとずっと意識してて、その内……」
「これは恋だと気付いた、と」
「うん」
「良いねぇ! 純愛って感じでちょー良いねぇ!」
「「!?」」


 不意に響いた、聞きなれない声。


 いつの間にか、本当にいつの間にか……
 サーガくんの隣りの席に、知らない男子生徒が座っていた。
 明らかに染髪であろう金髪や、耳を飾るたくさんのピアスからして、ヤンキーさんだ。


「良いんじゃねぇの、今時そぉいう感じもさぁ! 俺ぁ好きだよ!」
「だ、誰……? すっごいフランクな感じだけど……」
「お、俺か? 俺は友冷ともざめ幽太ゆうた! 2年生だった! まぁお前らの先輩だな! そんで、この部の幽霊部員って奴だ!」


 幽霊部員の意味をわかって使ってんのか、この人。


「あ、っていうか、すみません。勝手に部室使ってしまって……」
「いいのいいの眼鏡っ子! 俺ぁ眼鏡っ子も眼鏡かけてないっ子も好きだし、この純愛ボーイも気に入ったぜ!」
「はぁ……」


 うわぁ、どーしよう。この人、私が苦手なコミュ力高い系だ。面倒臭い。


 ……ん? 何かサーガくんが青ざめて、口をパクパクさせている。


「この部室ぁ好きに使ってくれや! どぉせ俺以外はもう誰も来ねぇだろうからな!」
「はぁ、どうも」
「んじゃ、俺ぁ帰るけど、応援してるぜ、お前の純愛!」
「ちょ、ちょっと待って!」
「?」


 どうしたんだろう、帰ろうとした幽霊部員先輩を、サーガくんが引き止めた。


「あ、あの、友冷先輩……」
「ん? 何?」
「な、何で、足……透けてるんですか?」


 へ?


「ああ、そりゃ透けるだろ。俺、幽霊だもん。さっき言ったろ」


 そう言って幽霊部員先輩が持ち上げたその足は……本当に、太腿の辺りから透き通っていた。
 もう足首から下は透けてるっていうか、無い。薄らとも見えない。


 ……幽霊部員って、そういう事なの?


「俺が幽霊だと、何か問題があんの?」
「いや、だってその……しょ、将軍」
「…………」


 ……幽霊、幽霊か。
 幽霊って、人外か?
 うーん、そこんとこの判定、ちょっと難しいな……先輩の外見からして、元は普通の人間だろうしなぁ。
 でも幽霊だってちょっとファンタジックっていうか非現実的だし……うーん、難しい。


 まぁ、とりあえずだ、ここはファンタ人外だと仮定したとして……どこをどうするのが正解だろうか。
 幽霊って言うと、やっぱりその透けてる足が特徴だろう。
 だとすれば、あの足で何かをすべきだ(使命感)。
 でも、あの足って触れるのか…?


「先輩、先輩の足って、舐める事はできますか?」
「どういう質問!?」
「ああ? 霊感がありゃイケると思うけど」
「先輩も普通に答えるんだ!?」
「じゃあちょっと失礼」


 先輩のその透けている足を、試しに触ってみる。
 ダメだ。何の感覚もなく指が通り抜けてしまった。
 足だけじゃない、先輩のどこも触れない。


「……霊感の無い自分が、憎い……!」
「そんな本気で悔しがらなくても……っていうか、今そういう場合じゃなくない?」
「じゃあどういう場合?」
「だ、だって幽霊だよ!? もっとこう……ほら、疑うとか、驚くとかさ! 幽霊ってこう…非現実的じゃん!」
「サーガくんにそういう事を言う資格はない」
「えぇぇっ!?」


 悪魔みたいなナリして何言ってんだろうか。
 前々から思ってたが、サーガくんは自分がファンタジックな生き物であると言う自覚が足りない。


「ところで先輩は何で幽霊になったんですか?」
「お、切り込むねぇ眼鏡っ子。でも悪ぃな、覚えてねぇわ。自分の名前と、ここの生徒でこの部室を使ってたって事以外、なんも覚えてない」


 すごいあっさりとした感じで軽く語る人だ。
 サバサバ系幽霊、とでも形容しておこう。


「っていうかお前らすげぇな。大体みんな、俺の正体知ったら悲鳴あげて逃げてくのに」
「ほら! 将軍ほら! やっぱり僕たちのこのリアクションは何か間違ってるっぽいよ!」
「いやぁ……でもサーガくんの後で幽霊とか言われても」


 足透けてるだけで、見た目は普通の人だし。
 触れないって時点でちょっとなぁ。私は鑑賞性より実用性を重視なタイプなんで。


「まぁ何だ、その神経の図太さも気に入ったぜ。ますます応援したくなった」
「じゃあ、協力お願いしても良いですか?」
「おう」
「幽霊って事は、人から見えなくなる事もできるんですよね」
「ああ。意識すれば、霊感の無い奴には全然見えない状態になれるぜ」


 ほれ。と言う言葉の直後、一瞬にして幽霊先輩の姿が虚空に消えた。


 おお、本当だ、すごい。
 これなら……


「星野未宙を24時間態勢で監視して、色々と情報を回して欲しいです」
「ちょ、将軍!?」
「さっきも言った、情報収拾は大事」
「あー、悪ぃな。そぉいう人のプライバシーを侵害すんのぁ俺の主義に反する」


 その言葉と共に、幽霊先輩の姿がまた視認できる様になった。
 足は相変わらず透けているが。


「主義……」
「幽霊になっても良識だけぁ無くすつもりぁ無ぇのさ。例えば…女風呂は覗かない、どんなに覗きたくても……覗きたくてもだ! 良識を失っちまったら、ただの悪霊だからな!」


 どんだけ風呂覗きたいんだこの人。


「つぅ訳だ。俺に協力できる事と言やぁ……まぁ、年の功的なモノでのアドバイスくらいだな」


 まぁ、それでも現実の恋愛経験0の私よりは良い戦力かも知れない。


「ちなみに、聞いてた話じゃ、その星野って子は、宇宙人が好きなんだよな」
「はい。宇宙人特番を見ながらなら白米だけでも4合はイケるそうです」
「星野先輩、よくBMIを標準値で保ててるね……」
「食事中にテレビに夢中ってのは感心しないな」
「友冷先輩、もしかして結構古い人ですか?」


 今時、食事中にテレビうんぬん言う人はかなり珍しい部類だろう。


「さぁ? いつ死んだかも覚えてないわ。とりあえず15年前にはもうここにいたな」


 まぁそれはさておき、と幽霊部員先輩が少し考える。


「よし、純愛ボーイ。今日からお前は宇宙人だ」
「何かとんでも無い事を言い出したよこの人!」
「あ、良いアイデア」
「採用しちゃうの将軍!?」


 すごくシンプルな話じゃないか。
 好きな人のタイプが宇宙人だと言うんだ。
 なら、宇宙人って事にしちゃえば良い。


「幸い、サーガくんは見た目がファンタジックだから、イケる」
「おう、何かちょっと変わってるしな。宇宙人って事にしとけ」
「え、えぇえぇぇぇ……」
「んじゃ、行くぞ。ほれ、宇宙人、それ」
「宇宙人、はい」
「何か先輩と将軍が変な音頭取り始めちゃった!?」


 とりあえずサーガくんに「自分は宇宙人だ」と思い込ませる洗脳作業を始めたその時だった。
 予想だにしない事態が発生する。


「誰かが宇宙人って連呼してる予感!」
「星野先輩、召喚しちゃった!?」


 そう、今まさに議題に上がっていたターゲット、星野未宙先輩が、ドアをぶっ壊しそうな勢いで、この小教室に侵入してきたのである。
 というか、この人の第6感すごいな……


「誰!? 誰なの!? あなた達3人の誰が宇宙人について私と熱く語り合いたいの!?」


 うわ、しかも既に暴走モード。間近で見るとすごい迫力だ。
 飢えた肉食獣って言うか、もう餓死寸前でなり振り構わなくなったドラゴンって感じだ。


「語りたいと言うか、……ねぇ、幽霊先輩」
「おう、こいつが宇宙人そのものだ」
「うわぁぁ!? 本当にその作戦でいくのぉっ!?」


 もう遅い。
 ほら、星野先輩が完全にサーガくんをロックオンして今にも押し倒そ…うと、してない?
 え、何で? 目の前に大好物な人外がいるのに、何で星野先輩は押し倒すどころか抱きつきすらしないの?
 めっちゃキョトンとした顔でサーガくんを眺めて、黙っている。
 私の方がキョトンとしてしまうわそのリアクション。


「あ、あの星野先輩、今のはこの2人の悪ノリ…」
「本当?」
「え、えーと……」
「本当に、宇宙人なの、君?」
「ひ、え……」


 ずいぃっ、と急接近してきた星野先輩に照れてしまい、サーガくんはそれ以上何も言えなくなっていまった様だ。
 まぁ、私にはよくわかんないけど、好きな人がお互いの息が顔面に吹き掛かるくらい接近して来たら、ああなっちゃっても仕方無いモンかも知れない。
 更に言えば、サーガくんは常人より大分照れ屋気質だし。


 純粋無垢なサーガくん的には、愛しの星野先輩を騙すなんて言語道断。
 今すぐにでも否定したいんだろうが……その口は酸素を求める金魚の如くパクパクしてるだけで、声が伴ってない。


 ああもう、リンゴみたいに真っ赤になって狼狽するサーガくんは可愛いなぁ、角を撫で回したい。


「……君、確か学校見学で迷子になってた子、だよね」
「!」


 おお、向こうも覚えていたのか、その初対面。
 これは脈アリ……いや、でもサーガくんみたいな変わった外見の子が校内で泣いてたら、記憶にも残るか。


「前々から、1年生フロアで見かけるたびに、普通の子とは雰囲気違うなぁとは思ってたけど、本当に宇宙人……なのね!?」


 おお、断定に入った。本領が戻って来たっぽい。
 サーガくんの肩を力強く掴み、垂涎しながら目をキラキラさせている。


「あ、あのう、星野先輩、僕はですね……」
「宇宙人ってことは、当然、他の宇宙人や文明についても詳しいのよね!?」
「え、えぇと、ちょっと落ち着いて話を……」
「落ち着いてられない、ごめんね! ほんともう、私は今すっごくこう……何かすごいの!」


 わかる、わかるその感覚。
 私も初めてサーガくんを見たときは、もう表現のしようのない高揚感に襲われてもう背筋とか脳汁とか大変だった。


「ねぇ、教えて欲しいの!」
「教えるって……」
「私は、一体何て言う星の、何星人なの!?」


 …………は?


「私、本当の家族に会ってみたいの!」


 そう叫んだ星野先輩の頭から、ぴょろん、と何かが飛び出した。
 それは、何かこう、プニプニしてそうな……


 2本の、白い触角。


「答えて! 宇宙人の君! 私の生みの親……母星の人とは、どうすれば連絡が取れるの?」


 ……えーと……その……何だ。


 何だ、この状況。





コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品